インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~ 作:さすらいの旅人
ピットにて、リアルタイムモニターで試合を見ている山田真耶と織斑千冬がいた。
「やっぱり織斑くんと神代くんでは、オルコットさん相手だと防戦一方にならざるを得ないですね」
「山田先生はそう見えるか?」
「そう見えるって……どういう事です?」
千冬の台詞に真耶が尋ねる。
「確かに現状では織斑と神代がオルコットの攻撃を避けるのが精一杯だ。オルコットもそう思っているだろう。だが……」
「だが?」
「考えてみろ。二人掛かりだというのに、織斑と神代のどっちかがオルコットに攻撃してもおかしくない。にも拘らず二人揃って何故回避ばかりしている?」
「そう言えば……確かにおかしいですね。普通はどちらかが反撃してる筈なのに……」
「織斑の性格を考えれば、回避しながらでも必死にオルコットに近づこうとしている筈だ。だが織斑は近づこうともせず、ずっと回避行動を続けている……神代の指示でああしているんだろう」
「神代くんがですか? どうしてそんな事を? 攻撃もせずに回避だけに専念させるなんて、何の意味があるんでしょうか?」
「恐らく神代は、自分や織斑が未だにISの操縦や反応速度に慣れていないから、それを解消する為に敢えて回避行動を取っているんだろう。あいつ等はISに乗り始めて、そんなに時間は経ってないからな。だから僅かな時間でも慣れようと必死に動いて回避している。そんな神代の思惑に微塵も気付いていないオルコットは、物の見事に挑発に引っ掛かってひたすら撃ち続けているがな」
「はぁ~~……。神代くんって色々考えていますね。凄いです」
「尤も、神代がそんな手の込んだ事をしなくても、オルコットを簡単に倒すことは出来るがな」
「え?」
◇
俺と一夏が反撃もせずに回避し続けてかなり時間が経つと……。
「――二十七分。持った方ですわね。褒めて差し上げますわ……と言いたいところですが、一体どういうつもりですの?」
「何がだ?」
「惚けないでください! 何故あなたたち二人揃って反撃もせずに避けてばかりいるのですか!?」
オルコットが未だに反撃しない俺達に向かって叫んだ。
俺と一夏のどちらかがオルコットの攻撃を惹き付けて、どちらかが攻撃すると思っていたんだろう。だがいつまでも回避行動を続けてるから、そろそろ痺れを切らしたか。
「どうする和哉?」
「ふむ……その前に一夏、もうISの操縦は慣れたか? それとシールドエネルギーの残量は?」
「取り敢えずは一通り慣れて思うように動ける。エネルギーもまだまだ余裕だ」
「そうか。だがもうちょっと様子を見るぞ。アイツにはまだ奥の手があるみたいだからな。それを見てから反撃に移るとしよう」
「分かった」
俺達は周りに聞かされない様にプライベート・チャネルを利用してる。オルコットに聞かれでもしたら作戦がバレるからな。
そしてすぐにオープン・チャネルに戻してオルコットに言い放つ。
「おいおいオルコットさんよ。いつまでもそんな攻撃だけじゃ俺達に当てられないぞ? もう下手過ぎて欠伸が出るくらいに」
「っ………! 言ってくれますわね……! さっきから逃げているだけの臆病者が……!」
「それはアンタの実力を測ろうと敢えて攻撃しなかっただけだ。俺がその気になればアンタ程度は簡単に倒せるんだが、それだけじゃ詰まらないと思ってな。ほらほら、さっさと本気を出しな。本気を出さないまま素人に負けるのは、アンタにとって最大の屈辱だろう?」
「……わ、わたくし程度……ですってぇ!(ビキビキッ!)」
