鎮守府の日常   作:弥識

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どうも皆さん、筆者です。
最近寝不足で脳の血の巡りが悪いです。睡眠と糖分は大事。

さて、前回&今回で伏せていた『敵側』の伏線を出せました。
オリジナル設定要素が強いですが、ご容赦を。

※今回も『えぐい表現』が出てきます。ご注意ください。


汝、平穏を願うならば

『説明を』という神林の言葉に冴香は頷いた。

 

「まず始めに考えるべきは、彼女達が『知ってて』護衛してるのか、『知らずに』護衛してるのかって事。

 まぁ、こっちとしては『知らないで』やってる方が問題は少なかったんだけど、残念ながら其れは無い。

 何しろカメラで一緒に撮れるような距離だ。彼女達が『見えてない』って事は在り得ない。

 でも、そうすると一つの疑問が湧いてくる」

 

そう言って、写真を指差す。

 

「今回『売り』に出されていたのは『軽巡級』と『駆逐級』だった。……彼女達の名誉の為に名前は伏せるね。

 軽巡、駆逐共に姉妹艦は多い。同級艦は言わずもがな。

 そして護衛してた艦娘も『軽巡級』と『駆逐級』が中心だった。

 艦娘は仲間意識が強い。同型艦・同級艦なら尚更だ。なのに何故、彼女達はこんな事案の片棒を担いだのか。

 ……考えられる可能性は一つ」

 

「無理やり、か」

「無理やり、だね」

 

神林の言葉に、冴香が同意する。

 

「だがどうやってだ?

 確かに艦娘は我々に友好的であり、提督に対して基本的に従順だが……

 これは明らかに度が過ぎているだろう。どう考えても無理がある」

「そうだね、例えば今回の件を『遠征任務』として扱ったとする。

 遠征の成功・失敗は別にしても、艦娘に『拒否』は出来ないのは分かるよね。

 提督(上官)に命令された以上、『行きたくない』は通らない。其れが軍だ。

 でも、必ず遠征後に問題になるだろう。艦娘にだって意思がある。

 そして、其れを汲み取る程度のシステムは鎮守府にも在るからね。

 首謀者は速攻で憲兵のお世話になるだろうさ」

「となると、何処かの時点で『カラクリ』が仕込まれた」

「正解。奴等は考えた。

 艦娘の力は非常に有効だ。でも、こんな事を頼んだら絶対に艦娘は文句を言う。

 ならばどうするか―――彼女達を『文句が言えない状態』にしてしまえば良い」

「艦娘を『脅迫』した、と言う事か?」

「まぁ、一番手っ取り早いのはソレだろうね。

 例えば、懇意にしている提督を、大切な姉妹艦を拘束する。

 で、『開放して欲しかったら言う事を聞け』ってな具合でね。

 でもこれじゃあ幾らなんでも『お粗末』だ。

 艦娘は正義感も強い。そういう『悪巧み』は絶対に洩れる。それじゃあ意味が無い。

 それに、常に『裏切り』を警戒しなきゃならないから面倒だ。

 

 だから奴等は『一線』を越えた。

 『ある物』に手を加える事で、艦娘を文字通り『操り人形』に変えて見せた」

 

冴香の言う『ある物』に神林は心当たりがあった。

 

「……『昂揚剤』か」

 

※昂揚剤(アッパー)

艦娘を強制的に『戦意高揚状態』にする薬。

詳細は『蠢く思惑』にて。

 

 

「君は察しが良いから話も楽だ。

 その通り。正確に言うと、『純正品』を色々と『弄った』方だね。」

「アレは副作用が大きすぎるんじゃなかったのか?」

「そうだね。アレの主な効果は『艦娘の戦意高揚』『身体能力の強化』『痛覚と恐怖心の消失』だ。

 でも、其れを一回の投与で発現させたもんだから副作用が強く出過ぎた。

 物事ってのは、常にリスクとリターンを考える。

 幾ら『使い捨て』の心算だったとしても、一回で『悪酔い』して使い物にならなくなるようじゃあ効率が悪すぎる。

 だから、奴らはそれを改良したんだよ。で、出来たのがコイツ」

 

 

そう言って、冴香はアタッシュケースから『厄ネタ』を取り出した。

 

 

「諸々の所を改良した最新版。巷では『英霊(スピリッツ)』って呼ばれてるみたいだね」

 

 

机に置かれたのは透明な液体が入ったアンプルと何時ぞやに見た『注射銃(シリンジガン)』だ。

しかし、『中身』は説明の通り別物なのだろう。

 

 

