特異点の白夜   作:DOS

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『リターン・バトル・ミュージアム』

 

 

 

 

「くらえぇー!ボンバ・アンモニーテ!」

 

人の身の丈を優に超えるであろう、巨大な雨の炎に纏われたぐるぐると渦を巻いたアンモナイト。正確には高純度の雨の炎を圧縮して作り出したのだろうが、匣兵器と掛け合わさった彼女の技は、その一つ一つが通常の匣兵器を軽く凌駕する。

 

眼下に見える新緑の木々を無視し、空を踏みしめ駆ける人物は、自身の周りに展開された4本の剣を掴み取り、巨岩とも形容すべき巨大なアンモナイトに向かって両手でもって投擲した。

 

全身をバネのようにしならせ、間髪入れず撃ち放ち持ち替えさらに撃ち放たれた4本の剣は、吸い込まれるように雷の炎を纏い、巨大なアンモナイトに向かって正面から白銀の刃を突き立てる。強靭な威力に鍔元まで刺さった4本の剣は、刃の先から蜘蛛の巣のような罅を散らす。だがそれでも、巨岩のようなアンモナイトを全て破壊するまでには至らない。根元まで突き刺すことができたのは、使用者の炎の威力と技量の高さ所以だろうが、必要ならばあと数撃、もしくは強力な一撃を当てる必要があるだろう。

 

その追撃の一撃を、連続的に行われた攻撃の最終段階を、左手を腰の刀の鞘に、右手を柄に手をかけ、自身の命を脅かし迫る物体に対して、渾身の斬撃を放った。

 

朝ノ型伍(フィフスコード)剣の銃弾(ソード・ブレット)

 

本来ならナイフや暗器の類を投擲し、止めの斬撃を放つ剣技だが、今回はあろうことか全て一般的な長さの剣で補うという防御に出た。

 

突き立てた剣ごと斬り裂くように、点と点でつけられた傷を斬撃で繋ぎ、巨大なアンモナイトは空中分解を果たした。先の剣はただ投擲しただけにあらず。アリの穴から堤も崩れるというように、一撃一撃を破壊へとつなげる一穴とし、最終的に巨岩でさえも粉砕する剣技。

 

自信のあった攻撃をほとんど苦も無く迎撃された事に対して、攻撃を仕掛けた少女は憤慨した様子で腕を振り回す。

 

「にゅにゅぅ!?もぉー!何なのよぉ!さっきから邪魔よ!」

 

鬼の形相と形容すべき怒りに心情を染めているが、どうにも少女の幼い顔立ちが多少変わっても微笑ましさを感じてしまうだろう。しかしその感情任せに繰り出される攻撃は、とても可愛らしいさとは無縁の凶悪さを秘めている為、まともに受け止めることは勧めることはできない。さながら一人一人が無尽蔵にミサイルを撃ち出す爆撃機に例えるような心境だろうか。

 

相対する少年は、そんな少女ブルーベルの怒りに対して、どこ吹く風と、表情を変えることなく淡々と、少女の一挙手一投足を見つめていた。

 

「それは良かった。邪魔になっているのなら、足止めは成功している事になるからな」

 

この声が聞こえているかはわからないが、自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ少年、コルは、振り抜いた天國刀をパチリと鞘に納め、再び自然体に構える。

 

相対するのは、真6弔花の雨のマーレリング保持者ブルーベル。

おそらく真6弔花の中では一番幼いであろう紅一点の少女ではあるが、その愛らしい見た目に反して爆発物を放ってくる危険極まりない匣を使用してくる。だが、そんな匣兵器は彼女にとってただの小手調べにも等しい。今の姿を見れば、とてもただの少女とは呼べないだろう。

 

否、ただの人間とも言えないだろう。

 

蒼海を思わせる水色の髪を、空に揺れる波のように流し、深海のようなマリンブルーの瞳は強い意志を秘め、対峙するコルを睨みつけている。

 

