今回は提督サイド。扶桑さんが秘書艦の貫録を見せつけます。
○提督執務室
「お茶です。どうぞ。」
執務室の机で考え事をしていると、秘書艦の扶桑が湯飲みを持ってきた。
扶桑が淹れてくれるお茶はそれはもう絶品で、流石大和撫子、といった感じなのだ。
因みにコーヒーや紅茶も飲まないことはないが、扶桑を秘書艦にしてからは専ら緑茶派である。
「あぁ、ありがとう」
受け取って、一口。顔の筋肉が一瞬止まる。
…渋い。というか、苦い。むしろ、やたら濃い。普段の二倍近い茶葉を使ってるんじゃないか?
ちらりと扶桑の方を見る。当の本人は涼しい顔だ。…成程、どう考えても確信犯です。本当にry
一見穏やかな性格をしている彼女だが、意外と感情表現豊かなのだ。
先程暴れた、どこぞの戦闘狂のように表に出す方ではないのだが、不満は結構形にして訴えてくる。主にこんな感じで。
『嫌いな上官にフケ飯出す新兵じゃないんだから』と思うが、まぁ似たようなものかと思い直す。
さて、有能な秘書の珍しい不満表現は正確に汲み取ってやらなくては。
別に『彼女が本気で臍を曲げると物凄く厄介』だとか、『鎮守府の中で一番怒らせてはいけない』とか言われているからではない。断じて。
「…何か失礼な事を考えておられませんか?」
「いえ、滅相もない」
…どうして女性と言うものはこう鋭いのだろうか。いや、男が鈍感なのか?まぁ良い。
「…そろそろ、きちんと説明して頂けますか?」
「説明…先程のアレか?」
『先程のアレ』というのは、天龍が殴りかかって来た時の事だ。
あの時、天龍を取り押さえようとした扶桑を私は制した。
『秘書艦』は提督の護衛も仕事の一つだ。第一艦隊旗艦の役職は伊達ではない。
それを抑えた、となると、ある意味彼女の『秘書艦』としての矜持を否定したとも取れる。
「天龍は激昂していました。『中破』に近かったとはいえ、提督に危害が及ぶ可能性は十分にあったんですよ?」
「『中破』に近い損傷で『激昂』していたからだ。あそこで下手に暴れると、損傷が増える可能性があったからな。それに」
「それに?」
「あそこで二人が戦闘していれば、天龍には『それなりの処分』をしなければならない。だから私が動いて処理した」
「提督には天龍を抑えられる自信があったのですか?」
「勿論あったさ。これでも軍人だからね。馬鹿正直に突っ込んでくる奴をいなすくらいどうと言う事はない」
「正直、驚きました。随分と武道の心得があるのですね」
「まぁ、この仕事について長いからな。弱い軍人なんぞ、存在価値もない」
「…そういう事ですか。理解しました」
納得はしかねますが。という言葉は心の中で呟くに留めておいた。
「と、まぁ此処までは報告書用の建前だ」
湯飲みを下げようとした所で、急に提督がそう切り出した。
「…では、本音は?」
「簡単な話だ。子供の喧嘩に、君を巻き込みたくなかった」
「子供の喧嘩…ですか?」
「お互いに売り言葉に買い言葉…で、最後はカッとなって取っ組み合い。紛れもなく、子供の喧嘩だよ」
「はぁ……」
「それの仲裁を君に頼むのは申し訳なくてね…全く、私もまだまだ青い、ということか」
いい歳して癇癪なんぞ起こすもんじゃない、そう呟いて湯飲みに残ったお茶を一息に飲み干す。
目が覚めるほどの苦さだが、自業自得だ。それに秘書が淹れたお茶を残すなど言語道断である。
「お代りを…あー…今度は『普通』に淹れてくれ」
「…はい、ただいま」
ようやくいつもの笑顔に戻ってくれた扶桑に湯飲みを渡す。
少々気恥ずかしい独白になってしまったが、秘書艦の機嫌が良くなったので良しとしよう。
…しかし今の会話、何処が彼女の琴線に触れたのだろうか?
