最初に白神光努という人物に合った時、第一印象は、一体何?だった気がする。
それもそのはず。
太陽の昇る青空を突き抜け、雲を突き抜け、灰色のコンクリートでできた建物を崩壊させて、空から降って来たのだから、そう思うのも無理はなかった。
子供心に、一体何?という感情が一杯だった。
崩壊した建物の瓦礫の上から無傷で出てきたときも、一体何?だった気がする。
そのすぐ後、私は双子の弟のコルと一緒に、光努に挑んだ。
灯夜がやれって言ったのもあったけど、純粋に興味もあったから。子供ながらに剣を扱っていたこともあり、そうそう負けるつもりも無かった。
けど、結果としてはあっさりとあしらわれた。
全ての攻撃を余裕で躱され、普通に気絶させられる。
灯夜やパパ、槍時や籠意外でこんなにあっさりやられたのは、初めてだった。
無論、ルイは当時から身体能力が格段に低かったので、最初から除外している。
それなりに戦える自信があったこともあり、コル共々灯夜からその後光努がイリスのボスになると聞いて、反感を覚えた。
まあその時は本気で嫌っていたというよりかは、負けたのが悔しかったから反抗的になったのが感情のほとんどだったと思うけど。
同じ気持ちだったからか、コルと一緒に再び光努に戦いを挑んだ。
結果としては、これもあっさりと躱され一撃も入れらなかった。
実力差がかけ離れすぎている、そう考えた事も、よく覚えている。
その後だった。
当時ルイ達技術舎にある新技術のデータを狙ってきたカルカッサファミリーの戦闘員達がイリスに攻め込んできたのは。
正直あの程度の戦力なら、私とコルの二人でも撃退できたかもしれない。まあ実際にやれば数と武器があるから無傷とはいかないかもしれないけど、最終的に全員制圧する事も実力的にはおそらく大丈夫だったと思う。
けど、ちょうどいたから光努も共に戦ってくれた。
手足を無謀に振り回し、それでも一騎当千の膂力を誇る光努の攻撃に、カルカッサの兵隊はなすすべなく吹き飛ばされていく。綺麗に吹き飛ぶから実は見ていて結構爽快だったかな。
ほぼほぼ敵が蹂躙されたので、後はもう隊長の人を光努が倒すだけ。
けど、恐るべき事にその隊長がした行動は、自爆。
広範囲の数百メートルを一度に爆破消滅させる高出力の爆薬。
無論、そんな物を今いる場所で起爆させれば、部下の人はもちろん光努もコルも私も、全員消えてしまう。
流石に刀の種類とか剣筋ならまだしも、子供の頃は爆薬に関してはそんなに詳しくなかった為、すぐにその非常事態に気づくことはできなかった。それに気づくことができたのは、その爆弾が爆発した後だった。爆発はしたけど、私達は無傷。
およそ人が視認できる限界を超えた様な動きを見せた光努によって、起爆するまでのコンマの時間に、光努は爆弾を打ち上げた上空で爆発させた。
私達を、守ってくれた。
それも、私たちがさっきまで光努を攻撃していたにも関わらず。
光努からしたら子供の猛攻(普通の子供じゃないけど)なんて怒りの対象じゃないけど、私たち的には割とマジだったのもある。
それでも、守ってくれた。
脅かされそうな命に対して、初めて光努が敵に対して怒りを見た瞬間だった。
ほぼ初対面だったから初めて見た事は疑問じゃないけど、その後過ごしていく中で、光努が怒った所は一度も見た事が無かったから、あれはすごく珍しい光景だと後々わかった。
その時からだった。
白神光努という人物が、自分の中で大きくなっていったのが。
イリスファミリーの正式なボスとして、というよりかは、自分の上にいる存在として子供ながらに認めた瞬間だったのかもしれない。
それからだったか、よく光努にコルと二人で懐いたのは。
灯夜達大人組程年齢が離れていなかったというのもあるかもしれない。
子供らしく場や空気を引っ搔き回す事もあったが、光努はそれを楽しそうに笑って流したり構ったりしてくれた。
