イタリア某所のとある病院。
病院というにはあまりにも人がいなさすぎな、妙な雰囲気を纏う場所。
草木で覆われた、森の中央に立つその病院。周りの草木が建物に絡まり、森の風景に溶け込んでいる。
そんな病院の一室には、周りと違って人の出入りがあった。
そしてその一室に向かう人影が二つ。
一人は、まだ中学性位の少年。
柔らかそうな白い髪の毛に、口元にはかすかに楽しそうに笑みを浮かべ病院の通路を歩いている。
隣を歩いているのは、男性。縦2メートル程のバッグを背負った、青黒い髪に端正な顔立ちの青年。
二人は通路を横切り、一つの扉の前に立ち、特に躊躇なく少年はその扉を開いた。
最初に目に飛び込んで来た光景は、黒。
黒髪に黒いスーツを来た男性。そしてその前に置かれた白いベッドの上に寝ているのは、初老の男性。顔に刻まれた深いしわと、白髪の髪の毛にあごひげ。中々に年老いた男性が、その目をつぶりベッドの上に横たわっていた。
頭に巻かれた包帯や、腕や体から伸びる管が部屋の中にある機器に設置され、絶えず音を出しているのを見ると、至って健康とは言えなさそうな状態。
「よく来たな。光努、槍時」
黒髪黒スーツの男性、灯夜が部屋に入ってきた二人を見て口を開く。
「久しぶりですね灯夜さん。それでこの人は確か・・・」
ちらりとベッドに横たわる男性を見て、槍時はその顔を少ししかめた。
「ああ、この人がプレギエーラファミリーのボス、ヴァスコ・プレギエーラだ」
ベッドに横たわっていた初老の男性は、祈りの紋章を掲げたマフィア、プレギエーラファミリーのボスだった。
***
病室に備え付けられていたポットからお湯と茶葉を急須にいれ、緑茶の入った湯呑を机の上に人数分おいた灯夜は、ひとまず座るように二人に言った。
その言葉に従って、光努と槍時は机に座って、ひとまず一息ついた。
「この人が墓造会に操られたっていうマフィアのボスか。灯夜はこの人探してたの?」
「ああ。プレギエーラが行うにしては不自然な点が多すぎるからな。アジトに潜入したんだが」
プレギエーラのアジトに潜入した灯夜を待っていたのは、多くの敵の数。
日本での大空のリング戦のように、仮面をつけた黒服の格好ではなかったが、プレギエーラの構成員が操られ、敵となっていたらしい。
あまり戦闘が得意というわけでないものも中には多く、顔見知りもいたが、こちらにはまるで気づかないかのように攻撃してきたらしい。
「話も通じず、ですか。敵が全員を操っていたのでしょうか」
「かもしれない。お前らのところのように手練、ファミリーの人間以外の奴はいな
かったな。いや、一人だけいたか」
最後に見た、狐面の男を思い浮かべ、灯夜は無言になった。
「それで、このヴァスコさんって大丈夫なのか?あと他のプレギエーラの構成員って」
「まあ敵になったといっても、元々戦えるような奴らじゃないからな。気絶させるのはそう難しくはなかった。厄介なのは周りだったな」
「周り?」
「ああ。行った時は建物が炎に包まれていたからな」
「一体何があった!?それって大惨事じゃん」
燃え盛る建物。
意図的に付けられたとしたら、一体誰が?
目的は?考えられるのは、操られて建物中に密集していたプレギエーラの一斉始末。
「けど、それってプレギエーラに恨みを持った奴らの仕業ってこと?」
「それは考えにくいですね。そもそもマフィアに恨まれる程の活動してないですし」
「プレギエーラって本当にマフィア?」
「そもそもマフィアとは違う」
プレギエーラの現当主、ヴァスコの趣味は、考古学。
不思議で謎な遺跡の発掘や、調査を主に趣味として、それ関係の仕事をしている。
その縁で集まった者達が構成員となり、出来上がったのがプレギエーラファミリー。
いや、それマフィアじゃないじゃん。と思った光努だが、あえて口には、
「いや、それマフィアじゃないじゃん!」
口に出した。モロに突っ込んだ。
それってただの考古財団か何かじゃない!
