鎮守府の日常   作:弥識

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今回はちょいと大人な雰囲気。
幾つか私の独自解釈及び独自設定が出てきます

そして明かされる『艦娘を巻き込んだ厄ネタ』とそれぞれの思惑。
では、どうぞ。

※注意:後半で少々流血表現があります。苦手な方はご注意を。


蠢く思惑

「わ、コレ、ジャックのシングルじゃん。相変わらずいい趣味してる」

 

ロックグラスに注がれた琥珀色の液体に、ご機嫌な冴香。

 

此処は鎮守府から少々外れた小さなバーだ。

所謂『隠れた名店』的な場所なのだが、一番大きな特徴は店の奥に『小さな個室(防音)』があること。

 

要するに、『秘密の話』を行う際に重宝される店である。

因みに、此処の店主及び店員も舞鶴鎮守府の関係者だったりした。

 

そんな店の個室に、神林と冴香は居る。

一応二人とも私服に着替え、パッと見は『堅気』に見えるが、雰囲気は軍人のそれだ。

 

 

「まぁ、殆ど受け売りだがな」

「知ってる。神城さんの趣味だろ?」

「……何処で聞いた?」

 

 

『神城』の言葉に、神林の手が一瞬止まる。

神城という人物は、他でもない神林の『育ての親』だ。

そして神林に『神城式斬術』を仕込んだ人物でもある。

 

つまり、『伝説の死神』の生みの親、と言っても過言ではない。

 

 

「父さんに聞いた事がね。ほら、あの二人変に仲良かったからさ」

「あぁ、そういえばそうだったな」

「そうそう。いっつも聞いてたよ。なんたって、」

「「俺達にとって、J・Dは高値の花で、特別なのさ」」

 

 

揃って口にした言葉に、互いに小さく噴出す。

まさか、こんな形でコレを飲む日がこようとは。

 

 

「まぁまぁ、今は楽しもうよ。ほら、カンパーイ♪」

「……そうだな」

「そうそう、(……邪魔も居ないしね)」

「どうした?」

「ん、何でもなーい」

 

 

冴香の言葉に、苦笑しながらも互いのグラスをカチンと当てる。

なお、此処にいるのは二人だけだ。口煩い『秘書艦(と書いてオカン)[冴香命名]』も居ない。

 

 

 

先の勝負が終わった後、冴香の

『折角舞鶴まで来たんだし、ここら辺の美味しい物が食べたいなぁ。ねぇタカ君、良い店知らない?』

という発言を『誤解せず』受け止めた神林が、この店を選んだのだ。

 

 

 

因みに、出発前に冴香が

 

『もしかしたら二人で朝帰りになっちゃうかも?いやん♪』

 

などとのたまったお陰で、何名かの艦娘が感情を失った目で艤装を構えたが、咄嗟に神林(と摩耶)が冴香を引っ叩くことで事なきを得た。

 

 

閑話休題。

 

 

グラスの中身を口に含む。

ジャックダニエル特有のスムースさに加え、シングルバレルのみが持つコクと芳醇さが広がる。

 

 

「んー、やっぱ素晴らしいね。コレで湿布臭くなかったら文句なしだったんだけれど」

 

 

そういって、冴香は小さく手を振る。手首には包帯。言われるまでも無く、先の勝負による物だ。

 

 

「具合はどうだ?」

「まぁ、骨には異常なかったんだけどね。ちょっと腫れてきたから。少しはしゃぎ過ぎたかな」

「……大事無いのなら、良い」

「ん、ありがと。でもさ、大体はタカ君のせいだよ?君があんなに激しくするもんだから///」

「誤解を招きかねない言い方は控えろ。……大体、そう言うお前も大概だぞ?」

 

そう言って、神林は自身の首を示す。

其処には目立ちはしないものの蚯蚓腫れが。最後の攻防で付いた物だ。

 

「そんなの、お互い様じゃないか。ほら」

 

そういって、冴香はシャツをまくってわき腹を見せる。

其処にも包帯。コレも、最後の攻防で付いたものだ。

 

「乙女の肌を傷物にした罪は重いよ?」

「だから誤解を招く発言は控えろ……というか、分かったから早く仕舞え。色々見えてる」

「良いじゃん、役得だろ……あぁ分かったよそう怖い顔すんなよもう」

 

神林の言葉に、若干頬を膨らませながら衣服を整える冴香。

 

『見えてるんじゃなくて見せてんだよ言わせんな恥ずかしい』と内心思ったが、口に出すのは何となくやめた。恥ずかしいし。

 

その後も、幾つかの雑談をしながら、互いにグラスを傾ける。

 

