特異点の白夜   作:DOS

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『夜明けの決戦』

 

 

 

 

 

濛々と立ち込める粉塵と火の粉が渦を巻き、ひび割れた地面に降りかかりある種地獄絵図を作り出していた。

 

中ほどからへし折れた大木、地を抉られ反乱する池の水。瓦礫の破片の山と化した建物。

 

そして、死屍累々と倒れ伏す人々。

槍が刺さり、折れた剣が刺さり、斧が刺さり苦無が刺さりジャマダハルが刺さりレイピアが刺さりバスターソードが刺さり胡蝶刀が刺さりカットラスが刺さり小太刀が刺さりグラディウスが刺さりメイスが刺さりフラベルジェが刺さり三節棍が刺さり鎖鎌が刺さりトマホークが刺さりトライデントが刺さりランスが刺さり釘バットが刺さり蛇矛が刺さり手裏剣が刺さりブーメランが刺さり弓矢が刺さり火縄銃が刺さり吹き矢が刺さり寸鉄が刺さりナックルダスターが刺さり薙刀が刺さり鞭が刺さり木刀が刺さり鉄扇が刺さり鍬が刺さりナイフが刺さりフォークが刺さり簪が刺さり鋏が刺さりカッターが刺さりタクティカルナイフが刺さり……。

 

もはや武器と人が一様に倒れ伏し、地面が視えない程に溢れかえっていた。

そんな阿鼻叫喚な光景とは裏腹に、辺りは鮮やかにカラフルに彩られていた。

しかし、いい意味で鮮やかではない。黄の炎、青の炎、紫の炎、藍の炎、赤の炎、そして橙の炎。

 

色とりどりの炎が辺りを燃やし、樹を燃やして地面を燃やしてゆらゆらと陽炎を作り出していた。

 

瞬間、激しい爆発音が辺りの空気をびりびり刺激する。

空中での爆発、地表での爆発。

同時に火花散らしてぶつかる金属音。

 

「おや?息が荒くなってますが、大丈夫ですか?ラッシュ」

「これが大丈夫に見えますか!?俺あんたらと違って常人なんですけど!!」

「何を言うか。戦闘部隊におる奴に常人なんておらんて。鍛え方が足りんのじゃ。ほれ、そこまで来てるぞ」

 

獄燈籠の言葉の先で、ドスドスと地響きを鳴らしながら迫り狂う生物。

炎を纏った雲ゴリラ(ゴリッラ・ヌーヴォラ)は腕を振り上げ、猛々しい咆哮をまき散らす。さらには、雲の特性である増殖により、その体躯は倍以上に膨れ上がっている。元ジッリョネロの雲の守護者であるニゲラの匣兵器である鬼熊を彷彿とさせる巨大なゴリラは、まさにキングコングと言うべきか。それが3体。

まるでミサイルの如き拳を振り上げて放つ。

 

「うおぉっと!危ねぇ!リック!」

 

振り下ろされた拳を間一髪で回避したラッシュの叫んだ声と共に、背後から黄金の流星が跳び出し、雲ゴリラへと突撃して弾き飛ばす。

 

黄金色に見えたのは、キラキラと輝く晴の炎。鋭い流星のように、超スピードで跳び出した影は、手前の雲ゴリラを突き飛ばしてドミノのように倒し、クルクルと回転してラッシュのそばに降り立った。

 

小柄ながら、大地を踏みしめる黄褐色の体毛に覆われた四肢。狐のような狼のような体躯だが、また別種の種族。

 

晴の炎を纏ったラッシュの匣、晴コヨーテ(コヨーテ・セレーノ)のリック。

順応性の高い匣であり、コヨーテ特有の鋭い視覚や嗅覚。そして晴の炎によって活性化した身体能力は、有に時速100キロを超えるスピードで相手を翻弄する。

 

最も、今の使い方は超スピードによって力を増幅させた突撃戦法(チャージ)なのだが。

 

「ナイス、リック!」

 

カチッ!

