イリスファミリーいおいて技術主任の立ち位置に着くルイという男は、嘗て匣開発に携わる3人の天才達の手伝いをしていた。その事もあり、イリス製の様々な試作の匣などを作り出してきた。
その一つである、『
使用者のリングから注ぎ込まれた炎を糧として、触れずに自動で飛び交う匣兵器。元6弔花であるγの持つエレットロ・ビリアルドも、使用者との非接触で玉を操作してキューで打つ匣。似たタイプであるが、ルイが作ったのはそれに加えて自身で操作できる
リル達が使っているのは単体の名称ではなく、複数の剣が収納された匣兵器であり、ラテン語で剣の意味を持つグラディウスを由来とする花からつけられた、『
この匣兵器の有用性は高いが、欠点も存在する。
その一つとしては、剣本体の硬度だ。
いくつかの機構を組み込んだため、攻守の利便性の代わりに刀身の硬度が通常の洋剣と比べて著しく低下した。
その為、ルイはこの匣を雷の匣兵器として流用した。
雷の炎の特性である〝硬化〟により、刀身の硬度を引き上げる。しかしそれでも通常の洋剣と同程度か少し低いくらい。
随時ルイがメンテナンスを行っているが、それができない連続した戦いの中だと、剣にも疲労が蓄積されていく。
結果、幻騎士戦でも起こったように剣の倒壊が起こる。
そしてそれは、トリカブトの闘いでも引き起こされた。
***
バギィン。
砕け散る剣の破片が、太陽の光を反射して空に投げ出される。
中から火花を散らし、砕けた刀身の先と、手放した柄がクルクルと一直線にコンクリートに落ちて砕け散った。
「やっぱり、チョイスで無茶させちゃったかな」
少し悲しそうな光を目に細め、手に握る洋剣に力を籠める。2本の雷を纏った剣は、トリカブトのチェーンソーに砕かれてしまった。一つの匣の中には4本、残りは両手に持つ2本のみ。
足元のプレートを踏みしめ、全身のバネを使ってゆらゆらと陽炎のように揺らめくトリカブトに向かって跳び出した。
「哀しき者よ」
ぶわりと、トリカブトのローブの裾がさらさらと崩れていく。
すでに彼の術中の中なのか、今まさに見ている者が幻影なのか。
だがリルは、飛び出したと同時に体を丸め、反転しトリカブトが見える方向へと足を延ばしてプレートを踏みしめた。そして、そのまま弾丸の如く、体を態勢を逆転させて先ほどまで自分がいた方向へと再び飛び出す。同時に、手の中の一刀突き出した。
「
肆ノ型は一刀の型。
手の中で高速回転する剣は、穿孔機のように空間を削り取る。何もない虚空を突き崩すように穿たれた剣だが、何もなかった空間に紅い火花が散ると同時に、剣の先にチェーンソーの腹で受け止めたトリカブトが現れた。
「ほぅ。トリカブトの位置を見抜きますか。中々どうしてイリスの剣士とやらもやりますね」
少々感心したように声を上げる桔梗だが、それでもその表情になんら焦りは浮かばれず、硝子のように涼しい余裕の表情。暗に、その程度では勝てない、そう語っていた。
防がれた事に対してリルは特に気にしていない様子。
だが、今まさにこの瞬間、攻撃を受けたトリカブトは、本体をさらしたことになる。
リルの手の中で、Dリングから発せられる鋭い雷の炎。
ツナ達には嘗て戦った6弔花時代のγを思い出させる純度の高い炎。イリスが誇るリルが所有する雷のDリングは、精製度はA級の至宝中の至宝だった。
リングの炎を刀身に伝播させ、両手に持った剣を縦横無尽に振りかざす。
「
伍ノ型は二刀の型。
さらに言えばこの技は、両手の剣による13連撃の技。
とりわけ、通常なら平行な地面の上でを想定してある技ではあるが、空の上という状況では、縦横無尽に駆け回れる。
「はぁっ!」
ヒュオォン!!
風を切る音が聞こえるよりも早く、リルの剣がトリカブトに吸い込まれるように振るわれる。だが、先制の2撃を、トリカブトはするりとわずかに体を動かすようにして綺麗に躱した。いや、躱したという言葉も怪しい。
剣から逃げたというより、剣の届かない位置までわずかに動いて止まる事の繰り返し。
まるで、最初から剣の動きが、間合いが、速度が、全てが分かっていたような動き。
わずかに目を見開いたリルだが、剣の握りを強めて再び剣を振るう。
「まずい!リル!ダメだ!」
状況を見守っていたツナは、突如静止の声を上げる。
だが、すでに始まった連撃を止める事は出来ない。リルは立て続けに3撃4撃5撃6撃と剣閃を重ねていくが、そのこと如くを、トリカブトは躱す。するりと縫うように、ひらめくローブにすら触れずに、雷の余波にすら届かず、躱す。
(当たらない!攻撃が、読まれている!?いや、読まれているというより、すでに知っている!?)
