特異点の白夜   作:DOS

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『白虹のワールドブレイク』

 

 

 

 

 

 

木々をへし折った爆風に揺られながらも、まるで大地に根を張ったようにその場から飛ばされることなく、悠然と立ち尽くす姿を、この場にいる人物、桔梗、了平、バジル、太猿、野猿は瞳を見開き見ていた。

 

闇夜の欠片も見当たらない柔らかそうな白い髪を揺らし、危機的状況に置いても一ミリも歪むことの無い楽し気な笑みを浮かべた少年。

 

吸い込まれそうな白い石を填め込んだ指を填め、佇む姿は堂々たる物だった。

だが、彼らが皆驚いている理由は、本来囚われれていると思われていた少年がいつの間にか出てきていた事に対して。

 

そしてもう一つ、その出で立ちを特に目を引き、様々な感情を他者に与えていた。

 

チョイス開始時と変わらぬ服装だが、その身に纏うのは純白。

 

全てを塗りつぶすかのような、澄み渡る純白の炎の形を取ったコート、いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

炎の繊維で編み込まれたような、ゆらゆらと陽炎のように揺らめく炎の服。

異様でありながら、どこか神々しくも思えるその姿に、思わず皆一様に動きを止めていた。

 

だがすぐに、遠くから聞こえる爆発音と共に、惚けた意識が強制的に覚醒させられた。

己の眼下に佇む桔梗は光努を睨みつけ、微笑を抑えて言葉を吐いた。

 

「白神光努、一体ど「光努ではないか!?極限に心配したぞ!」

「光努殿!身体は無事ですか!?その纏われている炎のような物は!?」

「てめぇが白神光努だと!どっから出てきやがった!」

「おい、お前燃えてるぞ?大丈夫か?」

「あー、一辺に喋るな。今そんな場合じゃないだろ。ていうか桔梗の言葉遮るなよ、聞

いてやれよ。ほら、あいつ唖然として固まってるぜ」

 

唖然としているかはわからないが、出鼻を挫かれた為、それでも桔梗にしては珍しい無表情で全員の会話を見ていた。

 

本体の桔梗は空の上でじっと佇んでいるが、毛先から伸びだした恐竜達は妙にうろうろとしているので、見ていたこちらとしてもなんとも言えない。

 

「しょうがない、上の桔梗も含め全員気になることがあるだろうから簡単に説明してやる。よく聞いておけ」

 

本来ならユニ奪還の為、問答無用で桔梗は全員に攻撃を加える必要があるが、やはり出鼻を挫かれ、大きな意志にペースを持っていかれたように、どうにも攻撃するタイミングを模索していた。しかし、白蘭の策によってパンドラの匣に封じられた白神光努がどのような経緯で脱出し、さらにどうしてこの場にいるのかという疑問を持っているのも、理由の一つだった。

 

早すぎる、そう思っていたのが、白神光努をパンドラの匣に閉じ込めてから出てくるまでの期間が、早すぎるという事。これは数値としては、人としてあきらかにおかしい部類に入るのだった。

 

「バジル、今ってチョイス終わってどれくらいだ?」

「あ、はい。ちょうど半日と少々でしょうか」

「半日か、思ったよりも遅れたな。もう戦い始まってるし」

「遅れた、と言いましたか、白神光努」

「ん?」

 

聞き捨てならない、というように、桔梗は光努を見下ろし睨みつける。

塵芥な一介の兵なら、思わず竦み上がってしまうような桔梗の瞳を、光努は平然と受け流して上空へと顔を向ける。

 

「ありえません。パンドラの匣(スカートラ・ディ・パンドラ)は白蘭様が神の叡智を元に模倣された悪魔の一品。隔絶された世界へと存在その物を飛ばす匣。それを、わずか半日で出てくるなど、一体何をしたというのですか」

 

静かに語るが、その言葉の節々からは、ありえない、という感情が明らかに剝きだされている。

 

だが桔梗の言葉に間違いは無い。

隔絶された別の空間へと、人であろうと閉じ込めるパンドラの匣。それは出口の無い空間でもあり、出てくる、という行為自体が不可能な造りとなっているはず。無論白蘭も、元々閉じ込めるだけで解放するつもりなど毛頭無く、設計上も出口が無いように制作した。

 

故に、この事態は桔梗の中では異常事態に入る。

 

「どうして、ときたか。それならちょうどいい。そろそろ向こうもこっちに合流するか――」

 

ゴオオゥウウ!!

