それは空を踏みしめ光を纏い、風の様に舞う天女のようだった。
紅蓮の劫火を纏う刀身を翻し、空気を焦がして一閃を振るう。
だが圧倒的な光と対を成すのであれば、それは暗く深い深淵でどす黒く蠢く闇その物。
黒き幻影の巨人は、その身を膨張させて、黒い闇を作り出す。無論それは、匣兵器『
機器をも翻弄すると言われるトリカブトの幻覚能力に加え、それを増長させる霧の匣。さらにもう一つ加えるのは、『
トリカブトがツナとの戦いの時に使用したのは、この二つの匣兵器。
炎の違う2種類の同種の匣は、薄く纏われた炎を注視しなくては見分けがつかない同型の匣。故に、霧ウミヘビと自身の幻覚に紛れ込ませ、雷の硬化によって硬質化させ、鋭い槍のように雷ウミヘビ本体を投摘して対象を刺し貫く。それが、トリカブトの基本スタイルだった。その間、自分は同じように霧の幻覚の中で静かに、獲物を待つ狩人のように、息を潜めて待つ。
ある意味二者一対の匣兵器。そして同時に、手元にある炎を纏えるタイプのチェーンソーで、近接戦闘も行う。
通常術士は幻覚能力を磨き、自身の肉体を疎かにする者の方が多いと聞くが、超一流の術士は、あらゆる状況を想定し、幻覚なしの攻撃方法を模索する。
現に、ボンゴレ霧の守護者六道骸やミルフィオーレ元6弔花の幻騎士も、剣と槍ではまた別だが、同様に達人と呼べる体術を修めている。
トリカブトも、遠距離中距離の霧の幻覚と匣兵器併用による対応、そして接近された時の攻撃手段。確かに、真6弔花と呼ぶにふさわしい実力を秘めている。
しかし、今目の前で行われている光景を見れば、その考えが霞む。
ツナとの戦いで見せられた力が、跡形もなく砕かれているのだから。
「
伍ノ型は二刀の型。
一刀を逆手に、一剣を順手に。
同時同一方向からの二連撃は、刀身から漏れ出す赤い火の粉をまき散らし、正面を突き破らんと迫り狂うウミヘビの大群を、一刀いや、二刀の元に薙ぎ払った。
正面から砕きバラバラと撃ち捨てられ、瞬間、生物の根幹を破壊しようと、紅蓮の炎が焼き尽くしていく。
さらには、逆手の刀を瞬時に順手に持ち替えて、両の手を広げるように構える。
紅い光をちりちりと映すその眼光は鋭く猛禽類のように、眼前のみならず、自身の周囲にまで十全に気配をいきわたらせていた。
「
まるで大空を駆け抜ける鳥のようだったと言うだろう。
同時に、炎と共に舞い踊る鳳凰の如く。
嵐の炎を纏う二刀が翼のように、その場でステップを踏むように、回転しつつ周囲を警戒し、的確に自身に迫る黒刃を切り裂いていく。
まるで自身の周囲が全て見えているかのような振る舞い。背後から来た攻撃すら刀を背に回して視認する事なく反撃し、天地をひっくり返しまた一撃一撃。
遠くで狙うトリカブトを、まるでじりじりと追いつめるように一匹ずつ。
次第に数を減らしたウミヘビは、全て迎撃された。
(トリカブトのウミヘビを全て迎撃!先程の剣だけではああもいかなったでしょう。あれがイリスの神器……ですか)
あたかも嘲笑うかの微笑。だが、桔梗の頬には、わずかに冷たい冷や汗が流れる。
人は未知に恐怖する物だ。一寸先は闇という言葉があるように、それが何かわからない時、人は恐れを抱く。しかし桔梗は恐怖しているわけでは無い。だが、リルとその手の剣から、底しれない何かを感じ取っていた。
匣兵器の中に入った剣では、強度が足りず途中で崩壊も必死だったが、それを可能にしたのが二振りの剣。
(だが、我々はその技も知っている。それはトリカブトも同様。そしてウミヘビがやられた今、あれをやりますか?トリカブト)
「哀しき者よ」
地獄の底から響く様な、トリカブトの声が聞こえる。
