鎮守府の日常   作:弥識

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今回はちょっと特殊な内容です。
具体的に言うと、とあるキャラの視点でひたすら彼女がしゃべります。
改めて、彼女の内面を出したかったので。
で、今回もほぼ神林さんの出番はなし。せつないぜ。
では、どうぞ。


そして彼女は途方に暮れる

やぁ、いらっしゃい。待ってたよ♪

さぁさぁ、立ち話もなんだから、入った入った。

え、ウチの子達はどうしたって?

ちょっと『御使い』を頼んでてね、そのまま自分達の部屋に戻るよう言っといたよ。

まぁ、聞かれて困る話でも無いんだけどさ、こっちの方が気楽じゃん。

 

おや、随分『大所帯』で来たんだねぇ君ら。

いやはや、圧巻だよ。おっぱいがいっぱいだ。ロマンを感じる。

大きいのから小さいのまで、選り取りみどり。……ていうかでかいの多いなクソが。

何食ったらそんなになるのさ。畜生め。もぐぞ。私に100gずつ寄こせお前ら。

 

え、アホな事いうな?何を言っているんだい。おっぱいは世界を救うんだよ?

おっぱいって言うのはさ、一であり、全であり、宇宙なんだ。

それでいて誰にも邪魔されず、自由で、何と言うか救われてなきゃ……え、聞いてない?それは残念。

 

最初は二人にしか話してなかったんだけどねぇ。いや確かに『誰にも言うな』とは言って無いけども。

ひぃふぅみ……おっと、数えるのは無粋か。いーよいーよ、部屋に入る人数だからさ。

え?本当はもっとたくさん居た?

で、あんまり多いと部屋に入らないから、各艦種の代表で来てる?

え、ちょっと待ってよ……確かに、ほぼ全艦種揃ってるね。

重巡と軽巡が二人ずついるのは……あ、航巡、雷巡はそれぞれ別勘定ですかそうですか。

戦艦が三人いるのは……『航(空)戦(艦)』は兎も角『高(速)戦(艦)』も別勘定って発想なの?

あぁもういいよそれで。別に其処は重要じゃないから。

 

しかし……まさか『君』が来るとは。正直想定外だったよ。

だってさ、『この前』の時には居なかったじゃん君。

え、あの時は出撃中でそもそも鎮守府に居なかった?まじでか。

それで?通信で色々聞いてて、なんか頭にきたから艦載機で敵艦を塵にしてた?半端無いな君。

とんだ隠し球だったわけだ……いや、見りゃ判るよ。君かなり強いだろ?

この中でも、そうだな……二~三番目、位じゃない?練度の高さ。

実際、かなりの古株なんじゃないかな?この面子の中でも。

 

今思えばさ、面子に空母勢いないなーと思ってたんだよ。成る程、君が筆頭だったって訳だね。

 

てかこれって、いない艦種は単に『配属されて無い』からだよね?アレとかソレとか。

もうちょっとでグランドスラムじゃん。全く、タカ君の人気は天井知らずやで……!

 

まぁ確かに、彼は魅力的だからねー。

……急に真面目な顔してどうしたのさ君達。

 

え?『彼の事をどう思ってるか』だって?

えー、いきなり其処いっちゃうー?まだ女子会トーク始まったばっかだよー?

それが一番大事?そんな死活問題でも無いでしょうに。

あーわかったわかった。言うよ。そんな怖い顔しないの。

 

さて、『宮林冴香は神林貴仁の事をどう思ってるのか』だったね。

 

 

 

大好きだよ。

彼以上に好きになれる存在なんて、この世にいないと思ってる。

彼の傍にいると幸せな気分になれるし、出来るならずっと一緒にいたい。

この気持ちは、誰にも負けない。そう思ってるさ。

 

 

 

……なんだよそんな『世界の終わり』みたいな顔して。

ぶっちゃけ、気付いてたろ?私の気持ちなんてさ。

茶化すと思ってた?

この期に及んではぐらかしたりはしないさ。特に、『君達』にはね。

 

あー、でも私とタカ君が今更くっつくってのは無いと思うよ?

