インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~ 作:さすらいの旅人
「ちょっと、よろしくて?」
「またアンタか……」
「へ?」
一時間目の休み時間に聞いた台詞がまた来た。相手は当然、俺に話しかけてきたイギリス代表候補生のセシリア・オルコット。
一夏はあの時に篠ノ之と一緒に廊下に行って知らないから、素っ頓狂な声を出している。いきなり知りもしない相手に話しかけられたら、当然そう言う反応をするだろう。
「ちょっとそこのあなた、訊いてます? お返事は?」
「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」
オルコットの問いに一夏は俺と同じような返答をした途端、かなりわざとらしく声をあげた。
「まあ! なんですの、その返事は。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度と言う物があるんではないかしら?」
「………………」
俺に言ってた台詞をそのまま言うオルコットに、一夏は顔を顰めた。俺ほどじゃないが、一夏も俺と同じくオルコットみたいな女は苦手だ。(注:理由は第2話を参照して下さい)
「悪いな。俺、君が誰か知らないし。和哉、知ってるか?」
「お前は自己紹介の時に聞いてなかったのか?」
「いや、あの時は千冬姉がいたから、正直覚えてなくて……」
確かに肉親である千冬さんが担任だと知って、一夏はショッキングな顔をしていたな。そんな一夏にオルコットは、男を見下した口調で続ける。
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!? そちらの方は知っていると言うのに!」
本当にこの女は自分の事を知らないと本題に入る事が出来ない奴だな。前置きはさっさと用件を言えっての。
「あ、質問いいか?」
「ふん。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
だったらあの時、俺の質問をさっさと答えろよとオルコットに内心突っ込んでいると……。
「代表候補生って、何?」
ゴンッ!
がたたっ!
一夏の発言に俺は額を机にぶつけ、聞き耳を立てていたクラスの女子数名がずっこけた。
「あれ? どうしたんだ和哉」
「い…一夏……お前なぁ……」
俺は机にぶつけた額を手に置きながら一夏に突っ込みを入れようとするが……。
「あ、あ、あ……」
「『あ』?」
「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」
代わりにオルコットが突っ込みを入れてしまった。
「おう。知らん」
「………はあっ」
素直に言う一夏に俺は溜息を吐く。本当に知らないんだなコイツは。
「…………………」
オルコットは怒りが一周して逆に冷静になったのか、頭が痛そうにこめかみを人差し指で押さえながらブツブツと言い出した。
「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビがないのかしら……」
おいコラ。俺は知ってると言うのに何故そこで日本を馬鹿にする? 貴様は喧嘩売ってるのか? だったら買うぞコラ。
「なあ和哉、代表候補生って?」
「………国家代表IS操縦者の候補生だ。単語から想像しただけで分かるだろう」
「そういわれればそうだ」
本当に今分かったみたいな顔だな。この程度は一般常識の一つに入っているんだが。
「そう! その候補生として選出されたエリートなのですわ!」
一夏が代表候補生の意味が分かったオルコットはエリートだと自慢げに言う。前置きが長すぎていい加減にウンザリしてたから内容を補足してやる。
「とは言え、エリートと言っても国家代表の卵に過ぎないがな。元日本代表の織斑先生から見れば、まだまだ半人前以下に過ぎないと言いそうだが」
「っ………! 言ってくれますわね……!」
「じゃあアンタは織斑先生の前でエリートだと自慢げに語る事が出来るか? 出来るんだったらやって欲しいが」
「………………………」
流石のオルコットでも織斑先生の前では強く言えないみたく、言い返すことが出来ないようだな。自慢する前に、先ずは実力が上の相手に勝ってから言って欲しい。
「ん、んんっ! とにかく! 本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運ですのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
オルコットは俺から視線を外して一夏に切り替えた。言い返せなくなったら相手を変えるか……エリートはやる事が違うねぇ。勿論皮肉だ。
「そうか。それはラッキーだ」
「……馬鹿にしていますの?」
「アンタさっき自分で幸運だと言っただろうが」
俺の突っ込みにオルコットは無視している。コイツ本当に良い根性してるな。
「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね。まあそこにいる人は多少あなたよりマシですが」
「俺に何かを期待されても困るんだが」
「かと言ってアンタに期待されても嬉しくない」
「ふん。まあでも? わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ」
人の話しを全く聞いてないオルコットは偉そうなことをほざいてくる。
「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
どうやらコイツは一時間目の休み時間にコレが言いたかったんだな。おまけに唯一、を物凄く強調してるし。もしあの時にチャイムが鳴らず最後まで聞いてたら、俺がテスト代わりに『睨み殺し』をやってただろうな。どれくらいの威勢があるのかを……って、ん?