「うわぁ……流石は和哉……。セシリアがブチギレ寸前だ」
俺の台詞にオルコットが堪忍袋の緒が切れそうな顔になっているのを、一夏は俺が挑発しているのを止めようともせずに冷や汗を掻きながら見ている。オルコットを挑発するから黙って見てるようにって言っておいたからな。
因みに俺がさっき言った前者はISの反応速度に対応する為の嘘だが、後者は本当だ。その理由は、もし俺が試合が始まった直前、オルコットに『睨み殺し』を使って動きを止めさせれば良いだけだ。いくらアイツがISを使って強気になってるとは言え、あの時の最小限に抑えた『睨み殺し』で怯えていたなら、全力でやれば確実に動けなくなる。そうなればあっと言う間に俺と一夏のワンサイドゲームになってオルコットは無様に敗北する。
だがそんな勝ち方をしては詰まらない。折角ISに乗っているんだから、もっと把握しておかないとな。生身では地上戦しか出来ないが、ISは空中戦も出来るから視野を広めないといけないし。
「まぁ俺の睨みに怖気付いていたアンタが本気を出す事は無いだろうけど」
「~~~~!!!(ブチブチッ!)」
「あ、今何か切れる音が聞こえた……」
俺の最後の一言でオルコットの堪忍袋の緒が完全に切れたみたいだ。
「そこまで言うのでしたら見せてあげますわ! そして後悔なさい! わたくしを本気にさせたことを!」
そう言ってオルコットは自分の周りに浮いている四つの自立機動兵器の先端部分が外れた。アレが特殊装備である『ブルー・ティアーズ』……ってか機体と同じ名前かよ。
まぁアイツがさっきまでの二十七分間に、余裕な顔をして『この特殊装備『ブルー・ティアーズ』を積んだ実戦投入一号機ですから、機体にも同じ名前が付いていますの!』ってベラベラと喋っていたからな。聞いてもいないのに態々教えてくれてありがとよ。
「さぁ覚悟なさい神代和哉! もう泣いて謝っても絶対に許しませんわ!」
オルコットの台詞と共に、命令を受けたブルー・ティアーズ――ごっちゃになるから以下はビット――が四機多角的な直線機動で接近してきた。
「面白い! 今度は四機同時攻撃か! 再び散開だ一夏!」
「お、おう!」
俺と一夏がバラバラに動くと、ビット三機が俺に、一機が一夏に狙いをつけた。
「よっ! ほっ! はっ!」
取り囲むかのように放ってくるレーザーを俺は踊るように避けている。
「くっ! さっきから反撃もせずにちょろちょろと避けてばかり! あなた本当にやる気があるんですの!?」
「さあねぇ! おっと危ない!」
ビットはレーザーを数発撃った後に自立機動兵器の所へ戻り、先程外れた部分へ再びドッキングした。
そして……。
「さっさと墜ちなさい!」
キュインッ!
「あ~らよっと!」
次にオルコットがレーザーライフルを放ってきたが、俺はまた避けた。
思った通りだ。やはりアイツはビットを展開してる最中に自分は一切攻撃せず、戻って来た後にライフルを使っているな。
「和哉! アイツやっぱり!」
一夏も当然それに気付いていた。回避しながらオルコットの攻撃パターンもちゃんと見ておけと言っておいたからな。
「どうやらその様だな。よし。ここから反撃開始だ! 行け一夏!」
「その言葉を待ってたぜぇ~~!」
「!」
俺が指示を下すと一夏は武器を構えながらオルコットへと近づいた。
それに気付いたオルコットもすぐに一夏の方を見て、すかさずまたビットを展開して一夏を狙った。
一夏が四機のビットから放たれているレーザーを辛うじて避けている間に……
「どうしたオルコット! 手元がお留守だぞ!」
「なっ!?」
俺もオルコットに接近し、拳で攻撃をすると……。
ガギンッ!