光努が来る3年前、ママがルイと技術主任を交替してからイリスの母屋にいる事が少なくなった。パパは元からあっちこっち行ってたけど、一番灯夜と一緒にいる事が多くなった。
灯夜は構ってくれるし、イリスの敷地の技術舎の人や他の人達も遊んでくれるから、寂しくはなかった。けど、どこかぽっかりと穴が開いたような感覚。
子供的には両親不在というのは中々に堪える出来事だ。
戦闘力と精神力は一般の子供より高くても、やっぱり日に日に寂しさは少しずつ募っていく。たまに帰ってくる事もあったけど、再び出かけるときはまた同じ感情が芽生える。
そんな空虚な穴を、光努が埋めてくれた。
遊んでくれた、一緒にいてくれた、笑ってくれた。
だから、光努がいなくなったと分かったときは、すごく悲しくて、すごく泣いた。あまり感情を表に出さないコルも、このときは珍しく涙を見せた。
だから、10年後の今再び出会えた時は、私もコルも喜びに満ち溢れた。
ミルフィオーレの日本支部に攻め込む準備をしてと言われる段階で光努の存在は教えてもらったけど、実際にメローネ基地で会えた時は感極まった。私達が最後に見た光努の姿がそこに、10年前の姿のまま迎えてくれた。
過去から来た存在だってことは知ってる。
本来この未来にいるはずのない存在だってことも知ってる。
けど同時に、光努本人だっていう事は、嫌でもわかった。
振るうその力を、溢れる自信を、澄み渡る強い意志と炎を。
ミルフィオーレとの戦いの真っ最中だっていう事は分かっていたけど、それでもチョイスが始まるまで光努と再び過ごした日々はすごく楽しかった。光努はいつも心底楽しそうに笑っているけど、それは別に内に不安や寂しさ、負の感情を隠しているからじゃない。本当に、今という瞬間を楽しそうに生きているから。
だからなのか、私達も楽しかった。
知らないことが知れて、新しいことを体験できて。
チョイスの最中で、光努が再び消えたことには憤慨した。コル共々一瞬思考がぐるぐる渦巻き視界が紅く染まり、我を忘れそうになったけど寸前で灯夜が止めてくれた。正直止めなくても別によかったけど、その後はなし崩し的に並盛に行って、ツナ達を見つけてトリカブトと戦った。
そして、ようやく光努を閉じ込めた元凶、パンドラの匣を取り戻せた。
けど、そろそろ意識が途切れてきた。
傷をそのままにして炎もふんだんに使い神器も使ったから、当然と言えば当然だった。
このまま落ちたらどうなるのかなぁ。そんなことを考えるけど、私の中ではそれほど危機感は抱いていない。というより、危機感が考えられないといった方が正しいかもしれない。
それよりも、今は喜びに満ち溢れていたから。
暖かい感情に身を包み、私は重力に従って動かない体と共に、並盛の町へと落下していた。
***
「リル!!」
叫んだツナの手がわずかに空を切り、リルは上手く力の巡らない体を宙に投げ出し、高所からの落下を続けている。
傷口から流れ出る血が粒となって空に散らされ、既に
体力と炎を使い果たして落下するリル。
上手く四肢に力を入れらないが、その胸に抱きとめた、ミルフィオーレによって作られた
「マズい……。ツナ!リルにはもう力は残って無いぞ!」
リボーンの言葉を聞かずとも、今のリルの様子を見れば誰が見ても一目瞭然だ。
そうでなくても、あの傷で動いていたという事事態が異常だ。それだけ、彼女にとって譲れない戦いだったという事だろう。
ツナが炎を放出し、リルの元へと一目散に飛び出そうとした瞬間、目の前を紫色の炎が纏われた
「ハハン!放っておけば無残に散る者を、わざわざ助けに行かせると思いますか?」
「くっ!」
桔梗の涼し気な言葉に、悔しそうな表情をするツナ。
真6弔花の優しきリーダーを称するだけあり、柔かな佇まいの中にも隙が見当たらない。今背後を見せたのなら、問答無用で背中を貫いてくるであろう鋭い殺気。
そうこうしている間にも、リルは落下を続けていた。
だが、後数秒で皆の五感に感知されるであろう迫りくる人影を、誰よりも早くツナの超直感は捉えた。ツナのわずかに動いた視線と動作に、相対していた桔梗も、何かが迫ってくるのに気付いた。
