インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~   作:さすらいの旅人

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第106話

「とまあ、コイツの幼馴染がさっきのバカでっかい怒鳴り声を出してたって訳だ」

 

「す、すいませんでした。俺の幼馴染がとんだご迷惑を……」

 

「「………………」」

 

 説明を求める竜爺と綾ちゃんに、俺は二人を部屋の中へ招き入れてすぐに説明していた。

 

 そして俺が一通りの説明を終え、一夏が怒鳴った箒に代わって謝ると、座って聞いていた竜爺と綾ちゃんは揃って呆れ顔となっていた。二人の顔を見て俺は内心当然の反応だと思っている。全く事情を知らない第三者が聞いても100%呆れること間違いないからな。

 

「むぅ……何と言うか、電話に出なくて怒る気持ちは分からんでもないが……にしても傍迷惑な童じゃのう」

 

「な、何もあそこまで怒鳴らなくても良いと思うんだけど……」

 

 仕方ないさ。箒は大好きな一夏の事となれば沸点が低くなるだけじゃなく、周囲の事なんかお構いなしだからな。尤も、それは他の一夏ラヴァーズの連中にも言える事だけど。

 

「俺もまさか竜爺や綾ちゃんがいる所まで響くなんて想定外だったよ。あれが他の近所にも聞こえてなければ良いんだけど」

 

「まぁそれは大丈夫じゃろう。この土地から近所の民家まではそれなりに間があるから、仮に聞こえたとしても、さっきのような響きまではせん」

 

「……それもそっか」

 

 確かにこの家は道場も兼ねる程に土地が広いから、竜爺の言うとおり響いたりはしないだろう。それでも何が遭ったか気になる人はいると思うが。

 

 そう考えていると、竜爺は一夏の方へ視線を向けていた。

 

「それにしても童よ、さっきの和哉の話を聞く限りじゃと、お主の幼馴染は随分と怒りっぽい性格じゃのう」

 

「あ、いや、アイツは普段は大人しいんですが……アイツは何故か俺の事になると怒りっぽくて」

 

「ほほう、童だけにか。ほっほっほ、そうかそうか」

 

 あ、竜爺が面白そうな顔をするって事は、箒が一夏に好意を抱いてる事に気付いたな。

 

「もしかしてその人、一夏お兄ちゃんと仲悪いの?」

 

 綾ちゃん、そこは素直に捉える所じゃないぞ。と言いたかったが、純心無垢なこの子に今それを言っても余計に混乱させるだけなので、敢えて何も突っ込もうとしなかった。

 

 当然それは竜爺も分かっているようで、さっきまで面白そうにしていた顔から苦笑を漏らしていた。

 

 そして――

 

「いや、別に悪くはないぞ。ただ単に俺相手には怒りっぽいだけで、それ以外は普通だよ。まぁ箒は時々何考えてるのか分からない所があるけどな」

 

「箒? 何でいきなり掃除道具が出てくるの?」

 

「え? ……あ~、悪い悪い。まだ綾に名前教えてなかったな。俺の幼馴染は篠ノ之箒って名前なんだ」

 

「あ、そうなんだ。ゴメンなさい、いきなり失礼なこと言っちゃって」

 

 話題となってた一夏は綾ちゃんに箒の事を教えていた。

 

 確かにさっき綾ちゃんが言ったとおり、最初に聞いたら掃除道具と間違えるのは無理もない。俺も箒の名前を初めて知った時には綾ちゃんと同じ事を思ったからな。その名前の張本人は気にしてるのかどうかは知らんが、俺としてはそんなの聞く気は更々無い。

 

 そう思っていると、竜爺は二人の会話に何か気付いたような顔をしていた。

 

「篠ノ之じゃと? ……ちょっと待て童、まさか先程の傍迷惑な声は柳韻の娘なのか?」

 

「え、ええ、そうですけど……」

 

 一夏の返答を聞くと、竜爺は溜息を吐きながら右手を頭の上に置く。

 

「………はぁっ。まさか彼奴(あやつ)の娘だったとは……あのようなみっともない真似をするとは」

 