 

「「光努(殿)!!」」

 

突如、水面を焦がし大地を抉り、上空の桔梗を見上げていた光努を飲み込むように、獄炎が噴き出した。まるで威嚇する炎の大蛇のように、光努の全身を覆い隠し、背後の木々をなぎ倒し、天を突きあげ火柱が立ち上った。突然の光景。了平もバジルも、同時に叫ぶが、すでに目の前には炎が広がっている。

 

対称に、桔梗はあまり驚いた様子もなく、自身の眼下、ちょうど光努の立ち位置から見て湖を挟んだ反対側に視線を動かした。

 

「ザクロ、無事でしたか」

「くそっ!あの野郎、不意打ちで吹き飛ばしやがって、バーロォー!骨まで燃え尽きろぉ!」

「……まあ大丈夫そうですね。左腕の完治はもうすこしでしょうが」

 

悪態を着きながらも、自分をなぎ倒した者へと叫び声を挙げたのは、赤黒い皮膚に包まれ、全身を牙と爪によって狂気と化した嵐の真6弔花ザクロ。どうやら光努によって吹き飛ばされ、さらに追撃とばかりに大木を投げつけられたにも拘わらず、とりあえずは大丈夫そう。流石真6弔花というべきが、頑丈性が違う。

 

そして、先程の炎を出した犯人。全てを破壊し尽くす嵐の炎を、さながら火山のように噴出させる烈火マグマ(マグマ・インフィアンマート)は、光努を飲み込み周りを破壊する。

 

流石に左腕はまだ完治していないが、あの程度の火力であれば余裕でだせる辺り、ここいらも明らかに人間、生物としての限界を超えている。

 

避けたそぶりも見せず、不意打ち気味に炎を喰らった光努だが、桔梗はそんな姿を訝し気に見つめる。

 

だが、不意に強い爆発音が響き、こちらに向かっている音が聞こえた。徐々に聞こえる音だったが、すぐにその姿が森の向こうより現れる。

 

「にゅにゅぅ!もう!あいつらすっごい邪魔ー!桔梗、ザクロー!」

「ブルーベル……と、これは随分と団体さんのお連れですね」

 

微笑を浮かべる桔梗の視線の先には、空を泳いで来たブルーベル、そしてその背後で動く複数の影。

 

「ししし、喰らえ!」

 

軽快に笑う声と共に、ブルーベルに向かって放たれる細かな物体。よくよくと見れば、光に反射して飛び出す一点物と思われる形状をした金色のナイフ。しかも、嵐の炎を纏い殺傷能力を強化した一品。だが、ブルーベルは迫るナイフの雨を、展開した雨の炎によってあっさりと防いでしまった。

 

あっという間に似たような攻防が2度3度と続いたが、一際強い攻撃と共に両者は距離を取り、ブルーベルは桔梗の隣にふわりと降り立った。

 

そして隣に来たブルーベル……ではなく、桔梗は彼女と戦っていた者達を見て少し驚いたように瞳を見開く。

 

「あれは、ボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアー、そして――」

 

雷を纏うエイ、雷エイ(トルペディネ・フールミネ)の上にバランスよく立ち、歯をのぞかせて笑うベルフェゴール。

 

雷を纏うパラポラを、双剣のように持つ男、レヴィアタン。

 

そして大地に降り立ち、黒と白のコントラストに彩られ、威風堂々たる王の風格をその身に纏う、天空嵐ライガー(リグレテンペスタディチェーリ)

 

そのそばに佇む男は、嘗てツナとボンゴレの座をかけて争い、圧倒的な炎と力によって追い詰めた、最凶の暴君。

 

「――XANXUS」

 

人を貫けそうな程に鋭い眼光と、憤怒に包まれているかと見間違うかのような濃密な殺気を身に纏い、手元には相手を殲滅する手段、二丁の拳銃をその手に握りしめていた。

 

「ら、纏め話を……と思ったら、もう合流したのか。XANXUS。ヴァリアーの仕事は早いなぁ」

 

ボウゥンと、大地を抉る紅蓮の炎をかき消して現れたのは、その身に白炎のコートを纏う光努の姿だった。

 

