鎮守府の日常   作:弥識

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さて、今回は提督サイドです。

何と言うか、提督メインになると話が暗くなりますね。
一応『ほのぼの』を目指して書いてきたつもりなんですが……

あぁ、筆者の性格が悪いのか←

……タグ変えようかな。
では、どうぞ。


其れは許されるものではなく

○神林提督執務室

 

「っくし!」

 

それまで無音だった執務室に、神林のくしゃみが響く。

 

「おや、風邪かい?」

 

執務机に腰掛けて書類を見ていた冴香が眉根を寄せる。

少々行儀が悪いが、生憎それを注意する秘書艦は居ない。

扶桑を旗艦とした第一艦隊は、今日も今日とて潜水艦狩りに勤しんでいた。

 

尤も、注意された所でそれを正す冴香ではないのだが。

この期に及んで『宣戦布告』もせずに遠目から突くだけの輩を相手取る心算はないのだ。

 

「もっと分かりやすく張り合ってくれれば、こっちも楽しめるんだけどねー」

「何の話だ?」

「こっちの話。で、大丈夫?疲れからの風邪は治り難いよ」

 

 

冴香の言葉に、首を振る。

 

「別に体調が悪いわけでは無いよ」

「あ、じゃあ誰かが噂してたんだよ。君って人気者だし」

「さて、どうだろうな」

「うわーまじかー無自覚とかないわー」

 

冴香の言葉を無視し、仕事を続ける。

そんな彼の様子にため息を吐きつつ、冴香も手元の資料に目を向ける。

 

「でも実際さ、どうなんだろうね」

「仕事をするんじゃないのか」

「頭と目は仕事に割いてるさ。特に意味のない雑談だから気にしないで」

 

資料に目を向けつつ、話を続ける。

彼女の手元にある資料は、神林艦隊所属艦娘の上申書を纏めた物だ。

 

「コレを見る限り、嫌われては居ないとは思うよ。上司に対しての苦情とかほぼ皆無だし。

 でも君って色々疎いからなぁ。陰で泣き寝入りしてる娘がいなけりゃいいけど」

「そんな事は……ない事を祈るよ」

「なんで若干間が空いたの?」

「心当たりがない訳じゃない。前に話しただろう?」

「前……あぁ、五月雨ちゃんを脅かして泣かせた、ってやつか」

「少し怖がらせてしまっただけだ」

「それって脅かして泣かせるのとどう違うのかな?」

 

冴香の正論に、ぐうの音も出ない。

 

正直な話、あの時はかなり焦った。

少々物思いに耽り過ぎ、色々『漏れて』居たらしい。

駆逐艦特有の幼い雰囲気も相まって、強い罪悪感に負われたものだ。

まぁ、実際に悪い事をしたのだが。

 

幸い、謝罪を受け入れてはくれたので、問題はない……と思う。

 

しかし今になって思うと、何故あの時五月雨は笑っていたのだろうか?

恐怖心が一周回って笑いに変わった、とも思えなくないが、自分の顔を見て笑っていた気がする。

そんな変な顔をしていたのか?まぁ、今更問い質してもどうにもならないだろう。

 

 

「五月雨ちゃんの様子を見る限り、問題ないとは思うけどね。

 でも、気をつけなきゃダメだよ?女の子は繊細なんだから……って、なんでそこで私を見るー?」

 

ぐりぐり、と資料の束を神林に押し付ける。

 

「女子と繊細の意味を辞書で調べなおそうと思っただけだ」

「うん、取り敢えず失礼な事を考えてるってのは解ったよ」

 

ぺしぺしと頭を叩きつつ、冴香はため息を一つ。

 

「ま何にせよ、士気(モチベーション)は大事だ。

 定期的にガス抜きとか考えた方が良いとは思うよ」

「……そうだな。以後気をつける」

「おや、君にしては殊勝な反応じゃないか」

「先日の宴会の件もあるしな。忠告は素直に受け取るさ。

 だが……いざ実践するとなると、難しいな」

「そんなに難しく考える必要ないと思うけど?」

「とは言ってもな……具体的に、どうすれば彼女達の不満を聞けると思う?」

「不満を言える雰囲気を作ればいいんじゃない?」

「どうすればそういう雰囲気を作れるのか、と聞いている心算だったんだが」

 