 もし柳韻が知ったら嘆くわい、と凄く呆れながら言ってくる竜爺。

 

 確か竜爺って箒の父親の事を知ってるんだったな。ちょっと聞いてみるか。

 

「そう言えば竜爺、一夏と相手した時に『箒の父親と色々あった』って言ってたけど、もしかしてその人とは竜爺の武術仲間なのか?」

 

「まぁそんなところじゃ。尤も、あの時言ったように彼奴とはもう何年も会っとらんがな。そう……十年前、柳韻のもう一人の娘が作った――確か束じゃったか? 其奴(そやつ)が『インフィニット・ストラトス』と呼ばれる戯けた玩具(がんぐ)を作った所為で、柳韻とは会えんばかりか音信不通になってしまってのう」

 

「……………」 

 

 竜爺が箒の父親と会えてない理由を聞いていた一夏は思わず口を噤み、暗い表情になった。

 

 確か箒が言った話では竜爺が言ったとおり、篠ノ之束が開発したISを世界に公表された事によって、箒の家族は政府から重要人物保護プログラムをかけた所為で今何処にいるか分からない状態だったな。そりゃ会えない訳だと内心思ってる俺は、少々複雑な気持ちだった。竜爺が箒の父親と会えない原因を作ったISに、今は俺や一夏が使ってるからな。

 

 そして一夏は恐らく自分の知り合い――IS開発者の篠ノ之束が竜爺に迷惑を掛けてしまった事によって、申し訳ない気持ちになってるんだろう。

 

「えっと……束さんが迷惑を掛けてしまってすいません」

 

「む? どうした童、何故お主がいきなり謝るんじゃ?」

 

「いや、俺は、その………」

 

「何じゃ? 言いたい事があるならハッキリ言わんか」

 

「………一夏は箒だけじゃなく篠ノ之束とも親交があるんだよ」

 

「何?」

 

 言い辛そうな一夏に俺が代わりに答えると、竜爺はこっちへ視線を向ける。

 

「と言うより、家族ぐるみの付き合いがあってな。だからコイツは自分と関わりのある篠ノ之束が竜爺に迷惑を掛けたから、代わりに謝ったんだよ」

 

「成程、そう言う事じゃったか。じゃがそれは少々頂けんのう、童よ」

 

 理由を聞いた竜爺が理解すると、すぐに暗い顔をしてる一夏へ視線を向けてそう言った。そんな竜爺に一夏は不思議そうな顔をする。

 

「付き合いがあるからと言うて、童が代わりに謝る必要など無い。お主には関係無い事じゃ」

 

「け、けど……」

 

「原因を作ったのはあくまであの小娘じゃから、お主が気にする事ではない。………まぁ、小娘があのような事を仕出かした原因は、もしかすれば柳韻にもあったかもしれんがのう」

 

 ん? 何か竜爺がボソッと気になる事を言った様な気が……。

 

「え? 今何て――」

 

「何でもない、年寄りの独り言じゃ。さて、話はここまでじゃ。いつまでもワシみたいな年寄りが居れば、童も気が休まらんじゃろう? と言う訳で、ワシはやる事があるから部屋に戻るわい。邪魔したのう和哉」

 

「あ、ちょっ……!」

 

「おい竜爺……って、行っちまった」

 

 俺と同じく独り言が気になって訊こうとする一夏だったが、竜爺が綾ちゃんを置いて部屋から出て行ってしまった。

 

 ったく、言いたい事を言い終えると追求される前にすぐ退散するところは相変わらずだな。まぁ例え追求したところで、のらりくらりとかわされてしまうけど。

 

「なぁ和哉、あの爺さんってとても年寄りとは思えないほど素早いな。ってか、あの爺さんって一体いくつなんだ?」

 

「さぁ……?」

 

「さぁ、って。お前の師匠なんだろ?」

 

「竜爺は自分から年齢言ってくんないから知らないんだよ。弾のところの厳さんより年上ぐらいしか」

 

「……八十過ぎの厳さんよりも年上で、あんなに強くて素早いって……アレで年寄りなんて詐欺だろ」

 

