鎮守府の日常   作:弥識

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皆さん、お久しぶりです。
最近リアルが忙しくて更新が遅れがちですが、石に噛付いてでも月一更新はこなしていきますので。

今回・次回はとある艦娘の加入の話でございます。

例の如く作中に筆者の独自解釈がありますので、ご了承ください。


そして内側に:前編

○神林提督執務室

 

「……うん、大丈夫だね。これで重要案件含めて何とかなるよ。

 いやーよかったよかった」

 

諸々の確認が終わったのか、書類の束を叩きながら冴香が安堵のため息を吐く。

そんな冴香の様子に、神林が目線だけ向けて尋ねた。

 

「その口振りからすると、思っていたより手間取ったのか?」

「う~ん、大まかには『想定内』かな。

 細かい『想定外』は幾つかあったけど、査察の日程がずれ込むレベルではなかったし」

「『千里眼』とまで言われるお前の見通しでも、『想定外』があったんだな」

「……なーんで、私の横須賀での『通り名』を君が知ってる訳?」

 

冴香が胡乱げな目を向ける。

少なくとも、舞鶴ではその『通り名』が出る様な行動はとって居ない筈だが。

 

「目立つ結果を残せば、他所の鎮守府にも名が響くさ。

 あらゆる戦況を予測するその戦術眼は、まさに『千里眼』だそうだぞ?」

 

神林の言葉に、「うへぇ」と舌を出しながら心底嫌そうな顔をする。

 

「こんなの特殊技能の内には入らないよ。

 『予知』でも『千里眼』でもない、只の『技術』さ」

「この位大したことは無い、と?」

 

神林の言葉に、苦笑しつつ応える。

 

「その言い方だと、語弊があるな。

 簡単に出来るもんじゃないって自覚はあるよ?

 そこらの有象無象に真似出来るとも思ってもいないし。

 でも、そうだな……例えば、総ての艦娘及び深海棲艦のデータ、あと装備のデータもだね。

 それと、海域の天候、海流、地形……

 そういった『情報』を全部自分のものとして把握できれば、これ位は出来るようになると思うよ?」

 

要するに、大量の資料・情報を基にあらゆる状況を『予測』しているに過ぎない、と冴香は捉えていた。

他の提督と違う所は、その『量と質』が多いだけだ。

 

「口で言うのは簡単だがなぁ……」

「まぁ、年季の違いだね。これでも、海軍ではそこそこ有名な家の息女だし?

 物心つく頃には、『実家』の資料室とか入れたからねぇ。

 二十年以上資料とにらめっこしてたら、そりゃぁ詳しくなるさ」

「あぁ、だからそういう……」

「……何かなー摩耶?なんだか物凄く納得してるみたいだけど」

「いや、なんでもねぇよ(物心つく頃から引きこもってりゃ恋愛素人の箱入り娘になるか)」

「なんだろうねー、物凄く失礼な副音声が聞こえた気がしたんだけど?」

「気のせいだろ?」

「……兎も角、あくまで私は『目の前で起きてる事象』を『自身の情報と照らし合わせてる』だけだから。

 別に何でも分かる訳じゃないよ。目に見えている範囲だけ。

 ……そういや、前に古賀さんに言われたな。『お前は物事の脇が見えてない』って。

 だから、色々見落とすんだろうね」

 

冴香の言葉に、神林は眉を顰める。

 

「見落とす?」

「そう。最近では……あー、艦娘関係が幾つか。

 彼女達の思考・感情を読みきれなくてね。ちょこちょこトラブルがあったのさ」

「ウチの艦娘と揉めたのもその一つか?」

「アレは狙って煽ったから、私としては想定内」

「尚更悪いだろ」

「私が言ってる『見落とし』は……雪風のことさ。あれは完全に想定外だった」

 

『雪風』の単語に、それまで大人しく話を聞いていた摩耶の表情が曇る。

神林の執務室で起きた事は、秘書艦である摩耶にも届いていた。

 

因みに知ったその日、摩耶は部屋に居た雪風(響の監視付き)を思い切り殴り飛ばしていたりする。

 

