マリア様がみてる~"アポロンの薔薇"~   作:穂高

15 / 31
#15 ローズ・オブ・ローズ

(1)

 

両親へと打ち明けた次の週の土曜日。

この日は花寺の学園祭で、祐巳も祐麒も、そして子供たちの勇姿を見届けようと意気込む父と母も、福沢家は朝から一日中忙しなく動いてはいた。

けれど、学園祭を終え、やっと家路に着くときも、家の中でも、今日のあれやこれやに花を咲かせ、漂うのは気持ちのいい疲れだった。

 

問題は、その翌日。

祐麒は学園祭の二日目で、学校へと向かい、今ここにはいない。

前日同様に秋晴れの心地の良い天候である。

しかし、太陽がもう直ぐてっぺんに登ろうかというそんな明るい日差しの中、昨日の陽気は何処へやら、福沢家には重苦しい空気が充満していた。

 

「本日は、わざわざ足をお運びくださってありがとうございます」

 

「いえ、こちらこそ、お招き感謝致します。時間を割いて頂いたことも」

 

「時間でしたら、あなたの方がございませんでしょう」

 

玄関先で交わされるやけに堅い会話に、頭が痛くなる。

 

「あなた、ここでは何ですから早く上がってもらいませんと」

 

見兼ねた母が促して、ようやくリビングのテーブルに腰を下ろせた。

こちら側には父と母、その間に拘束されるように挟まれている私。

肩身がせまい。

そして対面には、一度会ったことのある綺麗なお姉さん——秘書さんらしい。

と、父と母の標的、高岡である。

 

『両親が高岡さんと会いたがっている』

 

言われた次の日に高岡に電話をした。

すると彼は、『わかった、行く』と即答したのである。

え、ここに来るのか?と驚く間もなく、『都合のいい日時を教えてくれる?』と続けざまに言われたものだから、急いで父と母に確認を取った。

——それが、今日、この時間、この状況、なのである。

 

高岡はいつもすぐに時間を作ってくれる。だから案外暇なのか?と思わないでもないのだが、綺麗な秘書さんが時折時計を確認しては眉を寄せるのを見るに、そんなことはないのだろう。

そして「社長」と呼びかけている。それに対して「ああ、分かってる」と軽くあしらったかと思うと、普段より数段まじめな顔つきで口を開いた。祐巳は初めて彼が社長だと実感するのだった。

 

「私は、祐巳さんをぜひ我が社で育てたい、いえ、支援させていただきたいと考えております」

 

男のそんな殊勝な態度も丁寧な言葉遣いも衝撃だった。

 

「祐巳さんには圧倒的な魅力があります。それは得てして得られるものではありません。その可能性を私に広げさせて欲しいのです」

 

その真摯な眼差しが痛いほど、父と母、私に訴えてくる——。

 

高岡の言葉を静かに受けとめていた父が口を開いた。

 

「…私たちの娘に、そこまで言っていただけるのは、本当にありがたいのですが…、それで成功する根拠はどこにあるのです?あなたは、祐巳が傷ついたり、不幸になる責任を取れるのですか?」

 

しかし、そんな高岡に対しても父の言葉は厳しかった。

祐巳は緊張する。高岡は何というのだろう。この父を納得させることができるのだろうか、と。

 

「——根拠は、私の中にあります。それから祐巳さんの心にも」

 

—ふっ、と一瞬の微笑みののちの彼のことば。

 

「信じられないかもしれませんが、結局のところそれが一番大事なことで、私からしてみれば、全てです」

 

父と母は茫然と高岡を見つめている。

 

「もちろん、この世界に入ることで、祐巳さんが傷つき、苦労することもあるでしょう。しかしそれは生きていれば誰しもが味わうものです。どちらがより大変かというのは、祐巳さんの気持ち次第。不幸になるか幸せになるかも」

 

父がおもわず顔をしかめる。

 

「無責任、と思われるかもしれませんが、これが私の嘘偽りのない気持ちです」

 

「…あなたは、我々を説得しにきたのではないのですか?」

 

そこにある事実のままに言い切る高岡に対し、父は困惑を隠せないようだった。

 

「決めるのは祐巳さんですが、祐巳さんの大切にしているものには、私の出来る範囲で誠実に向き合いたいと思っていますので」

 

祐巳は少し驚いた。この男がそんなことを考えているとは思っていなかったから。

そして続けられる言葉にはさらに目を見開く。

 

「ただし、不幸にさせるつもりはありませんが」

 

