実は前作の冒頭に回想シーンを載せる予定だったんですが、内容が無駄に長くなったのでこうなりました。
では、どうぞ。
―――それは誰よりも優しい、こわれた死神の物語。
ある日、死神は一人の少女と出会った。
彼女は、『私は貴方に救われた』と言った。
いつしか死神は彼女に惹かれ、やがて二人は恋に落ちた。
しかし、少女は重い病に侵されており、二人が永く共に居る事は不可能だった。
死神が只々願ったのは、愛した少女の幸せだった。
少女が只々望んだのは、優しい死神が、これ以上何も背負わずに生きることだった。
いよいよ死が近づいた少女は、自身の友であり、姉のようでもある存在に、死神を託すことにした。
どうか、私の代わりに、どうか、愛を伝えて、と。
どうか、私の代わりに、どうか、あの人と生きて、と。
【……それが、君の最後の頼みってわけ?】
『……はい、お願い、出来るでしょうか』
【うん、嫌だね!】
『……理由をお聞きしても?』
【嫌に決まってるじゃないかそんな役。【思い出】と比べられて生きるなんて、冗談じゃない】
『……そう、ですか』
【ていうかさ、彼の事が好きなんでしょ?何で傍に居たいって言わないのさ】
『ですが、私の時間はもう』
【言葉選んで逃げんなよ】
『……え?』
【結局は彼に拒絶されるのが怖くて、彼と向き合う事から逃げてるじゃないか】
『でも、私は……!』
【大体さ、私が[君の代わりに]愛を伝えたとしてだ、君は愛を伝えない、そうだろう?】
『……はい』
【って事はさ、君が彼を愛したって事を、彼は知らないまま生きることになる。それでも良いのかい?】
『……けないじゃないですか』
【なに?】
『良い訳ないじゃないですか!』
【……】
『私だって、あの人に想いを伝えたい!あの人の傍に居たい!あの人と一緒に生きたい!でも、駄目なの……!』
『……私は直に死ぬ。あの人を遺して。そうしたら、あの人は【また】独りになってしまう』
『あの人は誰よりも優しいのに、誰よりも辛い物を背負ってる』
『私は……もうこれ以上、あの人に何も背負わせたくないの……!』
【やっと言ってくれたね、君の本音】
『……え?』
【ホント昔っから君は遠慮しいだったからね。周りに気を遣って、私に気を遣って、彼にすら気を遣って】
『姉さん……』
【でも最後くらいはさ、我侭になっても、バチあたらないよ?】
『でも……』
【そもそもさぁ、君、彼の事舐め過ぎ。あ、いや、エロい意味じゃなくてね】
『……今ので色々台無しです』
【まぁ聞きなって。確かに彼は色々な業を背負ってる。それこそ、常人なら軽く2~3回は発狂するレベルでね】
『……なら【でもさ】』
【それでも、彼はこうして壊れないでいる。まぁ厳密に言うと、もっと早い段階で一度壊れてるんだけどね。兎も角】
『……兎も角?』
【彼は、誰よりも強い。それこそ、今までの業を全部背負って、それでも二本の足で立てる位にね。だからさ】
【新しく[愛した女と生きた思い出]を背負ったところで、今更なんともないだろうさ】
『……良いんでしょうか』
【何が?】
『私が、我侭を言って良いんでしょうか』
【まだ言うかこの遠慮しいは……良いに決まってるじゃないか】
『姉さん……』
【それにしても……】
『え?』
【いや、[彼に拒絶される]って可能性は浮かばないんだなぁって】
『……へ?』
【愛した女……てのも普通に受け入れてるし。もう良いから早よくっつけやこのリア充共め】
『ちょ……姉さん!?』
【そういえばさっきの[エロい意味で舐める]ってのも反応してたし……おぼこな振りして色々知ってんだね】
『あ、アレは姉さんが……!』
【そうだね、インドアだから本で色々とお勉強してたんだね、このむっつりさんめ!】