えー、めんどくさ。と思ったが、口には出さない。

不器用と言うか、頭が固いと言うか。

 

「別に直接君に言いに来させなくても良いじゃん。

 引っ込み思案な子とか、どう考えても無理でしょ。

 要するに、窓口を用意すれば良いのさ」

「窓口?」

「早い話、愚痴れる存在だよ。姉妹艦とか、同級艦とかね。

 で、そういう不満を君にズカズカ言える様な子に纏めて報告させれば良い。

 所謂『ご意見番』見たいなもんかな?」

「……成る程な」

 

いや、そんな『目から鱗』みたいな顔しなくても。と思う。

冴香にとっては然程難しい発想ではないのだが、彼にとってはそうでもなかったらしい。

と言うか、そんなんでよく今まで苦情出なかったなと内心呆れた。

 

確かに手元の資料にはそう書いてある。

見せる評価を意図的に『抜く』ような事をする人物ではないし、凡そこの艦隊所属の艦娘達の総意と取って良いのだろう。

しかし、それにしたってなんと言うか、『真っ直ぐ過ぎる』んじゃ無いだろうか。

 

此処まで評価が良いとなると、最早『崇拝』・『心酔』の域である。

 

それ程までに、艦娘達を惹き付ける『何か』が彼に……あるのだろう。

少なくとも、提督としての能力は優秀だし。

 

とまぁ、色々考えたところで、結局自分も彼の『何か』に惹かれた人間なんだろうな、と思う。

 

「惚れた弱みって恐いよねぇ」

「行き成り何の話だ」

「君が乙女心の機微に疎くてよかったなぁって話」

「また良く分からない事を……」

 

気にしないで、と手を振る。

言っといてなんだが、ちょっと恥ずかしくなってきた。

取り合えず顔の熱を意識から外し、話を戻す。

 

「さっきの件でぱっと浮かぶ適任そうな子は……面倒見の良い天龍型姉妹かな?

 あ、青葉も情報収集とか趣味だから適任だし、龍驤もそういうの得意そうだよね。

 そうそう、お店を出してる鳳翔とかも、その手の話は把握しやすいんじゃない?」

 

指折りしつつ、つらつらと名前を挙げる冴香。

 

自身の艦隊ではないと言うのに、良く其処まで浮かぶものだ。

そういうと、冴香は苦笑しながら応える。

 

「査察官として書類と睨めっこしてればこの位は、ね。

 と言うか、艦娘の『個性』の把握は提督の義務だよ?」

 

艦娘にも『個性』がある。

例えば、兎に角前へ進みたがる者。

例えば、姉妹艦が居た方が戦果が上がる者。

戦闘開始時に先ず『隣』を見る者。常に退路を確保して居ないと不安な者。

 

例え同型艦、それこそ同名艦であったとしても、その個性は十人十色だ。

 

「艦娘の個性を把握して、その艦娘にとってベストなコンディションで作戦に臨む。

 そうすれば、結果は付いてくるものだからね」

「口で言うのは簡単だが……」

「だーかーらー。難しく考えすぎなんだよ君は。

 要するに、ちゃんと彼女達を見てあげるって事さ。

 ぶっちゃけ、君んトコは問題ないと思うよ?自覚無いと思うけどね。逆もまた然り、さ」

「逆?」

 

冴香の言葉に、眉を顰める。

 

「言葉の通りだよ。君が彼女達を見ている様に、彼女達も君を見てる。

 その結果が、今の艦隊の戦果さ。良かったじゃない。慕われてるよ?」

「……あれ程隠し事をして、か?」

 

どこか自嘲を含んだ神林の言葉に、頭を掻きながら応える。

 

