スカリエッティの娘たち、通称『ナンバーズ』、もしくは『数の子姉妹』。
そのナンバーズのNo.5、チンクは妹思いの小さなお姉さんである。
かつてゼストとの戦闘で傷を負った右目につけた眼帯がトレードマークで、厳しくも優しい性格とちんちくりんな見た目故に妹達から愛されている。
「ディエチが捕まったのは予定外だったが、計画は概ね順調だな」
「全くだ」
チンクとNo.3トーレはリビングルームで紅茶を飲んでいた。室内は静かで、まさに嵐の前の静けさ、といった雰囲気であった。
「心配か? チンク」
「いや、あの子なら上手くやるさ。四日後に助けてやれば良い」
「信頼しているのだな」
トーレは紅茶を一口すすり、フゥ、と息を吐いた。何処から手に入れたのかは知れないが、中々良い茶葉なのだ。
ナンバーズは全員で十二人いる。全てスカリエッティの産み出した戦闘機人であり、一人一人が最高級の芸術作品である。
スカリエッティはナンバーズを産み出す際、均一で無表情な軍隊ではなく、それぞれ個性ある娘たちとして設計した。そこには、彼の生命への奇妙な信仰が見て取れる。
例えば、No.6セイン、No.11ウェンディは感情豊かなお調子者であり、No.9ノーヴェやNo.10ディエチは真面目、などと個性豊かである。スカリエッティ自身、人間特有の感情の揺らめきを愛していた。
「ところで、クアットロだ。アイツが何を考えてるのかが分からん」
チンクはどうも姉の一人であるクアットロが苦手であった。姉妹たちをどこかで見下しているような印象なのである。スカリエッティに言わせればそれもまた個性なのだろうが、彼女の調整した最終三機、No.7セッテ、No.8オットー、No.12ディードはなんとも没個性的なのだ。
紅茶を注ぎ足すチンクにトーレはフム、と言いながら、
「戦闘機人としては最高の出来だろうさ、あの三人は。だが、やはり機械的なだけじゃ分かり得ないこともある」
「ま、作戦まで四日あるんだ。あの子達にも少しは考えることを覚えさせなければならない」
二人はウンウンと頷きながら、同時に紅茶を啜った。
※
高町なのは隠し子疑惑が隊内で浮上したが、すぐに沈没してしまった。噂をばら蒔いたと思われるアルトがなのはから『お話』のお誘いを受けたのだ。もっとも、誰も心の底から信じてはおらず、精々話のネタとして流布していたに過ぎないのだが、自称超絶天使のなのはでもそれは看過できるものではないらしい。
最後は隊内に
そのような出来事も既に三日前の話。
相も変わらずバスターハッピーな高町なのはであったが、最近はそんな彼女の周りをチョロチョロと動き回る存在が現れた。
「ママーどこにいくの?」
「うん? ちょっとそこでブッぱなしに」
玄関ロビーで、溜まりものを発散するため外に出ようとしたなのはをなんやかんやで聖王教会から引き取った女の子、ヴィヴィオが引き留めた。
「ぶっぱなす? おもしろいの?」
「すごく楽しいよ」
ヴィヴィオはなのはによくなついている。周りの人間からしたらまったく理解できない事態なのだが、きっと彼女の心にビビっと来ることがあったのだろう。
「わたしもやるー!」
「うん、じゃぁ、一緒にブッぱなそうか!」
「やめんか」
なのはの頭をはやてのハリセンが一閃した。近頃のハリセンさばきはシグナムの剣さばきに匹敵する。
「良い一撃だったぜ」
「だまらっしゃい。無垢な少女に変なこと教えるんやない」
はやての言葉になのはは凄まじいショックを受けたと言わんばかりの顔を見せた。「砲撃のどこが悪いの!?」と本気で問い掛けている顔である。なのはにとって砲撃は生きるための生理活動の一つなのだ。
しかし、一応健全な思考の持ち主であると自負するはやては、幼い子供になのはの砲撃は見せたいものではなかった。あまりにも変態的すぎる。
しかし、ヴィヴィオはなのはにぎゅっと抱きついて、はやてに向かって言った。
「ママをいじめちゃだめ~」
「いや、私はヴィヴィオちゃんの将来を考えてな?」
「いじめちゃだめ~」
ヴィヴィオのグリーンとレッドの瞳は悲しげな色合いではやての姿を見ていた。このような目をされると、はやては面と向かって「ダメ」とは言えない。