どうしてかって?其処は重要じゃないよ。くっつかないって事だけ分かってくれればいいさ。

納得しろとは言わないけどさ、色々あんのさ。大人にはね。

 

と言うか、そもそもタカ君にまともな『恋愛感情』ってあるのかなぁ。

 

いや、彼ってさ、『特殊な経歴』してるじゃない?……あ、詳しく知らないんだっけ君達。

 

何、言葉にすればよくある話さ。

 

物心付く前に天涯孤独になって。

で、流れた先でも不幸な目にあって。

そんで神城さん……あぁ、タカ君の育ての親ね。に拾われたのが運の尽き。

気付けば戦場で敵を殺しまくる『伝説の死神』になってましたとさ、まる。

 

ね、よくある話でしょ?え、ない?

いやいや、君達は世界の『悪意』ってのを理解していない。

孤児が戦場で使い捨てられるってのはどこにでもある話だよ。

戦争なり災害なり、事有る毎に『勝手に数が増えて』尚且つ『使い潰しても後腐れ無い』人材を放って置くわけ無いじゃないか。

『自身の利益の為ならば、人はどこまでも非道になれる』とはよく言ったもんさ。

 

まぁ彼が唯一『良くある悲劇』と違ってたのは、『使い潰されなかった』ってトコかな。

 

でもそのお陰で、『人として大事な色んなもの』を落っことして来ちゃったみたいだけどね。

だから、他人を傷付ける事にためらいが無い。戦場で敵を傷付けるのは『当たり前』だったから。

そう、彼の中の『当たり前』は周りと違うんだ。

 

そう言う意味では、『後天的なサイコパス(反社会的パーソナリティ障害)』と言えると思う。

 

君達『艦娘』もとい『女性』の扱いが慣れているように見えるのも、つまりはそういう事さ。

彼にとって、『異性』ってのは『ドキドキする対象』じゃ無いんだよ。

『そういう事』を教えてくれる存在もいなかったからね。

まぁ彼の『元同僚』にも女性は居たと思うけどさ、『戦友』と思ってたんじゃないかな。

 

だから彼を『モノにしよう』と思うんだったら、『そういう事』をきっちり教えてあげないと―――

 

 

 

 

―――漸く聞く気になったかい?『彼女』の事を。

 

 

そうだね、気になってたんだろう?

私や、タカ君が言葉を交わすたびにチラつく『彼女の影』がね。

 

私の気持ちはちゃっちゃと聞いてきた癖に、その辺は時間掛けるんだから。

 

え?『以前あんな啖呵を切った手前、易々と聞けなかった?』生真面目か。

そんなもん『思い出の一ページ』見たいなノリでさくっと聞いちゃえばいいのにさー。

 

君達って自分達の過去は頻繁にネタにするくせに、提督の過去は弄らないんだよね~。

いや、重要でしょ。君らの命を預かる司令官の過去だよ?そこは把握しとこうよ、ってか、進んで聞こうよ。

 

 

さて、『彼女』の話だったね。

最初に言っとくけど、私も『タカ君』と『彼女』の物語を全部知ってる訳じゃない。

でも、これだけは言える。

 

この物語は、泣きたくなる程に単純明快な『バッドエンド』だ。

今のタカ君見てりゃ判るだろ?彼の過去に『ハッピーエンド』は有り得ない。

それを踏まえて聞いて欲しい。

 

さぁ、『彼女』の話を始めよう。

 

 

まずどんな人だったかって?

 

凄く綺麗な子だったよ。

濡れた様に光る黒髪。透き通るような白い肌。人形みたいな顔立ち。

『人の好みは十人十色』って言うけどさ、『彼女』に関しては間違いなく十人が十人揃って『綺麗』って言っただろうね。

勿論、私もそう思った一人さ。

 

私と『彼女』の関係?

