「まずい、まずいぞ!」
入江正一は困惑していた。
警備システムがダウンしたため、部下との通信は個人個人にしか通信することはできず、いくらか監視カメラの映像も止まっていた。
だが、その中でまだ使えるカメラも存在する。
そして、その内の一つに映っていた映像を見て、入江正一は驚愕し、困惑した。
カメラに映っていたのは、白神光努と獄燈籠の二人。
二人してカメラの方を見て、ついでに光努は手を振ってるため、二人から見れば監視カメラが作動しているのはお見通しなのだろう。そんな軽い表情と仕草の光努に、入江はさらに困惑するのだった。
もう一つの困惑要素は、獄燈籠。光努よりも、むしろこちらのほうが入江の不安を掻き立てるものだった。
この場合、情報の無い者よりも情報のある者の方が、ある意味恐ろしい。
イリスファミリーの第一戦闘部隊である『アヤメ』といえば、この時代においてもマフィア間において関わらぬが吉と言われる程。ボンゴレが壊滅されたとしても、その独立暗殺部隊が脅威となっているように、イリスが壊滅したとしても、やはりイリスの戦闘部隊もミルフィオーレから見ても脅威である。
情報不足で戦闘能力が測れていない光努より、獄燈籠のほうがある意味危険である。
ボンゴレの突然の襲撃。イリスの襲撃。迎撃できる部下がほとんどいない。
指揮官の入江も、なかなかに大変な状況に置かれていた。
「あの場に誰かいないのか!」
「それが、ボンゴレアジト強襲にC級以上は割かれて」
「それはさっきも聞いた!奴らの近くに誰かいないか!」
ちなみに、ツナ達を見つけたときも部下に誰かいないかと聞いて同じ答えが返ってきたのは余談である。
「入江様!第3トレーニングルームに、ブラックスペル〝鬼熊使い〟ニゲラ・ベアバングル氏がいます!」
「本当か!よし、奴なら素直に動いてくれそうだ」
第9ジラソーレ隊所属のブラックスペル、ニゲラ・ベアバングル。
〝鬼熊使い〟の異名を持つ猛者である。スキンヘッドに、顔につけられた刺青。その異名どおりの匣兵器を使う男であり、戦力的にはこのメローネ基地において上位の戦闘能力を有している。
メローネ基地の指揮権を百蘭から許可してもらった入江であるため、指示を出せば基地内の人間は動いてくれるだろうが、C++級以上の戦闘能力の高い上位の人物であればあるほど癖も強くなり、何をしでかすか分からない人物もいるため、不安材料がいくつもある。その点で言えば、ニゲラは素直に指示を聞いて、余計なことはしないでおいでくれるという安心感もあった。いってしまえば性格がまともなほうであるということ。
「入江様、片方がニゲラ氏のいるトレーニングルームへ、もう片方は別れて行動するようです!」
部下のその言葉にモニターを見てみると、光努のみがトレーニングルームへと入るところ。獄燈籠は別のルートでどこかへ行くようだ。ちょうど近くにいるのはニゲラのみ。
光努本人の資料はほとんど無いが、フィオーレリングを手に入れるにはどうしても始末知る必要がある。その為入江の判断は、ニゲラがトレーニングルームで光努を撃破してから獄燈籠の所へと向かわせる。獄燈籠と先に戦ってからどうなるかが分からない以上、まずは倒せるところで倒すのがよいだろうという考え。
「よし、ニゲラに迎撃指示を。フィオーレリングの回収が最優先事項だ」
「はっ!」
強力な人物がたまたま光努達の近くのトレーニングルームを使用していたことをひとまず喜び、入江はニゲラに、光努を先に迎撃するように指示を出すのだった。
***
「さてと、ここはどこなのか」
適当に歩いていた通路の扉の一つを開き、中へと入る。
広々とした空間が広がり、所々に黒い大きな立方体の鉄の塊のようなものが、障害物のようにしてところどころに置かれている。
少し手で触り、こんこんとノックしてみたところ、どうやらかなり頑丈な鋼鉄製。部屋の広さと結構な頑丈な障害物が置かれていることから、たぶんトレーニングルーム化何かだろうとあたりをつけた光努だが、まさにその通りとは本人は知る由も無かった。
「止まれ、少年」
どこからか聞こえてきた男の声とともに、障害物の後ろから会われたのは、黒い服に身を包んだ男。肩につけたショルダーアーマーの模様から、やはりミルフィオーレの人間。上下黒い服に身を包み、スキンヘッドの頭に、顔につけられた刺青。鼻の横と顎につけられた棘のようなピアスが特徴的な男だった。
「俺はニゲラ・ベアバングル。悪いが、君のフィオーレリングは回収させてもらう」
「ミルフィオーレの人か。そこらの部下よりできる人みたいだけど、目的はフィオーレリングか」
ミルフィオーレの目的は、ボンゴレリングとアルコバレーノのおしゃぶり。そして、フィオーレリングである。
ボンゴレを襲撃したのもそのため、そしてツナたちがメローネ基地へと襲撃したとしても、その目的は変わらない。むしろ向こうから来たと考えて、迎撃し、リングを全て奪い取る。入江に指示されてきたニゲラも、フィオーレリングの回収を最優先事項として支持された。
(フィオーレリングは・・・おそらく首から下げてるチェーンがそうだな)
ニゲラの考え通り、指に何もないのを見たが、首元にちらりと見えたチェーンを見て、そこにリングがあると考えた。
「よし、代わりにあんたのリングをいただこう」
「何?」
「逆武蔵房弁慶ってな。俺がまけたらリングをやろう。ただし、あんたが負けたらそのつけているリングをいただく」
そういって光努はびしっという効果音がつきそうに、ニゲラの右腕に指にはまっている、紫色の宝石のついたリングを指差した。
「生意気だな。その威勢も今のうちだけだぞ」
ボゥ!
