鎮守府の日常   作:弥識

41 / 72
お久しぶりです。かなり時間が空いてしまいました。難産でした。
今回は、顔合わせ回です。そして、短めです。
では、どうぞ。


魂の色・炎の色

人の魂には『火種』が宿っている。

其れはあらゆる『激情』を燃料として炎を上げる。

一度魂の奥で炎を灯したが最後。『激情』が燃え尽きるその日まで、その炎は燃え盛る。

 

誰であれ、その炎の存在は、何時までも無視できる物ではない。

 

自分は、欺けない。燃え盛りながら、その炎は魂の奥で叫び続ける。

 

―――『何時か、必ず』と。

 

 

 

もし、その炎に『色』が在ったならば。

その色は、きっと―――

 

 

男の名前は『戸塚 柔宗(とつか やすのり)』と言った。

年齢は神林より少々上の30歳。神林が年下だと聞いて驚いていた。

 

階級は少佐。それなりの戦果を出しているそうなので、近々昇進するだろうとは古賀の弁だ。

 

「……神林貴仁」

「あぁ、やっぱりアンタが『死神』さんか。思ったとおり、おっかない顔してる」

 

早々に失礼な事を口にする戸塚に、神林は眉を顰める。

 

「あぁ、よく言われる。よく言われるが……自重してくれ。割と気にしてる」

 

神林の言葉に、「それは失礼」と肩を竦める戸塚。

 

その後戸塚に口調を問われたが、神林が『特に気にしない』と応えたので、戸塚も『そりゃどうも』と、砕けた口調で通している。

何でも、『遜った丁寧語は疲れる』だそうだ。

 

「それで、今回俺が呼ばれたのは『この為』だと思っても?」

 

簡単な挨拶をした後、戸塚が古賀に向き直って問う。

 

「まぁ、そうだな。どうだ、会ってみた感想は」

「自分としては、概ね思った通りでしたよ。やっぱり、『噂』なんて当てにならない」

「噂?」

 

戸塚の口から出た単語に、片眉を上げる神林。

 

「あぁ、やっぱりアンタは知らなかったか。色々言われてるぜ?」

 

どうも、自分の与り知らぬ所で妙な噂が立っているようだ。

……正直、色々と『やらかしている』自覚はあるので、嫌な予感しかしない。

 

「まぁ、思い当たる節が無いわけではないが……」

「節があるのか……例えば、『同僚と決闘まがいの事をして、相手を一撃で再起不能にした』ってのは?」

「……猿渡の件か?確かに一撃で吹き飛ばしはしたが……まだ完治してなかったか?強く突き過ぎたかな」

「……査察に来た少将をベコベコに凹ました、ってのは」

「その件も回っているのか……何処から漏れた?」

「大体あってんのかよ……OK、此処まではジャブだ」

 

そう言って、戸塚は表情を引き締める。

 

「アンタが『嗤いながら敵味方関係の無くぶっ殺す殺人鬼』ってハナシが出回ってるが……そこんトコどうだ?」

「そんな噂まで回っているのか……」

 

戸塚の言葉に明らかな『嫌悪』の表情を向ける神林。

噂の『出所』に心当たりが無いわけではない。先の件以外でも神林は何かと『事』を起こしているので、彼を快く思っていない者は多いだろう。

尤も、自身がした事については然程後悔も反省もしていないので、問題ない。

……問題ないが、それでも思うところはある。

 

「……俺が斃してきたのは敵だけだ。その敵の中に『元味方』が居た事は……確かに在った。それだけだ」

「成る程ね、『分別はあった』と。……『嗤いながら』ってのは?」

「貴方はどう思う?」

「貴方なんて言い方よせ、戸塚でいい。……少なくとも俺の貧相な想像力じゃ、アンタが笑う画ってのはちょっと思い浮かばないな」

「概ね正解だよ。第一……」

「第一?」

「任務を『愉しんだ』事はない。まぁ、噂を流した奴は執務を笑いながらこなす様な奴なんだろう」

 

神林の言葉に目を見開き、その後小さく笑いながら頷く戸塚。

 

「成る程ね……やっぱ面白いな、アンタ」

「それはどうも。噂の確認は以上か?」

「まぁね。少なくとも、アンタが『本物』だってのは理解したよ」

「それは良かった。……で、です」

 

改めて、古賀の方に向き直る。

 

「この後はどうすれば?」

 

神林の問いに、古賀は顎を撫でながら思案する。

 

「ふむ、とにかく顔合わせは済んだ。今後『何かと』顔を合わせることもあるだろが、今の所は……な。

 そうだ、折角だし、艦隊演習でもするか?」

「彼とですか?自分は別に構いませんが……」

「いや、其処は断ってくれ、神林さんや」

 

別段断る理由の無い神林は承諾するが、戸塚は慌てて『まった』を掛ける。

 