迷彩柄の服装に包まれた、まるで軍人かと思うラッシュの腰のポーチから取り出されたスイッチを鳴らすと同時に、倒れた雲ゴリラの地面が爆発し、紅蓮の劫火が包み込んだ。

 

イリスファミリーの敷地内には、獄燈籠によって設置された数々の罠が存在する。この爆発とスイッチも、その一つ。

 

蓄積(チャージ)した炎を使用した強力な炎式遠隔操作型地雷。

急所に一撃もらったすぐ後の大爆発。流石の雲ゴリラも、ひとたまりもなかった。

 

「あー、死ぬかと思った!ていうかいつ終わるんだこれ!!」

「まあ敵がいなくなるまででしょうね。次きますよ」

「槍時さん結構余裕ですね!?明らかに俺より動いてるのに!」

「まあ大方罠で迎撃できてる部分もありますからね。それに向こうで皆さん頑張ってますし」

 

そう言った視線の先は、すでに焼野原となった元森林のさらに向こう、まだ無事な方の森林地帯。しかし、緑色の海のところどころかが爆発音と煙が上がっている事から、そこでまだ戦いが終わってないことがすぐにわかった。

 

「次くるぞー」

 

こちらもラッシュと違って余裕そうな声色の獄燈籠の声。

そしてその声を聴いた瞬間、3人の場所が一気に影で覆われた。一瞬月が消えたのかと錯覚するような暗闇。既に夕焼けが落ちたにも拘わらず、月明かりを隠す巨体。

飛行船が上空に現れたかのように見えた光景に、ラッシュは瞳を見開き驚く。

 

「おいおい、アレなんだよ」

 

頬に冷や汗を流すラッシュだが、よくよくと見ればそれは飛行船などではない。

大空を悠然と泳ぎ、身に纏うのは澄み渡る雨の炎。そして巨大な眼が、ぎょろりと眼下のラッシュ達を視界に納めた。

 

「おや、これは珍しいですね。雨鯨(バレーナ・ディ・ピオッジャ)ですか。いつみても大きいですね」

「槍時、お主はこいつの対峙経験はあるのか?」

「そうですね。前にミルフィオーレの支部を潰した時に2頭程落とした事があるくらいでしょうか」

「はっは、相変わらずじゃのぅ、お主は。わしは爆撃機くらいしか落とした事ないんじゃがな」

「この二人とんでもない事言ってるな!?」

 

ラッシュの叫びに呼応するように、足元のリックがやれやれとでも言いたげにため息を吐く。

 

そんな状況でも、敵の攻撃は続いている。ラッシュ達の任務は、母屋に対する攻撃を防ぐ事。その上で、敵を排除する。

 

ふと槍時は、真上にたたずむ雨鯨ではなく、すでに暗くなった東の空を物憂げに見上げた。

 

(さて、リルやコルにルイ……それに光努は、大丈夫でしょうかね)

 

東の大地で戦う者達の姿を心配しながら、手に持った槍に力を籠める。

心配しても始まらない。こちらは、こちらの仕事を片付ける。

 

瞬間、槍時の槍からは、極大の雨の炎が噴き出した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

夜明けは、最後の戦いの合図。

 

地平線より昇る太陽が森を照らし出し、木々に隠れ住む鳥や動物達は活発に動き出す。

視界が晴れた森の中で、4つの人影は乱れず足を取られず、寄り道する事なく目標と定めた地点へと歩を進めていた。

 

「そろそろ目的地だ。リル、敵の気配はあるか?」

「少し嵐の感じが近づいてくる。アタリみたいだね」

「本当にわかるのか……」

 

瞳を閉じて、瞑想するように嵐の気配を察知するリルに、獄寺は驚いた声を上げる。

既にコルと別動隊はそれぞれ桔梗、ブルーベルを迎撃に向かった。

 

迫る気配に呼応するように、おそらく通過するであろう位置へと罠を仕掛ける。

一秒、また一秒と時間が経つにすれ、自然と手に持った匣と、リングを填めた拳に力が入っていくのを感じた。

 

それぞれが匣を手に、リングを確認。獄寺は先の川平不動産にて背中を痛めた為、固定砲台としての役割を果たすため、自分の腹部と背後にもたれかかった木を縄で縛りつけて固定していた。無論、すぐに切って外せるようにラルの手にはサバイバルが握られている。

