特異点の白夜   作:DOS

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『助けてくれてありがとう』

 

 

 

 

巻き起こる塵芥を吹き飛ばし、白夜と大空の2種の炎が去った場所には、抉れた地面のみ。その上からぽとりと、太陽の光を反射して一つの指輪が落ちた。

大空を駆け抜けるような羽の意匠が施された、マーレリングだった。

 

「ツナ!」

 

マーレリングが力を失ったと同時に、拮抗の上で成り立つ大空の結界は崩壊した。

音も無く砕け散り、破片は炎となって霧散し、傍観するしかなかった者達がツナや光努の元へとぞくぞくと集まってきた。

 

「やったな、ツナ、光努!白蘭を倒したぞ!」

「よっしゃぁ!勝ったぜ!」

 

皆思い思いに、勝利の雄たけびをあげる。

白蘭という、嘗て無い程の強大な敵を打倒した。過去へと変える事ができる。

この未来に来てから、これ程までに喜びと安堵に包まれた事は無いだろう。張りつめた空気は弛緩し、嬉々とした雰囲気に包まれた。

 

その中で、真6弔花である桔梗、ザクロ、ブルーベルの3人だけは、己の主を失った事に悲痛そうな表情を浮かべた。

 

「白蘭様!」

「うそ!びゃくらんやられちゃったの!?」

「んだとぉ!?バーロー!」

「まあお前ら落ち着け」

 

ガックシと膝を着いて項垂れる桔梗の肩を、後ろからポンと叩いてなだめようとする光努だが、その瞬間視線だけで人を射殺せそうな程鋭い殺気を放ち、桔梗達3人は光努を睨みつけた。

 

「てめぇ、白神光努!よくも白蘭様をやりやがって!」

「うにゅぅ!!よくもぉ!」

「2人共!やめ―――」

「ていっ」

 

ズガン!

片手で綺麗に一人ずつ、首筋に割と力を込めた光努の一撃が、人体からしてはいけないような音を出しながらザクロとブルーベルを昏倒させ、一瞬の攻防すら無く地に沈めたのだった。炎がほぼ吸い取られて極端に疲弊していたとはいえ、やはり光努という存在はどうにも常識の枠に当てはめにくい。

 

そしてこの結果を半ば予想していた桔梗は賢く、思いとどまった自分を密かに心の中で誉めるのだった。

 

「まったく、この二人は好戦的なんだから。まあ、忠誠心は流石に本物だな。桔梗、白蘭はもういないけど、今更何かするつもりあるのか?まあまだ暴れる気力があるなら、相手くらいはしてやるけど」

 

ころころと、いつの間にか拾ったのか大空のマーレリングを手で弄び、反対の手をばきりと鳴らしながら言うが、中々に意地の悪い質問だ。今更何かをする気も意味も無いし、そもそも暴れる力も残っていない。敵陣の真っただ中に孤立したようなこの状況で、果たして何ができようが。今目の前で気絶させられたザクロとブルーベルの二の舞になるのは目に見えていたので、桔梗は押し黙るしかなかった。

 

「ししし、情けとかいらねーだろ。もう白蘭もくたばってこいつらどうしようもねーし」

「こんな奴庇ったところで害にしかならん。殺ししかできぬ怪物だぞ」

「見方を変えたらそれブーメランだぞ、レヴィ」

 

暗殺部隊らしく容赦ない冷血発言だが、これが彼らの平常運手。そして暗殺部隊だけあってレヴィの言う事はお前らもそうじゃね?と思った光努だが、少しだけオブラートに包んで突っ込むのだった。あくまで少しだけ、だけど。

 

しかし、レヴィの言葉に否定したのは、まだまだ満身創痍な入江だった。

 

「いや、彼らは一般人だよ。僕はミルフィオーレ時代優秀な人材を探して世界各国の軍人や科学者達のデータを見たけど、彼らは見たことが無い。考えられるとすれば、リストアップされていない一般人だという事………」

 

入江の言葉が本当なら、今ツナ達を苦しめた人外の怪物集団真6弔花は、戦いとは全くの無縁の世界で育った一般人だという。嘗てのミルフィオーレは戦力増強、技術増大、組織の勢力拡大において育成という手段は使わず、基本ある一定水準の実力や頭脳を持つ者達をスカウトしてファミリーに入れた。その為軍人、殺し屋、マフィアなどの戦い慣れした者のデータを見た事がある入江だが、そこにいないというのであれば確かに、一般人と言わざるを得ない。