だがそんな顔立ちや表情など二の次、真に驚くべきは彼女の下半身にあるだろう。上半身は通常の肉体にも拘わらず、腹部より下は2本の脚――ではなく、するりと大空を蹴り上げ泳ぐ力を秘めた尾びれ生えそろっている。その姿は、まさに童話に出てくる人魚姫と言っても過言でないような容姿。魚の足、という風には少々語弊があるかもしれないが、大まかな所で言えば間違ってはいない。

 

明らかに人間を超え、人間と別種の生物が掛け合わされた姿。

 

真6弔花の修羅開匣、そしてブルーベルに掛け合わされた匣兵器は、ショニサウルス。

約2億2000万年以上も前に生息していた、最大の魚類として知られる魚竜の一種であり、現存する最大級の13メートルに及ぶジンベイザメを優に超える、およそ固体によっては20メートル越えもあったといわれる生物だ。

 

ここで安堵しておくのが、ザクロのように全身をもしショニサウルスの特徴が合わさっていたのなら、中々に悲惨な結果になっただろう。ショニサウルスは細長い顎が特徴でもあり、もしも人魚風ではなく半魚人風になったとしたら、彼女の顎骨が大変な事になり、思わず失笑物の一幕があったかもしれないが、それはこの次元世界において存在しない事実なので割愛しておこう。

 

イリスファミリー第二戦闘部隊『シャガ』のコルと、ミルフィオーレ真6弔花のブルーベル。

 

それぞれが強大な雨の炎を操り、片や刀を、片や全身兵器へと変貌し、森を足元に置いた空中戦を行っていた。

 

この二人がぶつかることはコルにとっては必然の事だった。

昨夜の作戦段階で決まっていた事であり、二チームがそれぞれ桔梗、ザクロの撃破を担当し、その間に浮いたブルーベルがユニ元へ向かう事と、他の真6弔花に手助けする事を阻止するために、コルが足止めを買って出た。

 

リルとコルの二人は、自分と同じ属性の炎の気配を常人よりも遥かに高く感知できる。その為、コルにとって空を飛んで来るブルーベルを特定する事は左程難しくなかった。

 

準備を整え普通に木々を掻き分け歩き、森の中から空を見上げて待っていれば、優雅に鼻歌でも歌っていそうな少女ブルーベルが飛んで来るのがすぐにわかった。途中でキョロキョロとしていたのと、気配がうろうろとしていたのをコルは感じ取り、道にでも迷ったのかと考えていたのは余談である。

 

まずは牽制に一撃放ち、後はなし崩し的に戦闘に入る。実に簡単な結果と言える。

戦闘開始後すぐに修羅開匣を使ったブルーベルだが、別に追い詰められたからの奥の手というわけでは無い。いわば修羅開匣させて、ようやく真6弔花を戦いの土俵へと上げたと言えるだろう。

 

しかし、ここまで二人とも互角の攻防を繰り広げていた。といっても、ブルーベルの飛び道具をコルが迎撃する、という攻防の繰り返しではあるのだが。

 

修羅開匣したブルーベルは言わずもがな、コル本人も本当に人間かと疑いたくなるような戦い方をしている。おかげで、眼下に見える森の一部一部の木々が消し飛んでいる。主にブルーベルの爆発物(アンモナイト)の攻撃の余波のせいではあるのだが、それをいなすコルも大概だ。

 

「むぅ!もぉ、砕け散れぇー!爆発巨大鸚鵡螺化石(ボンバ・アンモニーテ・ジガンテ)!」

 

掲げた右腕より、まるで炎をくべて膨らむ気球のように、巨大なアンモナイトが出現する。先程コルに撃ち出した物の倍、山でも見ているのかのような巨大さ。

 

強大な高純度の雨の炎を纏い、ブルーベルの合図と共に、コルに向かって影を落とす。巨岩、なんて言葉は生易しい。幾多の生物を圧殺せんとする暴威を、コルは静謐に、ただ無表情に見つめていた。

 

感情が無いわけではない。

この状況に危惧していないわけでもない。

だが、焦っては剣が鈍る。

 

わずかなズレは命がけの状況下では命取りとなる事を、コルは知っている。。故にコルは、澄み渡る大海の如く、心を落ち着かせる。

 

(巨大な岩も同然の兵器。簡単に本体に攻撃が()()()()以上、攻め方を変えるしかない)

 

パチン!