右手の指に填め込まれた、霧のマーレリングから噴き出す霧の炎。
そして左手で自身の上半身を開くと同時に、その下の素肌を見せた。
手を見てもわかる、到底人の肌とは思えない赤褐色の肌。そして本来刻むべき心臓のある旨の部分に、ミルフィオーレの紋章の記された匣が埋め込まれていた。
「あの面、やっぱり。それに胸に……匣!?」
異形なトリカブトの姿に驚いた表情を見せるリル。
トリカブトはそのまま、自身の胸の匣に炎を注ぎ込んだ。
当然、普通の匣の様に蓋が開く、なんて事は無い。極大化した藍色の光が球体状に、トリカブトを中心に膨らみ、弾けた。
飛び交う霧の炎の中で、リルは刀と剣を容赦なく構える。
「ツナ、アレ何か知ってる?」
「リボーンの通信で今聞いた。並中に現れた真6弔花も使った奥の手、
修羅。
その言葉を脳裏にこびり付かせ、炎が晴れると同時に現れた異形に、皆一様に瞳を見開き驚愕を表情に宿す。
だらりと手を垂らし、鈍い眼光は辺りを射貫く。
だが最も異形と言わざるを得ないのは、霧でできた様な二対の羽と、さらさらと崩れそうな触覚。まるで蝶か蛾のような丸みを帯びた形状の羽だが、見ただけで委縮しそうな模様。目玉がいくつもあしらい、黒々とした模様に染め上げた、見る者の背筋を撫でるような不気味な形。
その姿は、明らかに人間の範疇を超えている。
全員の視線が、修羅開匣によって異形の変貌を遂げたトリカブトに集中する。
だがその瞬間、トリカブトの周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。
「これは、幻覚!」
「この幻覚、チョイスの時よりも強い!!」
修羅開匣とは、人間と匣兵器の能力を掛け合わせたミルフィオーレ独自の匣。
直接人間の体内に埋め込まれた匣に炎を注ぎ、自身の肉体と元となる匣兵器そのものが融合し、強力な炎と力を発揮し、他者を蹂躙する。
雲雀に倒された、晴れの真6弔花であるデイジーの場合は、トカゲと融合された修羅開匣。晴れの炎の特性である活性は、主に傷の治癒など、細胞の活性に使われる場合が多いが、デイジーのそれは傷の治癒なんて生易しい者ではない。通常の活性に加え、トカゲの尻尾の自切と再生能力を掛け合わせ、腕を切断されようとも一瞬で元から再生する程の能力。
それを雲雀は、再生スピードを上回る雲の増殖により、圧倒的な力で敵を拘束した。
雲雀のボンゴレ匣であるハリネズミロールの
者、何者にも囚われず我が道を行く浮雲と謳われた、『アラウディの手錠』。
ただの手錠と侮ったのは、デイジーの決定的な敗因だっただろう。
自身の手を、足を、体を、首を、全てを大小様々な手錠で、自身の肉体を切り離す事すらできず、再生するスピードすら上回る雲の増殖により、締め上げられ破れた。
今のトリカブトに掛け合わされたのは、蛾の擬態。
蛾の持つ擬態能力を進化させた、トリカブトの目玉を見た者は、五感を奪われ、真実を見失う。見るだけで幻術に掛かるという、初見では防ぎようのない能力。
現に、能力を知っていた桔梗とブルーベルはトリカブトの開匣前から瞳を閉じて、幻覚空間から逃れて悠々と飛んでいる。
今のツナ達は、天地上下の感覚が狂わされ、地上にいたリボーン達は自身が今どこに立っているのかすら曖昧となっている。
足元に空が、頭上に町が、右に雲が、左に空が、ぐにゃりと歪み視界に入る者が全て信じられなくなる世界。すでにトリカブトの姿など、虚空の中に溶け込み消え失せる。
歪む霧の視界は、ツナの超直感すらも封殺する。
(ハハン、後はイリスのリルを倒し、ユ二様の確保の報告を待つだけです)
ザシュッ!
