鎮守府の日常   作:弥識

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臆病者の意地:1

○舞鶴鎮守府・提督執務室

 

「ふぅ、こんなものですかね」

 

『扶桑型1番艦』、航空戦艦『扶桑改』は、前日までに艦隊が行った『出撃』及び『遠征』の報告書を整理していた。

因みに彼女の上司である提督は、現在は鎮守府司令部に会議で出席しており、朝から姿は見えない。

 

『いつも慌しく活動してますから、こうやって静かに作業するのもたまには良いですね』

 

第一艦隊の旗艦であり、提督の秘書艦でもある扶桑は、常に最前線で活動している。

先日の戦闘で、現在進撃中の『南西諸島海域』の攻略に目処が立った。

今回の提督の出頭はその報告と次の目標である『北方海域』の攻略に向けての会議でもある。

 

提督不在では大掛かりな『出撃』も出来ず、第一艦隊である彼女は『遠征』も出来ない。

 

そんな訳で、扶桑は一人執務室で事務作業をしているのだ。

 

因みに、彼女のトレードマークでもある背中の大型砲は外されている。

扶桑も最初は背中がスースーするので抵抗があったが、最近は割と慣れてきたと思う。

 

外した理由は多々あるが、

・出撃中はともかく、鎮守府内では何かしらに背中のアレが引っかかる。

・威圧感が半端ないので、新入りの艦娘を無駄に怖がらせる。

・秘書艦なのに提督執務室に入りにくい。

 

辺りが主な所である。

 

一つ目の理由はまぁ仕方ない。自分でもこの設計はどうかなと思う。

ただ引っかかるだけならまだしも、周りのものを不必要に壊しそうで気が引けた。

因みに思い切り振り返るとちょっとしたラリアットを食らわすことも可能だ。いや、やりませんけども。

せめて金剛型くらいまでコンパクトに出来ればまだ良かったのだが。

 

二つ目の理由は複雑だ。確かあれは『朝潮型』の…なんとか潮ちゃんだったか。いや、『睦月型』のかんとか月ちゃんだったか?

何しろ彼女達は小柄だから、親愛の意も込めて笑顔で屈んでみたのだが、丁度砲塔が彼女を囲うようになってしまい。

『ひゃい!』とかいう可愛らしい悲鳴と共に、無駄に怖がらせてしまった。

後日この様子を見ていた天龍型軽巡艦『龍田』に、「背中に『ゴゴゴゴ』って擬音が見えたわねぇ」だの「笑顔が逆に怖かったわぁ」だの言われた。

怖がられた事もそうだが、出撃の度に何かしらの危険発言をする龍田にそう言われたのが地味に傷付いた。

 

三つ目は…まぁそんなわけで。

秘書艦に抜擢された際に『入り口を観音開きの大扉にしてくれ』と頼んだが、『壁一面を扉にする気か』と却下された。

しかしだからといって、秘書艦を誰かと交代する気はありません(断言)。

因みに先日新しく建造された姉妹艦の『山城』も配備早々、同様の措置が取られた。

『不幸だわ…』と盛大に拗ねる山城を宥めるのが大変だった…気持ちは解らなくはないが。

 

 

 

さて、溜まっていた報告書類の整理もほぼ終わり、後は提督を待つばかりである。

…折角なので秘書艦らしくコーヒー辺りを用意しておくのもアリだろうか。

ここらで所謂『デキる女』を魅せるのも良いかな…と思った辺りで、外が急に騒がしくなって来た。

 

 

「…?何の騒ぎかしら?」

 

提督が戻ってきた…にしては妙に喧騒が聞こえてくるような。

様子を見てこようか、と思った辺りで、執務室に暁型駆逐艦『電』が飛び込んできた。

 

「提督大変なのです!…って、あれ、提督はいないですか?」

 

執務室に入るや否や、周りをキョロキョロしている電に扶桑は応える。

 

「提督は会議中、此処には居ないわ。何かあったの?」

「えっと、その、大変なのです!天龍さんが!」

「解ったから落ち着きなさい。天龍がどうしたの?」

 

随分慌てた様子の電を落ち着かせつつ、扶桑は状況把握に努める。

確か、天龍率いる第3艦隊は『タンカー護衛任務』で南西諸島海域まで遠征に行っていたはずだ。

時刻を見る限りもう戻ってきているだろう。というか、目の前に居る電も件の第3艦隊ではなかったか。

 