「しかし、良い店だね。『静かで落ち着く』」

「あぁ、そうだな」

「……『無粋な奴ら』は居ないと思っていいのかな?」

「その辺りは『安心』しろ。ここは『平等』で『中立』だ。良い意味でな」

「『悪い意味』でもあるんだろ?此処での『悪巧み』は見つけるのに苦労しそうだ」

「それは仕方ない。……俺達も『似たような物』だ」

「まぁ、確かにね」

 

冴香は其処まで言って小さく笑い、グラスをテーブルに置いた。

それを見た神林も、倣ってグラスを置く。

 

さて、『悪巧み』の始まりだ。

 

 

○舞鶴鎮守府:古賀提督執務室

 

「それで……提督よ。一体、彼は何者なんだ?」

 

突然、武蔵がポツリと呟く。その頬には一筋の冷や汗が。先の決闘を思い出したのだろうか。

武蔵の言葉に大和が、そして冴香に言われて留守番中の摩耶と雪風が顔を上げる。

 

「アイツか?『最強』かつ『最凶』の名を欲しい侭にしていた……『伝説の死神』だよ」

「伝説の……死神」

 

古賀の言葉を、大和が反芻する。

 

「提督よ。奴は一体何をしてその様な異名が付いたのだ?」

「ん?やはり気になるか?」

 

武蔵と古賀のやり取りに、雪風が古賀を見る。彼女は冴香から彼の『伝説』を聞いていた。

 

「その様子だと……摩耶と雪風は冴香に聞いたのかな?」

「は、はい……」

 

古賀の問いに、雪風が小さく頷く。

 

「その昔、然る国の部隊がわが国に極秘で侵攻を掛けた。とある資料を狙ってな」

「とある資料?」

「あぁ。狙われた資料が国内でも秘匿扱いだった故、此方も公に非難出来ず、陸軍非公式部隊が迎え撃った」

「その非公式部隊というのが……」

「そう、アイツが居た部隊だな」

「それで、どうなったのだ?」

「連中の規模は千数百の兵からなる連隊……対して此方は百人足らずの中隊だった。戦力比は15:1近くだったと聞く」

「なっ……!?」

「じゅ、15:1だと?圧倒的じゃないか!」

 

古賀の言葉に、武蔵が目を見開く。

 

「そうだな。本来なら結果は明白。勝負になどならない筈で、此方としては資料を保護するまでの時間稼ぎをしてもらう心算だった……ところがだ」

「ところが?」

「『彼ら』は鬼神の如き強さで殺しまくり、部隊の壊滅と引き換えに敵部隊を壊乱させ、とうとう撤退させた」

「自分達の壊滅と、引き換えに……」

「そうだ。……最終的にかの部隊の生き残りは重傷者を含めても十人に満たなかったと聞く。アイツは、その生き残りだ」

 

と、此処まで古賀が話したところで、不意に摩耶が声を発した。

 

「なぁ古賀さん。……アンタ随分詳しいんだな」

「それはそうさ。その中隊に迎撃を頼んだのは私だからな」

「なっ……!?古賀提督が?」

「ああそうだ、正確には命令を出したのは私の上司だが、其れを『彼ら』に伝えたのは私だよ」

 

古賀は尚も続ける。

 

「……そして、神林をこの鎮守府に引き込んだのも私だ」

「……!」

 

古賀の言葉に、執務室内の面々が一斉に彼を見る。

 

「……彼は陸軍所属だったのだろう?何故、海軍に引き込んだのだ?」

 

武蔵が古賀に問う。この国の海軍と陸軍の仲があまり宜しくないのは周知の話だ。

 

「『最後の戦い』で奴は部隊を除隊していてね。だが『予備役』扱いで腐らせるには余に勿体無い。だから此方に引き込ませてもらった」

「……」

「そう怖い顔をするな。そもそも、コレは迎撃依頼時の『約束』でもある」

「約束?」

 

古賀の言葉に、大和が首を傾げる。

 

「少々特殊な状況だったとは言え、海軍から陸軍に頼み事をしたからね。こちらも色々な『飴玉』を用意したのさ」

 

海軍が当時、『彼ら』に示したものは以下の通り。

 

・規定外の慰労金

・戦死者及び重傷者への年金の増額

・一生俸給の出る海軍の名誉階級と勲章の申請

・希望者には海軍仕官への推薦

 

「まぁ、それとは別に陸軍からも幾つかの勲章やら俸給やらが出たようだな。『桜花勲章』もその一つだ」

「……随分と、大盤振る舞いしたものですね」

 

大和の言葉に、古賀が小さく嗤いながら応える。

 