不意打ち気味に獄炎を当てられて思わず狼狽……する事なく、異様な程に楽し気に笑い、異常な程にあっさりと炎を振り払い、その場に存在する白神光努という人物には、欠片程の怪我も汚れも見当たらなかった。

 

余裕で先ほどの途切れた会話の続きを話す光努のその姿にはザクロは舌打ちする同時に、戦慄する。左腕が完治していないのでフルパワーというわけでは無いが、それでも人を消し去るのに余裕のある凶悪な一撃。にも拘わらず、光努の姿は無傷そのものだった。

 

「あ、白神光努!てめー、王子の俺を置いてさっさと行きやがって。レヴィと一緒に追いかけるのが面倒くさいのなんのって」

「何を!?」

「ようベル。とりあえず一言言っておこう。」

「ん?」

「お前とレヴィ、べスターに紹介分の量で負けてるな。ドンマイ☆」

「うるせぇよ!?」

 

割とどうでもいい若干のメタ発言をしながらも、やはり楽し気に笑う。一瞬ベルフェゴールに侮辱されたレヴィを華麗にスルーした光努だが、この場に置いてレヴィという人物の立場は驚くほど低いので、この場合彼には気の毒だったと言うしかないだろう。

数舜して、刀を鞘に納めた少年コルが、木々を蹴って威力を殺し、上空より光努の隣へと降り立った。

 

「あ、光努。こっちは全員無事だよ。今はルッスーリアが看てくれてる。直に来ると思うよ」

 

ザクロによって負傷された獄寺、リル、ラル、γの4人は、道中現れたヴァリアーの一人、ルッスーリアに看病されている。

 

看病、と言っても、ルッスーリアは別に医者では無い。

ルッスーリアの持つ匣兵器、晴クジャク(パヴォーネ・デル・セレーノ)は、飾り羽により治癒活性の晴の炎を照射し、炎の触れた人体を治療する治癒匣。

 

無論戦闘用ではなく、この匣兵器は治癒系の晴の匣の中では最も炎を散らす範囲が広く、了平の晴ゴテと違って、一度に複数人の複数個所も同時治療できる優れものである。

 

すぐに戦闘に参加、というのは流石に厳しいだろうが、動けるようになるまでおそらく時間はかからないであろう。元々追っていた重傷はともかくとして、ザクロ戦で受けた傷は基本的に殆どが軽症の為もあるだろう。

 

さて、これで真6弔花が3人そろって、さらにはボンゴレ、及びイリスの両陣営も集結しつつある。

 

「じゃあここいらで少し説明しておこうか。パンドラの匣の脱出について」

 

何かのゲームタイトルに使えそうな言葉を選びながら、光努は口を開く。元々桔梗も気にはなっていた事だし、この場に全員いるというなら都合がいい。ツナやユニ達はいまだ当初の地点に滞在したままで、リル達は合流してはいないが、そこは通信機という文明の利器がある為、さしたる問題は無かった。

 

それでは、一体光努はどうやってこの場に参上したのかについてだが。

 

「出口を教えてもらったんだ。正確には道標と、俺の出来る出る方法」

 

もしもこれが森で迷子になった、どこかの都市部で道を間違えた、というような話なら納得できる事ではあるが、今の状況下においてこの話はおかしな点が多すぎる。

 

パンドラの匣に関してそこまで詳しくないボンゴレサイドの者であるのならば、誰に?という疑問が真っ先に出てくるが、ミルフィオーレサイドの真6弔花はそうはいかない。

元々そこまで頭は使う方ではないザクロやブルーベルはともかくとして、桔梗の中で起きた疑問符は他の者よりはるかに多く大きい。

 

まず誰が、というのも考え物だが、出口がある、という言葉にも疑問の余地あり。道標という言葉にも疑問、そして脱出方法も疑問。

 

結果として、全ての言葉に明確な回答が得られなかった。

あまりにも簡単に、簡潔に語りすぎて、重要な要素が言葉の中から確実に抜け落ちている。

 

だがこれには、光努にも事情があった。

 

「誰が、というのは半分くらいしかわからないな。それにそこに誰かいたってわけでもないし」

 

曖昧な答えだが、光努としても説明に窮する内容である事がなんとなくではあるが伺える。

 

