インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~   作:さすらいの旅人

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第70話

「あははは~~。ここはどこ~? 私は誰~?」

 

 千冬さんの殺人アイアンクロー&俺の全力両手デコピンを喰らった篠ノ之束は、記憶喪失したかのように目が回りながらフラフラしていた。

 

「チッ……。全力でやってもあの程度(・・・・)か。やはり俺はまだまだ未熟だな」

 

「そう卑下する事はない、神代。あれはあれでかなりのダメージを食らっている」

 

 千冬さんがフォローするかのように言うが、それでも俺は悔しかった。

 

 俺が全力でやった両手デコピンはどんな屈強な男でも気絶させる事が出来る筈なんだが、それを喰らった篠ノ之束はまだ意識がある上に両足で立っている。故に篠ノ之束は普通ではない証拠だ。恐らくアイツは千冬さん並みか、もしくは近い身体能力を持っているに違いない。

 

「ちょ、ちょっと二人とも、いくらなんでもやり過ぎじゃ……」

 

 一夏がそう言いながら、未だにフラフラしている篠ノ之束を支えようとする。

 

「あれ~? 何か懐かしい匂いがする~? いっくんの温もりを感じれば思い出すかも――」

 

 篠ノ之束がそのまま一夏に抱き付こうとしたが、

 

「よし、神代。束には荒療治が必要だから、もう一回やるぞ」

 

「――はい嘘ですちーちゃん! 束さんは復活しましたーー!」

 

 それを見た千冬さんが俺に指示を下すと流石に二度も喰らいたくなかったのか、篠ノ之束はすぐに一夏から離れてビシッと千冬さんに敬礼した。やっぱりアイツ、さっきまでのは芝居だったな。思った通り油断出来ない奴だ。

 

「そ、それで姉さん、頼んでおいたものは……?」

 

 躊躇いがちに箒が篠ノ之束にそう尋ねた。それを聞いて篠ノ之束の目がキラーンと光って箒を見る。

 

「うっふっふっ。それはすでに準備済みだよ箒ちゃん。さあ、大空をご覧あれ!」

 

 ビシッと空に向かって指差す篠ノ之束。その言葉に箒が、そして俺や千冬さん、一夏達や他の生徒達も空を見上げる。

 

 その直後に、

 

 

 ズズーンッ!!

 

 

「のわっ!?」

 

 突然激しい衝撃を伴って、金属の塊らしき物が砂浜に落下した。その事に一夏はビックリして怯んでいたが、俺と千冬さんは大して気にせず目の前の物体を直視している。

 

 銀色をしたその物体は、次の瞬間に正面らしきと思われる壁がバタリと倒れ、その中身が露わになった。

 

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿(あかつばき)』だよ! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製のISだよ!」

 

 箒の専用機だと? しかも現行ISを上回るって……まさか箒の奴、篠ノ之束に専用機を作るよう頼んだのか……?

 

 俺が箒を不可解そうに見てると、そんなのを気にしないかのように真紅のそうこうに身を包んだ機体が、篠ノ之束の言葉に応えるかのように動作アームによって外へと出て来ていた。

 

「さあ! 箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズをはじめようか! 私が補佐するからすぐに終わるよん♪」

 

「……それでは、頼みます」

 

「もう~また堅いよ~。実の姉妹なんだから、こうもっとキャッチーな呼び方で呼んで――」

 

「早く、はじめましょう」

 

 篠ノ之束の言葉に取り合わない箒は、すぐに始めるように行動を促した。

 

「ん~。まあ、それもそうだね。じゃあはじめようか」

 

 そう言われた篠ノ之束はリモコンのボタンを押した刹那、紅椿の装甲が割れて、操縦者を受け入れる状態になった。しかも自動的に膝を落として乗り込みやすい姿勢へと。

 

「箒ちゃんのデータはある程度選考していれてあるから、あとは最新データに更新するだけだね。さてと、ぴ、ぽ、ぱ、っと♪」

 