「入試って……和哉、もしかしてあれか? ISを動かして戦うってやつ?」
「恐らくそうだろう」
「それ以外に入試などありませんわ」
俺とオルコットの返答に一夏は思い出した顔になる。
「あれ? 俺も倒したぞ、教官。和哉は?」
「一応倒した。と言っても、俺のワンサイドゲームだったがな」
「は…………?」
オルコットは素っ頓狂な声を出して信じられない顔をしていた。聞き耳を立てている女子達も驚いた顔をしているし。
「ワンサイドゲームって……お前一体何したんだ?」
「向こうが本気で来いって言って来たから、俺は言われたとおり全力を出した。初っ端から殺気全開の『睨み殺し』をやって、相手が動けなくなった隙を狙った瞬間、そこから先は俺の一方的なタコ殴り。その時使ってたISは
「………道理でそうなる訳だ。お前の『睨み殺し』って一種の金縛りの術みたいな物だからな」
「俺はまだ相手の動きを止める事しか出来ないが、もし師匠だったら肺機能も麻痺させる事が出来るぞ」
「………お前だけでも充分規格外だってのに、その師匠はお前以上の化け物かよ」
失礼な奴だな。俺はまだ師匠の領域に入ってないっての。
「で、そう言う一夏はどうやって教官を倒したんだ?」
「俺の時は倒したっていうか、いきなり突っ込んできたからサッとかわしたら、向こうが勝手に壁にぶつかってそのまま動けなくなっただけだ」
「おいおい、俺と違って向こうが勝手に自滅しただけかよ」
どんだけ間抜けな教官なんだよ、その人は。一度会ってみたいもんだ。
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「何だ、アンタ聞いてないのか。てっきりもう耳に入ってるから、俺達に声を掛けたんだと思っていたんだが。アンタって意外と抜けてるんだな」
「もしかして女子ではってオチじゃないのか?」
俺と一夏の台詞にオルコットの周りからピシッと嫌な音が聞こえた。例えるなら氷にヒビが走ったような音だ。
「つ、つまり、わたくしだけではないと……?」
「いや、知らないけど」
「さっきからそう言ってるだろうが」
いつまでも素っ頓狂な顔をしてないで、いい加減に現実を見て欲しいんだが。
「あなたたち! あなたたちも教官を倒したっていうの!?」
「うん、まあ。たぶん」
「たぶん!? たぶんってどういう意味かしら!?」
一夏の返事にオルコットは一夏に詰め寄る。コイツさっき俺と一夏が教官を倒した時の話しを聞いてないのか?
「おいおいオルコットさん。少しは落ち着いたらどうだ? アンタ淑女なんだろ?」
「こ、これが落ち着いていられ――」
キーンコーンカーンコーン!
オルコットが言ってる最中に三時間目開始のチャイムが鳴った。前回の休み時間と全く同じタイミングだな。
「っ………! またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
もうコッチはいい加減ウンザリしてるから来ないで欲しい。と言いたいところだが、そんな事を言ったら絶対に突っかかってくると思うので、敢えて返事はしなかった。一夏は頷いているが。面倒臭い相手に目を付けられてしまったな。
「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」
これもまた同じく、チャイムが鳴って間もないのに担任の千冬さんと山田先生が既に教室にいた。
だが今回は一、二時間目とは違って、山田先生ではなく千冬さんが教壇に立っている。この人が教壇に立つのは何か大事な事なんだろうか、山田先生までノートを手に持っていた。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
思い出したように言う千冬さん。言われて見ればまだ決めてなかったな。一夏は相変わらず分からない顔をしているが。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで」
千冬さんの説明にざわざわと教室が色めき立つ。恐らく分かっていない顔をしている一夏に説明を含めて言ったんだろう。あの人ってさり気なく一夏の顔を見てるから、ぶっきらぼうに言いながらも遠回しに教えている。
何だかんだ言って千冬さんは弟の一夏を大切にしてるから、内心この学園について一から教えたいんだと思う。あの人は一夏に容赦なくても、本当はブラコン……はっ!!