「んーその辺は見解の相違、かな。

 ぶっちゃけ、彼女達は気付いてたよ。君が何か隠してた事。

 君、隠すのは上手いけど嘘は下手だからね。『何も隠してない』って言っても、バレバレだ。

 まー何を、までは流石に分からなかったとは思うけどね」

 

そう言って、神林の胸を丸めた書類で突く。

 

「実際、前やった私との勝負で色々暴露して……君への対応変わった子いる?」

「……いない、な」

「そういう事。彼女達にとって、然程重要じゃ……というと語弊があるな。

 確かに知りたいとは思ってた。でも、たとえ知ったとしても、何かが変わる訳じゃなかったんだよ。

 君だって、そうなんだろ?」

 

 

 

―――過去を知った所で、今を否定する理由にはならない。

 

 

 

今思えば、彼の『そういう所』に彼女達は惹かれたのかな、と思う。

 

『軍艦』として生まれ、『艦娘』として再び海を駆ける彼女達。

 

嘗て『伝説の死神』と呼ばれ、全てを失い『提督』として生きる彼。

 

ある意味、似た者同士なのかも知れない。そう思った。

 

 

 

「兎も角。さっき言った『ガス抜き』の件だけ忘れなければ良いんじゃないかな」

「それは査察官としてか?」

「それもあるし、一人の友人としてでもある。

 これから先、間違いなく彼女達の力が必要になる。今以上にね。

 『英霊(スピリッツ)』の件も然り。

 確かに君には『対抗策(ダウナー)』を渡した。でも、手札は多い方が良い」

 

冴香の言葉に、以前から気になっていた事を尋ねた。

 

「『彼女達』を治療する事は可能なのか?」

「……現状では、五分以下かな。まだ調査中って事もあるけど。

 元々『低コスト・低レベル艦をドーピングして使い捨てる』がコンセプトの代物だ。

 『後の事』は基本考えてないんだよ。

 軽度の使用者なら時間とそれなりの設備があれば、『使う前』までもっていく事は可能だと思う。

 でも……重度の場合は……難しいかな。

 自我が完全に潰れちゃってる子とかは、ね。多分戻せないと思う」

「……そうか」

「そういう子達の場合は……『終わらせちゃった』方が救いになる。

 ……いや、これは願望かな。そう思いたいっていう我侭だ」

「本人達では断ち切れない。

 そんな時は……誰かが断ち切ってやるべきだ。

 その『誰か』が、俺達なんだろう」

「分かっては居るけどさ。良い気分はしないさ」

「……辛いか?」

 

神林の言葉に、小さく笑う。

 

「そういう事で一喜一憂出来る『綺麗な心』は何年も前に捨てたよ。

 さっき言った通り。良い気分がしないだけさ」

 

今更、聖人ぶる心算など欠片もない。

『そういう事』をするのは、自分達の領分ではない。

 

「心配して損した?」

「元より心配はしていないさ。お前は強い。俺よりもな」

「……嫌味の心算?」

 

神林の言葉に、眉を顰める。

少なくとも、彼より強いと言われても納得がいかない。

そんな冴香を見て、神林は自嘲するように笑う。

 

「俺は弱いよ。臆病で、弱い。

 そもそも、俺が手に入れた『力』は『失って』『奪って』『纏わり付いた』モノだ。

 周りが持っている『力』とは別物だ。お前や、彼女達の様な、な」

「……いまいち掴めないんだけど、君のよく言う『咎』とかみたいな?」

「まぁ、見せた方が早いか」

 

そう言って、執務机にある鍵付きの引き出しを開ける。

その中には更に鍵の付いた箱。それを机の上に置いた。

 

「また随分と厳重だね」

「余り人には見られたくないものなんでな」

 

そう言って、箱に付いた南京錠を開ける。

そして、中から取り出したのは一本のナイフだった。

以前、陸奥や五月雨に見せたモノである。

 

「……これは、また。凄いね。

 ……いや、『酷い』って言った方が良いのかな」

「お前がそう思うんなら、そうなんだろうな」

 

