俺達の知ってる『なのはさん』じゃねぇ   作:乾操

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18.なのは、翔ぶ

ゆりかごはその巨体を見せ付けるかのようにクラナガンのビル群の上を悠々と飛行していた。地上がガジェットの侵攻やら市民の避難やらでワタワタしているのも気にせず、優雅なものである。

 

『ゆりかごの調子はどうだい?』

「良好です。出力も安定してますし……鍵も、リミッターを外して好調です」

クアットロはゆりかごの最深部に位置するコントロールルームでキーを叩きながら愛しのドクター・スカリエッティと通信をしていた。

ゆりかごの乗り心地は極上であり、まるで自分がこの世の支配者になったかのように錯覚させてくれた。

 

『なら、良かった。大切な聖王陛下だ、いじめちゃぁ駄目だよ?』

「そんなの、分かってますわ」

 

笑顔でそう答えながら彼女はスカリエッティの脇のモニターに目を向けた。そこにはコントロールルームから少し離れた場所に位置する『玉座の間』の様子が映し出されている。

玉座の間は幾何学的な模様が精巧に施された広く立派な部屋で、一番奥のところに見事な玉座が置かれていた。そこには今、クアットロ達の言う『聖王陛下』が鎮座している。

 

「陛下? ご機嫌麗しゅう?」

『………』

 

玉座に座るのは十代半ばの少女で、上から俯瞰する形の映像からは少女の顔は窺えない。

だが、クアットロにとってそのような事……少女が何を考え、どうしたいと思っているか……など、どうでもいいことだった。

クアットロは今、ゆりかごの全てを手中に納めている。それは則ち、ゆりかごの鍵である少女も同様であることを示していた。彼女にとって周りすべての人間は敬愛するドクター・スカリエッティの夢を叶えるための道具にしか過ぎない。

今、玉座に座っている少女を聖王とするなら、クアットロはさしずめ摂政といったところだ。まさに、垂簾の政。

 

「おや……?」

 

小さな警報が彼女の聴覚を刺激した。どうやら、武装局員の部隊がゆりかごの内部に侵入したらしい。

先程から外で戦闘が繰り広げられていることは知っていたが、魔導師の攻撃なぞ蚊に刺されるほどにも痛くないためさして気にしていなかったのだ。

 

「ふーん、気概があるのもいるのね」

 

局員達の目的は恐らく、というか確実に動力炉の破壊とコントロールルームの占拠である。しかし、その道中には無数のガジェットが配されており、船内には高濃度のAMFが展開してある。

クアットロが何か心配する必要は無かった。

 

 

ヴィータ率いる突入隊はどうにかゆりかごに入ることは出来たものの、その船内の予想を超えたAMF濃度に特A以上の実力をもつ局員達も驚くと同時に不安を抱かずにはいられなかった。

スバルは戦闘機人であるため影響を受けることはない。しかし、彼女一人でどうにか出来るわけではないのも事実である。

「よし、第一分隊は私と動力炉へ。第二分隊はコントロールルーム占拠に向かえ」

「了解」

「スバル、第二分隊の道掃除をしてやりな!」

「え?」

 

ヴィータは相棒のグラーフアイゼンを肩に乗せると顎をしゃくって、

 

「この中で一番働けるのがお前なんだよ。埒を開けてやるんだ」

「でも、私先行したりとか、そういうのって……」

「今更なに言ってんのさ。言ったろ、お前はもうヒヨッコじゃないんだ」

 

彼女の言葉には有無を言わせぬ強さと励ましの優しさが籠められていた。

(そうだ、みんなだって頑張ってるんだから、ここで私がウジウジ言うのも大人げないというものだろう)

 

彼女にもプライドというものがあった。ここで今更『自信がない』とは言いたくはないし、認めたくもない。

だから彼女は精一杯気丈な顔をして「了解!」と元気に敬礼してみせた。

 

 

アースラが搭載している武装には対艦用の魔導砲もある。アルカンシェルのような相手を消滅させるための武装ではなく、単純に装甲を破るための砲だ。その威力は中々に絶大である。

しかし、アースラが何発撃っても砲撃はゆりかごの滑らかなカーブを描いた装甲で弾かれ、決定打には至らない。

 

『八神部隊長、突入隊がゆりかごに浸入しました』

「分かった。第二陣の編成も急いで」

 

はやては自らバリアジャケットを身に纏って艦を飛び出し、戦闘に加わりながら指揮を執っていた。この事は始めグリフィスらに危険だと反対されたが、はやてはどうも艦橋から指示だけを出すと言うのが苦手だった。

それに、ガジェットは一体どこから湧いてくるのか知れないが、次々ゆりかごから発進してくる。戦力は一人でも多い方が良かった。

 

「ラインを上げるんや! 隙を見せたらつけこまれる」

「はっ!」

 

