特異点の白夜   作:DOS

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『アルコバレーノの特異点』

 

 

 

 

ユニという少女の肩書はいくつかある。

 

元ジッリョネロファミリーボスにして、ミルフィオーレブラックスペルのボス。

リボーンとも面識があり、おじ様と慕う(トゥリニセッテ)を管理するアルコバレーノのボス、大空のアルコバレーノ。

 

これらは全て、前任者の母であるアリアより受け継いだもの。

その重圧に負けず、一組織の長であろうと、全てを包み込む大空であろうとして奮闘した。彼女の人柄から魅力なのか、最初は反対していたγも心を許し、ユニという少女は、確かにジッリョネロファミリーの中心となりうる器を有していた。

 

しかしその精神は、白蘭の手によって壊された。

精神安定剤、といえば聞こえはいいが、用は劇薬、毒物だ。

 

ミルフィオーレ結成前のユニ率いるジッリョネロファミリーと白蘭率いるジェッソファミリーのボス同士の会談において、守護者抜きの二人だけの場で白蘭はユニに劇薬を投与し、入江曰く精神を壊されていた。それにより二つのマフィアは統合されて、ミルフィオーレファミリーが誕生した。

 

いうなれば、ユニは白蘭の操り人形にされていた。

しかし、今目の前に立つユニの姿は、感情を表に表す生きた人間の証。

入江もユニが自ら口を開く姿を初めてみたのか、暖かな光と炎を宿した、堂々たる姿に驚きを顕わにする。

 

全てを見通すようなその瞳には決意と覚悟を宿し、白蘭の支配下を終わらせようとする考えは、入江と同じだった。

 

ユニは自らその口を開き、考え抜いた結論を白蘭に告げる。

 

「入江さんと白蘭の間の約束は本当にあった事。しかしそれを反故にするのでしたら、私は、ミルフィオーレファミリーを脱会します」

『!!』

 

いきなり現れたブラックスペルのボスに、ミルフィオーレファミリーの脱会。

ユニという少女の事を知らない者からしてみれば、一体どういう状況なのかまるで意味が分からなかった。

 

さらには、ボンゴレ、イリスの二人に助けを求めてきた。

いくら大空のアルコバレーノと言えど、その肉体は普通の少女に過ぎない。暴力的手段を使われたら、赤子の手を捻るように捕まってしまうは自明の理。

 

ユニが助けを求めたのは、自身の身柄と、仲間のおしゃぶり。

 

この時代において殺され、白蘭の元へと集められた、アルコバレーノ達のおしゃぶり。

 

それを手にしたとき、ユニは一際おしゃぶりに輝きを灯した。

いくら白蘭が他のパラレルワールドで集めようとも、決して灯せることのなかった輝きを。眩いばかりに照らされた虹の輝き。

 

その輝きを見たとき、明らかに白蘭の瞳の色が変わった。

 

「やはり僕には君が必要だ!さぁ、仲直りしようユニちゃん!」

「こないで!もうあなたに、私達の魂を預けるわけにはいきません」

 

頑なに白蘭を否定するユニだが、そんなことはお構いなしだった。

細められた白蘭の瞳は、本気の瞳。どこに逃げようとも、地の果てでも追いかけて自身の目的を果たそうとする。

 

貪欲に、アルコバレーノのおしゃぶりとユニの魂を手に入れようと、手を伸ばす。

 

 

ズガアァン!!

 

 

「リボーン!」

「おじ様!」

 

静寂を切り裂く様な一際強い銃声の音。

わずかに目を細めた白蘭は、伸ばした自身の袖口に、小さく丸く削り取られた焦げ跡を見た。アルコバレーノ、リボーンによる早打ち。

 

一瞬の間も無く、いつ銃を抜いたかも分からないコンマの間に、リボーンは牽制の一発を放った。その表情には影を照らし、ひょうきんな雰囲気は消え失せていた。

 

「図にのんなよ白蘭。てめーが誰でどんな状況だろうと、アルコバレーノのボスに手をだすんなら、俺が黙っちゃいねーぞ」

 

明らかに殺気の込められたリボーンの視線と言葉。

最も、リボーンの言動よりも、ツナはユニがアルコバレーノのボスだという事に驚いていたが。

 