雪風が仕出かした事は、『未遂だったから良し』で済む問題ではない。

勿論、普段摩耶が冴香を『メキィ』する事とも訳が違う。

いや摩耶の『メキィ』も問題が無いわけではないのだが、兎も角。

 

艦隊所属艦娘(雪風)が提督(冴香)の監督『外』で、他所の提督(神林)に艤装を向けたのだ。

 

そもそも、鎮守府内での艤装の使用自体にも制限があるのだ。

敵を吹き飛ばす様な代物を室内で、しかも人間に向けるなど言語道断である。

 

もしこれで、神林が負傷、もしくは死亡などしていた場合。

それを把握していなかった冴香は所謂『監督不行き届き』で責任問題に。

把握していて放置していたのなら、『艦娘を嗾けて他鎮守府の提督を暗殺した』と思われても不思議ではない。

 

少なくとも、『艦娘肯定派』として動いていた冴香の諸々の成果を『台無し』にしてしまう程の事だったのだ。

 

今回は当事者である神林がこの件を『不問』とした為、事は公けになっていない。

摩耶としてはぶん殴っただけで終わらせる心算は無かったが、神林が此れを『不問』とし、冴香が其れを了承した以上、蒸し返す権利は摩耶に無い。

雪風は現在、響・五月雨(五月雨は事情を知らないためあくまで世話役扱いだが)の監視の下、生活している。

 

横須賀に帰った後にも、雪風には何らかの制限が付くだろう、というのが冴香の見解だった。

 

もし万が一、雪風が『再犯』を企てた場合、神林・冴香共に『実弾による応戦及び鎮圧』を監視役の響に許可している。

幾ら雪風が高性能艦だったとしても、練度は響の方が遥かに高い。

問題なく鎮圧できるだろう。万が一、であるが。

 

 

 

「……冴香。雪風の件で、幾つか聞きたい事がある」

 

冴香がその声音の真面目さに、資料から神林に目線を移す。

 

「……やっぱ、気付いてた?」

「冴香?どういうことだよ」

 

『心当たり』のある冴香は意味深な返し。『心当たり』の無い摩耶は怪訝な顔をしている。

 

「以前言ったかも知れないが、彼女……雪風には『資質』がある。それは、お前も気付いているよな?」

「うん、まぁ、そうだね」

「それに気付いているお前が……何故雪風を育てていない?」

 

神林が気になったのは雪風の『不自然な練度の低さ』だ。

彼の見立てでは、彼女の練度は数値(レベル)で言うと恐らく『5以下』……つまり、冴香は雪風を殆ど育てていない。

 

艦娘の能力把握に長けている冴香が、雪風の才能・素質に気付かないなど、在り得ない。

事実、冴香は雪風の資質を把握していた。

それでも雪風の育成をしていない……どう考えても不自然だ。

 

「つい最近艦隊に入ったから、じゃ理由にならない?」

「あの雪風に限っては、それは無いだろう」

「……どうしてそう思うのかな?」

「雪風のお前への対応だ。少なくとも『そんなに言うなら貴方が冴香を貰ってくれ』と言える程度にはお前を見てる。

 雪風が新参者というのは在り得ない、と言うのが一つ」

「……冴香ぁ?」

「うん摩耶、其処は拾わないでくれると助かるかな。後でキチンと説明すっから今は流してくださいお願いします」

 

『面白い事を見つけた』とでも言いたげな摩耶の目線を意識から外しつつ、神林に続きを促す。

 

「そしてもう一つ。コレはあくまで俺の勘だが……あの雪風は『初期化個体』じゃないのか?」

 

神林の言葉に、執務室内の音が止まる。

冴香の表情は変わらずだが、摩耶は驚愕に目を見開いていた。

……つまり、そういう事なのだろう。

 

 

『初期化個体』とは、その名の通り『練度(ステータス)を初期化された』艦娘の総称である。

 

提督が何らかの理由(死亡、免職、退職等々)で艦隊を指揮する事が不可能になった場合、対象の艦隊は基本的に解隊される。

 