 

「最終確認だ。まず俺がザムザて敵を一瞬足止めする。その隙にリルとγが両側から奇襲をかける。そして――」

「止めは、俺の赤炎の矢(フレイムアロー)だな」

「そうだ。絶対に外すなよ」

「へっ!誰に物を言ってやがんだ。お前らも、しくじるなよ」

 

大胆不敵に笑う。

若干の緊張は残っていようが、覚悟はとうの昔にできている。

 

後は敵を、待つのみ。

草むらと木の陰にそれぞれ身を潜め、獲物を待ち伏せる狩人の如く、静かに時が来るのを待つ。さながら戦場の狙撃手か、それとも獲物を狙った猛禽類のような。

 

「……来た!」

 

小さく呟かれたリルの言葉は、獄寺、ラル、γの全員の耳へとするりと入る。

一瞬で緊張感が高まると同時、炎を噴出する独特の音が聞こえてきた。

 

ミルフィオーレは人外を称する自信家な強者の集団だが、それが原因で隠れてこっそりと進むという事をあまりしない。レーダーがあればすぐに感知されそうな炎を噴出した移動手段にもなんも抵抗なく、たとえ見つかったとしもただ潰せばいい。そう考え、それを実行できるだけの戦力を単騎で備えているからこそだった。

 

だが、この状況下においては、最も奇襲がしやすいと言える。

人間を超えた、と豪語する真6弔花だが、実際に行ってしまえば、能力面では常人とは比較にならない力を有してはいるが、本質的には普通の人間とは変わらない。

 

つまりは器用さや知識、覚悟の質や戦闘センスなどではなく、人として手を動かし足を動かし、脳が働き心臓が動く、そういった生物的に当たり前の要素は、変わらずそのままだったという事。

 

確かにザクロはマグマの風呂に入り、ブルーベルは肉体を雨の炎に変質させ、デイジーは不死身の体を有してはいるが、それは全てが炎が元での発現。特に雲雀にやられたデイジーは、晴の炎が体内を駆け巡り永続的に細胞を活性化させている為、傷は全て瞬時に修復し死なないというからくりが存在する。これはザクロやブルーベルにも言える事で、それぞれ自身と対応する炎、この場合嵐の炎と雨の炎を肉体的に扱った恩恵に授かっているだけと言える。

 

そんな彼らだが、心臓を壊されたら死に、脳を破壊されても死ぬ。呼吸ができなくてももちろん死ぬ。

 

こういった、人としての弱点は基本的にそのまま。

デイジーの場合はそれでも怪しいが、マーレリングを外せば普通の人間に戻るという事が既に雲雀によって証明されていた。最も、超回復を持つデイジーに対しての手段であって、他の者にはこの手段を使い必要はあまり無い。

 

結局何が言いたいかと言うと、初撃で重要な器官、簡単に言えば心臓を穿つ事が出来れば、一瞬で相手を倒せる。

 

 

ピン!

 

 

一番の乗りにユニ元へと向かうつもりだったザクロは、森の木々の間をするりと潜り抜けて飛ぶ最中、体が何かに一瞬触れた。ピンと張り巡らされた、肉眼では目視しにくい透明な細い糸。それ単体では何の効果も持たないただの糸だったが、それはただの合図に過ぎなかった。

 

(いまだ!)

 

バシュッ!!

 

「!?」

 

ただ目的に向かって真っすぐと飛び続けていた故か、ザクロは一瞬で自身を縛り付けた巨大な雲ムカデ、ザムザの存在に気づけなかった。

 

同時に、反応して言葉を発するよりも早く、飛来する4つの物体。

 

前方からは、雷の炎を纏い高速回転するコルルとビジェット。

 

後方からは、雷の炎を纏い独りでに空を飛び交う4本の西洋剣。

 

剣は枷のように四肢を縫い付け、コルルとビジェットはザクロの胴体を吹き飛ばした。その直後、獄寺の炎の矢が突き刺さり、文字通り風穴が開いた。

 