派手な音と一瞬の火花が散った。
オルコットが咄嗟に持っているレーザーライフルを盾代わりにして俺の拳を防いだのだ。
「ははは! 漸く近づけたな、オルコットさんよ!」
「くっ!」
「そらもう一丁!」
「!」
再び俺がもう片方の拳を使って攻撃しようとするが、オルコットはすぐ後方に回避して距離を取った。
「何だよ。もうちょっと接近戦に付き合ってくれよ」
「ひ、人が別の方へ意識を向けている最中に攻撃とは……随分卑怯な事をしますわね!」
「卑怯? 何を言ってる。この試合はアンタが望んだ2対1だぞ? アンタもそれを分かった上で了承しただろうが。けど良いのか? 俺の方に集中してて」
「! しまった!」
俺の台詞にオルコットが気付いて一夏の方を見ると、そこには既に二つのビットが両断されて爆発していた。
そして一夏は三機目のビットも破壊しようと斬撃するが……。
「くっ! も…戻りなさい!」
その台詞と同時にビットがすぐにオルコットの下へ戻ると、一夏も俺の方へと近づく。
「ははは、ナイスだ一夏。よく壊せたな」
「レーザーを避けている最中に突然動きが止まったんだ。和哉がセシリアに攻撃した瞬間にな。セシリア! あの兵器は毎回お前が命令を送らないと動かないんだろ!?」
「で、その時にアンタはそれ以外の攻撃は一切出来ない。制御に意識を集中させているからな。俺と一夏の言ってる事がどこか間違ってたら訂正して欲しいんだが、どうなんだ?」
「…………!」
オルコットが引き攣った顔をしていると言うことは図星みたいだな。さて、残りのビットは二機。それにもう軌道も読めた。あのビットは必ず俺達の反応が一番遠い角度を狙ってくるからな。
ISの全方位視界接続は完璧だが、それを使っているのはあくまで人間だ。真後ろや真下、真上などはどうやっても直感的に見る事が出来ない。送られた情報を頭の中で一回整理している時、そこにはコンマ数秒の遅れが生じるからな。当然オルコットはそれを突いて来ている。故にそれは逆に言ってしまえば、『何処に来るのかを自分で誘導できる』と逆手に取れるって事だ。
(ん? 一夏がさっきから左手を閉じたり開いたりしているな)
ふと一夏の手を見た俺は顔を顰めた。確か一夏は以前に、あんな事をしていた時に何かしらのミスをしていたな。試合が今のところ俺達の思惑通りに運んでいるから、少しばかり慢心しているだろう。
「和哉、ここからは一気に攻めるぞ。今なら俺たちが攻撃を仕掛けても勝てそうだからな」
「馬鹿を言うな。ビットを二つ壊したからと言って調子に……」
「大丈夫だ。もうアイツの攻撃パターンは見切ったからな。それに距離を詰めればこっちが有利だ!」
「あ! コラ馬鹿! 一人で突っ込むな!」
一夏は俺の言う事を聞かずに単身でオルコットに突進してしまった。
◇
「はぁぁ……。すごいですねぇ、織斑くんと神代くん。あの二人、凄く息が合ってますね」
真耶が溜息混じりに感心して呟いているが、千冬は対照的に忌々しげな顔をしていた。
「あの馬鹿者。浮かれているな……神代もそれに気付いている」
「え? どうして分かるんですか?」
「さっきから左手を閉じたり開いたりしているだろう。あれは、あいつの昔からのクセだ。あれが出るときは、大抵簡単なミスをする。神代もそれを知ってて諌めているみたいだが」
「へぇぇぇ……。さすがご姉弟ですねー。そんな細かいことまでわかるなんて。けど神代くんも流石ですね。織斑くんの事を良く分かっているみたいで」
真耶の発言に千冬はハッとした。
「ま、まあ、なんだ。あれでも一応私の弟だからな……あいつが私より神代ばかり頼っているのが少々気に食わんが……」
「あー、照れてるんですかー? 照れてるんですねー? それに大事な弟を盗られた神代くんにも嫉妬ですかー?」
「…………………」
千冬が無言で真耶に近づき……。
ぎりりりりりっ!
「いたたたたたたたっっ!!」
ヘッドロックをかますと、真耶はとても痛そうな顔をしていた。
「私はからかわれるのが嫌いだ」
「はっ、はいっ! わかりました! わかりましたから、離し――あうううっ!」
「それと何故私が神代のような小僧に嫉妬しなければいけないんだ? そこを是非聞かせて貰いたいんだが?」
「ご、ごめんなさい! あ、あれは単に……!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる真耶を余所に、箒はずっと無言でモニターを見つめていた。
「…………………」
何もせずにただ黙って見守っている箒。だが表情には色々なものが含まれていた。
(一夏……和哉……)
箒が内心そう呟いていると、試合は大きく動いた。
◇
オルコットの間合いに入った一夏は、振り下ろした刀でもう一つのビットを撃墜する。俺も後を追うように、一夏を狙っている最後のビットをIS独自の無重力機動で回し蹴りをして吹き飛ばす。
「ナイスだ和哉! 俺はこのまま!」
「待て一夏! 不用意に近づくな!」
俺が言っても一夏は聞かずにそのままオルコットに急接近すると……。
「――かかりましたわ」
「!」
オルコットの台詞と笑みで一夏は気付いたがもう遅かった。
その後にオルコットの腰部から広がるスカート状のアーマーの突起が外れ、動いた。
「おあいにく様、ブルー・ティアーズは六機あってよ! 神代和哉の言うとおりにしていれば良かった物を!」
一夏は回避しようとするが間に合わなかった。おまけにさっきまでのレーザー射撃を行うビットではなく、『
そして……。
ドカァァァァンッ!!