自信のみなぎる熱くも真剣な表情——。

祐巳は、高岡が自分に期待し信頼してくれていることは常々感じていた。そうでなければ、わざわざ別荘地にまで訪れて、祐巳を見定めるためだけにあのパーティに無駄な労力を注ぐことなどしないはずだから。

けれど、彼は祐巳自信に興味はあっても、彼が関しないところには無頓着だと思っていたのに。

 

その熱に圧され、当惑にすぐさま反応できない両親。

そんな中、隣の女性が焦った様子で高岡をせかしていた。

「これ以上は、無理です」と。

高岡は嫌そうに目をやると、仕方ないとばかりにうなづいた。

「申し訳ありませんが、今日はこれで」

謝罪とともに、しぶしぶと立ち上がる。

 

「結論は急ぎません。何かありましたらまたご連絡ください」

 

そして、最後に綺麗な姿勢で深くお辞儀をし、彼は福沢家を後にしたのだった——。

 

 

「…お父さん…お母さん」

 

祐巳は自分の両脇で、しばらく魂が抜けたように佇んでいた二人に、そっと声をかける。

しばしの沈黙。

気づいてはいるだろうに、今度は硬く腕を組み、俯いた状態で動かない。それは、何かを耐えているようにも見えた。

祐巳はため息が出そうになるのを堪えて、席を立つ。

両親のことは気がかりだが、今、ここにいても何の進展もないと思ったから。

そうして、自室へ向かう階段に足を掛けたとき——

 

「——祐巳ちゃん」

 

ハッと振り向く。

 

「……もう少しだけ、待ってくれ…」

 

そうこぼした父の声は、ずいぶんと頼りなさげで、

そんな絞り出すように紡がれた親の想いに、今はそれで十分だ、と思ったのだった。

 

 

(2)

 

——九月の終盤。

天候はあいにくのくもり空。

気まぐれな秋の空は子羊たちの想いとはうらはらに、

ご機嫌麗しくはないようだった。

だけれども。そんな天気など関係ないとばかりに

瞳子の、いえ、訪れたものたちの気持ちは高揚していた——。

 

私立リリアン女学園学園祭。

 

今年も心浮き立つ出店に展示、イベントが目白押しだった。

部活動の発表会。有志によるバンド演奏。瞳子の演劇部。

そしてもちろん、山百合会主催の劇も。

 

今年の演目は『王子とこじき』。

これまた、去年の『とりかえばや』と同様に、似た二人が入れ替わる話である。

そうなると、主役は祐巳さまと祐麒さんにまわってくるわけで。

というより、祐巳さまと祐麒さんありきで決めたと言った方が正しいのだが——。

 

『とりかえばや』の成功に味をしめた山百合会の面々(特に由乃さま)が、主役が去年と同じ二人では飽きられる、と反対した祐巳さまの孤軍奮闘もむなしく、使えるいい手があるなら使うべきだと有無を言わさず決定してしまったのだ。

自分にお鉢がまわらないために繰り出される、志摩子さま、乃梨子、菜々ちゃんとの連携プレーはすばらしかった。

かくいう瞳子も、演劇部もあるため助けようにも手が回せず、口を出す権限はあまりなかったのだ。

 

 

とにもかくにも、こうして決まった『王子とこじき』。

それは、16世紀のイギリスが舞台の映画や絵本にもなっているストーリー。

英国の王子エドワードとロンドンの貧民街で乞食として生きるトムは、同じ日に生まれる。かといって、血のつながりがあるわけではないけれど。

容姿が良く似ていたことからふとしたことで入れ替わり、トムは憧れの宮廷生活を過ごすこととなり、エドワードは乞食として自国の庶民の生活を垣間見ることとなる。

悪法と無教養に支配された庶民の生活がどんなに苦しいのか身を以て体験したエドワードは大きなショックを受ける。

そして、偶然出会った騎士マイルス・ヘンドンを護衛にさまざまな苦難の生活を送り、やがて、真の王へと成長していくのである。

クライマックスにはエドワードの父王が崩御したことで、トムが国王として戴冠式に臨むことになり、それを知ったエドワードが宮殿へと駆けつける。しかし、エドワードが本物の王子であることはなかなか理解してもらえず、そんな中トムの発言によって、証明に成功し、無事にエドワードが王となってハッピーエンドを迎えるのだ。

 

この物語りは、慈悲や信頼の大切さを説くだけでなく、ところどころに風刺やユーモアがちりばめられた秀逸な作品で、リリアンで披露するにもなかなか適した題材だった。

 