親指で鍔を押し、鯉口を切ってすらりと神器級の刀、天國刀を抜き放つ。

 

まるで夜露に濡れた様な滑らかな刀身は、鏡の如く眼前の脅威を映し出す。こうして空から振り下ろされる巨大な物体を見ていると、まるで隕石のように錯覚するが、(おち)る石と書くのだから、あながち間違いでも無いだろう。

 

瞬間、コルの右手の指に嵌るDリングから、溢れ出すように蒼海色の雨の炎が吹き出す。蜷局を巻いた水竜を模した蒼い指輪は、イリスの龍炎石を加工して作られた精製度A級のリング。

 

ブルーベルに引けを取らない、高純度の雨の炎コルを球体状に包み込むと同時に、一瞬で収縮してリングへと収まった。

 

(?あれって確か……チョイスでイリスの女もやってた……))

 

ふと、ブルーベルの脳裏に思い浮かぶチョイスの光景は、白蘭と、やられる同僚、そして白いマシュマロだが、映像の中で見たイリスファミリーのリルも使っていた剣技。

 

変則二刀剣刀術(デュアルコード)漆ノ型(セブンスコード)彩色(サイシキ)紅赫刃(コウカクジン)

 

圧縮した高純度の炎を全て刀身に隙間なく載せ、炎を纏うだけ以上の切れ味と特性を誇る、炎の刃を作り出す秘技。その効力は、リルの紅赫刃で幻騎士の幻覚匣を一刀両断できる程に強力。ただしそれは、特性が分解である嵐の炎の為、破壊力という点が極限に増幅されたというのもあるだろう。最も、そうでなくとも炎を圧縮して載せるだけでも、この剣技の威力は計り知れない。

 

だが、コルの持つ刀はそれだけにとどまらなかった。

 

青い絵の具を垂らしたように、刀身を蒼海色に染め上げる。本来ならリルと対を成す、『彩色(サイシキ)蒼碧刃(ソウヘキジン)』という技だが、今はその炎の放出が留まる事を知らず、コルの身の丈を数倍超える、まるで雨の炎で作り出した巨大な刀が出現した。

 

ここまで来るのに、わずか数秒。ブルーベルはその展開速度の速さにも驚いたが、何より澄んだ水が形どった刃の色合いの鮮やかさに、一瞬見惚れてしまった。

 

漆ノ型(セブンスコード)彩色(サイシキ)(アラタメ)蒼碧水紋魔太刀(ソウヘキスイモンマダチ)!」

 

一本の刀を芯として、炎で作り出した巨刀。本来一般的な刀を使用すれば、純度の高い炎の圧縮に耐えられず、一瞬で形状崩壊必死な技を音を上げる事なく受け止めるのは、流石に神器級と言われるだけある天國刀。頑丈性は折り紙付きだ。

 

全く重量を感じさせない音速の剣は、まるで豆腐でも斬り裂くが如く、迫りくる巨大なアンモナイトを、容易く両断して見せた。

 

だが、それだけでは不十分とコルは考える。彼一人の身の安全を考えるのであれば、両断すれば後は横に流しておしまい。自分は無傷でいられるだろう。だが、もしも森の中に誰かがいる時の事を考えると、このまま止めるのはコル的に却下した。故に、振り下ろした刃を返し、再び連撃を叩き込む。

 

小さなゴマ粒を斬り裂けというのなら多少神経を使うかもしれないが、目の前にあるのは人の背の数倍はある巨岩だ。斬り裂き細切れにする事は、大して難しくなかった。

 

空気と共に切り裂いて、翻した刀でさらに切る。この淡々とした数度の切り替えしによってバラバラに切り刻まれた瓦礫の破片は、パラパラと当たっても重症にならない程度に雨となり、足元の森へと降り注ぐのだった。

 

本来爆発性のあるブルーベルの攻撃ではあるが、彩色はその炎の特性を極限化して斬撃に載せる。そして雨の沈静によって、切断と同時に爆発性も抑えられた。

 

