俺達の知ってる『なのはさん』じゃねぇ   作:乾操

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今回は区切りの良さの関係で短め。
誤字、脱字などを見つけるときっと良いことが!

ところで、女性への敬称はsirじゃないんだぜ。


10.機動六課の休暇

「口から糞垂れる前と後ろにサーを付けろ!」

 

朝練のため訓練場やって来たフォワード四人に高町なのはが言い放った最初の台詞はこれであった。どうやら、昨日見た映画に影響されたらしい。

 

「さ、サーイエッサー」

「ふざけるな!タマを落としたか!」

 

四人のうち三人に元々タマなんて付いていない。女子三人は赤面しながら(エリオは知らんぷりをして)大声を張り上げた。影響を受けやすい人物を上司に持つと疲れる。もっとも、スバルなどはこれも愛情表現だと思っているのだから、お気楽なものだ。

そんな彼女達の元へ一生分の苦労を背負っているかのような顔付きのヴィータがやって来た。

 

「おい、なのは」

「何だつり目チビ」

「誰がつり目チビだ!」

 

ヴィータは怒りながらキョトンとするフォワード連中とエセ軍曹を気取るなのはを交互に見比べると如何にも呆れたという顔をした。

 

「お前さ、言ったよな? 今日は訓練は全て休みにするって」

「え?」

 

疑問の声を上げたのは何もなのはに限ったことではなく、フォワードの四人もであった。

四人にとって基本的に休みと言えば半日だけ隊舎内でウダウダするというものである。前線部隊ゆえの苦労だが、毎日が待機状態なのだ。

「ヴィータ副隊長、それって、今日はお休みってことなんですか?」

 

スバルの期待に満ちた声の調子にヴィータは少し微笑んで、「そうだよ」と答える。四人の喜びは絶大で、口々から小さく歓声が漏れた。

 

「基本的にはどこにいっても良いが、局員としての節度を忘れず、粗相の無いようしろよ?」

「はい!」

 

威勢の良い返事をして解散の合図を出された四人は訓練でも中々見られない瞬発力で訓練場を去っていった。

楽しいことに全力を尽くせるのは、若者の特権である。

その背中を見送りながらなのはとヴィータはそう思った。

 

「と、言うわけで、まだまだ若い私高町なのはもチョイと街へ繰り出そうと思います」

「待てい。お前はデスクワークだ」

「えー!?」

 

ルンルンとその場を去ろうとしていたなのはは衝撃の表情を浮かべた。その表情は普段あまり見られない類いのものであったから、カメラがあれば良かったとヴィータは後々後悔することになる。

 

「阿呆。隊長のお前も、いい加減でデスクワークを覚えろ」

「でも、デスクワークはヴィータちゃんの仕事だニャン?」

「可愛い子ぶっても無駄だ。気持ち悪い」

「ヴィータ=デスクワークの式は有史以来の摂理だニャン?」

「ええい、黙れ!」

 

ヴィータは髪を逆立ててなのはの頭から垂れ下がるサイドポニーの先を掴むと勢いよく引っ張った。ヴィータは見た目によらずパワーがあるため、下手に逆らうと髪の毛がブチブチと抜けてしまうのは必至だ。

 

「やめて、毛根が痛い」

「さっさとついてこい! エセハートマンめ!」

 

哀れ、若さ全開のなのはさんは仕事の鬼に連れ去られてしまった。

だが、彼女が街に行ったら行ったでストレスが溜まり、結局近くの海で砲撃をすることになるのは、自明の理である。

 

 

時間は数時間流れ、お昼前。

八神はやては警備員に身分証明書を見せて地上本部の門を潜った。地上のトップ、レジアス・ゲイズ中将直々に呼び出されているのである。

はやてはレジアスが苦手であった。

レジアスは典型的な武闘派で、陸の戦力を引き抜いている(レジアスの主張ではあるが)海、即ち本局をあまり快く思っておらず、その海のトップや、同じく彼にとって快い対象でない聖王教会のトップの後援で設立された機動六課をやはり快く思っていないのである。

同じ武官でありながら彼とはやては真逆の思想、立場なのである。

 

エレベーターに乗り、地上数十階の位置にあるレジアスの執務室の扉を前にしてはやてはネクタイを整え、深呼吸するとドアを三度ノックした。

「誰だ?」という重厚な誰何の声が返ってくる。

 

「機動六課部隊長、八神はやて二等陸佐です」

「……入れ」

 

扉が開けられ、はやては中に足を踏み入れる。

執務室は部屋の両脇が大きな書架となっており、奥のステンドグラスから差し込む鮮やかな日差しに照らし出されていた。その日差しを背に、レジアス・ゲイズは座っていた。

 

