光努達が未来にやってきて数日。
あっという間に始まったチョイスは、あっという間に最終戦。
標的はボンゴレの入江正一、イリスの白神光努、ミルフィオーレのデイジーと緑鬼。
今だ現在どの標的も倒されず、倒されたのはミルフィオーレの部下のみ。
標的は二人倒されたなければならず、一人だけ倒しても無意味。
そしていくらか時間が経過して、現在の現状を語ってみよう。
光努が緑鬼と対峙している間に起こったことは大まかに二つ。
一つは、桔梗が入江の作り出した囮を全て破壊した事。
今まで破壊し続けていたのがただの遊びだったかのように、一瞬とも呼べるようなわずかな時間で、桔梗は複数あった囮を全て破壊して見せた。その為、いまレーダー上で見えている炎は入江本人の炎のみ。これにより、桔梗から入江の位置がまる分かりとなる。
無論それはボンゴレ側も同じなので、言い方は悪いがここまで戦闘に不参加だった獄寺が防衛にあたる。今回の獄寺の役割はディフェンスなので、決してさぼっていたとか敵を見つけられなかったとかそういう理由はないことを、獄寺の名誉の為に一応明記しておこう。
桔梗と獄寺が衝突するのも時間の問題となったが、他のボンゴレメンバーである山本とツナは今現状何をしているか。
二人共、共に空を飛行し、一番近いデイジーの撃破に向かっている。
光努達が緑鬼を担当するといったので、こちらは確実に倒すために二人を投入した。
しかし、途中ツナの周りを炎反応が、1.5キロという広範囲で包み込み、ツナは閉じ込められた。
原因は、トリカブトの作り出した幻覚空間。
倒す目的ではなく、閉じ込める目的。例え彗星の如きスピードだろうと切り抜けることができない霧の防御壁。強固壁なら突き破ればいいが、感覚を狂わす幻惑の壁は、ツナ自身気づかずにあらぬ方向へと誘導し、その場をぐるぐる回るように足止めした。幻覚だったのなら光努なら破る事ができたかもしれないが、もしかしたら敵はそこすら見越していたのかもしれない。
一度炎反応の消えたトリカブトが再びツナの前に現れるとは、ツナ本人も夢にも思わず、幻覚という見えない攻撃をうまく喰らってしまった。
これにより、戦況は今優位な状況から、ぎりぎりの状況へと変わってしまう。
山本が標的であるデイジーを狙うが、ツナが足止めされる。
桔梗が入江を狙い、獄寺が防衛をする。
そして光努が緑鬼と戦う。
なるほど、入江が戦うことができないという事を加味すれば、この状況は優勢とはいいがたい。確かにボンゴレ側とイリス側は共に兵士ユニットを失っていないが、標的を抜いた元々の戦える総数を考えると、ボンゴレ3、イリス1、ミルフィオーレ3、2という、4対5という微妙な結果。そう考えるなら、この数字がとりあえずだが、4対2まで変わった事に対して流石というべきだろう。
そしてここまで表記していなかったイリスファミリーのリルなのだが、現在進行形で光努を追いかけていた。用事が少しあったので出遅れたが、二人で標的を仕留めるのはボンゴレもイリスも同じ考えだ。
しかしながら、いまだ光努に追いつけないでいる。
二人ともツナや山本のように炎を推進力とした空中移動ができるわけでは無いが、素の身体能力が高いのに加え、光努は怪物級の身体能力と宙を踏むTシューズを使い、リル飛翔する剣の匣を使い、二人に負けない程のスピードでの空中移動を可能にしている。
光努は敵の攻撃を避けて移動し、地面を砕き爆発させて、驚異的な速度で疾走する。その速度は、後から迫るリルを引き離すほどに。
まるでリルが来るのを拒むかのように、一人砲撃の雨をかいくぐり前へと進。それでもまるで問題無いように突き進めるのが光努のすごい所だし、独断専行をするのに疑問には思わない。
しかしながら、今回チームメイトであるリルをある種無視した行動に、疑問を覚える者は少なくなかった。ボンゴレチームで言えば全体指揮をしている入江がそうだし、観覧席のリボーンやディーノなど、他にも数名同じ事を思っていた。それでも明確に口に出していないのは、それに対して強いデメリットが存在しないから。
一人だと光努が勝てないかもしれない、というのは、ボンゴレ側だと少しだが、イリス側に立っては誰も思っていない。
故に、この戦況は――――――どこかおかしい。
***
イリスファミリーによる、個人通信。
光努によってボンゴレイリス相互通信が可能となった通信機だが、個人個人で通信を行う回線をイリス側の二人は残している。
ピピ。
『あ、光努?今どの辺りにいるの?』
『標的から1キロ地点って所か』ドゴオォ!ドオォン!ドドドドドド!