「状況が状況だったのでね。どうしても『彼ら』にはやって貰わなければならなかった。それに、十中八九戦死する連中だ。どんな事でもしてやる気になったさ」

「……其れが、海軍の意向だったわけですね?」

「まぁ、そうなるな。結果的に、百人に満たない中隊の壊滅で、海軍の未来を左右する極秘資料を守れた……随分と割の良い取引だったよ」

「……っ!アンタなぁ、人の命をなんだと……!」

「無駄だ摩耶。今此処で其れを非難しても意味が無いだろう?」

 

古賀の言葉に摩耶が前に出るが、武蔵が抑える。

摩耶の気持ちも共感できなくはないが、今となっては『何もかもが終わってしまった』問題だ。

それに当時の古賀はあくまで命令を伝えただけ。其れを非難するのは道理が通らない。

例え神林がこの会話を聞いていたとしても、こう言うだろう。

 

―――軍事活動において起きた問題の責任は、それを命令した者【だけ】が負う。命令された者ではない―――

 

それは、軍隊の基本である。

 

「……だな」

 

武蔵と古賀の順に目を向けて、大人しく引き下がる摩耶。

 

「尤も、私が引き込まずとも、アイツは提督として海軍に来ただろうな。まぁ舞鶴かどうかは分からんが」

「何故そう思うのです?」

「必要としているからさ。……今の世界がな」

 

 

 

 

「最近、海軍内でとある一派……まぁ、『過激派』とでも言おうか。それが台頭してきてる」

「過激派?」

「そ。どうも、似たような思考を持つ馬鹿が多いみたいでさ、何処の鎮守府にも少なからず居るみたいなんだよ」

「統制は取れているのか」

「うんにゃ、あくまで『彼方此方で似たような事考えてる』ってレベルだった」

 

冴香の『だった』という言葉に、神林の眉がピクリと動く。

 

「……つまり、今は違うのか」

「うん、各鎮守府の過激派を纏める動きが起きてる。黒幕は不明」

「成る程な」

「横須賀でも苦労してるよー。幸い、ウチのトップは『此方側』だから、それは救いかな」

「……古賀さんも、『此方側』と見ていいのか」

「勿論。あの人は艦娘を大切にするので有名だからね」

「判った。……それで、『奴ら』は何を考えてる?」

「『過激派』が唱えてるのは大きく言えば、二つ」

 

そういって、冴香は二本指を立てる。

 

「一つは艦娘及び艤装の徹底的な解析」

「まぁ、妥当だな」

 

冴香の言葉に、小さく頷く。未だに、艦娘達の謎は多い。

 

「因みにその項目には、艦娘を対象とした生体解剖や人体実験も含まれてる」

「……まぁ、妥当だな」

 

『倫理を無視すれば、技術は幾らでも進歩する』とはよく言ったものだ。

それに、現時点では艦娘以外に深海棲艦に有効な戦力が存在しない。

『戦争に勝つため』という名分も立つ。……非常に不愉快な話ではあるが。

そんな名分を鵜呑みにするには、神林は『彼女達』を知りすぎている。

 

「艦娘を一通り腑分けして、ホルマリン漬けにでもするのかな。行く行くは『誰でも使える対深海棲艦用艤装』を開発したいらしいよ」

「成る程……そうなると、俺も奴等と戦えるようになるわけだ。それは地味に楽しみだな」

「本気で言ってる?」

「そうだと言ったら?」

「ある意味尊敬して、ある意味心の底から軽蔑する」

「だろうな」

 

勿論、冗談だという事は冴香にも判っている。

『犠牲』という言葉は、神林が最も嫌う言葉の一つであるからだ。

 

 

一つはこんなもんかな、次が本命。と冴香は続ける。

 

 

「もう一つは『ブラ鎮』すら肯定する、艦隊運用の効率化の追求」

「……何だと?」

 

『ブラ鎮』という単語に、神林が反応する。

 

 

『ブラック鎮守府(通称ブラ鎮)』とは、効率的な艦隊運用を追及し、艦娘を酷使する提督:及び鎮守府の蔑称である。

 

例えば、資源を温存するために意図的に補給や入渠を制限したり、練度の低い艦娘を囮として使い捨てるなどが主な方法だ。

尤も、最近鎮守府内の規定か改定され、ある程度減らす事が出来た筈なのだが、問題は根深いようだ。

 

「規則の改定で表立った馬鹿は消えたよ。でも、『裏をかく奴』は何時だって出てくる」

「規定外の事でか」

「そういうこと。……ねぇ、タカ君は『キラ付け』って言葉知ってる?」

 

冴香の問いに、『一応は』と頷く。

 

『キラ付け』とは、艦娘を『戦意高揚状態』に持っていく事を言う。

 

