ギリシア語の
一般的にはアンドロイド=人造人間であるのだが、ここ麻帆良(の裏)では、その二つは等号で結ばれない。その身の大部分を金属で構成するガイノイド=絡繰茶々丸と、身体構成要素が人間と全く同じである人造人間=茶屋町なのはが存在する為だ。『人間に近い生体を持つ人造人間』としてバイオノイド(若しくはバイオロイド)と云う語は在るが、『人間に近い』のではなく『人間と同一』であるのでなのははこれに当たらない。正しく人(と言うか仙人だが)に造られた人間である為人造人間と呼ぶしかあるまい。
対する茶々丸は、人と同じ外観を持つが人ではない。真に”人間の女性に似たもの”、ガイノイドである。
しかしながらそんな彼女にも、否、そんな彼女だからこそ悩みは有る。
一つは名前だ。
茶々丸と云う名は男性名である。これは本来の性別とは違ったり妙な名前を付ける事で、子の長寿を願うと云う呪術に因るものだ。悪霊を戸惑わせ、子を幽世に連れて行かせない様にとの
実の処、仙道と魔法使いによる結界で護られた麻帆良内では無意味なのだが。
決して徹夜明けのテンションで名付けてしまって、後付で設定を考えたと云う訳ではない。らしい。
もう一つは、その高過ぎる戦闘能力である。
茶々丸は、花も恥じらう乙女なのだ。
仮令、透き通る様な白い肌が耐刃・耐貫通性・耐魔法に優れていたとしても。細く、握っただけで折れそうな手首が戦車の装甲を引き裂こうと。対物ライフルを余裕で弾き返せようが。
普通に恋する年頃の少女なのである。
恋愛に、万単位の馬力は必要無い。鋼鉄をも斬り裂く暗殺拳だとかも必要無いのだ。
なので最近では、同じ悩みを持つ茶屋町なのはや近衛木乃香とよく話す。
「最近な。テレビで”イケメン特集!”とかやっとっても、『ああコイツは弱そうやな』『見せ筋やな』としか思えへんねん」
神妙な面持ちで木乃香が語る。
「分かるわー。『戦闘力たったの5か……ゴミめっ』ってなるのよねぇ」
「なりますよね。顔や性格よりも攻撃力なんですよね」
三名同時に溜息を吐く。
「……可怪しいよな、ウチら」
「一般的な女子中学生からは外れてますよね……」
「どうしてこんな事になったんだろうね……」
妖怪道士だとかガイノイドだとか人造人間とか云う側面が強いが、一応彼女達は女子中学生でもある。教室内でのガールズトークについて行けずに疎外感を感じる事も多かった。
「思うに、我々の中に在る
「……それは、まぁそうなんやけど、それは大妖としての本能やしなぁ」
「そうよね。人間としての本能よね」
「私も、思考回路に組み込まれていますからねぇ……」
茶々丸には三つの回路が内蔵されている。
善悪を判断し、日常生活を送る為の”
戦闘狂的な思考は、服従回路により生み出されている。
『”
とまれ、そんなネタの様な実話は兎も角。
「……なのはさん。人としての本能に、戦闘狂的思考は含まれていないかと」
「え、マジで!?」
「いや茶々丸ちゃん。肉食系女子はそう云う本能を持っとるって聞くで?」
「ああ。なのはさんは肉食系女子なのですね。物凄まじく納得しました」
「納得された!?」
肉食系女子とは最近の流行語であるらしい。簡単に言えば、大和撫子的な”待つ”姿勢の女子ではなく、自分から血気盛んに突き進む気性を持った女子と云う事だ。対する獲物は”草食系男子”らしい。
「突き進む方向が恋愛やない、っちゅうのが問題やな」
「貞操観念的には褒められるべきだと思いますが」
「あーはいはい。そうですよ。どうせ私は戦闘方面にがっついてますよ。バーサーカー系女子ですよ!」
でも結局アンタ達だって戦闘系女子じゃないのとなのはは言う。
「……まぁ孫悟空やって結婚出来たんやし」
「そうね。希望は有る筈だわ。強い肉食系男子が居ればいいだけの話なのよ」
「…………一瞬同意し掛けましたがお二人とも。そこは、”チチだって”と言うべきでは?」
「あ」
「う」
例えに男を出す時点で、何か色々と間違っている。三名の会話は、大体何時もこんな感じだった。
*****
そんな三名だったが、クラスの中では”女子力高め”と評価されている。調理実習で作る料理の美味しさ、掃除の丁寧さ、隙の無い気品を感じさせる所作の為であった。後は、長い黒髪で一見大和撫子っぽい処であろうか。