次第に終局へと至る剣の連撃。
11連撃を終了した時点で、トリカブトにはかすり傷すら見えなかった。
回数を重ねるごとに、まるで見えない黒い沼にどろりと足を取られていくような感覚。
止めとばかりに、手元の剣に雷の炎を増大させ、リルは最後の2撃を放った。
その刹那。
するりと剣と剣の間をゆらりと幽霊のように動き、手元で低く獣のように唸り声をあげるチェーンソーを、トリカブトはすれ違い様に振るった。
ザシュッ!!
「あ……くぅ!」
「リル!」
溜まる場所の無い空の上で、紅い鮮血が舞った。
咄嗟に、リルはトリカブトを蹴り倒すようにして背後に飛び出し、くるりと回ってツナの横に降り立った。しかし、出現させたプレートの上に足を付けると同時に、片膝をつく。
「リル!大丈夫か!?」
「ツナ……平気だよ。剣じゃないけど、斬られたのは久しぶりだなぁ」
あはは、と平気そうに笑うが、傷口を見たツナは愕然とする。
壊れた剣を手放して左手で右の脇腹を抑えているが、その箇所からはジワリと赤い染みが滲み出し服を染め上げてきた。
「さっき真6弔花のデイジーを倒した雲雀さんと一緒のディーノさんから連絡があった。あいつらはみんな、白蘭からパラレルワールドで出会った俺たちの技の知識を与えられている」
つまりは、自身の攻撃が既に相手に知られている。
その時その時で思考の変わる型の無い無型の攻撃であれば、動体視力と反射神経で対処するしかないが、手順の決まっている型のある技に関しては、時間があれば攻略することは難しくない。
どんなに速いボールを投げられるピッチャーがいるとしても、それがまっすぐに来ると分かっているのなら、バッターにとってホームランにする事は難しくない。
いわばかつての山本とスクアーロのような関係だ。
ボンゴレリング争奪戦で、時雨蒼燕流と戦って攻略したことのあるスクアーロは、山本の自然な技を紙一重で見切り躱し切って見せた。それにより、ただでえ不利な状況へと突き落とされる。結果として山本は勝利したが、それまでに受けた傷はスクアーロと比べて圧倒的に多かった。
だからこそ、リルの変則的な13連撃を、ただのかすりもせずにトリカブトは躱し切ってみせたのだ。さらには、そこにカウンターを乗せる事もできる。
「はぁ、はぁ……なるほど。どうりでおかしいと思った」
「リル、下で治療してもらえ!浅くは無いはずだ!」
その言葉にリルはちらりと自身の傷を見る。確かに浅くはない。致命傷とは言わないが、ほぅって置けばまずい類の傷だ。ただの切り傷ではなく、チェーンソーの一撃というのも響いている。イリス製の耐炎防弾防刃製の服に身を包んでいるが、それでも全て無効にできるわけではない。せいぜい、届かせる刃を少々緩和させるくらい。
だが、リルは傷口に手を当てたまま、ゆらりと立ち上がった。
「ツナ。悪いけどここは譲れないよ。あそこに光努が囚われている匣があるっていうのなら、今取り返すしかない」
「だが、お前の攻撃は全て読まれている!」
「その通りですよ、イリスの剣士よ」
ツナの言葉に同意するように上から投げかけられる涼し気な声音。
ふわりと浮かんでいるのは、真6弔花の桔梗だった。
「そこのボンゴレ
くっくっくと喉を震わせ、嘲笑う桔梗。
だがその通りだ。下にいたリボーンも、ツナとリルの後ろでユニを抱えるγもその言葉に反論は出せない。攻撃方法が全て知られている以上、対抗できるのは白蘭の知らない攻撃、武器、技。つまりは、この世界にしか作られていないボンゴレ匣と、この世界にしか存在しない白神光努という人物。
だからこそ、ツナはリルに休むように言うが、リルはその場を動かない。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。荒くなっていた呼吸を、5秒程かけてゆっくりとした元のリズムへと戻していく。
そして、空にいる桔梗に向かって口を開いた。
「一つ、忘れている事があるよ」
「何?」
「ミルフィオーレの人は、この刀については知らないんじゃない?」
そういって、左手で左腰に刺さった刀、天國刀に触れてかしゃりと揺らす。
コル、光努と一緒に、日本の秘境、とある山中の廃寺の中に封じられていた2刀の内の一本だ。