「ナイト気取りかい?〝虹の赤ん坊(アルコバレーノ)〟リボーン」

「白蘭様、ご安心ください。ユニ様は我々がすぐにお連れします」

 

瞬間、その場を飛び上がった桔梗は、攻撃性のある雲桔梗(カンパネラ・ディ・ヌーヴォラ)を一度に複数本、あくまで傷を付けない牽制や捕獲の意味合いを込めて投げつけた。

無論、それを見て黙っている者達ではない。それも、比較的好戦的なスクアーロと雲雀は、我真っ先に戦闘だと言わんばかりに飛び出そうとしたが、直前で思いとどまった。

 

桔梗の投げた雲の炎を纏われた、雲桔梗(カンパネラ・ディ・ヌーヴォラ)が、ユニの元へと向かう途中で突如、その勢いを消して、同時に炎をも消しながら地面へとぽとりと落ちたから。

 

「これは!!」 

 

まるで見えない手に握りつぶされたような手品のような手口。

攻撃を行った桔梗も何が起こったか分からずに涼し気な笑みを少し顰めて驚愕を表した。

 

「桔梗の花言葉は『気品』『従順』『誠実』。『気品』はあると思うけど、従える相手が相手だけに、まさに悪に『従順』で『誠実』、だね」

 

いつの間にか、幽霊のようにその場に立っていた事に気づいたのは何人いたのだろうか。

 

太陽の光を吸い込み反射させる銀白色の髪を揺らし、幼い風体からは想像もつかない存在感を発する少年。黄金色の満月を填め込んだような金色の瞳でもって、まるで天上からすべてを見通すように、この場の全員を視界に納めていた。

 

その胸元には白いおしゃぶりが、アルコバレーノの特異点が光を帯びていた。

 

「あれ、意外だな。君もナイトかい?+2(アルトラドゥエ)の片割れ、白いおしゃぶりのアルコバレーノ、ハクリ君」

「いやぁ、せっかくだしそれらしいことしようかと。それにこの世界における(トゥリニセッテ)バランスは大いに崩壊気味じゃないか。俺が今更何をしても、誰も文句言わないでしょ」

 

この場にいない白い少年のように、楽し気な笑みを浮かべるハクリ。

相対する白蘭も似たような表情だが、その瞳は鋭く威圧的に睨んでいた。

 

「あなたが、+2(アルトラドゥエ)の一角、ハクリ!」

「やあ、ユニだったね。初めましてだけど、やはりよく似ているね。それよりイリスの皆が聞きたがってるんだけど、光努君が今どうしているかどうか、君はだいたいわかっているんじゃないかい?」

「「光努が無事か分かるの!?」」

 

ハクリの言葉にいち早く反応したのは、リルとコルの二人。

一瞬の間にユニに詰め寄ろうとしたが、その寸前で灯夜に首根っこを掴まれたのでひっぱられたのは言うまでもない。その光景に、ユニ本人は少々苦笑気味だったので、一瞬だけ空気が緩んだ気がした。

 

しかし一転して、真剣身を帯びた瞳に切り替える。

 

「フィオーレリングの継承者、白神光努さんは無事です。今はこの世界とは切り離された別の世界に飛ばされているので、おそらく戻ってくるのに少々時間が掛かると思いますが」

 

その言葉に、ほっと安堵の域を吐くリルとコル。

表面には出さないが、灯夜とルイの二人も同じ面持ちだろう。横やりがいくつも入ったが、光努の事に関しては聞きたい事が多かったので、ハクリに対して心の中で賞賛を送るのであった。

 

しかし、その言葉に対して笑みを崩さず、疑問を投げかける人物が一人。

 

「なぜそんなことがわかるんだい?ユニちゃん。君は光努君と会ったことも無ければ見た事もない。その話にはなんの信憑性も無いよ?」

 

白蘭の言葉も最もだ。

10年前の時点での接点も無く、未来に来てから光努が一人だけで動いた事はメローネ基地とチョイスの戦いの時だけ。その中で、ミルフィオーレブラックスペルボスであるユニと接触機会は0だ。信憑性は無いと語る白蘭の言葉。