「とにかく来てください!行きながら説明しますから!」

「あ、ちょ、ちょっと!?」

 

電に手を引かれ、扶桑は執務室を飛び出した。

 

 

電の説明によると、遠征からの帰還中、はぐれの深海棲艦部隊と鉢合わせてしまった。

幸い敵艦隊は駆逐艦3隻程度の規模だった為、撃退する事は出来たのだが、撃沈寸前に2隻が電に向けて魚雷を発射。

それを咄嗟に天龍が庇い、被弾したというのだ。

 

「それで天龍の容態は?」

「損傷自体はそこまで酷くはないんですが…」

 

電の言葉にまずは一安心する扶桑。自分達は不死ではないのだ。沈まなければ安い。

しかしそれならば大人しく入渠すればよい話。この騒ぎは一体…

 

そうこうするうちに、騒ぎの中心が見えてきた。

 

 

「だーかーら、大丈夫だって言ってるだろ、心配性なんだよ龍田は」

「でも天龍ちゃん…」

 

口論をしているのは、件の『天龍』とその姉妹艦『龍田』だ。

因みに龍田は第二艦隊所属で、良くみれば彼女達の周りには第二・第三艦隊の面々もいた。

 

先程のやり取りで、扶桑は大体の事情を察していた。

早い話、天龍が入渠、つまり戦線離脱を渋っているのだ。

 

以前から天龍は戦線を外されるのを酷く嫌がる傾向があった。

元から好戦的な性格だったのだが、最近は輪を掛けてその傾向が強く、『戦闘狂』といえる程だ。

 

 

「そんな事より、近海にまだ奴らが居るかも知れねぇ。龍田、手伝え」

「そんな事よりって、天龍ちゃん!」

 

天龍の言葉に、龍田が声を荒らげる。

いつものほほんとした雰囲気をもった彼女が此処まで感情的になるのは珍しかった。

 

だがそうなるのも無理はない。天龍の状態は、明らかに『そんな事』で済む物ではなかったからだ。

天龍の損傷は誰がどう見ても『小破』以上。龍田の慌て様を鑑みると『中破』に近いのかもしれない。

そんな状態で戦線に出るのはかなり危険だ。

 

「…補給行って来る」

 

話にならないと思ったのか、龍田を押しのけて補給庫に向かおうとする天龍。

さらに龍田が何かを言おうとした時、違う方向から静かな声が響いた。

 

 

「一体何の騒ぎだ、コレは」

 

 

その場に居た全員が声のした方に視線を向ける。そこに居たのは彼女達の司令官だった。

 

「提督!」

 

扶桑がまず近くにより、大まかな事情を説明する。

提督の登場に龍田は安堵した表情を見せ、逆に天龍は小さく舌打をした。

 

「天龍、報告書を見せろ」

「…おらよ」

 

提督の言葉に渋々といった様子で手に持っていた報告書を見せる。

普段は荒っぽい天龍だが、提督の事は一定の評価をしており、彼には一応従うのだ。

暫く報告書に目を通し、目の前の天龍を見やると報告書を閉じる。ぱたん、という音が周りに響いた。

 

「天龍は第一ドックに入渠。同じく第三艦隊のもので損傷があるものは順次入渠しろ。他の艦隊は別命あるまで待機。以上だ」

「なっ…!」

 

話は終わりだ、と呟いてその場を去ろうとする提督に天龍が詰め寄る。慌てて龍田が彼女を抑えた。

 

「天龍ちゃん落ち着いて!」

「うるせぇ!離せ龍田!提督!俺はまだやれる!」

 

天龍が凄まじい剣幕で詰め寄るが、提督は眉一つ動かさない。

 

「天龍、今のお前に戦闘は無理だ」

「俺が『大丈夫』だって言ってんだろ!」

「俺が『無理』だと判断した。『小破』以上の状態では『轟沈』の危険性も跳ね上がる」

「んなモン当んなきゃどうって事ないだろうが!」

「自身の性能を過信するな。そもそも『避けれなかった』からそんな状態なんだろうが」

 

そもそもだ、と提督は続ける。

「『轟沈』のリスクを下げる為、『小破』以上の艦娘は入渠させる…それがウチの決まりだ」

 

