インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~ 作:さすらいの旅人
一夏と篠ノ之の夫婦喧嘩から逃れた俺は一人で食堂に行くつもりだったが……。
「で、君はいつまでそうしているんだい?」
「かずーがお菓子制限を撤回するまでー」
いつの間にか布仏本音が俺の腕に引っ付いていた。彼女と一緒に二人の女子も付いて来てるが俺から距離を取っている。
「言っておくが君が何をしたところで撤回する気はない。俺の前で不用意に喋った事を後悔するんだな。ま、もし君が喋らず俺の目の前でお菓子をたくさん食べてたら同じ事を言ってたと思うが」
「む~~~~~」
唸るようにジッと睨んでくる布仏だが、俺は無視して食堂へ向かう。
「ほれ、君はそこの女子達とお昼を食べたらどうだ? 俺みたいな(女子から見て)最低な男といると要らん誤解を受けるぞ」
「そんな事無いよー。かずーは意地悪だけど優しいよー」
「「え?」」
「ほう」
布仏の台詞に信じられないような顔をしている女子二名に、予想外な返答に少し驚く俺。
俺が優しいねぇ。ま、意地悪は否定しないが。
「ちょ…ちょっと本音。あなた本気で言ってるの?」
「神代くんが優しいって……」
女子二名……確か谷本と鏡だったな。二人は布仏に言って来る。
「本当だよー。昨日の夜かずーと一緒に話してて優しい人だって分かったんだからー」
「え!? か…神代くんと同じ部屋なの!?」
「大丈夫!?」
「コラそこ。本人を前にしてそんな事聞くか?」
「「ひっ!」」
俺が声をかけると怯えながら距離を取る谷本と鏡。そこまで引く事ないだろうが。まぁ、昨日の件で未だに俺が怖いのは分かってるけど。
しかし後々になって考えていたが、いつまでもこんな調子じゃ俺は一夏と布仏しか会話出来ない状態だろうな。クラス外ならともかく、同じクラスではこんなんだと、もし行事関連で話しかけようとしても俺を避けるのが目に見えてる。
そうなるとクラスの女子達は殆ど一夏にばかり任せるのが容易に想像出来て、一夏本人にもかなりの負担が掛かってしまう。となると、これじゃ不味いから俺の方でちょっとした妥協案を出すとするか。
「よし布仏さん。俺を優しい人と言ってくれた君にはご褒美を……」
「え!? もしかしてお菓子制限を無しにしてくれるの!?」
キラキラとした目で俺を見る布仏だったが……。
「残念ながら違う」
「む~~~~~!」
俺の返答に再び唸った。
「まぁそう唸るなって。話は最後まで聞きな。夕食後にデザートとして俺がお菓子を作ってやるよ」
「え? かずーってお菓子作れるの?」
「一応な。で、アップルパイを作ろうと思うんだが、布仏さんは好きかい?」
「大好き~!」
「そうか。なら夕食後にアップルパイを作っておくから、部屋で待ってるように。俺が来るまでお菓子を食べようとするなよ?」
「うん、分かった~!」
コクコクと頷く布仏。で、後は。
「良かったら君達もどうだい?」
「「へ?」」
「ぶ~~。私だけじゃないの、かず~?」
俺が谷本と鏡も誘うと、布仏は急に膨れっ面になるが無視だ。
「流石に布仏さんだけじゃ食べきれないからな。で、どうする? これでもアップルパイを作るに多少自信はあるんだが……」
「…………ま…まぁ……神代くんがそう言うなら……」
「……そ…その代わり……私たちに変な事をしたら承知しないから……」
「そうか。では夕食後を楽しみに待っててくれ。ほら布仏さん、いつまでも引っ付いてないで離れてくれ」
「ぶ~~~」
二人から了承を取った俺は布仏から離れようとする。
「それじゃ俺はこの辺で。必ず来てくれよ」
布仏、谷本、鏡と分かれた俺はすぐに食堂へと入って行った。
『ねえ、行くって言っちゃったけど、どうする?』
『ただでお菓子を食べさせてくれるのは嬉しいんだけど……ねぇ』
『来ないなら別に来なくて良いよ~。私一人でアップルパイ全部食べちゃうから~。あ~楽しみだな~♪』
そして俺は食堂で一人ポツンとテーブル席に座って醤油ラーメンを食べている。
『ねえ聞いた? あの子、代表候補生に勝つ気みたいよ』
『うわ、本当に身の程知らずなのね』
『代表候補生に勝つなんて、どこまで自惚れれば気が済むのかしら?』
『ここはいっそ、私達のほうでお灸を据えておく必要があるみたいね』
食堂で女子達が俺を見てはヒソヒソと罵倒しているのは言うまでもない。
俺にお灸を据えるねぇ……それはIS抜きで俺にお仕置きをするのかな? そうだったら喜んで受けて立つぞ。けど先ずは俺の『睨み殺し』を耐える事が出来ればの話だが。
そう考えながら醤油ラーメンを食べていると……。
「あ! 和哉! お前さっきはよくも俺を!」
「おお一夏。もう終わったのか?」