出撃又は遠征で連続してMVPを取得したり勝利する事で発生し、何となく艦娘の見た目が輝いて見えるため、『キラキラ(状態)』といわれている。

そしてその『キラキラ』を任意の艦娘に付与させる事が『キラ付け』である。

『戦意高揚状態(キラキラ状態)』となった艦娘は戦闘能力(主に回避・命中率)に補正が掛かると言われていて、海域攻略では大きな意味を持つ。

 

「さて、『キラ状態』になった艦娘は、基本ほっとく分には良い。時間経過では解除されないからね。でも、其処まで持ってくのは地味に面倒だ。……此処までは良い?」

 

冴香の言葉に頷く。

 

『戦意高揚状態』に持っていくには、それなりの数のMVPや勝利を取る必要がある。

しかし、出撃では基本的に一隻の艦娘を優先するため、複数の艦娘をキラ付けするのは手間が掛かる。

かといって、演習では一度に複数の艦娘を対象に出来る物の、効果は微々たる物だ。

そもそも、演習で『勝ち確定』の相手を複数見つけるのは容易ではない。

 

「でも、『キラ状態』の恩恵は大きいから、何とかしたい……結果、『こんな物』に手を出す横着者が増えてくる」

 

そう言って、冴香はシャツの胸ポケットから『ある物』を取り出した。

其処にあるのは、液体の入ったアンプルと、透明なビニールに入った錠剤だ。

 

「……コレは?」

「艦娘を『強制的』に『戦意高揚状態』に持ってく魔法のお薬。……私達は『昂揚剤(アッパー)』って呼んでる」

「……何だと?」

 

冴香の説明に、改めて目の前の物を見る。一見した限りではそうとは判らない。

 

「……用法・用量は?」

「どっちも一個で一回分。錠剤は水なしで服用可。液体のほうは注射器で皮下若しくは静脈に注入して使う。最近はこんな物も出てきた」

 

そういって、ポケットからもう一つの物体を取り出す。一見、安物の油性ペンの様にに見えるが……

 

「……専用の『注射銃(シリンジガン)』か」

「ご名答。しかも針無しで皮下に注入できる特製タイプで、お肌に注射痕が残らない素敵仕様。使い捨てだから回し打ちも出来ないし『そういう意味』でも安全」

 

ぱっと見でよく判ったね、と感心されたが、陸軍でも似たような物は存在した。勿論、それは『人間用』だったが。

改めて、手にとって眺める。コレも、一見しただけではそうだとは判らない。

 

「効能は?」

「錠剤は服用後数時間。液体タイプは投薬後数分で効果が出てくる。効果はさっき言った『強制的な戦意高揚』。持続性も結構長い」

「……大したもんだ」

「頑張って造ったみたいだからね。その情熱は素直に尊敬するよ。方向性は思いっきり間違ってるけど」

「確かにな」

「因みにその薬、効果と持続性の割に毒性は低いし、薬その物の依存性も少ない。けど……」

「問題は副作用か」

「ま、そんなトコ。何しろ強制的にハイにするからね。その効果が切れるときに、使用者に其れなりの負荷が掛かる」

「具体的には?」

「大まかに言うと、精神が軽い鬱常態になる。程度は個人差が在るけど……軽い子は何となく憂鬱になる程度。酷い子は幻覚とか見る」

「幻覚……厄介だな」

「そうだね。幼い精神状態の子達……具体的には駆逐艦だね。その傾向が強い」

「だがその場合……」

「それから逃れるために、最悪また薬を使おうとする。ある意味依存性が高いと言っていいだろうね」

「厄介だ」

「まぁその症状が出るのは短時間だし、禁断症状とか『そういう意味』での依存性は無いから、『その時』に誰かが付いててあげれば良い」

「……で、どうやって手に入れる?」

 

それがねー、と冴香が苦い顔をする。

 

「場所にもよるんだけどさ、割と普通に手に入っちゃうんだよね。因みに栄養剤扱い」

「……値段は?」

「コレも場所によって違うんだけどさ、某所のちっちゃいブラック鎮守府では、ダースの箱入りで細巻一箱より安かったよ」

「……ふざけてるな」

「うん。私もそう思ったから、監査入れて鎮守府そのものを一回潰しちゃった。あ、人員はちゃんと補充したよ?」

「そういう問題か?」

「そういう問題さ……で、此処までが『純正品』の話」

 

冴香の言葉に、神林が顔をしかめる。

 