『う、うぅ~~……からかわないで下さいよぅ』
【ま、甘えてきなよ、彼に。……まぁ、彼と君を惹き合わせたのは私だし、後のフォローはするからさ】
『姉さん……』
【しっかし、然る国が必死こいて斃そうとした【伝説の死神】を、自分だけの物に出来る人が現れるなんてねぇ。あ、今の表現もなんかエロいね!】
『……もう良いです』
【あはは……さぁ、行って来な。愛しい愛しい死神さんの所へ】
『……はい、行って来ます』
【あ、そうそう、大事なことを言い忘れてた】
『……大事なこと?何でしょう』
【うーん、敢えて言うなら……戦線布告?】
『……ほぅ』
【私もさ、彼の事を大切に思ってるんだ。まぁ、今回は選ばれなかったけどね】
『……それで?』
【だからさ、後のことは任せなよ。君がどれ程、彼を【君だけの物】にしたとしてもさ、私が絶対に彼を【取り戻して】見せるから】
『……どこが、とは言いませんが、年下の私より小さい癖に何を言ってるんです?』
【まだ伸び代はあるよ!牛乳だって毎日飲んでるし!】
『アレって俗説らしいですよ?私はあまり飲みませんが、この通りですし』
【何……だと……!?】
『最近また大きくなったみたいで、うつ伏せで寝ると胸が苦しいんですよね』
【よーしわかった喧嘩売ってんな!?言い値で買うぞコラァ!!】
『喧嘩なんて売ってませんよ。ただ事実を述べただけです』
【うんそうだねだから余計に心に刺さるんだよ畜生め!】
『……ふふ、先ほどのお返しです』
【うぅ……いいもん。揉まれれば大きくなるもん。彼に育ててもらうもん】
『サラリと問題発言しないで頂けますか?』
【あっ……!もしかして、ソレも彼が!?】
『違います!まだ触らせて……ハッ!?』
【馬鹿め、墓穴を掘ったな!良いさ、行くが良いさ!そして毎晩揉みしだかれるが良いさ!】
『ま、毎晩ですか……!?』
【……いや、言っといてナンだけど、どうだろう。彼そういうの淡白そうだし】
『……そうですね。まぁ、でないと私が持たないんですけど』
【……ついに開き直ったねぇ】
『もう、姉さんの前で取り繕っても無様なだけですから』
【あっそ。……その切り替えの早さ、一体誰に似たのやら】
『少なくとも、性格的に一番近いのは姉さんですよ?』
【あぁ、知ってる。自覚してる。……全く、血は繋がって無いってのにさぁ】
『本当に、不思議なものです』
【あぁ、全くだ。さて―――幸せになっといで】
『はい、幸せになってきます』
それは、知る人の殆ど居ない物語。
死神が願うは、【愛した少女に幸せを】
少女が望むは、【愛した死神と生きること】
この世において、愛だけが総てである筈が無く。
それでも、只一途に幸せに生きよと、只一途に共に生きたいと願った。
その幸せのために、その身を斬るも厭わずに。
儚く散るのみの生を抱え。
手にする幸せの脆さも理解して。
誰にでなく、愛を叫んだ。
総ては、愛しきの為に。
程なくして、少女は誰よりも愛しい死神の腕の中で、その生を終わらせることとなる。
そして死神の腕からは愛しさが失せ、その心に小さく深い傷と、小さな温もりが残った。
『後は頼みますよ?―――冴香姉さん』
【うん、任せといて】
―――それは誰よりも優しい、こわれた死神を愛した少女『達』の物語。
―――そう、任されちゃったんだよねぇ。君のコト。
何度目かの剣戟の後、弾かれた様に、互いに一度距離を取る。
深呼吸をしつつ前を見る。相手は大して息が上がっていなかった。
『……ったく、ちょとは息切れとかしろっつーの』
自分以上に余裕を残したその様子に、内心で悪態を一つ。
まぁ、向こうが欠片も本気を出していないのは、当の昔に気付いている訳で。
ハッキリ言って『遊ばれている』のだ。