パシッ!
「い…いきなり何するんですか織斑先生!?」
「神代、三度目は無いと言った筈だぞ?」
殺気を感じた俺は振り落とされる出席簿を白刃取りして防御すると、目の前には恐い笑みを浮かべる千冬さんがいた。持っている出席簿は俺の白刃取りから抜けるために力を入れているが、そう簡単に抜けさせない。
「す…すげぇ……」
一夏は俺が千冬さんの攻撃を防いだ事に驚いていた。クラスの女子達や山田先生も一夏と同様に驚いている。
「しかし驚いたぞ神代。まさか私の攻撃を難なく受け止める事が出来るとはな。大した反射神経じゃないか」
「そ…それは光栄です……」
褒めながらも白刃取りから抜けようと、俺の頭を殴ろうとするのはどうしてなのかを聞きたいんですが。
「私の攻撃を受け止めたことに免じて、さっきのは撤回してやろう」
「な…何の撤回をですか?」
「それは貴様自身が良く分かっている筈だ」
やっぱり千冬さん俺の考えを読んでいるな。こりゃもう千冬さんの前で一夏関連について考えないほうが良さそうだ。
「あの、よろしければそろそろ出席簿を収めて欲しいんですが。いつまでもこんな状態だと、代表者を決めることが出来ないと思いますが?」
「…………ちっ」
この人舌打ちしながら出席簿を収めて教壇に戻ったよ! 俺の頭を殴れなかった事がそんなに悔しいのか!?
「さて、神代のせいで話の腰が折れてしまったが、誰が代表者になる?」
おいおい千冬さん、アンタ人のせいにしないでくれよ。自分から攻撃して来たじゃないか。こうなったら!
「はいっ! 俺は織斑一夏を推薦します!」
「ちょっと待て和哉! 何で俺を推薦するんだよ!」
「喧しい! 大人しくクラス代表になれ!」
「何いきなり意味不明な逆切れしてんだ!?」
お前に間接的な原因があるからだよ! そのせいで俺は千冬さんに要らんとばっちりを受けたんだからな!
「はいっ。私も織斑くんを推薦します!」
「っておい!」
ナイスだクラスの女子! これで一夏は晴れてクラス代表になって俺は楽を……。
「じゃあ俺は神代和哉を推薦する!」
「待て一夏! 貴様仕返しのつもりか!?」
「和哉だけ楽するなんてそうはいかないぞ!」
くそっ! 俺の考えを見抜いていたか!
「私も神代くんが良いと思います!」
「よっしゃ!」
「何がよっしゃだこの野郎!」
クラスの女子の一人が俺を推薦した事に一夏がガッツポーズをした。
「では候補者は織斑一夏と神代和哉……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」
って千冬さん勝手に決めてるし! 一夏はともかく、頭を殴る事が出来なかった俺に対する仕返しだな!
「お、俺!?」
「ちょ…ちょっと待って下さい織斑先生!」
一夏と俺はつい立ち上がってしまった。それによって視線の一斉射撃がコッチに来る。言うまでも無く、これは『彼等ならきっとなんとかしてくれる』と言う無責任かつ勝手な期待を込めた眼差しだ。その眼差しを俺の『睨み殺し』で一気に無くしてやろうか?
「織斑、神代。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないならこの二人の多数決で決めさせてもらうが」
「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらないから和哉に――」
最後まで反論する一夏だったが……。
「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」
ダメだこりゃ。千冬さんが言い切った以上、もう撤回する事は出来ないな。
「い、いやでも……」
「一夏、もう諦めるしかない。いっそここは……」
「ここは?」
「多数決の時に俺はお前を推す」
「テメェ和哉! だったら俺もお前を――」
俺と一夏が言い争いをしてる時、突然甲高い声が遮った。
バンッ!