「……粗悪品も出回っているのか」

「というか、コレを元に色々弄ったヤツ。勿論、『更に非合法な』ルートじゃないと手に入らない」

「……具体的にどう違う」

「用法・用量は一緒。でも、効果に『身体能力の強化』と『痛覚と恐怖心の消失』が追加されてる」

「ブラ鎮が泣いて喜ぶな」

「確かにね。でも、お蔭で純正品には無かった強い依存性と、更に強烈な副作用が付いくてる」

「そんな物を無闇に投与したら……」

「艦娘の個人差もあるけど、最悪『廃人化』するね。まぁ、ブラ鎮の奴等は『使い捨て』が基本の発想だから、困らないんだろ。捨てられた子達の写真見る?」

 

そういって、ポケットの中の紙をチラリとのぞかせる。

結構だ、と手を振った。……それを指示した連中を皆殺しにしたくなる。

 

「しかし、どれも始めて見たぞ」

 

神林の言葉に、だろうね、と頷く。

 

「舞鶴では古賀さんを中心として、この類の物を全部シャットアウトしてるからね」

「……お前は使ったことが?」

「私が?まさか。こんなもん使わなくても、ウチの娘達は十分に強いよ」

 

私も実物見たのは調査を始めてからさ、と言った。

 

「……それが、先に言った『過激派の統率』に繋がって来る訳か」

「そういうこと。いやはや、理解が早くて助かるよ」

 

神林の言葉に、冴香が小さく笑う。なんとも頼もしい事だ。

 

「誰かの手引きで、『過激派』同士の意思の疎通が顕著になった。『こういう物』が手に入らない鎮守府への『横流し』も出てくるだろうね」

「具体的に、どう対応する」

「『昂揚剤』自体の心配はしてなくて良い。軍規でキッチリ『禁止薬物』扱いにするから、後は憲兵さん達が勝手にやってくれる」

「迅速な制定は可能なのか?」

「今回の私の査察で、『横須賀』と『舞鶴』のトップの意見は纏まった。後は『佐世保』に『呉』、『大湊』のどれか一箇所でも抑えれれば、多数決で楽勝だ」

 

現存する鎮守府は冴香が上げた5つ。他にも『泊地』や『基地』は多数存在するが、やはり中枢はこの5つとみていいだろう。

 

「……楽観的に過ぎるんじゃないのか?」

「鎮守府のトップはそれだけ結果を残した人達が座ってる。それに比例して、艦娘への愛着は深いと思うよ。まぁごねる様なら『粗悪品被害者』の写真でもチラつかせれば良い」

「荒療治だな」

「先に妙な物作ったのはあっち。使える物は何だって利用するさ。……あの娘達を護れるならね」

 

据わった目で呟く冴香に、神林も同意する。

元より、自分は『その為に鎮守府に呼ばれた』のだから。

 

「私みたいな査察官を各地に送ってるから、制定自体に時間は掛からない。問題は」

「それを通したくない奴等の妨害か」

「その通り。舞鶴も例外じゃない。最悪、古賀さんを力ずくで失脚させようとするかも」

「……鎮守府内でクーデターでも起こすと?」

「んー、流石に其処までやらかすアホは居ないと思うけど……いや、最悪は常に想定しておくべきか」

 

自分に言い聞かせるように、小さく頷く冴香。

 

「まぁでも、舞鶴はそんなに心配してないよ。……君が居るからね」

「買被り過ぎだ。俺一人で出来る事など、たかが知れているだろう?」

 

神林の言葉に、冴香は苦笑しながら否定する。

 

「心配しなくても、君は単騎戦力に限れば間違いなく最強の一角だよ。そういう駒が一騎あるだけで、大抵の事は多分何とかなる。そのくらい、今の海軍の『質』は下がってるよ」

 

冴香の言葉に、眉を顰める神林。

 

「……それ程か?」

「少なくとも、陸軍で君が『ヤンチャしてた』頃に比べたらね」

 

深海凄艦が出現するようになり、そして艦娘たちが奴等と戦うようになって早数年。

戦況が長引くにつれ、戦域も広がり、それに伴って司令官である提督も必要になってくる。

 

何時しか、素人の手も借りなければならない程、人手不足となっていた。

 

最早『提督』とは只の『職業』として認識されるようになっている。

ある程度適正があり、最低限の士官教育(チュートリアル)さえ受ければ鎮守府で『提督』として活動できる現状。

 

 

結果、『軍人・兵士』としての鎮守府の『質』は否応無しに低下していた。

 

 

 

