鎮守府の日常   作:弥識

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前作『率いる者の~』のオマケにあたるお話です。
神林さんの出番は今回ほぼ無いです。
新たに幾つかの伏線を。主に戸塚さん関係で。


それは影に潜み

○戸塚艦隊執務室

 

「いやーあの時は怖かったねぇ」

 

机で執務をこなしつつ、思い出したように呟く戸塚。

内容は勿論、数日前にあった、神林との事についてだ。

 

「確かに……あのプレッシャーはヤバかったわ」

 

棚の整理をしていた叢雲が身震いしつつ返す。

あれ程のプレッシャー、叢雲は感じたことなど無かった。

アレが、『百戦錬磨の艦娘』が持つ貫禄なのだろう。

 

「だよなぁ……叢雲『ぴぃっ!?』とか言ってたもんなぁ」

「あ、アレは仕方ないでしょ!忘れなさい!」

 

自身の失態を思い出したのか、顔を紅くする叢雲。

そんな彼女を見て、小さく笑う戸塚。恐らく生涯忘れることは無いだろう。

そんな彼らのやり取りを横目に見つつ、秘書艦の机で書類を纏めていた不知火が呟く。

 

「不知火も、まだまだ鍛練が足りませんね。日々、精進です」

「そうやって自身の未熟を理解するのも大切だよ。時間はたっぷりある。じっくりやれば良い」

 

そう応えて笑う戸塚に対し、不知火は続ける。

 

「あまり他人事と捉えないで下さいね、提督。

 不知火達を生かすも殺すも、全ては提督の采配なのですから」

 

不知火の言葉に、戸塚は顔を顰める。

 

「身近な同僚があそこまで吐いたんだ。身に沁みて分かってるよ」

 

神林だけではない。あの時錯乱していた提督も、戸塚にとっては他人事ではないのだ。

あのまま神林にも会わず、轟沈の『条件』を知らずに居たら、戸塚はいずれ『ああなって』いたかも知れない。

と、此処まで考えたところで、ふとある事を思い出した戸塚は不知火に声を掛ける。

 

「そういえば不知火」

「なんでしょうか?」

「初対面のとき、何であんなに神林を警戒してたんだ?」

「あ、それ私も思ったのよね。何が気になったの?」

 

戸塚の言葉に、叢雲もあの時の光景を思い出す。

そう、神林と会わせた時、不知火は不自然な程に神林を警戒していた。

後に謝罪をしたものの、『誤解していた』としか聞いていない。

 

「あぁ、その事ですか」

「別に言いたくないなら深くは聞かないけど?」

「いえ、もう不知火の中で解決した事ですから構いませんよ」

「そっか。で、あいつの『何』がお前の琴線に触れた?」

 

戸塚の問いに、不知火は一度目を閉じて、『あの時』を思い出す。

そして目を開いた後、小さく呟いた。

 

「目です」

「め?」

「はい、神林提督の目に、です」

「目、ねぇ……私はそんなに気にならなかったけど」

 

叢雲は頬に手を当てつつ、記憶を探る。

確かに、彼の目つきは良いとは言えなかった。

何と言うか、常に不機嫌と言うか、周りを無駄に威圧する、と言うか。

しかし、だからと言って艦娘としての本能が警鐘を鳴らすほどの物だったとは思えない。

ぶっちゃけた話、叢雲目の前にも目つきの悪い奴は居ることだし。まぁ彼女は人ではなく艦娘だが。

そんな叢雲の様子に、不知火は追加の説明をする。

 

「正確には、彼の目の『奥』に在る物に対してです」

「奥?」

「そうです……まぁ、結局は不知火の勘違いだった訳ですが」

 

と、口では『自身の中で解決』だの『不知火の勘違い』だのと言ったが、不知火は内心で神林を『警戒』していた。

彼女の中では『危険視』から『要注意』にランクダウン、と言った具合だ。

 

神林と初めて会った時に不知火が感じた、その目の奥に在った物。

それを見て、不知火はこう思った。

 

―――まるで『虫の様な目』だ、と。

 

まるで常闇のような、無機質なナニか。

それは巧妙に抑えられていて、普段は誰も気にする事は無いのだろう。

しかし、不知火や一部の艦娘達(例えば宮林艦隊の雪風)は気付いていた。

 