「八神二佐、参りました」

 

はやては相手に弱味を握られないため、非の打ち所の無い完璧な敬礼をしてみせた。

 

「八神二佐、よく来てくれた。一度、会ってみたいと思っていた」

(その割りには、あまり嬉しくなさそうやなぁ)

 

レジアスの表情にそのような皮肉を考えながら、はやては敬礼を解く。

 

「して、ご用件は?」

「うむ。今日聞きたかったのは、機動六課についてのことだ……オーリス、書類を」

「はい」

 

レジアスの隣には一人女性が控えている。秘書だろう。美しいが、どことなくナイフを思わせる雰囲気を持っている。

オーリスと呼ばれた女性から書類を受け取ったレジアスははやてに見せつけるようにして書類を示した。

 

「諸君らの活躍で、地上での犯罪率も低下している。喜ばしい事だ」

「ありがとうございます」

 

書類には犯罪率の推移が記されていた。確かに、六課の活動開始と共にクラナガンでの犯罪件数は少なくなっている。ロストロギア専門部隊の活躍の思わぬ効果である。

レジアスの言う通り、中々喜ばしい話題である。しかし、言葉とは裏腹に彼の顔には不機嫌そうな色がありありと浮かんでいた。

 

「だが、不思議なことだ。犯罪件数とは反比例するように周辺被害額が増加している」

「あっ……」

 

はやてはレジアスの指摘にギクリとして微かな悲鳴をあげた。示してきた書類には『鉄道復興費』や『民間企業への補償』などという項目が赤色で書き記されていた。

 

「全て機動六課の活動の影響だ。書類上は『最低限の被害』となっているが、本当かね」

「無論であります」

「以前の小規模な津波の発生源が六課隊舎近くだというが?」

「偶然の一致であります」

「議会では機動六課存在の是非も問われ始めているぞ?」

 

議会での話しは恐らくハッタリであろうが、突きつけられた問題はかなり痛いものであった。

ていうか、全て高町なのは一等空尉の成果である。

「フン。まぁ、いい。行きたまえ」

「は……」

 

レジアスに言われたはやてはそそくさと部屋を後にした。

階下へ降りるエレベーターの中、彼女はなり場の無い思いから大声で叫んだ。

その後、はやてが地上本部を出たのはお昼時を過ぎた一時半ごろになった。

腹の虫が煩く鳴っている。本部内には食堂があるのだが、どうもそこで食べる気にはなれなかった。

なんやかんやあって、結局彼女は近くの立ち食いそば屋の暖簾を潜った。

なんでクラナガンに立ち食いそば屋があるのかは気にはならなかった。この街にはそういう店がいくらかあるのである。

 

「いらっしゃい」

「かけそば一つ。お揚げと玉子付けてな?」

 

彼女はジャケットを脱ぐと肩に引っ掻けた。その仕草が少しおっさんじみていることに彼女は気付いていない。

そばはものの数十秒で彼女の前に差し出された。出汁の香りが彼女の鼻孔を撫でる。さっそく箸を割り、小さく頂きます、と言うと玉子を箸で突き崩し、音を立てて食べ始める。

そんな彼女の隣にクラナガンのような都会には似合わない、一風変わった風貌の少女がやって来た。長い髪を後ろで纏め、ボロボロのローブを羽織り、背中に同じ布で巻かれた筒状らしきもの……楽器だろうか……を背負っている。

 

「かけそば一つ」

「あいよ」

 

注文するや十秒と待たずかけそばが登場した。はやては不思議と彼女の動向が気になってそばを運ぶ箸を動かすのを止めていた。

少女はそばを受け取ると手前に置かれていた七味をとってふたを開けると無造作に、その量を調節しようともせずにぶっかけて、そのままそばを勢い良く啜り出した。

 

(プ、プロの食い方や……)

 

それはまさしく『立ち喰いのプロのような』すげぇ食べ方であった。間違いない、昔何かのアニメで見た。

器の中のそばはあっという間に無くなり、少女は七味の浮かぶ出汁を飲み干すと代金を払って、はやての視線を華麗にスルーしながら店を出ていった。

 

 

少女は肩の『相棒』を担ぎ直しながら街の喧騒の中を歩いていた。

 

『ディエチちゃ~ん』

『……なんだよクアットロ』

 

少女ことディエチは頭の中に響く甘ったるい声に少し辟易しながら念話で応答した。

 

『も~どこ行ってたの? 貴女が必要になるかも知れないのにぃ』

『だからこそ、食事をとったんだ』

『あら、エネルギー補充? 頼りになるぅ』

 