給湯室で新しいお茶を淹れながら、扶桑は先程の会話を思い出していた。
『意外に子供っぽい所もあるのね…』
いつも冷静に振舞っているから、そんな意外さがどこか面白かった。
扶桑が此処の秘書官になって随分経つ。
一番の古株、というわけではないが、それでも一番最初に配属された『戦艦』は彼女だった。
最近は『金剛型』や『長門型』も配属され始めたが、何だかんだで現在も秘書艦の座は扶桑が就いている。
結果的に一番長く提督の側に居るのは自分なんだろうな…とふと思う。
あくまで結果論だが、正直悪い気はしなかった。
鎮守府に配属された時、提督を見た扶桑の第一印象は、『気難しそうな人だな』だった。
何というか、目つきが悪い。眼力が強い。いつも不機嫌そうなのだ。
決して厳つい顔ではないと思う。むしろ美形の部類に入るのではなかろうか。(あくまで扶桑基準だが)
だがその目つきの悪さが往々にして、艦娘達の抱いた第一印象を多少なり悪くさせていた。
ところが、いざ話してみれば意図的な諧謔味を用いる皮肉屋のようで、根は真面目な人物だった。
それでいて、先程の会話のように、少々ムキになったり、妙なところで拗ねる、といったような行動もとる。
男は皆何処か少年のような一面を持つ、といったところか。一応まだ二十代のようだし。
普段の振る舞いも、軍人特有の粗暴さのようなものもあったが、それでも周りの艦娘を気遣う優しさもあった。
尤も、これは本人曰く周りに艦娘、つまり女性しかいないから自然とこうなっているらしい。つまりフェミニストなのだろう。
因みに目つきの悪さは本人も自覚しており、どうも『何も考えていないとこんな目つきになる』らしい。損な体質だ。
結果、今では多くの艦娘達が彼を慕い、信頼している。勿論、扶桑もその一人だ。
今回もめ事を起こした天龍も、元をたどれば提督を慕っての行動である。まぁ、やり方はともかく。
艦隊指揮では常に冷静沈着かつ合理的で、無駄な損害を嫌う傾向があった。艦娘達の轟沈を嫌うのもその一つだ。
例え作戦中でも、損害を受けた艦娘がいれば直ちに進行を中止、撤退させていた。
『目の前に勝利が転がっているのに退くのは愚かだ』と周りは言う。
それに対し彼は『犠牲の上に成り立つ栄光など要らない』と答える。
『勝つためには時に犠牲も必要だろうが』と周りは窘める。
しかし彼は『確かにそういう時もあるだろう。だがそれは今日じゃない。今じゃない』と返した。
以前、彼が艦隊指揮をしていた際に小さく呟いた言葉がある。
『俺の無能で、また仲間を失う…そんな事、俺が許さない。許すものか』
彼がこの鎮守府に配属される前、何処で何をしていたのかを知る艦娘はいない。扶桑も勿論知らなかった。
ただ、周りの将校の話によると、元々は海軍の出ではないらしい。
自身が慕っている人物の過去が気にならないと言えば嘘になるが、本人が口にしない以上、詮索するのも憚られた。
『本当に、不思議な人…』
一番近くで彼を見ているはずの扶桑でも、未だに彼の新しい一面を発見する。
その中で、自分しか知らない『彼』はどれだけあるのだろう、と考えて少し頬が緩んだ。
ピーッ!!
「あら、いけない!」
湯の沸く音で我に返る。彼女としたことが、考え事をしていて手が止まっていた。慌てて火を止める。
「大変、少し冷まさないと」
沸騰したお湯をそのまま急須に注ぐのはご法度だ。茶葉の旨味や甘味より苦みが出てしまう。
まぁそういう種類の茶葉もあるが、扶桑のお気に入りはそうではない。
※因みに先程のお茶は、いつもの二倍の茶葉に熱々のお湯を注いだ物。抽出時間も倍率ドンの『特別仕様』である。はっきり言って『気付け薬』のレベルだ。
先程は『ついうっかり』特別仕様にしてしまったが、今回はもちろん普通に淹れる。
というか、アレを何杯も飲んだら提督が倒れかねない。
「…まぁ、今は今よね」
薬缶を濡れ布巾で冷ましつつ、扶桑は一人呟く。
そう、誰にでも過去はある。だが今は今だ。
提督の過去に何があったのかは知らない。
しかし今現在、彼は自分が淹れたお茶を『美味しい』と言って飲んでくれる。
少なくとも、今はそれで十分な気がした。
何時か、提督の過去を知る事があるのかもしれない。
それにより、自分たちの『何か』が変わってしまうのかもしれない。でも―――
「でもそれは今日じゃない。今じゃない…そうですよね?」
湯呑を乗せた盆を手に、扶桑はそう呟くのだった。
扶桑さんマジ本妻←
ウチの鎮守府でも彼女のレベルが一番高いです。周りをブッちぎるほどに。
さて、もうちょっと続くのです。
次回は若干ネタバレ(ゲームの攻略に関わる表記)があるかも。