 

だがユニが語る言葉は多くない。しかし白蘭にとって確信を着く様な言葉を、毅然と語った。

 

「白蘭、私もあなたと同じように、別の世界へと翔べるようです」

「!!」

 

その言葉に白蘭を初めとして、多くの者が驚愕に表情を染める。

決してはったりでも誇張でもない。その言葉を語る口に震えは無く、その瞳に揺らぎは無い。毅然とした表情で語るその少女は、アルコバレーノのボス、大空のアルコバレーノ。

 

「保証してあげようか?ユニ。まあそんな必要ないのは分かり切ってるから聞くのは時間の無駄だと思うけどね。だろ?白蘭」

「ふぅん。僕の事分かってるみたいじゃない、ハクリ君。なら、この後僕が何をしよう

としているかもわかるんじゃない?」

「チョイス勝利の景品、ボンゴレリングの徴収、かい?」

「それに、君の白いおしゃぶりもつけてもらうよ♪残った者達には、(トゥリニセッテ)+2(アルトラドゥエ)を回収したら消えてもらおうかな♪ま、その前にユニちゃんはこっちに戻ってきてもらうけどね」

 

微笑みのまま、絶望を宣言する悪魔の言葉。

全てをどす黒い欲望で包み込もうとする白蘭。

だが、深い闇を突き刺すように、光を灯す。ユニはその言葉に、屈しなかった。

 

「ボンゴレリング、フィオーレリングは、あなたの者じゃないです、白蘭」

「ん?」

 

「ボンゴレリングはボンゴレファミリーの物。おしゃぶりはアルコバレーノの物。それ

は真理です。それを、あなたは安易に手に入れるために景品としてチョイスを開催した。私の魂がある限り、(トゥリニセッテ)の一角である大空のアルコバレーノとして此度のチョイスは認めません」

 

確固たる意志を秘めた言葉。誰にも覆すことは許されない世界の理。それが真理。

それを捻じ曲げることは許されない。

 

「よって、チョイスは無効とします!」

 

ユニはチョイスの結果を無効とし、ボンゴレとイリスの元へと身を寄せる決断を下した。白蘭の手段は邪道。正当なる手順など必要とせず、人間同士の考えだけで所有権の移動を行う賭け。

 

一見ルールという枠で縛り正当性を出したように見えた勝負だが、世界の至宝たる(トゥリニセッテ)の決定権を決める権限は、ツナにも白蘭にもなかった。故に、ユニは大空のアルコバレーノの名に置いて、チョイス結果の無効を宣言した。

 

(トゥリニセッテ)は選ばれたファミリーの物。そして+2(アルトラドゥエ)は人が選べる物ではありません。あれは、そうであるべき物なのだから」

「ちょ、ちょっと待って………無効って事は……」

「ボンゴレとイリスの皆さんは、ボンゴレリング、フィオーレリング、そしておしゃぶりを渡さなくていいんです」

「プ、ハハハハ」

 

自分が不利になるような宣言をされたにも拘わらず、白蘭は心底おかしそうに笑う。

何がそんなにおかしいのか。しかし白蘭は、ユニという少女を知っているからこそおかしいと思える事だってある。

 

「確かに、大空のアルコバレーノには(トゥリニセッテ)の運用に関して特権が与えれてるらしいけど、僕を怒らせるのはどうかと思うよ?ボスのユニちゃんが裏切ったとして、残されたブラックスペルがどうなってもいいのかい?」

 

足元から迫るような凶悪な言葉。

ユニがボスであるブラックスペル事、ジッリョネロファミリーの者達は、ユニを敬愛している。それはミルフィオーレとなった今でも変わらない。故に、過去吸収合併のいざこざがあったブラックスペルと白蘭率いるホワイトスペルは今でも不仲だった。

 

だからこそ、白蘭の人質宣言はユニに精神的なダメージを与えるのに適している。

ユニという少女は穏やかに、底抜けに優しい少女。

彼女を慕うジッリョネロファミリーの人間達を、彼女を見殺しにできない。

そう思っての白蘭の言葉だが、ユニの言葉は逆だった。

 

「みんなは、分かってくれます」

 