「ヴァスコさん曰く、ボンゴレ9代目と旧友なのだが、ふとしたことがきっかけでマフィアと認知されたらしい」
「ふとしたことって・・・」
「それで他のファミリーから何かあるのを防ぐため、ボンゴレと同盟を組んで平和に遺跡発掘に精を出していたというわけですよ」
「・・・・・へぇ」
マフィアらしいが中身はマフィアではなかった。
ということはやはり恨まれることはなさそう。
「てことは、誰がアジトに火をつけたんだ?構成員?」
「いや、おそらく墓造会のやつだ」
「「!」」
灯夜の言葉に、槍時と光努は目を少し鋭くする。
もしもその話が事実なら、並中に来ていた3人意外にも、別のメンバーがいたということ。
今まで3人しか判明していない奴らのメンバーが、また一人明らかになったということ。
「実行したのは奴。俺が会った、狐面の男だ」
赤みがかった髪に、和服のような服を着た男。巻かれた帯に刺さった小太刀と、その顔につけられた笑ったような狐の面。
明らかに怪しい男。そして、このタイミングでプレギエーラを狙う物は、操ってい
て後始末をしようとしていた墓造会以外に存在しない。
「また狙うってことはないのか?」
「ありえなくない。やつは時間切れと言っていたからな。時間ができたら来るかもしれんな」
「だとしたら、その前にいろいろ聞いとくことがあるんじゃないの。この寝てる人に」
そう言って光努はベッドで眠るヴァスコを見る。
だが灯夜はベットをちらりとみてため息をつく。
「そうしたいところだが、ヴァスコさんが目を覚まさないんじゃしょうがない」
「やはり。ここにいたから想像はしてましたが。他の構成員の方々は?」
「何も覚えていない。みんな同じ反応だったな」
「何も覚えていない・・・か」
大空のリング戦で言っていたウィーラの話が本当だとすると、このファミリーは、正体不明の奴らの正体を探る糸口を掴んだ、いや、このファミリーの性質を考えると、掴んだというより掴んでしまったと言った方が正しいのかもしれない。その情報を知ったばかりに、争いに巻き込まれるとも知らずに。
「目を覚ませば、何かわかるかもしれないのですけど。いつまでこの状態ですか?」
「わからないな。正直問題はなさそうなんだが、どうしても目が覚めない」
一種の植物人間状態。
その為、情報はここで打ち止めとなってしまった。
「結局、また振り出し。正体不明の敵ってことか」
「ま、得体の知れないってのはわかったがな」
「それは何もわかってないってことですよね」
灯夜のやれやれと言う言葉に槍時が軽く突っ込む。
湯呑の中のお茶もなくなり、全員一息ついた。
「そういえば灯夜と槍時に聞きたいことがあった」
「どうした?」
「
「〝棟梁〟が持っていたそうだな。まあそのうち教えるつもりだったしな」
「簡単に言ってしまえば、オーパーツのようなものでしょうか」
オーパーツとは、Out of place artifactsを略して『
「神が作り、地上に落としたとも言われる物の数々。多くは武具の形で現代に残っていますが、実際に存在する神器とも呼べる物は、わずか3つほどですよ」
この広い世界には、まだまだ多くの謎が存在する。人の手が作ることのできない謎の物質。ボンゴレの死ぬ気の炎も、人智を超えた力を持っていたが、イリスの秘匿する神器と呼ばれる物も、人智を超えていた。それが得体の知れない何かということは、並中で〝棟梁〟のウィーラが見せた物からも推測できる。
「ふーん。この世界はなかなかに面白いな」
本当に楽しそうに、子供のように無邪気に笑っている光努を見て、槍時もふっと笑い、上着の内ポケットから何かを取り出して光努に放り投げた。
「おっと!これは、手帳?」
その手で受け取ったのは、少し古ぼけた小さい手帳だった。