 

が、桔梗は入江の言葉に、心外だとばかりに鼻を鳴らす

 

「ハハン!一般人とは安い言われようですね。我々は世が世(パラレルワールド)なら、各分野で天下を取った人間だ!」

 

もしかしたら、世界を股に掛けた大企業の代表だったのかもしれない、歴史を揺るがす発見をした科学者だったかもしれない、世界に名だたるアスリートだったのかもしれない。

 

可能性の世界だが、桔梗達は確率的には高い確率で天下を取れる人材だったのだろう。おそらく他の平行世界を見るならば、8兆という可能性の中でもほとんどが種別が多少違えど同じように天下を取った未来が映っているはず。が、可能性の低い不運に見舞われ、その道を断念した者達の集まり、それが真6弔花。やるせないその気持ちを、白蘭は力としてマーレリングを与えた。

 

だからこそ、彼らは白蘭に忠実に、忠誠を誓った。

 

「黙れ」

 

ズガガアァン!

短く吐かれた言葉と同時に、XANXUSの銃口から炎の弾丸が桔梗に放たれ、爆炎を上げた。

容赦の無い一撃。温情の欠片も無い非常なる暗殺者に相応しい暴君の力は、まっすぐに桔梗に飛び頭を撃ち抜く―――寸前、光努の右手が挟み込まれ、炎を握りつぶした。

 

その際、衝撃を受けた桔梗はぐらりと、気絶して地面へと倒れる。

 

「こういう時くらい後腐れ無くしてやれよXANXUS。どうせお前後半見てただけなんだし」

「黙れ」

 

先程と同じ言葉だが、微妙にニュアンスが違う事を感じと取ったのはわずかだった。

一先ずもう人死にが無いと分かったことに、ツナも再び安堵するが、その瞬間叫ばれた声に瞳を見開いた。

 

 

「頼む!姫!ここを開けてくれ!」

 

 

焦りを含むγの声。

その声の方を振り向いてみれば、そこにいたのはγ、野猿、太猿。そして彼らの前にあったのは、球状に燃え上がる大空の炎。そしてその中央には、祈るように手を組んだユニの姿がそこにはあった。

 

「ユニ!どうして!」

「沢田さん。おめでとうございます。これでこの未来世界において、立ちはだかる脅威はいなくなりました。次第にこの世界は、平和な時を迎える事になるでしょう」

「だったら―――」

「でも、アルコバレーノが復活しなくては、過去へは帰れません」

「―――っ!」

 

「今世界の時空は歪みに歪み切っています。今のままでは過去へ帰ろうとも、沢田さん達のいた時代に帰れないでしょう。この歪みを戻す為に、アルコバレーノを復活させ、(トゥリニセッテ)のバランスを元通りに戻す必要があります」

 

「だが、それをしたらユニは―――」

「ええ、私はここで、自らの命を使います」

 

確固たる意志を秘めたユニの言葉に、ツナ達は冷水を頭から浴びせられたような衝撃を受ける。己の炎を使い、おしゃぶりからアルコバレーノを復活させる大空のアルコバレーノであるユニにのみ許された奥義。だがその代償は、ユニ自身の命となる全ての炎だった。

だが、それを黙って見過ごす事など、ツナ達にはできない。

 

「ユニ!他に方法があるはずだ!」

「そうだ!白蘭はもういねーんだし、わざわざユニがそこまでする必要だってねーはずだ」

「いや、獄寺君。ユニさんの言う事は正しいよ」

 

ツナ達の言葉を否定し、ユニを肯定したのは、入江。次いで黙ってはいるが、後ろに立っているルイも同意見。それに加え、ディーノや骸達も、反論するそぶりすら見せなかった。

 

「君達が今10年バズーカの5分以上の時をこの時代で過ごしているのは確かに僕が作った装置の影響だけど、それを解除したとしてもユニさんの言う通り、(トゥリニセッテ)の欠けた状態の世界は歪んでいる。そんな状態じゃ、どこに飛ばされるかは僕にもわからない」

 