トレーを持っている一夏が俺を見つけて真っ先にコッチへと向かってきた。篠ノ之も一緒に付いて来ている。
「意外と速かったな。てっきりまだ夫婦喧嘩は続いてると思ったが」
「か…神代! 私と一夏は別にそんな関係では……!」
夫婦に反応する篠ノ之が顔を真っ赤にして否定するが……。
「すまんすまん。アンタと一夏を見てると、どうも夫婦みたいな関係だと思ってな」
「………そ…そう見えるのか?」
「ああ」
「………ご…ゴホンッ! どうやら私はお前を誤解していたようだな。私と一夏が……そうかそうか……」
先程までの勢いがアッサリと無くなった。もしかしたから篠ノ之って意外とチョロイかもしれないな。
「あのなぁ和哉。俺と箒はそんな関係じゃないって言ってるだろうが。何度も言ってるように、ただの幼馴染だ」
「………(ギロッ!)」
「いっ! な…何だよ箒!?」
「この朴念仁」
「何で和哉にそんな事言われなきゃならないんだよ!」
はあっ……全くこの超鈍感男と来たら。折角篠ノ之を宥めたのに。本当に篠ノ之はこの先かなり苦難の道を進む事になるだろうな。
「やれやれ、アンタも苦労してるねぇ」
「………ふんっ」
「でもさぁ篠ノ之さん。一夏の幼馴染なら、コイツがそう言う奴だって事は分かってる筈だと思うが?」
「………そうだな。一夏はそう言う奴だな」
「一夏関連について愚痴を言いたい時はいつでも言ってくれ。相談に乗ってやるから。俺も一応コイツの事は理解してるし」
「………ではいずれそうしよう」
間がありながらも篠ノ之は頷いていた。これって少しは仲良くなったのかな?
「お前ら、何か急に仲良くなってないか?」
「篠ノ之さん、座りたかったらどうぞ」
「そうさせてもらう」
「って俺は無視かよ!」
俺が席に座るよう促すと篠ノ之は俺の右隣に座り、一夏は突っ込みながらも俺の左隣に座った。
「ったく。今日の和哉は冷たいな」
「そうか?」
「そうだ。俺を見捨てるばかりか、箒と一緒に無視するし」
「それは済まなかったな。じゃあ詫びとして今夜俺の部屋に来るといい。携帯ゲーム版の『IS/VS』をセットして待ってるから。お前も久しぶりにゲームやりたいだろ?」
「お! そりゃいいや。じゃあ今夜行くからな」
俺の提案に一夏は嬉しそうな顔をして俺の部屋に行く事を了承した。あ、ルームメイトの布仏はともかく、部屋には谷本と鏡も部屋に来る予定だったな………まあ別に良いか。下手にここでそんな事言ったら、隣にいる篠ノ之が黙ってないだろうし。
「………お前たち。試合前だと言うのにそんな弛んだ事をしてる暇があるのか?」
昼飯を食べながら篠ノ之が急に面白く無さそうな顔をして言って来る。はて、何故そんなに不機嫌なんだ?
「あ、そういやそうだった。どうする和哉?」
「どうと言われても……今の俺達がISについて独学で学んだところで高が知れてるし……」
「だよなぁ……」
いっそ誰かに教えてもらわないとダメだ。此処はいっそ山田先生に教えてもらうしかないな。
俺がそう考えていると……。
「なぁ箒」
「……なんだ」
「良かったら俺と和哉にISのこと教えてくれないか?」
「断る」
一夏が両手を合わせて篠ノ之にお願いをしていたが一蹴されていた。
「おいおい一夏、何も篠ノ之さんに頼まなくてもいいじゃないか。今回やる試合に関しては俺と一夏の問題なんだから、篠ノ之さんにあんまり迷惑を掛けてしまうのは……」
「そうは言うけどな和哉。いくら自分の心に勝てると意気込んでも、ある程度のISの知識が無かったら意味無いぜ」
「そりゃまぁ……」
一夏の台詞に俺は否定出来なかった。確かに意気込んでも知識を学ばなければ話にならない。
「だったら山田先生に教えてもらったほうが良いんじゃないか? あの人なら喜んで補習してくれそうだし」
「あ、その手があったか」
「! ま…待て、やはり私が……!」
俺の提案に一夏がポンと手を叩くと、突然篠ノ之が何か言おうとしたが……。
「ねえ。君たちって噂のコたちでしょ?」
「「ん?」」
いきなり見知らぬ女子に話しかけられた。よく見ると相手は三年生のようだ。リボンの色が違う。一年は青で、二年は黄色、三年は赤だからな。
この先輩は癖毛なのかやや外側に跳ねた髪が特徴的で、妙にリスをイメージする人懐っこい顔立ちだ。隣で不機嫌そうな顔をしている篠ノ之とは大違いだな。
流石に三年生だけあって容姿だけじゃなく雰囲気も大人びているな。今のところ篠ノ之にはこう言う社交性が欠けている。とはいえ、俺もあまり人の事は言えないが。
「はあ、たぶん」
「噂を知ってるんでしたら、俺が最低な男だと耳に入っていると思いますが?」
「ええそうね。でも私、あまりそう言うのは気にしないの」
先輩はそう言いながら一夏の隣に座る。ですが気にしないと言いながらも何故か俺を見下しているような目で見ているのは俺の気のせいですか?