いや、風穴という言葉すら生ぬるい程の痛々しさ。これが映画のワンシーンだとしたら確実にR15指定が入るような残酷な描写。確実に致命傷となる一撃を成功させた。だが、それでもザクロを即死させる事はできなかった。

 

あろうことか、確実に不意を衝いての奇襲にも関わらず、それは冷静な判断によるものなのか、それとも野性的な直感によるものなのかは定かではないが、ザクロは体をわずかに逸らし、確実に重要な心臓と頭を避けていた。

 

致命的な状況に置いて、ザクロは血反吐を吐きながらも、にやりと獰猛そうに口角を挙げた。

 

強靭な生命力を用いて、二の腕に突き刺さる剣を無視して壊れた機械のように腕を無理やり動かし、マーレリングから発せられた嵐の炎を、胸の匣に突き立てた。

 

「俺は、デイジーやトリカブトとは、格が違うぜバーロー!!」

 

瞬間、球場に広がる嵐の炎が、ザクロの全身を包み込んだ。

一度見たことがある極大な炎の変化現象、修羅開匣。

 

「あいつ、胸の匣に炎を!」

「確かトリカブトは蛾、デイジーはトカゲだったらしいけど……」

「どんな虫人間やら動物人間やらが出てくるんだ?」

 

炎の風圧で舞い上がる土煙の中で、油断するまいと備えている4人に、地獄の底から響く様な声が聞こえた。

 

「バーロー!虫や動物だぁ?デイジーやトリカブトと同じにするな」

 

ぶわりと振り払われるようにして煙が霧散し、その中央から現れた人物に、皆それぞれ驚愕に瞳を丸くする。

 

かろうじて人型の面影は残ってはいるが、その出で立ちは人であったころよりも一回りも大きく、手足は肥大し大木すら紙切れのように引き裂けそうな凶刃な爪。

瞳をぎょろりと動かして、鋭い犬歯の生えそろった口角を挙げて、全身から強い嵐の炎を噴き出した。

 

元々匣の埋まっていた左胸の刃ミルフィオーレの紋章を、そして右手のマーレリングは、不気味に嵐の炎の光で輝いていた。

 

「あれって、本当に動物!?」

「いや、そんなレベルじぇねぇ!」

 

明らかに異常な出で立ち。

トリカブトはまだ虫らしさが残されているようだったが、これはその比ではない。

人である部分を差し引いたとしても、こんな生物見たことが無い。

 

「あたりめーだー、バーロー。俺に掛け合わされた匣兵器は確かに地球上の生物だが、6500万年以上も前の怪物だぁ!」

 

T-REX、またの名をティラノサウルス。

嘗て白亜紀末の生物大量絶滅に至るまで、約300万年間生態系の頂点に君臨し、地球上に存在した史上最大級の肉食獣としておそれられた、恐竜。

 

本来なら匣は地球上に存在する生物でしか作れないが、白蘭の持ち込んだパラレルワールドの科学技術を駆使したミルフィオーレの技術部は、地層に眠る太古のDNAより、現存しない生物を匣に掛け合わせることに成功した。

 

まぎれもない、ザクロは今ティラノサウルスと一体化した、まさに怪物と称すべき異形へと変貌を遂げた。

 

「さぁ、T-REXの圧倒的なパワーを味わいなぁ!!」

 

嵐の炎を噴出し、爆発的な推進力で疾風のように駆け巡ったザクロは、一瞬でリル達の背後に回った。

 

「!?」

 

一足気づいたリルは、自動操作の炎剣を間に挟み込み防御態勢を取るが、ザクロの豪腕の前に成すすべなく砕きった。

 

バラバラに砕かれた炎交じりの銀と紅の破片が宙をキラキラと舞い、リルの視界に入る中で、ザクロの腕はさらに加速し、嵐の拳撃を放った。

 

ドゴオオォ!!

