インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~ 作:さすらいの旅人
俺、神代《かみしろ》和哉《かずや》と織斑一夏は二月にあった高校受験の時に、前代未聞の出来事に遭遇して以降ウンザリする事……いや、迷惑極まりない事が色々あり過ぎた。
そして今現在は四月の上旬で、本日は高校の入学式。教室には初めて顔を合わせるクラスメイトがたくさんおり、全員無言となっている。
普通に考えれば、これは至極当然の事なんだが……。
ジィ~~~~~~~~~~
「(……和哉、これは想像以上にきつい)」
「(確かに。針の
俺と一夏を除く男子生徒以外のクラスメイトは全員女子だから普通じゃなかった。女子生徒達はそれはもう、穴が開きそうなほどにコッチを見ている。見られているコッチとしては溜まったもんじゃない。
そんな中、先程自己紹介をして黒板の前でにっこりと微笑む女性副担任の山田真耶先生。
身長は少し低めで、此処にいる女子生徒たちと大して変わらない。しかも服のサイズが合っていないのかダボッとしている。それによって本人が更に小さく見える上に、かけている黒縁眼鏡も大きめで若干ずれている。
山田先生の事を悪く言いたくはないんだが、正直言って『子供が無理して大人になりました』ってな感じで強調している不自然。恐らく俺の隣に座ってる一夏もそう思っている筈だ。
「では皆さん、一年間よろしくお願いします。分からない事がありましたら遠慮なく聞いてくださいね」
「…………………」
山田先生が挨拶をしても、女子生徒達は何の反応も示さない。ただ只管に俺と一夏をジイッと見ている。
「で、では次に自己紹介をお願いします。えっと、取りあえず出席番号順で」
若干うろたえている山田先生は何とか場の空気を変えようと話しを進める。
「(頼む和哉。この場をどうにかしてくれないか?)」
「(何故俺に振る?)」
「(お前一人だけ堂々としてるからだよ。って言うかさっきお前が針の筵って言ってたのに何にも感じないのか?)」
「(そりゃあ一夏と同じく居た堪れない気分だが、何も考えないでいた方が気が楽だぞ)」
「(こんな状況でそんなの無理だっての)」
一人ずつ立って自己紹介をしている最中に一夏が小声で助けを求めていたが、俺がアドバイスをしても当てにならないと言った感じで別の方を向いた。失敬だな一夏。人が折角アドバイスをしてやったと言うのに。
ん? 一夏が窓際に座っているポニーテールの女子を見ているな。まるでソイツに助けてくれと言わんばかりに……ひょっとして一夏の知り合いか?
そう思っていた俺だったが、一夏に見られていたポニーテールの女子は窓の外に顔を逸らした。あれ? 俺の思い違い?
と、そんな時……。
「……お、織斑一夏くんっ」
「おい一夏、呼ばれてるぞ?」
「え? ……あ、はいっ!?」
大声を出して呼ぶ山田先生に、一夏は突然の事に声が裏返っていた。お前なぁ、何もそこまで緊張しなくても良いと思うぞ。ほれ、女子達の方からくすくすと笑い声が聞こえるじゃないか。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? え~と――」
ちょっと山田先生。副担任である貴方が何故そんなに低姿勢でペコペコと頭を下げて謝っているんですか? 謝る箇所は一切無い筈ですけど。
と言うよりこの人は本当に年上で先生なんだろうか。これも言いたくないんだが、山田先生が実は俺達と同い年と聞いたらすぐに受け入れてしまいそうだ。
「ほら一夏、さっさと自己紹介しろ。すいません、山田先生。コイツ柄にも無く緊張してて」
「和哉、お前なぁ……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」
「ほ、本当に? や、約束ですよ! ありがとう神代君!」
がばっと顔を上げ、一夏の手を取って熱心に詰め寄り、俺に礼を言って来る山田先生。……あのう、そんな事してると余計に注目を浴びてしまうんですが。一夏も更に居た堪れない気分になってるし。
俺がそう思っていると一夏は立ち上がって後ろを振り向くと、さっきまで背中から受けていた視線が正面に向けられて気負けした。
「もう少し根性を見せてくれよ、一夏」
「う、うるさいな。……えっと、初めまして、織斑一夏です。よろしくお願いします」
一夏は儀礼的に頭を下げて、そして上げる………え? それだけ? それだけで他の女子達が納得すると思うか? 周りの女子達が『もっと色々喋って』とか『終わりじゃないよね?』みたいに期待の眼差しを送っているぞ?
「…………………」
一夏は無言だった。おいおい、本当にそれだけなのかよ。
お? 深呼吸をしたって事はまた何か言う気だな。良かった良かった。
と、安堵していた俺だったが……。
「俺からは以上です」
ゴンッ!