「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ほんと?」
「はい、そうですけど」
「一応そうなっています」
先輩の問いに一夏と俺は答える。
ってか本当にこの学園はアッと言う間に噂が広がるんだな。噂と特売には目がないとよく聞くが、正にその通りだな。
「でも君たち、素人だよね? IS稼働時間いくつくらい?」
「いくつって……二〇分くらいだと思いますけど」
「俺は十五分程度ですね」
「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものをいうの。その対戦相手、代表候補生なんでしょ? だったら軽く三〇〇時間はやってるわよ」
成程。確かに稼働時間だけで言えば俺と一夏には差があり過ぎてとても勝てないな。
「でさ、私が教えてあげよっか? ISについて……そっちの君もどうかしら?」
そう言いながらずずいっと一夏に身を寄せてくる先輩。一夏は喜んでいるが俺は御免だった。
この先輩、明らかに俺を見てる時には見下した眼をしている。一夏の時には優しく教えるだろうが、俺の場合だと何かしら理由を付けて馬鹿にするのが目に見えてるからな。そんな相手に教えられるほど俺はお人好しじゃない。
俺が断ろうとすると、一夏が空かさず答えようとしていた。
「はい、ぜ――」
「結構です。私が教えることになっていますので」
承諾しようとする一夏に食事を続けていた篠ノ之が遮って断った。ま、そう来るだろうと思ったよ。
「あなたも一年でしょ? 私の方がうまく教えられると思うなぁ」
「……私は、篠ノ之束の妹ですから」
おやおや、関係無いと言ってた身内の名前を使ってまで一夏に教えようとするとは。相当この先輩が一夏に教えられるのが我慢出来ないみたいだな。
「篠ノ之って――ええ!?」
篠ノ之の発言に先輩は驚いた。そりゃ確かに、IS設計者の妹が目の前にいたら誰だって驚くか。
「ですので、結構です」
「そ、そう。それなら仕方ないわね……」
流石に千冬さん並みの強力な人物の前では形無しだな。あの先輩は軽く引いた感じで行ってるし。一夏、気持ちは分かるが何も残念そうな顔をしなくても良いと思うぞ。
「なんだ?」
「なんだって……いや、教えてくれるのか?」
篠ノ之をジッと見る一夏。さっきからそう言ってるだろうが。それくらい気付けよ。
「そう言っている」
「良かったじゃないか一夏。教えてくれる相手がいてくれて」
「あ…ああ、そうだな。だったら和哉も一緒に……」
このバカ! 俺がいたら邪魔になるだけだっての! ってコイツにそんな事言っても無駄か。
「俺は山田先生に教えて……」
「神代。お前もついでに教えてやる」
「え? 良いの?」
「構わない」
「ハハ、良かったな和哉」
おいおい一夏よ。アンタ分かってる? 俺はついでで教えられるんだぞ? 篠ノ之も本当は一夏と一緒にいたいくせに。ま、どうせ篠ノ之の事だ。一夏が『良かったら和哉も一緒に教えてくれ』と言うのが予想してたから、俺も一緒に教えた方が良いと思ったんだろう。
「今日の放課後、剣道場に来い。一度、一夏の腕がなまってないか見てやる」
はて? ISの事を教えるのに何ゆえ剣道場なんだ?
「いや、俺はISのことを――」
一夏も篠ノ之の予想外な台詞に突っ込もうとするが……。
「見てやる」
「……わかったよ」
有無を言わさない篠ノ之であった。気が短い上に強情なんだな。一夏はとんでもない相手を惚れさせてしまったもんだ。
「えっと……一夏を剣道場に連れて行くんだったら、俺はやっぱり山田先生に教えて……」
「お前も一緒に来い。少しばかり試したい事がある」
「……はいはい」
俺を試すねぇ……。どう言うつもりかは知らないけど、そっちがそう来るんならコッチも試させてもらうよ。アンタがどれ程の実力を持っているのかを、な。