 

人の肉体など、風圧だけで吹き飛びかねない衝撃が辺りを蹂躙する。

ラルのザムザも紙を引きちぎるように粉砕され、コルルとビジェットもγ共々一撃のもとに地に付す。リルも衝撃に吹き飛ばされて、森の一本に激突され、肺の中の空気を吐き出し、同時に傷口が開いたのか、わずかに血を吐く。

 

「リル!くそっ!」

 

左腕に備わった髑髏の口より、炎の矢を放つも、ザクロは正面から全て掌で受け止めて見せた。

 

修羅開匣により、肉体的に人を超えたザクロの皮膚は、生半可な炎なら素手でも受け止められる程。その皮膚は、まさに恐竜の皮膚(ダイナソースキン)と形容すべき、頑強なる鎧ような、恐竜の鱗のような堅牢な防具。

 

今の状態の獄寺の炎なら、防御せずとも全身で受け止められると豪語する程。

あくまで今の状態なら、だけど。

 

「瓜、形態変化(カンビォフォルマ)!」

 

咆哮にも負けない声を張り上げ、瓜は光と共に輝きだした。

ツナのグローブとナッツが合わせるように、山本の小刀と小次郎が合わさるように、獄寺の左腕の固定砲台赤炎の矢(フレイムアロー)と瓜が合わさり、強大な炎の波動を噴き出した。

 

 

嘗て、ボンゴレファミリーの前身となった自警団は、ボンゴレⅠ世と彼の幼馴染でり右腕であった初代嵐の守護者が共に設立したという。

 

仕事では使い慣れた拳銃を使用したが、Ⅰ世からの直接の依頼には、彼から譲り受けた武器を使い負けなしだったという。

 

それこそが、荒々しく吹き荒れる疾風と謳われた、Gの弓矢(アーチェリー)

 

 

左腕に固定されていた赤炎の矢(フレイムアロー)と合成した事により、固定型の弓へと変貌を遂げた獄寺のボンゴレ匣。

 

嵐の炎の出力は段違いに高くなったが、それでもザクロの皮膚を貫く事すら変わらない。だが、獄寺のボンゴレ匣の真価はその程度ではない。

 

嵐の炎を薄く纏う弦に指をかけ、引き絞る体制のまま固定すると同時に、徐々に湧き上がる強大な炎の波動をザクロは感じ取った。

 

「何!?パワーを溜めてやがる!!」

 

きりきりと引き絞られた弦と共に、炎の矢となって内部に蓄積し、次第に威力を増加させていく。

 

「くらえ……果てろ!!」

 

Gの弓矢は、大空の7属性随一の破壊力を持つ嵐の炎を蓄積し、対象に放出する武器。

紅蓮の矢は竜巻のような回転と共に、一筋の流星の如く、ザクロに向かって放たれた。

 

咄嗟に左手で顔を庇い、肩で流すように受けたが、銃弾や炎すらも余裕ではじき返すザクロの皮膚が、がりがりと鈍い音を立てながら、徐々に削られていく。

 

ただの直感だが、先ほどと同じように馬鹿正直に受けなかったザクロの判断は正しかった。もしも油断して己の力を誇示する為にあえて受けたとしたら、奇襲時の二の舞になっていたと思われる。皮膚をわずかに削られた事には驚いたが、ザクロはこれで獄寺の矢の危険性を理解した。

 

初撃を回避したザクロに対して、獄寺は二の矢を放つが、それを飛び上がるようにして躱される。わずか1メートル程という至近距離にも拘わらず躱されたのは、ザクロ自身の人間離れした反射神経もあるが、獄寺の先日の傷が響いているからだ。

 

獄寺は背中を負傷したことで人体の稼働領域を大幅に制限されている。そん中で上に左右に動くザクロを捉える事は、一筋縄ではいかなかった。

 

故に、獄寺はある種捨て身の戦法に出る。しかしそれは自身を犠牲にする戦法ではなく、喰らった攻撃を転じた反撃の一手。

 

矢を避けられたと同時に、上空へと蹴り飛ばされたが、そのまま弓矢を眼下の大地に立つザクロに向けて、連続で射出する。

 

先程の溜めの矢ではないが、矢を細く鋭く貫通力を増大させ、ザクロの両腕に2本ずつ突き刺した。

 

「がぁあ!てめぇ!ふん!」

 