この人は、何処かが壊れている。何かが狂っている。

この人は、『敵を斃す』ことを躊躇わない。

そうでなければ、こんな目を持つ事など出来ないのだから。

 

尤も、脅威でこそあるものの、あちらの『敵』にさえ回らなければ問題は無い筈だ。

それに、悪戯に自身の司令官を不安にさせる訳には―――

 

「あー……それさぁ、不知火の勘違いじゃ無いと思うよ」

 

しかし、そんな不知火の考えを否定したのは、他ならぬ彼女の司令官であった。

 

「……どういうことでしょうか?」

「俺にはあいつの『目の奥にあるナニカ』ってのはよく分かんないけどさ、

 あいつが『ヤバイ』って事は分かるからね」

「その割には仲良さそうだったじゃない?」

 

叢雲の言葉に、戸塚が苦笑しながら応える。

 

「出会うタイミングとシチュエーションが良かったからね。

 ホント、古賀さんには感謝だわ」

 

恐らく、あの場での邂逅がベストだったと戸塚は思う。

それを見越して古賀があの場を設けたのかは分からないが、兎も角いらぬ確執を起こす事無く神林と知己に成れたのは行幸と言えた。

 

「アレに『敵だ』と見なされたら、何されるか分かったもんじゃない。

 一応言っとくけど、妙なちょっかい出しちゃ駄目だぞ?分かってるとは思うが」

「分かってるわよ。って言うか、何でちょっかい出す前提な訳?」

「言っただろ?『一応』って。他意はないよ。

 ……正直、不知火の対応を見たときは冷や汗かいたけどね」

「……それは……失礼致しました」

「いや、『アレ』は仕方ない。俺なら兎も角、君等は艦娘だからな。『良い護衛を持った』と思っておくよ」

 

そう言って、頭を下げる不知火に手を振る。

それを見ていた叢雲が、改めて戸塚に質問した。

 

「それで、何でアンタはあの人が『ヤバイ』って思ったわけ?」

「ん?そりゃ……あー、そういえば、『あの時』は二人とも居ないんだったか」

「あの時?」

「古賀さんの部屋で、神林と会った時の話だよ」

 

あの場に二人は居なかった。会話の内容を知らないのも当然だ。

戸塚はあの時に神林が言った言葉を、改めて二人に話した。

あの時、神林はこう言っていた。

 

 

『……俺が斃してきたのは敵だけだ。その敵の中に『元味方』が居た事は……確かに在った。それだけだ』

『任務を【愉しんだ】事はない。まぁ、噂を流した奴は執務を笑いながらこなす様な奴なんだろう』

 

 

「な、ヤバイだろ?」

「……『元味方』を斃すことを躊躇しないことですか?」

「いや、『敵を殺す』事と『提督の通常業務』を同列に考えてる所さ」

 

戸塚の言葉に、ハッとする二人。

 

「恐ろしいよねぇ、神林にとって『敵を斃す』のは『書類に判子を押す』のと一緒なんだよ。あの口ぶりからすると。

 で、こっからは俺の予測なんだが……あいつは『人間を殺しても』何も感じない。

 書類に判子を押すのに特別な感情が要らない様にね。

 ……恐らく、『人間を殺す』事によって起こり得る幾つかの感情的な『要素』が欠落してるんだろうな」

「彼が『キラーエリート』だと?」

「『キラーエリート』ってのは『殺人に快楽を覚える変態』って意味合いが強いからな、ちょっと違う。

 実際『愉しんだ事は無い』って言ってるしな、アイツも。

 まぁ、『サイコパス(反社会的パーソナリティ障害)』の可能性はあるかもしれんが」

「そんな危険人物をよく囲ってるわね」

「むしろ危険だから軍に繋いでるんだろ。正直、あんなパーソナリティは軍人以外で真っ当に生きれるとは思えない」

「軍ですら特殊な存在なのではないでしょうか」

「だろうね。軍人が皆アイツみたいになれるんなら、『残虐化』の訓練はいらんだろ。

 ……しかし、一体どんな生き方をすればあんな風になるのやら」

「彼が後天的なサイコパスだと?」

「恐らくね。まぁ、素質はあったかも知れんが……先天的なら、軍人にはならない。

 ああ言う手合いを『裏の人間』は放っておかないからな。

 一体どれだけの地獄を見れば『あの領域』にまで至れるのか……」

 