「一夏ぁぁぁぁぁぁ~~~!!」
ミサイルが一夏に直撃して爆発したのを見た俺は叫ぶしかなかった。
◇
「一夏っ……!」
モニターを見つめていた箒が思わず声を上げた。
同時にさっきまで騒いでいた千冬と真耶もソレを見た途端、急に真剣な顔をして中止する。
「――ふん」
爆発の煙が晴れたとき、千冬は鼻を鳴らした。だがその顔には安堵の色がある。
「機体に救われたな、馬鹿者め」
千冬がそう言うと、モニターの画面からは純白である白式の機体があった。
それも真の姿で。
◇
「………どうやら俺の杞憂だったな」
「さて、これで漸く1対1になりましたわね」
俺が未だに一夏がいるところを見て安堵していると、オルコットはそれを気にせずに俺を見ていた。
「1対1? 何を言ってる。一夏はまだやられていないぞ?」
「何を馬鹿なことを。先程わたくしが放ったミサイルでやられたではありませんか」
一夏を倒したと勘違いしているオルコットは、さっきまで激昂していた様子が無くなり余裕な顔をしていた。
「ならあそこで無傷な状態である一夏をどう説明するんだ?」
「え? …………なっ!」
俺が指を差すとオルコットが思わずその方へ顔を向けた途端に驚愕した。そこにはダメージが無くなり、そしてより洗練された姿をしている白式の姿と一夏がいた。
「漸くフォーマットとフィッティングが終わったみたいだな」
「あれは……
「そう言う事だ。にしてもあの馬鹿。第一段階が完了するまで次のステップに進むなって言っておいたんだが……」
「!」
俺の台詞にオルコットは再び驚愕しながら気付いた顔になってコッチを見る。
「ま、まさかあなたが言っていた第一段階とは……あの機体の
「まぁな。それ以外にも俺と一夏がISの操縦に慣れる為と、お前の戦い方も観察していたんだ。一石二鳥……いや、この場合は一石三鳥と言うべきだな。アンタは一切疑問を抱かずに、俺の思惑通り動いてくれたって事だ。中々滑稽だったぞ。アンタご自慢の
「……………………」
種を明かす俺に、オルコットはわなわなと震えていた。まさか自分が道化を演じさせられていたなんて、夢にも思わなかったんだろうな。
そうしている内に一夏が俺の方へと近づいてくる。
「和哉、悪かった。下手に調子に乗って」
「全くだ」
謝ってくる一夏に俺はズバッと切り捨てる。
「それに関しては後で説教だ。で? 機体の調子は?」
「バッチリだ」
「そうか」
改まって姿が変わった白式を見てみると、特に目が行ったのは武器だった。
「刀がさっきまでと大違いに変わったみたいだが?」
「ああ。これは《
「雪片? 確かソレは……」
「そう。かつて千冬姉が振るっていた専用IS装備の名称だ。刀に
雪片の所以を聞いてると洒落に聞こえてしまうだろうが、俺は全然そんな風に聞こえなかった。
「和哉、俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」
「ふ~ん」
本心で言ってる一夏に俺はちょっと意地悪な質問をする。
「じゃあ聞くが、その最高の姉さんを持ったお前はこの先どうするつもりだ?」
「もう姉さんから守られるだけの関係を終わりにする。これからは――俺も、俺の家族を守る」
「……は? あなたたち、何を話して――」
オルコットの突っ込みを無視して、俺と一夏は会話を続けている。
「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!」
「ほう? 一夏が守るねぇ……」
それって千冬さんを倒そうとする俺からも守ると言う事なのかな?