つい少し前に聞こえた、何か突き刺すような、切り裂く様な鈍い音。
気が付けば、リルが先程までいた場所には、さらさらと罅と共に崩れ落ちるTシューズのプレートのみが残っており、後方、ユニとγのやや横の位置で、リルは虚空を突き刺すように剣を振りかざしていた。
「!?」
ガギィ!
何か硬い感触にぶつかったと思ったら、何もない歪んだ空間からトリカブトの仮面がわずかに覗き、またすぐにその姿をかき消した。
「何!?」
思わず目を開き、桔梗は今起こった現状を把握し、同時に驚愕する。
トリカブトの幻覚は元々超一流、さらには修羅開匣によってそれが何倍にも強化された。
同じ真6弔花としても、喰らうのは、対処方法があるとしても勘弁してほしい所。
ちなみに真6弔花式トリカブトの修羅開匣幻覚対処方法は、360度容赦なしの全方位攻撃が一番手っ取り早いらしい。
だが、リルはその位置を把握した。
天地すら歪ませるトリカブトの幻覚を、何らかの手段を得て破った。
(これは予想外ですね。イリスで我々の相手になるのはせいぜい白神光努とハクリくらいだと思っていましたが、少々認識を改める必要がありそうです。本人が、というよりは、あの神器の方がこの場合問題でしょうね)
視線を鋭くし、じっとリルの手元の剣を見つめる桔梗。
わずかにも、刀身に時折陽炎のように炎が不規則にはためく。
(おそらく、幻覚を破った種はあれにある)
不意に、リルは何かに反応したように、右手の
ギィイイン!
その瞬間、甲高い音と同時に剣に衝撃が走り、陽炎のような靄と同時に、剣の腹にぶつかるトリカブトの腕と面がわずかに見えた。だが攻撃が失敗したと分かると、再び霧にまぎれ、何もない空間へと姿を画す。
自身からの先制の攻撃と、相手の攻撃に対する後の先の防御。
一度目ならまぐれと片付ける事もできたかもしれないが、リルは二度も行動を成功させた。
「あなたには見えているというのですか、トリカブトの姿が」
呟くように語り掛ける桔梗の言葉は誰に聞こえるとなく空に消える。だがまるでその言葉に反応するように、リルはわずかに笑みを浮かべた。
ぱちりとわずかに耳に残る音と同時に、リルの手にある2本の剣、
薄く、だが閃光は研ぎ澄まされたように鋭く、無数の名刀を纏うようだった。
リルは足を曲げ、一足の元に空の上、さらに上へと飛び出した、遥か上空へ来たところで、天に向かって2本の剣を構える。
迸る緑色の電流。
斬り結んだ2本の閃光が、あたりを照らした。
「
剣を交差させるように構え、一息に振り抜く。
空に捧げる十字架のように、あたりを十字に飛び出した雷の閃光が煌き、まるで夜空に輝く一番星のようだった。
見えない何かにたいする攻撃。そしてその攻撃は、当たった。
ギャイイィン!
どこに隠れていたのか、誰も検討のつけられないトリカブトの本体が、切り裂かれた剣と炎を避けきれずにまともにくらい、空に打ちあがる。
(あの技は私も知っている。トリカブトも同様に。それを喰らうという事は、予想だにしない攻撃の範囲と威力!)