仲間を見殺しにするような発言に、ツナは驚愕する。

しかし、皆がツナと同じような反応をしてはいなかった。

 

そうしなければならない理由。

ユニという少女が、何を思い何を考え、この決断を下したのか。

 

苦渋の決断だったのだろう。

だがそれでも、この世界の理を守るために、彼女は今この場に立つ道を選んだ。

それを理解しているからこそ、イリスの灯夜もルイもリルもコルも、彼女を守るという選択肢に異論はなかった。

 

後は、ボンゴレファミリー10代目、沢田綱吉の決断。

 

(あの目、この子………覚悟してる…………こうなるって分かってたんだ)

 

それはボンゴレに伝わる超直感なのか、ツナの人の気持ちを労わる優しさなのか。

ユニの瞳に宿る深い悲しみと、強い覚悟を、ツナは感じた。

庇うようにユニの腕を掴んで、ツナも覚悟を決めた表情で言葉を紡ぐ。

 

「来るんだ!俺たちと一緒に!みんな、この子を守ろう!」

「ツナ君!」

「ツナさん!」

「よし!よく言った!」

「ああ!」

「ハイッ!」

 

ツナの呼びかけに、固唾を飲んで見守っていた守護者達も満場一致の同意を示す。

次第に、ミルフィオーレから不穏な空気が漏れてきた。

 

「白蘭様、ユニ様を連れ戻す為の攻撃許可を」

「………うん」

 

白蘭の言葉を皮切りに、闘いの火蓋が切られた。

交戦許可を取った桔梗に向かって、刃状の爆発物質を飛ばし、爆炎と共に雨の炎を纏った、凶悪な面持ちの生物。スクアーロの匣兵器である海のギャング、暴雨鮫(スクアーロ・グランデ・ピオッジャ)だった。それと同時に、鮫の背に乗っていたスクアーロが、上空にいた桔梗、トリカブト、ザクロに向かって斬りかかった。

 

一気に始まる攻防。単純な戦闘力だけならわからないが、この場を撤退する意志で統一したボンゴレ、イリス勢からしたらあながち不利でもない。

 

白蘭はユニという少女を無傷のまま捉えたい為、必然真6弔花の攻撃パターンは火力があまり強すぎない物に制限されてくる。それに比べ、今戦っているスクアーロや雲雀、獄寺達にとって、相手は手加減の必要すら生ぬるい相手。全力で攻撃できるなら、まだこちらは逃げやすい。

 

「そ、それで!どこに行けばいいの!?」

「それなら、皆さんをここへ運んだ超炎リング転送システムが近くに来てるはず出す」

 

ユニの言葉に無事だったスパナとルイが調べてみると、確かに現在、大破したボンゴレ基地の上空に金属反応を見つけた。

 

後は、同じように炎を送り込めば、ツナ達は元いた場所へと帰れる。

 

「ちょっと待ってろ。今はイリスアジトに座標が登録されてるから並盛に変更する。先にユニを連れて並盛に行け」

 

カタカタと手元の端末を操作しながら会話するルイ。一つしかない超炎リング転送システムは、一度目は並盛からこのチョイスフィールドを繋ぎ、システムを変更して二度目イリスアジトからチョイスフィールドへと登録した。その為、今のまま使えば最後に移動したイリスアジトへと行くことになる。

 

無論、そうしないのは、ミルフィオーレの持つ戦力という物や地形の有利不利などを考えたとき、海外のイリスアジトよりも日本の並盛に退避した方がユニにとっても好都合だからである。

 

ついでに言えば今はメローネ基地が消えてから、並盛を汚染していた非7³線(ノン・トゥリニセッテ)の影響がほぼ激減されたのも理由の一つだが。

 

「ていうか、よくルイそんなのできるね!?」

「大したことない。チョイスの最中に軽くハッキングしてこっちで少しだけ操作できるようにシステム構築を済ませただけだからな」

「………すごい」

 

淡々と語るルイの言葉に、同じ技術者としてスパナは驚きの表情をする。

 

同じイリスファミリーのリル達や、ディーノ達はずっとソファで寝転がって何を弄っていたかと思えば、そんなことしていたのかと、驚き半分呆れ半分だった。

 

