インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~ 作:さすらいの旅人
「ふ~、さっぱりした。やっぱり温泉は良いよな~和哉」
「まあな」
俺と一夏は食後に温泉に入った。
特に一夏は海を一望出来る露天風呂を広々と使えた事にご満悦で、風呂から上がった後もかなり上機嫌で俺と一緒に部屋へ戻った。
「あれ? まだ千冬姉がいないな」
「多分温泉か、先生方のミーティングでもしてるんじゃないか?」
と、俺がそう言った直後に千冬さんが帰って来た。
「ん? お前たちだけか? 揃いも揃って女の一人も連れ込まんとは詰まらんやつらだ」
「だから……はあ、もういいよ。それは」
もう突っ込み気力が無いみたいに諦める一夏。
そもそも、この部屋は『織斑先生』の部屋なのだから、仮に此処でいかがわしい事をしようものなら後になってお仕置きと言う名の制裁が下されるだろう。
ついでに、部屋に戻って来た千冬さんは温泉に入っていたみたいで、髪がしっとりと濡れている。その髪を見た一夏が、何やら少し興奮してるような様子が見受けられた。姉相手に一体何考えてるんだか、コイツは。
「まあ織斑はともかく、てっきり神代が布仏を連れてきてイチャ付くと思っていたんだが……」
「ですから、俺と本音はそんな関係じゃありませんから」
どうして千冬さんは俺が本音と付き合っているような事を言うんだろうか。アイツとは友人だってのに。
因みに、それは千冬さんだけじゃなく、此処にいる一夏や他の女子達にも言える事だ。勘違いも甚だしい。
「なあ、千冬姉」
一夏がそう呼んだ直後に、千冬さんからのゴスッと鋭いチョップが一夏の頭に飛んで来た。
「織斑先生と呼べ。此処には神代がいるだろうが」
「いや、別に俺がいるからってそこまで気にする事ないと思うんですけど……」
「和哉の言うとおりだぜ。それにさ、風呂上りだし、久しぶりに――」
「?」
一夏が言う久しぶりと言う事に疑問に思っていた俺だったが、それはすぐに解消された。
◇
「へぇ~。一夏は千冬さんが家にいる時にはそうしていたのか」
うつ伏せになってる千冬さんに一夏がマッサージをしてるところを、俺は奥にある椅子に腰掛けながら見ていた。
「まあな。千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?」
「そんな訳あるか、馬鹿者。――んっ! す、少しは加減をしろ……」
「はいはい。んじゃあ、ここは……と」
「くあっ! そ、そこは……やめっ、つぅっ!!」
「すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし、ね」
「あぁぁっ!」
一夏にマッサージをされてる千冬さんが凝っている所為なのか痛そうな声を出す。見てる俺からすれば別に大したことは無いんだが、これが第三者が盗み聞きでもしていたら絶対に誤解される。誤解の内容としては、一夏が実の姉相手にいかがわしい行為をしてると言ったところだ。
(ま、もう既に盗み聞きしてる連中がいるんだが)
そう思いながら俺はこの部屋の出入り口であるドアを見る。何故ならあそこの奥には複数の気配があるからだ。数は多分……3~4人ってところか。
当然これは俺だけでなく、一夏にマッサージをされてる千冬さんも気付いている。
「じゃあ次は――」
「一夏、少し待て。あと神代は少し手伝ってくれ」
「了解」
「?」
マッサージを中断した千冬さんが俺に指示を下し、それに従う俺は千冬さんと一緒に出入り口まで付いてくのを見た一夏が不思議そうな顔をしている。
そんな一夏を無視して千冬さんはドアノブに手を掛ける。
バンッ!
「「「へぶっ!!」」」
ドアを思いっきり開けると、何かにぶつかったかのような声を出す箒と鈴、それにセシリアだった。
「何をしているか、馬鹿者どもが」
「お前等、気配が駄々漏れだったぞ」
「は、はは……」
「こ、こんばんは、織斑先生、和哉……」
「さ……さようなら、お二人ともっ!!」
脱兎の如くすぐに逃げ出すが、俺と千冬さんはそうは問屋が卸さないかのように一瞬で捕まえた。鈴と箒は千冬さんに首根っこを取られ、セシリアも二人と同じく俺によって首根っこを取られて身動きが取れない状態だ。その程度のスピードで俺や千冬さんから逃げようだなんて十年早いぞ。
「お前等、部屋の前で何コソコソしてるんだよ。入りたけりゃ堂々と入ってこい」
「全くだ。盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」
「「「えっ?」」」
俺や千冬さんの言葉に予想外と言うように目を丸くする三人。俺は何か変なことでも言ったか?