取り出されたナイフを見て、冴香は戦慄する。

これでも、そういったものに耐性があると思っていたのだが、『コレ』は度を越えていた。

 

手にとっても?と聞くと、特に嫌がることも無く促されたので、お言葉に甘えて鞘からナイフを抜いた。

 

「……凄いな」

 

知らず、冴香の口から感嘆の言葉が漏れる。ほぼ無意識だった。

 

刀身の大まかな形は、所謂『剣鉈(狩猟用ナイフ)』に似ていると思う。

だが、剣鉈は此処まで刃渡りが長くない(多くは20cm程度だが、これは30cm近くある)し、こんなごついナックルガードは付かない。

刃紋は何の飾り気も無い。芸術的嗜好を排除し、あくまで『斬る事に特化した』結果できた物、と言った感じだ。

 

周りに何も障害物が無いことを確認して、軽く振ってみる。

 

―――うわ

 

鳥肌が立った。軽い。

いや、ナイフ自体の重さはそれなりにある。

しかし、振ったときの抵抗が異様に少ない。

計算し尽された重心設計が、ナイフをまるで腕の延長の様に振る事を可能としていた。

 

これは、やばい。

 

自身の愛刀と比べても、勝るとも劣らない使い心地だ。

剣術を嗜む者として、刀剣類にはそれなりに知識があった。

しかし、そんな自分ですら、どう拵えればこんな代物を造れるのか皆目見当が付かない。

 

これは確かに、『斬り殺す』事に特化した代物だ。

コレを人に向ければ、一体どれほどの―――

 

 

パァン!

 

 

「っ!」

「目が覚めたか?」

「……ありがとう」

 

 

部屋に響いた破裂音に、冴香の思考が引き戻される。

見れば、神林が拍手を打っていた。響いたのはその音だろう。

 

震える手でナイフを鞘に収め、机に置く。

ごとり、と音を立てて自身の手を離れたところで、倒れこむようにソファに座った。

大きく息を付いた。未だに、手は震えている。酷く喉が渇いていた。

 

「少し刺激が強すぎたか?」

「私みたいな『個性』の人間には特に、ね。あれはやばいわ」

 

震えの残る手で頬を叩きつつ、冴香は応える。

 

性格柄、刃物は好きだ。彼の私物であるならもっと好きだ。

でも、『アレ』は手元に置けない。欲しがってはいけない。

 

あんな物が手元に在ったら、間違いなく『試し斬り』したくなる。

 

「ソレが、君の『古巣』時代の『相棒』って訳だ」

「そうだ。……神城さんから『斬術』を修得した祝いに貰った物でもある」

「だろうね。『斬術使い』にして見れば、酷く使いやすいだろうさ。

 ……そのナイフで一体何人殺してきたの?」

 

その問いに、肩を竦めながら応える。

 

「さぁな、多すぎて判らない」

 

流石に、三桁で収まるとは思うが。とは言わないでおく。

二桁でも十分異常である自覚はあった。

 

「だろうね、そう言うと思った」

 

判りきっては居たが、聞かずには居られなかった。

 

「俺はコレを使って多くの敵を倒して来た。

 だが、その根底にあったのは……恐怖だった」

 

ナイフを片手で弄びつつ、一人呟く。

 

「そもそも、俺が神城さんに師事した理由も、『これ以上失うのが恐かった』からだ」

 

あの日の会話を今でも鮮明に思い出すことが出来る。

 

 

―――おねがいします。おれに、『ひとのころしかた』をおしえてください。

―――そんな物を知ってどうする。なぜそんな物を知りたい。

―――つよく、なりたいからです。

―――なぜ、強くなりたい。お前は何のために強さを望む。

―――もう、だれも、なにも、『とられたくない』から。つよさが、ほしいです。

 

 

戦いは、奪い合いだ。戦争は、数の減らし合いだ。

『あいつら』は、自分からあらゆるモノを『奪って』いく。

 

