コツン、コツン。
大理石の床を踏む革靴の足音が響く。
どこかの廊下のような場所を歩いている男は、足運びに躊躇なく歩いている。
黒いスーツに黒髪。
目の前に迫った大きめの両開きの扉を開くと、広い部屋に出た。
足音を響かせ部屋の中央ほどに歩いてきた男は、足を止めて周りを見渡した。
「それにしても、少し暑いな」
燃え盛る炎。崩れ落ちる巨大な柱に壁。
床はところどころ砕け、部屋にあった高級そうな絨毯やカーペットは熱く、真っ赤な炎が燃え盛り、あたりを熱風の渦で包み込んでいた。
部屋の中央に倒れている人影。
男は倒れふしている人影に近寄り、呼吸脈拍火傷等、生きていることを確認する。
ひとまず生きていることがわかったのか、ほっとしたような表情を少し表に出し、周りを見渡す。見渡す限りに見える破壊の痕と巨大な炎郡。
ボゴォ。
炎によって崩れかけている建物の天井が、落ちてきた。巨大な天井の瓦礫が男と倒れている人物を押しつぶそうと降ってくる。
瓦礫に気づいた男、だが倒れている人物を見捨てる訳にはいかない。
立ち上がったスーツの男は、右手に拳を作り静かに呼吸をする。
この状況でも、呼吸音に異常は見えない。まったく焦っていないような呼吸。
炎の中、わずかな酸素を吸い込み、再び吐き出す。
迫ってくる瓦礫に視線も向けず、無造作にも見えるほどに右手の拳を振るった。
その瞬間、迫った瓦礫は拳に触れ、落ちてくる重力に逆らうようにして真横へと飛んで行き、壁に当たる前に地面へと落ち、男と倒れている人物は無事だった。
男にとっては、壁まで飛ばすのは難しく無かったが、崩壊中の建物故に、壁を壊した衝撃で一気に建物が崩れるのを見越してその前に地面に落ちるように加減をした。
ひとまず二次災害がないことにひとまず安心する。
「さて、どうするか」
スーツの男、黒道灯夜は燃え盛り崩壊する建物の中、ため息をついていた。
***
ランチアと槍時が現れて、戦況はかなり変わった。
敵の戦力は、〝棟梁〟のウィーラと〝暗殺者〟のアドルフォ、そして〝道化師〟のジャンピエロの三人。対してこちらはボンゴレとヴァリアーの守護者勢(一部いない奴もいます)と、イリスファミリーの二人に北イタリア最強と言われたランチア。
校庭には、大空のリング戦の参加者と侵入者、全てが出揃った。
「どうしようかねー。これってMe達ピンチ?」
「そんなことないんじゃない。だってほとんど怪我人だし。でも大丈夫な人も結構いる」
「つーかランチアとか海棠とか、あんなMonsterとやってらんないよ」
「そういえばランチアって
「それは少し前の話だ。奴が檻から出てくるのは必然。だからこの場にいる」
「Ha、どうせならもうちょっと
「だよねー。アドルフォに同意」
「HAHAHAHAHA」
カラカラと笑うアドルフォ。ゴーグルやマスクで全身黒ずくめの格好の為、表情はまったく伺えないが、声や仕草から愉快そうに笑っているのがわかる。同じく仮面に顔をかくして感情の見えない声でしゃべるジャンピエロの方も、心なしか少し楽しそうに笑っているようにも見えるし、ただ単に無関心なのか面倒なのかもしれない。そんな二人の様子をみてウィーラは嘆息している。
そんな雰囲気を見ているツナ側ヴァリアー側から見れば、明らかに異常な光景に見えた。
「なんなんだ、こいつら」
「ししし。人のこといえねーけど、こいつらも相当だな」
獄寺とベルの言葉に、無言だが同意するものは多い。
この緊張感のない空気。
明らかに自分たちが不利だとは思っていない。
数ではおよそ5倍の差はあるというのに、自分たちが負けると思っていない口調。確かに面倒くさいというのは本当かもしれないが、それでも勝つと思っている。
が、だからといって、ツナ達がすぐに負けるとも限らない。XANXUS達も同じ。そして、光努達とランチアに至ってはまるっきりに無傷。なにせ苦戦するような戦いも長引くような戦いもしていないのだから当然といえば当然。
「で、どうするの?こいつら潰せばいいんだっけ」
「てめぇはアバウトすぎなんだよ!ちったぁ空気読めよ!」
「まあ間違ってはいないですけどね」
光努の軽い発言に獄寺が突っ込み槍時が苦笑いをする。
言いたいことはわかる。まあ確かにその通り。
そうすれば無事にリング戦再開、というふうになるのだから。
「それでどうするの、ウィーラ。奴らを本気で潰すのは割と面倒」
無感情なジャンピエロの声。けど墓造会の三人も、簡単にツナや光努達を潰すのは難しいと明言している。やはり実力者の三人とはいえ、この状況で余裕の勝利は難しいのだろう。
顎に手を当てて、思案気味に顔を伏せた〝棟梁〟ウィーラだったが、ため息を一つついたと思ったら顔を上げた。その赤い瞳は、強大な威圧と殺気を秘めていた。
「しょうがない。あまり使いたくなかったんだが」
スルリ。
そう言って腰のベルトから抜き取ったのは、
大きさは他2本と比べて小さく変わった形状。頭が少し大きく、柄が短い。所々に宝石のような赤い石や緑色の石がはめ込まれ、装飾が施されている、少し古ぼけた感じの槌。だその全身には、同じように古ぼけた鎖が巻きつけられていた。
「まさか、これを使うことになるとはな」
ピシィ!