「コイツの最大の特徴は『複数回投与する必要がある』って事」

「複数回?」

「試作改良型の特徴は『強力な効果を一回で』ってトコ。欠点は『副作用が強烈すぎる』って事だね。

 だから奴らは考えたんだ。逆転の発想って言うのかな。

 『複数回の投与で目的の状態まで持っていく』事で艦娘への負担を減らして、

 『戦意高揚と身体強化に効果を特化』させて、『痛覚や恐怖心の消失』はあくまで副次的な効果としたんだよ」

「口で言うのは簡単だが、実際にそれを実現するのは容易じゃないだろう」

「まぁ、『サンプル』は『捨てる程』あったからね。データも集まりやすかったんだろ。

 文字通り『廃棄された』子達だから、どんな扱いしても後腐れないし」

 

そう言う冴香の言葉に、何時ぞやに聞いた『廃人化して捨てられた艦娘』の事を思い出す。

 

「体のいいモルモットにされた、と言う訳か。上手く出来ている」

「随分ドライに受け止めるね。もっと嫌悪感浮かべると思ってたんだけど」

「俺が『古巣』で見てきたものと似たようなモノさ。人は慣れる生き物だからな。それに―――」

「それに?」

「思うところがない訳じゃない。……改めて、奴等を『潰す』理由が出来た」

 

 

そう、あくまで『表に出ない』だけ。

神林の中には、『激情』が渦巻いていた。

 

 

 

俺は決めた。お前達が決めさせてしまった。

あぁ、そうだ。お前達だ。まだ見ぬ、名も知らぬ屑共。

貴様等を、改めて、倒すべき『敵』だと認識しよう。

あらゆる手段を用いて、俺は貴様等を潰す。

慈悲は無く、容赦も無い。

必ず、貴様等を―――

 

 

 

「タカ君!」

「っ!」

 

冴香の言葉に、思考がリセットされる。

気付けば、拳の上に冴香の掌が重ねられていた。

 

「……どれ位漏れてた?」

「取り合えず、私が慌てて声を掛けるくらいには。

 気持ちは分かるけどさ、抑えようよ。……今の君、凄く嫌な目してた」

 

確かに煽ったのは冴香だが、それでも限度はある。

『純度の高い殺意』など、好き好んで中てられたいものではない。

 

「そんなに酷かったか?」

「少なくとも、目つきが『現役時代』に戻りかけてたよ。

 ああいうのを、『虫の目』って言うんでしょ?」

 

感情の篭らない、人を人としてすら見ていない瞳。

それが、『虫の目』と呼ばれているものだ。

 

「すまん、気をつける」

「是非そうして。間違っても、艦娘の前でやっちゃ駄目だよ?」

 

下手すると失神(もしくは失禁)しかねない。

 

「さて、話を戻すよ。兎も角、奴等はコレを完成させた」

「具体的に、どう違うんだ?」

「基本的な用法は、此れまでの『昂揚剤』と一緒。

 即効性を重視したのか、錠剤タイプはあまり出回って無いみたいだ」

「効果は?」

「主な効能は『戦意高揚』と『身体強化』ってのは話したよね。

 で、副次的な効果……要は副作用だね。それが、『投与した回数』で変わる。

 一回目で『痛覚』が。二回目で『恐怖心』が。

 そして三回目で……『自我』が消える」

 

つまり、三回目の投与の後に残るのが……

 

「人類に対する友好と従順さが残った『操り人形』が出来上がる訳か。

 恐れを捨て、沈むまで奮戦する『護国の鬼』……『英霊(スピリット)』とはよく言う」

「そういう事。因みに三回目以降、『何回目までもつか』は個人差があるみたいだね。

 何回もいける子も居るし、一回で駄目になる子も居る。

 まぁ、最低でも『四回』はブースト掛けて使えるわけだから、使い勝手はそこそこだよ」

「……短期間でよく其処まで調べたな」

 

冴香の話では、『英霊(スピリッツ)』とやらが出回り始めたのはごく最近のはずだ。

 

「んー?使ってた馬鹿を締め上げただけだよ?」

「……『非合法』な手段を用いたのか?」

 

簡単に言えば、尋問・拷問である。

 

「まっさかー。流石に鎮守府で拷問はアカンでしょ」

「だろうな『あ、でもー』」

 

冴香が嗤いながら続ける。

 

「コレはあくまで『又聞き』なんだけどね。

 其れを使った馬鹿が非合法組織に喧嘩売ったみたいでさ。案の定捕まって色々『搾り取られた』らしくて。

 まぁ、『色々された』せいか『色々喋った』その『一部』を、偶々ウチの『諜報部』が『小耳に挟んだ』ってわけ」

 