「こっちはまだ戦艦も正規空母も居ないんだぜ。勘弁してくれよ」

「ある程度の戦果を出していると聞いたが?」

「駆逐艦に軽巡、軽空母。そんだけ居りゃ鎮守府海域内なら『それなり』にやれるだろ?」

 

指折り数えながらそう答える戸塚の言葉に、神林が眉根を寄せる。

 

「……重巡も居ないのか?」

 

神林の問いに、戸塚が肩を竦める。

 

「建造の引きに恵まれなくてね、先日『加古』が入ったばかりだ。まだ『頼り』には出来ないな。

 それに川内型もまだ揃ってない」

「川内型……第三艦隊もなし、か」

「そういう事。お蔭で遠征部隊の余裕もないし、『大型建造』なんて夢のまた夢……ってね」

 

通常の建造でも戦艦や正規空母の建造には多量の資源を必要とするし、大型建造の資源消費量は更にそれの上を行く。

着任したてで資源の余裕のない状態では、中々難しいものがあるだろう。

 

それにしても―――

 

「どうした?」

「いや、古賀さんの言った通りだな、と思ってな」

「古賀さんが?」

 

神林の言葉に、ちらりと古賀を見やる戸塚。対する古賀は、穏やかに笑っている。

 

「……因みに、その内容は?」

「『肩書きばかりのぼんぼんよりも上手く艦隊を動かす』だそうだ」

「……それって褒め言葉なのか?」

「俺にはそう聞こえたが?」

「褒めるにしても、比較する対象が悪過ぎだろ」

「その『ぼんぼん』に負けている自覚は」

「これっぽっちも」

「だろうな」

 

確かに、『鎮守府海域』の難易度は高くない。しかしあくまで『他と比べたら低い』だけである。

特に『製油所地帯沿岸』や『南西諸島防衛線』では戦艦や重巡、空母勢も現れるのだ。駆逐や軽巡では少々荷が重いだろう。

 

「……一応聞くが、艦娘を沈めたことは?」

 

神林の問いに、戸塚が顔をしかめる。

 

「今の所ゼロだよ。着任早々に沈めたりしないさ。ぜひ記録は更新していきたいね。

 尤も、中破撤退当たり前だから、勝率はそれほど高くない。精々八割ってとこさ」

 

そう言って、肩を竦める戸塚。

その様子を見て、神林は彼の自己評価を引き上げた。

少なくとも、彼は『引き際』を弁えている。

無駄な消耗を嫌う神林にとって、戸塚の艦隊指揮には好感を覚えた。

 

「どんな『負け』でも、沈まなければ安いさ。『帰ればまた来られる』からな」

「それな。全く、木村昌福提督ってのは大した御人だよ。過去の偉人には頭が下がる」

「同感だ」

 

そんな会話を交わしつつ、お互いに『あぁ、こいつとは気が合いそうだ』と感じていた頃、執務室の扉がノックされる。

 

『古賀さーん、ちょっと良いー?』

「冴香か?」

 

扉の向こうから聞こえた声は、冴香だった。

 

「あぁ、構わない、入って来い」

「どうもー、例の報告書の件なんだけどさ……って、ありゃ、タカ君?」

 

古賀の応えに、手元の書類を見ながら入室した冴香が、神林を見つけて目を丸くする。

 

「お前も古賀さんに呼ばれたのか?」

「うんにゃ、別件。もうすぐ横須賀に帰るからさ、書類とか色々確認があるんだよねー……って、どちらさん?」

 

神林の問いに書類をチラつかせながら応える冴香が、改めて戸塚に目を向ける。

 

「先日舞鶴に配属されました、戸塚柔宗です」

「戸塚……あぁ!君が古賀さんの秘蔵っ子その2か!私は宮林冴香。横須賀で中将やってる。

 今回はちょっとした査察でコッチに来てるんだ。よろしくね」

「此方こそ……秘蔵っ子?その2?」

 

冴香の口からでた単語に眉根を寄せる戸塚。

 

「あー、お気に入りって話。秘蔵っ子云々は私が言ってるだけだから。あ、『その1』は勿論タカ君ね!」

「……それはどうも」

 

そう言いながらドヤ顔で『ズビシッ!』と指差され、適当に返す神林。

 

「いやん、つれないんだから。それにしても……うん」

「……なにか?」

 

改めて戸塚を見る冴香。

その目は、一体彼の『何』を、『何処』を見ているのか。

何となく感じる居心地の悪さに、戸塚が戸惑う。

 

「古賀さんの人を見る目は『面白いな』ってね。処で戸塚君。君の名前は漢字で書くとどんな感じなのかな?」

「自分の名前、ですか?」

 

冴香にそう問われ、古賀から拝借した紙とペンで名前を書く。

 

「ふむ、『柔宗』とかいて『やすのり』か……よし、戸塚柔宗君!」

「な、何か?」

「今日から君の事を『ジューソー君』と呼んでも良いかい?」

「……は?」

「おい冴香」

 