だがそれでも、それだけで納得しないだろう事は光努も最初から理解している。

故に、ゆらゆらと揺らめく炎の衣服を揺らしながらも、光努はびしりと人差し指を立てた。

 

「実はな――」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

白い白い、三千世界をも塗りつぶすような真っ白な空間で、二人の人物が歩いていた。

道、と呼べる程、舗装された道路も、踏み荒らされた獣道も、この白い世界には存在しない。まるで自分が浮いているように錯覚し、広い床で歩いているようにも感じる。実際の所は分からないが、ただ白いだけの空間ではそれは考えるだけ無駄な事なのだろというのは、なんとなく直感していた。

 

しばらく歩いていると、後ろのロルフがぽつりつ呟く。

ただただか細いつぶやきではあるが、遮る物の何もないこの空間では、妙に耳に響く声となって聞こえる。

 

「どこに向かっているの?」

「ん?目印。えっと、次は……向こうだな」

「どこにあるの?」

「見えないか?ほら、あそこ光ってるだろ。蜜柑か檸檬なら蜜柑っぽいの。オレンジ」

「なんで例えが果実?それに全然見えない」

「そうか」

 

すぐ後ろをついてくるロルフと平坦な会話をしつつ、チカチカと光り、こちらにおいでおいでよと手招きしているかのような光を目指す。

 

……この言い方だと最終的に食べられそうだから表現を変えよう。

 

天から差す光に向かって、俺達は突き進む!いざ!

 

……うん、やっぱり考えるのはやめよう。

 

神器、パンドラの匣(スカートラ・ディ・パンドラ)は、神々が災厄を閉じ込めた匣を開き、人間界に災いが降りかかるという伝承で語られる神器。開くと不幸になるという物体は、たとえ目の前にあっても使いたがる人間など基本的にいないだろう。だがこの伝承は、パンドラの匣という物質のとある一面だけを捉えた伝承。

 

語り口を変え、書き手を変え、視点を変えて見てみれば、この匣の本来とは別種の特異性が際立って見えてくる。

 

この匣は、世界全土を災禍に引き込む災いの匣。ただ俺からしてみれば、気になるのは災いではなく、それを押し込めておいたと言う匣の方だ。

 

世界全土に流布する現象を閉じ込めて置けるという事は、視方を変えれば、()()()()()()()()()()()()()()、と解釈もできる。

そう考えれば、この中に閉じ込められるという状況がどれだけ壮大な事なのかもわかる。

 

分かりやすく言って、誰もいない、何もない、存在しない世界に置き去りにされた様なものだった。いわゆる独裁ス○ッチ状態?違うか。

 

全くもって、デパートの迷子アナウンスが可愛く思えるような出来事だ。実際そんなレベルではない。

 

果てがあるかも分からず、何を目印にしたらいいのかもわからない。

確かに、閉じ込めておくには果てしなく最適だと言わざるを得ないだろう。最も、規模にしてみれば学校の飼育小屋から脱走した兎一匹に対して陸海空自衛隊を呼び出すような馬鹿げた話だけどな。まあ俺は自分がなんの変哲も無い一般人、なんて思っているわけでも無いけどな。

 

「なあロルフ、お前日本には行った事あるか?」

「……ない」

「和菓子とか和食って食べた事ある?何がうまかった?」

「……羊羹」

「羊羹……羊羹かぁ」

意外と普通の物をお気に召したんだな。まあ羊羹うまいし。

「よし、じゃあ今度羊羹食わしてやる。居候してる所の朝菜菓子も作れるから羊羹きっとうまいぞ」

「……別にいい」

「よし、却下だ。いや、楽しみだなぁ」

「……」

 

拒否権など与えない。そうでなくてはこの手のやからは全ての事柄に対して「別にいい」で済ませるからな。ロルフはこのパンドラに閉じ込められてから、自分の人生をあきらめている。しかしそれは本人も納得している。

 

元々白蘭について来たのも、何もする気は無いが、言われたら考えず言われたままに動き、言われなければ何もせずの垂る、自殺志願者のような理論を胸に抱えてた為。その理論で行けば、この匣に俺を閉じ込めた時点でロルフのお役は御免、つまり命令する者がいないなら、ロルフは何もしない。

 