次第に爆発音が派手になり、足止めが成功している中ボンゴレの皆は基地へと入り、上空に浮かぶ転送システムを確認した。

 

「俺達は並盛に行くが、お前達も来るんだろ?灯夜」

「いや、どっちにしろ足止めする必要もあるだろうし。元々、俺は並盛には行かないつもりだ」

 

リボーンの言葉に否定の意を表す灯夜。

確かに誰かが足止めをする必要はある。しかし、請け負ってくれるのはありがたいが、それをイリスファミリーだけに押し付けるという事になるのは、話を聞いていたツナとしても避けたい心境だった。

 

「大丈夫大丈夫。どうせ白蘭達には用があるしね」

 

そう行って気楽に笑うリルだが、その用というのはパンドラの匣の事だろう。

光努の居場所はおそらくであるがあそこで特定されている今、この場から逃げるという選択肢はリルとコルにはなかった。

 

ユニはボンゴレに任せておけばいいというので、ならばとイリスはイリスで好きにできる。足止めは頼まれるのではなく、自らが望んだ事だった。

 

「お前達を並盛に送ったら、俺は今度はイリスに戻る。超炎リング転送システムの目的地を変更するのは今はこっち側にはルイしかいないから、ルイも並盛には行ってもらう」

 

今の時点だと、ルイはあくまで近くに超炎リング転送システムがある時に目的地変更が行えるだけ。その為、移動先である並盛に一緒に行くことには賛成だが、灯夜達がわざわざ残る必要も無いのではとリボーンは思った。イリスへと帰るつもりなら、一度並盛に全員で帰り、そこから直接イリスまで行けばいいのでは、と。

 

しかし、まだこのチョイスフィールドに用があるからこそ、灯夜はここに残る選択肢をした。

 

が、あくまでそれは灯夜のみ。

 

「リル、コル。お前らはそのまま並盛に行け。ここは俺が引き受ける」

「ちょ、灯夜!」

「いいから聞け。どうせどっちに行っても変わらん。詳しい話はルイに言ってあるから、今は従え」

 

鋭い視線でリルとコルを見る灯夜。ツナ達には灯夜の真意は分からないが、同じ時を過ごしたリルとコルには、その言葉の裏にある何かを感じ取れる。これが、ボスがいない間にイリスを支えた、黒道灯夜という男。

 

根拠のない言葉は吐かない。

二人はやはり渋々といった様子だが、納得するのだった。

 

その時、ビルの角を曲がって、雨の炎を纏う荒々しい巨大鮫に乗って飛んできたのは、スクアーロ、雲雀、獄寺の三人だった。

 

雲雀の匣兵器である雲ハリネズミ(ボルコスピーノ・ヌーヴォラ)の棘を増殖させ、空中に危険地帯を作り出して真6弔花の足止めに成功したようだ。

 

「よぉし、出せぇ!」

 

だが、それでも諦めない執念を持った男が一人。

炎の推進力を得て、白蘭がスクアーロ達の後方から迫って来た。

 

グオオォオオオオォ!!

 

その時、地の底から響く様な獣の方向が、辺りに響き渡った!

 

「え、ちょ!な!今度は何!?」

「落ち着けツナ。この声、どっかで聞いた事あるな」

 

その瞬間、右隣に位置されていた高層ビルの1階がピシピシと音を立て、その色を変質させていった。見た目だけでなく、その材質までもが、石となった。

 

「これって!」

「ゔお゙ぉおい!!こいつぁ、ボスと同じ!」

 

迫る白蘭を見つめながら、灯夜は右手を伸ばし、一部が変質したビルを指した。

 

「リル、コル」

 

その言葉だけで理解したのか、リルとコルの二人は腰に挿した刀に手をかけて、腰を落とした。一瞬の内に鋭く呼吸を吐き、腕を振るう。

 

風を切るような刃の一閃が、鋭い炎を吐き出した。

 

「「夜ノ型参《コード・サード》・抜空(ばっくう)!!」」

 

鞘に貯めた炎を、刃に乗せて空へと撃ち出す剣術。

空気を切り裂き、石化してもろくなったビルの一階を突き抜けて行った。

 

 

唐突だが、ジェンガという玩具がある。

スワヒリ語の「組み立てる」の意である「クジェンガ」に由来するこの玩具は、直方体のパーツを3つ並べ、向きを90ずつ度変えて積み重ねてタワーのように並べた後は、順番に一本ずつ引き抜き頂上に置き、先に倒した方が負けとなる比較的簡単な玩具。

 

普通なら倒れにくい上方のパーツを引き抜く所だが、もし一番下のパーツを無理やり引き抜いたとしたらどうなるか?