其処まで言って、戸塚は小さく首を振る。

 

「……いや、知らない方が良いんだろうな。

 ありゃ完全に『一線を越えてる』部類だ。多分『此方側』には戻れんだろう」

「……提督は」

「ん?」

 

物思いに耽る戸塚を、不知火の言葉が引き上げる。

 

「提督は、越えません。いえ、越えさせません。不知火達が御守りします」

「……不知火」

 

彼女の真っ直ぐな視線に、言葉に、戸塚は目を丸くする。

叢雲に目を向けると、目を逸らしながらも頷いてくれた。

そんな様子に、戸塚は小さく笑う。

 

「全く、良い部下を持ったよ、俺は」

「そう思うのであれば、態度で示して下さいね」

「おぅ、手厳しい」

「手が止まっていますから」

「判ったよ。仕事を続けよう」

 

そう言って、作業を再開する戸塚。

幸い此処最近は大きな作戦も無いため、主だった執務は然程苦労することも無く終える事が出来るだろう。

 

そのまましばらく作業を続けていると、不意に不知火が声を上げる。

 

「そういえば、提督」

「んー?」

 

不知火の声に、書類を見つつ言葉だけで返す。

 

「提督は何故、『提督』になろうと思ったのですか?」

 

不知火の言葉に手を止める。

そのまま、目だけを彼女に向けた。

 

「いきなりどした?」

「いえ、以前から気になっていたもので」

「大した理由じゃないよ?」

「それでも構いません。先程の不知火に対する質問の代わり、と思って頂ければ」

「理由、ねぇ……」

「仰りたくないのであれば、深くは聞きませんが」

「いや、ホントに大した理由じゃないんだよ。それでも、良い?」

「構いません」

「……クビになったんだよ。前居た職場でさ」

「……どんな職場だったのですか?」

「海運系の職場、と言えば大体察しが付くだろ?

 『あいつら』のお陰で経営が悪化しててね。

 体の良い人員削減に使われたのさ。一応、そこそこの結果は出してたんだけどねぇ。

 で、食いっぱぐれない様に再就職先を探してて、此処に、ね」

「……そうでしたか」

「実際、此処って給料良いよ?この歳で再就職となると、ある程度は諦めてたんだけど……

 いやもうホント、古賀さんには感謝の念しか無いわ」

「……成る程、理解しました」

「俗っぽい理由でスマンなぁ」

「いえ、お聞きしたのは不知火ですから」

「私も質問良いかしら」

 

それまで黙っていた叢雲が声を上げる。

 

「別に構わないけど?」

「あらそう。じゃ、遠慮なく」

 

そう言って、何時になく真剣な顔で戸塚を見る。

 

「……あの時、随分と『艦娘の独断行動』について聞いてたけど、どういう事?」

 

叢雲の言葉に、戸塚の表情が一瞬止まる。

その様子に、叢雲は『やはり何かあったのか』と確信した。

 

「あー、アレねぇ」

「……私達って、そんなに信用出来ないかしら」

 

そう言って目を伏せる叢雲に、戸塚は慌てて訂正する。

 

「違う違う、そういう意味じゃない。逆だよ」

「逆?」

「信用してるからこそ、ね。君達に『拒否権』が有るのかを知りたかった。

 過去には幾らでも『理不尽な指示』は有った筈だ。それに対して、君達艦娘がどういう行動を取っていたのか、って思ってね。

 どうやら残念なことに、君達には『拒否権』は無いようだ」

「そうなると、どうなるの?」

「俺の『責任』が跳ね上がる。

 どんな無茶な作戦でも、君達が『従わざるを得ない』のならば、俺には其れを防ぐ義務がある。

 優秀な部下を、『上司の無能』で喪いたくないからな」

「……そういう事。ごめんなさいね、妙な勘違いして」

「良いよ、こっちも改めて身が引き締まる思いだ」

「そうね、『大事な部下を護る』為だものね」

「あぁもうこっちは勢いで色々言ってるんだから蒸し返すな恥ずかし……お?」

 

戸塚が照れ臭そうに顔を背けていると、卓上の通信機が鳴った。

 

「もしもし、戸塚で……古賀さん?如何したんですか?