その問いに桔梗は思わず無言になる。
質問に対する沈黙は肯定の意と取られる場合がある。
返答の無い答えに、リルはわずかに口元に笑みを見せた。
だが、桔梗も、だからどうした、と言わんばかりに微笑を浮かべる。
「ハハン。確かに、その刀に関して我々は情報を持ちえません。しかし、チョイスで見た限りそれは高純度の炎に耐えうる強固さは賞賛しますが、それを除けばただの刀。例えどんな剣を持とうとも、それを扱う者があなたである以上、我々には通じませんよ」
「リル、やはりここは俺が」
「ねえツナ。私が今持っているのは、この刀だけじゃないんだよ?」
どこか、ツナにとってそこそこ身近だった、10年前のリルを思い出させるような悪戯っぽい笑みを浮かべたリル。
右手を突き出すと同時に、袖に隠れて見えなかった物、右手の手首に巻かれた物が、ツナ達の視界に入った。
きらりと光るシルバーチェーンのブレスレットだが、アクセントにつけられていたのは不思議な物体だった。立方体の黒い何か。不可思議な紋様が表面を這う箱型のアクセント。
記憶の底をひっかき、確かチョイスの開始時点からつけていたブレスレットだという事を、ツナは思い出した。チョイスの時、リルとコルには共通の装備が二つあった。
一つは足元からプレートを作り空を駆けるTシューズ。
そしてもう一つ、このブレスレット。
瞬間、ブレスレットに備えられた立方体から、色鮮やかな紅蓮の劫火、嵐の炎が噴き出した。
「これは……!」
あのブレスレットは匣から出てきた兵器ではない。マフィアに伝わるリングでもない。
にもかかわらず、強い死ぬ気の炎が灯されている。それが意味するに、あのブレスレットはただのブレスレットではない。
「光努の存在が白蘭の未知だというのなら、光努が引き起こしたこの時代の出来事は、全て白蘭にとって未知の出来事になる。って、事なんだよね。そして、これがもう一つの答えだよ」
一際ゆらりと激しく燃え上がった嵐の炎は、一瞬の内に収縮し、ブレスレットの黒い立方体の中へと吸い込まれる。その瞬間、眩いばかりの閃光が空気を貫き、並盛町の上空に駆け巡った。皆が腕で光を直接見ないように顔を覆い、桔梗達も目を細めて眼前を睨む中で、リルはかすかに笑ったような気がした。
「
空気を突き放し、眩いばかりの光が辺りを包んだ。
その場に太陽が降って来たのかと思うような極光の嵐。
だがその光は、次第になりを潜め、一点に収縮されていく。
その光景に、リボーンはなるほどと、納得し同時に感嘆する。
(確かに、光努という存在がボンゴレ匣同様に、他のパラレルワールドに存在しない物だとしたら、その人物の行動全てにおいて、白蘭にとっては予想外の結果に代わる。つまり、今のイリスファミリーの人間達は、光努という未知の存在と共にある事で、白蘭にとって予想外の力を持っている可能性が高い)
例えるのなら、光努という存在がいたからこそ手に入れることができた力、とか。
もしそうならそれこそが、イリスにとってのボンゴレ匣になりうる。
次第に平たい円盤状に収縮した光は、ぐるぐると渦を巻く。円盤状の光の正体は、一本の細い光の回転。その勢いが衰えていくと同時に、現れた光の正体がなんとなくではあるが見えてくる。
黄金の柄に包まれて、前衛的な文様の施された装飾。同時に見るものの瞳に吸い込まれるような神秘性を纏い、その存在感は圧倒的に、その場の者を斬り裂くように威圧する。まだ空に残る太陽の光に反射した刀身をキラキラと回転させて、次第に緩やかに光を解いた物体は、その姿を現した。
「……綺麗」
ぽつりと誰かが漏らした言葉は、その場の人間の心情を的確に表した。
神々しいという言葉で包みたくなるような柄と刀身。光が収まると同時に剣の全容が現わされて、誰かから感嘆の息が漏れる。
目の前に出現した剣の柄をリルは握り込み、一息の元に空気を切り裂いた。
「森羅万象の敵を討て!『
右に日本刀を、左に洋剣を。
リルの
***
「なんだ、いきなり剣が現れたぞ!?」
その光景を、川平不動産の前で見ていた了平や獄寺を初めとした全員が驚いていた。