「タカ君にはさ、此処の『秩序』になって欲しいんだ」

「秩序?」

「『守護者』と言ってもいい。表立ったルール違反者はほっといて良い。その為の軍内規だし、憲兵だ」

「でも、裏をかくヤツはどうやっても出てくるし、綺麗なルールじゃ対応できない『理不尽』だって起こる。絶対にね」

「その為の『秩序』になれと?」

「そういう事。裏には裏を、理不尽には更なる理不尽で叩き潰す……そんな『牙』が、今の鎮守府には必要なのさ」

「……『あいつ等』を護る為か」

「まぁね。……比喩とかじゃなしに、艦娘は『最後の希望』なんだ。彼女達を失えば、世界は終わる」

 

 

果たして、冴香のこの言葉に隠された『意味』を感じる事が出来るのは、どれ程いるのだろう。

冴香が懸念しているのは、一つの可能性。

 

艦娘は基本的に従順だ。多少の無茶振りにも(渋々ではあるが)従ってくれる。

だが、彼女達は『意思を持った兵器』なのだ。感情だって持っている。

 

―――もし、艦娘が我々に従う事を良しとしない選択をしたら?

―――『艦娘』と『深海棲艦』を同時に相手にすることになったら?

 

世界は、一年ともたず滅ぶだろう。

だからこそ、艦娘達には『人類の味方』であってもらわなければ困るのだ。

 

その前提を崩しかねない『思惑』は、どんな手を使ってでも叩き潰す。

自分達の世界を、護る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は楽しかったよ。色々な『お話』が出来たからね」

 

アルコールで少々顔を紅くさせつつ、冴香が呟く。

店を後にした二人は、現在裏路地を歩いていた。時間も其れなりに遅いせいか、人通りは無い。

 

―――まぁ、人通りが無いのは『それだけではない』のだが。

 

 

「さて……とっくに気付いてるから、そろそろ出てきたら?」

 

誰に、とはなく冴香が呟く。

しかし、返答は無い。その様子に、冴香が若干イラついた様に続ける。

 

「……あのさぁ、何のために人通りの少ない裏路地入ったと思ってんの?折角のデートだってのに、『君ら』のお陰でタカ君がずっとだんまりだよどうしてくれる」

 

暫くすると、路地の影から音も無く現れる『追跡者』。

数は5。神林たちを挟んで、前に三人、後ろに二人。みな一様に、手には凶器が。

自然に、背中を合わせる形になる神林と冴香。

 

前の三人の内、一人が一歩下がった所にいる。恐らくコイツが『頭』だろう。

そう結論付けた冴香が、前の三人に向かって話しかける。

 

「鎮守府出て直ぐには付いてきてたよね君ら。まぁ、お店での『お話』は聞かれてないみたいだけど?」

「…………」

「だんまりか。まぁ、私達を危険視してる『過激派』の仕業だと思うけどさ、ちょっと先走り過ぎじゃない?何処の早漏野郎だy痛ったい!」

 

スパーン!と神林に頭を叩かれる。

 

「ちょ、タカ君?いきなり何すんのさ!?」

「あまり品の無い発言は控えろ。……駆逐艦辺りが真似し始めたらどうする」

 

神林の言葉に、ちょっと想像してみる。

駆逐艦……雪風辺りか?響でも良い。

無垢な顔で、『ねぇ指令……○漏って、どういう意味?』って聞かれたりするのか?

 

『何それ凄くドキドキするじゃな』スパーン!「あいたぁ!」

 

再び炸裂する神林の右張り手。

 

「ちょっとタカ君!私未だ言葉に出してない!」

「考えてる事が既にアウトなんだよ」

「まさかの以心伝心!?」

「煩悩が溢れてたからな」

「そっか、じゃぁしょうがねぇや!」

 

そう言って、ぺチン、と自身の額を叩く冴香。ついでに、此処までやっても何の反応も示さない奴等に軽く失望。

 

「何だよノリ悪いなぁ ピピッピピッ お、来た来た」

 

冴香の懐から、電子音。取り出したのは通信端末だ。

 

「古賀さんからか?」

「そ、さっき連絡しといたからね」

 

神林の言葉に頷きつつ、何々ーと内容を検める。

 

「んーと、『後処理係』は手配してくれた、後は……うわ、これ絶対タカ君意識して送ったな……」

「何だって?」

「一人は尋問するから生け捕り。後は『好きにして良い』ってさ」

「そうか」

 

 

そう言って、神林は後方の二人に軽く両腕を振る。

数瞬後、くぐもった声を上げて倒れる二人。

更に神林は『間合いを盗んで』前方三人に肉薄。前に出ていた二人にはすれ違い様に両手を一閃。

直後、『バシュッ』と言う音と共に首から噴出す鮮血。二人はそのまま崩れ落ちる。

 

神林の行動に目を見開いていた最後の一人には、鳩尾と顎、ついでに米神に掌底を一発ずつ。瞬く間に昏倒させる。これで終いだ。

 