「俺は元日本代表の弟だからな。それが不出来じゃ、格好が付かない。あの格好いい千冬姉が格好付かないなんて、冗談もいいところだ。笑えもしない。というか、逆に笑われるだろ」
「そうか? 千冬さんはそんな事を気にする人じゃないと思うが。それに――」
「だからさっきから何の話を……ああもう、面倒ですわ!」
俺と一夏の会話を聞いていたオルコットが痺れを切らして、コッチに攻撃を仕掛けようとしていた。
「一夏、止めは譲ってやるから今度はちゃんと決めろよ?」
「分かってるって!」
そして弾道を再装填したビットが二機、オルコットの命令で飛んで来た。さっき一夏にやった多角形直線機動を。
「見える!」
一夏はそう言った直後……。
ギンッ!
雪片を使って横一閃すると、ビットが両断された。しかしビットは完成のまま俺と一夏の横を通り過ぎて、そして爆発した。
「ほう? あのビットを一瞬で切り伏せるとは流石だな」
「まあな。さて今度は……!」
一夏は再度オルコットへと突撃した。さっきまでと違い、一夏の動きが格段に上がっている。
ビットを簡単に両断されて呆然としていたオルコットは反応が遅れて一夏の接近を許してしまっていた。
「おおおおっ!」
一夏の掛け声と共に雪片の刀身が光を帯びていた。
「これで決まりだな」
オルコットの懐に飛び込んで、下段から上段への逆袈裟払いを放つのを見て俺は勝利を確信したと思っていたが……。
『織斑一夏、シールドエネルギーが0になりましたので退場してください』
「………はい?」
予想外な事に、一夏のシールドエネルギーが無くなっていた。おかしい。ダメージを受けていたとは言え、まだ残っていた筈なんだが。
「あれ………? な、なあ和哉……これは一体?」
「…………取り敢えずお前は早く戻れ」
全力で『なんで?』と言う顔をして訊いて来る一夏に、俺は退場するように言った。一夏と向き合っていたオルコットも、ぽかんと口を開けて呆然としている。
そして一夏は不可解に思いながらも退場し、それを見た俺はオルコットと向き合う。
「おいオルコット、いつまで呆けてるんだ? 試合はまだ終わっちゃいないんだが」
「え? ………あ、ああ! そ、そうでしたわね!」
俺の突っ込みにオルコットは再び集中する。
「全く! 一体あの方は何なんですの!? いきなり退場になるだなんて!」
「それに関しては申し訳無いな」
ん? 何かオルコットの奴、一夏に対する認識を改めているような気がするが……今はそんな事どうでもいいか。
「まぁそれはそれとしてだ。一夏の馬鹿が場の空気を白けさせたお詫びとして、ここは俺がアンタを倒し、俺の勝利で終わらせるとしよう」
「あなたの勝利で終わらせる? 随分と強気ですわね。完全に一人となったあなたに何ができますの? もはやあなたに勝ち目は無いと言うのに」
「それはどうかな? 前にも言ったが俺はアンタに負ける気は無い」
「まだそんな減らず口を……っ!」
突然オルコットが口を噤んだ。理由は簡単。俺がオルコットに加減した『睨み殺し』をしているからだ。
「どうしたオルコット? また前と同じく怯えているじゃないか」
「………お…怯えてなんていませんわ!」
「そうか? その割には震えているように見えるが……まぁ良い」
一々そんな事を聞く為に『睨み殺し』を使っているわけじゃないからな。
「訊くがオルコット、お前には目標があるか?」
「は、はぁ? いきなり何を……?」
俺の問いにオルコットは怯えながらも、分からずに返事をしているが構わず続ける。
「俺はこの学園に来て目標が出来た。それは……『IS学園最強』になることだ」
後日、この台詞により俺はIS学園の全校生徒に喧嘩を売る引き金となった。
だがさっき言った目標はあくまで通過点に過ぎない。師匠を倒す事が俺の最大の目標だからな。その為に先ずは学園最強の千冬さんを倒さないといけない。
「あ、IS学園最強になるですって? そんなふざけた……」
「俺は本気だ。ふざけていない。それともオルコット。お前は最強を目指す事無く、ただのエリート止まりでいるつもりなのか? 代表候補生程度で満足していると?」
「! そんな事ありませんわ! わたくしはいずれイギリス代表になると言う目標を……!」
