相当のタイムロスだ。リタが今この場に居れば、そう言ってカロルの頭を小突いただろう。そうはならないのが、余計にカロルの足取りを重いものにしていた。
結論から言えば彼はリタがどこへ向かったのか知らなかったのである。
その時はどうにか騒動を止めようと必死で話など耳に入っていなかったのだし、そもそも確実な場所は逃げた男達にリタやフレンのように付いていかなければ分からなかった。
まずはその場所について情報を集めるしかなかったのだ。
幸いだったのは、宿に仲間たちが皆集まっていたため人手が確保出来たことか。唯一鼻の利くラピードが外に出てリタたちの足取りを追ってくれてはいるが、如何せん様々な人間、魔物まで1日数えきれないほどの生物が横行する草原である。いくらラピードといえども難しいだろうが、とユーリは溜め息混じりに呟いていた。
結局数時間後、ちょうど男達とリタがやり合っている際傍を通っていて会話が聞こえたのだという街の住民からの情報提供と、うっすらと残っていたリタとフレンの匂いを察知したラピードの鼻の情報とを合わせ、目的地へと一行は足早に歩を進めていた。
カロルも遅れないよう必死に付いていくが、責任の念からか俯いたまま無言を通していた。
時間も時間であった。何事もなくリタがエアルクレーネを調査したのみであったなら、彼女らは今頃街へ帰ってきていてもおかしくはなかった。しかしラピードによれば、2人が帰ってきた匂いも形跡もないのだという。つまり、やはり、何かあったのだと。皆口には出さないが焦りを隠しきれないエステルなどは、進める歩幅が彼女らしくなく大きくなっていっている。
人一倍責任を感じているのが、他でもない、カロルなのである。
少年の後悔に屈んだ背中を抱き締める者はいない。からかう者も、責める者も。今が成長の途中なのだからと言わんばかりにユーリも、ラピードもちらりと目をやるだけで声をかけることはない。その様子に最後尾を担っていたレイヴンが、まるでお父さんね、と肩を竦めて笑った。
同じようにどこか優しげにカロルを見やったジュディスは少し足早になり前を歩くユーリに並ぶ。
「やっぱりバウルで向かった方が早かったんじゃないかしら?確実な場所もわからないわけだから」
「わからねぇからこそだろ。住民の話によれば、最近唐突に姿を現した小さい祠だって話だ。バウルで移動してりゃ見落とすかもしれねぇぜ」
「それにしても唐突に姿を現した祠とは、摩訶不思議なこともあるものじゃの」
ラピードの横に寄り添うようにして歩くのはパティだ。くんくんと集中して鼻を動かすラピードの様子を見守りながら言う。
唐突に姿を現した小さい祠。住民の話では今までそのようなものはなかったのだという。しかしここ数ヶ月、しばらく見ないうちに、まるで昔からそこにあったかのように自然と存在していたのだとのことであった。
皆がにわかには信じがたい話ではあったのだが、どうしても住民の表情が嘘をついているようには見えなかったのだ。どちらにせよ手がかりが全くないわけなので、賭けてみた、といっても良いかもしれない。
ただただ目の前に広がる何の凹凸もない広い草原を一行は歩き続けた。
×××××
一方。
白いローブに身を包んだ女性が空に瞬く星々を眺める。その表情は柔らかなものであったが、しかし徐々に悲壮なものへと変わりゆく。
ひときわ大きく、輝きを増す星。その周りに無数の星々が集まっていく。
中心の、その大きな星を天魁星といい、そしてこの星の出現とは、多くの人々が命を散らす戦乱、天魁星を宿した者の過酷な運命を予見するものであった。
女性の姿を傍らで見守る少年は、その様子からまた争いが始まるのかと小さく溜め息をつく。そうして彼女へ近づくと、そろそろ休憩しませんか、と柔らかく声をかけた。
女性も、それに微笑みを浮かべ応ずると空の見える場所から室内へと入ろうとする。
その時であった。
他のどの星とも輝きの違う、言わば異質な星が集まりを裂くようにして天魁星の周りを取り囲んだのだ。
これには女性も驚愕の色をその表情に浮かべ、戻ってお茶の準備をしようとしていた少年もただ空を見つめていた。
「レックナート様、あの星は…?」
レックナート、少年にそう呼ばれたローブの女性は首を左右に振る。しばらくの沈黙のあと、しかし、と静かに口を開いた。
「天魁星を守るもの…108の星々に力を添えるもの…起こりうる戦乱の火を共に鎮めるもの…現れるのでしょう。この地に穏やかな光をもたらす明星たちが」
少年は訝しげに、しかししっかりとレックナートを見つめ耳を傾けていた。
輝く星たちは闇夜を晴らすかのように、その空が青く色を変えていっても光を失うことはなかった。
疎い文に目を通して下さった方々ありがとうございます!
まだトリップしませんすみません(´・ω・`)驚きの遅さ。
明星という単語は、この時点ではとりあえず文字そのままに、
「世界を明るく照らす星」みたいな意味で使ってます。