突然の提案に目が点になる戸塚。

眉を顰めながら一言嗜めようとする神林を置いて、冴香は続ける。

 

「自分ルールみたいなモンなんだけどさ、有望そうな子や気に入った子には渾名つけてるんだよ。

 タカ君もそうだね。勿論、君が嫌ならやめるけど」

「……まぁ、別に構いませんよ」

「そ?ありがと♪」

 

ご機嫌な冴香の影で、神林と戸塚は小声でやり取りする。

 

「……良いのか?」

「まぁ正直、断る理由も無いしな。それに横須賀と舞鶴じゃそう遭う事も無いだろうし」

「それもそうか」

「というか、お前が言うか?『タカ君』?」

「……言ってろジューソー」

 

そんなやり取りをしていると、思い出したように手元の書類を叩く冴香。

 

「そうそう、古賀さんに確認しときたいトコか有るんだけど……」

 

そう言って、神林達を見る。つまり、『聞かれたくない話』なのだろう。

 

「そろそろ自分達はこれで失礼します」

「あぁ、そうか。すまんな、急に呼び出して」

「いえ、お構いなく。それでは失礼します」

「タカ君、ジューソー君また後でねー」

 

互いに敬礼をした後、神林と戸塚は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

○古賀提督執務室内

 

「しっかし古賀さんの情報網凄いわ。どっから引っ張ってくんのさ、あんな人材」

 

古賀に何枚か書類を渡し、そのままソファに座る冴香。

 

「ま、ちょっとした伝手でな」

 

受け取った書類を捲りつつ、事も無げに応える古賀。

それを聞いた冴香は、内心『よく言うよこの狸親父』とこぼす。

 

冴香にも子飼いの情報屋は何人か居るが、戸塚は引っかからなかった。

いや、『意図的に』隠されていたと思うべきか。

 

「面白い子だね。私とも、タカ君とも『違う』」

「そう思うか?」

「私に直に遭わせといて、それ言う?」

「……やはり見えたか。どう映った?」

 

古賀の問いに、冴香は先程遭った彼を思い出す。

 

「私を『紅色』、タカ君を『無色』と例えるなら……ジューソー君は『黒色』かな。

 ……あそこまで『濃い』のは久しく見てないね」

「えらく抽象的じゃないか」

「いーでしょ、どっちみち古賀さんは全部知ってんだし。私も後で教えてもらっても?」

「構わんぞ。ただ、ショックを受けるなよ?」

「だーいじょうぶ。誰の婚約者やってたと思ってんのさ。で、だ」

 

そう言って、手元にある資料をチラつかせる。

 

「私が今持ってるこの情報、ジューソー君が知ったら『すごーく面白い事』になるんじゃない?」

「今はまだ早い。もう少し先だ」

「この手の『ネタ』は早いほうが良いんじゃないの?腐りかねないよ」

「早だしして暴走されても困る。もっと『熟成』させないとな」

「はいはい。……全く、何処まで見えてるのやら」

「『先見の明』の精度はお前のほうが良いだろう?」

「私が見渡せるのは『目に映る』範囲。古賀さんみたいな広さはないもん」

「ま、慣れだな。お前は物事の『脇』が見えてない」

「古賀さんに言われちゃかたが無いね。精進するよ。……でも、あんまり度が過ぎると噛み付かれるよ?」

 

冴香の言葉に、古賀は小さく嗤う。

 

「心配ない。その為の『番犬』だ」

「うわ、その為に二人を遭わせたんだ?えげつな」

「何を言う。横の『繋がり』は大事だぞ?」

「へいへい」

 

そう言って、手前のテーブルに資料を放る冴香。

テーブルに無秩序に散らばる紙片を見つつ、内心で舌を出す。

 

 

 

 

―――確かに、『目に映る範囲』なら、私の方が上かな。しかし、『番犬』ねぇ。

 

そう思いつつ、小さく嗤う。

 

―――その『番犬』が一番厄介って事、忘れてない?古賀さん。

 

彼の『首輪』は、何処にも繋がれて居ないというのに。

繋げれたとしたら、今はもう居ない『あの娘』ぐらいだ。古賀でも、自分でもない。

 

 

あぁそういえば、『有望』な子達が出てきたか。

さてさて、『彼女達』は、如何なのかな?

 

 

 

恐らく数日中に起こるであろう彼女達の『来訪』に、嗤いが止まらない冴香であった。




本当に……本当に、今回は難産でした。
具体的には、微妙に違うバージョンの話を二つ書き。それを並べて見つつ新たに書き起こす程度に難産でした。通常の三倍です。
で、その割に内容は薄くて短い、と。しょっぺぇなぁオイ。

無駄に伏線を散りばめてしまった感が否めません。ちゃんと回収しないとね。

次回作は、其処まで時間がかからないと思います。お楽しみに。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。