並盛町の屋根よりわずかに高い位置を、空間を踏みしめ高速で移動する人影。
一際強く空を蹴ったと同時に、音速を超える弾丸のように上空へと飛び出した影は、落下するリルを受け止めた。
炎を纏う匣アニマルに乗ることも無く、炎を噴出することも無い移動方法。こんな事ができる人物は、そうそういない。
「そんな怪我でよく動いていたね。あんまり無茶はしないでよ、リル」
「……あれ?……コル」
わずかに残る意識の中で、リルは自身が誰かに抱えられて空の上にいる事がわかった。
やれやれとため息交じりの表情の中で、彼にしては珍しくわずかに笑みを浮かべた表情をしていたのは、リルの実弟、双子の弟であるイリスファミリー第二戦闘部隊『シャガ』の一員、コルその人だった。
腰には蒼い柄糸を巻き付かれた、リルと色違いの天國刀を差し、指に嵌められた龍を模した雨と雷の二対のDリングを填めた手で、リルの背と膝裏を支え颯爽と現れた姿は、まるで物語に出てくるヒーロー然としていた。
「必死はいいけどリルが死んだら元も子もない。人の事は言えないけどね。まあでもとりあえず、お疲れ様」
リルの胸に抱えられた匣に目を向けて、姉を労うように微笑みを浮かべた。
「コル!リル!大丈夫か!?」
リルを抱えて空中に佇むコルの元へと、ツナはやってくると共に声を荒げる。
しかし、腹部を血で染めながらも、わずかに残ってる意識の中で微笑みを作りながらひらひらと手を降るリルの姿に、ツナは安堵の息をつく。
しかしコルは、ツナは先ほどまで桔梗に足止めされていたがどうやったのかと疑問に思ったが、見てみると、桔梗と、じたばたと暴れながら抱えられているブルーベルの二人は、遥か遠くの方へと向かい、既にこの場を離脱していた。
その際、縦に一刀両断されて面を切り裂かれたトリカブトを抱えながら。
(あれは、真6弔花の桔梗とブルーベル。それにトリカブトか。リルの
ここに来るまで感じた気配と、現場の状況により、コルはこの場で起こった事態、リルとトリカブトの戦いの全容をおおよそ把握した。その場にはいなかったが、神器や匣等、ツナ達の知らないイリスの事情を知っていたから、というのもあった。
何はともあれ、当面の危機は去ったといってもいいだろう。
敵の目的であるユニは守り切り、尚且つ敵の戦力であるトリカブトを落とす事に成功した。そして、光努がとらわれたパンドラの匣も取り戻した。
抱えたリルに負担を掛けないように、コルは緩やかに、ツナ達と共に地上へと降り立つのであった。
***
「んー、デイジーにトリカブトまで、やられちゃったかー」
日本国内某所に設置されている、ミルフィオーレ所有の高級ホテル。
その最上階スイートルームの一室で、白蘭は部下の結果報告に対して、一欠片も不満を表情に出さずに、楽しそうに答えた。
しかし、その姿はチョイスの時と比べて随分変わった。本人は変わってないが、額には熱冷ましの冷却シートを貼り、口には体温計、そして毛布に包まりふかふかのソファに寝転がった、まるで病人のような出で立ち。
まるで、でなく、病人ではないが体力が著しく低下している事は否定しない。
ツナ達が急遽潜伏先に指定した川平不動産を探す為に、並盛に来てから一度並行世界を覗いている。これには昔と比べて一度に一つの事くらいしか知る事が出来ず、一度に多くの体力を消費する。
パラレルワールドの自分と思惟を共有できるといっても、入江が知っているのは白蘭が能力を発現して早い時期の時。時間を重ねるごとに、その能力は着実に衰えていた事までは知る由もなかった。
しかしそれは、ユニには感覚的に伝わっていたようだったが。
「バーロォ!やっぱりあの不動産屋にいやがったのか!!」
白蘭の前で、膝を付きながら苛立たしげに加減して床を殴っているのは、嵐の真6弔花である男、ザクロ。