速さも、重さも、気迫すらも。何もかもが彼が『その気じゃない』と語っている。
彼の考えも理解できなくもない。
自分でも、かなり強引な誘い方だったなぁと思う。
ある意味、この決闘は『通過儀礼』の様な物なのだ。
一応、彼の『牙』がどれ程の物なのかを肌で感じて、これから起こるであろう『事案』に備える為に。
元々、勝敗に拘っていた訳でもないし。と言うか、勝てる気がしないし。
其れこそ、適当にやり合って『へへ……やっぱ強いね、キミ』『あぁ、お前こそな』的な遣り取りをして、丸く治めれば良いのだ。
後はもう、互いの健闘を称えつつ、食事の席を設けたりして。
そんで思い出話に花を咲かせて、お酒も入ったりなんかして。
そのまま雰囲気的にちょっと大人な展開もアリなんじゃないかな……って、予定だったんだけどねぇ。
改めて、目の前に立つ彼を見る。
特に構える訳でもなく、何も気負っていない。あえて言うなら、少しダルそうだ。
―――そう、明らかに『入ってない』と思えるその様子。
俯いて深呼吸をする素振りを見せつつ、顔ごと目線を下げた。
勝負事の最中に相手から目を逸らす等本来は危険だが、『今の』彼なら問題ない。
何よりこのまま彼を見ていたら、不愉快で歪んだ顔を彼に見られてしまう。
『分かっちゃいたけど、やっぱり面白くないなぁ』
内心で舌打ちをしつつ、疲労とは別の理由で荒くなりそうな息を深呼吸で落ち着ける。
もうちょっと、彼が勝負乗ってくれればまだ良かった。
いや、勝負を受けないと言う選択肢があった事も加味すると、此処まででも上々と言えるのは分かっている。
でも、まだ足りない。私は欲張りだから。
折角二人っきりの勝負なのに。折角ギャラリーを置いてきぼりに出来てるのに。
―――彼はまだ、私と向き合ってくれてない。私を見てない。
―――それはつまり、私が彼を『取り戻せてない』って事。
―――それはつまり、未だに『あの子』が彼の『真ん中に居座っている』って事。
『面白く、ないなぁ』
腰に手を当てつつ、大きく深呼吸。表に出そうになった舌打ちを誤魔化す。
『自分でも言ってたのにね。【思い出と戦っても勝ち目はない】ってさ』
自身の心情を自覚して自嘲するが、自分は誤魔化せない。自分は偽れない。
『大体、タカ君だってタカ君だよ!』
取り敢えず、『過去の思い出』から『今の彼』に矛先を向ける。
先程の遣り取りだってそうだ。
『私とあんなことやこんなことが出来る権利』を罰ゲームとは何事か。ソコはご褒美でしょうが。
それに『お前見た目【は】良いからな』って、明らかに【は】の部分を強調してたし。
……そういえば、久しぶりの再会だってのに第一声が『そこまでだこの変態女』ってどうなのか。
っていうか何で私が『元婚約者』ってなった時に嫌そうな顔したのさ。
私が摩耶にメキィされてた時も助けてくんなかったし。
そうかと思えば『俺が今まで逢って来た中で一番の美人だ』とか言ってからかってくるし。
なんだこれ、私が一人で空回りしてるみたいじゃないか。
―――あ、段々本気で腹が立ってきた。どうしよう。
―――そうだ、予定を変更しよう、そうしよう。
ちらり、と古賀に目を向けるが、彼は気付かない。
まぁ良い。彼には後で謝ろう。
『其れも此れも、私をこんな気分にさせるタカ君が悪い』
そんな理論を頭の中で組み立てつつ、彼を『本気』にさせる文言を編む。
恐らく彼は結構な確率で怒るだろうが、知った事か。
こっちだってこんだけ腹が立っているのだ。彼にも付き合ってもらおう。
そんな結論に到りつつ、出来るだけ『心底つまらなそうに』言い放つ。
「ねぇ、何時まで人の皮被ってる心算なの?……『伝説の死神』君?」
「……どういう意味だ?」
それまでダルそうにしていた彼の空気が少し変わる。挑発は上々。
