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『白と黄と橙』
元メローネ基地指揮官、入江正一の人生は、波乱万丈と言っても過言ではない。
それも本人にその意思はなく、ただただ自身の運命という道筋が、突発的な事故の連続で出来上がってしまったという、ある意味被害者のような人生。
事の発端は10年前。
当時中学生だった入江正一の元へ突如降って来たのは、10年バズーカの弾。
マフィアとは全くの無縁であり、ごくごく平凡な、それこそリボーンと出会う前の沢田綱吉のように、そこまでダメではないが実に普通の生活を送っていた入江正一。
実はツナの住む沢田家とは割と近いご近所さんだったのだが、そうそう沢田家に巻き起こる騒動が他の家に飛び火する事は無い。それはリボーンも注意していたことなので、実際に沢田家居候組が大幅に街に迷惑をかけた、という事はあまり無い。
しかし、小さな小さな、それこそ火花のような災難が、入江正一を襲った。
襲った、と言ってもそれは本当に小さな出来事。
ある日ランボが入江正一の家に飛び込んでしまい、それを普通に助けた。
ただ親切で子供を助けただけという、入江正一の人生に置いて大して波風を立てないような出来事。
事実、入江正一が沢田家と関わったのはそれきり。しかもランボとだけ少し会った程度であり、ツナやリボーンとは直接的に何かをしたわけでは無い。
それ以降も何かしらの関わり合いなど無かった。
しかし、そんな入江正一の元に運命の悪戯か、一つの小包が届いた。
どういった情報網かは不明だが、現在はボンゴレに移籍したが当時ランボの所属していたボヴィーノファミリーから、ランボが迷惑をかけたお礼、という事で小包が入江正一の元へと届いた。
中にはイタリアのおいしい食材などが入っており、全くもって普通のお礼の品々に入江一家は喜んだが、それと同時に入っていた物ある。
それが、お礼と同時に入っていた、ランボ宛の小包。
渡すタイミングが無く入江の部屋に終ぞ置いたままにされていた包みだが、ひょんなことからその中身を一つ落としてしまった。
つまりは、ランボ宛てに寄こされた10年バズーカの弾。
それに被弾した入江正一は、人生初めての小さな波乱、5分間だけのタイムスリップを味わったのだった。
――――――1度目の。
***
小さな小さな、まるで箱の中のような世界。
白い白い、まるで極光の中に浮かぶ不思議な世界。
ここはどこなのだろうか、どこかなのだろうか?
ふわふわと雲の上に浮かぶような不思議な感覚。しかし硬い地面を踏み砕く様な感覚。
まるで久しぶりに味わったような、初めて味わったような、どっちともつかない感覚。
しかしながら、深い深い記憶の海を探してみれば、この感覚に覚えがある気がする。
確か前に、もっと前に、もっと前に………。
「あ、そうだ。骸に憑依された時だ」
そこで白い少年、白神光努は目を覚ました。
ただただ白い空間に立ち尽くす光努。
絹のような柔らかそうな白い髪が揺れ、その表情に映すのは楽し気な笑み。
苦笑いでも狂気に打ち震えたような笑みでなく、小さな子供のような純粋な笑み。
何もわからない。何も知らない。どうすればいいかはまだ分からない。
しかしそんな光努の心境は絶望に染まらない。
目が覚めたら世界が白く染まっていた。
そんな経験はそう多くないが、似たような経験は多い。だからか、光努はこの世界に適応し始めていた。
「ここは地球か、なんて質問は今更か。見た所何もないただ白い世界。地平線も水平線も見えず、空も地面もわからない。ただ立っているって事だけは分かる。ここは、どこだ?」
ふむ、と顎に手を当て思案するが、そう長続きはしない。
元々見ただけでおかしなところ、以外の情報が何もない。そもそもこの世界は白いので、いくら周りを見渡そうが意味がない。思考すべきは、この世界にやって来た経緯の方。
「あの匣のせいか。………やれやれ、白蘭の事を少し甘く見ていたというか、どこを探して〝アレ〟の手がかりをつかんだのか。まあボンゴレの死ぬ気の炎だって10年後にはマフィア中で広まってるからな。広まるのはいいが見つけてくるのは問題か。それで、実際どうなのか、お前は知ってるか?ロルフ」