全くもって、テンションが下がりまくって自己嫌悪に泥を塗りつぶして闇の穴に落した自己中心の塊だ。自分の考えを貫く姿勢はいいが、それが死に向かった姿勢はまっぴらだ。子供なら子供らしく、もっと夢を見て欲しい所。

 

最も、そうならないような人生を送って来たというのだから、頭から否定するのも違うと思う。

 

だから俺は、ロルフと賭けをした。

この白い世界で死を選ぶロルフと、生を選ぶ俺の賭け。

生きる事、つまり脱出する事ができたら、俺の勝ち。脱出できなければ、ロルフの勝ち。ここで仲良く二人ともくたばるしかない。

 

ロルフに対して支払われる報酬は何もない。この何もない世界に閉じ込められ続けるという罰は、与えられるが。

 

言って素直に聞かないのであれば、その相手の内に打ち付けられた鉄の釘のような芯を

揺さぶり、引き抜かないといけない。

 

ロルフは元々心に硬い釘を刺しているが、この世界に来た時点で新たに〝脱出は不可能〟という釘を心に差している。

 

一本でも抜いてやれば、心は揺れる。その波を徐々に大きくしていく。

 

「はぁ、これもそれも白蘭のせいだ」

 

次に会う時は死なない程度に殴ってやろう。

幻騎士の分と俺の分とロルフの分の最低3発。後は後の状況によるって事で。無論顔面でな。

 

そうこうしていると、ロルフには見えてないらしいけど、俺の目にはチカチカと見えていた光の道標が、急に途絶えた。

 

ただ白いだけの世界に絵の具を垂らしたようなわずかな異変だったが、それが無くなるとなんとも簡素、というよりかは、本当に何もない世界が見える。

 

白く白いだけの白い世界。そもそもこれを世界と呼べるかもわからない。立っているのは地面なのか。それすらも分からない。しかし、目印があったから歩いてきたけど、それが無くなると困るな。手探りで周りの空間を見てみたけど、それらしいものは何も見当たらない。

 

(さて、どうするか)

 

当然だが諦めるという選択肢は俺の中に存在しない為、打開策を探す。

不意に、何かが光った気がした。

 

一瞬だが、鋭く突き刺すような、純白の光。同じ白い空間だから分かりづらいだろうと思ったが、不思議と自分の中にするりと入り込んでくるかのように、その光は明確にわかった。ふと背中の気配がわずか一変した感覚がして振り向けば、ロルフが少しだけ瞳を見開いていた。

 

「何、それ……フィオーレリング」

 

その言葉に、自分の指に嵌るリング、フィオーレリングをふと見ると、中央にはめ込まれた透き通るような白い石が、まるで意志を持っているかのようにわずかに光輝いていた。石だけになんつって。……すまん、忘れてくれ。

 

――ハハ、面白い事を言うなぁ。

 

「!?」

 

声が聞こえた。

ただし、そこに誰かがいるという、空気に響く様な声じゃない。いうなれば、幽霊とか神の啓示とか、超常的な不思議な声。

 

普通ならありえないような音だけど、この場所自体がありえない場所なので、案外無い事も無いかもしれない。

 

案外この場所にだけ生息する野生の声とかかもな。

 

――面白い事を言う。だけど、それは大きな間違い、なんてことは知っているだろ?

 

まあそうだな。流石に言っていてありえないねこりゃ、という感じだ。

 

「ていうか、俺誰と喋ってるんだ?」

「何言ってるの?」

 

一ミリも表情筋の動かない鉄壁の無表情ロルフだが、どこかしらきょとんとした雰囲気が見て取れるような気がする。あくまで気がするだけなので、実際に俗世に無関心なこの少年がどう思っているかはわからないが。

 

――いやいや、最近の少年はこんな感じだろ。ほら、反抗期とかそんな感じで。

 

果たして無関心は反抗期の内に入るのだろうか。

 

――それよりここから出たいんじゃないのか?