「けど!今は白蘭も倒して平和だ!何か他の方法を探せば!」

「それが見つかるのは、いつでしょうか」

「―――っ!」

 

すっと目を細めるユニ。

見た目は少女でも、その魂に秘められた力は強く、その意思は誰よりも強靭。彼女の語る言葉には、嘘偽りは存在しない。

 

「確かに可能性は0では無いかもしれません。けど、その低い可能性が見つかるまで、沢田さん達は未来に留まらなくてはならない。それは、ようやく白蘭を打倒できた今あってはなりません」

「でも!」

「いいのです。これが大空のアルコバレーノの使命。それにこうなる事は最初から分かっていたので、悲観しないでください。あなた達が平和な過去に帰って笑ってくれる事を、私は一番に望んでいるのですから」

 

有無を言わさない口調だが、その声色は柔らかく、果てしない慈愛に満ちている。

本気で世界を憂い、皆を思い、運命に従事し、命を懸ける。ユニの意思は、誰よりも固かった。

 

ドォン!

 

「俺は認め無い!姫!あんたは俺達ジッリョネロのボスだ!そんなあんたが一人で命を懸けるのを、黙って見過ごすことなんかできねぇ!」

「γ―――!」

 

ユニ一人を包み込む大空の結界に拳をぶつけるが、びくともしない。

純度の高く、炎を灯せる物質では最高峰の大空のおしゃぶりから溢れ出す生命の炎。人の拳でどうこうできる物でも無いが、ユニ一人を包む小さな結界だ。下手に大技を出して中のユニまで傷つけては本末転倒。これでは、誰も手が出せない。

 

結界の中で、ユニは静かに瞳を閉じて祈る。

 

(これでいいのです。皆さん、私の事は気にせずに、各々の時を生きてください。γ、野猿、太猿、ジッリョネロの皆には、申し訳無いですけど)

 

おしゃぶりへの炎の供給は、あと少し。もう一押しの炎の勢いがあれば、これで全てが終わる。(トゥリニセッテ)のバランスは正常になり、時空の歪みは修正され過去未来の時間軸

は元に戻る。

 

(皆さん、さようなら―――)

 

「それは困るな、ユニ」

 

ゆらりと陽炎のように聞こえた言葉に、ユニは思わず目を見開いた。

 

自分の立つ僅か数十センチ手前。いつからいたのか、結界の中を悠々と立ち尽くす人物に驚き、彼の体から立ち上る白い炎に再び驚く。唯一の白い炎を身に纏う少年、白神光努は、楽しげに笑いながら、ユニを見つめた。

 

「光努さん!どうしてここに―――白夜の炎!」

「正解。外から結界に入るのは一度やったからな、二回目はそう難しくないぜ」

 

にっ、と屈託なく笑う光努。脳裏に思い出す、ツナと白蘭の戦いに割って入る時も、大空の結界の中へとするりと自然に入り込んだ。白夜の炎の特性により、光努自身大空の結界に〝適応した〟といったところだろうか。よくよくと考えれば、今の状況は当然の結果だと言える。

 

「けど、私の意思は変わりません。ここで命を賭けなくては、アルコバレーノは復活しません」

「それはどうかな。さっきのツナとの会話を聞くに、代案があればお前は命を賭ける必要なんて無いだろ?」

「………確かにそうですけど………でも!そんなのはありません!私の炎なしで、アルコバレーノの復活なんてできません!」

 

ユニ言う事は最もだ。確定している。

それはツナの炎でもリボーンの炎でも、ユニの代わりにはならない。

 

「けど、白夜の炎はまた別だ。お前の炎に適応して代わりになってやるよ。それでお前は死ぬ必要なく、アルコバレーノも復活。万々歳だろ?」

 

光努の提示した案は、白夜の炎を代用に使う。

全てに適応する白夜の炎を、一度ユニの炎に適応させ同様の者へと変質させ、アルコバレーノのおしゃぶりへと供給する。適応の範囲の割と広い白夜の炎であるならば、確かに触れればユニの持つ大空の命の炎ど同種の炎へと適応する事も不可能ではない。

 

だが、この案には一つだけ欠点がある。

 

