インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~   作:さすらいの旅人

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第22話

 試合当日、第二アリーナ第一試合。組み合わせは一夏と鈴。

 

 噂の新入生同士の戦いと言う事があって、アリーナは全席満員。席以外にも通路で立って見ている生徒もいて、アリーナ全体が埋め尽くされていた。会場入り出来なかった生徒や関係者は、リアルタイムモニターで干渉するしかない。

 

 因みに俺は箒やセシリアと一緒に、千冬さんや山田先生がいるピットでモニターを見ている。

 

「さて、果たして一夏が俺達との特訓を活かす事が出来るかどうか――」

 

「出来ますわ。何しろわたくしと和哉さんが教えたんですから」

 

 俺が不安混じった台詞を言ってる最中、セシリアが遮って断言してくる。

 

「ふっ。それもそうだな」

 

「………………」

 

 セシリアの断言に俺が頷いていると、箒は何も言わずただ只管モニターに写っている一夏を見ていた。

 

「確か鈴のISは『甲龍(シェンロン)』だったな。それも一夏と同じく近接格闘型……」

 

 モニターで写っている一夏と『白式』、鈴と『甲龍』が試合開始の時を静かに待っている。『甲龍』はブルー・ティアーズ同様、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が特徴的。肩の横に浮いた棘付き装甲(スパイク・アーマー)が、かなり攻撃的な自己主張をしている。一夏の事だから、アレで殴られたら痛そうだと考えているに違いない。

 

「しかしまぁ、鈴のISの読み方はどうもなぁ……」

 

「和哉さん、どうかしましたの?」

 

「いや、何でもない……はぁっ……」

 

「?」

 

 溜息を吐く俺に不可解な顔になるセシリア。

 

 まぁそれはともかくとして、鈴のISの名称を以降から『シェンロン』と呼ぶには抵抗があり過ぎる。世界で某大人気マンガのアレ(・・)を連想してしまうから。これは俺だけじゃなく一夏も絶対に考えている筈だ。だから俺は敢えてあのISの呼び方を「こうりゅう」と呼ばせて貰う。漢字ではそう読めるからな。後で確認の為に一夏にも聞いてみよう。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

 俺が結論付けてるとアナウンスが流れた。それによりモニターに移ってる一夏と鈴は空中で向かい合う。距離は大体五メートルってところだ。

 

「一夏さんは何やら相手と話しているみたいですわね」

 

「恐らく鈴の事だから、謝れば手加減してやるとか何とか言ってるんだろう」

 

「だとすると一夏さんの性格を考えれば……」

 

「そんなのは絶対に断るだろうな」

 

 一夏は真剣勝負の類で手を抜くのも抜かれるのも嫌いだからな。ま、勝負とは本来そんなもんだ。全力でやる事に意味があるのだから。

 

「今度は俺抜きで勝てると良いが……」

 

「勝ってもらわないと困りますわ」

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 セシリアと話していると、アナウンスの試合開始宣言と同時にピーッとブザーが流れる。それが切れる瞬間に一夏と鈴は動いた。

 

「お、一夏がセシリアに習った三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)を使って鈴の初撃をかわしたな」

 

「流石ですわ一夏さん」

 

 鈴の攻撃をかわす一夏だが苦い顔をしていた。それもその筈。鈴が手にしている異形な形をした青龍刀を使って、バトンでも扱うように高速回転をしながらの斬り込みをさばくのに苦労しているからだ。

 

 一夏が鈴から距離を取った瞬間、ばかっと鈴の肩アーマーかがスライドして開いた。そして中心の球体が光った瞬間、一夏が何故か殴り飛ばされたかのように吹っ飛ぶ。

 

「なんだあれは……?」

 

 さっきまで黙って見ていた箒が呟く。

 

「鈴が何かしたのは分かるが……同時に一夏が見えない拳で殴られたように吹っ飛んでるし。アイツは一体何を使ったんだ?」

 

 俺が不可解な顔をしながら見ていると、隣にいるセシリアが答えた。

 

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す兵器です。ブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵器ですわ」

 

 セシリアの解説に俺は聞いていたが、箒は既に上の空だった。ダメージを受けた一夏を見て聞く余裕が無くなったんだろう。

 

「ふむ……。要するに鈴の兵器は肉眼で視認する事の出来ない衝撃を放ったって事か?」

 

「そういうことです。おまけにあの衝撃砲は砲身斜角がほぼ制限無しで撃てるようですわ。真上真下はもちろん、真後ろまで展開して撃てるようですし。ただし射線はあくまで直線ですが……」