 

無論、すべてのタワーが崩れ落ちる。

 

唐突に説明したが、今の現状を語るとしたらこんな感じだろうか。

 

 

ビルの一階を風化させて、それを切り裂き崩す。

 

ツナ達の目の前には、崩れ落ちる高層ビルという、映画の中でしか見ないような爆破テロのような光景が映り、一同唖然としていた。

 

瓦礫の中に白蘭が飲まれていった事にも、一同ドン引きだった。

 

「よし、じゃあ今のうちに行くか」

「リボーン動じなさすぎ!え!?白蘭大丈夫なの!?」

「心配するな。これくらいでくたばるなら苦労はしない。それよりも、早く行け、沢田綱吉。ここは俺達に任せろ」

「俺、達?」

 

グオオォオ!

重々しくも軽やかな足音と共に、灯夜の目の前に降り立つように現れた漆黒の獣。

大地を踏みしめ、その場所に闇が模ったかのように、見る物を竦ませる様な咆哮を放つ威風同党たる百獣の王。

 

黒いライオンが、ランランと瞳を輝かせて瓦礫の山を睨みつけていた。

 

「あれは!天空ライオン(レオネ・ディ・チェーリ)!けど、俺のと違って黒い!?」

「黒いライオンは実在するぞ。生物の体内で形成されるメラニン色素の中でも黒褐色のエウメラニンの量が過剰になるとああいう黒い固体になる。逆に色素が欠乏すれば白いアルビノになるけどな」

「ルイ!?えっと、ごめんよくわからないんだけど………」

「相変わらずダメツナだな」

「リボーン!」

「ゔお゙ぉおい!!家のボスや沢田と同じ激レアな大空のライオンシリーズの一体だぁ!まさかイリスの灯夜が持っていたとはなぁ!」

 

構造が複雑すぎてコピーが不可能の大空のライオンシリーズは現存するのは色違いの4体。1体は不明だが、残りの所在は判明している。

 

白の固体はボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーのボスであるXANXASの手に。しかも通常体と違って、大空と嵐の炎を同時に注入することで進化した『天空嵐ライガー(リグレ・テンペスタ・ディ・チェーリ)』として敵を大空の調和と嵐の分解で粉砕する。

 

橙の固体は、同じくボンゴレが独自の改造を施して、現在はツナの持つ『天空ライオン(レオネ・ディ・チェーリ)Ver.V(バージョン・ボンゴレ)』となり、ボンゴレ匣として生まれ変わった。

 

そして黒の固体は、イリスファミリーの黒道灯夜の元にあった。

通常体そのままというわけではなく、イリスで多少の改造を受けた事で、通常の天空ライオンと比べ広範囲にわたり大空の調和の炎を繰り出す事が可能となった固体でもある。ビルの1階の中央で叫べば、自身の360度周囲ワンフロア全てを、石化させられる程に。

 

「速く行け、沢田綱吉。瓦礫程度なら、白蘭もすぐに出てくるだろうからな」

「でも、やっぱり一人でなんて!」

 

一人残すことに最後まで抵抗を示すツナの言葉。

それがツナの優しさでもあり、甘さでもあるのだろう。

自警団だった本来のボンゴレとして相応しい、他所を慈しむ心。

 

その心に、灯夜はわずかに口元を緩ませたような気がした。

 

「別に奴ら全員と戦おうというわけではない。手頃な所で離脱する。心配せずに行け」

「わかりました、気を付けて下さい!………みんな!」

 

ツナの言葉と共に、リングが灯した莫大な炎が空へと撃ちあがり、超炎リング転送システムへと衝突した。

 