そしてこの結構過酷な試練を与えられる王子エドワード役が祐巳さま。

こじきのトムが祐麒さんとなっている。

祐巳さまは、やたらと男装する機会が多いことにも辟易としていたのだが、祐麒さんは女装しなくていいことに喜んでいた。

まあ、女役の方が少なくはあるのだけれど。

もはや主役をやらされるのはあがいても無駄!と早々に諦めた福沢姉弟は、少々哀れであった。

 

そんな風に数週間前を振り返る瞳子。

今いるのは、自分のクラスの出入り口。そこに設置された受け付け係の席である。

演劇部と山百合会を掛け持ちし、学園祭期間は死ぬほど忙しい瞳子には、クラスの出し物において重要な役割などなかった。

いつでも抜けられて、誰とでも替えのきく、たいそう気楽なポジションで暇を持て余すのも仕方がないではないか。

 

そうして某としていたところ、お待ちかねの人物がやってきた。

 

「とーうーこっ!」

 

祐巳さまである。

 

演劇部の劇が午後一時、山百合会の劇が午後三時。そんな多忙な瞳子には、学園祭を見てまわる時間は限られている。

現在時刻は十一時。

本来なら午前中いっぱいはクラスを手伝うつもりだったのだけど——。

今朝のこと。クラスに顔を出すや否や、

「祐巳さまと周られるのでしょう?」だとか「紅薔薇さまがこちらに迎えにこられるのかしら?」だとか「何時に待ち合わせなの?」だとか…。

「お姉さまも私も忙しくて時間がありませんの」

なんて答えた瞬間にあれよあれよと、まわる時間が作られた。

祐巳さまと同じクラスにお姉さまがいるという子が、すぐさまそちらに相談し、祐巳さまと瞳子、同時に休憩に入れるよう時間が調節された。

その勢いに若干引いたのは否めないが、ありがたく享受している。

 

「お姉さま!」

 

祐巳さまの登場に沸き起こる歓喜の声ももう慣れた。

 

「行こっか!」

 

「はい!」

 

仲良く手を繋いで出発する。頬を染めた乙女たちに見送られながら。

 

写真部、文芸部、美術部。

まずは順番にいろんな部活の展示を見てまわる。

途中で茶道部にも立ち寄って、お茶とお菓子をいただいた。お菓子に祐巳さまが釣られたためである。

それから瞳子が行きたいと言った祐巳さまのクラス。

そのクラスの出し物は『ボードゲームで世界交流』。

名前の通り、世界各国のボードゲームが用意されており、場所さえ空いていればどれでも好きなもので遊んでいい。

そこで初めて出会った人ともゲームを通して和気あいあいとなるのである。

ボードゲームに興味があるとかではなく、単に祐巳さまのクラスだから見たいという理由ではあるけれど。

 

しかし、教室の中へ入った途端、瞳子は後悔した。

 

「ん?」

 

ああ、祐巳さまも見つけてしまった。

 

「あ!やっと来た!ヤッホ〜ー!祐〜巳ちゃんっ」

 

そこには少女たちに囲まれ笑顔を振りまくあのお方。

聖さま。

そして少し離れたところで何やら真剣にチェス盤と向き合う美女。

蓉子さまと江利子さま。こちらは放つオーラが怖すぎて誰も近づけないようである。

というか何をやっているのだろう?

OGなのだから居ても不思議はない、ない、が、とにかく目立ちすぎるのである。彼女たちの代の生徒は今の三年生のみではあるものの、中等部からも人気の高かった方達だから、その辺を意識してほしい。

 

「聖さま…。相変わらず元気そうですね」

 

「うん!祐巳ちゃんもね!…あっ忘れてた——」

 

そういってこちらへとズンズン歩んできた聖さまが、

 

!!!?「ふぎゃっ」

 

祐巳さまへと思い切り抱きついた。

 

「……聖さま。お姉さまが困ってますわ」

 

瞳子は絶対零度の声を出す。

それなのに聖さまは「聞こえな〜い」と聞こえていることを証明しながら否定する。

 

「〜〜っ!聖さまっ!!は・な・し・て・下さいっ!」

 

祐巳さまの必死の抵抗もなんのその。そもそも祐巳さまは本気で拒否してはいないけれど。それもますます瞳子を苛立たせた。

 

「聖。それくらいにしとかないと、瞳子ちゃんが爆発するわよ」

 

本当に爆発しようかというところに、落ち着いた声が届く。

 

「止めなくても良かったのに。私はその方が見たかったわ」

 

こちらは不満そうな声。

いつの間に勝負がついたのやら、蓉子さまと江利子さまも気づけば寄ってきていた。

 