『あ、そうなんだ。まあ光努も標的だけど。大丈夫そう?すごい光が見えてるけど』
『まあ確かに全部当たったら痛そうだが、避けるのは難しくないしな。多分問題ない』キュィーン、ドオオォオン!!
『そう。こっちはだいたい終わったけど』
『そうか。とりあえずリルは標的3キロ圏内の外からこっち見ててくれ。敵の射程はだいたいそこらへんみたいだからな』ドン!ドン!ドン!ドン!
『うん、了解(背後の音すごいなぁ………)』
『あ、あとこっちで何かあったら、とりあえず正一の所でも行ってやれ』ドゴオォ!ドン!
『………うん』
『じゃ、あとはまかせた。リル』
ピピ。
通信は、最後にそこで途切れた。
***
光努が緑鬼を襲撃している最中、残った兵士ユニット、ミルフィオーレパフィオペデュラム隊の桔梗とトリカブトの二人はじりじりと迫るように、確実にボンゴレ側を追いつめていた。
入江の作り出した囮を全て破壊し、彼の元に迫っている。
レーダー越しでもわかるような動きに、防衛する獄寺を一瞬で捌き、一気に迫る。
このチョイスという闘いのルールは、あくまで標的である入江、光努を仕留めるというこの一点に限る。その為、戦う必要のない戦いをあっさりと終わらせることができれば、その効率は格段に上がる。
桔梗の匣である
単純だが、そうしてしまえば匣兵器を使用できず、匣兵器を使用してこその獄寺の戦闘力は激減する。
これにより、防衛ラインをあっさりと突破した。
やはり今まで手を抜いて遊んでいたのか、と思うような桔梗の動き。
いや、事実今まで手を抜いていたのだろう。今か今かと待ち構えるギリギリのその瞬間まで、舞台を盛り上げようとするエンターテイナーのように。
しかし甘いマスクの裏に宿るのは、冷徹なる暗殺者のような顔。
破壊された基地から朦朧としながら逃げ惑う入江の姿を見る目は、氷河のように冷たい。
その瞬間同時に、ツナの炎が、トリカブトの幻覚空間を破壊した。
本来なら山本と共にデイジーを狙う作戦だったが、入江の危機はすでに通信機から聞こえていた。
入江の元へと向かう。
そう言ったツナの瞳は、強い決意の光を宿していた。
一つ気がかりなのは、光努との通信が繋がらない、という事だけだった。
***
通信の回線を遮断し、光努は遠くにいるリルを見るように顔を向けるが、すぐに楽し気に微かに笑い、正面へと向き直る。
(さて、リルの方は大丈夫だろう。例え攻撃が来ても
柔らかく、踏み砕かぬように光努は地面を歩く。
硬いコンクリートに近い材質で造られた足場を歩き、10畳程のスペースにやってきた光努は、頭を掻きながらも楽し気に笑みを浮かべ、正面を見る。多少の汚れは目立つが、傷らしい傷は一切見当たらない、無傷。
この場所までくるのに、まるで戦場かと思われるような砲撃の雨を抜けてきたが、光努にとっては避ける、受ける、流す、様々な技術を駆使し、無傷で来る事に大した問題は無かったようだ。
ようやくやってこれた事に少し喜び、口角を上げたまま口を開く。
「さてと、ようやくご対面だな、緑鬼」
ミルフィオーレガロファーノの基地ユニットで、対面する二人の
イリスの白神光努と、ミルフィオーレの緑鬼。
ビルの壁面に備えられたミルフィオーレの基地ユニット。
上下左右正面に取り付けられた砲台はすべて破壊され、各種武装は全て光努の手によって潰されていた。もはや打つ手の無い状態。
ルイの推測通り、ここまでやって来た光努が基地を破壊するのにそう時間はかからない。予想通り、緑鬼は単体じゃ戦えない。
玉座に座り無反応を貫く緑鬼の前へと立つ光努。
その顔を見たとき、光努は少し驚いたように口元を少し丸くした。
不安を塗りつぶしたような灰色の髪を垂らし、その下の表情に浮かんでいるのは無。
何かを見ているようで何も見ていない、虚空を見つめる瞳には何も移さず、無感情なまでの無表情を、まだ幼い少年の姿が作り出していた。
10年後の世界では珍しいと思っていた子供、それも思ったよりも幼い、中高生くらいかと思ったら案外小中くらいと言ってもいいのではと思うような少年の顔立ちに、光努は少し驚く。