さらにそのまま、正眼に構えるように切っ先を天に掲げ、一息にブルーベルへと巨大刃を振り下ろした。

 

夜ノ型(コードサード)流一閃(りゅういっせん)!」

 

迫り狂う極大の刃。まさに先程の攻防の再現。だが今回は攻守が逆転し、ブルーベルが見上げる側へと立たされていた。

 

彼女にとって大抵の攻撃は恐れるに足らないだろう。

修羅開匣時、掛け合わされた匣兵器の影響により手に入れた防御特性によるものだ。だがしかし、眼前に巨大な刃が迫り狂う光景を見ると、流石に一瞬だがびくりとなってしまうのは仕方の無い事だった。実際は不明だが、外見年齢や精神年齢という点で言えば、おそらく彼女が一番幼いであろう事は明白だからだ。

 

しかしブルーベルは自身満々に、にぃっと笑い、右手を掲げて防御態勢を取る。

 

「へへーん、クラゲ・バリア(バリエーラ・メドゥーサ)

 

ブルーベルは自身を中心にした球体状に、雨の炎による防御壁、俗にいうバリアを展開できる。その硬度は頑丈、単純な銃弾やミサイル、炎なら余裕でガードできるだけの力を備えている。それ故に、ブルーベルは迫る攻撃に対して当然の如く防御を選択したわけだが、なんとなくだが己の内に悪寒のように駆け巡る嫌な予感を感じ取った。

 

(あれ?これ防げるかな?……いやいや、私の防御壁は鉄壁よ。これくらい――)

 

ギイイィィン!!

巨大な雨の刃と雨の盾のぶつかり合い。

が、その拮抗はじりじりと徐々に食い込むと同時に、一瞬で砕け散った。

 

「にゅにゅ!?」

 

一瞬のせめぎ合いも、圧倒的な物量差で押し切られたらひとたまりもなかった。

ブルーベルも驚き目を見開く。そしてやばっ、というような顔をしたが、意外と余裕そうに迫る刃をするりと躱した。まるで海を悠然と泳ぐ人魚の様に……様というよりかはまさにその通りにしか見えないのだが、まるで空を泳ぐように軽やかに動く。

 

思ったよりも危機感無く避けた事に得意げに表情を浮かべるが、通過した刃が森の一角を切り崩していく光景を見て若干青ざめたのは内緒である。

 

「べ、別にあれくらい余裕で受けられるし!ていうかあの程度わざわざ受けてあげるまでもないっていうか、今のは手加減したんだから!」

「何を言ってるんだ?」

「うるさい!くらえ!」

「てい」

 

小型の爆発アンモナイトを飛ばし、それをコルが一瞬で斬り捨てる。わずかに手がぶれ

たように見えたと思ったら、一瞬の内に鞘から刃を抜き放ち、納刀する。

 

またもあっさりと迎撃された事に、ブルーベルのフラストレーションは溜まっていく一方。

 

しかしながらコルも、どうしたものかと思考するのだった。が、思考は一瞬の内に中断させられる。

 

割と近い森の一角より立ち上がる、爆炎とも形容すべき強大な炎と光。ブルーベルも思わず同じ方向を向き、一体何事かと考える一方、誰かが戦っている事をすぐに理解する。

 

木々を燃やす紅蓮の炎、嵐の炎。

それがわかれば、コルは誰が戦っているのかすぐに理解した。

 

出来れば向こうに行きたいところ。だが、ここで加勢に行ける程に、敵は軟な人物ではない。あれでいて、警戒する事なくこちらにプレッシャーを与え続けている。

 

が、よくよく見てみれば、ブルーベルの方も視線だけでだが爆発地点を気にしている。

どうやら、理由は多少違えど二人の考えは同じと思ってい良いだろう。

 

ならば、

 

「「!!」」

 

視線が一瞬交差すると同時に、互いにその場を跳び出して、爆発地点へと一目散に走った。正確にはブルーベルは走ってはいないが、この際そこはどうでもいい。

 