「蓉子さま!江利子さま!お久しぶりです!!」

 

祐巳さまが体に荷物を巻きつけながらもお二人へと向かい合う。

 

「久しぶりね、祐巳ちゃん。祥子からたまに話は聞いていたけれど、あなたずいぶんと成長したわね」

 

「私も驚いたわ。瞳子ちゃんが気が気じゃないのも納得」

 

「えへへ、なんだか身長が伸び始めて」

 

「え〜〜っ!私はちっこい祐巳ちゃんも大好きだけどねっ」

 

この方たちはふつうに会話を交わしているけれど、遠巻きにものすごい注目を集めているのに気づいているだろうか?

祐巳さまも含め、美しい人たちが集まった時の威力は驚異的だった。

 

「ところで、どうしてこちらに?」

 

この人たちが無為に時間を過ごすとはあまり思えない。

 

「あら、瞳子ちゃん。目的がないと来ちゃいけないかしら?」

 

「いえ、そういうわけではないのですけれど」

 

「ふふ、ごめんなさい。目的ね〜、強いていうなら祐巳ちゃんに会いに、かしら?」

 

蓉子さまがそう答える。

 

「私はそれと、あとは、由乃ちゃんと菜々ちゃんね」

 

そう言ったのは江利子さま。

 

「私は暇だったから!あ、でももちろん祐巳ちゃんには会いたかったよ!」

 

聖さまは未だ祐巳さまを抱え込んでいる。そろそろ本気で本当に放していただきたい。

 

「いつまでいらっしゃるんですか?」

 

祐巳さまがやっと瞳子の様子にヤバいと思ったのか、聖さまの腕からスルリと抜け出る。

 

「山百合会の劇は見ていくよ!祐巳ちゃんまた主演なんだって?がんばるね〜」

 

「しかも弟さんとW主演!大方、由乃ちゃんに圧されたんでしょうけど。ダメよ、甘やかしちゃ」

 

祐巳さまは気恥ずかしいのか、申し訳ないのか、少し困った顔をしている。

 

「祥子も、間に合えば見に来るかもしれないわよ」

 

「え!」

 

蓉子さまのその言葉に祐巳さまの瞳がかがやいた。

 

「ふふ、やる気出たかしら?じゃあ私たちはこれで失礼するわ。デート、邪魔してごめんなさいね」

 

そう言って、前々薔薇さま三人衆は去っていった。その間、聖さまが蓉子さまに首根っこを掴まれブーブー言いながら引き摺られていくのは何の感慨もなく眺めた。

 

彼女たちを見送り、祐巳さまが「お腹すいたなー」と言ったのを合図に時刻を確認してみれば、正午を少し過ぎたところ。

桜亭でランチを食べれば、あっという間に演劇部の準備の時間になっていた。

 

「瞳子、最初からちゃんと見てるからね!」

 

祐巳さまのそんな言葉に瞳子はとてもうれしくなる。

祐巳さまが見ていて下さるなら、百人力だ。

 

「はい、しっかり見ていて下さいませね」

 

ニッコリとお互いに笑みを交わし合う。

これで充電も十分。上手く行く気しかしない。

 

よしっ!と気合を入れた演劇部での上演は大盛況のうちに幕を閉じた。もちろん、舞台からしっかり祐巳さまも確認できた。

 

いよいよあとは山百合会の劇を残すのみ!

瞳子はそのまま控え室で待機する。すぐに祐巳さまが駆けつけて、次第に他のメンバーも集まりだす。

衣装にも着替え、髪もセットし終えると、間も無く上演時間。

これさえやり切れば気持ちよく学園祭を終えられる、と皆で気合を入れる。

 

 

盛大に迎える拍手と共に舞台の幕が開いた——。

 

『王子とこじき』

 

王宮で王子として大切にされ、何不自由なく成長するエドワード。

 

それに対して、貧民窟で父の暴力と飢えに耐えながら暮らすトム。

 

ある時王宮に入り込んだトムとエドワードが出会い、お互いに入れ替わることにした。

 

王宮の外、庶民の生活にショックを受けるエドワード。

 

一方のトムも暮らしは裕福なものの、教養の差についていくために神経を擦減らす日々。

 

一切気づかない周りの人々。

 

そんなある日、エドワードは心優しい優秀な騎士と出会う。

 

騎士と共に様々な苦労を経験するエドワード。

 

そんな時、父王が崩御する。

 

それにより、王にされてしまうトム。

 

ロンドンの街中を行進するトムと母との感動的なシーン。

 

心温まるエンディングに向け、物語が佳境を迎える。

 

そして、いよいよクライマックスのとき——、

 

エドワードこと祐巳さまが戴冠式へと駆けつける——

 

そしてトムが—————!!!!!!!?!—————

 

 

———————!!!