「それでは!光努さんの命が―――!それはいけません!無暗に自分の命を賭けるような事など」

「はぁ。そのセリフ、そっくりそのまま返したい所だけど、今回はいいや。ユニ、そんなに死に急ぎたいわけじゃないだろ?代案があるならそっちに動け」

「で、でも………私には―――」

「大空の短命の呪いがある、か?」

「―――っ!」

 

光努の言葉に、思わずユニは押し黙った。

光努が結界の中へと入った時から、大空の結界は白夜の炎がわずかに混ざり、中の会話が聞こえなくなっている。今ツナ達には、ユニと光努が何を話しているのかはわからなかったが、ユニの驚きようがただ事では無い様だけは伝わった。

 

「………はい。私の命はあまり長くありません。なら、光努さん、今を生きるのはあなたの方が相応しい。私はただ、己の寿命が少しだけ早く来る。それだけですから。どうか、長く生きてください」

「そんなに長く生きる事が大事か?」

「え………」

「お前は呪いを免罪符に、死を持って全ての罪を償おうとしているようにも聞こえる。無論心底俺達を平和な過去へと返したいというのは分かるが、それとお前が命を賭ける事はまた別だ」

「けど、尽きる命よりは生きる命。私は今ここでした選択に悔いはありません!」

 

その言葉に滲む確固たる意志は、光努も理解している。だが、それだけで納得してやる程に、光努は愚かなお人よしではなかった。

 

ビシ!

 

「あぅ!」

 

一瞬何が起きたのかユニは理解できなかったのか、すぐに自分の額が光努の指で弾かれたと理解した。その瞬間額を押さえて、思わずうずくまる。やれやれという風に肩を竦める光努だが、背後の壁ではγが怒りの表情で結界を叩いているのを一瞬だけちらりと確認すると、何事も無かったのようにスルーするのだった。

 

「ったく。生きる意味を探すならいいが、死ぬ意味なんて見つけるな。運命?無視しろ。指名?俺が代わるし関係なし。生きた時間の長さが人生じゃねぇ。どんな人生を生きたかが人にとっては重要だ。ユニ、お前はまだ平和な世界をゆっくり見てないだろ。それを見てこい」

「ですが………それだと光努さんは私の為に死ぬと言っている様な者です!どうしてそこまで!」

「ああ、さっき言ったのは半分くらいは本音だけど半分くらいは建前だ。それに俺は別に死ぬつもりは無いしな」

「ええ!?」

 

一応本心からの言葉ではあるのは認めるが、それだけの為ではなかった。光努は右手の指に嵌ったフィオーレリングから、溢れんばかりの白夜の炎を噴出し、自身に纏った。すっと右手を伸ばして、ユニの首から下げられたおしゃぶりへと触れる。

 

「これが、命の炎。そしてこっちがアルコバレーノのおしゃぶりか」

 

じゃらりと、いつの間にか光努の手には、ユニが持っていたおしゃぶりが握られていた。まるで手品のような動きに思わず瞳を見開いた瞬間、ユニは光努の手で肩を押された。

 

トン!

 

降れた肩から湧き上がる白夜の炎が、ユニの全身を包み込み、よろよろと交代するユニが結界の壁へと触れた瞬間、一瞬溢れるように膨張した白夜の炎は、ユニの体をするりと結界から逃がし、外にいたγの腕の中へとぽすりと収まった。

 

白夜の炎によってわずかに開いた入口が閉じる瞬間、呟くような言葉がユニの耳に入り込んだ。

 

「お前には借りがあるからな。帰り道を、教えてくれてありがとうな」

 

その瞬間、まばゆいばかりの閃光が、ユニを含めたツナ達の視界を遮った。目に痛くない

程に暖く柔らかなオレンジ色の光。その光を瞳に映しながら、ユニは森で会話をした己の言葉を思い出していた。

 

 

―――彼が、私達の誰かの命を、運命を救ってくれる

 

 

自分で語る予知。その言葉を思い出した瞬間、ユニの瞳から一筋の涙が頬を伝って流れた。ありえないと思っていた事象が覆り、自分にも無限に等しい可能性の未来が提示された瞬間。白神光努に示してもらった新たな道は、ユニに感謝と悲哀の二つの感情を蜂起させる。

 

(私が視た救われる死の運命は、私の運命―――!!)