がたたっ!
見事に打ち砕かれてしまったので俺は頭に机をぶつけ、思わない展開に椅子からずっこける女子数名。
お前は女の恋心を壊すだけじゃなく、この空気も壊すのかよ!?
「え、え~っと……」
ほれ見ろ一夏。山田先生が完全に涙声じゃないか。本当にどうしてくれるんだよ。
パアンッ!
「うぐっ!」
「ん?」
突然、小気味良い音と同時に一夏が痛そうな声を発した事に俺はすぐに振り向く。
誰だよ、一夏を殴った奴は? いくら何でもそれは酷いから少しばかり抗議を…………前言撤回。相手が悪すぎるからとても出来なかった。
一夏を殴った張本人は黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身、よく鍛えられているボディライン。組んだ腕。極め付けは狼を思わせる鋭い吊り目。
そして一夏も何か気付いたかのように恐る恐る振り向くと……。
「げえっ、りょ、呂布だぁ!」
「いや違うだろ!」
パアンッ!
俺の突っ込みと同時に、呂布と呼ばれた女性はまた一夏の頭を叩いた。相変わらず凄い音だな。一夏もさぞかし痛いだろう。
「誰が三国志最強の武将か、馬鹿者」
その女性は一夏を叩いた後に突っ込みを入れる。と言うか一夏の姉である織斑千冬さん。本人は聞いてないですよ?
いくら自分の大事な大事な愛しい弟に愛の鞭を打つ為だからと言って……。
「神代、失礼な事を考えてる貴様は私に喧嘩を売ってるのか?」
「滅相もありません」
俺の考えを呼んだ千冬さんはコッチを睨んで一夏の頭を殴った出席簿を振り下ろそうとする姿勢を取っていたが、俺は何も考えていないように言い返す。
まあそれは別として、千冬さんが此処にいると言う事は、一夏の呆気に取られた顔を見る限り知らなかったみたいだな。それは俺にも言える事だが。
確か一夏から聞いた話しでは職業不詳で月一、二回ほどしか家に帰って来ないと言ってたな。俺が一夏の家に遊びに行ってた時に偶然会って、挨拶をしたから既に顔見知りになっているが。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「すまなかったな、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてしまって」
おやおや、さっきまで一夏と俺には低い声を発していたのに、山田先生相手には随分と優しい声だな。どうせ一夏は『呂奉先は何処へ言った?』って思ってるだろう。
「い、いえ、副担任ですから、これくらいはしないといけませんから……」
山田先生は先程の涙声は何処かへと無くなり、若干熱っぽいくらいの声と視線で千冬さんへと応えている。
この人ってもしかして千冬さんのファンなのか?
「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる為のIS操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛えぬくことだ。逆らっても構わんが、私の言うことは絶対に聞け。いいな?」
何と言う無茶苦茶な暴力発言。教師と言うより軍人と言った方が正しいと思うくらいの発言だ。
普通はあんな発言をされて不快に思う生徒がいると思われるが……。
「キャ~~~~~! 素敵ぃ! 本物の千冬様をこの目で見られるなんて!」
「お目にかかれて光栄です!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に北九州から来ました!!」
クラスメイトの女子の殆どが黄色い声援を響かせた。
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しくも本望です!」
「私、お姉さまの命令なら何でも聞きます!」
あまりの女子達の声援に、千冬さんは本当に鬱陶しそうな顔で見ている。
「……はぁっ。毎年毎年、よくもこれだけ馬鹿者共がたくさん集まるものだ。ある意味感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者だけを集中させるように仕組んでいるのか?」
ポーズを取っている千冬さんだが、あれは本心でそう思っているんだろう。相変わらず凄い人気者なんだなぁ、千冬さんは。
「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って! 鞭で叩きながら罵って!」
「でも時には優しい笑顔を見せて!」
「そして絶対につけあがらないようにキツイ躾をして私たちを跪かせて!」
正直、俺もこの女子達にウンザリしていた。さっきから物凄く五月蝿いから。と言うかコイツ等はマゾなのか?
「で? 神代の後押しを無駄にしながらも、挨拶も満足に出来んのか、お前は」
わお。さっきまでとは打って変わって一夏に辛辣な言葉を吐くとは。本当は一夏に容赦ないな、この人。
「織斑先生。こんな状況なんですし、流石にそれは酷かと……」
「和哉の言うとおりだって、千冬姉。俺は――」
パアンッ!