一際強い光を放ったと同時に、天上から降りた光はツナ達を包み込み、瞬間、このチョイスフィールドからその姿をかき消した。行先は、日本並盛町。

 

全員が消えたのを見届けた同時に、灯夜は短く息を吐く。

 

そして自身が落としたビルの瓦礫の上を見つめる。

その瞬間、瓦礫の中央程が破壊され、白蘭が飛び出してきた。

 

「やれやれ、綱吉君達の寿命がただ伸びただけ。君が一人残る必要は全くなかったんじゃないかい?黒道灯夜。本当に僕らを足止めできるつもりかい?」

 

いつの間にか、瓦礫を乗り越え真6弔花も白蘭の隣に集まってきていた。

全員一致で、不敵な笑みを浮かべて灯夜を見下ろす。この戦況で、どちらが有利かなんて一目瞭然だった。

 

「ハハン!やってくれたお礼に、消えてもらいますよ、黒道灯夜」

 

言うが早いが、桔梗の手より放たれる殺傷能力を秘めた桔梗の花。入江を貫いたのと同種の狂気の刃は、まっすぐに灯夜に何本も向かう。

 

「!ネロ、待て」

 

灯夜の隣の黒いライオン、ネロが唸り声を上げようとした時、何を考えてか、灯夜は静止の声を上げた。

 

むざむざと当たりに行くような不思議な言動。だが、桔梗の花は灯夜に当たる直前で、まるで見えない何者かに息を吹きかけられたように炎がかき消され、地面に無害にぽとりと落ちてしまった。この光景を、灯夜は見た事ある。

 

同様に、桔梗も同じ光景をつい先ほど見た。

 

「お前も行ったのかと思ったが、どういう心境の変化だ?ハクリ」

「いやいや、イリスのボス代理が一人で立ち向かうのもあれかなって。ほら、光努君がお世話になったしたまには穴埋めしてあげようかなと」

 

さも当然とばかりに、いつの間にかこの場にいるのは、ハクリ。

白いおしゃぶりを身に着けた、アルコバレーノの特異点。

 

てっきりボンゴレ、というよりユニについていって並盛に行ったのかと思ったが、この場に残ったらしい。同じことを思った真6弔花も、白蘭も少し驚いていた。

 

「ユニちゃんと一緒に行かなかったのは不思議だけど、どちらにしても君のおしゃぶりをもらうつもりだったし、まあいいかな」

「白蘭。どうしてユニを狙う?見た所お前はボンゴレリングよりもユニを捉える方を優先した。お前の目的はなんだ?」

 

(トゥリニセッテ)に順位は無い。それに、(トゥリニセッテ)ではなく、その持ち主を捉える必要性は基本的に無いはず。そうであるならアルコバレーノだけでなくボンゴレ守護者もだが、その必要性は皆無。

 

現にこの時代のツナはミルフィオーレとの会談で撃たれている。最も、入江が銃弾を特殊弾に変えて仮死状態にしただけで実際に死んだわけではないのだが。

 

ならば、白蘭がおしゃぶりだけでなく大空のアルコバレーノであるユニ本人を狙う理由と葉何か。

 

「まあ、いいいや、教えてあげるよ。僕は他のパラレルワールドでは、全ての(トゥリニセッテ)+2(アルトラドゥエ)をコンプリートしてるんだ。けど、どのパラレルワールドでもただ集まっただけで、僕を新たな世界の創造主にするような偉大な力は発揮してないんだ」

「何?」

(ま、そうだろうね)

 

一人、ほくそ笑むハクリだが、その姿は隣にいた灯夜にも、瓦礫の上にいる白蘭達にも見えなかった。底しれない無邪気な子供のような、そんな笑みを。

 

「けど、今日見た目もくらむようなおしゃぶりの輝きを見て確信したよ。(トゥリニセッテ)を覚醒させるには、魂を持ったユニが必要だ!おそらく、同時に+2(アルトラドゥエ)の秘密も解き明かされる。だから、邪魔しないでもらおうか」

 

そう言った白蘭のからは、笑みが消えていた。

ぞっとするようにその瞳は冷たく、暗い闇のような狂気を見るものに与える。まるで人の形をした欲望の塊、怪物のように。

 