空戦魔導師は皆優秀である。打撃力だけ見れば陸戦魔導師よりも上を行っていた。だが、それでも苦戦を強いられているのだ。

はやては触手をうねらせるガジェットを叩き落とすと向こうに悠々と浮かぶゆりかごに視線を移した。

……ああいう物は、復活させてはならない……。

それは一般常識であったが、その常識を持っていなくてはならない筈の大人があれを復活させるのに関わっていたというのが、彼女にとって許せないことだった。ご老体達の夢の尻拭いを彼女のような若い世代がやることになるのだ。

 

『ガジェット、更に増大。キリがありません!』

「くっ……」

 

はやては戦略級の魔法の使い手である。この辺り一帯のガジェット軍を一掃する自信と実力があった。

しかし、それには長い詠唱の為の安全なエリアと膨大な魔力、味方が完全に撤退した戦場が必要である。そして今、三つの最低条件の中膨大な魔力しか満たしていない。

(ああ、いっそ味方ごと吹き飛ばせれば楽なのに)

 

彼女はふとそのようなアブナイことを考えて、いけないいけないと頭を振った。そんなどこぞのバカみたいなこと、やるわけにはいかない。

 

「アイツなら、きっとディバインバスターをグルグル回りながら撃つんやろうなぁ」

 

はやては粒やきながらガジェットを再び叩き落とした。

 

「はやてちゃん、よく私のやろうとしてること分かったね!」

「当然、伊達に部隊長やっとらんわ」

「流石っ! じゃ、早速殺らせていただきましょう」

「おい待てや」

 

はやてはあまりにも自然な流れで独り言に参加してきた例のバカに驚きつつも、肩を食いっと掴んで暴挙に出るのを止めようとした。

 

「何しとんねん。ていうか、寝とったんやないの?」

「さっき起きた。そしたらテレビでなんか面白そうなことやってたからさぁ」

 

彼女はストレンジハートを振り回しながら笑顔で答えた。顔はつやつやして、活力に満ち満ちている。

 

「大丈夫なん? あの、なのは……ちゃん」

「うん。高町なのはだよ。今は」

 

なのはは微笑んで答える。それを見て、はやてはなのはが全てちゃんと分かっているということを理解した。

 

「なのはちゃん、ホントに、大丈夫なんか?」

「やだなぁ。当然じゃん」

 

彼女は満面の笑みを浮かべるとゆりかごの方を向いた。

 

「あんなのがあるなんてさ、ホントにワクワクするよね。スッゴいプレッシャーを感じるよ……あの中に、ヴィヴィオがいるんでしょ?」

「多分な。ゆりかご起動の鍵らしいし」

「そっか……ムフフ、そうか!」

 

彼女の目ははやてに理解できない期待が光っている。

彼女の言うプレッシャーというのは、もしかするとヴィヴィオが発しているのかもしれない。遺伝子レベルで繋がりのある二人だから、そういうことも分かるのだろう。

 

「あの中に、ヴィヴィオがいるんだ。私を待ってる」

「分かるんか? そういうの」

「うん。私は、もしかすると……本当にもしかすると『高町なのは』ではないのかもしれないけど、ヴィヴィオのママであることは間違いないことだから」

「そっか……せやな」

 

なのははクルリと一つ舞うとはやての頭をポンと叩き、そのままゆりかごへ向かってビュンと飛んでいってしまった。

 

 

 

スバルはゆりかごのコントロールルームへ向かって進撃していた。だが、その進撃は非常に遅いもので、波のように押し寄せるガジェットは彼女達を大いに辟易させた。

 

(これで、何体目?)

 

スバルは始め敵を破壊する度に数を数えていたのだが、百三を越えてから数えるのを止めた。数えれば数えるほど、無数に光る赤いカメラの輝きが彼女の心を挫こうとしてくるのだ。

コントロールルームまでの道は異様に長い。

 

「ナカジマ二士、我々はもうダメだ」

 

やがて、武装隊が限界を迎えてしまった。壮齢をやや過ぎた分隊長はデバイスを杖のようにして身体を支えており、比較的元気な者でさえ顔にあからさまな疲れの色が浮き出ていた。

 

「我々は武装隊の中でもそれなりに自信のある方だったが、如何せん、AMFが濃すぎる」

「そんな……」

「すまない」

 

仕方のないことであることはスバルにも分かっていた。恐らく、ヴィータの所も苦戦を強いられていることだろう。

今一番戦えるのはスバルである。しかし、自分一人で出来るかどうかどうも自信がなかった。肉体の疲れはさほど無いが、精神的に参ってしまいそうである。

彼女はついつい、「あぁ」と声をあげてしまう。

 

「あぁ、こんな時、なのはさんがいてくれたら……!」

「いるよ」

 

不意に背後から知った声が聞こえ、彼女は慌てて振り向いた。

 

「な、なのはさん!?」

「やぁスバル。元気?」

 

なのははいつものバカっぽい笑いを顔に浮かべて立っていた。バリアジャケットは防御力を高めたタイプとなっている。

 

「なのはさん、大丈夫なんですか?」

「余裕のよっちゃんよ。さて、スバル、ちょっちどいてくり」

 

なのはに言われてスバルは道を開けた。二人の目の前にはガジェットがワサワサとひしめき合っている。なのははそれを感激と共に見渡すと、ストレンジハートをしっかりと構えた。