 

そう、それ。

けど、いわゆる〝声さん〟は知っているのか?ここから出る方法って。

 

――声さんは新鮮だな。ま、いいや。その腰の物使ってみれば?もしかしたらだけど出

れるかもね。

 

随分と投げやりな回答をよこす声だこと。

腰の物、とまるで刀でも差しているいるような表現だが、俺の腰にはそんな物騒な物はリルやコルと違って差していない。

 

あるのはただ一つ。銀色のチェーンに吊るされた立方体、太陽と月と星を、虹で結んだイリスの紋章で彩られた、純白の匣一つ。

 

――随分と変わった物を持っている。それ使えば、案外うまくいくかも。当然ながらもしかしたら、だけどね。

 

二回目の曖昧な回答。

けど、確かにこれはある種の賭けだ。まさ賭けと言っても、出れるか出れないかの2択なのだが。

 

しかしかまあ、確かに他の手段はすぐには思いつかないし、時間が経てば向こうも終わっているかもしれない。そうなってしまってはどうしようもない。

 

チョイスの結果次第では案外もう白蘭との戦いは終わっているかもしれないし。

……そう考えると今の状況って結構まずいか。

 

ボゥ!

 

色鮮やかに、何色にも染まらない純白の炎が、フィオーレリングから迸る。

真っ白な世界に置いても、その存在感は滞る事無く、後ろのロルフも瞳を少し見開いて魅入っている。

 

リングを填めた手と逆の手で、純白の匣を手に、炎を注ぎ込んだ。

 

「さーてと、それじゃいくか。『白虹(デア・イリス)』」

 

炎を注ぎ開いた匣から出てきたのは、純白の光。

不規則に揺らめき陽炎のように中空にとどまった白い炎、白夜の炎は、次第にその姿をぐにゃりと歪ませ、まるで生き物のように無形の形を変えて、俺の手に絡みつかせてきた。人肌より少し暖かいような、心地よい炎の不思議な感覚。手の平の上で再び、次第にその形状を変えていった。

 

この匣はイリス技術主任であるルイが、制作不可能と判断されたジェペットの知られざ

る設計書から作り出した匣。

 

白夜の炎を使い創り出した、過去未来、並行世界に一つしかない、白夜の匣。

 

「……!それ、剣?」

「そうか、今回は〝こう〟なったか。それじゃまあ早速、てぇいやああぁ!!」

 

気合を入れる必要があるかどうか、少なくとも叫ぶ必要は無いだろうが、周りが白い白いただ広い世界だったので、一つ気合を入れてみた。

 

握られた白閃は鋭い軌跡を描き、辺り一面の純白の世界に、亀裂を生み出した。

 

裂ける空間。その向こうには、無機質な白い世界の明るさではない、自然が生み出す太陽の光が溢れていた。

 

視えるは森、大地に芽吹く新緑の光。そして、燃え盛る分解の性質を持った紅蓮の炎が目に飛び込んだ。

 

「――見えた!」

 

その瞬間、俺はロルフの腕を掴み、外へと飛び出した。

 

――その道標を残した物に感謝するといいさ。そうでなくては、世界の反対側に出ていたかもしれないからね。

 

風の流れが飛び込み、消えかかる白い世界から、わずかに聞こえる不思議な声。

助かったけど、結果的には誰か分からなかった。

ただまあ、礼は言うよ、声さん。

 

――その必要は無い。結果的に良かったが、もしかしたらダメだったかもしれない。ならば、その可能性を考えれば礼など相殺される。まあ、出られたなら頑張るといい。

 

その声を最後に、俺は白い世界を後にした。

後に、亀裂が閉じると同時に、世界はパンドラの匣に閉ざされた無機質な空間へと戻る。

 

だがやはり微かに、最後に声が聞こえた気がした。

 

 

――頑張りたまえ、フィオーレリングを継ぐ者。花は再び、咲き誇る。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

瞬間、白神光努とロルフ・ミーガンは、ザクロ、獄寺、リル、ラル、γのいる焦土の上へと降り立った。

 

光努の並外れた動体視力の瞳が、眩い太陽の下、黒々と焼け焦げた焦土の上に横たわる獄寺、リル、ラル、γを捉え、同じ視界の中で獄寺とリルがこちを振り向こうとしているのも分かった。同時、ただ一人立ち上がり炎を噴き出す右手を掲げていた赤黒い影、ザクロ。ザクロも一体何事かと、ギョロリと瞳だけで光努の方へと向くのも見えた。

 

「て――」

 

そして光努は、がら空きのザクロの胴体を一足に蹴り抜いた。

 

ドゴオオォオオォ!!