この時代の人間であれば光努より実年齢は低いだろうが、見た目だけなら二人とも似たような年齢に、中学生くらいには見えた。
あの兵器の要塞匣を操っていたのが、まさかこんな少年とは光努も思っていなかったのか少し驚愕するが、それもすぐに終わり表情を戻す。真6弔花側にはブルーベルという少女もいたのだ。今更ミルフィオーレに少年少女がいた事にはあまり驚きはしない。
しかし、攻撃手段を全て破壊して正面に現れたにもかかわらず、少年は反応らしい反応を見せずに少し俯いていた。
偽物か?とも思ったが、彼の胸のマーカーから灯る、閃光のような雷の死ぬ気の炎を見て、確かにこの人物が標的であることを確認した。
「俺は白神光努。光努とも呼んでくれ。お前は、なんて名前だ?」
自然体、しかしどんな体制からでも打ち返す自信のある光努は相手に名を訪ねた。
余裕から来る物ではなく、単なる光努の好奇心。なぜこの少年はチョイスに参加しているのか。なぜミルフィオーレにいるのか。
ツナ達のような過去から来るなど特異な状況でも無ければ、子供が戦いに参加することは、基本内。ミルフィオーレファミリーのメローネ基地でもイタリアでも、光努は子供が戦う状況を見ていない。
それだけ、死ぬ気の炎を使いこなす為となる覚悟を、そう簡単に持てないから。
なら、目の前のこの少年は、どんな覚悟でもってこの場に立っているのか。
「………ロルフ。………名前は、ロルフ・ミーガン」
ぽつりと、呟くようにして発せられた言葉。
少年、ロルフは、視線を合わせずに、自分の名を語った。
「なあロルフ。お前もう匣は持っていないのか?この大砲だけで終わりか?」
「終わり。白蘭様からは
基地ユニット同化型の匣兵器。
おそらく嘘は言っていない。しかしそうなると、ロルフは最初から手ぶらで戦いに臨んだ、という事になる。
「でも、もう一つあった」
そう言って、緑色の石の嵌った
匣ではない、宝箱のように上部の丸まった形状をした、手のひらから少し零れるくらいの大きさの、確かに箱だった。
(!?………なんだ、これは)
複雑な文様が絡み合う形状。どう見てもただの箱にしか見えないのに、光努はどこか不思議な感覚に包まれた。ぞくりとした背筋を撫でるような凶悪な感覚と、どこかで感じた事があるような不思議な違和感。
パリィ!
その瞬間、ロルフの右手からパチリと一筋の閃光が煌めいたと思ったら、宙に線を描くように緑色の線が走り、鮮やかな雷を作り出した。その場に落雷が落ちたのかと錯覚したような強烈な光。
しかし眩い視界の中で、光努は少し目を見開いて現状起きている事に驚いた。
ロルフが自分の意志で行っている事は間違いない。
しかし右手に嵌められたリングから炎が出ていたと思ったが、よくよくと見れば、手のひらに乗せられた箱自体がわずかに白く輝き、雷の炎を放っていた。
「ロルフ、まさかそれって………。じ―――」
「
「――――」
緑色の光は次第に薄くなり、白い輝きが辺りを照らした。
光努の言葉と伸ばした腕は、吸い込まれるように光の中に消えた。
***
誰がこの光景を想像したのだろうか。
燃え盛る太陽のように照り付ける日輪の下、超硬化された灰色の世界で行われた戦いの行方は、遂に終わった。
崩壊する建物に囲まれて、不敵な笑みでその光景を見下ろす男。
赤黒い鮮血の絨毯に、無残に倒れ伏す男。
必死に生き延びようとする逃走の血の跡。
この姿を第三者にとってはどう見えるか、無様と言えるだろうか。
否。これは紛れもない生き延びようとする執念の証。絶望的な状況でも、決して希望を捨てない人の可能性。
だがそれをか細く小さな人の手で掴めるかは、神のみぞ知る。
そしてこの場に置いて、勝利の女神は微笑まなかった。
極光なる神を押しのけ、暗い深淵より腕を伸ばしてこちらをつかみ取ろうとする悪魔。
するりと世界へと滑り込み、無情に告げる声が灰色の街全体に響いた。
『勝者、ミルフィオーレファミリー』