白蘭が調べるよりも早く、ボンゴレアジトにてスクアーロを下し、残留した気配を辿って川平不動産を発見した事に関しては流石の一言だが、その後上手く川平不動産に住む通称川平のおじさんによって騙され、富士山までいもしない敵を追いかけて、今さっき帰って来たばかりという。その結果に、ブルーベルはけらけらと笑い転げていた事にさらに腹を立てたのだが。
「それで、ボンゴレ匣はどう?」
「はい。チョイスの時とデイジーの闘いの記録を確認しましたが、驚きこそすれ然程の脅威とは思えません」
実際に対峙したわけではない桔梗の意見。
確認できたのは、ツナのボンゴレ匣と山本のボンゴレ匣、そして雲雀のボンゴレ匣。
全員を確認したわけでは無いが、そのおおよその性能。アニマル匣としての力と、ボンゴレ独自の技術、
例え自身の目の前に発とうとも、勝つ自信の表れの言葉だった。
「ふーん、そう。それで、リルちゃんが使ってたっていう神器はどうだい?」
もう一つ白蘭が気になるのは、トリカブトが敗北したという、イリスの神器について。
リル自身も深手を負ったとはいえ、単独で真6弔花を仕留めたという力。
トリカブトがリルの剣術の技を理解し攻略してなお、それを超える力を見せてきた。
「確かに神器には驚きました。全容を表したわけでは無い可能性もありますが、それでも、こちらも現段階では脅威とは思えません。トリカブトやデイジーも我々の中では弱い部類ですし。それにこれは憶測ですがイリスのリルは、トリカブトにとってはおそらく最悪の相性だったと思います」
「まあね。なんせ、彼女はアヤメのリーダーである〝魔剣〟の娘だからね。トリカブトの面と同じような呪具に対しては、僕らよりも理解があるかもしれないしね」
ほぼほぼ予想通り、というような白蘭の楽し気な言葉。
トリカブトを見出した張本人である白蘭であり、この世界で最も情報を持っているといってもいい男である。だからこそ、この二人がぶつかったと聞いて、おおよその推測もできていたのだろう。
「神器も、所詮僕が作ったのはパンドラの匣のオリジナルを模倣した、精々精度60%程の出来だしね。本物はやっぱり面白いね。ま、聞いた限りじゃ、リルちゃんはもう戦線離脱みたいだけどね」
超再生能力を有するデイジーならまだしも、あくまで肉体的に常人であるリルに対して、トリカブトが与えた傷は決して浅くない。遠目からでも、明らかな戦線離脱はすぐにわかった。逆にこれで戦線に出てくるようなら、もはや彼女が人であるかどうか疑う必要が出てくると言ってもいい程。
「ま、次は僕も行くことだし、全然悲観しないでいいよ。それに今回の戦闘で、ユニちゃんを手に入れる為の最後の手段が必要だってはっきりしたしね」
そう言うと、備え付けの電話機の受話器を取り、数度ボタンを打ち込みある場所へとコールする。そして出た相手に向かって、楽し気に表情を浮かべて用件を伝えた。
だが、その内容に、桔梗、ザクロ、ブルーベルの表情から一切の余裕が消え、愕然とした表情が生まれた。
「30分前に
その言葉を呟く白蘭の表情を楽しそうだが、その瞳は怪しく光っている。
まるで人の悪事を黙って見過ごす悪魔のような狡猾さ。鋭く獰猛に光る野獣のような瞳。
それでも、人の皮を被って、やはり楽し気に笑みを浮かべた。
「最後の真6弔花、
***
明るい薪の暖かい色合いが、わずかにその場の空気を和ませたような気がした。
離脱した敵を深追いする事はせず、爆発騒ぎの町はそのまま放置。
そうしてやって来たのは、森の中。
それも、一番最初、未来に来た時ツナがいた森の中だった。
底だけ地面を繰り抜いたような森の中にある岩肌の上に皆思い思いに距離を開けて座り、一様に疲弊したような雰囲気が見て取れた。
今のこの場にいる人間は、ボンゴレ10代目候補ツナと家庭教師リボーン。
守護者である獄寺、クローム、ランボ、了平。同じボンゴレのフゥ太、門外顧問組織の
ラルにバジル。そしてイーピン。さらに一般代表である京子にハルだった。