「ハクリ君はともかく、君には用は無いから消えてもらおうか、黒道灯夜」

 

その言葉と同時に、真6弔花の桔梗、ザクロ、トリカブトの三人が、足元から炎を噴出して灯夜に向かった。

 

「ハハン!」

「バーロォ!」

 

桔梗は雲の炎を、ザクロは嵐の炎、そしてトリカブトは霧の炎を、それぞれのマーレリングに纏い仕掛ける。遠距離攻撃は無効化された桔梗の花の件もあり、今度は直接的に攻撃をしかけるつもりのようだ。

 

「そうか。まあ、俺はお前達とは戦わないけどな」

「!!3人共、今すぐこっちに戻って来て」

「「「!?」」」

 

桔梗、ザクロ、トリカブトの三人が白蘭の言葉を聞きその場で炎を逆噴射し、白蘭の隣へと移動したその時、天から降り注ぐ光が灯夜とハクリの二人を包み込んだ。

いつの間にいたのやら。二人の上空には、一度消えた超炎リング転送システムが浮かんでいた。同時に姿が見えたと同時に、一際強い光と共に、灯夜とハクリの姿が掻き消えた。

 

後に残ったのは、白蘭と真6弔花だけだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「白蘭様、どうしてあのまま追わなかったのですか?」

「どうせ彼らの事だから、転送システムの行先をイリスファミリーに設定してるだろうからね。ユニちゃんがいないんじゃ行く必要もないしね」

 

白蘭の推測通り、灯夜とハクリの二人はそのまあイリスファミリーのアジトへと転送された。あのまま桔梗達が灯夜の近くにいたのであれば、同じようにイリスファミリーへと送られただろう。ユニがいるであろう並盛とは離れた場所だけに、そちらへと行くことは避けたかった。

 

しかしながら、白蘭の目的の一つでもある白いおしゃぶりはハクリと共に行ったのであれば、そのまま捕まえに行くという方法もあった。

 

しかしそうしなかったのは、ボスである白蘭の意向だった。

 

「ちょぉっと小細工されたけど、直に転送システムが戻ってきたら僕ら全員だけで並盛に行ってユニちゃんを連れ戻して、ボンゴレリングを回収に行くよ」

 

少数精鋭にしたのは、標的がユニという少女だったから。

 

白蘭は見た事がある。いくつものパラレルワールドでユニという少女が亡くなる所を。

 

そのどれもが、罪もない一般人をミルフィオーレが消そうとしたその瞬間、庇うように立ち尽くす姿だった。故に、今回は白蘭は失敗しないように、なるべく罪なき一般人を巻き込まないように注意を払う。

 

あくまでなるべく、だが。

 

「しかしやられたなぁ。つい質問に答えちゃってたけど、転送システムが来るのを待ってたか。してやられたね、黒道灯夜」

「それで白蘭さま、白いおしゃぶりはどうするのですか?」

「ああ、それなんだけどね。向こうにユニちゃんいないし、好きにやろうかなぁって思ってさ」

 

持参していたマシュマロを一口食べ、上着から通信端末を取り出した白蘭は、この島にはいない部下に連絡をする。

 

「ああ、もしもし?僕だけど、やっぱり例の作戦よろしく。行先はイリスファミリーだから、絶対に捕まえてね」

 

手短に用件だけ伝えた白蘭は、楽し気な表情を浮かべまま、そのまま通信を終了した。

いまいち会話の中身が見えなかった桔梗だが、そんな様子が表情から伝わったのか、白蘭はくすりと笑う。

 

「ああ、イリスのハクリ君を捕まえておしゃぶり回収してって頼んだだけだよ。残りのA級兵士(ソルジャー)591人全員で」

「は?」

 

一瞬何かの聞き間違えかと思ったが、白蘭は一層楽し気に笑ってその言葉が効き間違えないと悟った。

 

真6弔花には選りすぐりのA級の兵士が一人につき100名与えられているが、その全員、チョイスで減った分を除いて向かわせたと白蘭は語った。

 

若干、若干だが、桔梗がイリスファミリーに同情したのは、キャッチコピーに優しいという言葉の入れてもらった、彼だけの余談だった。

 

 

 

 

 

 


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