 コンソールを開いた途端に、高速で指を滑らせる篠ノ之束。更に空中投影のディスプレイを六枚ほど呼び出し、膨大なデータに目配りをしていく。それと同時進行で、先程と同じく六枚呼び出した空中投影のキーボードを叩いていた。

 

「近接戦闘を基礎に万能型に調整済みだから、すぐに馴染むと思うよ。あとは自動支援装備も付けといたからね! お姉ちゃんが!」

 

「それは、どうも」

 

 さっきと同じく箒の態度は素っ気無かった。以前、屋上で俺に話した際、姉の事を暗に嫌いだと言ってたから、ああ言う態度になるのは無理からぬ事だろう。

 

 しかし俺は解せなかった。何故箒が嫌いな姉である篠ノ之束に専用機を作ってもらうように頼んだのかを。と言っても、アイツがそうした訳は大体察しがつく。恐らく箒は一夏達が専用機を持ってそれなりの活躍をしているのにも拘らず、自分だけは未だに何も出来てないから、それを何とかする為に嫌いな姉に頼んで専用機を作ってもらうように頼んだんだろう。でなければ、篠ノ之束に連絡しない訳が無い。

 

「ん~、ふ、ふ、ふふ~♪ 箒ちゃん、また剣の腕前が上がったみたいだねえ。筋肉の付き方を見ればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻が高いよ」

 

「…………一応、和哉に鍛えられましたので」

 

「和哉? ………ああ、あの子ね。――はい、フィッティング終了~。超早いね。さすが私」

 

 箒が俺の名を出した事に篠ノ之束は少し不快そうな顔でチラッとこっちを見ていたが、それでも手を休むことなく動き続けている。キーボードを打つと言うよりピアノを弾いているように滑らかで素早い動きだった。しかも数秒単位で切り替わっていく画面にも全てちゃんと目を通している。

 

 アイツ、今俺に対して不愉快そうな目で見ていたな。いつでも動けるように構えておいた方がよさそうだ。

 

「(大丈夫だ。アイツはあの程度のことでお前に危害は加えない)」

 

「(………分かりました)」

 

 俺が篠ノ之束を警戒していると、隣にいる千冬さんが問題ないかのように俺に小声で話しかけてきた。それを聞いた俺は密かに構えを解くが、それでも警戒は続ける。

 

 それにしても、あのISは一夏の白式のように近接特化型のような気がする。腰に左右一本ずつの日本刀型ブレード以外、何にも装備して無い。だがさっき篠ノ之束は『自動支援装備がある』とか『近接戦闘を基礎にした万能型』と言っていたから、何か特殊装備があるかもしれない。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで」

 

「だよねぇ。何かズルイよねぇ」

 

 ふと、向こうにいる生徒達の中からそんな声が聞こえた。それに反応したのは、意外な事に作業をしている篠ノ之束だった。

 

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことななんか一度もないよ」

 

(………言ってる事は正論だが、その世界を更に不平等にしたのはアンタだろうが……!)

 

 指摘を受けた女子は気まずそうに戻るが、篠ノ之束の発言に俺は思わず怒鳴り散らしたかったがグッと堪えて睨み続けた。それを見た千冬さんが俺にこう言って来る。

 

「(神代、あいつは私が見ておくから、お前は早く持ち場に付け)」

 

「(……そうします)」

 

 そう答えた俺は、打鉄の調整作業をしているグループの一つへと戻って手伝い始める。

 

「かずー、なんか怖い顔してるよー?」

 

「………悪い」

 

 心配そうに尋ねてくる本音に俺は謝りながら、手を休めずに作業を続ける。

 

 そうしてる最中、篠ノ之束は箒のISフィッティング作業が終わって、今度は一夏に話しかけて白式の調整をやろうとしていた。

 

 そんなやり取りを俺は気にせずに、本音達と一緒に作業をしていると、セシリアが篠ノ之束に声を掛けた。

 