「待ってください! 納得がいきませんわ!」
「「ん?」」
机を叩いて立ち上がったのは、さっきまで俺と一夏に絡んでいたセシリア・オルコットだった。これは嬉しい誤算だな。
「(おい一夏、ここはアイツを推薦してクラス代表にさせないか?)」
「(それは良いアイデアだな)」
あのおめでたいエリートさんに任せれば俺と一夏は楽が出来るからな。
「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
「………………………」
オルコットの発言に俺は少しばかりイラッと来てるが、それでも向こうは続ける。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
おいおいオルコットさん。アンタ千冬さんの目の前で日本人を猿呼ばわりするとは良い度胸してるじゃないか。ってか日本を島国と罵っているが、イギリスも同じ島国だろう。
「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」
ますますエンジンが上がっているオルコットは怒涛の剣幕で言葉を荒げる。代表にはなりたくないが、ここまで言われると頭にくるな。一夏も苛立ってそうな顔をしてるし。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」
ブチッ
あ、俺の堪忍袋が切れちゃった。
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
「それに人を猿扱いしているが、貴様もキーキー五月蝿い猿だろうが。特にイギリスの白猿はプライドが高い上に五月蝿くて敵わん」
一夏と俺は思った事を口にして、今更とんでもない事を言ってしまったと後悔した。
「なっ……!?」
やばいなこりゃ。
「(か…和哉、俺たち……)」
「(もう遅いから何も言うな)」
恐る恐る後ろを振り向くと、怒髪天と呼ぶに相応しいオルコットが顔を真っ赤にして怒りを示していた。あ~あ、これはもう無理だ。
「あっ、あっ、あなたたちは! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「先に日本を侮辱したのはそっちだろうが」
オルコットの発言に俺は突っ込みを入れるが、当の本人は忘れているかのように聞いていない。
「決闘ですわ!」
再びバンッと机を叩いて言って来るオルコット。決闘を申し込むなんて中々面白い事を言うじゃないか。
「面白い。なら今すぐ貴様の減らず口が二度と叩けないようにしてやろう」
「ちょ…ちょっと待て和哉! お前がそんな事したら……!」
ポキポキと指の骨を鳴らす俺に一夏が止めようとするが……。
「あら嫌ですわ。何を勘違いしてますの? わたくしはISでの決闘と言ってるんです。そんな野蛮な事を考えるなんて、これだから男は……」
「……………………」
俺の仕草を見てオルコットは侮蔑を込めて言い放ってきた事に、さっきまでの勢いが急に無くなった。
どうやらコイツは生身で戦う気は一切無いみたいだな。コイツも所詮ISが無ければ強気になる事が出来ないバカ女の一人と言う事か。期待して損した。
「………はあっ……一夏、お前はコイツと決闘する気か?」
「あ、ああ。そのつもりだが」
「あら、もう負けを認めるんですの? 早すぎではなくて?」
俺が溜息を吐きながら一夏に任せようとすると、オルコットは降参宣言と勘違いしていた。本当におめでたい奴だな。
「好きに捉えてろ。後は任せたぞ、一夏」
「お…おい和哉…………まぁ取り敢えず此処が血みどろにならなくて良かったな」
「ふんっ。まあ良いですわ」
どうでもいいように座る俺を見たオルコットは興味を無くしたかのように視線を外し、今度は一夏に狙いを付けた。それと一夏、最後の小声は聞こえてるからな。
「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い――いえ、奴隷にしますわよ」
「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」
「そう? 何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね! 一人は既にわたくしに怖気づいてますけど」
オルコットは自慢しながら、最後は俺に当て付ける様に言い放ってくる。
あまり俺を挑発しない方が良いぞ、オルコット。俺がその気になれば、お前の得意面を恐怖に怯える顔にする事が出来るんだからな。と言うか千冬さん、貴方はさっきから何も言ってませんけど、止める気は無いんですか?