冴香のあんまりな言い様に、苦笑する。

 

「成る程、災難な話だ」

「だよねー。流石に『何処までされた』のかは知らないけど、同情するよ。

 どんなタフガイも、例えば『膝を電動ドリルで穿たれ』でもしたら、色々喋っちゃうだろうしねぇ。

 あ、あくまで『例えば』の話だよ?」

 

そう言ってケラケラ嗤う冴香に、苦笑を返す。

そのことに関して『特に何も思わない』辺り、やはりお互いどこかが『狂って』居るのだろう。

 

神林は、自身を『善良な人間』だと思った事は無かった。

自身がすべきこと、してきたことは『壊す』事と『奪う』事だ。

 

これ以上壊されないために、壊す。

これ以上奪われないために、奪う。

 

 

目には目を。歯には歯を。

敵意には敵意を。悪意には悪意を。

 

理不尽には―――スパーン!!

 

 

「だから殺気を垂れ流さない」

「……気を付ける」

 

頭を擦りながら応えると、冴香はため息を吐いた。

 

「まったくもう……良くそれで鎮守府に居れたね。そんだけ殺気垂れ流したら、普通警戒されるだろうに」

「……昔、五月雨を怖がらせた事がある」

「既にやらかしてたんかい!」

 

スパーーン!とさらに頭を叩かれる。

 

「五月雨ちゃんって、アレでしょ?初期秘書艦の」

「あぁそうだ。着任して……何日目だったかな」

「うわぁ……」

「少し反省してな。なるべく隠すようにしていたんだが……最近気疲れが多いせいか、コントロールが難しい」

「心労か……色々と大変なんだねぇ」

「おい元凶」

 

軽く睨むが、本人は何処吹く風だ。

 

「まぁ今の鎮守府の雰囲気見れば大丈夫だとは思うけどさ、気をつけなよ。特に他所様の子とかね」

「そう言えば、先日雪風に気付かれたな」

「……は?」

「随分と警戒していたから、恐らく初日には何かしら気付いていたんだろうなぁ」

「何してんの?ねぇ、うちの子に何してんの?」

「何したも何も、俺は『された』側だ。……と言うか、お前が色々話したんじゃないのか?」

「確かに人となりと言うか、簡単な事は来る前に話したけど……

 って、『された』?何されたの?」

 

どうやら、先日の一件は冴香の耳に入っていないようだ。

別段隠し立てするようなことではないと思ったので、神林は一部始終を説明する。

 

説明を聞いていた冴香は次第に頬が引き攣っていき、最後には頭を抱えた。

 

「提督である君に艤装向けるとか……マジで何してんのあの子」

「まぁ実害は無かったから俺は気にしていない」

「そういう問題じゃないって……良かったー、対応したのが響ちゃんで。

 もうちょっと荒っぽい子(たとえば北上とか)だったらえらい事になってたよ」

「済んだ事だ。それに……あの子なりに、思う所があったようだし」

「だからってさぁ……もし撃たれてたらどうする心算だったのさ」

 

冴香の言葉に、肩を竦める。

 

「最初に構えられた時点で『対処』したさ。撃つ気があるなら態度にでるからな。

 ……特に、ああいう『真っ直ぐな子』は分かり易い」

「……まぁ、あの子には私からも言っておくよ。

 しまったなぁ。雪風なら『やらかさない』と思って連れてきたんだけど」

「先にも言ったが、あの子なりに思う所があったようだぞ」

「それは分からなくもないけどさ。で、どうだった?小さくて可愛い『死神さん』を見た感想は」

「あの子に『死神』は似合わない。何となく、『幸せ』を運んできそうな気さえしたよ」

 

そんな神林の言葉に、冴香が小さく笑う。

 

「今度伝えておくよ。『伝説の死神様』からお墨付き貰ったって」

「見た所練度は低そうだったが、あの子はきっと強くなる。大事に育てると良い。

 多少、物言いが率直過ぎる気もするが……まぁ、愛嬌だろう」

「……ちょっと待って」

 

急に真面目な顔で手を上げる冴香に、首を傾げる。

 

「どうした?」

「今『率直過ぎる物言い』って言ってたけど……もしかして、私について何か言ってた?」

「ん?……あー、その、まぁ、色々な」

「え、なにその歯切れの悪い感じ。聞くの怖いんだけど」

「……まぁ、あの子なりに、お前を心配してるんじゃ、ない、か?」

「ちょっと待って。ホントに何言ったのあの子」

「有り体に言えば、お前に苦労している、と言っていたよ」

「う」

「で、『苦労を掛けるな』と言ったら、『そう思うんなら神林さんがアレ貰ってください』だと」

「ぶほっ!?」

 