リルのブレスレットが光輝いた瞬間、光の中から現れた神々しい一本の剣。匣を開いた様子もなく、一体何をしたのかと。
その疑問には、リボーンが答えてくれた。
「リルの身に着けているブレスレットは、パンドラの匣だぞ」
「え!?それって光努君を閉じ込めるのに白蘭さんも作ったやつだよね?」
「まあ白蘭は能力使って作ったみてーだが、元々パンドラの匣、如いては神器はイリスの専売特許だ。別に持ってても不思議じゃねーだろ」
「リボーンさん。そのパンドラの匣っていうのは具体的にどういう物何ですか?まさか神話の伝承通りに中に災厄と希望が詰まってるわけじゃないですよね?」
ボンゴレ陣営の中で、比較的学校の成績もよく知識もある獄寺が質問をする。事実学校のテストは楽勝だと100点満点の解答をたたき出せるほどで、なぜそれで参謀ではないかといわれると、喧嘩っ早い性格とどこか抜けているところがある為である。
「実際はどうだか知らねーが、あのパンドラの特徴は少しだけ聞いた事があるぞ。なんでも、持ち手の死ぬ気の炎に反応して、物体を収納放出できるって物だそうだ」
リボーンの噛み砕いた説明を聞いた各人の反応で、理解できたものは同時に驚く。
「な、それってまるで……」
「ああ。構造や中身は別物だが、根本的な所は匣兵器と同じだ」
死ぬ気の炎を利用した収納と、中の物体を取り出す技術。
そう、それはまるで、今この時代の根幹となっている、匣兵器そのものだ。
「確か噂程度に聞いた事ある。匣兵器の設計図を作ったジェペットは、何か参考にした物があったんじゃないかって、匣兵器開発当初の学者の間で議論が一時期あったらしい」
マフィア間の情報収集を担当していたフゥ太は、思い出すように記憶の引き出しを開ける。人間は何か新しい物を作り出そうと思ったら、それの元となる者が何かしら存在する場合がある。
それは全てが同じというわけでは無く、本来自然の中でしか存在しない物を、人工的に再現したりする。代々人は動物や虫などの構造や動きから、新たな機械を創造したり閃いたりする時も多い。
同様に、当時の学者たちは、ジェペットは何かを参考にしたのではと考えた。
具体的には、匣兵器同様の何かが彼の時代に存在したのでは。いわゆる、オーパーツと言われる程の何かが。そうでなくては、数世紀も進むような発明をそう簡単にできるわけがない。そう考える者も多くは無いが匣開発者の中にはいたのだった。
そしてその可能性が高い物が一つ存在した。
それが、イリスの神器、その中の一つである、『
なるほど確かに。
もしかしたらジェペットは、人間の生命エネルギーである炎に反応して動くパンドラの匣をヒントに、匣兵器の設計図を作ったのかもしれない。
最も、それを確かめる術は存在しない為、憶測の域を超えないのではあるが。
「なるほど。ありえねぇ話じゃねーな」
無いと斬り捨てるには信憑性の高そうな噂。
「しかし、それで中身が剣一本というのは割りに合わないのでは?大層な物らしいが、あれでは普通の匣と変わらない気がするぞ」
了平の最もな意見。同様の意見を持った者達は多いが、逆にその意見は違うという考えの者もいる。リボーンと、入江の二人だった。
それは、リルの取り出したあの剣の存在を知っている、いや、聞いた事があるからだ。
「この世界には、匣に納めることができない武器もあるんだよ。それだけ強力な物って事だね。だから、あのパンドラの匣で収納できる物に関しては、普通の武器とは考えない方がいい」
「つーことは、あの剣はただの剣じゃねーって事か?」
「そうなると、あれは一体何なんでしょうか?」
バジルの眼前で行われる空の戦いは、光と共に煌いている。
見た目だけなら普通の剣。しかし纏う存在感はこの場の群を抜いて際立っている。
「あれは神話の時代、多くの怪物を打倒し、悪しき魔神を滅ぼした神器。『
ギイイィン!
一際甲高い金属と金属がぶつかる音と同時に、空に舞う銀色の破片。
その光景に、入江達は自身の記憶の底を叩かれたようにその名をつぶやく。
詳しくは知らないであろう。だが、その名を耳にしたことはあるはず。
抜けば刀身は、三度世界を廻り煌々と光を照らしだし、悪しき絶望の闇を切り開くと謳われた光の武器。
「――光の剣クラウ・ソラス!」