 

「アレに死角が無いから問題無いんだろ?」

 

「ええ……」

 

 モニターで一夏が鈴が放っている衝撃砲を避けているのを見て、俺とセシリアは話しをしている。

 

「あの衝撃砲ってのはハイパーセンサーで感知する事は出来ないのか?」

 

「空間の歪み値と大気の流れを探らせる事は出来ますが、感知しても既に撃っているから手遅れですわね」

 

「そうか……」

 

 となると、あの状況を打開する為には一夏がどこかで先手を打たなきゃいけないってところか。

 

(それをやる為には《雪片弐型》が鍵だな)

 

 俺は一夏が右手で握り締めている刀を見ながら、先週の訓練を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『バリアー無効化攻撃』?」

 

「それが一夏の白式のシールドエネルギーがゼロになった原因ですか?」

 

 一夏と俺が聞き返すと、千冬さんが小さく頷いた。

 

 セシリア戦の後、俺と一夏はどうしていきなり、一夏のシールドエネルギーがゼロになったのかをあれこれ考えていた。

 

 試合時のIS活動記録(アウト・ログ)を見て、俺は一夏が展開した武器が原因じゃないかと気付いた。それについて千冬さんに聞いてみたところ、見事に当たり説明されて今に至る。

 

「《雪片》の特殊能力が、それだ。相手のバリアー残量に関係なく、それを切り裂いて本体に直接ダメージを与えることができる。そうすると、どうなる? 神代」

 

「はい。ISの『絶対防御』が発動して、大幅にシールドエネルギーを削ぐことが出来る……で、良いんですよね?」

 

「その通りだ。私がかつて世界一の座にいたのも、《雪片》のその特殊能力によるところが大きい」

 

 成程。千冬さんは身体能力と雪片の力があったからこそ世界最強と謳われていたのか。千冬さんが世界最強であった理由は、三年に一度行われるISの世界大会『モンド・グロッソ』で優勝したからだ。その時は第一回大会であり、千冬さんは初代世界最強であった。そんな凄い姉に弟の一夏はさぞかし複雑だろう。現に一夏はとても複雑な顔をしているからな。

 

「ってことは、最後の一撃が当たってたら俺が勝利を飾ってた?」

 

「当たっていればな。大体、なぜ負けたと思う」

 

「え? 何でか知らないけどシールドエネルギーが0になったからだろ?」

 

「なぜか、ではない。必然だ。《雪片》の特殊攻撃をおこなうのにどれほどのエネルギーが必要になると思っているのだ。馬鹿か、お前は」

 

「あのなぁ一夏。0になった原因がその雪片だってさっきから言ってただろうが。ちゃんと話しを聞けよ」

 

「……あー」

 

 呆れながら言う千冬さんと俺に一夏は漸く分かった顔になった。気付くの遅すぎだっての。

 

「全くお前は……。使ってる本人が分かってないで、神代が分かってどうする……」

 

「となると、雪片の特殊能力は自身のシールドエネルギーを攻撃に転化しているから『バリアー無効化攻撃』が可能になっているんですね?」

 

 理解が遅い一夏に千冬さんが頭に手を当てている時、俺が尋ねるとすぐに頷いてくる。

 

「つまり、欠陥機だ」

 

 欠陥機って……千冬さん、それはちょっとどうかと思いますが。

 

「欠陥機!? 欠陥機って言ったよな、今!?」

 

 一夏が千冬さんに突っ込むと……。

 

 

バシンッ!

 

 

 即座に頭を叩かれてしまった。一夏、千冬さんが姉でも今は教師なんだから言葉遣いには気をつけような。

 

「織斑先生、いくらなんでも欠陥機とは流石に……」

 

「そうだな。言い方が悪かったな。ISはそもそも完成していないのだから欠陥も何もない。ただ、他の機体よりちょっと攻撃特化になっているだけだ。おおかた、拡張領域(パススロット)も埋まっているだろう?」

 

「そ、それも欠陥だったのか……」

 

「一夏、話しは最後まで聞けっての」

 

「全くだ。本来拡張領域用に空いているはずの処理をすべて使って《雪片》を振るっているのだ。その威力は、全IS中でもトップクラスだ」

 

 千冬さんの説明に一夏が何か思い出した顔になっているが、千冬さんはそのまま言い続ける。

 

「大体、お前のような素人が射撃戦闘などできるものか。反動制御、弾道予測からの距離の取り方、一零(いちぜろ)停止、特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)、それ以外にも弾丸の特性、大気の状態、相手武装による相互影響を含めた思考戦闘……他にもあるぞ。できるのか? お前に」