うーん、可愛い妹分、というか、世話の焼ける年下の友達って言うか。まぁそんなトコ。

一応、遠縁の親戚でもあったんだけどね。

 

自分で言うのもナンだけどさ、私も結構な美人だと思うのさ。

でも、そんな私が『負けた』と思うくらい、あの子は綺麗だった。

だから、タカ君が『彼女』に惹かれたのも、仕方ないかな、って思う。

 

いや、見た目『だけ』で彼が惹かれたって訳じゃない。

『彼女』はね、タカ君を救ったんだ。文字通りね。

 

あの時のタカ君は、間違いなく、取り返しの付かない程に、壊れてた。身も心もね。

多分、あのまま『世捨て人』として、ひっそり『終わらせる』心算だったんだと思う。

 

でも、『彼女』はそんなタカ君を引き上げたんだ。

今のタカ君があるのは、『彼女』のお陰だと言っていい。

だからこそ、タカ君は『彼女』に惹かれたんだ。

それこそ、『これからの時間を君に生きる』って約束しちゃうくらいに。

 

『彼女』はタカ君の『恋人』だったのか?

……うーん、難しい質問だなぁ。

それ以上だったともいえるし、それ以下だったとも言えなくも無い。言葉遊びは嫌いかい?

順に行こうか。

 

間違いなく、『彼女』はタカ君の事が大好きだったと思う。

 

そして、タカ君も『彼女』に惹かれてた。

 

あ、一応断っておくけど、二人の間に『性的な事柄』は無かった。私が知る限り、だけど。

恋愛感情は……どうだろうね、何しろ彼は特殊だから。

まぁ、似たような物は感じて居たと思うよ。

でもそれより何より、もっと深い処、それこそ『魂の奥』で二人は繋がってたんじゃないかな。

 

これは以前『彼女』が言ってた事なんだけどね。

 

 

―――私と彼は、あの日、未来を誓い合いました。

―――例えその想いが『間違い』だったとしても、『終るまで』は『愛だ』と信じます。

 

 

そんな、ある意味『ままごと』じみた、子供っぽいモノだったとしても。

二人の間には、確かに強い想いがあったんだよ。

 

……そうだね、全ては過去形。終ってしまった事なんだ。『バッドエンドだ』って、言っただろ?

そんな、タカ君と深く深く結ばれた『彼女』も、もうこの世に居ない。随分前に亡くなったんだ。それは何故か?

 

 

 

 

 

 

殺したのはタカ君だ。

 

 

 

 

 

 

……少なくとも、タカ君はそう思ってる。

はっきり言ってそれは勘違いも甚だしい事で、敢えて言葉にするならば

 

【結果的に、タカ君が『彼女』に自身の寿命を縮める選択をさせてしまった】

 

って感じだけどね。簡単に説明するよ。

 

『彼女』は体が弱かったんだ。特に、心臓と肺が悪かった。

実はタカ君と出会ったときには、所謂『手の施しようが無い所』の一歩手前、位まで来てたんだよ。

タカ君と出会った時点で……余命何年て言われてたっけかな。まぁそんなレベルだったのさ。

 

残念ながらタカ君に医療の専門知識は無かった。

色々頑張ったみたいだけどね。そんなの一朝一夕でどうにかなるようなもんじゃない。

 

一応治療法はあったよ?でも高度な医療技術と莫大な施術費用が必要だったんだ。

 

ぶっちゃけ、費用の方はタカ君が何とか出来た。

仮にも、『伝説』とまで言われた武勲を残してた軍人だからね。手術費用を全額負担してもお釣りが来るレベルの報奨金や年金をタカ君は持ってた。

まぁ、『彼女』は複雑だったみたいだけどね。タカ君にしたら『あぶく銭を有効活用した』位にしか思ってなかったんだろうな。

 

ところがだ。

 

『彼女』を救う為に必要だったもう一つの条件。『高度な医療技術』を持った医者さ。

難しい手術で、そこらの平凡な医者じゃぁ手も足も出なかった。

実際、地元の医者はほぼ匙を投げてたしね。

いや、いない事はなかったんだよ。

とある有名な名医が治療に名乗りを上げた。でもね。その医者が問題だったんだ。

 