其処で少々ギャラリーに目を向けると、多くが『伝説の死神』発言に動揺していた。
古賀さんが普通なのは良い。
ウチの摩耶や雪風の動揺が少なかったのも判る。彼女達には此処に来る前に一通り説明している。
しかし、大和や武蔵は兎も角、扶桑達まで動揺してるってのはどういう事か。
答えは簡単。『彼が彼女達に話していないから』だ。
「言葉通りの意味だよ?伝説の死神君。あ、『千人殺しの鬼人』とか『死神シキ』って呼んだほうが良かったかな?」
彼の『昔』の異名をつらつらと上げる。
しかし、やはりと言うかなんと言うか、彼は自身の艦隊の面々に過去を話していなかった様だ。
彼を形作る物の中でも最重要だと言える『過去』なのに。
自分の中で、彼を『怒らせる理由』が一つ増える。
「……どれももう捨てた名だ」
「だからもう関係ないって?馬鹿言うなよ。いくら名前を捨てたってさ、やってきた事は捨てられない。捨てちゃいけない」
「……背負ってきた『業』を降ろすつもりはない」
「見せない業は見えない業。見えない業なんて周りから見れば無いのと一緒じゃないか」
そう、扶桑達は彼がそんな『業』を背負っているとは知らなかった。知らせていなかった。
あんなにも、彼の事を慕っているというのに。
彼はそれに応えようともしていない。
「……俺の過去は俺だけの物だ。あいつ等が背負う事はない」
「……だから、そういう態度が気に食わねぇって言ってんだよ、私は」
誰よりも深い『憂い』を抱えている癖に。
『独り』になる恐怖を、誰よりも知っている癖に。
それでも独りで生きようとしてる、誰も隣に立たせずに。
もう、誰も傷付けたく無いから?
いつか、総て失う事を知っているから?
そうやって、最後まで独りでいると言うのか。
最初から独りぼっちだったのに。
君が『其処』を後にして、最後に誰も居なくなるその時まで?
そんなの―――絶対に間違ってる。
「ったく、変なトコで気ぃ使いなのは一緒なんだよなぁ……あ、もしかしてさ」
其処まで言って、今日一番の速さで彼に斬りかかる。
流石に不意をつかれたのか、彼の反応が遅れる。
それでも冴香の一撃を受け止めたのは流石と言ったところか。
しかし、彼女の『口撃』は終わらない。
鍔迫り合いで密着したまま、冴香は彼の『逆鱗』を口にした。
「そうやって独りで生きてくのが『あの子』への罪滅ぼしだ、とか思ってない?」
そう囁いた、次の瞬間。
「(ゾワッ)!!!」
凄まじい悪寒が冴香を襲い、咄嗟に後ろに距離を取る。
一気に数m程飛び退いて、改めて彼に目を向ける、と―――
目前まで木刀が迫っていた。
「っ!!」
何とか首を捻って躱す。が、頭防具に掠り固定器具を吹き飛ばされた。そのまま木刀は『ゴスッ!』と鈍い音を立てて後方の壁に突き刺さる。
自身を襲っていた脅威が去ったところで、今更ながら体中に冷たい汗が噴き出した。
「……っ!はぁっ、はぁ……!」
荒く息を吐きながら、動悸を抑える。
『い……今のは本気でヤバかった……!』
日々積み重ねてきた鍛錬を思い出し、鍛えた反射神経に感謝する。
今の木刀は、寸分違わずに冴香の『利き目』を狙っていた。
改めて防具に手をやる。留め金が見事に壊れていた。
もし今のを避けれなかったら、防具など何の意味もなく、木刀が彼女の頭を貫いていただろう。失明で済む問題ではない。
『いや、確かに怒らせようとは思ったけどさ、流石に今のはビビったよ……!』
因みに、今のですら若干の手心が加えられている事に、冴香は気付いていた。
一番反応しやすい利き目を狙い、少し首を捻れば躱せる軌道。
木刀を投げつけるタイミングも、冴香がギリギリ躱せるタイミングだった。