気まずそうに手元のグラスに口を付けた冴香が、盛大に咽た。

酒が気管に入ったのか、しばらく咳き込む。

 

「大丈夫か?」

「げほっ……大丈夫、って言うか、マジで何言ってんのあの子!?」

 

口元をおしぼりで押さえつつ、そう言う冴香。

顔が赤いのは、咳き込んだだけではないだろう。

 

「あの子なりに、お前を慕っているという事だろう」

「うわなんか普通に返されたなんかむかつくわこれなんだこれどうしてこうなった」

「別に元婚約者なんだから今更だろうに」

「そうかもしんないけどさぁ……因みに、なんて応えたの?」

「まだ身を固める心算はないし、舞鶴を離れる気もないと返したが、何か問題あったか?」

「模範解答過ぎて返す言葉もないね」

 

まじかーそんなこと言ってたのかー、と冴香は頭を抱える。

割と大人しく、いい子でいてくれると思っていた子が爆弾を落としたのだから始末が悪い。

尤も、口には出さないだけで摩耶も似たような事を考えているかのも知れないが、兎も角。

 

「これに懲りたら、艦娘へのちょっかいも程々にするんだな」

「……善処します」

 

雪風に対して色々言いたい事もあるが、今は横に置く。話を戻す事にした。

 

 

 

 

「さて、『英霊(スピリッツ)』についてはこんなトコかな。

 で、私達がこれから相手しなくちゃならない一派は、間違いなく『英霊』を使ってくる」

 

冴香の言葉に、神林は頷く。

文字通り、艦娘を意のままに操れる手段だ。必ず奴等の手札、それも『切り札』になるだろう。

 

「つまり、私達は『艦娘』を相手にしなきゃならなくなった。

 艦娘を倒せるのは同じ艦娘か、深海棲艦だけ。通常火器じゃ無理だ。

 でも、艦娘に頼るだけじゃ駄目だ。手を考えなくちゃ」

 

しかし、どんな『切り札』であれ、相手がそれを持っていることが分かっていて、いつかその札を切ってくる、と知っていれば。

幾らでも、『対策』は立てれるのだ。

 

「別に『沈める』必要はないんだ。寧ろ沈めちゃまずい。

 最悪、こっち側の艦娘を敵に回しかねないからね。

 でも『無力化』なら、何とかなる。というか、何とかした。

 現状で手札が無いのなら、新たに作ればいい。と言う訳で、出来たのがコイツ」

 

冴香が取り出したのは、先ほどと同じく小さなアンプルと『注射銃(シリンジガン)』だ。

しかし、色が違う。

 

「……これは?」

「『昂揚剤(アッパー)』の真逆。艦娘を強制的に『疲労困憊』状態にさせる薬。

 私達は『抑制剤(ダウナー)』って命名した」

「そんなものまで造られていたのか」

「元々、『昂揚剤』の開発で艦娘の……此処では『コンディション値』とでも呼ぼうか。

 それを『弄る』仕組みは出来てたんだ。

 で、それの『ベクトル』を真逆になるようにしただけ。

 これに関しても、『サンプル』は沢山あったわけだし。まぁ、『目には目を』ってやつ?」

「使い方は一緒なんだろ?」

「大体はね。尤も、艦娘に『一服盛る』のは現実的じゃないから、錠剤タイプは無い。

 求めていたのが即効性、ってのもあるし。替わりにこんな物を造った」

 

そう言って取り出したのは銃弾の様な物。

弾頭が透明で中に液体が入っている。おそらく『抑制剤』だろう。先端が針のように尖っていた。

 

「名付けて『抑制弾』さ。普通に拳銃で撃てる。勿論、君に渡す予定の『SIG P250』でもね。

 射程は樹脂弾の更に下だけど、室内で撃つ分には問題なし。

 あ、キッチリ狙って撃つか、至近距離で不意撃ちするかして『生身』の部分に当てないと効かないから」

「効果は?」

「主な効果はさっき説明した『強制的な疲労困憊』だね。

 個人差は在るけど、大体一発当てれればよっぽど動けなくなる。耐性ない子は意識とかとぶかもね。

 時間は精々数十分から一時間だけど、動けなくして拘束するには十分だし……どうかした?」

 

冴香の説明を聞きつつ、片方の掌で注射銃を玩びながら考え込む神林。

もう片方の拳は口元に当てる。神林が偶にやる熟考の癖だ。

 

「……随分と準備がいいな」

 

冴香の話の通りならば、『英霊』が造られたのはごく最近。『抑制剤』は更に後、と言う事になる。

幾らなんでも、開発期間が短すぎた。

 

