インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~ 作:さすらいの旅人
それではどうぞ!
IS学園に戻った翌日の早朝。
久々に寮の部屋にあるベッドで目が覚めた時、これもまた久しぶりの光景を目にした。
隣にあるもう一つのベッドには俺のルームメイトである一夏が眠っている。別にそれは何ともない。問題なのは一夏が眠っているベッドにもう一人いる。タオルケットに包まれている誰かが。
ソイツは以前ドイツの代表候補性――ラウラ・ボーデヴィッヒだ。以前に俺達の部屋に忍び込んだ事があるので、俺は驚かないどころか少し呆れた。また勝手に忍び込んだのか、ってな。
久しぶりに見た光景に呆れながらも、取り敢えず未だに眠ってる一夏に任せる事にした。朝のトレーニングをやる為に一通りの準備を終えた俺は部屋を出る事にした。竜爺の修行が終わっても、朝にやる事はもう日課になってるからな。
本当なら竜爺の家で朝のトレーニングをやっていた一夏も誘うつもりだったが、今回はラウラがいるので止めておくことにした。それに久々の寮で寝ている所為か、いつもなら俺と同じく起きてる筈だが、起きようとする気配が全然無い。
けどまぁ、一夏を誘わなかったのは正解だった。何故ならトレーニングを終えた俺は現在――
「はっ! やぁっ! たぁっ!」
「ふっ! やるじゃないか、神代。少し見ない内に一段と腕を上げたな」
「そりゃあ、師匠の家で修行しましたから、ね!」
千冬さんと手合わせをしているからだ。
さっきまでは俺の猛攻に千冬さんは防戦一方の状態だったが、お返しと言わんばかりに反撃をされている。
竜爺との修行で少しは千冬さんに近付いたと思いながら挑むも、それは大間違いだと反省した。俺の攻めに、千冬さんは苦も無く受け止めるだけでなく、紙一重に躱している。
夏休み中は事務仕事に追われてて身体が少し鈍ってると愚痴を零していたのに、そんなのを微塵も思わせないほどの動きだ。流石は元世界最強だと内心驚いた。
どうやら俺が千冬さんに勝てる日は、まだまだ先になりそうだと思った。未だに実力差は子供と大人か。言うまでもなく俺が子供で、千冬さんが大人だ。
だがしかし、俺としてはこのまま何事もなく終わらせるつもりはない。せめて千冬さんの驚く顔を見なければ割に合わない。
やるとするなら……そうだ。アイツが使っていたあの奥義を使ってみよう。見様見真似だが、それでも千冬さんを驚かせる事が出来る筈だ。
そう決断した俺は一旦千冬さんから離れようと距離を取った。
「ん? 何のつもりだ、神代? 組手中にいきなり下がるとは、お前らしくないな」
「折角なので、今回の夏休みで覚えた奥義を披露しようかと思いまして」
「ほう」
奥義と聞いた千冬さんが興味深そうに目を細めた。すると、今度は一歩も動こうとはせずに待ち構えようとしている。
あれは真っ向から受け止める気満々だ。しかも、どんな奥義なのかと期待してるような目になっているし。
「ならばやってみろ」
「そうですか。では」
「む? 待て、その構えは……」
アイツと同じ構えをした事に気付いた千冬さんが何か言おうとするも、俺は気にせず実行しようとする。
相手が一拍子目で動くより前に、素早く動き出す技――篠ノ之流古武術裏奥義『零拍子』を。
「ッ!?」
俺が零拍子を使った事が完全に予想外だったのか、千冬さんは驚愕しつつも即座に距離を合わせようと半歩下がる。
(ここだ!)
その半歩が着地するよりも前に、俺は右手で千冬さんの手首を掴み、そのままグイッと強く引き寄せる。更には拳となってる左手で、千冬さんの顔面に目掛けて突き出す!
ガシィッ!!