 

 

—————!!

 

 

一瞬の明滅と轟く轟音。

 

瞳子の目の前が暗転した。

 

——え。

 

瞬間的にパニックに落ち入る。

 

騒然とする体育館——。

 

どこからともなく上がる小さな子の泣き声——。

 

———!

 

また光る——。

 

……雷。

 

幾分、冷静さを取り戻す。が、自体はあまりよろしくない。

 

停電——、だ。

 

おそらく、3、4分もすれば、すぐに電気は復旧する。

観客も落着きを取り戻すだろう。———でも、

 

 

きっともう、誰も劇には集中できない——。

 

メチャクチャだ——。

 

 

 

 

『…………』

 

(———?)

 

瞳子の鼓膜を…、空気の音…が…ゆらす。

 

 

『………リア…さまの』

 

 

『…こころ…それは…あおぞら——』

 

(…祐巳…さま…だ…———)

 

 

『わたしたちを つつむ ひろい あおぞら』

 

はじめは小さく、次第に鮮明に——。

 

 

『マリアさまの こころ それは かしのき』

 

やわらかく、あたたかく——。

 

 

『わたしたちを まもる つよい かしのき』

 

暗闇に光をともすように——。

 

 

『マリアさまの こころ それは うぐいす』

 

幼な子の泣き声が、止んだ——。

 

 

『わたしたちと うたう もりの うぐいす』

 

雷鳴よりも鮮烈に——。

 

 

『マリアさまの こころ それは やまゆり』

 

心に届く、その歌声——。

 

 

『わたしたちも ほしい しろい やまゆり』

 

祐巳さまの優しさ——。

 

 

『マリアさまの こころ それは サファイヤ』

 

そこにはいつしか、複数の声が重なり——。

 

 

『わたしたちを かざる ひかる サファイヤ』

 

やがて、ホール中を巻き込んでいた——。

 

 

 

 

———ッ……ワアアアァァァ———!!!!!

 

 

体育館を包む歓声と同時に舞台の照明が戻る——。

 

———。

 

そこに立つ祐巳さまは、凛として、

 

咲く、大輪の薔薇だった——。

 

 

 

 

———「ああ、これは間違いなくエドワード王子の歌声!」

 

瞳子は心酔する己を叱咤し、とっさにアドリブを入れる。

これを無駄にしてはいけない。

 

———「エドワード王子!」

 

由乃さまや、志摩子さまもハッとしてそれに続く。

 

———「こうして、エドワードは無事に王に即位し、良き王として国を率いたのでした——」

 

予定にないナレーション。

 

そしてまた、会場からは割れんばかりの拍手。

なんとか、終わった——。

それどころか、大成功といえる。

突然のハプニングもまるで演出かのようにしてしまった。

祐巳さまが——。

 

目の前に広がるのは

興奮と感動に浮き立つ人々の顔。

リリアンの学生、その家族、親せき、友だち、知り合い、お世話になった方々。

ここに集った全ての人たちが、一つになって祝福する。

いま、この時を。

 

 

 

私たちが舞台を降りたあと、体育館の隅で、祐巳さまの両親がこちらを見つめていた。

 

「…お父さん…お母さん」

 

祐巳さまが気づく。

 

「祐巳ちゃん…」

 

祐巳さまのお父さまだ。

瞳子は自分たちがここにいていいのか迷った。

侵してはいけない、雰囲気があったから。

 

「…感動、したよ」

 

「ありがとう…」

 

そして、お父さまの表情が変わる。

 

———。

 

「いいよ」

 

それは決意の瞳で。

 

「祐巳ちゃんを信じる」

 

誓いの言葉だった。

 

 

 

 




過去編、終わりました!
これただの過去なんで、あっさり流すつもりがそうもいかず…。
やっと土台ができました。
なので、本編はより長くなると思われます。
こっちが本筋ですので、過去編よりも丁寧に展開や描写を書いていけたらと思います。

では、過去編お付き合い下さりありがとうございました。
できれば、これからもよろしくお願いいたします。

※前回の話で瞳子が初めて花寺の面々と対面した描写がありましたが、原作によると、瞳子一年の学園祭時に会ってました。
申し訳ありませんが、独自設定ということでそのまま進めさせて頂きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。