 

「あの、織斑先生。もうそこまでにした方が……」

 

 俺が千冬さんの一夏に対する執拗な問いに俺が間に入るが……。

 

「……ごめんなさい」

 

 一夏がショボ~ンと言うような感じでガックリと首を誑しながら謝っていた。一夏の様子を見て千冬さんは短く「わかればいい」と頷いた。

 

「そう落ち込むな一夏。お前は一つの事を極める方が向いているよ。何しろお前は織斑先生の弟だからな」

 

「………おい神代、それは私の台詞なんだが」

 

「あ、すいません。つい……」

 

 顔を顰めている千冬さんに俺は咄嗟に謝るが、それでもご機嫌斜めだった。

 

「和哉……やっぱりお前が一番頼りだよ」

 

「そうか? じゃあ今から俺が近接戦闘を教えて――」

 

「その必要は無い」

 

「え?」

 

 俺は思わず千冬さんを見ると、そこには更に不機嫌オーラ全開の千冬さんが立っていた。

 

「お前みたいな未熟者が織斑に教えたら変な癖が付いてしまう可能性がある。故に私が教えてやる」

 

「未熟者って……確かにそうですが、俺はあくまで一夏に近接戦闘の基礎を教えようと……」

 

「私が教えた方が手っ取り早い。ついでに貴様にも教えてやるから、織斑と一緒にアリーナに来い」

 

「は、はい……」

 

 全て言い切った千冬さんは去って行った。

 

「な、なぁ和哉。俺の気のせいか、千冬姉が物凄く不機嫌そうにお前を睨んでいた気がするんだが……」

 

「………正にその通りだよ」

 

 原因は何となく分かる。一夏が俺を頼っているのを見た事に、ブラコンの千冬さんは物凄く気に食わなかったんだろう。本当なら姉の自分に頼られるところの立場を、俺が奪ってしまったからな。

 

「千冬姉を怒らせるような事でもしたのか?」

 

「……………お前が原因だ(ボソッ)」

 

「え? 今何て言った?」

 

「何でもない。とにかくアリーナへ行くぞ」

 

「ちょ、ちょっと待てよ和哉!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、アレ以降は織斑先生自ら一夏に近接戦闘と急加速停止の基礎を教えましたよね。俺はついででしたけど」

 

「ふんっ……」

 

 俺は先週の事を思い出しながら、セシリアから離れて千冬さんに話しかけた。

 

「それに箒との剣道訓練で、刀の間合いと特性を把握する事も出来ましたし。あとは一夏の気持ち次第ってところですね」

 

「………まるで織斑の事を良く分かっているかのような言い方だな」

 

「そりゃまぁ。一夏とは中一の頃から付き合いですから分かり……あ、姉である織斑先生ほどじゃありませんが」

 

 俺はまた余計な事を言ってしまったと思って咄嗟に言い直したが……。

 

「別に取り繕う必要など無い。お前と一夏がよく一緒にいるのは知ってるからな」

 

「そ、そうですか……」

 

 何でもないように言う千冬さんに内心安堵した。

 

 てっきりまたブラコンの一面を出して俺を睨むかと思っていたが……。

 

「そんなにお望みなら睨み以上の事をしてやろうか?」

 

「何をですか?」

 

 考えを読む千冬さんに俺はポーカーフェイスでやり過ごした。今は一夏と鈴の試合に集中しておこう。

 

「お、一夏が何かやりそうですね」

 

「……………………」

 

 俺を睨んでいる千冬さんも、モニターで一夏が鈴の攻撃をかわしながら何かをする事に気付く。

 

「ひょっとして一夏は、この一週間で身につけた技能である『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使う気ですかね?」

 

「出しどころさえ間違えなければ、アイツでも代表候補生クラスと渡り合えるが……」

 

「通用するのは一回だけ、ですね?」

 

「そういうことだ」

 

 そして一夏は鈴の隙を突いて瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、接近したところを雪片で鈴に攻撃をする瞬間……。

 

 

ズドオオオオオンッ!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 突然大きな衝撃がアリーナ全体に走った。この場にいた俺達も突然の出来事に驚愕している。

 

「な、なに!? なにが起きましたの!?」

 

「一夏……!」

 

「い、今の音は何か突き破る感じだったが……」

 

 生徒の俺達が戸惑っていると……。

 

「システム破損! 何かがアリーナの遮断シールドを貫通してきたみたいです!」

 