確かに三名共、料理は上手でありレパートリーも豊富だ。ただ、サバイバル料理から満漢全席まで作れると云うのは”料理上手”で済ませていいものかどうかが謎である。この現代日本で”生きている蛇をものの数秒で捌ける”スキルは必要なのだろうか。特級厨師が泣いて教えを乞う技術は逆に退かれやしまいか。隙が無いのは古流武術を修めている所為だなんて傍からは解るまいが、言えば確実に退かれるだろう。
実際にはそんなカミングアウトをする気も無く、したがって彼女達の評価が下がる事は無かった。
なので、彼女達が同級生から恋愛相談を受ける事もそれなりに有った。但し、流石に茶々丸に相談する人間は居なかったが。木乃香やなのはと違い、彼女はガイノイドであると知られているからだ。流石に機械人形に恋愛相談をしようと云う奇特な少女は現れなかったのだ。
今迄は。
兎も角茶々丸にとっては初の恋愛相談である。葉加瀬や鈴原にインストールされた情報や、少女漫画・小説から得た知識を元に、万全の態勢で臨む積もりだ。
「ええと。それで、神楽坂さん。”恋愛”相談との事でしたが」
「ええ……。その、あのね?私、ちょっと年上の人に、その、恋、してたんだけど……」
顔を赤くし体をモジモジさせながら、明日菜が小声で言う。
彼女の懸想する相手は、クラスの担任である高畑・T・タカミチであった。それはクラスの誰もが知っている。ボカす必要は無いのだが、恐らく様式美と云うものだろう。茶々丸は神妙な面持ちで相槌を打った。
「その、最近、ちょっと……何て言うか、その……」
話は進まないが、根気良く相手の言う事を聞くのが相談に応じると云う事なのだと、なのはから聞いている。電子頭脳内でなのはと戦闘シミュレーションを行いながら言葉を待った。明日菜の相談内容ではなく戦闘シミュレーションを行う辺り、矢張り女子力は低い。
明日菜が意を決して話し始めたのは、なのは得意の大規模空間爆砕魔術をその機動性能を駆使して避けている最中だった。茶々丸は危うく舌打ち仕掛けて止めた。汗など流れないが、冷や汗モノである。
「ええとね。先週の月曜にね。友達と一緒にその人が上の人に怒られているのを見ちゃって。それで、その時の慌てっぷりが、何か、その、格好悪くて……ちょっと、その、冷めちゃったと言うか」
ああ。その話は木乃香から聞いている。
『常識では到底有り得ん勘違いして爺ちゃんから叱られとった。九歳児が教育実習生云うのも大概信じられへん話やのに、その歳で教師だとか絶対無理やろ。教員免許持った人間が犯すミスとは思えんわ』
それは木乃香の弁ではあったが、一般人としての意見であるとも言える。
彼女には語られていない事であるが、『(魔法世界の)英雄の息子』、『魔法学校主席』、『魔法学校卒業時に出された課題』と云った
「……成程。ほんのちょっと、彼が失敗した姿を見ただけで、彼に対する恋愛感情が無くなってしまった。神楽坂さんは、それに対して『自分は薄情な人間なんじゃないか』と心配している訳ですね?」
「う、うん……そうね。そう云う事だわ…………ねぇ絡繰さん。私って、薄情なのかな?」
思春期特有の青臭い潔癖症、と云った処か。自分の感情が”世間一般の倫理観”にそぐわないのではないかと心配している様だ。しかしこの”世間一般の倫理観”などと云うものは実態の無いあやふやなもので、結局は”自分で規定した何らかのルール”でしかない。要するに、『あんなに好きだと思っていたのに、私ってば実は尻軽?嘘だと言ってよバーニィ』との言葉に対して『貴女は軽い女じゃないですよ。安心して下さい』と返さなくてはならない訳である。恋愛相談と言うよりはカウンセリングに近い。骨が折れそうだ。
兎も角、先ずは答える事から始めよう。
「安心して下さい神楽坂さん。恋とは突如芽生えるもの。逆もまた然りです。全く薄情ではありません」
彼我の行為が如何云う感情を齎すのかなど、有史以来誰も解いた事が無い方程式だ。そこに情の薄い厚いは関係無い。
「そ、そうなの?」
「そうです」
断言する。こちらの言葉に迷いが有っては彼女も安心出来ないだろう。
「い、いや、でも、アレだよ?ちょっと怒られてたのを見ただけで、だよ?」
肯定されても反発する、と云う事は、彼に対して負い目が有ると思っているからか。それとも、未だ彼を嫌い切ってはいない所為か。
「――なんかさ。これから先もずっとこんな感じで、愛情が長続きしないんじゃないのかと不安になってさ……」