まぁ所謂『絵に描いたような屑』でね。確かに腕は良かったんだけど、それ以外の素行が酷かった。

下半身がユルッユルな変態でさ。結婚もせずに、愛人を何人も囲ってた。酷い評判だったよ。

 

で、案の定そいつはこう言って来た。

 

【手術を請け負う対価に、『彼女』を愛人の一人として囲いたい】

 

ふざけ倒してるでしょ?百歩譲って『妻として迎えたい』とかならまだしも。いや良くないけど。

 

あの時のタカ君が葛藤する様子は凄かったなぁ。

そもそも、タカ君と『彼女』の関係は公的な拘束力を持ったものじゃない、酷く曖昧なものだったから、ある意味彼は『外野』だった。

かと言って、タカ君は『彼女』と具体的にどうこうなる心算は無かった。

自分の生い立ちに『負い目』も有ったんだろうね。

 

兎に角、タカ君は『彼女』に幸せになって欲しかった。

でも、自分では『無理』だと思ってたんだよ。

 

『彼女』の友人―――タカ君や私を含めてだね。悩んでたよ。

助ける為には、『彼女』を屑に渡さなければいけないんだから。

でも、その医者以上の腕を持つ医者はそういない。八方ふさがりだ。

 

そんなある日、『彼女』の容態が急変した。

その時は何とかなったんだけど、『次』はどうなるか判らない。

『彼女』を失いたくなかった。苦渋の決断だった。

 

 

 

―――『彼女』を救ってくれ。

だが『彼女』を万が一、不幸にしたら。

必ず貴様を見つけ出し、この手で五分刻みに解体してやる―――

 

 

 

彼が件の医者に放った言葉さ。

私もその場に居合わせたんだけどさ、アレは怖かったわ。堅気に向けていい殺気じゃなかったもん。

 

まぁ、結局『彼女』がその医者のモノになることは無かったんだけど。

当然だよね。『彼女』がそんなの望むはずじゃないんだし。

 

 

私は『貴方』以外の誰かの物になるつもりはありません。

私は『貴方』が良いのです。『貴方』でないと駄目なのです。

私は『貴方』でない『誰か』の隣で、生きたいとは思えないのです。

私は『貴方』と共に生きたいのです―――

 

 

……ある種の『狂気』すら感じる強い強い想い。

もしかしたら『彼女』も、何処かが壊れていたのかもしれないね。

 

ところが医者は諦めなかった。そりゃそうだ、簡単に諦めるには『彼女』は惜し過ぎた。

曲がりなりにも話は纏まっていたからね。強引に祝言を挙げようとしてきた。

『愛人としてではなく、正式に妻として迎えたい』ってね。今更過ぎるけど。

 

でも、タカ君と『彼女』の想いは一つだった。私達の想いも一つだった。

そこで私は一計を案じた。

 

 

私達は敢えて医者の『祝言』を容認した。

で、肝心の祝言の場に、タカ君を乱入させた。こういう話は、劇的にやるに限るからね。

 

―――お前では『彼女』を幸せに出来ない。

 

タカ君の言葉に、医者は色々喚いてた。『根拠を示せ』とかね。

だから、見せてあげた。『根拠』をね。

 

そこからは、私が丹精込めて企画した『変態屑医者の性癖暴露大会』さ。

いやー、我ながら良い仕事したよ。楽しかった楽しかった。

 

で、そっから先はやっすい茶番劇。まぁアドリブだったから仕方ないけども。

 

―――あぁ、これでは私は幸せになれません。

 

『彼女』が白々しく嘆いた。……演劇の才能は無かったみたいだね、あのコ。まぁ面白かったから良いけど。

そんな中、タカ君が高らかに宣言した。

 

―――さぁ、約束を果たすとしよう。

 

彼としては、『これからの時間を君に生きる』って意味で言ったみたいだけど、医者は違った。

そう、『五分刻み』だね。

あぁ、流石に殺してないよ?軽ーくぼこった後、彼女を攫っただけさ。

 

……うん、やっぱり疑問に思うよね、その後どうなったのかって。

ここで思い出して欲しいのは、さっき私が言った言葉。

 