が、それをあろうことか、ザクロは自身の身に纏う嵐の炎で相殺し、破壊した。

獄寺もこれで仕留められるとは思っていなかったが、あっさりと破壊された事に瞳を鋭くする。しかし、獄寺の狙いは別にあった。

 

「バーロー、ぶっ殺してやる!」

 

引き出そうとしたのは、ザクロの怒り。

ザクロという人間は、桔梗と違って冷静沈着という面が当てはまらない。チョイス時にだらけた姿という、少々気分屋なのは誰の目にも明らかだ。だからこそ、彼に対して速射性の高い攻撃をちまちまと、それでいて自信のある肉体に、プライドと共に傷をつけて突き刺し、怒りのボルテージを底上げするような戦法取る。

 

怒りという感情は理性を支配し、野獣のような獰猛さを引き出す。凶暴性と威力を引き上げる結果となるが、単調になればたとえ強力無比な攻撃もあたらければ意味がない。

加えて機動力が落ちている獄寺は、ザクロ自身に至近距離に突っ込んで来てもらうことで、逆転の一手を待っていた。

 

絶対的な絶望の中での冷静な駆け引き。

だが、敵はそう甘い存在ではなかった。

 

「至近距離でぶっぱなせば、勝てるとでも思ってんだろ?」

 

(!?読まれてやがる……)

 

流石は真6弔花といった所か、この戦闘中の状況下でも、冷静に相手の策略を看破する慧眼は見事と言わざるを得ないだろう。

 

故に、ザクロは現状獄寺が最も対応できない攻撃方法、背後からの攻撃を選択した。

背中を傷つけた獄寺は、一瞬で背後に回るザクロに対して、腰を捻る必要がある背後に向き直るという動作がどうしてもワンテンポ遅れる。そしてそのワンテンポの遅れがあれば、ザクロにとっては敵を引き裂くには十分な時間だった。

 

「あっけなく死ね……!?」

 

ドッ!

一瞬、ザクロは自身の動きが阻害されたことに対して硬直した。

 

形容すべき事でも無いかもしれないが、獰猛なる肉食獣のような瞳をぎょろりと動かし違和感の部分を見てみれば、自身の足の甲と地面を縫い付けるようにして、一本の刀が突き刺さっていた。全身を血で濡らしたかのような、真っ赤に刃を燃やす一本の刀。血濡れというよりかは、焼き鏝といった表現の方が似合っているだろう。

 

しかしザクロが驚愕したのは、生半可な炎や鉛玉など物ともしない己の皮膚を貫く刀の鋭さと、背後からとはいえ自分が奇襲されたことに気づかなった事だろう。

 

背後を見れば、膝を地面に就きながらも、刀を投げつけた態勢のリルが目に入る。

この場合は相手の投擲の正確さや気配の消し方などに賞賛を送るのではなく、冷静になりながらも目の前の獄寺に集中させらたことによる己の迂闊さを呪うべきだろう。この硬直で、目の前の獄寺に対して決定的な隙ができた。

 

尚且つ、形態変化した瓜のアシストによって、固定弓の一部から炎を噴射し、強制的に背後を振り向かせられた獄寺は、心の中で瓜と、ザクロの一瞬の硬直を引き出したリルに感謝の言葉を送り、視線を鋭くして眼前の敵に、渾身の一矢を放った。

 

空間を削りうねりを挙げる昇竜、赤竜巻の矢(トルネード・フレイムアロー)

 

隙を見せたとは言え、ザクロは既に攻撃態勢。全てを破壊する嵐の炎を纏う全身と爪を振るい、二人の攻撃がぶつかった。

 

ドゴオオォ!!

