インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~ 作:さすらいの旅人
「織斑一夏」
ISの
「……なんだよ」
取り敢えず返事をする一夏。名指しをされた以上無視する訳にはいかないと言う感じだ。そんな一夏にボーデヴィッヒがふわりと飛翔してきた。
「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」
「イヤだ。理由がねえよ」
「貴様にはなくても私にはある」
ボーデヴィッヒの台詞に俺はある事を思い出す。一夏に対して強い憎しみを抱いている事を。
アイツは一夏に向かって『千冬さんの弟である事を認めない』とか言ってたな。それに加え千冬さんに向かって教官と呼んでいた。何故一夏に対してあそこまで敵視しているのかは知らないが、ボーデヴィッヒは過去にドイツで教官をやっていた千冬さんに教えられた事は分かった。
「おいおいボーデヴィッヒさん、アンタの事情は知らないが今コッチは訓練中で――」
「話の邪魔をするな。今は貴様に用は無い」
俺の台詞をバッサリと切り捨てるボーデヴィッヒは再び一夏の方に顔を向ける。
「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」
…………成程。そう言う事か。アイツが言ってる大会二連覇とは『モンド・グロッソ』の事で、千冬さんが決勝戦棄権の原因を作った一夏に恨みを抱いてるのか。
確か一夏から聞いた話では謎の組織に誘拐されて、それを知った千冬さんがすぐに駆けつけて助けられた……だったな。一夏があんまり言いたくなかったから、深くは聞かずにそれだけしか分からなかったが、千冬さんにとても申し訳ない事をしたって顔に書いていたからある程度は察した。千冬さんは大して気にしてはいないみたいだが。
だがそれはあくまで一夏と千冬さんの問題で、部外者であるボーデヴィッヒには関係の無い事だ。千冬さんの元教え子とは言え、そんな理由で一夏と戦う理由にはならないし、一夏自身も戦う気が無さそうだ。
「また今度な」
「ふん。ならば――戦わざるを得ないようにしてやる!」
そう言った直後、ボーデヴィッヒは漆黒のISを戦闘状態へとシフトさせる。そして左肩に装備された大型の実弾砲が撃たれた。
「「!」」
ゴガギンッ!
「……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」
「それともドイツの軍人は周りがどうなろうと知った事じゃない……などと言う自分勝手な考えを持っているのか?」
「貴様等……」
シャルルが即座にシールドを展開して実弾を弾き、俺は一夏に当たらないように身を挺する。それと同時にシャルルの右腕に六一口径アサルトカノン《ガルム》、俺の右腕からは刀を展開してボーデヴィッヒに向ける。
「フランスの
「未だに量産化の目処が立たないドイツの
「
俺とシャルル、ボーデヴィッヒは互いに涼しい顔をしたままの睨み合いが続く。
にしてもシャルルの装備
通常は一~二秒かかる量子構成をほんの一瞬と同時に照準も合わせていたからな。それが出来るから二十の銃器を装備してると言ったところか。事前に呼び出しを行わなくても戦闘状況に合わせて最適な武器を使用出来るだけでなく、同時に弾薬の供給も高速で可能だ。要するに持久戦では圧倒的なアドバンテージを持っており、相手の装備を見てから自分の装備を変更出来る強みがあると言う事だ。
シャルルが代表候補生、そしてその専用機が量産機のカスタム機である二つの理由に納得した。
『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』
睨み合いをしてる最中、突然アリーナにスピーカーからの声が響いた。さっきの騒ぎを聞いて駆けつけた担当の教師だな。
「……ふん。今日は引こう」
二度の横槍に興が削がれたのか、ボーデヴィッヒは戦闘体勢を解いてアリーナゲートへ去っていく。奴の性格から察するに、教師が怒り心頭で怒鳴っても無視するだろう。
「全く。先に喧嘩を吹っかけておきながら、何事も無かったかのように行くとは凄くいい根性してるな。そう思わないか、一夏?」
「一夏、大丈夫?」
「あ、ああ。二人とも、助かったよ」
ボーデヴィッヒがいなくなった事に俺とシャルルは警戒を解いて一夏の方を見る。