「あ、あのっ! 篠ノ之博士のご高名はかねがね承っておりますっ。もしよろしければ私のISを見ていただけないでしょうか!?」

 

 そう言いながら興奮するセシリアに篠ノ之束は、

 

「はあ? だれだよ君。金髪は私の知り合いにはいないんだよ。そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんと数年ぶりの再開なんだよ。そう言うシーンなんだよ。どういう了見で君はしゃしゃり出てくんの? 理解不能だよ。って言うか誰だよ君は」

 

 さっきまでとは別人のように冷たい言葉と視線を向けて拒絶した。

 

「え、あの……」

 

「うるさいなあ。あっちいきなよ」

 

「う……」

 

 何て奴だ。あれは完全にセシリアを人間とは思ってない目だったぞ。

 

 そして篠ノ之束に拒絶されたセシリアはションボリとして引き下がっており、少し涙目となっていた。憧れである人間があそこまで拒絶されるとは思ってなかったんだろう。

 

 そんなセシリアを見た俺は作業を中断して、篠ノ之束に文句を言おうと決意して近付こうとする。

 

「おいアンタ、いくらなんでもあんな言い方は無いだろうが」

 

「だからさぁ、何度も言わせないでくれる? 君の用は後だって言ってるんだよ。あんまりしつこいと、ナノ単位まで分解するよ?」

 

 さっき俺とバカなやり取りをしてた雰囲気とは違い、今度は本当に俺を拒絶していた。

 

「………出来るもんならやってみろ」

 

「へぇ? この束さんに向かって随分良い度胸してるね。だったら望み通りに――」

 

「止めんか馬鹿者」

 

「へぶっ!」

 

 一触即発な雰囲気の中、突然千冬さんが篠ノ之束の頭に打撃をヒットさせた。それにより拒絶な雰囲気を見せていた篠ノ之束は、急にさっきまでの親しみな顔になった。

 

「いたたた……ちょっとちーちゃん酷いよ~! 何で私だけ殴られるの~!?」

 

「やかましい。お前が神代を挑発するからだろうが。それに私は前に言った筈だぞ? 手を出したら黙っていないとな」

 

 文句は聞かないぞ、と言わんばかりの千冬さんの台詞に篠ノ之束は観念したかのように両手を上げた。

 

「は~い、束さんが悪かったで~す。と言う訳で君、ちーちゃんのおかげで命拾いしたね。今度は――」

 

「束?」

 

「うわ~。ちーちゃん、そんなに本気で怒んないでよ~。ちょっとしたジョークだって~」

 

「………神代、お前も戻れ」

 

「……分かりました」

 

 取り敢えず千冬さんの指示に従う俺は再び持ち場に戻る。一応、篠ノ之束を警戒しながら

 

 そして戻る際、さっき篠ノ之束に拒絶されて涙目になってたセシリアに近付く。

 

「おいセシリア、大丈夫か?」

 

「え、ええ、まぁ……。しかし、何もあそこまで言わなくても……」

 

 憧れである博士にあそこまで拒絶された事に対して、セシリアはさぞかしショックだったんだろう。

 

「恐らくあれがあの女の性格だと思う。一夏や織斑先生、そして箒には仲良さげに接しているが、それ以外の人間はどうでもいい存在だと思ってるんだろう。俺も含めてな」

 

「で、ですが和哉さんと接する時にはそう見えませんでしたが……」

 

「俺もセシリアと大して変わらない。奴の目を見たとき、あくまでついでみたいな感じしかしなかった」

 

 篠ノ之束の目を見て俺は気付いた。奴の目には俺をほんの片隅程度しか見て無かった事に。多分あの女の事だから、用が済めばセシリアと同じく、俺が話しかけたらすぐに拒絶するだろう。

 

「あとセシリアの為に言わせて貰うが、もうあの女には近寄らない方が良い。下手すれば拒絶どころが、本気で分解と言う名の存在自体を消されるかもしれない」

 

