インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~ 作:さすらいの旅人
アップルパイを作って一時間と数十分後。完成したソレを皿に乗せ、匂いが出ないよう袋に入れ、そしてすぐに生徒会室へと向かった。
「あれ、神代君?」
「どうしたの? 確か今日は織斑君とトレーニングじゃなかった?」
寮から生徒会室まで向かう途中、本音と仲の良い友人の鏡と谷本と遭遇した。
「ちょっと訳ありで修行は急遽中止にしたんだよ」
「………ええ!? 神代君が中止!?」
「嘘! いつも欠かさずにトレーニングしてる神代君が!?」
俺が中止したと聞いた途端、二人はびっくり仰天する。と言うか驚き過ぎなんだが。
「何だよその反応は? 俺だって中止する時ぐらいはあるぞ」
「だ、だって、いつも凄いトレーニングを楽しそうにやってる神代君からあんな台詞を聞くとは思えなくて」
「そうだよ。もしかして体調でも崩したの?」
………コイツ等が普段から俺をどう言う風に見ているのかが少し分かったような気がする。多分俺を根っからの修行バカだと思ってるんだろう。
修行が好きなのは認めるが、俺だって中止する時ぐらいはあるっての。失礼だな。
「俺は至って普通だよ。修行を中止にしたのは、ちょっと本音に会いに行こうと思ってな」
「え? 本音に? ………ああ~」
「なるほど~。そういうことか~」
俺が本音に会いにいく理由を言うと、さっきとは打って変わるように鏡と谷本は意味深な笑みを浮かべる。
「確かに本音ってばこのところ神代君とハグしてなかったね~。アタシも気になってたけど、なんとなく分かったよ~」
「その手に持ってる袋から察するに……アップルパイでご機嫌取りってとこね」
「? おい二人とも、言ってる意味が分からないぞ。俺はただ――」
本音がここ最近元気がなさそうだったから、アップルパイで元気付けようと思っただけなんだが。
鏡と谷本は何か変な勘違いをしてるんじゃないかと思った俺はすぐに言おうと――
「言わなくても分かってるわ、神代君」
「早く本音と仲直りしてきなさい。あの子は今生徒会室にいるから」
――するが、二人はすぐに立ち去ってしまった。
アイツ等、絶対に何か誤解してるな。ってか仲直りってなんだ? 俺と本音は別に喧嘩なんかしてないんだが。
本当ならすぐに二人を呼び戻して訂正したいところだが、一先ず後回しにしよう。今は本音に会いに行かないとな。でないとアップルパイが冷めちゃうし。
そう結論した俺は再び生徒会室へ向かおう為に再び足を運ぼうとする。
そして更に――
「どうしたの神代君、トレーニングは? え、本音に会いにって……ああ、そういうことね。仲直り頑張って!」
相川や――
「トレーニングはどうしたの、神代君? ああ、本音に……ちゃんと仲直りしないと駄目よ」
鷹月や――
「ほほ~う、本音にねぇ~。そのアップルパイなら直ぐに許してくれると思うから頑張って」
岸原からも、何か変な誤解をされていた。
最早ツッコム気力も無かったから、俺はもう気にせずやっと生徒会室に着いた。
いきなり不躾に入る訳にはいかないので、コンコンッと扉にノックをして相手からの返答を待つ。
……………………あれ?
コンコンッ
聞こえなかったのかと思いながら再びノックするが……十秒以上経っても全く返事がなかった。
おかしいな。この時間帯には一人は必ずいる筈なんだが……何でいないんだ?
もしかして出払ってるのかと思ってドアを開けてみると、鍵は掛かってなくてすぐに開いた。
おいおい、虚さんにしては不用心だな。誰もいない生徒会室の鍵を………って本音がいるじゃんか!