 

遠目からでも分かる程に、木々を破壊し草むらを燃やし尽くす。

抜群の分解力を持つ、強大な嵐と嵐のぶつかり合い。両者とも肉体的なスペックはともかく、単純な火力だけなら獄寺の炎の矢はザクロに匹敵する。

 

一撃でも当てられたら一瞬で肉体を分解する程の強烈な炎。その戦いの余波は、彼らの周りの木々を一瞬で燃やし尽くし、辺りを焦土に変える。

 

パチパチと黒く炭の塊へと変貌を告げた森の一角で、膝を着いたザクロは右手で、触れようと思った所に何もなく、何もない空をきった。

 

「ぐぁあ゙あ゙!くそぉ、腕があぁぁ!あのガキ、バアァーロォー!!」

 

左腕ごと左半身を吹き飛ばされたザクロが、空気をびりびりと震わせるような叫び声を放っていた。

 

ただの人間であれば致命傷必死の獄寺の一矢だったが、ザクロの咆哮は苦しさなど微塵もなく、自身の体を抉り抜いた敵対者に対する怒りの感情が大きかった。

 

それは、ザクロがまだまだ余力を多分に残し、動き回る分にも問題ない事を暗に物語っていた。流石に、恐竜の匣を掛け合わさったザクロは、人類も生物をも超越した生命力を有している。例え半身が吹き飛ばされようとも、それで戦闘不能になる程やわな生物ではなかった。怪物という評価は正しい。

 

だが、たとえ怪物だとしても、もう半身を吹き飛ばされたのなら、流石のザクロも倒せるだろう。

 

それがわかっているからこそ、倒れ伏しながらも、獄寺は再び弓を構えていた。

 

獄寺の矢と違い、爆発の余波などザクロにとってはぬるいシャワーを浴びるような威力だった。しかし、獄寺はその威力でさえも己に多大なダメージを与える。結果として森の一部は焦土となったが、同時に獄寺も地に伏す結果となる。

 

だがそれで諦めるような精神力を、獄寺隼人という少年は持ち合わせていない。今だ天を仰ぎ牙を剥き出し、咆哮を挙げるザクロに照準を定め、弦を引き絞った。

 

「ぐああぁ!!」

 

(これで……果て――!)

 

だが、獄寺は引き絞った右手を止めざるを得なかった。

なぜなら、怒髪天を衝くザクロの直線状に、リルが倒れているから。

 

もしも今の態勢でザクロを射貫こうなら、背後のリルをも貫通してしまう危険性がある。ぎりぎりザクロのみに当てるように炎を調節する事も可能かもしれないが、次に仕留めなくてはおそらくチャンスは無いだろう。頭を狙うという選択肢もあったが、的が狭まればそれだけ命中率も下がるし、できる事なら右半身を狙いたい。だが、それだとやはりリルに当たる。それに頭程高い位置は、地に付したままでは狙えない。

 

思いとどまる獄寺だが、今度はその硬直が隙となった。

 

「てめぇら、まとめて消し飛ばしてやる!!」

 

残った右腕を掲げると、次第に周囲の温度が一度ずつ上がったように錯覚する程に、高純度の熱量が蓄えられていく。

 

片腕を失いフルパワーは出せないでも、その威力は人を消す飛ばすには十分すぎる程に、マグマのような炎を形成した。

 

烈火マグマ(マグマ・インフィアンマート)!!」

 

右腕の獄炎が、倒れ伏す獄寺、リル、γ、ラルへと襲い掛かる。

地に倒れる全員を襲い掛かるように操られた炎は、全てを焼き払う天の火のようでもあったという。

 

迫りくる業火を瞳に映し、獄寺は悔し気に奥歯を噛みしめる。

 

(くそっ……!…なんだ、あれは)

 

だが、自分の瞳に映る一つの違和感に、思わず瞳を見開く。

 

視えるのは辺りを赤く照らす紅蓮の炎の光――だけではなく、もう一つの光が視えた。

荒々しい嵐の炎の光ではなく、全てを照らし、導となるような極光。

 

光輝く〝それ〟を、地に落ちていた物を見つめ、獄寺は訝し気に思うと同時に、すぐに現状を理解し、わずか微笑んだ。

 

(まさか、あれは――)

 

瞬間、一瞬にして焦土に変えられた森の一角は、目もくらむ炎の光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【イリスファミリーの簡単な組織図】

白神光努(二代目ボス)

黒道灯夜(ナンバー2、ボス代理)

ルイ(技術主任)

第一戦闘部隊『アヤメ』
・クルド(リーダー)
・海棠槍時
・獄燈籠

第二戦闘部隊『シャガ』
・リル(リーダー)
・コル
・ラッシュ・ギナ




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