もう何も取られたくなかった。何も失いたくなかった。

だから、戦った。だから、『あいつら』から奪った。

気付けば、全てを奪う『伝説の死神』とまで呼ばれるようになったが。

 

それでも、全てを護る事は出来なかった。

 

 

「冴香。お前さっき『俺は隠すのが上手い』と言っていたな?」

「……うん、言ったね」

「それも、神城さんの教えだ。

 俺は臆病だ……『恐れ』を消す事は出来ない。だから隠す必要があった」

 

 

 

 

神城に師事して暫く経ったある日。

鍛錬の中で、ボロ雑巾の様になった神林を蹴り飛ばしながら、神城はこう言った。

 

 

―――全く、ガッカリだよ。お前には。

 

木刀で自身の肩を叩きつつ、失望したように吐き捨てる。

 

―――剣を振るってのにはな、『覚悟』が必要なんだ。

―――自分の全てを剣に乗せる。だから、強い。

―――優れた剣士ってのは、剣を見るだけで、そいつがスゲェと分かるもんさ。

 

そこまで言って、未だ倒れている神林を見下しながら続ける。

 

―――だがお前のその剣は何だ?

―――とられるのが恐ぇ、斬られるのが恐ぇ、挙句の果てには斬るのが恐ぇ。

―――お前の剣は、そんな下らない『恐怖』を俺に語る。

 

斬り合い舐めてんじゃねぇぞ。と切り捨てた。

 

―――別に恐怖を捨てろとはいわねえよ。つか、お前みてぇな臆病モンには無理だ。

―――だがな、勝負ってのは基本ビビッた方の負けだ。

―――表に出た恐怖ってのは、分かりやすいもんさ。

―――薄皮一枚でも隠せればまた違うが……お前の剣は常に恐怖を垂れ流してる。

―――切っ先に白旗括り付けて、勝負になると思ってんのか?

 

あの日、問うた事をもう一度繰り返す。

 

―――お前は何の為に強くなりてぇんだ?

―――……たく、--からです。

―――あぁ!?聞こえねぇよ!

―――もう、誰にも『とられたく』無いからです!

 

そう言って立ち上がる神林に、獰猛な笑みを向ける。

 

―――そうだよなぁ、とられたくないから強くなりたいんだよなぁ。だったら……

 

最後に、修練場に響くほどの声で、叱り飛ばす。

 

―――だったら、何時までもそんなみっともねぇモノぶら下げてんじゃねぇぞコラァ!!

 

 

 

 

 

 

「それってもう、ちょっとしたトラウマだよね?」

「だが、お陰で恐怖を隠す術を手に入れた」

「サラッと言ってるけどさ、毎日ボロ雑巾になる日常ってなんなの?」

「さぁな、俺もその頃はそれが『当たり前』だと思っていたからな」

「あー、君の『良識は在るけど常識が無い』価値観って、其処が発祥なんだね」

 

冴香の辛辣な言葉を聞き流し、話を戻す。

 

「俺は、俺の今は。数え切れないほどの犠牲の上で成り立っている」

「敵を倒してきたんだから当然でしょ?」

「だからと言って、『彼ら』の未来を奪った免罪符にはならないよ」

「それが、君の背負う『力』だって事?」

「あぁ、最早『呪い』や『怨霊』の類だな」

 

五月雨を驚かせたあの日。五月雨は、神林に纏わり着く『ナニカ』を見た、と言った。

 

彼女達は、戦場で多くの物を見ている。それは、嘗て『軍艦』だった頃も同じ。

だからこそ、五月雨は神林に纏わり着く『其れ』を見ることが出来たのだろう。

 

「一度、『そういう世界』から離れたが……紗妃と出会って、『平穏』を知って。

 それでも、心の何処かで『何かが足りない』と思っていた」

 

愛しくも懐かしき日々。そんな中でも、神林は何処かで何かを求めていた。

 

「そして、紗妃の墓前に立った時、改めて思い知らされた」

 

 

 