 

およそ生物が生物を蹴り抜いた音とは思えない、爆発音のような音と共に、くの字に折れ曲がったザクロは絶叫を残す暇もなく、巨人が踏み抜いたように木々をなぎ倒し吹き飛ばされて行った。

 

「おま!……光努!」

「よ、隼人。みんな怪我してるな。リル、大丈夫か?」

 

中ほどから焼け焦げた大木に寄りかかって座り、深呼吸して呼吸を整えていたリルは、光努の姿を確認すると同時に瞳を見開くが、すぐに柔らかく笑みを浮かべた。

 

「あ、光努。おかえり」

「はいよ、ただいま」

 

どうにもリルがやられているという姿を想像していなかったので少し驚いた風だったが、無理やりではない、今の状況に対して心底笑ったことで、光努も少し安心したようだった。

 

だが突如顔に影が差したと思ったら、上空から炎が降り注ぐ。

荒々しく燃える紅蓮の業火の雨。先ほどザクロが放出し、そのまま腕と共に地面にぶつける算段だったのだろうが、その前に光努がザクロのみを吹き飛ばしたので、残された炎が降り注ぐという。

 

当然、その範囲に獄寺もγもラルも、リルも入っていた。

ここで選択するのは、1つ炎を吹き飛ばす、2つ全員連れて安全地帯に退避。

もしくは、

 

「守ればいい。それだけだ!」

 

ボオゥウ。

光努の手の絡みついていた純白の炎でできた匣兵器、白虹(デア・イリス)が、弾けたと思ったら獄寺、リル、γ、ラルの三人を覆った。

 

「これは……!」

 

触れれば透けてしまいそうな暖かな白い炎の膜。そして同時に、空から降り注ぐ赤い炎の雨。地面を抉り火柱を起こしたにも拘わらず、晴れればそこには変わらず、佇む光努と周りにいる者達は一切の傷なく、無傷でそこにいた。そして炎が止むと同時に、纏われた純白の炎が全て光努に集約され、まるで服のように纏われた。

 

その光景に、意識のある獄寺とリルは唖然としていた。

 

「とりあえず回復してろ。と言っても了平はいないからな。ふむ……じゃあ――」

「だったら、私が看てあげるわ♪」

「お前は確か……飯係!」

「その呼ばれ方は初めてで少し驚いたわ……」

 

あははと笑うのは、サングラスをかけた男、もとい女性口調を使いこなす通称おかま、ルッスーリア。

 

ボンゴレの独立暗殺部隊、ヴァリアーの精鋭幹部の一人であり、晴の炎の使い手。そして当然ながら、ヴァリアーの唯一の良心であり回復担当。またの名を、ヴァリアーのおかん。

 

ミルフィオーレと戦うべく、ボンゴレの補佐に、独立暗殺部隊ヴァリアーはイタリアより飛び立ち、たった今到着した所だった。

 

ちなみに、この世界に来た当初、光努はヴァリアー本部に無断侵入し、そこでルッスーリアにご飯を食べさせてもらった経緯があった。(2話参照)

 

「まあいいや、じゃあ後は任せた。ちなみに向こうの爆発は?」

「あっちならボス達がいるわ。真6弔花の、確かブルーベルって子と戦ってるのよ。後コルもいるわよ……てリルちゃん!?大けがじゃないの!それに他の子達も、すぐ治療してあげるわ!」

 

これが本当に暗殺部隊の幹部なのだろうか。光努はふとそんな疑問を思うが、ヴァリアーの中では比較的まともな方らしい。一応。

 

リルの他にコルの居場所も知れたのは光努的には大きい。見えた状況、聞いた情報。光努には、この場の状況把握がだいたい終えていた。

 

そしてその為光努が今から行うのは、吹き飛ばしたザクロの追撃。

 

ついでに言えば、吹き飛ばした方角に人の気配や炎を感じる。

 

 

「さてと、行きますか」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ていう事があって、現在に至る。ほら、簡単な事だろ?」

「おお!意外と大冒険していたのですな、光努殿」

「いやいやいや、それだけで済ませちゃだめでしょ」

 

光努が軽く語る内容に対して、キラキラと瞳を輝かせて尊敬の眼差しを送るバジル。そしてそれを見て無表情でひらひらと手を振るコルだった。

 

詳細を細かく語ると時間がかかるので、心理描写を省いて簡潔に説明しただけだが、普通に考えてドン引きの内容も含まれている。

 