 

次第に光は収まり、最後に残ったのは、地面に落ちたおしゃぶりと、マーレリングのみだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「またこれか。俺って異空間に飛ばされる系結構多いよな。なんでだろうか?」

「そりゃあ当然、バクみたいな戦闘力の光努君みたいな怪物キャラはどうにか戦いに参加させないようにするのが鉄則だからね」

 

やれやれと肩をすくめて嘆息するが、その表情はなんら変わる事無く、焦りや怯えとは一切無縁。すでに数回経験のあるこの状況には慣れた、彼風に言うなら〝適応した〟といった所だろうが、それを抜きにしてもそうそう驚く事も稀だ。

 

今更このような状況が来たとしても、大した心配も無く、疲れて無いが気分的に腕を伸ばし、体を解した。若干ぽきぽきと心地よい音が体から鳴り、息を吐くと同時に伸びを縮める。

 

そして今更ながら、自分の独り言に応じた人物であるハクリに向かって、光努は視線を向けた。

 

「で、ここどこ?」

「ん~、正確な名称は無いけど、しいて言うなら時空と時空の狭間とか、天国と地獄の境界とか、まあそんな感じでいいんじゃない」

「ま、正直それはどうでもいいけど。ていうかお前また縮んでるな」

「そりゃあここはもう10年後の世界じゃないからね。少し元に戻る必要も無いし」

「そういうものか」

 

地面かどうかも分からない場所から飛び跳ねて、くるくると回転して赤ん坊サイズのハクリは、白いおしゃぶりを胸元で揺らしつつ、光努の頭の上にぽすりと収まった。

 

「それで、ツナ達はどうした?」

「ああ、彼らは無事に過去に帰ったよ。過去から飛ばされた時とさほど時間もたたずにね。そこらへんは正一達が頑張って調整したらしいしよ」

「アルコバレーノはどうなった?普通に復活した?」

「ああ、コロネロもスカルもマーモンも風もヴェルデも、とりあえず全員蘇るのには成功したよ。おかげで時空も元通りらしいね」

 

ユニの炎に適応して増幅させた命の炎は、仮死状態となっていたアルコバレーノのを復活させる事に成功した。それにより、世界のバランスが元通りに戻り、時空間を移動するタイムトラベルの障害も無く、ツナ達は安全に過去に帰る事ができた。

 

ハクリからその事を聞いた時、光努は肩の荷が降りたかのように息を吐いた。

 

「一先ず安心かぁ。ああ、そういえば桔梗とブルーベル、それにザクロはどうした?一応気絶させたけどまさかその後殺された、なんて事は無いよな?」

「安心しなよ。誰も痛みなくいけただろう」

「………」

「問題なく()()()()、イリスにさ」

「危うくお前の締め上げる所だったから言葉は選べ。ま、イリスなら問題ないだろ。ミルフィオーレは解体だろうし、流石にボンゴレ側に行くのもどっちも嫌だろう。新しく組織を立ち上げられても困るなら、イリスで監視の意味合いも込めて雇うのが妥当か」

「まあ灯夜は使える物は使う方だしねー。それに、暴れようとしても問題無いだろうし」

 

灯夜の性格を知る光努としても、ハクリの言葉に心の中で同意する。

結構な仕事人である灯夜なら、己と組織にメリットがあるのならある程度の事情やデメリットを無視してもイリスに入れる様子がある。そうでなくては、どこの誰かもわからない光努を二つ返事でボスに就任させるような暴挙はあまりしないだろう。

 

「しかし、光努君も中々に無茶をするねぇ。確かにユニの代わりを果たしても光努君なら死ぬわけじゃないけど、もしかして分かってやったのかい?」

「ん?いや、そんなの分かるわけないだろ?」

「?じゃあ一体どうしてユニの代わりを?本当に死んでいたらどうしたのさ」

「ま、根拠があるわけじゃないけど死ぬ気は無かったのは本当だ。それに、ユニにはパンドラの匣から出るのに助けてもらったからな。ここで借りを返さないと次返す機会なさそうだし」

「白蘭倒したし十分だと思うけどねぇ~」

「俺の問題だ。それより、この後俺はどうなるんだ?」

「ま、ツナ達とはすこぉしだけ時間は空くけど、元の時間軸には帰ってもらうってさ。このままにここにいられると、精精密機械の歯車に小石が入り込んだ感じで邪魔だと」

「ひどい言われようだな………。その少しってどれくらいだ?」

「まー、数日くらいだってさ」

 