 

【タカ君と出会った時点で『手の施しようが無い所』の一歩手前だった】

 

 

そうさ、それがタカ君が背負っている『咎』ってやつ。

 

さっさと相手の条件を飲んで、治療させればよかったんだ。

後からどうとでもなる程度には、『情報』も『力』も有ったのに。

 

一瞬とは言え、『彼女』が誰かのモノになる。

 

 

それをタカ君が、私達が、『苦渋の決断』とか言って逡巡してたその下らない時間。

元々少なかった『彼女』の『残された猶予』を磨り潰すには十分だったのさ。

 

 

……今思えば、容態が急変した時が『最後のライン』だったんだろうね。

それを医者が知っていたのかどうかは、分からないけど。

 

 

結局、それから一年と経たずに『彼女』はタカ君の腕の中で息を引き取った。

『彼女』は最後まで笑顔で、幸せそうだったらしいよ。

何でそんな物言いになるのかって?『最後』に立ち会ったのがタカ君だけだったから。私は後から彼に聞いたのさ。

 

ただ『彼女』は最後まで幸せだったかもしれないけど、遺された者は違う。

君達なら、よく分かるんじゃないかな?タカ君の気持ちも、『彼女』の気持ちもね。

 

そんなわけで、彼の腕からは温もりが失せ、その胸に小さく深い傷痕が残りましたとさ。

 

 

……これが、私が知る限りの『彼女』の物語。ご静聴、ありがとう。

 

 

なんて顔してるんだい君達。

最初に言っただろ?『この話はバッドエンド』だってさ。

まぁ、気持ちは分からない事も無いけどね。

 

要するに、私達は『思い出』と戦わなければならないわけだ。はっきり言って、かなり分が悪いよ。

今でもタカ君の真ん中には、『彼女』がいる。

例え、遠く遠く離れてしまったとしても。彼の中には遺ってるんだ。あの子がね。

 

私も、もう随分前から色々言ってはいるんだけどね。タカ君って酷く頑固だから。

 

 

 

……さて、私が話せる限りの事は話したよ。

それを聞いても尚、彼と共に居るって決めてるんだろ?

分かるさ。顔に書いてあるもん。君達全員のね。

 

 

―――ただ、ただ、私達の全ては、あの方の為に。

―――他でもない、あの方の為に。この身を捧ぐ、あの方の為に。

―――私達を導いて下さる、あの方の為に!私達の出来得る限りの、全てを!

 

 

……あぁ、本当に。改めて、私は君達を、心から、恐ろしく思うよ。

 

感嘆を遥かに通り越して、薄ら寒さすら覚える、その狂気染みた彼への忠誠心。

一体彼の何が君達を其処までさせるのか、私には理解できない。

彼の持つ『狂気』は、どうも近しい者に伝染するらしい。

 

いや、外野がどう言おうと、君達には何一つ関係ないんだろうな。

何たって、『自分達の全ては彼の為に在る』と、君達の魂が、決め付けてしまっている。

 

ホント、変な存在だよね。『魂を持った兵器』なんてさ。

でもだからこそ、君達なら、って思うのかな。

 

前にも言ったかな?彼は割と『難しい立場』に居る。味方は多い方が良い。

それも、『信頼できる』ね。少なくとも、君達なら十分だ。

 

え、新入りの提督?あぁ、ジューソ……戸塚君の事か。

そっか、何人かは彼に会ってるんだよね。

 

……でも、彼はあんまり『当て』にならないよ?多分、だけど。

どうも、彼は彼の目的で動いてるみたいだ。私も詳しくは解らないけどね。

まぁ動きからして、タカ君とかち合う事は無いだろうけど、共に手を取り合って~って事にもならないと思う。

言ってみれば、同盟?みたいなもんかな?

 

君達は、取り合えず彼を放置してても問題ないと思うよ。

大丈夫だとは思うけどさ、改めてよろしく頼むよ。

まぁ今更か、私もう直ぐ帰るし。

 

そうだよ、帰るよ?

いや、私の所属は横須賀だからね?今回舞鶴に来たのは視察とか査察とかで、だからね?