右手のリングから燃え上がったのは、紫色の、雲属性の死ぬ気の炎。
取り出した匣に注入すると、中から炎の塊が飛び出した。
「グオオォ!!」
地面に降り立った炎の塊が晴れ、咆哮とともに現れ出てきたのは、巨大な熊。
茶色い毛並みに、鋭い目つきと牙。その両手に備わった、全てを切り裂くような強力な爪には、雲属性の死ぬ気の炎が激しく灯されていた。
「
自分の異名どおりの匣兵器である鬼熊を出したニゲラ。凶暴そうな熊は炎を帯び、なかなかに強力な匣兵器だった。
「ふむ、熊か。久しぶりにみたな。匣兵器だけど」
「残念だが、見るのはこれが最後になるかもしれんな。行け!鬼熊!」
「グオオォオ!!」
巨体の割りにすばやい。炎の纏われた爪が、光努を襲った。
ドゴオオォ!!
障害物に劣るが、割と頑丈に作られているはずのトレーニングルームの床を砕く威力。
砕けた破片と土煙が、光努のいた場所を充満させた。
その様子を静かに見ていたニゲラは少し嘆息して口を開いた。
「あっけなかったな。後はリングを回収するのみ」
「だれのリングを回収するって?」
「!鬼熊の一撃を逃れただと?・・・そこか!」
ナイフを取り出し、リングから伝導させた雲の炎を纏わせ、鬼熊の横にある障害物の上に向かって投げつけた。
だが、そのナイフは、障害物の上に立っている光努の手によって受け止められた。
「次は、俺の番だな」
パキイィン!
指でつかんでいたナイフを砕き、鋼鉄の塊の上から床に降りる。そして前方にいる鬼熊を見つめた。
無造作に歩く。まるで何も警戒をしていないような、自然体で歩く。
ニゲラはその姿に警戒をしたが、一瞬、その姿がブレた。
「!」
ドオオォン!!
気がついたら、鬼熊の腹を正面から殴りつけている光努がいた。
踏み込みが早かった。まるで踏み込んだと認識するのが遅れた。それほどに早く、静かに、光努は移動して殴りつけた。
「だが、甘いぞ!鬼熊!」
「グルルルゥ!」
「へぇ」
よくよくと見れば、光努の拳を、炎を纏った両手で受け止めている鬼熊がいた。
動物特有の、野生的な反射神経。全力で無かったとはいえ、光努の一撃をとめるとは、なかなかどうして敵の匣兵器も強力。だが、
「ふぅ、はっ!」
ドゴオオオオォン!!
「グアァ!」
床を砕くほどに足を踏みしめ、体をひねりこむようにして、すでに前に出した拳に再び力を乗せ、鬼熊を吹き飛ばした。中国拳法に置ける寸勁とも呼ばれる、至近距離から力を乗せて相手に打ち込む技術。
悲鳴を上げた鬼熊は、その場か吹き飛ばされ、トレーニングルームの障害物に体をぶつけた。鬼熊の巨体が吹き飛ばされるのに、ニゲラは驚愕に目を見開いた。
自分の異名の匣兵器をまだまだ10代の子供、それも炎も使わずに吹き飛ばすなど。まるで夢を見ているかのようだった。
「・・・まだだ。まだ行けるな!鬼熊!」
「グ・・グオオオォ!!」
ニゲラが自らのリングの炎を燃やすと、鬼熊の両の手の炎も激しく燃え上がり、部屋を響かす咆哮と共に、その巨体がさらに膨れ上がった。
雲属性の死ぬ気の炎の特徴は、〝増殖〟!
自らの肉体増殖により、鬼熊は巨大であり、強大な力を増殖させ、光努を睨みつけた。
しかし反対に光努は、楽しそうに笑っていた。
「さすが、〝鬼熊使い〟だけある。すげー熊だ。なら、こっちも少し手の内さらすか」
そう言って取り出したのは、リングと匣を一つずつ。
黄色い宝石のはめ込まれ、装飾の施されたシンプルなリングと、木のような絵柄の書かれた匣。光努の取り出したその二つを見たとき、ニゲラの目が細まった。
「イリスに置いてあった匣の一つだけど、使ってみるか」
リングを右手にはめ、光努は炎を吹き出した。
(あれは、晴れの炎!なんという大きさだ)
黄色く、キラキラとした晴れの炎が、光努の周りを取り巻くような強大さでリングから溢れていた。そしてそのまま左手に持った匣に向かって、晴れの炎を注入し
た。
「開匣、
その瞬間、トレーニングルームは光に包まれた。
あえて二人をここで戦わせてみました。