互いに攻撃を繰り返しながら、目指す地点へと近づいていくのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ボンゴレイリスを攻める為、夜明けと共に特攻を仕掛けた真6弔花の3人目の桔梗は微笑を浮かべ、眼下の光景を前にして、己の力の強大さを再確認していた。その見た目は、とてもただの人間とは思えない程に、他の真6弔花同様変貌を遂げている。

 

額と両肩に雲の炎を纏う角を生やし、背後に流した毛先が伸びだして、幾重にも増え続ける首長竜のような頭を作り出していた。確かに頭は恐竜の頭に見えるだろうが、あのような生物は見たことが無い。異形も異形、異常も異常。

 

彼の修羅開匣に掛け合わされた生物は、約1億1000万年前に生息していた、ティラノサウルスと並び最大級の肉食恐竜と恐れたスピノサウルスだ。

 

棘トカゲの意味を持つ属名があり、その名の通り背に棘突起のような骨格が形成されており、生態では帆のように形どっていたと推測される肉体をしていた。だが、今眼前の桔梗の姿を見てみると、その様子は全くもって異なる。

 

桔梗曰く、雲属性の炎によって変形増殖を繰り返し、もはや原型を留めていないという。

自身の毛先から跳び出す首長の恐竜の頭は、それぞれが全て増殖によって生み出されており、たとえ破壊されたとしても単純に何度でも増殖を繰り返す事ができるという。まさに、無限に頭が増え続ける八岐大蛇とでもいうべき異形の生物。

 

故に、真6弔花最強を自負する。

 

それがただのはったりでもなく、確固足る事実だという事は、相対するものには否が応でも理解させられた。

 

 

当初ユニを狙って飛行する桔梗を、太猿の持つ、他者の炎を狙って追尾攻撃を仕掛ける嵐の匣兵器、ダークスライサーの対空地雷によって狙い、そこからさらに太猿野猿兄弟の持つ黒鎌(ダークサイズ)の炎撃の追撃を当てるという奇襲作戦はうまく成功した。だが、攻撃が成功した事と、敵を倒したという事は同義にはならない。

 

 

避ける必要も無いとでも言いたげ、余裕そうな微笑を浮かべる桔梗の姿に舌打ちする太猿達だった。

 

本来なら奇襲時に仕留めたかったが、そうならなかった場合の保険として同行した、バジルと了平の二人で直接相手を叩くという戦闘。

 

 

だが、桔梗へとたどり着く前に、彼の匣兵器、雲ヴェロキラプトル(ヌーヴォラ・ヴェロキラプトル)によって苦戦を強いられた。

 

ミルフィオーレの科学力が成せる、唯一無二の恐竜型匣兵器。通常のアニマル匣よりも遥かに強力であり、雲ヴェロキラプトルは複数のヴェロキラプトルを召喚し、速度、攻撃力、防御力とバランスよく高く、曰く最新装備の軍隊一個師団以上の戦力を誇るという。

 

ほぼ怪我人で構成されたメンバーでもあり、敵の匣が予想以上に強力というのもあり、じりじりと苦戦を強いられた了平達だが、この戦いの場にリボーンの指示で連れてきたランボのボンゴレ匣によって助けられた。

 

10年前の時代に置いて、ランボが最も心を許した人物にもう一度会いたいという子供の心を刺激し揺さぶるというリボーンの作戦を了平はリボーンより伝授させられていた。

つまりは、ランボがよく懐いていたツナの母親に会いたくないのか、その言葉で了平はランボを一括した。

 

跳馬、キャバッローネファミリーボスディーノは、雲雀恭弥の持つ死ぬ気の炎を生み出す覚悟が、彼にとっての怒りと同義であると考えた。

 

それと同様、ランボのツナの母に会いたいとおいう思い、子供の純粋なわがままは、ランボ自身の覚悟を引き出し、眩いばかりの雷の炎を生み出させた。

 

そしてその結果開いたボンゴレ匣による、形態変化(カンビオ・フォルマ)

 