 

「さぁスバル、見ててね。愛と勇気の拡散ディバインバスター!」

 

そう叫ぶとストレンジハートの先端から桃色の魔力が拡散した状態で噴出された。しかし、『拡散』とは言ってもその一条一条がまた図太い。飲み込まれたガジェットはグズクズと爆発せずに塵になっていく。

 

「うわぁ、すごい」

「うひゃあー、キンモチィー!」

 

なのははまるでホースで散水するかのようにゆったりとストレンジハートを左右に振った。

通路一杯にひしめき合っているガジェットに逃げ場はない……もっとも、そうでなくとも逃げ場はないであろうが……とにかく、高町なのはの愛と勇気はおぞましい量のガジェットを消滅させたのである。

 

「ふぅ……」

 

寝起きの一発は最高に気持ちが良い。だが、彼女には賢者タイムに浸るほどの余裕はない。

 

「スバル、コントロールルームに向かってるんだ?」

「はい。そこを占拠しろと言われたので。資料だと、このまま向こうの角を曲がって、玉座の間を抜けるとコントロールルームだそうです」

「玉座の間?」

「聖王陛下の部屋だそうです」

「ふぅん、じゃぁ、ヴィヴィオはそこにいるかな」

 

なのははニコニコしながら呟くと「よーしスバル、出陣!」と声をあげて猛スピードで通路を飛んでいってしまった。

 

 

『ディエチちゃん、名誉挽回の汚名返上よ!』

「分かってる! 話しかけるな……」

 

ディエチは玉座の間の前の通路で向こうに見える曲がり角をスコープ越しに睨み付けていた。

クアットロは突然現れた『高町なのはの出来損ない』がガジェットの軍団を一掃してしまったと怒っていた。完璧主義者の彼女の残虐性では、何をしでかすか分かったものではない。

 

(高町なのはを倒さなければ……)

 

ディエチは配置につく前、玉座に座る少女を見た。何を考えているか分からない人形のようなその顔に彼女は恐怖と哀れみを感じたものである。クアットロは、上手くいかないとそんな少女に八つ当たりをするだろう。

 

「それでは、あまりにもかわいそすぎるから……」

『どうかしたの?』

「何でもない」

 

彼女は素っ気なく答えると再びスコープの景色に意識を集中させた。

その後しばらくして、曲がり角の奥からドカンバカンと音が聞こえ、それはみるみる大きくなっていった。

 

「来た……」

 

彼女がそう呟くと、果たして、スコープの中に高町なのはが飛び込んできた。

引き金を引いたのはそれと全く同時であった。放たれた砲撃は、なのはの身体を飲み込むだけでは飽きたらず、周りの壁をも崩落させて粉塵煙をあげさせた。

これの前にチューンしてもらって威力の上がっている砲の前ではあの化け物でもただではいられまい。

 

「やったか?」

 

彼女は砲を降ろして煙の中を凝視した。

……だが、読者諸君も知っての通り、「やったか?」という発言は、ある種のフラグなのである……。

もうもうと煙が立ち込める。すると、その煙の中から一本の魔法がディエチめがけて飛び出した。

 

「なんとっ!?」

 

それは一見して大した威力のものではなかった。しかし、少しだけ油断したディエチは防御することも叶わずその魔法を胸に受けて吹き飛ばされた。息が一瞬詰まり、呼吸が出来なくなった。

 

「今のは、ちょっと良かったよ」

「うっ……!?」

 

煙の中から姿を現したなのはは傷一つなく、白いバリアジャケットにも埃すら着いていなかった。なのはは床に転がっているディエチをバインドで拘束するとデバイスを構え直して玉座の間の方を向いた。

 

「ぐぅ……お前……」

 

バインドで窮屈に縛られたディエチは身を捩りながら唸った。

 

「お前は……一体何なんだ……」

 

なのははその質問に答えなかった。答えたにせよ、ディエチの耳の回路がショートしていたから聞こえはしなかったろう。

彼女が一体何者なのか。

それは、今から確かめることである。

 

 

 

 

 

 

 

 

玉座の間の扉は豪奢な造りであったが、鍵もかけられておらず、少し指先で押しただけでゆっくりと音もなく開いた。宮殿とも研究所ともいわれぬ造りの部屋に、なのはは口笛を吹いてから足を踏み入れた。

 

「………?」

 

そして、部屋の異様な空気に気が付いたが……それを深く考える前に、彼女の目に玉座に座る少女の姿が飛び込んできた。

十代前半らしきその少女は真っ黒なライダースーツを思わせるバリアジャケットに身を包み、それによく映える長い金髪を頭にのせ、頭の横でなのはと同じくサイドポニーを作っていた。

なのははそれを見て、口に微笑を浮かべるとストレンジハートで肩をポンポンと叩いた。

 

「やぁ、ヴィヴィオ。迎えに来たよ」

 

玉座に座るヴィヴィオのオッドアイが、鋭く光った。

 

 

つづく




多分次回で最終回です。多分。

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