「今日はここまでにしておこう。奴の所為で周りがジッとこっちを見てるからな」
「そうだね。それに四時を過ぎたし、どのみちもうアリーナの閉館時間だしね」
「おう。そうだな。あ、銃サンキュ。色々と参考になった」
「それなら良かった」
一夏の礼ににっこりと微笑むシャルル。そんなシャルルに一夏は妙に照れてる感じになっているが、問題は次だ。
「えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」
そう、上がる時にはいつもコレだ。シャルルはIS実習後の着替えは一緒にしない。いや、したがらないと言った方が正しい。シャルルと一緒に着替えたのは転校初日のIS実習前だけだ。
シャルルが転校して数日経っていく内、俺は益々疑問が大きく膨らむ一方だった。あそこまで頑なに一緒に着替えを断ると言う事は、何かあるとしか言いようがない。もしかしたらシャルルが実は女だった……等と考えたくなかった。仮にシャルルが女だとしたら、後になってから凄く面倒な事になる。理由は言うまでも無く、箒達が黙っていないの一言だ。絶対に何かやらかして俺も巻き添えを喰らうのが容易に想像出来る。
とは言えまだあくまで仮定に過ぎないから、シャルルが女であるかどうかはまだ不明だから現状何とも言えない。とにかくシャルルが女で無い事を願う。
「というかどうしてシャルルは俺と着替えたがらないんだ?」
「どうしてって……その、は、恥ずかしいから……」
これもいつものやり取りで、一夏は着替えを断るシャルルを強引に誘おうとしている。流石に嫌がってる相手に無理に着替えようとする一夏もどうかと思うから、ここは俺が何とかしてやるか。
「一夏、シャルルがこう言ってるんだから早く行くぞ」
「ちょ! ま、待てよ和哉……!」
ぐいっと一夏の襟首を掴んで更衣室に向かおうとする俺に、一夏が文句を言おうとするが無視だ。
「和哉、早く一夏を連れて行きなさい。それと一夏、引き際を知らないやつは友達なくすわよ」
全くもって同感だ。
「こ、コホン! ……い、一夏さん。どうしても誰かと着替えたいのでしたら、そうですわね。気が進みませんが仕方がありません。わ、わたくしが一緒に着替えて差し上げましょう。和哉さん、申し訳ありませんが後はわたくしが――」
「こっちも着替えに行くぞ。セシリア、早く来い」
「ほ、箒さん! 首根っこを掴むのはやめ――わ、わかりました! すぐ行きましょう! ええ! ちゃんと女子更衣室で着替えますから!」
反論しようとするセシリアだったが、箒が有無を言わさず首をグイッと引っ張るので根負けした。
「さて、こっちも行くぞ一夏」
「わ、分かった。分かったから離してくれ和哉!」
「そうか。それじゃシャルル、先に行ってる」
「あ、うん」
シャルルにそう言い、一夏を連れた俺はゲートへ向かう。
「ったく。何も首を掴まなくても良いじゃないか、和哉」
「相手の事を考えないお前がしつこいからだ」
一夏の文句をさらりと流す俺は更衣室前で急停止をする。一夏も同様に。お互いIS操縦はかなり身に付いているからこれ位は出来て当然だ。
「しかしまあ、この更衣室を俺達だけ使うなんて贅沢っちゃあ贅沢だな」
「確かにな。俺と一夏とシャルルだけ使うにしても広すぎる」
がらーんと広い更衣室に入るとそこにはロッカーの数が五十程あって、当然室内も広い作りだ。俺達はISを待機状態のアクセサリーに変換し、俺はそのまま着替えを入れておいたロッカーを開け、一夏はベンチに腰掛けながらISスーツを脱いだ。
「はー、風呂に入りてえ……」
「着替える度に毎回そう言ってるな」
「シャワーだけじゃ物足りないんだよ。和哉も風呂に入りたいって考えた事は無いのか?」
「まあ気持ちは分からんでもない。俺も大浴場で汗を流す事が出来たらって時々考えてる」
「だろ? あ~あ、いつになったら大浴場が使えるんだろうな~」
「確か山田先生が大浴場のタイムテーブルを組み直してるって聞いてはいるが、いつになったら使えるのやら」
そう話してる内に俺達は着替え終わる。
「よし、着替え終わり」
「それじゃ行くか」
「あのー、織斑君と神代君とデュノア君はいますかー?」
更衣室から出ようとすると、ドア越しから呼んでいる声が聞こえた。声の主は山田先生のようだ。
「はい? えーと、織斑と和哉がいます」