彼女はウーンと唸って天井を仰ぎ見、隊を結成して何度目になるか分からないため息を吐いた。
「分かった。なのはちゃん、程々にな?」
「OKOK!OK牧場!」
手を振りながらなのはは調子よく答えた。まったく不安である。
彼女は満面の笑みを浮かべヴィヴィオに手を差しのべて「行こうか!」とさそい、ヴィヴィオも嬉しそうな表情を浮かべて手を繋ぎ外へ出ていった。
「なのはちゃんになつくなんてなぁ」
はやては子供の頃からお母さんをやっていただけあり、母性というものがある人間だった。しかし対してなのはは母性のような包み込む優しさを微塵も備えていないように感じられた。そして、それは事実そうであり、ヴィヴィオがなのはをママと呼び慕う理由が分からなかった。
少し悔しく思いながら、はやては二人の親子の背中を見送った。
※
隊舎の休憩室の窓からは埋立て地に面した海が見え、向こうにはいつも使っている訓練スペースが見えた。
スバルはその景色が結構好きで、何か心の中で腑に落ちないことなどがあるといつもそこから外を眺めていた。
「スバル」
「……はぁ」
ティアナは自販機でお茶を買うとプルタブを開けながらスバルの肩に手を置き、その隣に立って窓の外を見た。訓練場の側ではなのはが魔法を撃ちまくっているのが見えた。
「なに悩んでんのよ」
「別に、悩んでなんてないよ」
「嘘おっしゃい」
スバルは、ティアナが全てお見通しなこと位十分にわかっていた。だから、彼女は手にしていたジュースを一口飲むと視線を外に向けたままこう話した。
「エリオやキャロはさ、私たちに色んな事教えてくれたよね」
「うん、そうね」
色んな事、というのはエリオとキャロの過去にまつわる話である。
人造魔導師……プロジェクトFの遺産として苦しい経験をしたエリオに、その強力すぎる力ゆえに故郷を追われたキャロ。二人の身の上話は自然と皆の涙を誘い、スバルとティアナ、さらに同席していたアルトはピーピー泣いたものである。
「私の事も、話した方が良いんじゃないかな」
「それは……」
スバルの提案に、ティアナは言葉を詰まらせた。スバルのこと……つまり、彼女がいわゆる戦闘機人の一種だということは、二人だけと一部の人の秘密だった。存在自体が法律ギリギリであり、かなりデリケートな部分であるからである。
ティアナは数秒唸った後、外を見るスバルの横顔を見ながら言った。
「……今は、まだよした方が良いんじゃないの? エリオとキャロはもう過去の話だけど、アンタは今の話なんだから」
「……うん」
彼女の頭の中で先日ディエチに言われたことがグルグルと回っていた。
窓の外でも、なのはがディバインバスターを撃ちながらグルグル回っている。こういうことを相談すべきはなのはのような大人なのだろうが、スバルにとって、なのはのいる場所は些か遠すぎた。
※
「四日後か……」
「はやてちゃん、どうしたですか~?」
はやては部隊長室で外のなのはを眺めながらボソッと呟いた。リインは何やらご機嫌そうな様子で、鼻唄を歌いながらはやてにお茶を淹れている。それほど良い茶葉でもないのだが、淹れ方が良いのだろう、芳醇な香りが漂っていた。
「ん~? 何でもないよ。それよか、えらい機嫌ええな?」
「えへへ、明日、わたしも先生ですよ」
「あぁ、そうやったな」
明日、リインはシグナムと共にフォワード達を教導するのだ。前々からお姉さん振りたがっていたリインはのに『任務』をはやてから伝えられたとき跳び跳ねながら(もう飛んでいるが)敬礼したものである。
「リインはちっちゃいけど優秀やし、後輩思いやからね」
「はいです! 明日は、ビシビシ鍛えてやるです!」
「程々にな」
勇むリインにはやては笑いながら答えた。
リインは紅茶にクリームをよいしょと入れると、「シグナムとミーティングしてくるです!」と言って部屋をそのままの意味で飛び出していった。
……はやてを残して誰もいなくなった部隊長室は大変静かであった。
彼女は外の爆音を聞き流しながら紅茶を一口啜り、ふと思い立って机上に空間ディスプレイを顕現させた。