初代雷の守護者は大地主の息子であり、若く世間知らずで臆病者であったという。だが、Ⅰ世はあえて彼に先陣を切らせた。それはⅠ世が、彼の持つ底知れない力を知っていたから。臆病者でありながら誰よりも先頭に立って戦う。その矛盾が現れた匣こそ、

 

激しい一撃を秘めた雷電と謳われた、ランポウの(シールド)

 

盾と言われて侮るべからず。ランボの持つ雷の炎を耐電し、まるで角のように意志をもって突き出された雷は、堅い皮膚の上から雲ヴェロキラプトルを貫き、一瞬の閃光と共に全滅させてしまった。

 

この光景には、流石の桔梗も驚く。まさか自分の匣が、年端もいかない子供に破られたというのだから。最も、ランボはこれで気力を全て使い果たし、静かに眠りについたのではあるが。

 

そして、部下である恐竜たちを排除した今、ようやくご主人たる桔梗が優雅に攻撃の意志を見せた。

 

その後起きた事は言うまでもない、修羅開匣である。

 

そしてそれに対抗する手段も、あまり多くは無い。

故に了平は、己の切り札、ランボ同様に匣兵器による形態変化(カンビオ・フォルマ)を行った。

 

それは、初代晴の守護者と同じ武具、同じ状態を表す匣兵器。

 

嘗て無敗伝説を築き上げる程のボクサーだった初代晴の守護者は、リング状で誤って対戦者を殺めた。その後は拳を封印し神に仕える仕事に就いたが、Ⅰ世の危機に際して、己に3分間の時間制限を設け、見事その拳でファミリーを救ったという。

 

明るく大空を照らす日輪と謳われた、ナックルの極限ブレイク!

 

それは漢我流から撃ち出された晴の光弾をわざと自分に浴びせて、最高状態のコンディションに持ち込む一種のドーピング技。

 

晴の活性の炎により、了平自身の神経系、筋力等の肉体強度を超活性させ、通常の10倍以上の身体能力を実現する。普通の人間であればその超活性の負荷に耐えられない所だが、コロネロから何億人に一人という強靭な細胞を持つというお墨付きをもらった了平なら、その負荷に耐えられる。最も、初代晴の守護者の状態を表したこの匣は、流石の了平でもってしても3分間しか肉体が持たないというデメリットが存在する。

 

つまりは、了平は形態変化してから、3分以内に敵を撃破しなくてはならない。

この状態なら桔梗に匹敵しうる、身体能力のみであれば圧倒するスペックを誇る事は最初の攻防によって証明された。

 

後は了平の攻撃力が桔梗を戦闘不能にするのが先か、桔梗の無限増殖を繰り返す毛先から生える首長竜による防御能力が3分持ちこたえるか、その勝負だった。

 

ある特殊な条件下ではある者の、両者のパワーバランスはある種拮抗しているといってもいいだろう。

 

そして今、その結果が現れようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「はぁ……く、くそう!ぐ、ぐああぁ!」

「ハァ、ハァ。あなたが怪我をしていなければ……危なかった。しかし……超活性の反

動が来ているようですね」

 

互いに打ち込み守り、3分という枠組みを超えた様にに感じる程の密度を誇る両者の攻防は、すぐに崩れ去った。

 

了平は端から見ても満身創痍の出で立ち。晴の活性によって無理やり体を動かしていたにすぎず、塞いだはずの傷が次々と破れ、少なくない量の血液を流す。すでにボロボロとフォームも崩れ去り、超人的な能力を得た代償に、リミットの3分を過ぎた事により、肉体が悲鳴を上げていた。

 

一方桔梗の方は、防御に回した恐竜は全て迎撃されたにもかかわらず、雲属性の特性である増殖によって再び群を率いる。結果を見れば、桔梗は最初の数撃以外全て恐竜で受け止めた為、さらには恐竜も増やし直し、減った戦力は0。と言っても、桔梗自身了平の力には驚かされ、わずかながら焦り、冷や汗を流した。

 