知っている攻撃で避け方を知っていた、だからこそ当たった。
白蘭によって技の攻略法を伝授された真6弔花は、相手の攻撃技に対して、ギリギリのラインで、わずか触れるか触れないかという所で精妙巧緻に避ける事ができるだろう。
それは相手の技のタイミングと場所さえわかれば、たとえ目を瞑ったとしても、予定通りの場所へただ体を持っていくだけでよい。
だが、その攻撃にわずかなブレがあれば、結果は変わってくる。
本来なら超一流の達人たちにはそんな物は存在しない。それは型に対する真っすぐな姿勢を否定するものではなく、良い意味でのブレ、異彩。
揺らぐわずかな炎の瞬き。通常より明らかに巨大で長い剣。
そしてただの剣なら纏うだけで砕け散りそうな、雷雲を呼び起こすような嵐の奔流を纏う強大な炎。
可能性の中でなら、リルという少女の剣を避けることは難しくないだろう。
だが、今リルの手元にある2本の剣は、白神光努という8兆分の1の存在のみという異常なる特異点によってもたらされた宝剣。
例え他のパラレルワールドにその存在があろうとも、リルの手元に来る事ができたのは、この世界のみ。故に、全ての可能性の世界を覗いた時、同じリルという人間であろうとも、今この世界のこの場にいる少女こそ、その中で最も強い固体と言える。
トリカブトを切り裂き打ち上げたリルは、くるりと宙で一度周り、再びツナとユニ、γの近くにすたりと軽やかに降り立つ。
ボンゴレに伝わる優れた第六感、超直感を持つツナにも見つける事が出来ないトリカブトを、ほぼ一方的に切り裂き圧倒するその光景に、ツナ同様3人とも驚いていた。
「リル、トリカブトの場所がわかるのか?」
「分かるって言うか、感じるというか。トリカブトって、少し人と違うから」
それを言うなら、真6弔花は全員もれなく人間をやめている宣言をしているのだが?そんな疑問をツナは飲み込んだが、リルは特に気にした様子もなく辺りに気配を張り巡らせる。
周りと見渡しているわけでは無いので、視界に捉えている、というよりかは、その気配を感覚的に感じ取っている、という方が近いのだろうか。
その時、ツナは妙な物を見た気がした。
ピクリと、まるで意志があるかのように、リルの手に握られた
先程のリルがトリカブトに剣戟をたたき込んだことにより、周りをぐにゃりと歪ませていた修羅開匣の幻覚は、徐々に薄まっていた事も幸いしている。
「……あっち」
そうぽつりと呟くと同時に、リルはその場から跳び出した。
その方向は、先ほどツナが視界の端に捉えた、剣がピクリと動いた方向だった。
「あれは、神器・
ふと、ツナの背後、γに背と足を支えられて抱えられたユニの言葉から、先ほどのツナの疑問に答えるような声が聞こえた。
「
「闇に対する感覚?」
それが何を意味する事なのか分からない。
しかしユニの視線は、空を駆け抜けるリルに固定されている。
その瞳は、リルという少女の姿を捉えているだけでなく、その存在を見極めるかのような瞳だった。
「それにおそらくですが、あの剣にはまだ見せていない力があるはずです」
ツナはユニという少女の事を詳しく知っているわけでは無い。だが不思議と、その言葉はすんなりと、ツナの心の内へと入り込み、信じさせられる。それは悪い意味など一切なく、その少女の不思議な雰囲気と真剣な眼差しが、そう思わせているだけかもしれな
い。だが、その言葉に偽りがないことは、ツナは直感的に悟っていた。
ギイイィン!!
ツナとユニの会話を中断するような甲高い音と同時に、再びトリカブトが全員の視界に映りだした。
「
炎を纏う2本の剣閃が、円を描くように一撃でトリカブトの本体ではなく、背中に生やした2本の羽を容赦なく切り裂いた。
トリカブトの幻覚のトリガーとなる羽の目玉模様。一瞬で霧散させられた今、辺りを歪ませていた力を失せ、既にツナ達全員、正常な視界と感覚を取り戻していた。
もはやトリカブトには、避ける力すら残っていないのかもしれない。
「にゅー!一体どうなってるの!トリカブトやられちゃってるじゃん!」
「ふむ……手伝いましょう。今トリカブトがやられると、ユニ様奪還に少々手間がかかります」
真6弔花の中で戦闘能力だけを見るならば、桔梗にとってはトリカブトという存在は、正直に言えばいてもいなくても問題ない存在だった。それは桔梗の隣で騒ぐブルーベルも同様。それだけ、自身の戦闘能力に絶対の自信があるからともいえる。
だが、ユニという無傷の捕獲対象がいるとなると、圧倒的な殲滅力はむしろ愚策。気配を断ち惑わせられる隠密能力の方が、この場合欲しい戦力の形。
だからこそ、トリカブトに加勢しようとした時、咄嗟にその場を立ち止まった。
ズガガガァン!!