「そりゃまぁ、急ピッチで作らせたからね。流石に艦娘が敵に回るとあっちゃ『嘘だな』……どうしてそう思う?」

 

冴香の問いに、手元の抑制剤を見つめたまま自身の推理を話す。

 

「此れは間違いなく『対艦娘用』に造られた『兵器』だ。

 恐らく、開発……いや、構想が練られたのはずっと前……それこそ『昂揚剤』よりも、な。

 というか、『昂揚剤』そのものが『抑制剤』の着想を元に造られたんじゃないのか?」

 

そう言って冴香の方を見ると、暫く唖然としていた冴香が、両手を上げた。『降参』のポーズだろう。

 

「君の思考回路を、偶に恐ろしく感じるよ……

 その通り。『抑制剤』の構想はずっと前にあった。

 ずっとずっと昔……早い話、まだ『人類』と『艦娘』が今のような関係を築けてなかった時代。

 『抑制剤』は艦娘に対する『カウンター』として考えられた。

 尤も、かなり早い段階で双方が信頼関係を築けたから、表立っての開発はなくなったけど。

 それでも、所謂『造反時の対抗策』として水面下ではずっと研究されてたみたいだけどね。

 『昂揚剤』の開発経緯も、君の想像通りさ」

「……何時の時代も、考える事は同じ、という訳か」

「ま、仕方ないね。『Si vis pacem, para bellum』ってやつさ」

 

 

―――Si vis pacem, para bellum

―――汝、平和を欲するなら、戦いに備えよ

 

 

古くから伝わる、ラテン語の警句だ。

 

 

「平和、ね」

「うん?平和は嫌いかい?」

「嫌いではないが、信用はしていない」

「おや、手厳しい」

「安易に造られた平和は、裏に悪意が潜んでいる事が多い。

 ……そういう悪意を、『潰す』任務もあった」

「あぁ、成る程」

「お前はどうなんだ?」

「私?私も平和は嫌いじゃないよ?それが『正解なんだ』とも思う。

 ……『退屈だ』とも、思っちゃうけどね」

「……神城さんと、同じことを言うんだな」

「まぁ、その考え方を教えてくれたのはあの人だし。でも……」

 

 

そう言って、冴香は神林を見つめる。その顔は穏やかな笑顔だった。

その目線に、居心地が悪そうに神林が眉を顰めた。

 

 

「でも……なんだ」

「んー、なんでもなーい」

「気になるだろ」

「いーじゃん別に。さ、お話は終わり。愉しもうよ。せっかくいいお酒があるんだからさ」

 

そう言って、グラスを掲げる。

その様子に追求することを諦めたのか、神林が倣ってグラスを掲げる。

 

「平和に乾杯♪」

「……乾杯」

 

キン、と澄んだ音が鳴り、お互いにグラスを口にする。

その後、他愛の無い雑談をしつつ、冴香は先ほど言おうとした事を思い出す。

 

 

『でも……君に平穏あれ、とも思っているんだよ?私はさ』

 

 

その為なら、どんな策だって考えるし、どんな手段だってとる。

手始めに、邪魔な『屑共』の排除か。

改めて、『彼女達』を引き込んで正解だった、と思う。

 

仕込みは粗方終わった。此処からは戦いの時間だ。

今はまだ動きは無いが、近いうち、何かしらが起きるだろう。

 

そしてその渦中に、彼は身を投じることになる

その時、自分は隣にはいられない。だからこそ、『その時』まで、あらゆる手を尽くす。

彼の平穏を、護る為に。

 

 

 

 

 

 

 

―――汝、愛しき者の平穏を願うならば

 

 

―――撃鉄を起こせ




ラストの文はオリジナルです。
仕込みは終わり。後は行動のみ。って感じで。

因みに、『Si vis pacem, para bellum』の『para bellum(パラベラム)』は、現代の銃弾『9mmパラベラム弾』の語源になっています。

また作中に出てきた表現ですが、

艦娘のパラメータを不正に弄る
   ↓
チート、ツールの使用

艦娘の苦情を汲み取るシステム
   ↓
ゲーム『艦これ』の運営

憲兵に連行される
   ↓
アカウント削除

って解釈をしています。


さて、次回はもう一度雪風メインの話の予定です。お楽しみに。


○お知らせ
前作でお伝えした『書こうと思っている短編・番外編プロット殴り書き』を、活動報告に投稿しました。
興味のある方はご確認を。
尚、活動報告にも書きましたが、『○○の短編を先に』『○○メインの短編書いてください』等のアンケートは設けませんし、応えません。
全ては筆者の気まぐれなので、ご了承ください。

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