「………知らない。白蘭様のする事が人に分かるわけない」
大海原のような白い世界に立ち尽くす光努の後ろで、三角座りをしながら見えない何かを見るように虚空を見つめる灰色の少年ロルフ・ミーガンは、ぽつりと呟いた。
光努はそんな少年の様子を見るに、不思議な感覚に陥る。
どうにも、感情が読めない。というより、感情を浮かべていない。
本当に、何も考えていないような、何も感じていないような。
この状況に陥った事に対して、まるで外側から映像でも見ているような気楽さ、というより蚊帳の外のような心境。危機を感じていないし、困っている様子でもない。
「お前はこの状況に不満も何もないのか?俺は結構不満あるぞ。チョイスはまだ終わってない。いや、もう終わってるかもしれないな」
そういって自身の胸をちらりとみる光努。そこには、何もない。
この世界に来た時から、光努の胸のマーカーは消え、死ぬ気の炎の噴出を抑えている。
それはつまり、チョイスバトルにおいて光努の存在が除外された事を暗に意味していた。
しかしそれは、座りつくす少年ロルフも同じこと。
緑鬼事ロルフ。彼の胸に灯されたマーカーの炎も、光努と同様に静かに沈黙していた。
「はぁ。せっかく匣も作ってもらったのに悪いな。どうなったかな~。勝ったか、負けたかどうか。残りの標的のデイジーはともかく、正一が先に負けたら終わるし、ていうか俺とロルフのは消失扱い………に決まってるよな」
自問自答しため息をつく。
つくづく自分は、どこかに飛ばされる系の攻撃を喰らいやすいなと光努は思う。
骸の精神世界しかり今回の事もしかり。
しかし、それでも光努はさして落胆した様子は見られない。
「なぁ、ロルフ。お前ってなんでミルフィオーレ入ったんだ?もともと他のマフィアで白蘭に吸収されたとか?」
「………拾われた。路地裏で一人でうずくまっているときに、声を掛られた」
ぽつりと、呟くように語るロルフ。
雨風にさらされた建物と建物の間の路地裏。
一人虚空を見つめ、もはやこの世界に立とうとさえ思わなかった小さな少年のもとに、傘を差した白い悪魔がやって来た。
―――やあ、君がロルフ君かい?君の持つ才能を、僕の為に使ってくれないかい?
あけすけと力を貸してくれという甘い言葉。
ロルフには、その言葉の裏に隠された男の冷徹さが見えた。例えどんな手段を使おうとも、毒蛇のように必ず獲物を丸のみにせんとする醜悪さ。
人の顔色をうかがってきた少年にとって、もはやこの場で廃れようがどうなろうが構わない。しかし、どんな形であろうとも、まだ自分に必要な所があるというのであれば、動こうと思った。
例え相手が、自分を利用するだけだとしても。
「どうせ白蘭様はこの戦いが終われば用済みにするはず。だからここにいるし、結果は変わらない。この結果に不満は無いかって聞いたよね?」
ぞっとするような、氷を正面から浴びせたような冷たい瞳と言葉。
10代の少年がだしてはいい雰囲気ではない。絶望した人間が、この世界に何の希望も見いだせない人間が持つ暗い暗い、混沌のような色だった。
取ってつけただけのような敬称に、真6弔花のような忠誠心は欠片も無かった。
「無いよ。あの世界から消え失せる。早いか遅いかの、違いだよ」
いずれ自分はいなくなる。それが早まっただけ。
だから、ロルフは何も不満など無い。
自分に対して、氷河のように冷徹に冷たく、何も思っていないのだから。
縋るような感情は無い。
自分に必要性が無いと判断したのなら、この少年は躊躇なく自身の世界を終わらせる決断を下すだろう。
だからなのか、光努は深い、深いため息を吐いた。
そして右腕を挙げたと思ったら、徐に振り下ろす。
ゴスッ!
「………痛い」
少しの衝撃に、さするほどではないがロルフは苦言を申し立てる。
光努的にはこづく程度だったが、存外響く様な拳の振り方は見た目にそぐわずそこそこの威力があった。
「何が不満は無い、だ。不満たらたらそうな顔して。お前の場合は不満が無い、じゃなくて不満を持つ事を諦めてるだけだろ。人の原動力を全否定するなよ。好奇心がなくなれば人は停滞して退化する一方だぞ?」
ありすぎるのも問題があるのでは?
