天龍田姉妹のお話。
気を失った天龍が次に目を覚ましたのはドックの中であった。
「ココは…」
「目は覚めた?天龍ちゃん」
声の聞こえるほうに視線を向ける。そこには姉妹艦の龍田がいた。
「気分はどう?」
「いいわけねぇだろ…」
「うん、大丈夫そうね~」
天龍が不貞腐れたように呟くと、龍田は笑顔で頷いた。
だから大丈夫じゃねぇよ、と天龍は言おうとしたが、龍田の顔を見て言葉を飲み込んだ。
…うん、まぁ、それはもう怒ってらっしゃいますよね。
だって笑顔が怖いもの。満面の笑みなのに目だけは笑ってないんだもの。
誰だよ龍田を此処まで怒らせたのは…俺ですね。ハイ、スミマセン。
「…なにか他に言う事は?」
「…悪かったよ。心配掛けた。ごめん」
今回は流石に自分に非があったので素直に謝った。
すると龍田は、天龍の頭に手を伸ばし、頭を撫でる―――
「えーい」
―――ベチィ!!
「ぐお!?」
と見せかけて渾身のでこピンを放った。
余りの激痛に天龍は暫く額に手を当てたまま身悶える。
「いきなりなにすんだ!」
「なにって、お仕置きよ。悪い事したんだから~」
涙目で抗議するが龍田は涼しい顔でそう応える。
というか今私の額から血とか煙とか出てないか?戦艦の主砲より痛かった気がする。
「だからって他にもあんだろ!反省文とか!奉仕活動とか!」
「あら、天龍ちゃんはこっちのほうが良かった~?」
そういってガチャガチャと音を立てて取り出したのは龍田がいつも愛用している薙刀状の武器ではないか。
「いや駄目だろ!大怪我するだろ!」
「大丈夫よ~。ちゃんとコッチを使うから」
龍田は相変わらずの笑顔で武器の石突の部分を指差す。
「それのドコが大丈夫なんだよ!」
「ちゃんと潤滑剤も使うから」
「俺何されるの!?」
「何される…と聞かれると、ナニするって言いたくなるわね~」
「言わなくて良いよ!てか言っちゃったよ!」
「さきっぽだけだから~」
「龍田さんちょっと一回落ち着こうか!」
「提督にはちゃんと許可を取ってあるわ~」
「嘘をつくな!嘘を!」
もし本当に許可が出ているのであれば、これからの身の振り方を考える必要がある。
「と、まぁ冗談はこのくらいにしておいて。頭は冷えた?」
「…あぁ、お陰様でな」
変な話のお陰で天龍の頭(とついでに肝)はしっかり冷えていた。というか本当に冗談なんだろうな、色々と。
「…心配した」
龍田は俯きながら呟く。先程の空気が嘘のようだ。
「…悪かった」
「中破一歩手前だったんだから」
「…だから悪かったって」
「それで出撃してたら危険だったのよ?」
「…わかってるよ」
「わかってない!」
ドックに龍田の叫びが木霊した。龍田は俯いたまま、天龍の手に自身の手を重ねる。良く見るまでもなく、その手は小さく震えていた。
「…たった二人だけの姉妹なのよ?」
「…うん」
「二人で助け合いながら生きてかなきゃ駄目なのよ?」
「…うん」
龍田の声は幼子のようにか細くて、天龍の心に刺さる。
二人は普段、第二艦隊に所属している。だが、前回の戦闘で龍田が被弾・中破し、先日から入渠していた。
そのため、第三艦隊の駆逐艦達を天龍が率いて遠征を行なうことになったのだ。
『天龍が被弾した』という知らせを聞いて、龍田は心の中で自分を責めた。
何故なら、自分が入渠しなければ天龍は第三艦隊に入ることはなかった。いや、入ったとしても自分も居た筈だ。
天龍が帰還した時は心から安堵した。
損害は小さい、という報告は聞いていた。しかし、龍田は恐ろしくて堪らなかったのだ。
ところが肝心の天龍は、修理もそこそこに出撃すると言い出した。
龍田は天龍を止めたが、彼女は聞く耳を持たなかった。
残党が残っているかも知れないという天龍の主張もわからないこともなかった。
最近、提督が影で『臆病者』と嗤われていることを知り、天龍が前にも増して好戦的になっていたのも知っていた。
だがそれは龍田にとって重要な事ではない。天龍が無事でなければ意味がないのだ。
提督が天龍に入渠を命令した時、心底ほっとした。
天龍が提督に殴り掛かったときは血の気が引いた。
あの時天龍が叫んだ言葉が、龍田の耳に纏わり付いて離れない。
―――『死ぬまで戦わせろ!』
「…お願いだから、私を一人にしないで」
重ねられた手に雫が落ちる。
「天龍ちゃんが居なくなったら、私は誰の隣に立てばいいの…!」
龍田を抱き寄せて、頭を撫でる。
「ごめん。悪かった。もうしないから」
