鎮守府の日常   作:弥識

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何とか、本当に何とか今月中に更新できました。
師走忙しい。めっちゃ忙しい。先生も全力疾走ですよ。

さて、前回の予告通り、と言うかタイトル見れば一発ですね。

はい。『彼女』が勝負に出ます。勿論、恋愛描写アリです。『そういうのいらないです』と言う方はブラウザバックを。

では、どうぞ。


とある航空戦艦の宣戦布告

冴香の査察も終了し、あと数日で横須賀に帰還する事となったある日。

 

舞鶴鎮守府内にある『武道場』で、二人の女性が仕合をしていた。

 

 

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

なぎなたを持って突っ込むのは神林艦隊所属、『扶桑型戦艦:扶桑』だ。

身に付けているのは最低限の艤装のみ。勝負の邪魔になるのか、長い黒髪は後ろで一つに纏められていた。

 

「ほっ、はっ、よっと」

 

対するのは横須賀鎮守府所属『宮林冴香』。気の抜けた掛け声を発しながら、手に持つ木刀で扶桑のなぎなたをかわし、いなしている。

 

「くっ……はぁっ!」

「はいそれ悪手ー」

 

状況に焦れたのか、扶桑の上段からなぎなたを振り下ろすが、読んでいた冴香は容易く躱す。

 

「んでもって、ちょいさー」

「っくぁ!?」

 

冴香はなぎなたを木刀で押さえ付け、クルリと回って右の回し蹴りを放つ。

なぎなたを押さえられた事で上体が傾いていた扶桑はそれに反応できず、鎖骨の下辺りを蹴り飛ばされた。

たたらを踏みつつも扶桑は体勢を整えようとするが、冴香の追撃の方が早い。

 

「もいっちょ、ちょいさー」

「っ……!」

 

続く上段蹴りで米神を蹴り飛ばされ、悲鳴を上げる暇も無く吹き飛ばされる。

背中を強かに打ち、肺の空気が残らず押し出された。

普通なら気絶してもおかしくないが、扶桑は額に脂汗をかきながらも立ち上がってみせる。

 

「さっすが頑丈だねー……て言うか、まだ続けんの?」

「もち、ろん、です」

 

木刀で肩の辺りを叩きつつ、呆れたように冴香が問う。

扶桑は荒い息を吐きながら、肯定した。

 

「いや、意気込みは買うけどさ……これ以上続けても意味無くない?」

「…………」

 

続く冴香の言葉にも扶桑は荒い息でしか返せず、冴香もため息を一つついた。

 

扶桑に仕合を申し込まれた冴香は、正直驚いていた。

まぁそのうち『アクション』を起こすだろうな、とは思っていたが、こんな形だとは予想外だ。

 

「一応わかってるとは思うけどさ、今の扶桑じゃ私には勝てないよ?」

「…………」

 

 

そう、扶桑は冴香に勝てない。

少なくとも、『手加減』している現状で『この有様』では、万に一つも勝ち目は無い。

冴香はそう判断していた。

 

冴香による扶桑の現時点での評価は、『微妙』の一言に尽きた。

『素人以上・妙手未満』と言っても良い。

 

流石『戦艦型艦娘』と言うべきか、身体能力も高い。

しかし、言ってしまえば『それだけ』だ。

 

艦娘の中にも、近接戦闘用の武器を持っている者はいる。

有名なのは、『天龍型』や『伊勢型』だろうか。

『暁型』の子達が装備している『錨』を果たして『武器(鈍器)』扱いして良いものか議論はあるが、まぁアレも含めよう。

他にも何人かの軽巡や、駆逐艦が『砲雷撃以外』の武器を装備している。

 

だが『扶桑型』がそういった武器を使う、と言うのは聞いたことが無い。

 

弱い……事は無いと思う。

例えばな話、扶桑が人間だったとして、国内のそう言った大会に出たとする。

まぁ、そこそこの成績は残せるだろう。

 

しかし、彼女以上のなぎなたの使い手は幾らでもいる。

 

其れこそ『なぎなたの技術』のみで言ったら、何時ぞやに見た天龍型の片割れの方が多分上だ。

 

こう見えて『軍隊式鋭剣術』の達人である冴香の脅威になるものではない。

 

実際、この仕合は終始冴香が圧倒していた。

 

扶桑の攻撃は一向に掠りもせず、冴香の攻撃であっちへ転がり、こっちへ吹き飛びしている。

 

