暴走しているエアルクレーネがあるらしい。
すぐ傍らから聞こえてきた数人の男達の世間話。しかしカロルは訝しげに視線を送ったのみであった。
リタと共に買い出し役として店の建ち並ぶ商店街にやってきていた。カロルは所謂荷物持ちで、商品は熱心にリタが選ぶ。
そこでさて、先ほどの男達の世間話である。リタの買い物中、暇で仕方がなかったカロルは既に購入済みのグミやらボトル類やらを両手に持ち、様々な店のある商店街をキョロキョロと見回していた。したがって視界に入ってきていたのである。話を始めるまでの男達の不審な行動が。
まず、男達はそれぞれバラバラにカロル達の付近にやってきた。何かを探すように辺りを見回して。特に知り合いという風でもなく、顔を付き合わせてもまず無言であった。それからだ、何かを各々が呟き一度こちらを(というよりは買い物中のリタを)チラリと見たあと、唐突にこう切り出したのだ。「暴走しているエアルクレーネがある」と。
怪しすぎる。不審すぎる。何なんだ。
こと魔導器やエアル関連のこととなれば居ても立ってもいられなくなるリタを誘き寄せるつもりなのかもしれない、とカロルは警戒する。しかしどこかで、それでも相手はリタなのだから彼女自身、この男達が怪しいことくらい気付いて警戒するだろうと油断もしていた。
忘れてはならない。繰り返すようだがリタは自分の専門分野のこととなれば、居ても立ってもいられなくなるのだ。
「ちょっと何処なのよソレ!場所吐きなさい!だんまり決め込むと、どうなるか分かってんでしょうねぇ!?」
「ちょ、リター!やめなって…!」
もはや脅迫である。
恐らくリタの興味を惹くためにこの話題をあえて自分達の傍らでしたのであろう男達は、とりあえず作戦成功だったのだろうがリタのこの凶悪な食いつきには心底怯えているようだった。
カロルは罠の可能性を案じている。よって必死に止めようとするのだが、「ガキんちょ邪魔!」とリタに振り払われてしまう。いよいよ彼は焦り始めた。
これは仲間を呼んで、止めてもらう他ないだろうか。そうカロルが思い辺りを見回した時だった。
幸か不幸か、ちょうどその視界に居合わせた人物がいたのである。
「フレーン!!」
カロルが大きく手を振って叫ぶと、遠くでも目を惹く、しかし決して主張をしすぎてはいない鎧姿がゆっくり振り返る。そうして少年の姿を見つけた鎧ことフレンはにこやかに軽く手を振り返す。
どうも自分を見かけたカロルがただ元気に手を振ってくれているのだと思ったらしいフレンは、ある程度それに返すとまた歩を進めようとする。
いやいやいやいや。カロルは焦った。背後ではリタの罵声がより激しいものになっている。ここはもう躊躇ってなどいられなかった。
「フレエエエエン!!!!助けてェェェ!!!!」
助けて、そう口にしてしまえば勿論フレンは気付いてくれるだろうが、怪しい男達まで警戒させてしまうんじゃないだろうか。というカロルの考えは当たっていた。
声に弾かれたのはフレンだけではなかった。彼がこちらへ駆け寄って来るのを確認すると、リタに胸ぐらを掴まれ揺すられていた男の一人が、どこにそんな力があったのかリタを強く振り払う。そうして他の男と頷き合うと街の外へと逃走を始めた。
それを放っておかないのが研究者である。せっかく掴めそうであった情報を逃がしてたまるかとばかりに、カロルやフレンには目もくれずリタは男達を追い走り出してしまった。
「ああっ、リタ!危ないよ!」
「リタは僕が追うよ。カロルはユーリたちに知らせてくれないか」
「わ、わかった!」
頷くカロルを見て「大丈夫」と笑いかけるとフレンはリタの後を追って街の外へと出ていった。
それを見送ると急いで仲間たちと滞在している宿を目指す。
皆各々に行動をしているため、全員がその場にいるとは限らない。
しかし、フレンがいるとはいえ何があるかわからないのである。より多くの仲間を連れていかねばと宿の戸を開けた。