 え、今から部屋に?また何か有ったんですか?あ、ハイ」

 

通信機を手にした戸塚が目を丸くする。

どうやら相手は古賀のようだ。

幾つかやり取りをした後、戸塚が不知火達に目を向ける。

 

「悪い、ちょっと出てくる。何時戻れるか分からんから、今日の分が終わったら二人とも帰って良いぞ」

「了解しました」

「了解よ」

 

そのまま慌しく戸塚は執務室を後にして、不知火と叢雲だけが残された。

 

「……どう思う?」

「恐らく、どちらの質問の返答にも嘘は無いかと」

「でも、全部を話してる……って感じでも無さそうだわ」

「そうですね、不知火もそう思います」

 

質問に対して、『嘘で返す』事と『真実を言わない』事は似ているようで違う。

彼は嘘は言っていない。

しかし、彼は何かを隠している。そんな気がした。

 

「隠し事が上手いのか下手なのか……判断に困るところね」

「調べてみます?」

「今の秘書艦は貴女よ、不知火。貴女が決めて、私達が動くの」

「そう、ですね、……少し、お願いできますか」

「了解よ。具体的には如何すればいい?」

「そうですね、まずは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーんふふんふ♪おっぱーい♪ぼいんぼいー……ん?」

 

時刻は夕刻。用意された部屋のベッドで、なんだかよく分からない歌を歌いつつ寛いでいた冴香の元に、通信が入る。

 

「いやどんな歌だよソレ」

「ん?おっぱいの歌だよ?ハイハイもしもーし」

 

摩耶の『ゴミを見るような目』を軽やかに流し(寧ろご褒美と捉えつつ)通信を繋げる冴香。

 

「ふむふむ、なるほど、おっけーおっけーご苦労さん。ありがとねー」

 

通信を終えた冴香が、通信機を枕元に放り投げる。

 

「ねー摩耶、タカ君に伝言頼める?」

「伝言?」

「そ、鎮守府内の通信じゃ『盗み聞き』されるかも知れないからね」

「わかったよ。で、なんて伝えればいい?」

「『裏が取れた』と『手配が出来た』あと『改めて指定するから予定空けといて』って言えば判るから」

「なんだそりゃ?」

「結構込み入ったネタでね。私が動くと勘付かれるのさ」

「私が動いたって一緒だろ?」

「傍から見れば『何処の』か判らないから大丈夫。タカ君のとこにも『摩耶』は居るしね」

「……雪風じゃねぇのはそういう理由か」

「そういう事。じゃ、頼んだよ。終わったらそのまま部屋に帰って良いからね」

 

因みに、今回用意された部屋は冴香用と摩耶・雪風用の二部屋である。

 

「あ、それとも今夜は一緒に寝る?私ってタチ・ネコどっちもイケるから、ばっちこい!」

「ハイハイまた今度な。んじゃ行って来るぜ(バタン)」

「よろしくねー……ってあれ、いま物っ凄く自然にデレた?あ、ちょっと摩耶!?くっそう、また録音し損ねた!」

 

ボイスレコーダー常備しないとなー等と冴香が考えていると、ドアがノックされる。

 

「ハイハイ誰ですかーっと」

 

ノックのリズムで摩耶や雪風では無いと判断した冴香は、ドアを開ける。

そして扉の向こうにいた『相手』を見て小さく笑う。

 

「いらっしゃい、待ってたよ♪」

 

そう言って、冴香は『彼女達』を部屋に招きいれた。




はい、戸塚さんも一筋縄では行かない『裏』が有ります。
因みにコレは『戸塚さん主人公にした話(没)」の設定をそのまま使ってたりします。
以前話しましたが、『結構重い』内容になりますね。シリアス多い多い。

作中で冴香さんが歌っている歌は、某所では有名な歌です。わかる人いますかね?

そしてついに動いた彼女達。
次回はちょっと特殊な感じになると思います。
ではでは、お楽しみに。

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