※因みに冴香の攻撃が蹴り一辺倒なのは、幾ら艦娘が頑丈だとは言え、木刀で美女をどつき回すのに抵抗があったからだ。

 

『ていうか蹴り飛ばしたコッチの足の方が若干痛いとかどんだけ頑丈なんだっつの』

 

足に残る痺れを無視しつつ、冴香は扶桑の様子を見る。

 

扶桑の思惑がどうあれ、このまま続けても状況が覆る事は万に一つもなく。

正直『適当に切り上げて帰りたい』とすら、冴香は思い始めていた。美女を甚振る趣味は無いのだ。

 

「……問題、在りません。続き、を」

 

なぎなたで体を支えつつ、扶桑はそう呟く。

吐く息は荒く、先程の攻防で解けたのか、いつもの髪型に戻っている。

 

目に力こそ在るものの、もう限界に近いのだろう。

汗だくで、頬に張りついた髪を気にする素振りもない。

 

しかし、それでも彼女は『続行』を望んだ。

その言葉に冴香は若干の不機嫌さを滲ませつつ、更にため息を一つ。

 

「まさかとは思うけどさ、こっから『大逆転』とか本気で考えてる?

 もしそうだとしたら……私のコト舐めすぎじゃね?」

 

もう妙な気遣いとか無しに、昏倒させた方が後腐れ無いんじゃないか…とさえ思えてきた冴香だったが、その思考は他でもない扶桑によって否定された。

 

「勿論、この状態で勝てるとは思っていませんよ」

「……へぇ?」

「というか……今回の件、勝敗には大して拘ってませんから」

 

扶桑の言葉に、冴香は木刀を下ろす。

少々、彼女の言葉に興味が湧いた。

 

「仕合を吹っ掛けといて、勝敗はどうでも良い……さて、その心は?」

「大切なのは、貴女の前に『同じ土俵で』立つ、という事です」

「……続けて」

「コレは、私の、決意表明。そして……貴女への『戦線布告』です」

「……へぇ」

 

 

 

『宣戦布告』

 

 

 

その言葉に、冴香の口角が上がった。

 

 

「……つまり、こう言う事かな?

 ようやく、タカ君に対して、『本気』になった。と」

 

冴香のからかう様な口調に、扶桑が眉を顰める。

 

「……その言い方は、少々不愉快ですね」

「と、言うと?」

「私は、あの方に対しては、いつも『本気』でした」

「えー、嘘だぁ」

「本当です。伊達や酔狂では……あの方の『筆頭秘書艦』なんて名乗れませんから」

 

そう言って、扶桑は目を閉じて深呼吸する。

 

課された任務は必ず遂行した。

寄せられた期待には必ず応えてみせた。

 

だが、どうしても届かない。越えられない『壁』があった。

 

どんなに火力を高めても、『長門型』には敵わない。

どんなに速く奔っても、『金剛型』には敵わない。

 

そもそも『伊勢型』と比べてしまうと、史実上旧型である『扶桑型』はあらゆる面で下位互換だ。

 

 

―――『扶桑(わたし)』は、あの人の『一番』になれない半端者。

 

 

そう思ってしまうと、言い様の無い激情が体か吹き出そうになる。

 

改装や改造で数値自体は上がるだろう。

装備次第で、『彼女達』との差も埋まるかもしれない。

 

 

―――でもそれは違う。そうじゃない。

 

 

扶桑(わたし)が求めているのは、そんな曖昧なモノじゃない。

 

もっと、不変な『何か』を。

 

『他者(だれか)と比べて』ではなくて。

 

 

―――神林貴仁にとっての、『絶対』に。

―――あのひとにとっての、『唯一』に。

 

 

 

 

「誰にも、負けたくないんです」

 

あの人の事だけは。絶対に。

長門型だろうが。金剛型だろうが。

 

「……宮林提督、貴女にも」

 

これだけは、絶対に譲れない。

さあ言おう。

これが私の『宣戦布告』だ。

 

 

「私は、あの方を……神林貴仁提督をお慕いしています」

 

 

改めて口にした時。扶桑の中で、何かが『かちり』と填まる音がした。

 

小さく笑う。

あくまで口に出しただけ。

目の前にいるのは恋敵。本人に告げた訳じゃない。

だが、こうやって口にしただけで。

 

 

こんなにも、力が溢れてくるなんて。

 

 

目を見開いて、なぎなたを構える。

 

大きく息を吸い込んで、改めて『宣誓』した。

 

 

「神林貴仁提督に仕えるのがこの『扶桑』の全て!!!