「りゅ、竜お爺ちゃんは昔から身体が他の人より結構丈夫みたいだよ、一夏お兄ちゃん」

 

 現実離れしてる竜爺に一夏が色々な意味で呆れてると、途中まで会話に加わってなかった綾ちゃんがフォローするように言ってきた。正直、フォローとはあんまり言えないが。

 

 そして一夏は綾ちゃんに視線を向けると、さっき俺にした質問をしようとする。

 

「因みに綾は、あの爺さんの年齢知ってるのか?」

 

「ううん、知らないよ。アタシが訊いたとしても教えてくれないし」

 

「ま、竜爺は基本的自分に関する情報は秘密にしたがるから、そう簡単に教えてはくれないって事だ」

 

 恐らく知ってるのは綾ちゃんの母親の真理奈さんだろうけど、と内心付け加える。 

 

 そう言えば真理奈さんも真理奈さんで、見た目がすっごく若いんだよな。見た目は二十代前半で、実年齢は三……止めとこ。何故か分からんが、真理奈さんにぶっとばされそうな気がする。現にどこからか殺気のような悪寒を感じるし。

 

「っと、それはそうと一夏。二人の説明終わったから、とっとと寝る準備でもするか」

 

「お、おう、そうだったな」

 

「え? 二人とも、もう寝ちゃうの?」

 

 俺と一夏が寝る準備をするのを知った綾ちゃんが不思議そうな顔をして訊いて来る。確かに今の時刻はまだ午後八時過ぎだから、小学生の綾ちゃんでも就寝するにはまだちょっと早すぎる。

 

 だが俺達はさっきの箒の電話の所為で物凄く疲れて今も睡魔に襲われているから、もう明日に向けて早く寝たい気分なので、ゲームをやろうと思っていた綾ちゃんには悪いが寝させてもらう。

 

「ゴメンな綾ちゃん、俺達もう眠くて早く寝たいんだ。それに明日の修行もあるからな」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「悪いけどゲームの相手だったら、明日にしてくれ。その時は付き合うから」

 

「う、うん、分かった」

 

 理由を聞いた綾ちゃんは素直に頷く。本当にこの子はどこぞの一夏ラヴァーズとは違って、聞き分けが良いから凄く助かる。まぁ何でも素直に受け止めてしまうのが、あんま良くないけどな。

 

「じゃあ俺達はもう寝るから、綾ちゃんは部屋に――」

 

「あ、あの、お兄ちゃん達にちょっとお願いがあるんだけど?」

 

「ん? お願いってなんだ?」

 

 突然綾ちゃんが何かを頼んでくることに、俺と同じく眠そうな一夏が不思議そうに訊いて来る。

 

 綾ちゃんがもう寝ようとする俺達にお願いをしてくるとなると――

 

「あ、アタシもこの部屋で一緒に寝て良い?」

 

「おう、それくらいなら……え゛!?」

 

「やっぱそうきたか」

 

 予想通り、この子は俺達と一緒に寝ようとする事だった。

 

 俺はいつも通りの事なので別に構わないが、問題は一夏だな。さっきまで眠気に襲われてる顔から一気に覚めてるし。

 

 まぁ俺としては今そんな事を気にするほどの状態じゃなく、さっさと寝たい気分だから、OKサインを出しとくか。

 

「良いよ。三人で仲良く川の字で寝れるように布団並べとくから、綾ちゃんは部屋から枕持ってきな」

 

「っておい和哉!?」

 

「本当!? ありがとう和哉お兄ちゃん! すぐに持ってくるね!」

 

「綾まで!? ちょ、ちょっと待て!」

 

 狼狽してる一夏を他所に、返答を聞いた綾ちゃんは嬉しそうな顔で自室から枕を持ってこようと、一旦俺達の部屋から出て行った。

 

「さぁ一夏、早く布団を並べるぞ」

 

「か、和哉、お前本気で綾を俺達の部屋で寝させる気か!? あ、あの子は小学生でも女の子なんだぞ!?」

 

「問題無い。ってか一夏、俺が綾ちゃんと一緒に寝るのは慣れてるって前に言ったろ?」

 