 

『余りにもキャラが濃過ぎて当初の理由を忘れてた』って?……褒め言葉として受け取って良い……のかな?まぁいいや。

 

話を戻そう、私は横須賀に帰る。もう『用事』を粗方終えたから、後数日ってトコかな。

だから、『有事の際』には彼の傍には居られない。悔しいけどね。

……まぁ、そもそも私には彼の隣に立つ資格は……いや、何でもない。独り言さ。

 

兎も角、私は君達に期待してるんだ。

確かに彼は常識外れに強い。はっきり言って人間やめてるレベルだよ。

でもだからと言って……って、まだ其処引っ張るんだ?

気持ちは判らなくも無いけどさぁ、受け入れようよ、事実をさ。

 

これでも、褒めてるんだよ?私じゃ絶対に敵わないもん。

え、『この間決闘して引き分けてた』って?あんなの自慢にならないよ。

条件つけて、小細工弄して、そんで偶々上手いこと事が運んで……の引き分けだからね。

元々彼、勝負に乗り気じゃなかったし。最後まで全力じゃなかったから。

 

いやいや、言葉の彩だよ。彼も本気は出してた。特に最後の方はね。でも『本気』と『全力』は違うだろ?

そもそさ、『死人』が出てない時点で彼は『加減』をしてるんだよ。

比喩なんかじゃない。『伝説の死神』って呼名は伊達じゃないんだよ。

それだけの事を彼は実践してきた。

 

知ってるかい?一番初めに『死神』って呼名を使い出したのは、敵兵だったんだよ?

 

兎も角、彼は強い。多分、今までに私達が逢って来た誰よりも強い。

でも、彼は人間だ。

 

君達『艦娘』みたいに海の上を走れるわけじゃないし、何より―――

銃で撃たれれば、普通に死ぬ。

 

どうしたんだい?そんなに驚いた顔して。

もしかして、『彼は死なない』って何処かで思ってた?

彼はあくまで、『他人より戦士として優秀』で『他人より悪運が良く』て『他人より運が悪かった』だけの普通の人間だよ。

不死身でもなんでもない。殺せば死ぬさ。簡単にね。

 

彼が今まで死ななかったのは偶々『運が良かった』だけだよ。

もし機会があったのなら、彼の体を見てみると良い。

ドン引きする位、傷だらけだから。

銃創、ナイフ創、火傷、その他諸々。

体で折れてない骨は無い。多分、内臓の位置が変わるレベルの重傷だってしてる。

本当に、ギリギリの所で彼は生き残ってきたんだ。

 

さっきも言ったけど、彼は強い。でもそんな事を続けてれば、いつか限界がくる。絶対にね。

今はまだギリで『こっち側』だけど、今度『壊れたら』もう取り返しがつかない。

 

そうなったら、行きつく先は一つだ。

人間でも、伝説の死神ですらない。

何をしても、何も感じない。愛しも、愛されもしない。

『虚無』だけが生きる糧の、哀れな怪物。

 

……深海棲艦と、何が違うんだろうね?『憎悪』の有無、かな。

 

 

 

 

 

 

もし此処までの話を聞いて、それでも彼の側に居たいと思うのなら。

今この場で、誓って欲しいんだ。

誓う相手?何でも良いよ。

私にでもいいし、タカ君でもいい。隣にいる誰か、でもね。

月でも、星でも、太陽でも良い。

嘗て戦った者たちの英霊にでもいいし、君達に宿ってる『鉄(くろがね)の魂』ってやつでも構わない。

 

 

―――絶対に、彼の前から居なくならないと、この場で誓いなさい。

 

 

どんな見苦しい形でも構わない。どんな情けない負け方しても構わない。

絶対に、彼の下に帰ってきて。お願いだから。

 

彼が失ったものは、一人で背負うには多すぎる。喪うのに、慣れ過ぎてる。

もうこれ以上、彼に大切なモノを喪わせないで。

遺される想いを、背負わせないで。

 

もう、いいじゃん。彼を幸せにさせてあげようよ。

誰よりも優しいのに。誰よりも臆病なのに。

それでも彼は、誰よりも戦ってる。

 

独りぼっちになっても、ずっとね。

最初から、独りぼっちだったのに。

最後まで、彼を『独り』にさせるの?