一個人の身体能力という点だけ見れば、桔梗がこれまで戦ったどの人間とも、生物よりも強かったと確信をもって言えるだろう。先ほど彼が言った通り、了平が傷さえなければ、もしも3分というリミットも無ければ、負けていたのは自分の方だと思える程に。

 

だが、見ただけで分かる。了平はもう、戦う事は出来ない。例えできたとしても、とても真6弔花を打ちとれる力を出せるとは思えない。

 

ボンゴレ匣が出た以上、これ以上の手は了平には残されていなかった。

 

「さ、そろそろ幕引きと……あれは?」

 

優雅に空の上に佇む桔梗は、ふと強大な炎反応と、さらにはこの場所からでも見える、森の一角が視界に映った。

 

「ブルーベル?それに、あれはイリスのコル!?あちらは……ザクロですか」

 

少し遠くに見える情景。といっても、森の中というのもありそこまで詳しい景色が見えるわけでは無い。だが、その状態を、景色を変える程の威力を有する力の持ち主を、即座に桔梗は理解した。焦土とかした森の一角は、ザクロの炎、それも修羅開匣によって得た威力の物だろうという推測。

 

そしてそこからそこそこ近い森の上空で、巨大な雨の炎を纏う巻貝、アンモナイトと、こちらも相対する巨大な雨の炎で形成された刃。両者がぶつかり、頑強性と爆発性に優れたアンモナイトが、なすすべなく切り裂かれ沈黙していく光景がよく見える。桔梗事態の視力や動体視力が良いというのもあるが、あれだけ巨大な物であれば遠目でもわかりやすい。

 

「何、コルだと!」

「おや、気になりますか、笹川了平。安心してください。どうやらまだあちらの戦闘は続いているようです。最も――」

 

ブルーベルの絶対防御は完全に攻略できてないようですが。口には出さないが、心の内で嘲笑を浮かべる桔梗は、表でも優雅な微笑を浮かべる。

 

正面から全てを防御するクラゲバリア(バリエーラ・メドゥーサ)を破ったコルではあるが、それはまだ完全とは言えない。ブルーベルの真の絶対防御があるが所以か、コルは今まで一度も、ブルーベルの一定範囲内に近づいていない。故に、桔梗はその光景に笑う。

 

例え攻撃で互角の戦いを繰り広げられようと、躱し続けるのにも限度がある。ならば、防御能力が高い方が圧倒的に有利。

 

ドゴオオオォ!

 

瞬間、遠目に見えた森の一角、木々を黒い炭の森へと変貌させた焦土から、極大の火柱が立ち上った。

 

全てを焼き尽くし、全てを分解し、全てを破壊し灰へと帰る強い嵐の炎、紅蓮の劫火。地獄の鎌が開いたかのような熱量が、桔梗達のいる場所へとわずかに熱風を届ける。だがそれも、桔梗は涼しい笑みで受け流す。

 

(ハハン。あれはザクロの炎。ならば、あちらはもう終わりですね)

 

その時、バキバキと木々がへし折れる鈍い音が耳に響く。何かがものすごいスピードで飛んでくる、いや、飛んでくるというよりも、吹き飛ばされてくる、というほうが正しいだろうか。

 

その音は了平や、地上にいたバジルの耳にも届いていた。森を見渡せる位置にいた桔梗だからこそ、木々が倒れこちらに突っ込んでくる物体に気づいたが、特に何をするまでもなく、跳び出してきた影は桔梗の足元で佇む恐竜の一体にぶち当たり、そのまま首長竜の首がくの字に折れ曲がり、反対側の木を巻き込んで衝撃をもたらした。すぐに桔梗はその恐竜を切り離し新たに分裂するが、そんな機械的な作業をしている最中でも、笑みは崩れない。

 

「ハハン。ザクロが随分と派手に暴れているようですね。感触で人型だというのは分か

りました。見てみなさい、あなたのお仲間の末路を」

 

間違っても、匣兵器ではない、何かが己の恐竜に当たった感触に桔梗は瞬時に理解した。

 

故に、その事を目の前の了平達に教えてやれば、予想通りに表情を驚愕と悲壮に染め上げる。そして桔梗を含め、森を突き抜け、恐竜を巻き込み、湖の反対側で土煙を立てながら止まった物体へと視線を向ける。