と、今はいない光努の近くのイリスファミリーの人間が言ったような気がした。
そして頭の中に現れた人影をうるさいと光努は一蹴した。
「しかし白いな、周り。何もないし、そろそろ出たくなったな」
「……無理だよ。この世界は壊れない。神様が作ったこの世界は、誰にも壊せない。白蘭様はそう言ってたよ」
神様、という単語に、光努は楽し気に口元を歪めた。その変化に疑問を持ったのか、ロルフはわずかに眉を寄せた。
出られない、そう言った直後にする人間の表情ではない。
その表情に映すのは、希望―――ではない。
ただの好奇心。これから起こる事が楽しみでしょうがないというような、無邪気な子供のような、悪戯を思いついたような、ロルフにとって不可解な表情。
何を考えているのか、少年には読めない。
不意に、光努は星でも見上げるかのように、天を仰いだ。この白い世界で天地が存在するかどうか疑問の余地があるが、まるで何かに惹かれるようにして、光努はそこを見つめる。
「あれは、光?」
見えるはずのない光。
危険な感覚は光努は感じない。まるで、こちらを呼んでいるかのように、道標を誰かが残してくれたかのような、不思議な光。光努はその光を見て、楽し気に笑みを浮かべた。
「なあロルフ、賭けようぜ?」
「賭ける?何を言い出すのかと思えば。この何もない世界では賭け金も景品も何もない。無駄な事を言いただす」
不満も興味も無い、しかし光努の言葉には答えてくれる。
まるでプログラミングされたロボットの様に。
鉄仮面を崩さないロルフに害した様子など無く、光努は口角を歪めて、再び無邪気に笑った。
「賭けようぜ、俺とお前の人生」
「………」
その言葉に、ロルフに感じなかった感情の波が、わずかに見え隠れしたような気がした。
***
1度目のタイムスリップの時、入江正一は白蘭と出会った。
順当に歴史が進めば入江が到達したであろう、広いアメリカの大学のキャンパス。
しかしその頃の白蘭は、言ってしまえば普通だった。
特筆すべき特徴が無く、ただただ入江と出会っただけ。
白蘭からすれば、本来いるであろう10年後の入江より幼い入江を見て、本人の弟と勘違いしたらしいが。
なんてことはない、5分間だけの小さな夢のような未来旅行。
白昼夢かと思ったが、確かに入江は理解した。自分がタイムスリップしたという事を。
しかしその結果に、入江は不満だった。
夢を見る年頃の中学生。
10年後の本人を見ると考えられないが、当時の入江正一は将来、ミュージシャンになりたかった。その為、入江は教科書を全て燃やし進路調査に「ミュージシャンになれなきゃ死んでやる!」と記載するという、実に若気の至り溢れる強硬策に出た。
それが実際に実を結ぶかは定かではないが、入江の作戦は成功した。
2度目のタイムスリップをした時、入江は大学にはいなかった。
確かにミュージシャンになっていた。外国の小さな町中で演奏をしていた。
しかし、金銭のトラブルを抱えてギャングに追われているという、少年が思い描いた未来とはかけ離れたどろどろとした光景だった。
当然ながら、そんな光景を許せるはずがない。
夢中で逃げ出した入江正一の元に、再び偶然が降りかかった。
白髪の青年、白蘭との出会い。
可能性の世界なのでないとは言えない。
だが、本来ならありえない幾兆分の1という確率の偶然が重なり、その後の入江の人生を変える事となる。
―――君とはどこかで会った事がある………違う場所………違う世界で!
本人も自分の言葉が信じられないのか驚いたように、虚ろのように言葉を紡ぎ出す。
入江にとって、この世界における白蘭との邂逅は初めて。知り合いではないのだからあったばかりの入江の事を知るはずが無い。
しかし、次の言葉に入江は愕然とする。
―――場所は……大……学。君の名は……イ…リ……エ。
驚きではなく、ぞわりと精神を逆なでするような恐怖が入江の全身を駆け巡った。
知らない自分を知る知らない男。
これが、入江の2度目のタイムトラベルの顛末。
この出来事がきっかけに、白蘭は自分に秘められた能力に気が付く。
己が可能性の世界であるパラレルワールドを覗き、その知識を得るという、常人とはかけ離れた力。
それを正しいことに使えば世界は何世代も発展するかもしれなかったが、白蘭は自身の目的の為、世界征服に利用した。
あっという間の出来事。
入江はそれ以降何度タイムトラベルをしても、白蘭に支配された世界しか見ることができなかった。
最強の兵器、最高の医術、最大の情報。