そこには教会の病院から送られてきたヴィヴィオの診断書が映っており、体重、体温、血液型などが事細かに記されていた。
はやてにはのす数値一つ一つの意味は分からない。彼女が気になっているのは、同封されていた騎士カリムからのメールであった。
……例のヴィヴィオちゃんですが、貴女の推測した通り、人造魔導師という診断判定が出ました。見たところ、魔力も平均よりやや多いくらいで、戦闘用に造られたという印象はありません。ただ、その子のオッドアイは伝承のオリヴィエ聖王陛下のそれと同じなので、調査を続けます……。
オリヴィエの話ははやてもよく知っていた。戦乱の時代に慈愛の心を持って民を愛し、最後は自らを差し出し戦いを終結させた聖女。昔話にも度々登場する偉人だ。
しかし、はやてにとってその事はどうでも良いことである。問題は、次であった。
……遺伝子やリンカーコアのパターンが高町さんと繋がる部分が多く見られました。「ママ」と呼んでいたのはこれによる本能的な作用でしょう。このような遺伝子的合致は前から度々あるので珍しくもありませんが、気になります……。
カリムの「度々ある」こと、というのは、恐らくスバルの事を言っているのだろうとすぐに分かった。
スバルの母、故クイント・ナカジマは、スバルとギンガを腹を痛めて産んだわけではない。彼女が任務中に研究所にいた二人を保護したのだ。そして後の遺伝子検査で、姉妹の遺伝子がクイントのそれと親子に近い関係にあることが分かった。
「胡散臭い話やけどな……」
彼女はそう一人ごちると椅子に身体を深く埋めた。
公開意見陳述会……ミッドミルダの、そして次元世界の行く先を決める会議まで、あと、四日……。
彼女たちがそれを迎えるには、あまりにも多くの問題が立ちはだかっていた。
※
「ママかっこいー!」
「オホホホ、いつもより多目に回っております」
ヴィヴィオは沿岸の縁に腰掛けて空でディバインバスターを撃ちながら回転するなのはに拍手を贈っていた。彼女の目はキラキラと輝いている。
そんな彼女に声を掛ける人があった。
「なのは、格好いい?」
振り向くと、そこには長い金髪を靡かせた綺麗な女の人が立っていた。
「うん。あなたは、だあれ?」
「私はフェイト。なのはのお友達だよ」
「お友達? ふーん」
フェイトは降り注ぐ太陽の光に手をかざしながら空の上のなのはを見上げた。なのはもフェイトの姿に気付いたらしく、挨拶がわりに海に向かって砲撃してみせた。
彼女は、ヴィヴィオの隣に座った。
「昔のなのはは、もっと格好良かったんだよ」
「そうなの?」
「うん。あんな砲撃ばっかりじゃなくて、色んな魔法を使ってたんだ」
「そうなんだ! みてみたいなぁ」
「頼めばさ、見せてくれるよ……」
空では太陽の中をなのはが宙返りしていた。気持ち良いのか、何やら訳の分からないことをわめき散らしている。その姿はまさしく大魔王の名にふさわしく思えた。
「フェイトさん?」
「ん? どうしたの?」
ヴィヴィオはフェイトの顔をじっと見つめた。何かを探るような、そのような目である。フェイトは少し気圧されてしまったが、小さな少女はすぐに爛漫な笑顔を見せてくれた。
「フェイトさんって、なんだかママに似てるー!」
「えっ? ど、どこが?」
突然の発言にフェイトは思わず言葉を詰まらせてしまった。自分は冷静に事をこなし、一般常識も身に付けていると思っていたのだが、まさか無邪気な女の子に、高町なのはと『似てる』と、言われるとは……別に嫌なわけではないが、複雑な心境である。
「こんどから、フェイトママって呼んでいい?」
「いや、別に構わないけど……私のどこが似てるの?」
「やったー! ママがふたり!」
「ねぇ、聞いてよ」
ヴィヴィオは相当嬉しかったのか、空の上のなのはに向かってオーイと呼び掛け、身体全体を使って手を振った。その仕草は純粋な子供のそれであり、そこに人為的なものは何一つ感じられなかった。
つづく
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