まるでレーザーのような、黄色い閃光のような銃弾が桔梗の前をわずかに掠めた。
下を見て見れば、バジルの匣兵器である
同時に、桔梗に前に瞬間的に現れる人物。
「どこに行くつもりだ。ここを通るなら、俺が相手になるぞ」
澄み渡るオレンジの炎を額と拳に纏い、悠然と桔梗の前に立ちふさがる影。
ツナは全てを見透かすような瞳を向けて、堅く拳を握り込んでいた。
「……ボンゴレ
涼し気な笑みを消し、眼前に立ちふさがるツナを見て、桔梗は呟いた。
互いに炎を噴出し、対面するツナと桔梗。
だがその瞬間、桔梗の背後で一人動いた。
「にゅにゅ!いっけー!」
雨のマーレリングを持つ真6弔花ブルーベル。
手元の匣から跳び出した雨カタツムリが、空を駆けるリルの元へと向かう。
だが、彼女の元へと行く前に、眼下の地上から跳び出す無数の炎を噴き出す弾頭が、全て手前で迎撃した。
「何!?」
桔梗はその光景に地上を見れば、こちらに向けて構える獄寺の姿があった。
「邪魔は……させねぇよ!」
中遠距離専門の獄寺と言え、ツナ達のいる場所は民家の屋根より遥か上。そこまで炎の弾丸を飛ばし、尚且つ迎撃できる技術となると、先ほどの負傷も踏まえると流石の一言だった。
どうあってもリルの邪魔をさせない。
その意図を体現するボンゴレの連携に、桔梗とブルーベルが小さな苛立ちを募らせる中、全員が不思議な感覚に駆られ、不意に同じ方向を見た。
空の上にいるリル。周りには誰もいない。
いや、本来ならいるであろうトリカブトが、おそらくその姿を残った幻覚能力で隠しているのだろう。だがリルは、何もない空間を薙ぐように手に持った
そして、全員の度肝を抜く様な行動に出た。
「せーのっ!!」
握りを強めた柄から手を離し、上空へと投げ飛ばす。
あろう事か、わざわざ武器を手放す暴挙にでた。
『なっ!!』
これには敵である味方であるツナ達はおろか、敵である桔梗たちも驚きに表情を染めていた。
だがリルに何か問う必要も無く、妙な事態に気づいた。
パチパチと鋭い、雷の炎を耐電する
見えない何者かが触れた用に、見えない何物かに導かれるように、触れられていない宝剣は閃光と共に、一直線に、独りでに、何もない一点に向かって跳び出した。
「な!剣が独りでに動いた!」
誰かが叫んだだろうが、この場の全員の言葉を代弁している。
文字通り、触れることなく剣が一人で、意志を持っているかのように動いていた。
本来なら異常な光景。だが、ツナを含め、この場にいる全員は、あのように勝手に動く剣に、意外と見覚えがあった。
「あれはまるで、イリスの『
イリスファミリー技術主任のルイが作り出したとされる、使い手の意志で操作ができる自動飛行剣型の匣兵器。斬り裂く事も防御する事も、上に乗り移動することもできる万能型だが耐久力に難のある匣。
チョイスの時にも皆見たが、まるでそれだ。
だが、その中でリボーンは、その逆かもしれないと考えた。
最初に見たからこそ、目の前の
(もしかしたら、ルイはあの神器から『
ありえない話ではない。むしろ、その方が可能性は高いかもしれない。
リボーンはさらに思考しようとした矢先、再び訪れる鈍い音。
ザシュ!