 この想いは……この誓いは!誰にも譲れません!!!!」

 

 

そう扶桑が叫んだ時、視界の端で『桜の花弁』が舞った気がした。

 

 

 

 

 

「……ははっ。何だよ、ソレ」

 

引き攣った笑いを浮かべる。

ふと、自身の足元を見て、目を見開いた。

 

―――気圧された?

 

無意識に半歩ほど下がっていた自身の足から、目線を目の前の艦娘に戻す。

特に、外見が変わったわけでは無い。

上がっていた息が多少戻り、ふらつきも収まってはいたが、それでも此方の優位は変わらない筈。

 

だが、『彼女』の中で、決定的に何かが変わっている。

何より、先程の『現象』が冴香の心を揺さぶった。

 

扶桑が『宣誓』したその時。

 

―――彼女の周りを舞う、『桜の花弁』を幻視した。

 

その『現象』に冴香は覚えがあった。あったが、それは本来『在り得ない』筈だ。

 

扶桑の能力は把握している。

確かに彼女はこの艦隊の中で一番『近い』が、其れでもその『領域』には至っていない筈。

 

では、先程のアレは何だ?

 

一瞬であったし、見間違いかもしれない。

だがもし、それが事実だとしたら。

 

彼女はあの瞬間。その領域に至って魅せた?

彼への、想いだけで?

 

―――彼は彼女に、一体何をした!?

 

「いやーホント、君凄いわ。凄すぎていっそ引くわ」

 

そう言いながらも、冴香の顔は笑顔だった。

 

「うん。分かった。君の想いは理解した。認めよう。

 ―――恋敵として、ね」

 

気圧されはした。

だが、『身を引く』心算など欠片もない。

 

ふと、武道場に掛けられている時計を見る。

 

「ふむ。良い時間だし、そろそろお開きにしよっか。次で終いだ」

 

そう言って、冴香が今日初めて『構える』。

 

「私が修めてるのって、軍隊式鋭剣術の一つなんだけどさ、

 本来は反りの少ない刀を使うんだよ。『突き』がメインの流派だからね」

 

説明しつつ、冴香が深く腰を落とす。

体は半身、左手で持った木刀を水平に構え、前に出した右手は木刀の峰に添える。

 

「ま、見て分かる通り、『片手平突き』だね。

 因みに私が一番得意で、且つ『一撃の威力』が一番高い技でもある。

 所謂、『十八番』ってやつさ。

 あ、『手加減』をする気は無いから、その心算で」

 

冴香の言葉に、扶桑はなぎなたで防御しようとして、やめた。

なぎなたを八相に構える。なぎなたの構えの中でも、『最も攻撃的』と言われる構えだ。

 

望むのは『真っ向勝負』。互いに己の全力を、この一撃に。

 

 

 

「舞鶴鎮守府・神林艦隊所属!戦艦扶桑!!」

 

 

名乗りを上げる。それは、『絶対に引かない』と言う意思表示。

 

扶桑の熱気に中てられたのか、気分が高揚する。

あぁ、何で『適当に切り上げる』なんて考えていたのだろう。

 

気付いたら、冴香は獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

「横須賀鎮守府所属!宮林冴香!!」

 

 

何だかんだで、似た者同士か、と思う。

まぁ、同じ男に惚れたのだ。否定はしない。

 

 

「いざ」

「尋常に」

 

 

「「勝負!!!!」」

 

 

 

―――貴女には負けません。

―――上等、掛かってきな。

 

 

武道場に、想いと意地とがぶつかり合う音が響いた。




此処まで露骨に書いたのは初めてかもしれませんね。それっぽい描写はありましたが。

そんな訳で、『正妻戦争』勃発です。
本命は扶桑さん。対抗馬は冴香さん。大穴で……誰にしましょ?

まぁ一番の難敵は『死人』なんですけどね。あと神林さん。

ただねぇ……此処まで書いておいて、『神林さんを誰かとくっつける』って流れには、ならんのですよねぇ。
いや、『将来的にそんな未来もあるかもな』とは思ってます。

ですが、本作のプロット上では、神林さんはずっと独り身な感じでした。
その辺も、追々書いていこうとは思いますが。

さて、漸く『冴香来訪編』を終わらせれます。

やったね冴香ちゃん、実家に帰れるよ!

ではでは、今年の更新はこれで最後です。
皆さん、良いお年を。

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