「ぐ~……ぐ~……」
しかも椅子に座りながらテーブルの上に突っ伏して寝てるし。道理で反応が無い訳だ。
楯無さんと虚さんは……やっぱりいないか。多分、生徒会の仕事で出てるんだろう。
「ぐ~~……」
「ったく、コイツと来たら……」
寝てる本音に少し顔を顰めながら近づく俺は、アップルパイを入れてる袋をテーブルの上に置く。
「おい本音、起きろ。誰もいないからって寝てるんじゃない」
「う~~ん……むにゃむにゃ……」
本音の肩に手を置いてユサユサと揺らして起こそうとするが、起きようとする気配が無かった。
やっぱそう簡単には起きないか。こうなったら、久々にアレをやるか。
「すぅぅぅ………起きろ~~~~~!!」
「わひゃあっ!?」
ルームメイトだった時にやっていた起こし方を実行すると、本音は物の見事に目覚めてガバッと顔をあげた。
「……あ、あれ? かずー?」
起きた本音はゆっくりと俺の方をみてくる。
「コラ。楯無さんや虚さんがいないからって寝るんじゃない」
「……………」
すぐに注意するも、本音は聞いてるのか聞いてないのか返事をしようとしない。
……もしかして本音のやつ、まだ寝惚けてる?
「おい本音、ちゃんと起きて――」
「かずーだぁ~♪」
ギュウッ!
「っておい!」
本音は突然立ち上がって正面から俺に抱きついてきた。両手を俺の背中に回しながら。
これがもし一夏だったらそのまま後ろに倒れるだろうが、俺はすぐ両足に力を入れてどうにか踏み止まっている。
けれど俺が踏み止まってるのことに本音は全く気にせず、俺の胸に顔を押し付ける。まるで猫みたいに甘えてくるような感じで。
「こら本音、離れろって……!」
「やだ~」
本当ならすぐに力付くで引き離したいが、本音相手に強引なやり方が出来ない。最小限の力でやさしく離れようとするも、本音は抱きついてる両腕を放さないと言わんばかりに少し力を込めている。
「かずーの身体あったかい~♪ ごろごろ~♪」
「猫か君は!?」
ったく。俺を見て早々に甘えるように抱きつくなんて……どうやらまだ完全に目覚めてないようだな。
「おい本音、いい加減にしろ。でないと――」
「ねぇかずー、いつものチューしてぇ~」
「…………は?」
本音がコッチを見て強請るように言ってくるが、俺はその台詞に思わず固まった。
いつものチュー? 何言ってるんだ? 俺は君にそんな事をしてる記憶は微塵も無いんですけど。
「………あの、本音さん? 俺は君にそんな事は一度も」
「私の夢の中のかずーは起きたらチューしてくれるの~」
「って夢かよ!」
君の夢で見てる俺は友人の本音相手にそんな恥知らずな事をしてんのかよ!? もし会えたら俺は夢の俺に全力の『砕牙・零式』をぶちかましてやりたい!
って、そんな事より早く本音を覚醒させないと、取り返しが付かない事になりそうだ。
「かずー、チューして~」
顔を近づけてキスしようとしてくる本音に俺は本気で焦りだす。
「ちょっ、待て本音! いい加減に目を覚ませって!」
ええい、仕方ない。これはやりたくなかったが非常手段だ。
ペチンッ!
「あうっ!」
本音を強制的に覚醒させる為に、俺は本音の額にデコピンを喰らわせた。勿論かなり手加減した最弱の威力で。
「うう~、痛いよかずー、夢の中のかずーは痛いことは………あれ?」
俺の文句を言ってくる本音だが、途中からハッとするように目をパチクリさせる。
この様子からして完全に目覚めたようだ。その証拠にさっきまでトロンとしてた目が大きく見開いてる。
「……ほ、本物のかずーなの?」
「ああ。夢の俺じゃない現実の俺だよ、本音」
恐る恐ると確認してくる本音に俺はキッパリと答える。
「全く。君は相変わらず起こすのが大変だよ。にしても本音、残念だったな。いつもチューしてる夢の俺じゃなくて」
「……え、あ、あ……」
完全に目覚めた本音は顔全体が赤くなってきている。熟れたトマトみたく真っ赤に。
「因みに、夢の俺は君にどんなチューをしてたんだ? 是非とも聞かせてくれ」
俺がそう言った直後―ー
「わひゃぁぁああああ~~~~~!!!! かずーのエッチぃぃいいいい~~~!!!」
「何でだよ……」
いきなりどでかい叫び声で理不尽な言いがかりをつけられた為、俺は思わずツッコンでしまった。
次で何とか終われば良いんですが……。