そうか、と光努は言葉を零す。

ここで数年後とか言われたら果てしなく面倒な事になっていたので、対して影響の出ない範囲内で助かったと言うのが本音だ。帰還のズレに関しては先に帰るメンバーからイリス側に伝えてもらえば良い。そう考えると、大体の憂いが無くなった。

 

「所でハクリ、お前の口調を聞いていると誰か別の奴が俺に帰れって言っているように聞こえるんだけど」

「ああ、それはもちろんか………そういえば一つ言い忘れてた事があったよ」

「おい、途中で話を止めると気になるだろう」

「光努君には一つペナルティがつくってさ。残念だったね~アハハ」

「そうか、そんなにこの拳が喰らいたいと見えるな」

 

ばきりと両手を鳴らす光努だが、頭の上のハクリはどこ吹く風と、実にリラックスした様子だ。

 

「ああ後、光努君はまだ白蘭を倒した影響については知らなかったよね」

「影響?」

「ユニ曰く、白蘭の実態は一つ。倒してマーレリングの効力を封じてしまえば、白蘭の悪事は全てリセットされ、死んだ人間も壊れた街も、白蘭が悪事を働く前に全て戻るらしいよ。全パラレルワールドでね」

「ああ、その事なら知ってるよ。ユニの炎の中には、その情報も一緒に入ってたからな。復活したアルコバレーノ達に語らずとも炎を灯して意思を伝えるつもりだったんだろ。俺もその炎に触れたし」

 

白蘭を倒すことは、(トゥリニセッテ)の一角であるマーレリングの力を無効にする事と同義となる。それは、全平行世界(パラレルワールド)、全時空全ての過去を遡り、引き起こされた出来事を抹消する。それは白蘭、つまりはミルフィオーレファミリーに殺された仲間や一般人達も、全てその死自体が無かった事となる。

 

悪は打倒しても失った者は帰ってこない。そんな涙で濡らす悲壮な現実をぶち壊し、白蘭の支配が起きなかった未来へと時間を作り変える。神の御業のような出来事だが、事実それが白蘭を倒した事によって齎される平和の実現。

 

光努が肩代わりしたが、確かにユニは己の命を賭けて、確実な平和を実現しようとし、それは叶った。

 

さらには、アルコバレーノを復活させた〝命の炎〟を、アルコバレーノ全員の奥義で永久発火させる事で、過去の時代に存在するマーレリングを封印し、第二の白蘭が現れないようにしたという。

 

ただただ時間を重ねたわけではなく、表面状の平和でもなかった。

 

紛れもない、恒久的な平和をユニは実現させたのだった。

 

科学者である入江正一に言わせてみれば、因果律を操作して世界の法則を無視するようなそんな事が、本当に起こりうるものかと疑問もあるが、アルコバレーノ一の頭脳と科学力を持つ、緑色のおしゃぶりのアルコバレーノであるヴェルデに言わせてみれば、今の人類に答えなど出せない。

 

今言えるとすれば〝奇跡〟もしくは〝何者かの意思〟が適切だと。

 

「ま、奇跡だろうが何者の意思だろうが、ご都合主義でも偶然でも必然でも、平和に過ごせるならそれでいいか。帰る時に皆笑えてるなら、それでな」

「ふぅん、そうかい。じゃ、そろそろ帰ろうか」

「今から帰れるのか」

「ま、時間の流れとかそこらへんの問題だよ。というわけで、さあ行こうか!」

 

天を仰ぐと、ハクリの胸元に下がった白いおしゃぶりが光を放ち、純白の白夜の炎が火山の如く噴出した。天を覆い、自分と共に光努を包み込み、その光は輝きを増す。

 

「さてと、久しぶりに帰るか」

 

その言葉を残し、空間には誰もいなくなった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「さぁ!みんな過去に帰るよ!別れを惜しんでいたらキリが無いからね、アルコバレーノ達は過去のマーレリングを封印したら戻ってくる予定だ!」

 

ようやく見せた、入江正一の心の底からの明るい笑顔は、白蘭という魔物を生み出してしまった責任を果たされた今、最も輝いていた。

 