そう、それがこの艦隊の唯一といって良い決まりだった。

たとえ敵海域の攻略中だろうが、損害を受けた艦娘が居た場合、必ず『撤退』させていた。

その甲斐もあって、彼が率いる部隊の艦娘轟沈率は皆無に等しい。

また無茶な戦闘もしない為戦闘の勝率も非常に高かった。だが…

 

 

「だから『腰抜け』って言われるんだ…!」

「なに?」

「そんなだから回りの奴等に『腰抜け』だの『臆病者』だの言われるんだ!悔しくないのかよ、アンタ!」

 

 

そう、彼のやり方を一部のものは消極的に捉えているらしく、他提督の中でそう陰口を叩かれているのだ。

天龍はそれが面白くなかった。仮にも自身を率いる者が笑われるのは我慢ならなかった。

 

「言いたい奴には言わせて置けば良い。最低限の戦果は出している。そんな事より」

お前等を沈ませない事のほうが大事だ。最後にそう呟いた。

 

「畜生…!」

 

天龍は嬉しかった。それと同時に悔しかった。

提督がそこまで言ってくれたことが。提督にそこまで言わせてしまった自分が。

彼女は涙を堪えながら叫んだ。

 

「俺を戦線離脱させるな!死ぬまで戦わせろ!」

 

 

そう叫んだ瞬間、提督が纏っていた空気が変わった。

 

「…天龍、貴様を第三艦隊から外す。暫く頭を冷やせ」

「え…?」

 

周りのものが息を呑むほどの低い声で、彼は告げる。天龍は信じられない、という風な顔をしていた。

 

「貴様の様な死にたがりに、艦隊を任せる事は出来ない」

「なっ…!」

「そんな奴には仲間を守る事は出来ない。何も守れるものか」

「ふっ…ざけんなァァァァ!」

 

 

激昂した天龍が龍田の拘束を振り切り、提督に殴りかかった。

咄嗟に扶桑が彼女を抑えようと前に出るが、それを提督は手で制す。

 

「提督!?」

「おらぁぁぁぁ!」

 

驚く扶桑とそのまま突っ込む天龍。それを見る提督は顔色一つ変えない。

 

「…ふぅ」

 

提督は軽く軸をずらして天龍の突きをかわし、そのまま彼女の腕を掴み『合気道』の要領で床に叩きつける。

 

「がっ!」

 

背中を強く打ちつけた天龍は肺の空気を強制的に外に吐き出される。

そのまま更に天龍の襟を掴んで一気に絞め落とした。

 

「かっ…」

 

天龍はそのまま成す統べなく気を失った。

 

 

辺りは静寂に包まれている。

無理もない、提督が艦娘に『力』を振るうところなど皆初めて見るのだから。

最初にその静寂を破ったのは彼だった。

 

「龍田」

「は、はい!」

 

天龍に振り払われ、尻餅を付いたまま惚けていた龍田が提督の言葉で我に帰る。

 

「後を任せる。天龍をドックに連れて行け」

「は、はい!」

「高速修復材は使わなくて良い。暫く頭を冷やさせろ」

「判りました。貴方達、手伝って頂戴!」

 

そういって、天龍と同じ第三艦隊の駆逐艦娘達を集める。

集まった者たちに天龍の装備を預け、自分は天龍を背負う。気を失っているから結構きつい。

 

「あぁそうだ、龍田…」

「はい?」

 

その後幾つかやり取りをした後、天龍を背負った龍田たちはドックに向かった。

 

「さて…金剛!霧島!」

「はいはーい、ココにいマース!」

「はい、此処に」

 

彼の声に金剛型戦艦『金剛』及び『霧島』が応える。

 

「お前達に第二艦隊を任せる。重巡と軽母辺りを何隻か連れて鎮守府近海を捜索。奴等を見つけ次第沈めろ」

「了解デース!!それじゃあソコの貴方とソコの貴方達、着いて来てくだサーイ!」

「了解しました。では、準備でき次第出航します」

 

相変わらずの妙なイントネーションで、金剛はその場に居た何名かの艦娘達を引き連れて行く。

それを横目に見つつ、霧島は小さく会釈して、彼女達の後に続いた。

 

「第一艦隊及び他の艦娘達は別命あるまで待機。扶桑、執務室に戻るぞ」

「了解しました」

 

その言葉に、その場に居た者たちは各自の持ち場に戻っていった。




続きは近日中に。

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