本当に『当てよう』と思えば、もっと避けにくい場所に避けにくいタイミングで出来たというのに。
つまり、今のは牽制、と言うか、『悪ふざけ』が過ぎた冴香に対しての非難だ。
ギャラリーも、一連の遣り取りに唖然としていた。
ふと自身の艦隊を見ると、雪風が顔を真っ青にしながら震えていた。
『あ、やっべ、やりすぎた』
今更ながら、ギャラリーが居たことを思い出す。まずい、雪風がガチで泣きそうだ。
どうしようこの空気、と思ったその時、木刀を投付けた張本人が漸く口を開いた。
「……冴香」
「……何?」
「流石に今のはお前が相手でも言葉が過ぎてる」
「うん、判っててやった」
「……そんなに俺を怒らせたいのか?」
「半分はそう。でも、半分は君のせいだよ」
「どういう事だ?」
首を傾げる神林に、引いていた不機嫌が再び湧くのを感じた。
「……あのさぁ、本気で言ってる?」
「何だと?」
「あ、やっぱ判ってなかったんだ。ま、いいや、直で言おう」
「……なんだ」
そこまで言って、冴香は自身の持っている木刀を神林に突きつける。
「私との勝負の最中に、『他の女』の事考えてるってのはどうなのさ」
「……」
「気付かないと思った?とっくに気付いてたよ」
留め具が吹き飛んでグラつく防具を空いた手で外し、真っ直ぐに神林を見据える。ぱさり、と纏めていた髪が広がった。
「少なくとも、此処に居る誰よりも君を見てきたつもりだよ、私は。だから判っちゃうのさ」
「…………」
「……ねぇ、キミは今、『誰』の前に『立って』いるんだい?」
「…………」
「……漸く、私を真っ直ぐに見てくれたね」
「冴香、俺は……」
「それも判ってるよ。まぁ正攻法じゃないと思ってたけどさ、こうでもしないと―――」
―――あの子から、君を『取り戻せない』んだよ。
「……」
「さて、改めて仕切り直しと行こうか。君の得物を……「提督!」ん?」
突如聞こえてきた声に、目を向ける。そこに居たのは『五月雨』だ。
「五月雨、今までどこに行ってたんだい?」
「えっと、提督にコレを探してきてくれって言われてて……」
響の問いに、両手に抱えていた物を見せる。
「それは……木刀?二本あるね」
「あぁ、通常の物よりも短く切り詰めた、な」
首を傾げる冴香に、神林が応える。
「……随分遅かったな、五月雨」
「え、えっと、ごめんなさい、ちょっと探すのに手間取ってました……」
そう行って神林の下へ駆け寄る五月雨。
……さて、以前言った事があるかもしれないが、この『五月雨』と言う駆逐艦、何事にも一生懸命なのだが、どうもその思いが空回りするきらいがある。
―――まぁ、要するにドジっ子の典型なのだ。
「ズルッ へぶし!」
案の定、足を躓かせて盛大にすっ転び、手に持った木刀を神林達の方向へ放り投げる五月雨。
「あぶなっ!」
「やれやれ……」
冴香は咄嗟に木刀を避け、神林は軽く飛び上がって、パシパシ、と空中で木刀を受け取った。
「うわ、器用だな」
「慣れだな。……さて冴香、お前に幾つか言っておく事がある」
「何?」
「まず一つ、俺の修めた『神城式斬術』は、基本的に複数の刃物を一度に使う……まぁ、早い話が二刀流だ」
「え、そうなの?」
「ついでに言うと、俺が得意なのは長刀よりもナイフ……だからこっちの方が使いやすい」
そういって、手元の木刀をクルクルを玩びながら感触を確かめている。
「……じゃぁ何で最初からそうしなかったのさ」
「しようと思ったさ。だから五月雨に頼んでいた……まぁ間に合わなかったがな」
「うぅ……ごめんなさい、提督」
「じ、じゃぁ何でもっと早くに言わなかったのさ!待っててあげたのに!」
「『早く決闘を始めたい』といってウズウズしていたのは何処のどいつだ」
「う」
神林の言葉に、言葉に詰まる冴香。