「前にここに神器があると考え、その地図をいくつか隠したんですが、よかったら
見つけてみては?面白いと思いますよ」
「へぇ、じゃあここに神器があるかもしれないってことか。いいのか?」
「見つけれたら教えてくださいね。僕も神器にはまだまだ興味がつきませんから」
槍時の言葉にオッケーの合図をして、槍時の手帳を自分の懐にします。その様子に灯夜は少し嘆息したが、光努の楽しそうな顔を見て、穏やかに笑みを浮かべた。
それと同時に、病室の扉が開いて廊下から人が入ってきた。
長めの金髪を首元で結び、白衣を羽織った青年。
疲れたようにてくてくと歩きながら机によって、倒れこむように空いた椅子の上の座った。
「あー、疲れた。ここまで来るのに疲れた」
「どこに行ってたこと思ったら。何してたの、ルイ」
「よぅ、光努に槍時も早かったな。俺は久しぶりに動いたから疲れた」
机にぐだっとしながら、灯夜の入れたお茶を飲んで一息つくルイ。
灯夜と共にイタリアに渡っていたルイは、灯夜のサポートをしていた。
基本的にすぐに疲れやすいルイは、表立って誰かと戦ったりといったことはしない。基本は裏方作業を行う。その為、今回の灯夜のサポートは、電子関連のことを処理していた。
セキュリティや罠の解除、屋敷の見取り図の用意、監視カメラのハッキング。ノートパソコン一台あれば建物を乗っ取れるほどに、機械工学に関してだったらルイの技術力は光努を上回っている。
事実、プレギエーラのアジトにいた構成員意外にも、本来なら備え付けられていたセキュリティシステムは、全てルイによって無効化され、灯夜はスムーズに屋敷の中に入ることが可能だった。
「それでルイ。この人大丈夫なのか?」
「ヴァスコさん?俺は医療系は専門外だから別の人に任せてる。ていうかここの院長」
「院長?この病院って人がいたのか?」
「まあ院長と言っても本職違うし、この病院も別荘みたいな病院だから普段は使ってないけど、頼んだら来てくれた。今はいないけど」
「まあ確かに森に飲み込まれてる病院だしな」
特に表記してなかったが、光努と槍時がこの病院に来るまでに横切った森の中、割と多くの獰猛な獣が存在した。
もちろん全員肉食獣。病院に来るものは怪我をしたもの。だが怪我をした体で獣のうろつく森を横切らなくてはならないと言う矛盾の道筋。
人が来ないというのも当然。逆に人が来ない場所というなら良い選択をしているともいえる。
まあそれでも光努や槍時達なら野生の動物ごとき恐るほどでもない。逆に動物が避
けるほどである。
「しかし、これじゃ収穫が少ないな」
残念そうに言う光努。何かわかれば対策もできるが、結局はほとんどわからないままだったのだから、当然といえば当然である。
「そうでもない。まだ調べる手がないわけではないからな」
「そうなのか?」
「ああ。しばらくは槍時と俺で調べるから、二人はイリスの屋敷に戻ってろ」
イリスの屋敷は、イリスファミリーの総本部とも言えるべき建物。敷地内には数多く建物が存在し、ルイが主任を努める技術舎もそこに存在する。
「あそこも久しぶりだな。ちょくちょく行ってたけど」
並中に通う関係上、日本の黒道邸を一応の拠点としているが、それでもイリスファミリーボスとしての仕事は少なくなく、定期的に日本国外に出ることがある。それで時々イリスのアジトに帰ってくることが時たまにある。その度に、敷地内の建物にいる人と楽しく親交を深めているのであった。
「そうだ。光努、屋敷に戻ったら、少し俺に付き合わないか?」
「?ルイから何か言うなんて珍しいね。何するつもり?」
そう言うと、ルイは楽しそうににやっとした笑みを浮かべた。
普段見慣れた疲れた表情のルイにしてはかなり珍しい表情。
一体何事かと思ったが、次のルイの言葉で少し驚いた。
「光努、一緒にタイムマシン作ろうぜ」