一夏は千冬さんに本日三度目殴られた。一夏、いくら姉弟だからと言って流石に公共の場で名前で呼ぶのはちょっと不味いぞ。
「そこの神代と同じく織斑先生と呼べ、馬鹿者」
「……はい、織斑先生」
やれやれ。一夏も一夏だが、千冬さんも千冬さんだな。このやり取りによって二人が姉弟だってバレてしまったし。
「え……? ひょっとして織斑くんって、あの千冬様の弟なの……?」
「それじゃあ、世界で男で『IS』を使えるっていうのも、それが関係してるのかな? あ、でも、もう一人いるんだった」
「ああっ、いいなぁっ。立場を代わってほしいなぁっ。そうしたら私がお姉様の妹に……」
「織斑くんの隣にいる神代君って、もしかして親戚かな?」
「だとしたら、それもそれで羨ましいなぁっ」
はい、無視無視。言っておくが俺は織斑姉弟の親戚でも何でもないぞ。
俺と一夏は今、世界で『IS』を使える男二人であるため、公立IS学園にいる。
IS学園。それは――詳しくは原作かwikiを参照し……って、俺は何とんでもないメタ発言をしてるんだ? 端的に言うと、IS操縦者を育てる教育機関で、学園の事や資金については全て日本が行い、各国の共有財産でもあり情報を公開する義務を持つ学校だ。
流石にこんな説明じゃ分かり辛いと思うので、話し言葉で要約すると、『貴方たち日本人が作ったISにより、世界は混乱していますから責任を持って人材管理と育成のために学園を作って下さい。技術も此方に渡すように。それと運営資金の方は日本で賄って下さいね』と丁寧に言ってるが、某A国が甘い汁を吸う為と責任逃れする口実だった。向こうの身勝手極まりない要求に憤慨したいが、それに屈してアッサリと承諾する日本もどうかと思う。ま、どうせA国は日本と結んでいる色々な条約等を盾に取って脅したんだろう。そうでなけりゃ今頃日本は断固拒否の姿勢を取っているからな。
で、そのIS学園に俺と一夏がいる事になった理由は、IS学園の試験会場でテスト用ISを動かしたからだ。
何故そこに行ったかと言う理由は………一夏が|藍越(あいえつ)学園と|IS(アイエス)学園を間違えてしまったためである。『同じ高校を受けるんだから一緒に行こうぜ』、と一夏に言われたがままに付いて行ってしまった俺もあんまり人の事は言えない。
「ところで神代。お前はもう自己紹介はすませたのか?」
「いえ、まだですが」
「そうか。ならさっさと終わらせろ」
命令口調で言って来る千冬さん。文句を言いたいところだが、この人相手にすると色々と面倒な事になるから従って席を立つ。
「えっと、神代和哉です。そこにいる一夏と同じ境遇で偶然ISを動かせる事になり、このIS学園へ入学する事になりました。特技……と言うほどではありませんが武道をやっており、趣味は読書です。これから一年間よろしくお願いします。もうついでに言っておくと、俺は一夏と織斑先生の親戚ではありませんので悪しからず」
「………………………」
俺の自己紹介にさっきまで千冬さんに声援を送っていた女子達が静かになった。俺そんなにおかしな事でも言ったか?
「和哉、何でお前はスラスラと答える事が出来るんだよ……俺とは大違いじゃないか」
「一応どう言うかは考えていたからな」
「自己紹介が終わったなら、さっさと席につけ」
千冬さんが座るように命じてきたので、俺はすぐ席に座ると一夏も押し黙った。
「さあ、|SHR(ショートホームルーム)はもう終わりだ。あまり時間が無いので、諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらうぞ。その後実習だが、基本動作は半月で身体に染みこませてもらうぞ。いいか、いいなら返事をしろ。文句があっても返事をしろ、私の言葉には絶対に返事をしろ。いいな?」
鬼教官と呼ぶに相応しい台詞を放つ千冬さん。
この織斑千冬と言う人は、第一世代IS操縦者の元日本代表だ。しかも公式試合の戦歴は無敗。そして世界最強であり、『ブリュンヒルデ』の称号を持っている。本人はその称号で呼ばれるのを嫌っているが。
まあとにかく、そんな凄い肩書きがある人だから、凛として言い放ち鬼教官みたいな台詞を堂々と言えるのだ。
そう言えば千冬さんって何故か突然引退したんだよな。それは一夏も知らないみたいで、どこで何をしているのかが全く分からないと言ってたし。
俺がそう考えていると一夏は千冬さんを心配して損したみたいな顔で見ていたが……。
「織斑。さっさと席につけ、馬鹿者が」
千冬さんは弟である一夏を馬鹿呼ばわりして命じていた。
あ、一夏が若干不貞腐れてるし。千冬さん、少しは弟を優しく接してあげなよ。