ほんの数秒で、神林は五人を無力化した。

 

 

 

 

「えぇぇぇぇぇ……」

 

流石の冴香も、コレにはドン引きだ。

 

「いや、確かに『好きにして良い』とは言ったよ?……でもさ、コレはないわー」

「……別に『そう言われた』から『そうした』だけだ」

「そうだけどさぁ……もうチョイ自重しよ?」

「下手に時間を掛けて、『あいつ等』に要らぬ誤解をさせたくない。だから一気に終わらせた」

 

特に、某HとかKとかNとかを不用意に煽るのは不味い。

先程の様子だと、例え『てっぺん越え』でも暴走しかねない。

戦艦娘が三人も暴れたら、冗談じゃ無しに舞鶴が『更地』になる。

 

「私としては別に『朝帰り』でも……は不味いかぁ。私も死にたくないし」

 

そう言って、最初に倒れた二人に近づく。うつ伏せで小さく痙攣し、地面には血溜りが。

冴香が足でひっくり返すと、喉にナイフが突き刺さっていた。

 

「……見事に急所へ刺さってるね。しかも下手投げで甲状軟骨をしっかり外してる……何その匠の業」

 

残った三人にも目を向ける。

 

「二人は頚動脈をバッサリ。……如何すんのさこのスプラッタ現場」

 

神林のお陰で、辺りは血の海だ。

 

「処理班はいるんだろう?」

「いやそうだけどさぁ。……鎮守府でやっちゃダメだよ?」

 

こんな場面艦娘に見せたら、確実にトラウマになる。

 

「じゃぁそういう『手段』を手配してくれ。今俺の手元には刃物くらいしかない」

「はいはい、何とかしとくよ切り裂き魔(リッパー)君。ていうかどっから出したんだよ」

「勿論、此処からだが?」

 

そういって、神林は袖からナイフを取り出す。

 

「いや此処からって。手品じゃないんだから」

「こういう技術は持っていて損はない。こんな小さいナイフでも、不測の事態に対応できるからな」

「はいはい、考えておくよ」

 

『後処理係』が来るまでに、気絶した男を拘束しておく。

暫くして、男が目を覚ました。

 

「き、貴様ら……正気か!?」

「ん?何が?」

 

開口一番の発言に、冴香が首を傾げる。

ガチガチと震えながら言うその様子に、冴香が「あぁ、」と納得する。

 

「この惨状の事?まー確かに私も若干引いたけどねー」

 

そう言って、ケラケラ嗤う。対する神林は黙ったままだ。

一頻り嗤い、「でもさ」といって、冴香は男の目の前で大振りのナイフをチラつかせる。

因みにこのナイフ、先程まで目の前の男が持っていたものだ。

 

「こーんな物騒なモンをチラつかせて囲ったんだ。『自業自得』だよ。つーかさ」

 

其処まで言って、冴香はしゃがみ込んで男と目線を合わせる。

冴香と目が合った男は、息を呑む。彼女の目には、ドス黒い『狂気』が宿っていた。

 

「私達は『軍人』だよ?しかも頭のネジが何本かブッ飛んだ……ね。『敵斃す』のに『躊躇』なんかする訳ねーだろ」

 

そういって、ニヤリと嗤う。

男は今更になって、自身が敵対した相手の恐ろしさを理解した。

暫くして、『後処理係』の人員が到着する。

 

「お迎えだね。さてさて、未来の『ジョン・ドゥ(身元不明遺体)』君?」

 

そう言って、今度は誰もが見惚れるような笑顔で笑う冴香。

 

「一体何処の『早漏』に雇われた……とか、知ってる事を全部教えてちょーだいな♪」

 

 

 

 

○舞鶴鎮守府

 

「あ、提督お帰りー。……変な事されなかった?」

「へいへい北上っち。その言い方は幾らなんでも酷いんじゃないかな?冴香さん泣くよ?泣いちゃうよ?」

「うわ、うっざ」

「この仕打ち!?でも大丈夫!そんな中でも興奮できるように、私頑張るかr『ドゴス!』でゅん!?」

「帰って早々盛ってんなこの痴女が」

「ちょ、摩耶!?どんどん私への敬意がなくなってるんだけど!?はっ、コレも更なるステージへの試練なんだね!?よぉし、負けるものかぁぁぁあ痛たたたt!!」

「うん、良いからちょっと黙ろうな?」

「すんませんっした!ちょっとお酒入って調子乗ってました!だからメキィは勘弁し痛たたたたた!」

「……もういっそ、一回中身出した方が良いんじゃねぇか?」

「ちょ、ちょっと天龍!?余計な事言わないで!あ、ごめんなさい摩耶さん勘弁して下さいこのままだとホントに中身出るからぁ!」

 