ディエチはどんどん人気の無い場所へと移動していった。汚れた壁に挟まれた小路には古びた安ネオンが掲げられ、すえた臭いが立ち込めている。目の前を痩せた犬が通りすぎた。

 

『クアットロこそ、ちゃんと探してるのか?』

『大丈夫! 地下の方でもお嬢様達が捜してるわ』

『ふーん』

 

相槌を打ちながら彼女は背後の賑やかさを振り返り、ふと寂しさを感じた。

それが何故なのかは分からない。もっとも、彼女自身今は分かる必要は無いと考えている。今は親愛なるドクターと姉妹達のために自らの成すべきことを成すだけである。

だが、さっき食べたそばの美味しさが彼女に与えた影響は確かなものである。

 

 

「ご飯美味しかったね」

「うん」

 

穏やかな昼下がり、エリオとキャロは街並を見上げながら歩いていた。

こういった都会の風景を詳しく知らない二人には乱立するビル群は憧れの象徴でもあった。それを見上げているだけでも十分に楽しいのである。

 

「す、凄い人だね……」

「キャロ、僕から離れちゃだめだよ」

 

そう言うとエリオはキャロの手を握ってくれた。少年にとってそれはほんの些細な気遣いに過ぎないのだが、キャロはとてもそれが嬉しかった。

「……ん?」

「エリオ君、どうかしたの?」

「いや、ちょっと……」

 

手を繋ぎながらエリオはビルとビルの間の薄暗がりに目を凝らしていた。何故彼がその隙間にいる存在に気付いたのかは分からないが、何やら波長のようなものを感じたのだろう。

 

「エリオ君?」

「人だ、人が、倒れてる?」

「えぇっ!?」

 

二人は人混みを離れて薄暗く埃の溜まった裏路地へと入った。奥にはちょっとしたスペースがあり、そこには地下排水路へと繋がるマンホールが設置されている。

そのマンホールの蓋が開き、側でボロボロの身なりの少女が倒れていたのだ。

慌てて駆け寄り、エリオは半身を抱き上げた。

 

「衰弱してる……キャロ、みんなに連絡を!」

「うん!」

 

エリオはそう言うと少女の姿を確かめた。

少女は五、六歳前後とみえ、くすんだ長いブロンドの髪を(汚れているからそう見えるのかもしれない」背中まで伸ばしている。服は殆ど布切れと言ってよく、裸足の傷だらけの両足にはそれぞれ鎖が延びており、片方には何やら重厚そうな箱がくくりつけてあった。

 

「もしもし、聞こえる?」

「……う……う……」

 

エリオが声をかけると少女はうっすらと目を開いた。瞬間、彼は息を飲んだ。左右で瞳の色が色が違う。エメラルドのような右目に、ルビーのような左目だ。

 

(す、吸い込まれそうだ……)

 

オッドアイの人間が発生する確率は低い。人種によって様々かもしれないが、この少女からは自分やフェイトのような気配があった。地下や様々な所で付いたであろう臭いの中に、培養液の薬品臭さがある……。

 

 

スバルとティアナが連絡してから十分後、シャマルを乗せたヘリが更に二分後に現場に到着した。勿論ヘリは近くのビルの屋上に停まっている。

医療バックを持ったシャマルは再び気を失った少女へ駆け寄り簡単な診断をすると栄養剤注射を施した。

 

「かなり衰弱してるわね。どこでこの子を?」

「ここでです。多分、そこのマンホールから上がってきたんでしょう」

 

エリオの指差した開いたマンホールをチラと見るとシャマルはティアナを呼び寄せた。

 

「これ、レリックのケースよ」

「本当ですか!?」

 

四人の間に動揺が走る。足の鎖を見る限り、彼女は二つのレリックを何らかの理由で所持させられていて、片方を地下に落としてきたと考えられる。

 

「うん。休暇中悪いけど、出動よ」

 

四人は少しだけ残念な気分になった。だが、レリックのようなロストロギアを回収するのが任務である。休暇はまた今度取れば良いのだ。

 

「高町一尉たちも向かってるから」

「街中でぶっぱなしたりしませんよね」

「うふふ、大丈夫よ。じゃぁ、ティアナ、よろしくね」

「はい!」

 

ティアナはビシッと敬礼を決めると面々に素早く指示を出してマンホールから地下排水路へと入っていった。

シャマルはぐったりとした少女を抱き上げると、頼もしくなったティアナに笑みを浮かべた。

 

「大丈夫よ……多分」

その呟きはビルの谷間に吸い込まれて消えていった。

 

つづく




立ち喰いのプロ、即ち『立喰師』はすごーく深い職業です。詳しくは検索してね。

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