「ハンデはどのくらいつける?」
「あら、早速お願いかしら?」
「いや、俺がどのくらいハンデつけたらいいのかなーと」
一夏の台詞にクラスからドッと爆笑が巻き起こった。
「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」
「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」
「織斑くんや神代くんは、それは確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」
クラスの女子達は本気で笑っていた。
確かに女子達の言うとおり、今の男は圧倒的に弱い。腕力は何の役にも立たない。確かにISは限られた一部の人間しか扱えないが、女子は潜在的に全員がそれらを扱える。それに対して、男は原則ISを動かせない。もし男女差別で戦争が起きたとしたら、男陣営は三日と持たないだろう。それどころか、一日以内で制圧されかねない。ISは過去の戦闘機・戦車・戦艦などを遥かに凌ぐ破壊兵器なのだから。
だがそれがどうした? ISと言う物は所詮兵器。もし男陣営が時間稼ぎをしてエネルギー切れにさせてしまえば、それはもうタダの鉄くずに過ぎない。もし複数の男と単身生身で戦う事態になったら、お前らは即座に対応出来るのか? 俺はそこを是非とも聞きたいんだが。
「……じゃあ、ハンデはいい」
「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデを付けなくていいのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」
さっきまでの激昂は何処へ行ったのやら、オルコットは明らかな嘲笑を顔に浮かべていた。
「ねー、織斑くん。今からでも遅くないよ? セシリアに言って、ハンデ付けてもらったら?」
一夏の丁度斜め後ろの女子が気さくに話しかけて、ハンデを付けるように促している。だが、その表情は苦笑と失笑が混じった物だ。
「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデは無くていい」
「えー? それは代表候補生を舐めすぎだよ。それとも、知らないの? 神代君はセシリアに勝てないと分かった上で棄権したんだし」
女子の発言に俺は噴出しそうになった。俺がオルコットに勝てないと分かったから棄権? く…くくく……だ、ダメだ、もう抑えられない……!
「く…くくくくく………ハハハハハ……ア~~ハッハッハッハッハッハッハ!」
「ど…どうしたの神代くん?」
俺の笑い声に一夏に話した女子だけでなく、他の女子達も一斉に俺を見てきた。
「ああ、ゴメンゴメン。あまりの発言に思わず笑ってしまったよ」
「それのどこがおかしいんですの? その人は事実を言ってるだけだというのに……」
オルコットが不快な表情で俺を見て言い放ってくる。俺の笑い声が相当お気に召さなかったみたいだな。
「さっきから黙って聞いてれば、お前等の頭の中が相当おめでたいって事が良く分かったよ。あまりの馬鹿さ加減に大笑いしてしまった」
『!!!』
「お…おい和哉」
俺の発言にオルコットだけでなく、他の女子達も俺を睨んできた。一夏だけは俺を止めるかのように言って来るが。
「随分な大口を叩きますわね。ISに大して乗ってもいない猿風情が」
「くっ……くくく……アハハハハハ!!」
「何がおかしいんですの!?」
再び笑う俺にオルコットはまた激昂し、他の女子達も気に入らないと言った感じだ。山田先生は慌てており、千冬さんは何か気付いたかのように俺をジッと見ている。
「いやいや、お前等って本当にISを前提にしか話していないからな。それを聞いてておかしくて……クククク……」
「和哉、それ以上は……」
「それのどこがおかしいんですか!? 別に間違ってはいないはずです!」
一夏が俺を宥めようとするが、オルコットは無視するかのように言い放ってくる。
「じゃあ聞くがオルコット。お前はもしISが使えなくなった場合、生身で男と戦う事態になったらどうする気だ?」
「そんな事態にはなりませんわ。そうなる前に叩きのめします」
オルコットの返答に他の女子達はウンウンと頷いている。コイツ等は本当に分かってないみたいだな。
「そうか。なら……」
「? 和哉、お前何を……」
言っても分からないバカ女には口で言うより身体で教えたほうが良さそうなので、俺は席を立って女子達の前に立つ。
「ちょ…ちょっと神代くん……」
山田先生が何かすると思って俺を止めようとしているが、千冬さんは止めようしない。寧ろ、止める気が無い感じだ。
「教壇の前に立って一体何をするつもりですの? 土下座でもするんですか?」
「俺がそんな下らん事をする訳が無いだろう。ちょっとお前等を試そうと思ってな」
「何を試すのですか?」
「それはな……」
「! ま…待て和哉! それは……!」
一夏が俺のやる事に気付いて止めようとするがもう遅い。
「女が男より強いと豪語する貴様等がどれだけ強いのかを、な」
両目を右手で覆い、そして手をどけると……。
ギンッ!