何のことは無い。最初から、神林は『本気を出せる状況』ではなかったのだ。
『……って、何だよもう……!結局私の独り相撲じゃないか……!』
先程まで感じていた怒りの殆どが『自業自得』であった事を自覚し、顔を赤らめる冴香。結構真面目な事を考えていたのだが。
「それともう一つ。……お前の怒りは尤もだ。誠意が足りなかった」
「タカ君……」
そういって、軽く頭を下げる神林。
彼は彼で、思うところがあったのだろう。
「……もういいよ。私も言い過ぎたし」
紅くなった顔を抑えつつ、冴香が応える。気分を切り替えるように、顔をぱしん、と叩いた。
「うしっ!仕切り直しだ!」
「あぁ、最後にもう一つ」
「ってまだなんかあんの?一体な……に?」
神林の言葉に応えつつ彼の方を見る。自然と、言葉が止まった。
神林の纏う空気が、変わっていた。
「先程お前は、『罪滅ぼし』だと言ったな?」
「……うん、言ったね」
「贖罪なんてものは遺された者の自己満足だ。そもそも、償える様な物は罪とは言わない。……少なくとも、俺はそう思っている」
「あの子の事を言ってるんだとしたら、君の思い違いだよ。アレは只の結果論だ」
「結果だろうが過程だろうが、アイツの未来の選択肢を俺は奪った。それは変えようの無い事実だ」
「……頑固モン」
「あぁ、よく言われる」
「……そうやって、全部背負って生きてくんだね」
「そうだな……後悔は腐るほど在るが、それを背負って生きるのが『人生』と言うらしい」
「キミの場合背負い過ぎなんだよ……」
「あぁ、それもよく言われる。……さて、俺からはこの位だな」
「お、漸くヤル気になった?」
「字面を考えろ。さっきまでのやり取りはどうした」
「私は過去に縛られない女なのさ。君と違ってね」
「そうか……では、そんなお前の『誠意』に応えるとしよう」
そういって、右手は順手に、左手は逆手に木刀を構える。
そんな神林の様子に、冴香は小さく震える。勿論、武者震いだ。
彼の構え、彼の目、そして彼が放つ気迫。
それらの全てが物語る。これが、かつて『伝説の死神』と呼ばれた男の『本気』なのだと。
「……本気で行くから、死ぬ気で避けろよ?半端な覚悟で来るんなら、大怪我どころじゃ済まないからな」
彼がそう言って笑う。滅多に見せる事のない、好戦的な、獰猛な笑み。
それを見た冴香は踊るようにクルリと回り、刀を構える。
そして誰もが見惚れる様な笑顔で、こう言った。
「Shall we dance……Darling?」
それを聞いた神林は小さく笑い、応える代りに一歩踏み込んだ。
書いててふと思う。『やばい、今回艦娘の出番ほぼねぇや』と。
でも、如何にかして『神林を慕っている艦娘達が彼の過去(の一端)を知る』機会を作りたくて。こんな形になりました。
今回の話は後の伏線にする心算なので、ご了承ください。
最後の英語は適当です。雰囲気が伝われば良いんです。
あ、『Darling』って『最愛の人』って意味らしいですよ!
短い木刀の件の捕捉。
元々、脇差サイズの竹刀も二刀流も(マイナーながら)剣道に実在すると聞き、『なら短い木刀もアリなんじゃね』と。
で、恐らく器具庫の隅とかに置いてあるんじゃないか→よし、艦娘に取りに行かせよう、となりました。
因みに、初期の案では
『冴香の言葉にマジ切れした神林が、天龍辺りの剣を借りて木刀を使い易い長さにぶった切る』予定でした。
しかし、想像以上に殺伐とした雰囲気の文章になったのと、
『いや、鎮守府の備品壊しちゃダメでしょ。ていうか私はそんな『殺し愛』がしたいわけじゃないよ!』
という声が脳内に響きまして、こんな流れになりました。
あ、『マジ切れ神林』も何時かは登場させるつもりです。
次回はいよいよ死神さんの本気です。お楽しみに。