そして、その所属していた艦娘達に待つ未来は大きく分けて二つ。

 

一つは解体、つまり艦娘をやめる。

そしてもう一つは練度をリセットし、大本営抱えの艦娘として再びどこかの艦隊に配属される日を待つ、というものだ。

 

所謂『任務』の報酬として配属される艦娘は、この『大本営抱え』の『初期化個体』であるケースが殆どだ。

 

練度をリセットする理由は、主に艦娘の精神的なケアの為、と言われている。

 

艦娘達の言動を見て分かるように、艦娘達は良くも悪くも提督に従順であり、そして依存的な所がある。

 

特に慕っていた提督が不在となった場合、精神的に不安定になる艦娘は多い。

 

艦隊解隊時、殆どの艦娘が解体の選択を選ぶのも、そのためだ。

 

もし鎮守府に残り、他の艦隊に配属されたとしても。

『古巣』の記憶を残した艦娘は、多くの場合新天地にて何らかの『軋轢』を生む場合が多い。

当然だ。どれだけ頭で理解しても、必ず何処かで『古巣』と比べてしまうのだから。

 

そんな訳で、鎮守府に残る事を選んだ艦娘達は、練度を、そして記憶を『初期化』されることにより、新たな『提督』を受け入れるのである。

 

 

 

「君ってさ、たまに超能力でも使ってるんじゃないかって思うわ」

「という事は……」

「君の察しの通り。彼女は『初期化固体』だよ。

 正確に言うと、記憶やら諸々を消された彼女を、私が引き取ったんだ」

「引き取った……『訳あり』というわけか」

「うーん、訳ありと言うか、自業自得と言うか、身から出た錆と言うか……」

「どういうことだ?」

「いやほら、前に言ったじゃん。査察でブラ鎮潰したって」

「そういえば……そんな事を言っていたな。という事は……」

「そう。そこに居た子。だから訳ありでもあるし、私の身から出た錆でもあるって訳」

「……あの雪風がそうだったとして、彼女を育成しない理由と何の関係がある?」

「んー、話すと長くなるんだけどねー。

 まぁ君もある意味当事者になった訳だし、聞いといた方が良いかな。

 ……という訳で、摩耶ー、お茶お願いできる?」

 

手元の資料を脇に置き、摩耶に声をかける冴香。

指名を受けた摩耶は、眉を顰めつつ応える。

 

「……別に良いけど、此処神林提督の執務室だから何が有るか私は知らねぇぞ?」

「あっそうか!ごめん、何時ものノリで頼んでたわ。

 ねータカ君ー。扶桑って何時戻ってくんの?」

「扶桑か?……もう暫くしたら戻ってくるが」

「そうなんだ。じゃあ、それまで待ってよっか」

 

冴香の物言いに、珍しい事もあるものだと驚く。

 

「込み入った話なんだろう?此処だけの話にするんじゃないのか?」

「確かに他言無用な話ではあるんだけど、君以外にも知識として聞いといて欲しいから。

 扶桑並みに口が堅くて信頼できそうな子が他に居るんなら、その子でも良いけど。

 因みに、こないだの一件知ってるのって、誰?」

 

冴香の言う『この間の一件』とは勿論『雪風』の件だろう。

内容が内容なだけに、把握している艦娘はごく一部だ。

 

「此処に居た響以外には……秘書艦の扶桑だけ、だな」

「そっか。響ちゃんには雪風の傍に居て欲しいから……やっぱり扶桑を待とう。

 さっきも言ったけど、出来る限り今回の件は広めたくない。雪風の為にもね」

「了解した。扶桑に連絡しておこう」

 

そう言って、手元の通信機で扶桑に連絡を送る。

帰還早々だが、我慢してもらうしかない。

 

その後、扶桑が帰還するまで、他愛の無い話で時間を潰すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁぶっちゃけ、其処までの説明をもう一度するのがめんどくさいだけなんだけどね」

「いらん本音を晒すな」

「君には私の全てを曝け出しても良いと思ってるんだけど?」

「自重しろ」




今回は此処までです。
次回、後編も出来る限り早く上げたいな、と思っています。

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