「だったら証明しろ! お前が本当にイギリス代表になる目標があるんだったら、その意思を俺に見せてみろ! もし此処で俺に怯えたまま無様に負けたら、貴様は一生『口先だけの女』と言う烙印を押されるぞ! それで良いのか!? セシリア・オルコット!!」
「!!!!」
俺の叫びにオルコットは雷を打たれたかのように静かになった。嵐の前の静けさと言って良いほどに。
「………………………………………」
「何も言い返さないと言う事は、本当に口先だけで良いという事か。ならば……」
俺は一撃で決めようと構えていたが……。
「………ませんわ」
「ん?」
「冗談じゃありませんわ! このセシリア・オルコットを甘く見ないで下さい! わたくしはこんなところで無様に終わるつもりはありませんわ!」
「ほう……」
急にオルコットが息を吹き返したかのように、先程まで怯えていた顔が完全に無くなっていた。
「神代和哉! わたくしの全身全霊を持ってあなたを倒します!」
「はっ! やっとその気になったか! そうでなくちゃ面白くない!」
俺は拳を、オルコットは銃を互いに構える。
「そんなアンタには俺の全力を見せてやる!」
「来るなら来なさい! 打ち落としてやりますわ!」
そう言った俺とオルコットは構えたまま動かなかった。
「はあっ!」
俺が掛け声を出して最高速度でオルコットへ突進した。オルコットは即座にレーザーライフルを放ち、
「! 何故すり抜けて……」
「残念! それは俺の残像だ!」
「なっ!」
俺は既にオルコットの懐にいた。さっきオルコットがレーザーで打ち抜いた俺は、高速移動中に残した俺の影。
これぞ宮本流奥義『
ISに乗って使うのは初めてだったが、取り敢えず上手くいって何よりだ。
「喰らえ!」
そう言った俺は上半身のバネだけを捻ってオルコットの腹に強烈な拳を繰り出す。
その名は……。
「宮本流奥義『砕牙(さいが)・零式(ぜろしき)』!」
ズドンッ!!
「ガハッ!!」
シールドエネルギーがあるとは言え、腹に直撃したオルコットはそのまま地面へと吹っ飛び……。
ズドォォォォォンッ!!!!!!
そのまま地面へと激突した。
それを見ていた観客達は余りの出来事に驚愕していた。恐らくピットにいる一夏や箒、そして山田先生もさぞかし驚いているだろう。千冬さんは分からんが。
土煙が晴れている中、俺はそのまま地上へと着地する。目の前には巨大な穴があり、その中心には倒れているオルコットがいた。
「ふむ……本気を出したとは言え、少々やり過ぎたかな?」
「う……うう……ま…まだですわ……」
「ほお」
俺の台詞が聞こえたのか、オルコットはレーザーライフルを杖代わりにして立ち上がる。
「アレを喰らってもまだ立ち上がれるか。シールドエネルギー様々だな。もしそれが無かったら、アンタの体は完全ズタボロになってたけど」
ま、ISが守ってくれるのを知ってた上で打ったんだけどな。
「はあ……はあ……わ、わたくしは……このようなところで……負ける訳には……!」
「もう止せ。まだシールドエネルギーが残ってるとは言え、そんな状態じゃもう戦えない。立っているのがやっとじゃないか」
「はあっ……はあっ……まだ……勝負は付いていませんわ……! さあ続けましょう! 神代和哉!」
「………………良いだろう」
揺るがない意思を見せて対峙するオルコットに俺は再び構えた。
「なら今度はもう立てないように気絶させてやる」
「はあっ……はあっ……その前に……このライフルであなたを撃ち抜きますわ!」
「ふっ。出来るものなら、な!!」
足が完全にふらふらであるオルコットに、俺は止めを差そうと突進する。
「あっ………」
「!」
ガシッ!
急にオルコットが意識を失って前のめりに倒れそうになるところを、俺は咄嗟に支えた。
「おい大丈夫か? オルコット」
「…………………………………」
オルコットの顔を見ると完全に気を失っていた。
「どうやらもう無理みたいだな…………。織斑先生、シールドエネルギーが残っても相手が気絶した場合はどうなるんですか?」
『そんなの訊くまでも無いだろう』
俺が千冬さんに通信を入れて予想通りの返答が帰ってくるとブザーが鳴り響き……。
『試合終了。勝者――神代和哉・織斑一夏ペア』
終了のアナウンスが流れたのであった。
「見せてもらったぞセシリア・オルコット。お前の揺るがない意思を、な」
俺はそう言いながらオルコットを運びながらピットへと向かった。