「試合中止! 織斑! 凰! ただちに退避しろ!」    

 

 山田先生が原因を言うと、千冬さんは即座に一夏と鈴に退避命令を出した。その直後にアリーナ全体は異常態勢になり、アリーナ席は完全封鎖状態になる。

 

「ん? アイツ等、退避命令が出てるのにピットに戻る気配が無いぞ?」

 

 モニターでは一夏と鈴が何か言い争っている感じだ。この状況で一体何やってるんだよアイツ等は。

 

 俺が二人に呆れていると、一夏が咄嗟に鈴を抱きかかえてさらった直後に、二人がさっきまでいた空間が熱線で砲撃された。

 

「い、今のはビーム兵器か?」

 

「わたくしのISより出力が上でしたわ!」

 

 ビーム兵器と分かったセシリアは驚愕していた。レーザー兵器を扱うセシリアとしては当然の反応だ。

 

 モニターでは一夏に抱きかかえられている鈴は恥ずかしがっているのか、一夏の顔にパンチをしている。そんな時にまた、煙を晴らすかのようにビームの連射が放たれた。

 

「おいおい、あれ程の出力で連射も可能なのかよ……」

 

「き、規格外にもほどがありますわ……」

 

 セシリアが呟くと、煙が完全に晴れて射手たるISがふわりと浮かんでいた。

 

「な、なんですの、あのISは?」

 

「姿からして異形のISにしか見えないな……織斑先生、あのISはご存知ですか?」

 

「そんなのこっちが知りたいくらいだ。私もあんなISは初めて見る」

 

 俺の問いに織斑先生は知らないと答えながら真剣な顔をして、敵ISをジッと見ている。

 

 あのISは深い灰色をしており手が異常に長く、つま先よりも下まで伸びていた。しかも首と言う物が無い。まるで肩と頭が一体化しているような形だ。

 

 何より一番の特異なのが、敵ISは『全身装甲(フル・スキン)』だった。

 

 本来、ISは部分的にしか装甲を形成してない。何故かと言うと必要無いからだ。防御は殆どシールドエネルギーによって行われている。故に見た目の装甲と言うのは大して意味が無い。当然、防御特化型ISで物理シールドを掲載している物もあるが、敵ISのような全身装甲はしていない。

 

 それに加えてあのISの巨体差は、普通のISとは全然違うと言うのが物語っている。頭部は剥きだしのセンサーレンズが不規則に並んでいる。それに……。

 

「どうやらあの巨大な両腕からビームを出していたみたいだな。おまけにビーム砲口は左右合計四つときた」

 

「あんなのとても人間が扱える代物ではありませんわ!」

 

 腕部もかなり異常だ。セシリアの言うとおり、とても人間が使える物じゃない。 

 

 そう思っていると、山田先生は一夏と鈴に通信を入れておりやっと繋がった。

 

「織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に行きます!」

 

 いつものドジな雰囲気が無く威厳がある声で言う山田先生に……。

 

『――いや、先生たちが来るまで俺たちで食い止めます』

 

 通信先から一夏は断り、何と敵ISの相手をすると返答してきた。

 

「おい一夏、お前本気か?」

 

『本気だ。あのISは遮断シールドを突破した。それはつまり、いまここで誰かが相手をしなきゃ観客席にいる皆に被害が及ぶ可能性があるからな』

 

「それはそうだが……一つ訊く。鈴との戦いで消耗し切ったお前に、あのISを食い止める事が出来るのか?」

 

『違うぞ和哉。出来るんじゃない。やらなきゃいけないんだ』

 

「ほう」

 

 一夏の返答を聞いて俺は少し感心した。あの一夏が俺に強く断言するから。

 

「ふっ。お前からそんな頼もしい台詞が聞けるとはな。では見せてもらおうか」

 

『ああ』

 

「ちょ、ちょっと神代くん! 何を言ってるんですか!? 織斑くんも!」

 

 俺の発言に山田先生は怒鳴るが、一夏は全く聞いていなかった。

 

『いいな、鈴』

 

『だ、誰に言ってんのよ。そ、それより離しなさいってば! 動けないじゃない!』

 

『ああ、悪い』

 

「織斑くん!? だ、ダメですよ! 生徒さんにもしものことがあったら――」

 

「山田先生。あのISが攻撃を仕掛けてきましたから、一夏達はもう聞いてませんよ」

 

 モニターには敵ISが体を傾けて突進し、一夏たちはそれを避けて集中しているのであった。 


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