さらには元ミルフィオーレブラックスペルボスである大空のアルコバレーノユニ。
同じく元指揮官であった入江。そして互いに一部確執がありそうな雰囲気で相対する、元ブラックスペルでユニと同じジッリョネロファミリーのγ、太猿、野猿。
そして最後に、イリスファミリー第二戦闘部隊『シャガ』のリーダーであるリルと、同じ一員で双子の弟であるコル。そして、技術主任であるルイだった。
そこそこの人数ではあるが、ボンゴレ側は雲雀や山本などいくらかいない戦力もある。しかしながら、単独で真6弔花のデイジーを下した雲雀と、一緒にいるディーノに関しては心配はいらない。そして山本とスクアーロの方ではあるが、これに関してはコルが様子を見てきてくれた。
曰く、スクアーロは重症だがとりあえず生きてる、とのことだった。自身の技が既に完全攻略されている相手との対戦など自殺行為も甚だしいにも関わらず、生き延びることができたのは流石スクアーロと言った所だろう。事情を知っていれば、無傷で生還する事もできたかもしれないが、既に後の祭り。
一先ずコルの報告からスクアーロとボンゴレ基地の様子見に行った山本、ジャンニーニ、スパナ、ビアンキは無事とわかっただけ、ツナ達は安堵の表情を浮かべるのだった。
ちなみにボンゴレアジトには、一般人にばれないように様々な工作が事前にジャンニーニによって行われているそうなので、先の真6弔花との対戦の際の爆発事件に関して例え警察が捜査したとしても、地下アジトなどばれる心配は無いとの事だった。
さてここで全員、この場に誰がいるかを語ったが、人数的にはともかく、心身共に万全という事は、実に無い。
何とか真6弔花の強襲を防いだが、その代償に、複数怪我人が発生した。
了平の持つ匣兵器である晴ゴテは、晴れの炎の特性である〝活性〟を用いて、触れた人体の細胞分裂速度を飛躍的に向上し、切り傷擦り傷かすり傷程度であれば物の数秒で感知させる治療匣だ。しかし、それはあくまで小さな傷のみ。人体に影響を及ぼすレベルの、骨に入った罅や重度の切り傷、内臓に関する影響、そういった重症に対しては、この匣だけでは流石に心もとなく、手元にある救急箱を使っての応急手当てが現状、最も有効な手段となっている。
見れば、痛みを死ぬ気で我慢しながら叫ぶ了平が、妹である京子に手当されている光景があった。そしてもう一人、傷ついたリルの腹部の手当てを、同じ女性であるハルとイーピンが担当していた。
「あいたっ!あー、傷が染みるぅ」
「はひ!血がいっぱいで若干ぐろっきーです!イーピンちゃん、とりあえず消毒してガーゼ貼って、あと包帯です!」
「あい」
脇腹の傷の手当という、必然的に上半身をある程度露出させる為、男性が多い事もあり人の死角となる岩の裏で治療していた3人だが、了平程リルは暴れる事なく、筒がなく応急手当は終了したのだった。
血で汚れた服は処分して、コルがボンゴレアジト――正確にはボンゴレアジトから通じる雲雀のアジトの、光努とリルとコルが借り受けていた一室――から持って来た服に着替え、ひとまずリルは皆の前に姿を現すのだった。
「あ、リル!傷は大丈夫!?」
一早く、目に留まったツナがリルの様子を確かめるべく声を掛けた。
「あ、うん。とりあえず大丈夫大丈夫。いやー、こんなに傷ついたのはすごい久しぶり
だね。もしかしたら初めてじゃないかな」
あははと、相変わらず明るく話すリル。
しかし、傷口は包帯などで止血して塞いだといっても、多量の出血に若干ふらつき、薪の炎しか明かりが無い為分かりにくいが、その顔や見える肌はわずかに白く血の気が引いていた。
ついでに言えば、炎をほとんど使い果たしたという事もあり、体力面でもかなり疲弊していた。
そんな様子のリルを、いつの間にいたのか背後のコルが膝裏を蹴り、肩を引いて柔らかく、これまたいつの間にか引いたシーツの上に座らせて、そのまま寝かせた。