「入っても大丈夫ですかー? まだ着替え中だったりしますー?」
「ああいえ、大丈夫ですよ。着替えは済んでます」
「そうですかー。それじゃあ失礼しますねー」
一夏が問い掛けに答えると、パシュッとドアが開いて山田先生が入って来る。どうでも良いが、圧縮空気の開閉音は一夏はとても気に入っている。
「デュノア君は一緒ではないんですか? 今日は織斑君と神代君と一緒に実習しているって聞いていましたけど」
「まだアリーナにいます。もう戻って来ているかもしれませんが、どうかしましたか? 大事な話があるんでしたら、俺がすぐに呼んで来ますが」
シャルルもいないとダメだと思った俺は連れてこようと言うが、山田先生は特に気にしないように言う。
「ああ、いえ、そんなに大事な話でもないです。後で織斑君か神代君のどちらから伝えておいてください。ええとですね、今月下旬から大浴場が使えるようになります。結局時間帯別にすると色々と問題が起きそうだったので、男子は週に二回の使用日を設けることにしました」
「本当ですか!」
話を聞いた一夏は感激の余りに山田先生の手を取った。風呂好きの一夏にとって嬉しい話だろう。
「嬉しいです。助かります。ありがとうございます、山田先生!」
「い、いえ、仕事ですから……」
「おい一夏、少しは落ち着け」
山田先生に感謝してる一夏に俺が落ち着かせるように言うが、当の本人はそんなのお構い無しだ。
「これが落ち着いていられるか。山田先生のおかげでやっと風呂に入れるんだぞ。山田先生、本当にありがとうございます」
「そ、そうですか? そう言われると照れちゃいますね。あはは……」
「あのさ一夏。俺からの視点で見ると、今お前は山田先生に迫ってるように見えるんだが?」
「せ、せま……!」
「………え?」
俺の台詞にやっと冷静になった一夏は、そのまま山田先生の顔を見て手を握っている事を確認する。箒達が見たら絶対に嫉妬する展開になりそうだな。
「……一夏? 何してるの?」
背後から声がすると、そこにはシャルルがいた。
「まだ更衣室にいたんだ。それで、先生の手を握って何してるの?」
「あ、いや。なんでもない」
シャルルの台詞に一夏は握っていた手を離す。山田先生も流石に俺やシャルルに言われて凄く恥ずかしくなったのか、一夏から開放されてすぐにクルンと回転して背中を向けた。
「二人とも、先に戻ってって言ったよね」
「お、おう。すまん」
「戻ろうとした直後に山田先生が来たから、此処で話し込んでたんだよ」
「ふ~ん」
俺が戻らなかった理由を言っても、シャルルは妙に不機嫌そうだ。特に一夏を見ながら。
「喜べシャルル。今月下旬から大浴場が使えるらしいぞ!」
「そう」
興奮気味な一夏とは対照的に冷静な返事をするシャルル。あんまり興味無さそうな感じだ。
「ああ、そういえば織斑君にはもう一件用事があるんです。ちょっと書いて欲しい書類があるんで、職員室まで来てもらえますか? 白式の正式な登録に関する書類なので、ちょっと枚数が多いんですけど」
「わかりました。――じゃあシャルル、ちょっと長くなりそうだから今日は先にシャワーを使っててくれよ」
「うん。わかった」
「和哉、夕食はいつもの時間な」
「ああ」
「じゃ山田先生、行きましょうか」
一夏は俺達に言った後、山田先生と一緒に更衣室を後にする。
「それじゃシャルル。俺もこれで」
「うん」
「ああそれと……」
「?」
更衣室を出ようとする直前に俺は、
「お前が一夏を見た時の不機嫌そうな顔……まるで女子みたいだったな」
「!!!」
そう言い残して更衣室から去った。
◇
「……………………もしかして和哉は気付いてるのかな?」
ドアを閉め、寮の自室に一人だけになったところでシャルルはベッドに座り、更衣室で和哉が言った事を考えていた。自分の事がバレているのではないかと。
「…………でも、あくまで『女子みたい』って言ってただけだから……だけど」
更衣室から出る直前にあんな事を言ったという事は、何かしら気付いているのは確かであると考えるシャルル。もしそうであれば和哉に何かしらの手を打たなければいけないと必死に模索するが、何一つ思い浮かばない。
(……ダメだ。今考えたところで何も浮かばない。シャワーを浴びた後に考えよう)
シャルルはクローゼットから着替えを取り出してシャワールームへと向かうのであった。