何もないと思われていた一点に向かい、何かに突き刺さるような音と共に空間に固定された宝剣は、一瞬深い霧の炎に包まれた。だが同時に、やはり一瞬で霧が晴れると同時に、剣に貫かれるトリカブトの姿顕わになった。
「あ……ぐ……が」
言葉にならない言葉をわずかに発するトリカブト。
独りでに動き、霧に隠れたトリカブトを感知して自動で攻撃する。
これでは本当にリルの匣兵器と同じ、いや、おそらくそれ以上の能力を確実に秘めているだろう。そうでなくては、神器などと言われない。
もしかしたら先ほどのトリカブトの修羅開匣による幻覚も、リルが感知したというより、
後で本人に確認してみよう、そう思ったリボーン。
だが一つ気になるのは、リボーンも聞いたユニの言葉。
(闇に対する感覚……か)
しかしそれに関しても、リボーンには思い当たる節があった為、今は深く考えないのであった。
そして、宝剣を打ち上げトリカブトを空に縫い付けたリルが開いた手に持った者は、
「何?匣だと!?」
驚いたのは桔梗。
ミルフィオーレの集めた情報の中では、リルは剣の匣以外には持ち合わせは無いはず。
この時代だと割とポピュラーであり最も強いとされるアニマル匣を、リルは持ち得ていない。それは双子の弟であるコルにもいる事だが、それなら何の匣かという事。
太陽と月と星を虹で結んだようなイリスの紋章が刻まれた、純白の匣。
リルのDリングから迸る紅蓮の嵐の炎が、匣に注入された。
「開匣、『
嵐の炎が注入され、匣が開くと同時に飛び出した物を見た時、それが何かなわからなかった。なんと形容すればよいのだろうか。
ただただそこに現れたのは、一つの灯火。
美しく、全てを染まりそうな色の無い、一切の揺らぎの無い純白の炎。
だがそれは、本来ならそこにあるはずの無い炎だった。
「な、あれは!白神光努の白夜の炎!!」
気のせいかとも思ったが、あれは見間違うはずない。
透き通るような純度の高さすらも瞳で分かる、澄み渡る純白の白夜の炎。
皆が驚く中で、白夜の炎に向かってリルは天國刀を、さながら鍛冶師のように、一瞬の躊躇もなく突き刺した。
実態の無い炎をするりと突き抜けると同時にその炎を刀に纏う。そしてその炎に呼応するかのように、リルの持つDリングから迸る嵐の炎が絡み合った。
紅蓮の嵐の炎と、純白の白夜の炎。
本来混ざり合うはずのない二つの炎が一つとなり、リルの刀に纏われ輝きを放つ。
それは暖かい光。
赤と白、二つが混ざり合い色合いを変えた炎は、美しい光の柱となって辺りを包み込んだ。その光は次第に収束し、リルの手元に収まる。
煌々と燃え上がる緋色の炎。
合わさる二つの炎が、新たな力を生み出した。
チョイスの時に見た、全てを分解し燃やし尽くす焼き鏝のような紅蓮の剣ではない。
見るも鮮やかに、桜のような美しさを持った緋色の剣。そうでありながら、どんなものでも斬り裂けそうな、鋭い威圧感がにじみ出ていた。
驚愕に次ぐ驚愕の嵐。
しかし、皆が驚く中で、リルは足元を踏みしめ疾風の如く空を駆け、トリカブトの元へと迫った。
「
宝剣に抑えられた幻影の巨人は、微動だにできない。
何物にも抜け出せない枷に貫かれ、迫り狂うは緋の斬撃。
振るう刀は流麗に、大気を振り切り駆け巡る。
一直線に迫ったリルの剣は寸分の狂いもなく、トリカブトの面を両断した。
崩れ落ちるトリカブトと同時に、リルはふらりと、糸が切れたようにその場で倒れ込む。何もない空虚な空の上へと倒れ込み、下へ下へ落ちていく。
それでも、彼女は満足そうだった。
その手には、トリカブトのローブから取り出した、
「やっと、取り戻したよ、光努」
その表情は晴れやかに、柔らかい微笑みを浮かべる。
そして同時に、瞳を静かに閉じて、風に舞う木の葉のように、落ちて行った。
原作設定の無い部分、分からない部分はところどころオリジナル設定を入れてますが、疑問点があれば気軽にご意見下さい。