入江やラル同様に、寝かせられたリルは、抵抗しようとしたが、無論今のリルでコルに力づくで勝てるわけもなく、なすすべなく寝かせられるのだった。
「とりあえず寝て。晴ゴテである程度治療ができたといっても完全に塞がったわけじゃないし、血は戻ってこないからね」
淡々と言ってはいるが、リルの肩を押さえつけているコルには有無を言わさない迫力を感じる。リルは動けない事に少し不満気だが、弟が心配して看病(?)してくれてるという事に、不満と同時に内心割と喜んでいたのだった。
「ま、怪我人はおとなしく喰って寝る事だ。ほれ、籠にもらった
そう言ってルイは、飲みやすいように器に移し替えられた具の少ないシンプルなスープをリルに渡した。
「あ、ありがと」
少し暑いので一口一口と冷ましながら飲み、ほぅっと一息つくと心身共に温まると同時に、人の優しさに包まれたようでとても暖かい光景だった。
しかしそこで、驚愕するような言葉が飛び交う。
「ていうか、ルイ!?あれ、いつからいたの!?自然にコルとリルと一緒にいたから気づかなかった!!」
「何言ってんだ。森に着いた時からいたじゃねーか」
「それよりルイ!君今までどこにいたんだい!」
驚くツナの言葉に呆れた様子のリボーン。
ルイが登場したことで、少なからず反応したものはいたが、驚愕という程でもない。ツナの場合はただ気が付かなかっただけである。
実際には森に来た当初から、まるでこの場に全員来ることが分かっていたように森にいた。
寧ろ、本当に驚いたのは入江。
ルイという人物を、おそらくこの中でリルとコルを除いて一番よく知っていたからこそ。
「リルとコルと別れた後、歩いてここまで来たんだよ。どうせ町中でドンパチやって、最後には人を巻き込まない所に行くと思ったからな。それに、川平不動産の所で戦ってたのは通信機越しでも知ってたから、そこから近そうな場所、森の中で、そういえばツナのスタート地点に設定してたのはここだと思ったから、来てみたんだ」
(なんという驚異的洞察力)
その場の何人が同じことを思っただろうか。
現状のわずかな情報から推測とわずかな勘でそこにたどり着くとは、イリスファミリーの技術主任という肩書は決して伊達ではない。
リルとコルも、通信機はあったが色々あってルイに森に行くという事を伝えていなかったというのも、彼に対する信憑性を上げていた。
同時に、若干何名か洞察力が高すぎて逆にドン引きするもいたりいなかったり……。
「それで、パンドラの匣は開きそうかい」
そう問いかける入江の瞳は真剣だ。決してさっきまでふざけていたわけでは無いが、この質問の回答によって今後の戦略の立て方が変わってくる。
問われたルイは、リルがトリカブトから回収した宝箱のような形の匣を手元でくるくると弄びながら、悩まし気にため息を吐く。
「無理だな。基本的にパンドラの匣は外部から簡単に開く物なんだが、これは白蘭が作ったからな。機材があれば変わるが、ここじゃぁ今開くのは難しいな」
ある程度の携帯端末なら常備してはいるが、相手がレプリカとは言え神器の一つとなると、それ専門の機材を用意する必要が出てくる。
かといって、ここからイリスの日本支部(仮)の山に行く余裕など無い。結果的に、この状態のまま開かない、という結論を出さざるを得なかった。
さて、ここで白蘭打倒計画を10年後の雲雀、ツナと共に打ち上げた入江とルイの二人だが、このペアとはまた別に、いくらか確執のある者達はいた。
まずは、獄寺とγ。
嘗て、ミルフィオーレファミリー日本支部メローネ基地で激闘を繰り広げた二人。
未来に来た当初ではγに山本共々ズタボロに圧倒され、次に基地で戦った時は互いの主に対する覚悟をぶつけあって、結果引き分けとなった。
互いに敬愛する主、獄寺ならツナ、γならユニがこの場にいる為、流石に争うような事はしない。獄寺はそれでも睨みを聞かせているが(デフォルトかもしれない)、γは対照的に大人の余裕からなのか、笑みを浮かべてやんわりと獄寺の言葉に答えていた。