ウィーラが呟くと、ひとりでに槌に巻きつけられた鎖に細かいヒビが入り光が見える。
その度に、だんだんとウィーラからの威圧感が増してくる。地面に膝をつくXANXUSでさえ顔をしかめる。
「しし・・・なんかやばくね?」
「あれは、まさか!」
ツナ達はあれが何か分からない。だがやばいものであるのは確かだと超直感や己の感覚が告げている。ヴァリアー勢の中では、マーモン、他にはランチアと槍時がその存在を知っていたのか、驚いていた。細かい筋のような光がはためき、予想のつかない威圧感が増してくる。
「槍時、あれ何か知ってるのか?」
「おかしいですね。あれを持っている者がいるなんて」
「あれ?」
「ボンゴレの死ぬ気の炎のように、マフィアにとってそれぞれ秘匿しておく技術や
道具など存在します。あれはイリスが秘匿しているものの一つ」
強大なマフィアに限らず、大きな組織などには、切り札とも呼ぶべきもの、最終手段とも言うもの、隠す必要のある不利なことだって存在する。
どこにだって、誰にだって、秘密にしておくことがある。
それは、イリスにとってはあまり公にしたくはないものの一つ。
「結局、あれはなんなんだ?」
「〝
「へぇ。面白いじゃん」
光が生まれてくる
電気のような、火花のような細かな光がましていき、次第に光が強くなる。
が、その時声が響いた。
『そのへんにしときーや、ウィーラ』
どこからか聞こえた。決して大声を出しているというわけでない。だが、エコーがかかるように、全員に聞こえるような声が響いた。
「
ウィーラがどこからか聞こえる声に対して呟く。
会話が成り立つのか、という疑問など無意味。確かに全員に聞こえ、全員の声も向こうに聞こえる。
『それは無闇に見せてえーもんやない。自重しいや。一旦戻ってこい』
ぴくり。その言葉にウィーラの眉が一瞬動いたが、すぐにため息を付き、手に持った槌の光を収め、腰のベルトに戻した。辺りを照らす光がなくなり、再び夜の闇と月明かりが並中を飲み込んだ。
ちらり、と視線だけでジャンピエロに合図のようなものを送ると、ジャンピエロは自分の白いローブの袂から、黒く丸い物体を取り出した。
大きさは野球のボール暗い。その色は黒。
だが、ただ黒く塗りつぶされているような色をしていない。まるで、ブラックホールをそのまま球状にしたかのような、巻きつけるように漆黒の霧がぐるぐると中心にむかって渦巻いていた。
『ほならボンゴレとイリス勢の皆さん。うちらは退散するけど、追わんといてくれな』
声が聞こえてきたが、聞こえてきたのはその球体から。
唐突に、その球体の回転が増し、黒い霧が膨張して爆発した。
『また会おうや、ボンゴレの10代目くんに、イリスの特異点くん』
黒い煙がウィーラ達3人を包み込むように広がり、次第に煙が一箇所に集まり、軽い音がしたと思ったら、その場にいた3人は影も形もなくなっていた。
あとに残ったのは、ツナ達とXANXUS達と光努達が残っただけだった。
***
「それで、このあとはどうなるんだ?」
唐突に言った光努の言葉で、我に返るツナ達。
途中から介入してきた第三者はいなくなり、残ったのは最初の参加者と途中から援軍に来たランチアと槍時の二人。二人に邪魔をする気はないだろうし、なら残りで戦えばいいだけの話だ。
「けど、ツナもXANXUSももう限界だろ?」
「「・・・・・・」」
無言のツナとXANXUS。
見てるだけで二人が限界とわかる。
疲弊するツナとXANXUS、さらにその守護者。そしてXANXUSの片腕は凍りついたままで炎もすでにガス欠状態。このまま戦えば、なんとか炎が残ってるツナが勝てるかなというところ。
マーモンとベルにスクアーロがいると言っても、数的にもツナ側に分がある。
結果は、すでに見えていた。
もちろんそれも、光努がどうするかによるけど。
「そういえば、是れはボンゴレの10代目を決める戦いでしたね」
「何を今更だな、槍時」
「それで思い出したのですが、XANXUSが10代目候補というのは不思議でしたね」
「?どうしてだ」
基本的に、ボンゴレのボス候補は初代ボンゴレの血を受け継ぐ者達から選び出され、その中の一人がボスを継承する。
血の繋がりを重視し、伝統を重んじるボンゴレファミリーならでは。マフィアにとってボスの選び方は様々だが、こういったこともあってボンゴレは格式高いマフィアとしても有名。中には強いものがマフィアのボスだったり、イリスのように例外的にボスがいなかったマフィアも存在するが。
9代目の息子として知られるXANXUSも、当然ながら10代目候補の一人であったのだが、槍時は別に何かを知ってるようだった。
「僕が言ってもいいのですが、どうですかXANXUS」
相変わらず鋭い眼光を槍時に向かって向け、殺気を放つXANXUSだったが、涼しい顔でスルーする槍時を見て舌打ちすると、重い口を開いた。
「てめぇの知ってるとおりだ。俺と老いぼれとは、血なんて繋がってねぇよ」
「!」
XANXUSの語る言葉に、ほぼ全員が驚愕した。
もしもその話が本当なら、XANXUSはボンゴレ10代目の候補ですらない。なら、一体なぜXANXUSが9代目の息子などに。
9代目もXANXUSが自分の息子であることを肯定していたことは、観戦場所にいるリボーンやディーノも知っている事実。
だが、当の本人であるXANXUSから語られたのは、まったく違った真実だった。