時代における最先端の技術を独占できるのなら、この世界を支配することも難しくない。
だからこそ、入江は自分の力ではなく、過去の人間の力を借りるという方法でしか、白蘭の支配を解ける可能性を見つける事が出来なかった。
つまりは、ボンゴレリングと、フィオーレリング。
それに、この世界は他のパラレルワールドとは違って、すべてが白蘭の支配下となっていない世界。
過去入江とツナが唯一接点を持ち、奇跡的にボンゴレ匣が生み出される世界。
だからこそ、入江はこの世界に賭けた。
もう一つの可能性は、白神光努とフィオーレリングの存在。
既に他のパラレルワールドでは最も早く白蘭が手にしたフィオーレリングと白いおしゃぶりの二つを、この世界ではいまだ見つけられないでいる。
入江の計算した7兆9千9百9十9億9千9百9十9万9千9百9十9のパラレルワールドには存在しない、もう一つの特異点。
だからこそ、この世界に賭けた。
白蘭を唯一倒せる可能性として、入江は。
10年前の過去のわずかな情報でも、圧倒的な怪物として語られる白神光努を。
そして1番成長率があり、1番の可能性を秘めていた、沢田綱吉を。
小さな鼓動を打つ、今まで語る事を伏せていた入江の独白を聞いて、ツナの心情は悲壮
感に包まれた。
***
選ばれた時代と、選ばれたツナ達。
「負けちゃった。そんな……そんな大きな意味があるなんて知らず………」
「そ、君たちの負け♪僕のこんなによくわかってるのに、残念だったね正チャン」
倒れた入江を開放するツナ達の前に現れたのは、白蘭。
この日の為にデザインしたお揃いの隊服を揺らし、その表情は楽し気に笑っている。
まるで当然の結果と言わんばかりに。
既にボンゴレ側、イリス側もフィールドに集まり、チョイスが確実に終了した事を知らせる。桔梗により命の炎を摘み取られた入江正一は、一命はとりとめたが荒い息と少なくない血液を流し、横たわっている。
山本はデイジーを同じように殺さないまでも、ターゲットマーカーが消える程には仕留めたが、デイジーは死ねない〝
コンマのズレも無く、同時同着と思われた結果は、ボンゴレ側・イリス側の敗北で勝敗が付いた。
白神光努と緑鬼こと、ロルフ・ミーガンの二人は、ターゲットマーカー事レーダーから
「白蘭さん……光努君は……どうしたんですか……」
息切れに、皆が質問しようとしていたことを聞く正一。
その言葉に、一層楽し気に口角が歪められた白蘭は、楽し気に笑う。
「ああ、彼らね。一番面倒そうなのが一番簡単に捕まえられたから、正直ほっとしてるよ。あ、言っておくけど彼らが生きていようがどうだろうが、フィールドからターゲットマーカーが消えたから、君たちの敗北は覆らない。トリカブト」
サラサラと砂が集まってくるかのように、何もない空間から現れたのは幻覚の巨人トリカブト。静かに幽鬼のように佇むトリカブトの手の平の上には、宝箱のような形状の小箱乗せられていた。
緑鬼、ロルフが持っていた物。
光努達が消えた後に残されていた、箱だった。
「これを作るのに苦労したよ。何せ情報がほとんどなかったからね」
「まさか……!白蘭さん、それは……」
「パンドラの匣、か」
「灯夜さん!」
入江の言葉に繋いだのは、黒道灯夜。
黒スーツを着たイリスファミリーボス代理のナンバー2。
黒髪を揺らし、同色の闇のような黒い瞳を鋭く細め、トリカブトの手の箱を威圧的に睨んでいた。
「白蘭、その情報をどこで見つけた?」
「やだなぁ。イリスの黒道灯夜。君くらい僕の事を知っているなら、簡単でしょ?」
にやりと笑う白蘭は、悪戯をした子供のような顔。
確かに、入江の話を聞いた今、ツナ達もわかる事。
つまり、パラレルワールドの知識。
この時代の接点が無くとも、並行世界での経験を生かせば、不可能と思われるいくつもの事象を可能にできる。それが、白蘭の能力。
「なぁリボーン。パンドラの匣って?」
「神話で、パンドラっつー女が好奇心から開いた、神々が災いを詰めた箱の事だ。それにより世界に災いが蔓延したが、箱の中にはわずかな希望が残っていたっていう話だ」
「けど、それってつまりおとぎ話みたいな物だろ!?でもあいつの持ってるのは――」
(おそらく、あれがイリスの神器………)
ツナの疑問に答えたリボーン。
リボーン本人もあまり見た事が無いが、そこにあるだけで空間を削り取るような異質な感覚を、似たような感覚を浴びた事がある。イリスにある、他の神器とその所有者に。