そんな兄貴分とは違って、若干血の気の多そうな太猿と野猿は、入江に対して恨みがまし視線と挑発的な言葉を送ってはいるが。裏切り隊長、とは二人の弁だが、結果的に今この場を見ればどっちもミルフィオーレを裏切っているので、どっちもどっちだなぁ、とスープを飲み終えたリルは一人内心で呟いていた。
しかしながら、彼女の双子の弟コルに対しても、実は太猿と野猿は恨みがあるかないかといえば、実はあった。
そう、メローネ基地で勃発した『騎士武者騒動』。
別にどこの記録にも残っていないのでこんな名称誰も使ってないが、当時イリスファミリー第二戦闘部隊に所属するリルとコルは先行した光努と合流すべく、後から基地へと潜入した。
その際、リルは西洋風の白銀の騎士甲冑を、コルは和を尊ぶ出で立ち鎧武者を着こみ潜入した。単純な防具としての目的もあったが、相手にインパクトを与えて怯んだ隙にガンガン攻め込むという意味合いも込めて、この格好で向かう二人。
まあ流石にずっと来ているのは邪魔なので、きりのいい所で普通に脱ぎ捨てる予定だったのだが、その際鎧武者姿のコルは太猿と野猿、他彼らの部下達複数と交戦した。
そして、結果的にコルは無傷で圧勝し、彼らを戦闘不能に追い込んだ。
ただの逆恨みだが、それでもやはりやられたという事はまだ彼らの記憶に新しい。
故に、恨みの視線をコルに、一部その鉢合わせの状況を、メローネ基地を操り作った入江にも向けるのだった。
「昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵。まあ巡り合わせが悪かったって事で、水に流せ。僕は雨の属性だし」
「ぬかせ!それを言うなら俺は嵐だ。コル、てめぇにやられた分はいつかきっちり返してやるからな!」
「太猿は短気だな。いいよ、いつでも相手してあげる。どうせ勝し」
「うへー、お前相変わらずな奴だな」
表情は変わらないくせに妙に自信溢れる言葉。
そんな言葉に心底面倒くさそうな表情で不平を漏らす野猿。
そんな彼らの様子に、ツナや獄寺達は一つ疑問を持った。
「あのさ……コルと太猿達って知り合いなの?」
「コルがっていうより、私も知ってるよ。イリスとジッリョネロは昔から何度か交流があるからねー。まあミルフィオーレに統合されてから会う機会はめっきり減ったけどね」
意外と中の良さそうな3人に対するツナの疑問には、リルが答えてくれた。
これはジッリョネロに限らず、イリスファミリーと交流していた様々なマフィアは、ミルフィオーレに吸収統合された事によっておおよそ疎遠となった。ボンゴレのように、ミルフィオーレに狙われる理由が多分にあるファミリーとの交流が今の時代はだいたいだが、例えミルフィオーレに吸収されて敵対しようとも、個人個人で交流が残っている場合もある。
最も、その中でルイと入江と雲雀とツナ、つまりはイリス、ミルフィオーレ、ボンゴレが内通していたなど、とんでもない交流が密かにあったなど、今となっては信じられないのだった。
「ほら、コルも太猿も野猿も喧嘩しないの。せっかくみんなで白蘭つぶそーとしてるんだから、仲良くしよーかふっ!」ブシュッ!
「おい!怪我人は安静にしてろ!」
「あー!リル!血が出てる!」
「わー、まっかっか」
「アホ牛!騒ぐんじゃねぇ!」
「大丈夫大丈夫。思ったよりも大した傷じゃけふっ!」ドバッ!
「いやいやいや!チェーンソーで脇腹抉られたってかなり重傷だからね!?」
「はひ!再びぐろっきーです!京子ちゃん!タオルタオル!」
「はい。あとユニちゃん、水取ってくれる?」
「あ、はい。リルさん、大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫大丈――」
「後の展開が目に見えるからそれ以上はやめてー!」
束の間の休息。
暖かい団欒の中で、苦労という言葉を表情に込め、ツナの叫び声が夜の森に響くのだった。
次回、トリカブト戦の感想と作戦会議行います。