「それは抱き付かれるのを慣れてる話だ! 一緒に寝るなんて別モンだろうが!」

 

「んなもんどっちも同じだ。お前だって、女子の箒やシャルロットと部屋で一緒に寝た事あるんだから、別に問題ないだろ」

 

「いや、箒はあくまで幼馴染で、シャルは事情があったから、今回は全く違うだろ!」

 

 ああ言えばこう言う奴だなと内心思いながら、俺が布団を用意し終えると、枕を持ってきた綾ちゃんが部屋に入ってきた。

 

「お待たせ~」

 

「って早いな!」

 

「君も竜爺と同じく素早い事で」

 

 そう言う所は竜爺に似てるなと思ってると、一夏が綾ちゃんに話しかけようとする。

 

「あ、あのなぁ綾、さっき和哉が良いって言ってたけど、それって普段は和哉と一緒に寝る時の話だろ? お、俺がいたらちょっと問題が……」

 

「? 一夏お兄ちゃんがいると何か問題あるの?」

 

「い、いや、そうじゃなくてだな……!」

 

 一夏の遠まわしな説得を見て、さっさと就寝したい俺は妥協案を出そうとする。

 

「だったら俺が真ん中で寝りゃ良いだろ? そうすればお前も文句は無い筈だ」

 

「そういう問題じゃないだろ。俺が言いたいのは――うっ!」

 

「……一夏お兄ちゃん、アタシと寝るのはダメなの?」

 

 綾ちゃんが悲しそうな顔をしてくる事に、一夏は良心が痛むように辛そうな顔をしていた。

 

 この子は年頃の女子と違って、純粋に誰かと一緒に寝たいと言う事しか考えてない。その純心無垢な綾ちゃんが悲しそうな顔をすると、一夏のように良心が痛んで結局折れてしまう流れとなってしまう。

 

 そして――

 

「……ま、まぁ俺の隣が和哉だから別に良いか」

 

「本当!? ありがとう一夏お兄ちゃん!」

 

「どわっ! きゅ、急に抱きつくなって!」

 

 予想通り一夏が折れると、嬉しくなった綾ちゃんは一夏に抱き付いた。急に抱きつかれた一夏は言うまでもなく戸惑っている。

 

「お、おい綾、そ、その……む、胸が、な。当たってるんだが」

 

「? 胸がどうかしたの?」

 

「だ、だからぁ……!」

 

 首を傾げながらも胸を当てている綾ちゃんに、一夏はどぎまぎしてどうやって離そうかと必死に考えてた。

 

 これがシャルロットだったらすぐに離れているんだが、綾ちゃんの場合は小学六年生で年頃と言っても、自分がどれだけスタイルが良いのかをまだ自覚してない上に、性に関する事も未だ理解してない。俺としては早く自覚して欲しいんだけどな。まぁ中学生になれば理解してくると思うから、敢えて言わないが。まぁそんな事よりも、取り敢えず今は俺が何とかするとしよう。

 

「はぁっ……。綾ちゃん、一夏がちょっと困ってるから一先ず離れようか」

 

「? うん、分かった」

 

「た、助かった……。にしても綾って、柔らかくていい匂いしてたな」

 

「? アタシが何?」

 

「っ! い、いや何でもない!」

 

 おやおや? 一夏の奴が何やら興味深い事を言ったような気がしたが、まぁ多分一時的なものか。にしても今まで箒たちのアプローチを大して意識してなかった唐変木が、綾ちゃんの抱擁を意識するとは……これはちょっと面白い事になるかもしれないな。

 

「……何ニヤニヤしてんだよ、和哉」

 

「和哉お兄ちゃん、急に笑ってるけど如何したの?」

 

「何でもないよ。さ、寝るとしますか。綾ちゃんは俺の隣な」

 

「は~い」

 

「んじゃ二人とも、お休み」

 

 そして俺達は部屋の電気を消して床に就き、ある程度の時間が経つと本格的に睡魔が襲って深い眠りについた。因みに俺の隣で眠っている綾ちゃんは、俺の腕を抱き枕のように引っ付いて寝ているのは言うまでもない。


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