「ねえ灯夜、ターゲットマーカーが消えた時点で負けなら後で蘇生しようがその時点で全員同一で消えたんだから引き分けになったりしないの?」
「リル、お前身もふたもない事を言――――っ!」
「ま、どっちでもいいけどね」
若干灯夜と他数人も思った事だが理に適っているような理にかなっていない微妙な理論。しかしその言葉にコメントした灯夜の言葉は、彼女の表情を見て途中で詰まる。
何時も快活なリルの瞳は座り、明らかに異常な無表情をこの場でも貫いている。
様子がどう見てもおかしい。まあ灯夜にとっては、その理由はだいたいわかるのだが。
何も持たない左手を持ち上げようとして、灯夜に肩を掴まれ止まった。
「それは今はやめろ、リル。お前もだ、コル」
「………」
同時に、反対の手で肩を掴み抑制する。
隣のコルも、リル同様に、この結果に不満と怒りと、複雑に感情を歪ませているらしい。リル同様に腰の刀に手を伸ばしたのを、止められた。
少し不満げに、二人の姉弟は灯夜を睨むが、渋々と従う。
二人も、灯夜の真意を測りかねている。
この結果に対して、何か思う所があるのか。
そして現在の、光努の行方、つまりは、あのパンドラの匣に対しても。
「さてと、約束通りボンゴレリングとフィオーレ、ああ、もうフィオーレリングは頂いてるね。本人付だけど。後はハクリ君のおしゃぶりだね。君たちは、どーしようかなー」
「待ってください、約束なら僕らにもあったはずだ………。覚えていますよね?大学時代僕とあなたがやった最後のチョイスで僕が勝った……。だが支払う物がなくなったあなたは言った。「次にチョイスをするときは、ハンデとして好きな条件を飲んであげる」、と」
奥の手と言わんばかりの入江が切ってきた言葉。
虚ろな瞳の中でも、入江の中にはまだ希望の光が燻っている。
「僕はそれを今執行します。僕は、チョイスの再戦を希望する!!」
「悪いけど、そんな話覚えてないなぁ」
「なっ!」
間髪入れずに入江の話を否定した白蘭は、裁判の判決を下す閻魔の様だ。
おそらくこの状況で嘘でもはったりでもない入江の言葉だったが、無情にも白蘭は知らないと否定した。
入江が過ごした白蘭という人間は、チョイスという戦いにおいては誠実だったと彼は語る。
おそらく大学時代の数々のチョイスの対戦がそうであったのだろう。無邪気に遊ぶような子供の様にして、何をしてよいかの区分はきっちりと分ける。そうでないと、ゲームが楽しめないだろうから。
しかし、今の白蘭は笑いながら、倒れている入江を無情に見下ろす。
食い下がる入江の言葉に対しても、ムシが良すぎる、無い話は受けれない。そういって言葉を取らない。
確かに、今この場で証拠が提示できるわけでもない。
記憶頼りの口約束。入江は記憶の中でしか突破口を見いだせなかったが、その約束はバッサリと斬り捨てられる。
無い話は受けれない。
この状況なら入江が嘘を言っていないという事はおそらく誰でもわかるだろう。
しかし、白蘭の言葉に対して反論し、入江の言葉に正当性を持たせる術を、彼らは持っていなかった。
こういわれてしまえば、入江も黙る事しかできない。
「無い話は受けられない。ミルフィオーレのボスとして、正式にお断り♪」
「私は反対です、白蘭」
余裕たっぷりに入江の奥の手を、粉々に粉砕した白蘭に間髪入れずかけられた声に、その場の全員が驚く。
イリスでもボンゴレでも、ましてや真6弔花でもない第三者ならぬ第四者の声。
柔かい鈴を鳴らしたように響く声色は少女の声。
威風堂々たる歩を進める人物の姿があらわになると同時に光が二つ生まれた。
リボーンの持つ黄色いおしゃぶりと、ハクリの持つ白いおしゃぶり。
このおしゃぶりが光る条件は、他のアルコバレーノとの共鳴。
何も恐れる事の無いような、柔らかな微笑みと共に現れるまだ10代と思われる少女。
自身のマフィアの伝統ある白い帽子とマントを羽織り、左目の下の五弁花と共にその姿を見せた。
首から下げられた、暖かい光を放つ橙のおしゃぶりと共に。
「ミルフィオーレブラックスペルのボスである私にも、決定権の半分はあるはずです」
黒髪を揺らし、すべてを見通したような瞳。
幼さの残るあどけない顔立ちとは裏腹に悠然と歩くその姿は、まさに一つの組織の長に立つにふさわしい風格が見て取れた。
だがその姿に、白蘭は苦虫をかみつぶしたような表情でじろりとにらむ。
「ユニ………貴様………!」
初めてかもしれない。
余裕綽々だった白蘭の表情を歪ませて、わずかに焦りを齎したのは。