 

これも桔梗の策略の一つ。

やられた仲間を見せ動揺を誘い、あっさりとこの場を抜ける為の。物量差でごり押しもできたが、白蘭が待ち、すぐにユニを連れ戻したい以上、できるだけスムーズに行けるならその方が良いと考えたから。動揺させ、ボンゴレイリスが側の士気を全体的に下げる目的。

 

士気が上がれば戦争に勝ち、士気が下がれば戦争に負ける。

まるで子供のような精神論根性論だが、覚悟という人の心の強大さで炎の力が決まるこの時代では、あながち間違っていないとも言える。そして尚且つ、この作戦は仲間との結束が強ければ強い程、効果的だ。

 

 

だがそれも、桔梗が予測した通り、やられたのがボンゴレ、もしくはイリスの誰かだったら、だが。

 

「く、がはぁ!……この、バアーロオォー!!」

「な!ザクロ!?一体これは……!?」

 

常に冷静に、微笑を浮かべる優しいリーダーのキャッチフレーズの桔梗にしては珍しく、驚愕し狼狽する。

 

絶対という言葉を使う事を厭わない己の自信が、ガラガラと崩れ去る音が聞こえる。一騎当千の人外集団、真6弔花の実力が疑われる状況。

 

赤黒い皮膚に身を包み、嵐の炎を纏う人型の異形、ティラノサウルスの力を得た修羅開匣状態のザクロが、桔梗視線の先で木々をへし折り、抉れた地面に横たわりながら天空に向かってあらんかぎりの怒涛の叫び声を上げていた。

 

デイジーに及ばないが、ある程度の再生能力を有するザクロではるが、それでも獄寺に削り取られた左腕は完全に完治していない。

 

無い左腕を使わず、右腕だけで立ち上がろうとする。

そんな満身創痍な姿に、桔梗は叫び、声を掛ける。

 

「ザクロ!一体何があったのですか!?」

「くそぉ!桔梗!あいつが――」

 

 

ズガアアァァン!!

ザクロの言葉を途中で遮り、再び轟音。

 

木々をバキバキと折り倒し、ザクロに追撃を加えたのは、一本の木。そう木。

緑の葉を宿し、深い年輪を重ねた大木……が、地面と平行に飛んできてザクロにぶち当たった。

 

どう取り繕って説明をしようとも、遠回りな言い方をしようとも事実は変わらず。真6弔花の桔梗でさえ非常識と認める攻撃手段。

 

やられたザクロ本人だって、あんな馬鹿無茶な戦い方はしないだろう。

 

しかし桔梗が驚愕したのは、ザクロの最後の言葉の真意。

 

その時、鋭敏な聴覚を誇る桔梗の耳に、草むらを踏みしめる足音が聞こえた。

 

 

(ありえない!〝彼〟が出てくるにしても、早すぎる!)

 

 

ザクロが吹き飛ばされてきた方角、現在ザクロの方に視線を向けている桔梗の死角となる湖の反対側から聞こえてくる足音が近づくと共に、桔梗の頬を冷や汗がたらりと一筋流れる。

 

ありえない、そう心の中で呟きながら、その圧倒的な存在感が背筋を圧迫する感覚、修羅開匣した影響もあり野性的な感覚が自身の中で警報を鳴らしている。

 

 

「あー、パンドラの中って何も無いから逆に疲れた。出てみたらナイスタイミングか……いや、遅すぎたか?ま、とりあえず間に合ったみたいでよかった。一応間に合ってるよな、どう思う?……真6弔花、桔梗」

 

 

「……白神……光努!」

 

 

吹きすさぶ微風に柔らかく白髪を揺らし、大胆不敵に、その場に立つのは我一人と言わんばかりに堂々たる姿を、その周りだけ別の空間と錯覚するような圧倒的な存在感を。

 

 

この世界に降り立つ特異点、イリスファミリーボス、白神光努は、楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 




9話ぶりに光努が戻って来た。

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