「ちっ!」
千冬さんが咄嗟に右手で拳を受け止めた事に俺は思わず舌打ちをした。
互いに相手の両腕を掴んでいる状態の為に、今は至近距離で見つめ合っている俺と千冬さん。
「驚いたぞ。まさかお前が『零拍子』を使うとはな。それは篠ノ之流裏奥義の筈なのだが……どこで知ったんだ?」
「この前の修行の時、一夏が俺の師匠相手に披露したんですよ。その後、一夏からやり方を少しばかり教えてもらいました」
「………成程な」
出所が一夏だと知った千冬さんは少し考えるような顔をしながらも納得していた。
「あの未熟者から教わって、ここまでやるとは流石だな。と言いたいところだが、私から見ればまだまだ付け焼き刃に過ぎん。及第点も与えられんな」
「でしょうね」
竜爺にも披露した時、千冬さんと似たような事を言っていた。更には『まだ動きに無駄がある為に遅くなっている』んだと。
因みに本物の零拍子は、接近された対象が認識される寸前に投げ飛ばすみたいだ。俺の場合、千冬さんを投げ飛ばす事が出来ないので、敢えて拳による至近距離の攻撃にした。
「ところで、そろそろ離れてくれないか?」
「おっと、失礼しました」
互いに相手の手を掴み、更には至近距離で見つめ合っていれば確かに誤解されてしまうな。特に山田先生、もしくは一夏あたりが酷い誤解をするだろう。
言われた通り俺は掴んでいる手首を放した。千冬さんも倣うように、俺の拳を受け止めていた手を放す。
だが――
「おわっ!」
「なっ!」
偶然と言うべきなのか、急にバランスを崩してしまった。
このままだと千冬さんを押しつぶしてしまう。なので俺は咄嗟に千冬さんの腕を掴みながら抱き寄せ、身体を回転するように位置を変えた。
その結果、俺の背中が地面に激突する事となってしまった。背中の痛みはあれど、普段から鍛えられてる俺にしては大した事はない。
「ててて……すいません、織斑先生。大丈夫ですか?」
「あ、ああ……。おい、今のは態とか?」
「偶然ですよ、偶然。と言うか、俺が先生相手にそんな事するわけ無いでしょう」
仮に千冬さんに命知らずな行動をすれば、俺はすぐにぶちのめされてしまう。千冬さんからの折檻によって。
「そうか。ならば今度は放してくれ。こんな状態だと、いつまでも起き上がれないんだが」
「え? ………あ、す、すいません!」
やべ~! 咄嗟に身体をずらした事によって、今は俺が千冬さんを抱き締めている状態になっているんだった!
非常に不味い状況になってるのを理解した俺は、即座に起き上がって千冬さんから離れた。高速移動をするように。
「全く。私の身を守る為にやったとは言え、随分と大胆な事をするじゃないか。マセガキめ」
「別に下心があってやった訳じゃないんですが……」
そんな事をしたら一夏に殺されてしまう。アイツ本人は否定してるけど、かなりのシスコンだからな。
でもまぁ自己とは言え、千冬さんの身体は意外と柔らかかったな。元世界最強でも、そこはやっぱり女性だ。おまけに綾ちゃんや本音とは違う、大人の女性特有な良い匂いもしてた。
っと、不味い。こんな事を考えてたら千冬さんに何をされるか分かったもんじゃないな。ついでに一夏からも。
「本当なら今すぐに矯正したいところだが、そろそろ朝食の時間だからここまでにしておこう」
ほっ。どうやら助かったようだ。
俺が内心安堵していると――
「だが事故とは言え、教師の私にセクハラをした罪は重い。罰として明日は私の手伝いをしてもらうぞ」
「ですよね~」
やはり千冬さんはそう簡単に許してくれなかったようだ。
あ~あ。明日は夏休み最終日なのに、よりにもよって千冬さんの仕事の手伝いをしなけりゃいけないなんて……ツイてないな。
少し憂鬱な気分になりながら部屋に戻っていると、途中でラウラと会った。何故かスク水姿で。
「む、師匠か。おはよう」
「おはよう、ラウラ。何か不機嫌そうだが、どうしたんだ?」
スク水になってる事は敢えて突っ込まず、何故不機嫌な表情をしてる事について訊く事にした。
「……ちょっとな。あと師匠、出来れば一夏に言っておいてくれ。相変わらず嫁としての自覚が足りないとな」
「は? おい、何を言って……」
俺からの問いに答えるラウラだったが、途中からおかしな事を言ってて訳が分からなかった。何となく一夏関連の事は分かるんだが。
再度ラウラに訊こうとするが、当の本人は言いたい事を言ったのか、颯爽と何処かへ行ってしまった。
意味不明な返答だったので、今度は一夏に訊いてみようと部屋へ足を運び――
「えっと……これに書いてある企画イベントに、皆で行こうって言った途端に不機嫌になったんだ。俺も訳が分からなくて」
「そう言う事だったのか。はぁっ……」
原因を尋ねてみると、ラウラが怒っていた理由が判明した。
一夏が持っている企画イベントの用紙には堂々と『夏の終わりに縁日デート』と書いてある。にも拘わらず、この唐変木は皆で行こうって言った。そりゃラウラが怒るのは当然だ。
「あ、そうだ和哉。良かったら一緒に行かないか?」
「………悪いがパスだ。俺は明日、用事があるからな」
何を考えているのか、この唐変木は俺を誘おうとしていた。デート関連のイベントなのに、男の俺まで誘うなよ。変な誤解をされるだろうが。尤も、誘った本人はそれに全く気付いていないから、本当に性質が悪いことありゃしない。
あ~あ、何か明日の光景が容易に想像出来るな。一夏に誘われた女性陣が二人っきりのデートだと舞い上がってる翌日に真実を知った直後、物凄くどん底な気分に突き落とされて不機嫌な顔となる光景が。
それにしても……一夏が持ってきた企画は何となくだけど、ちょっと面白そうだな。もしも千冬さんの手伝いがなければ、本音に声を掛けて誘ってみたかったんだが……。ま、そりゃ無理だな。本音がこんなデート企画のイベントに付き合ってくれる訳がない。俺と本音はあくまで友人同士の関係にすぎないし。
今回は本音や黒閃じゃなく、千冬メインの話でした。
久しぶりに千冬との絡みもやってみたかったので。