「い、いくらなんでもそれは大袈裟では……?」

 

「そうでもない。さっきは千冬さんによって阻止されたが、あの女は本気で俺を分解する気だった」

 

 まるで害虫を駆除するかのようにな、と内心付け加える俺。

 

 そんな中、向こうは箒の専用機である紅椿のフィッティングが終わったみたいだ。箒は試運転を開始するために、瞼を閉じて意識を集中させると、次の瞬間に紅椿は物凄い速度で飛んでいった。

 

「んなっ!?」

 

「ほう……」

 

 紅椿の余りの急加速に隣にいたセシリアは驚愕し、俺は感心するかのように眼で追う。紅椿がとんでもないスピードで飛んでいる最中、篠ノ之束が嬉しそうな表情をしている。

 

「どうどう? 箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

 

 箒が遥か上空で飛んでいるにも拘らず、篠ノ之束は箒に話しかけるかのように喋っている。傍から見ればおかしな行動と思われるだろうが、恐らく奴は箒に通信してる(・・・・・・・・・・)。あの天才博士様はISが無くても、通信程度は御茶の子さいさいだろう。

 

「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『天月(あまづき)』で、左のが『空裂(からわれ)』ね。武器特性のデータを送るよん」

 

 そう言いながら空中でブラインドタッチをする篠ノ之束。上空にいる箒は、二本同時に刀を抜き取っていた。

 

 そして篠ノ之束は箒に刀の一つである『天月』を解説するかのように喋っていたが、俺は大して聞いてなく箒の方に集中して見ていると、箒が試しとばかりに、右腕を左肩まで持って行って構えて突きを放った。アレは見た感じ、剣術を使っての防御型の突きだろう。刀を受ける力で肩の軸を動かして反撃に転じると言うような感じで。

 

 そんな突きが放たれると同時に、周囲の空間に赤色のレーザーがいくつか球体として現れ、そして順番に光の弾丸となり、漂っていた雲を霧散させた。

 

 次に篠ノ之束がもう一つの刀『空裂』の解説を終えた直後に、奴の周囲から十六連装ミサイルポッドを呼び出した。その直後に、それは次の瞬間一斉射撃を行った。

 

「箒!」

 

 ミサイルが放たれた事に一夏が箒を心配するかのように名前を呼ぶが、上空にいる箒は問題無いかのように、もう一本の刀を振るうと帯状となったレーザーが、十六発のミサイルを全て撃墜した。

 

 そして獏縁がゆっくりと収まる中、真紅のISと箒が威風堂々たる姿を現した事に全員は驚愕し、魅了され、そして言葉を失っていた。そんな光景に、篠ノ之束は満足そうに眺めて頷いていた。

 

 だが、

 

(………気に入らないな。あの女は一体何を考えている?)

 

 俺は篠ノ之束に嫌悪な感情を抱きながら睨んでいた。

 

(いくら自分の身内とはいえ、あんな玩具(・・)を与えられたら、箒がこの先慢心する事は分かっている筈だ。そして同時にアレが争いの種にもなる事を。にも拘らず箒に与えたと言う事は――)

 

「さてさて、試運転は終えたからお次は……お~い君~~、ちょっといいかな~?」

 

「………何だ?」

 

 俺が考えてる最中、突然篠ノ之束が俺に近付いて声を掛けてきた。

 

「俺は後じゃなかったのか?」

 

「いやいや、今は君に用があるんだよ~」

 

「おい束、神代に何をするつもりだ?」

 

 俺に話しかけてくる篠ノ之束に、千冬さんは不穏な感じがするかのように割って入って来た。

 

「そんな恐い顔しないでよ~ちーちゃん。私はただ、この子が打鉄に乗って箒ちゃんの紅椿と模擬戦するのを頼むだけだからさ」

 

 奴の台詞に俺を含めた全員が一斉に驚愕した。




次回はオリジナル展開で、和哉(打鉄)VS箒(赤椿)となります!

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