―――この身に纏わり付く『亡霊』が、永久に安らかな『平穏(おわり)』を許さない、と。

 

 

 

「そんなこと無い。君にだって、平穏を求める資格は……」

「違うんだ、冴香。そうじゃない。違ったんだよ」

 

 

紗妃の死後、紆余曲折あってこの舞鶴鎮守府に着任した。

 

其処で、辺りに漂う硝煙の匂いを嗅ぎ。

丁度何かしらの作戦中だったのか、慌しく動く者達を見て。

 

『今日から貴方の秘書艦です!』と海軍式の敬礼をする、青い髪をした少女に出会い。

そしてその少女が装備する、鉄の塊を見て。

 

改めて、感じた。

 

 

―――あぁ、俺は、戦場(ここ)に戻りたかったんだ。

 

 

鎮守府に響く轟音。それは工廠の音か、はたまた演習場の音か。

神林には、自身の『帰還』を歓迎する『祝砲』の様に聞こえた。

 

 

―――お帰りなさい、伝説の死神様。我々は、貴方の『戦線復帰』を心から歓迎いたします。

 

 

その瞬間、自分の中で『カチリ』と何かが嵌った。

足りなかった何かが、満たされる感覚。

納得すると同時に、泣きたくなる程に笑いたくなった。

 

 

「何処までも、俺は臆病だったんだ」

 

 

神林は、平穏とは程遠い『非日常』を生きていた。

何時しかそれは、彼にとっての『日常(あたりまえ)』となっていた。

 

『闘争』しか、知らない。

『平穏』なんて、知らない。

 

知らない『日常(ひにちじょう)』は恐ろしかった。

 

だから、慣れ親しんだ『非日常(にちじょう)』を何処かで求めていたのだ。

 

今となっては、『平穏』にすら惹かれない。なぜなら。

 

 

「だって『平穏(あっち)』にはもう、紗妃(あいつ)が居ないじゃないか」

 

 

その目はまるで、迷子になって途方に暮れる幼子の様で。

 

それを見た冴香は、手元の書類を取り落とし。

彼に向かって手を伸ばて。

 

何処までも臆病な彼を抱きしめる―――

 

 

「そい!!」

 

 

様な真似はせず、胸倉を掴んで思い切り頭突きした。

 

『ゴツン!!』と鈍い音が執務室に響く。

 

「さえ『いったぁぁぁぁ!?』……か?」

 

突然な事に目を白黒させた神林が声をかける前に、頭を抑えた冴香が執務室の床に蹲る。

 

「君頭堅すぎででしょ!何なの!?思考的にも物理的にも石頭なの!?」

「お、おう」

 

額を押さえながら、涙目の冴香が講義する。

仕掛けた方がダメージが多いのだから、理不尽としか言いようが無い。

 

「うーわ、真っ赤だよ」と自身の額を手鏡で見つつ冴香が愚痴り、神林と向き合う。

その目には、隠し切れない怒りの感情があった。

 

「……さっきの『泣き言』は聞かなかった事にしてあげる」

「冴香、俺は」

「今回に限っては、君の意見は聞かない。

 言い分も理解しない。

 今の言葉を、私は絶対に許さない」

 

きっぱりバッサリ、切り捨てる。

 

「君の生い立ちはある程度理解してる。

 神城さんとの『件』も、人伝いだけど聞いてる」

 

彼の生きてきた不幸は理解している。

歩んできた理不尽にも、同情の余地は在るだろう。だが、それでも。

 

「神城さんはどう思ってたのか知らない。

 でも、少なくともあの子は。紗妃は、君の平穏を心から望んでた。

 だから、今の君の発言は許さない。あの子への侮辱だから」

 

誰よりも、彼の平穏を願った彼女の想いを、他でもない彼が拒否するのは許せなかった。

 

「全く、君は本当に子供だな。

 前々からどっか子供っぽいとは思ってたけど、此処までとは。

 知らないから恐いって、お化け屋敷にビビる幼稚園児かよ」

 