彼が『此処』を後にして、最後には誰も居なくなるまで?

 

そんなの、地獄と一緒じゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめん。もう大丈夫。落ち着いたよ。

みっともなく取り乱しちゃったね、幻滅した?

 

そっか、逆に安心したのか。『宮林冴香も人間だった』って?失礼しちゃうなぁ、まったく。

 

……さて、そろそろお開きにしよっか。

 

君達としっかり話が出来て良かったよ。

『想い』も、わかったしね。安心して横須賀に戻れるよ。

 

今夜は楽しかった。ありがとう。

 

まだ暫くは舞鶴に居るから、いつでもおいで。歓迎するよ。

 

―――え?最後に一つ質問?なんだろう、答えれる範囲なら。何々―――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女達が去った後、私はベッドに横になる。

 

「そういえば、前も同じ事聞かれたなー」

 

先程の『質問』はこうだ。

 

 

―――結局、貴女は何をしたいんですか?提督と、どうなりたいんですか?

 

 

私の返答は、この間と一緒。

 

 

―――どうなりたいんだろうね。私にもよく分かんないや。

 

 

「本当に、どうしたいんだろうな、私」

 

 

ハッキリ言って、彼と『そういう関係』になりたい、という欲求は、ある。

この想いは、揺らいだことは無かった。

でもそれ以上に、心の中にある想い。可能性。

 

その可能性として在り得る、一つの未来。

彼女達が『しくじって』彼が本物の怪物に成ったら。

 

彼が、敵になったとしたら。

 

恐らく、対抗戦力としていの一番に白羽の矢が立つのは、私だ。

私には、その『資格』がある。

そういう風になるよう、立ち回ってきた。

そもそも、『可愛い妹分の敵』で在る訳だし。

 

でもその場合、彼は躊躇なく私を殺しに来るだろう。

『敵は殺す』それが、彼のルールだから。

それが、私はとても恐ろしい。

 

でも、どこかで其れを『望んでいる』自分がいる。

 

彼と、本気の殺し合い―――

 

ずくり―――と、心の奥が沸き立った。

 

 

「ホント、サイッテーな。あそこまで言っといてさ。反吐が出るよ」

 

頭をくしゃりと掻き、顔を手で覆う。

奥歯が軋むほど、歯を食いしばった。

 

 

「……本当、どうしたいんだよ、私は」

 

 

泣きそうになりながら、一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

―――何よりも貴方が恐ろしくて。

―――殺したいと乞う程に、貴方が憎らしくて。

 

 

―――だけど、誰よりも貴方が愛しくて。

 

 

 

 

私は一人、途方に暮れる。




何とか一話に纏めたくて、こんな感じになりました。
出来る限り、神林さんの過去は一話でサクッと終わらしたかったのです。
神林さんの過去は、こんなもんですね。
もっと詳しく、となると、多分番外編扱いで書くと思います。
『提督』として着任する『前』の話ですから、『艦これ』成分ほぼ皆無ですし。

さて、今回もなんやかんやで伏線張らせてもらいました。

冴香さんの部屋に行った艦娘は誰だったんでしょう。まぁ、バレバレだとは思いますが。
因みに、『空母組筆頭』の彼女はキチンと『本編』に登場してますよ?結構前の話ですがね。

そしてちらっと出た戸塚さんの立ち位置。
以前も言いましたが、戸塚さんはかなり『個人的な理由』で着任させました。
その内容も、以前ちらっと書いた通り『シリアス&ダーク』な感じです。これも追々。

因みに、冴香さんが抱えている『諸々』は、次々話かその次位に明かす予定です。


次回はとある艦娘さんがサシで神林さんと絡みます。

テーマは『死神』……そう、あの子ですね。

尚、筆者提督の鎮守府に件の艦娘が着任した記念も兼ねてます。お楽しみに。

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