「ああ、そうだ。篠ノ之と凰、お前たちは他の二人――ボーデヴィッヒとデュノアも呼んでこい」
「「は、はいっ!」」
千冬さんは首根っこを掴んでる鈴と箒を開放して指示を下すと、二人は駆け足で二人を呼びに行った。
何故あの二人を呼んだのかは俺には分からなかったが、一先ず俺は首根っこを掴んでるセシリアを開放して部屋へ招くと、セシリアは咳払いをしながら服を正して部屋へと入った。
「おお、セシリア。遅かったじゃないか。じゃあはじめようぜ」
セシリアが部屋に入って来たのを見た一夏は、ポンポンとベッドを叩いて呼ぶ。この言い方から察するに、一夏はいつのまにかセシリアにマッサージをする為に部屋に呼んだんだろう。
一夏の台詞に、セシリアはすぐにボッと顔が真っ赤になった。
「え、あの、織斑先生や和哉さんもいらっしゃいますし、その……」
「? 別にいいじゃないか。俺も身体が温まってるし、早くはじめよう」
「い、いえ、でも、こういうのは、その、雰囲気が……」
「……?」
セシリアの言葉にいまいち意図が掴めない一夏は不思議そうな顔をしているが、それでもベッドをまたポンポンと叩いて開始を促している。
困ったようにセシリアがチラリとこっちを見るが、俺と千冬さんは大して気にせず「早くしろ」と無言で告げる。
そしてやっと覚悟を決めたかのようにベッドに仰向けになって横たわるセシリアはギュッと目を閉じた。
「セシリア、うつぶせじゃないとできないぞ」
「え? え? うむつぶせで……しますの?」
(千冬さん。セシリアの奴、絶対何か勘違いしてますよね?)
(だろうな。だが放っておけ)
一体何を期待してるのやら、セシリアは。俺だけじゃなく千冬さんがいるってのによくもまあ……エッチな解釈が出来る事で。
「じゃあ、はじめるぞー」
「はっ、はいっ!」
俺が呆れている中、一夏がマッサージを始めようとすると、思わず裏返った声を出すセシリア。
そして、
「ん、しょっ……」
「!? いたたっ、いたっ! い、い、いいっ、一夏さん!? な、な、なにをして――あうううっ!」
一夏が指圧をすると、腰に痛みが走ったセシリアはみっともない悲鳴をあげた。
「何って、指圧」
「し……あつ……?」
「そう、腰の」
「腰の……」
きょとんとして一夏の言葉をオウム返しにするセシリア。あの顔を見ると、自分が予想していたのとは全く違う物だってのがよく分かる。
「え、ええと、一夏さん。わたくしを部屋に誘ったのは、もしかしてこの……」
「おう。マッサージをサービスしようと思って名。セシリアって班部屋だろ? それじゃ落ち着かないだろうから、この部屋に呼んだんだ」
(アイツ、やっぱり勘違いしてましたね)
(そのようだな)
俺と千冬さんが呆れながら見てるのを余所に、セシリアはもう完全に惨めな表情をしていた。恐らく、セシリアの頭の中ではカァカァとカラスが鳴いているだろう。
「ぶ、無様です……わたくし……」
「う? ど、そうした。そんなに痛かったか?」
「ええ、とても……致命的なまでに……」
ははは~。確かにセシリアにとっては無様かもしれないが、コッチから言わせれば唐変木の一夏に何を期待してたんだかと呆れてるよ。恐らく千冬さんもそう考えてるだろう。
けど、一夏のマッサージが再び始まると、さっきまで消沈気味だったセシリアは心地良さそうに自然と回復して一夏と会話をする。
「これくらいだったら大丈夫か?」
「ええ……。気持ちいいです……」
両手の親指を使って背骨の付け根の左右両端を指圧する一夏。
「それにしても、腰のコリが酷いな。セシリアって何かやってるのか?」
「んっ。ええ、たしなむ程度にバイオリンを。そ、そこは、ちょっと苦しいです……」
バイオリンねぇ。俺の中ではその楽器って今でもお嬢様が使うってイメージが強いんだよな。
俺がそう思ってると、一夏がセシリアの身体をほぐしていた。それによってセシリアはとても気持ち良さそうな声を出し始める。
「はぁぁ……。一夏さんって上手ですのね……」
「まあ、昔から千冬姉にしてたしな、マッサージは」
「……それと、女の扱いも……」
セシリアさんよ、一夏に聞こえないように呟いていたつもりだろうが、俺にはバッチリ聞こえたぞ。確かに一夏は唐変木だが、何故か女を落とす才能があるんだよな、これが。中学の頃に一夏がこれまで無自覚に女子を落とした人数は……かなりいた事は確かだ。
「じゃあ、このまま背筋を上に行くからな」
「はい……。お任せしますわ……」
あらら、セシリアってばもう完全に気持ち良さそうで寝そうになっちゃってるよ。
そう言えば一夏は昔から千冬さんにしてたと言ってたが、もしかして千冬さんもセシリアと同じく一夏のマッサージが気持ちよくなりながら眠りこけて――
(私がその程度で寝る訳がないだろうが)
この人、俺は口に出してないのに何故こうも考えが読めるんだろうか。ひょっとしてエスパー?
(……まぁそんな事よりも、このままだとセシリアはここで寝そうですけど、どうします?)
(一先ず一気に眠気を覚まさせる。こうやってな)
千冬さんは眠りそうになっているセシリアに近付いて凄い事をする。
今回の和哉はちょっと空気でした。