特に脱出してそうそうザクロを問答無用で吹き飛ばしたのは神業的ファインプレーだが、同時にザクロでなければ死んでいたのでは危ぶまれるので幾人ドン引きである。

 

「あ、ちなみにロルフはリル達の所に置いてきた。あいつ匣なければ完全に非戦闘員だからな」

 

おそらく個人が潜在的に持つ炎の量ならトップクラスの炎圧を誇るロルフだが、個人的な身体能力や戦闘能力はほぼ皆無であり、砲撃要塞型の匣である雷要塞(エレットリコ・フォルテッツァ)が無ければ戦闘でできる事はほぼ皆無。せいぜいがリングの炎で身を守るくらいというので、当然の如く置いてきたのは正しい判断だろう。

そもそもがマフィアとは何の関係も無い一般人であるのだから。

 

「ハハン、腑に落ちない点はありますが、あなたがここにいるというのは事実。なら

ば、目的を遂行するまででですね」

 

まるで天空の大舞台で指揮棒(タクト)を振るように、わずかに右手を動かすと同時に、桔梗は仕掛けた。

 

桔梗の結った髪先から伸びる変形増殖された首長の恐竜の頭の数々。それは一度下の湖に浸かり、再び水面に出しているが、湖底を突き破り地面へと潜らせる。

 

見た目だけでは判断がつかないが、人の立つ大地の↓という完全なる死角からの奇襲攻撃。そして桔梗は、光努の足元へと恐竜の頭を潜り込ませる。

 

そしてそれは桔梗の合図と共に、光努へと向けと、水面を動くように滑らかに、地面から地上へと飛び出した。だれもそれに気づかない。会話と会話の合間の出来事は、言葉を発する対象を見ている。気づくのは桔梗一人。

 

桔梗は、気づいた。わずかに、自身が狙い定めた地点、光努の足元の真下へと恐竜を動かすと同時に、その場からわずか半歩程後ろに下がった光努を。

 

だがそれでも、恐竜到達地点の真下にいる事には変わらない。地面を粉砕する爆発音と同時に、光努の足元から凶刃な牙を備えた巨大な竜の顎が跳び出した。

 

凶刃な牙が肉体に食い込み、引きちぎるように天空へと駆け上がり血潮をまき散らす、と予想をしていただけに、この光景には正直予想外だった。

 

問題なく地面から跳び出し、そのまま光努の体を空へと吹き飛ばした。だが、本来なら恐竜に喰われる予定だっただけに解せない。同時に理由もわかる。

 

光努がわずかに下がった半歩、その足でもって、跳び出した恐竜の鼻先へと足の裏を当てた。まるで、どこから恐竜が出てくるのがわかっていたかのような絶妙なタイミングの移動。

 

無傷のまま下から持ち上げられて、光努の体は天空へと飛び出した。

 

「光努!」

 

誰が叫んだのか、一瞬の出来事に皆驚くが、止めとばかりに放たれた業火が上空の光努を再び飲み込んだ。

 

誰が見ても分かる紅蓮の業火、ザクロの放出した嵐の炎だった。驚きに包まれるが、ザクロ本人は訝し気な表情ですぐれない。同様に桔梗も、良い表情はしていない。

 

それは先ほどの二の舞だと、理解したからだろう。一度変えならまぐれで片付けられる

状況も、真6弔花の圧倒的な力に2度目は通常存在しない。だが、光努はあっさりと初撃を凌いだ。いや、凌いだという表現も正しくないかもしれない。光努にとって、()()()()()は、苦でもなんでもなかったから。

 

 

ボオオゥウ!!

 

 

ぶわりと、自身の身に纏う純白の炎の衣を翻し、振り払った業火を纏って中空へと降り立つ。

 

チリチリと吹きさす紅い火の粉が小さく純白を照らし、一枚絵のように炎の上に降り立つ姿は、同じ人間とは思えない神々しさに包まれていた。

 

破壊と分解をまるで物ともしない所作に、まるで水を掬うように紅蓮の炎に素手で触れ、さらさらと空に溢す。

 

「白夜の炎の特性は〝適応〟。この炎にはもう、()()()

 

純白の炎を身に纏い白神光努は、楽し気に笑った。

 

 

 

 

 

 

 


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