ここは入江が作り出した白い装置(仮称)のある場所。メローネ基地でツナ達が目的とした装置であり、この装置を解除する事によって、ツナ達は過去へと帰還する事ができる。

同時に、過去に行って時空を変える事の無いように装置の中に、言い方はあれだが保管されていた10年後のツナ達もこの未来世界へと戻ってくる。

 

今この場には、ツナ達過去勢の他に、復活したアルコバレーノ達やユニにラル、ディーノやフゥ太にビアンキ、スパナ達。それにリルとコルとルイのイリス勢が見送りに来ていた。

 

それ以外、XANXUS達ヴァリアーやチーム骸に関してはそれぞれ個々に別れを済ませ、すでにこの場にはいないのだった。

 

「ところで、桔梗達は大丈夫かなぁ。ひどい事になってなきゃいいけど」

「大丈夫だってツナ。何かあっても灯夜達なら制圧できると思うし」

「いやそれ全然大丈夫じゃないよね!?ていうか元真6弔花制圧できるってイリスどんだけなの!?」

「まあマーレリングももう無いし、前みたいな人外級の戦闘力は無いからね」

 

コルのその言葉に、なるほどとツナの他その場のボンゴレ勢も割と納得する。

 

ディーノも言っていたが、いくら人間を超えたと自称する真6弔花も、マーレリングが無ければただの人と変わらない。胸の修羅開匣の匣こそそのままだが、あれを開ける程のリングはそうそう手に入らないだろう。

 

「そういや普通に立ってるけど、リルの怪我はもう大丈夫なのか?結構な大怪我した後だしまだ安静にした方がいいんじゃねぇか?」

 

少し心配そうにする山本だが、確かにそれもしょうがないだろう。腹部の負傷なので服の下の包帯は見えないが、重症と言って差し支えない怪我。が、今のリルの立姿を見てみると、本当に怪我しているのかと若干疑う程に自然体を貫いている。

 

「一応ルッスーリアにもある程度回復してもらったし、休んだからね。普通にする分には問題無いよ」

 

柔らかく笑うリルの表情から、本当に問題無いという事も皆察した。相変わらず肌身離さずに重量のある刀を腰に差している姿から、回復力は常人を遥かに超えるらしいという事も感じるのだった。

 

一瞬の静寂のタイミングで、一歩前へと出たユニは、白いマントを揺らし、深々と腰を折って頭を下げた。

 

「皆さん、本当にありがとうございます。どんな言葉を並べようとも、感謝しきれません。よくぞ、過酷な未来に打ち勝ってくれました」

「いいよ、ユニ。俺達皆で選んで望んだ戦いなんだから、ユニ一人が責任感じる事ないよ」

「そうだぜ、みんな無事に過去に帰れる事だしな」

「………はい、ありがとうございます」

「それよりユニ、本当に光努は戻ってくるん………だよね?」

 

ツナの言葉に、ぴくりと反応するリルとコルだが、特に動かない。

そして一瞬の静寂が示すのは、ツナだけでなくこの場の他の面々も同様に聞きたかった事だろう。一応の説明は受けたが、過去に戻る前にもう一度、聞いておきたかった。

 

しかし、皆の不安は他所に、ユニは太陽のような微笑みをツナ達に向けた。

 

「大丈夫です。今いる時空が違うので帰りには少しの《ずれ》がありますが、数日の誤差以内で過去の世界に戻ります。白夜の炎の情報と、ハクリさんの情報を総合したので、間違いはありません」

 

ユニの元から持つ(トゥリニセッテ)や命の炎の効力と副作用、それにユニ同様に光努によって白夜の炎を介して伝えられた情報、最後にユニがハクリから伝えられた言葉。

 

光努の無事は、ほぼ確実に保証された。

その言葉に、一瞬だけぴりっとした空気は霧散し、皆安堵の息をついた。

 

「入江さんの言う通り、別れを惜しんではいつまでも過去には戻れません。本当に、ありがとうございます」

「うん!さようなら」

 

入江が装置の力を解除すると同時に、ツナ達は光に包み込まれた。

 

辛いことも多くあった。苦難も多くあった。けど、それ以上に嬉しい事も、多くの事も与えてもらった。

 

輝く視界の中で、この時代に感謝を送り、ツナ達は過去へと帰っていくのだった。

 

 

こうして、未来での戦いは、幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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