まぁ、良い。いや良くないが、悲観する事じゃない。

目の前に世間知らずの子供が居るというのなら、大人がそれを教えてあげれば良い話なのだ。

 

何で私が今更こんな役回りを……とも思うが、紗妃(あのこ)に『後は任せろ』と言った手前仕方ない。腹を括ろう。

 

ガリガリと頭を掻きつつ、手を差し出す。

 

「知らないんなら、私が君に教えてあげる」

「…………?」

 

神林は言葉を発する事無く、冴香の顔と、差し出された手を交互に見比べている。

 

「神城さんには『人との闘い方』を教わった。

 紗妃には『人の愛し方』を教わったんだろ?

 じゃあ、私が『人生の愉しみ方』を教えてあげるよ」

「……愉しみ方?」

「そう。無駄知識と言ってもいい。

 生きていくには必要ないかもしれないけれど、『そういう無駄な事』を知ってた方が、人生きっと楽しいから。

 ……まぁ、『全部終わった後』になるだろうけどね。君の隣で、色々教えてあげる。

 世界は、君が思っている以上に素晴らしいものなんだ、ってね」

 

どうする?と首を傾げる冴香。

その顔は、まるで我侭なガキ大将のようで。

 

そんな顔を見ながら、神林はその手を取ろうとして―――

 

 

 

 

 

 

「おーい、冴香いるかー。ちょっと話があるんだけど……よ?」

 

 

 

ノックもせずに入室してきた摩耶に、諸々の空気をブチ壊された。

 

「………」

「………」

「あー、えっと……」

 

取り敢えず、摩耶は状況の把握に努める。

目当ての冴香は居た。用事はコレで済ませれる。

 

でも、この雰囲気は何だろうか。

 

椅子に座る神林と、それに向き合うようにして立つ冴香。

冴香の手は神林に差し出されて、彼はその手を取ろうとしている(様に見えなくも無い)

 

そして執務室内に漂うなんか良く分からんけど『しっとり』としたなにか。

何と言うか、『びたーあんどすいーと』って感じの、大人な雰囲気。

 

そして何より決定的なのは、こっちを見る冴香の顔。

 

 

「………………//////!?」

 

 

うん、すんごい赤い。

もう、一目見て「え、体調悪い?」って聞きそうになる位赤い。

ていうか、なんか物凄い脂汗も出てくる始末。これはもう駄目かもわからんね。

 

執務室内の空気及び其処に広がる光景を見て、摩耶は自分が『やらかした』事を確信した。

 

 

『だ、大丈夫だ……!まだ慌てるような時間じゃない……筈』

 

 

どこぞの某スポーツ選手の様な事を脳内で考えつつ、摩耶はこの場を切り抜ける言葉を考える。

大丈夫。きっと大丈夫。そう、ちょっと小粋な事とか言ってクールに去れば、全部元通りだ。きっと。

 

 

 

「その、なんだ。……ごゆっくり?」

「さんざ考えてそのチョイスはないんじゃないかなぁ!?」

 

 

やっぱり駄目だった。もうしらん。




ナイフについて。筆者はズブの素人です。
雑誌をみて、何となくそれっぽく書いているだけですので。
勿論、実在しているナイフを書いている訳では無いのであしからず。
一応、幾つかイメージにさせてもらったものは在る訳ですが。『キクナイフ』とかね。

今回で、これまで散りばめて来た神林さんの抱える心情の伏線を回収できました。
艦娘達に諭した色々な事は、自分にも言っていた、と。
恐怖云々も師からの言葉です。
精神年齢が低いと言うか、変な方向に特化して成熟してしまった、と言う感じです。
ある意味、世間知らずなのかもしれません。

そして間が悪い摩耶さん。語呂良いですね。
これからも、彼女には『こういう役回り』をやって貰うと思います。

さて、次回はとある艦娘が神林艦隊に加入する話を書こうと思ってます。
ちょっと変則的でご都合主義な展開になりますが、ご了承ください。

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