鎮守府に戻って早々、大騒ぎな面々。

なんというか、何時の間にやら神林の艦隊の面々とも打ち解けて(?)いる辺り、流石である。

 

「あの……青葉さん、『さかってる』ってどういう意味なんでしょう?」

「あ、やめて、五月雨ちゃん。青葉の濁った心じゃ、貴女のその曇りなき瞳を直視できません」

 

……妙な弊害も起きているようだが。

 

「提督、お疲れ様です」

「ありがとう扶桑。……今日は疲れた。さっさと休むとするよ」

 

冴香たちのやり取りを聞き流しつつ、自室に戻ろうとする神林。

ふと、視線を感じて振り返る。

 

「「「…………」」」

 

其処には、真面目な顔をした扶桑、長門、金剛の三人が。

 

「……どうした?」

「……誤魔化せると思ったか?」

 

首を傾げる神林に、非難するように長門が応える。

 

「テートクから、血の臭いがするネ」

「……そうか」

 

金剛の指摘に、特に否定するわけでも無く応える。

 

「私達には……話して下さらないのですか?」

「……軍の機密に関わる事だ。教える事は出来ん」

 

扶桑の言葉に、卑怯とは思ったが『機密』の言葉を使わせてもらった。

こう言って置けば、彼女達はそれ以上踏み込む事は不可能だからだ。

 

「「「…………」」」

「明日も出撃は控えてる。騒ぎはコレ位にして、もう休め」

 

未だに納得の行かない顔をしている扶桑達を残し、その場を去る神林。

廊下を曲がった所で、何時の間に抜け出したのか、冴香が立っていた。

 

「……何か言いたい事でも在るのか?」

「いーや、別に」

 

口ではそう言っているが、顔は明らかに『私、貴方を非難してます』と書いてある。

 

「……今回は正直に言う訳にはいかんだろう」

「そうだけどさ、もっと言い方って在るだろ?」

 

冴香も、今回に関しては其処まで大きく言えない。

流石に『ついさっき四人程殺してきました』なんて、言える訳が無い。それは理解している。

 

「確かに『君一人で多分何とかなる』って言ったよ?でも、今回の敵は相当厄介だ」

 

味方は多いに越した事は無いだろ?と首を傾げる。

 

「彼女達だって覚悟してる。君だって気付いてるんだろ?」

「……気付いてるからこそだ」

 

冴香に背を向けたまま、神林は続ける。

 

「あいつらは、艦娘だ。深海棲艦と戦う為の『希望』だ」

 

しかし、神林が戦おうとしているのは、『人間の悪意』なのだ。

 

「血塗れになるのは俺だけで良い……『人間の討ち方』何て、あいつ等が知る必要は無いんだよ」

 

冴香が神林の言葉に反論しようとして、飲み込む。そして、コレだけ言い放った。

 

「頑固モン」

「あぁ、よく言われる」

 

そのまま自室に戻ろうとする神林に、「あ、そうだ」と声を掛ける。

 

「査察の関係でさ、暫く舞鶴で世話になるから。改めてよろしくね」

 

言葉の代わりに、手を振ることで応える神林。そしてそのまま去っていった。

神林を見送りつつ、壁に背を預ける冴香。そして、何処を見るでもなく呟いた。

 

「……だってさ。大切にされてるねぇ。妬けちゃうよ、全く」

 

冴香の『独り言』に、帰ってくる言葉は無い。

特に気にするでもなく、冴香は続ける。

 

「今はコレが彼の限界だろうね。気持ちは判るけど、大目に見てあげなよ。『昔』と比べりゃ、大きな進歩だ」

 

兎も角、犀は投げられた。今夜を機に、世界は大きく動き出す。

 

「大丈夫、彼は負けないよ。でも、彼だけじゃきつくなる事だってある。きっとね」

「だからその時は、彼の力になって欲しい。多分、その時に彼の傍にいるのは、私じゃなくて『君達』だ」

 

壁から背を離し、最後にこう締めくくる。

 

「彼は君達の為なら何でもするだろう。でもそれと同じ位に、彼の為なら何でも出来るんだって、教えてあげな」

 

んじゃ、頑張ってねーと呟き、その場を後にする冴香。

一連の独白を『誰が』聞いていたのか……それは冴香にすら判らない。




この文章量を此処まで一気に書けたのは久しぶりかもしれません。
こういう『陰謀系』とかを書くのに私の思考が向いてるんでしょうか?

次回は久しぶりのコミカルで行こうと思います。テーマは、『酒は飲んでも飲まれるな』で。お楽しみに。

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