天龍の謝罪と頭を撫でる手は、龍田が泣き止むまで続けられた。
「落ち着いたか?」
天龍の言葉に、赤い目をした龍田が頷く。
「うん、ごめんね、天龍ちゃん」
「いや、悪かったのは俺だ。これからは気をつける」
「…暫くは謹慎なんだからね?」
「…わかったよ。大人しくしてる」
「ちゃんと提督にも謝るのよ?」
「…入渠が終わったらな」
渋々頷く天龍をみて龍田が小さく笑ったとき、外から声が聞こえた。
「あの…天龍さん起きました?」
そこに立っていたのは暁型駆逐艦の『電』だ。
天龍が目を覚ましているのを確認して、とてとてと駆け寄ってくる。
「天龍さんの装備を整備の人に渡してきたのです」
「おう、サンキューな」
「ちょっと時間が掛かるとのことなので、入渠が終わったら取りにこいとのことなのです」
「あー、まぁ仕方ねぇな。わかった」
「えっと、あと、その…」
「ん?まだなんかあんのか?」
首を傾げる天龍を前に、電は頭を下げる。
「お、おい…」
「ごめんなさいなのです。天龍さん」
「へ?」
はて、自分が電に謝罪をうける理由があったか、と記憶をめぐらせ、そういえばコイツを庇って被弾したんだっけと思い出した。
「私のせいで天龍さんが怪我を…それに提督とだt」
「てい」
「ひゃぅ!?」
ごちん、と電の頭に拳骨を落とす。
突然の衝撃に、電は頭を押さえながら目を白黒させている。
「不合格だ」
「え?」
「お前は俺に助けられたんだ。なら、謝る前にまず言う事があるんじゃねぇのか?」
「あ…」
そう言われて、電は改めて天龍に頭を下げる。
「助けてくれてありがとうなのです。天龍さん」
「うし、合格だ」
そういって、天龍は電の頭をがしがしと撫でる。
「それと、確かに俺はお前を庇ったが、被弾したのは俺のミスだ」
何かを言おうとした電を手で制し、続ける。
「で、そっから起こった事も全部俺の責任だ。お前までそれを背負う事はねぇよ」
「で、でも…」
「つぅか…良く見たらお前も被弾してんじゃねぇか!」
「へ?は、はい!」
実は電も先程の戦闘で被弾していたのだ。損傷は小破手前、といったところか。
「しかもまだ補給もしてねぇだろ…そんなんでウロウロしてたらお前も提督に投げられるぞ?」
「はわわ!?それは困るのです!」
「わかったらさっさと補給済ませて入渠しろ!敵はまだウヨウヨ居るんだからな!」
「は、はい!では早速、補給にいってくるのです!」
天龍に向かって敬礼すると、そのままパタパタと補給庫に向かっていった。
「ふう…って、なに笑ってんだよ龍田」
「いやぁ、学校の先生みたいだな~と思って」
意外と保育士とか先生とか向いてるんじゃなかろうか。
「…からかうな。ガラじゃねぇよ」
今になって恥ずかしくなったのか、頬を掻きながらそっぽを向く。
「ふふふ、じゃあそろそろ行くわね」
「おう。色々とありがとな」
「ううん、天龍ちゃんの為だもの…あ、」
「どうした?」
「提督からの伝言があったんだったわ」
「…提督から?」
「えぇ、『電を守った事に免じて、今回は大目に見てやる。さっさと入渠して、謹慎明け次第、艦隊に復帰しろ』だそうよ」
微妙に声色を変えて龍田が提督の伝言を伝える。
「…今の提督のマネか?」
「あれ、似てなかった?」
本人には割と会心の出来だったらしい。リアクションが難しい。
「そんならさっさとバケツ寄越せよ…」
取り敢えず高速修復剤を求めることで話を逸らした。
「だ~め、これも謹慎の一部なんだから」
「げ、マジかよ……しょうがねぇな」
「ふふ、それじゃあね」
ドックを後にした龍田はそのまま第三艦隊の待機室に向かう。
天龍の後任として、龍田が艦隊の指揮をとることになったのだ。
天龍も謹慎が明け次第、第三艦隊に復帰する。つまり、また二人で戦えるのだ。
提督曰く、『アイツ一人に任せるとまた無茶をしかねんからお前がブレーキ役になれ』とのこと。
「仕方ないわよね~。無鉄砲な姉を持つと苦労するわ~」
口では愚痴っているものの、龍田の表情は明るい。
「さぁて、いくわよ~。死にたい船はどこかしら~♪」
天龍と共に戦う未来に想いを馳せて、龍田は一人呟くのであった。
なんというか、龍田はコンプレックスを抱きつつも依存してしまうタイプな感じ。
自覚はしていそうなので暴走はしないと思いますが。
天龍田はウチの古株です。二人ともしっかり改造して第三艦隊の二枚看板やってます。
もうちょっと続きます。次回は提督サイド。
テーマは『秘書艦の貫禄』です。