『!!!』
俺の目を見た瞬間に、教室中に殺気が充満し、先程まで威勢の良かった女達は一気に静まり返って怯え始めた。
「………(チラッ)」
「ひいっ!」
「あ…あ……あああ……」
「い…いや……いやぁ……」
「…………(ガクガクガクガク)」
俺が目を動かして女子の誰かに向けると、見られた女子達は悲鳴をあげる者、恐怖に怯えた顔をする者、震えながら歯をカチカチと音を立てる者が多数がいた。山田先生は涙目になって怯え、千冬さんは予想外みたいに驚いている。
これが師匠直伝の『睨み殺し』。自身の殺気を対象者にぶつけながら睨んで相手を萎縮させる一種の金縛り。俺がその気になれば相手の動きを麻痺させる事が出来るが、今は最小限に加減しているため怯え程度で済ませてる。師匠が加減しても口を開かせない状態にさせるが。
「おい和哉! もう止せって!」
教室が殺気で充満してる中、一夏だけが平気そうに俺を止めようとしていた。
「何故止める? 此処にいる女子達は俺や一夏より強いんだ。別に止める必要は無いだろう」
「見て分からないのか!? もう相手は完全に怯えてるぞ!」
一夏の言うとおり、女子達は俺の『睨み殺し』によって怯えている。
だが……。
「わ…わたくしが……! この程度で怯えると思ったら大間違いですわ……!」
女子の一人が強がりに近い発言をした。相手は言うまでもなく、イギリス代表候補生セシリア・オルコットだ。
「中々根性があるじゃないか、オルコット。真っ先にお前を睨んだと言うのに、まだそんな気力があるとは」
「だ…だ……代表候補生を舐めないで下さい!」
口では問題無いように言ってるが、あれは虚勢を張っているだけだ。俺がもう一段階殺気を込めれば、奴はもう完全に戦意喪失するだろう。だがそんな事をする必要は無い。
「じゃあ俺は今からお前にゆっくり近づいて、その傲慢な口を塞いでやるよ」
「止せ和哉!」
「!!!」
一夏が止めようとする中、俺はオルコットにゆっくり近づこうとするが……。
パアンッ!
「痛っ!」
突然、俺の頭から強烈な衝撃を受けた。それにより、『睨み殺し』で充満していた殺気が霧散した。
「ち…千冬姉!」
パアンッ!
「あだっ!」
「織斑先生と呼べと言ってるだろう」
一夏が咄嗟に名前で呼ぶと、即座に一夏の頭を出席簿で殴る千冬さん。
「いててて……何するんですか? 織斑先生」
「教室に殺気をばら撒くな馬鹿者」
「何故です? 俺は単に女子達が強いと豪語するから、どれくらい強いのかを確かめる為に……」
「そんな事をいつまでもやってると話しが終わらん。さっさと席に着け。今はクラス代表を決めている最中だ」
千冬さんは反論は許さんと言わんばかり、席に座れと言って来る。
確かに千冬さんの言うとおり、此処でいつまでもあんな事を続けていたら、クラス代表が決まる事がない。よって俺は引き下がる事にした。
「分かりました」
「よ、良かったぁ~」
俺が引き下がって席に着くと、一夏は殴られた個所を擦りながら安堵し席に着く。
「さて、神代がまた話の腰を折ってしまったが、勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコット、そして神代はそれぞれ用意をしておくように」
「ちょっと待って下さい、織斑先生。俺は勝負する気は無いんですが」
「お前はクラス代表候補者の一人に入ってる。どの道勝負する事に変わりは無い」
そうですか……。一夏はともかく、オルコットと勝負する気は毛頭無いんだが仕方ない。
「…………神代和哉……わたくしを怒らせたことを……たっぷりと後悔させますわ……!」
後ろからオルコットの小声が聞こえるが、未だに虚勢を張っていたのであった。