悩みは、想像以上に深刻だった様だ。今後の対応で下手を打つと、鬱になる可能性もある。本職の人に相談し直して欲しかった。
「あの人の事、本当に好きだったんだ、私。ずっとあの人の事を想っていて、それでも打ち明けられずに悩んで、眠れない日も有ったの。バレンタインには手作りのチョコを作って。でも渡せなかったり……」
残りは省略されました。全てを読むにはハップル以下略。
延々と続く乙女の惚気?を聞き流し(一応会話記録だけは残しておく)、戦闘シミュレーションの続きを行う。
独り身の女にとって、少年少女の激甘な告白は、毒だ。独身女性を毒女と略すのにはそう云う理由が有ったかと一人納得する。
一応、彼女を立ち直らせる為の言葉は考えついた。
『貴女は高畑先生に恋していたのではありません。恋に恋していただけだったのです。だから、これから本当の恋をすれば良いんです』
そう言えば納得してくれるだろう。きっと。と言うか、これが限界である。乙女回路は殆ど役に立っていない。葉加瀬と鈴原の女子力が低い所為だ。そうに違いない。子供の限界だ。と言うか、彼女が鬱になったら高畑先生の所為だ。そうに違いない。
砂糖漬けの言葉をなのはの大規模自壊連鎖魔術で打ち消しながら、連々とそんな事を思う。
が、そんな思考が急に途切れた。明日菜が突如沈黙し、何処か中空の一点を見詰めて呆然とし出したからだ。
「神楽坂さん?」
こちらが話を聞いていない事に気付いてキレた?否。ならば怒鳴るか席を立つかするだろう。これは、別の事情が有る表情だ。
「…………そうなのよ。私が煙草の臭いが好きだったのは、あの人が吸っていたから……。だから、タカミチにも吸って欲しいと頼んだの」
「……?」
「ガトウさん。ナギ。アル。ゼクト……」
光の消えた瞳で、明日菜が謎の言葉を呟く。人物名か?ガトウ、ナギ、アル、ゼクト……。!『
神楽坂明日菜は世を忍ぶ仮の姿。その実態は『黄昏の姫御子』、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアである。らしい。鈴原にインプットされたデータだ。彼女が時間遡行を行う前には重要な情報であったらしいが、今やほぼ無価値であるとか。
「思い出した……全部……」
ああそうですか。良かったですね。
……って、良いのだろうか?本当に。滅茶苦茶雰囲気変わっているんですが。
これ、私の所為じゃないですよね?高畑先生の所為ですよね?
茶々丸の質問に答えてくれる人間は、その場に居なかった。
*****
「とまぁ、こんな事が御座いまして」
「ふうん」
「それで明日菜、あんなに変わってもうたんか……」
翌日の事である。バレンタインデーがどうこうで盛り上がる筈の二月十三日木曜日だが、女子力の低い三名には関係無かった。と言うか、チョコを渡す予定だった相手が軒並み異様に忙しいらしく、明日十四日も顔を出せないらしい。下手をすれば麻帆良祭まで会えないと言うから相当の大事なのだろう。唯一渡せるのはネギくらいだが、彼は彼で来週水曜が教育実習過程の最終日なのでお偉方を前に授業をしなければならなず、その準備に忙殺されている。クラスの総意として『授業明けにチョコを渡す』と云う事になった。
「失恋が女を成長させるって、ホンマやったんやなぁ」
「……違うよね?」
「違います」
件の明日菜嬢は、気分が優れないからと部屋で寝ている。後で委員長あたりが見舞いに来るだろうが、如何言い訳をしたものか。下手に勘違いされれば高畑が社会的に抹殺されかねない。否、それは別に良いのだが、明日菜の評判にも傷が付くかも知れない。そうなった場合、高畑は木乃香に(検閲削除)されるだろう。大事である。
「けど割と大人びた感じになったえ?」
「否そうかも知れないけど、違うから。ね?」
「ええ違います」
幼少時のハードな記憶を思い出して、軽い鬱状態になっているだけである。失恋(恋心を失ったと云う意味で)が原因ではあるのだろうが、それで成長したかと言うと否と言わざるを得ない。
「まぁ高畑先生が出張中で良かった……のかな?」
「それは……どうなんでしょうね?」
「近くに居られるよりはええんとちゃう?」
高畑が彼女の記憶を消したらしい(呪文を詠唱出来ないらしい彼が、どうやって彼女の記憶を消したのかは謎だが……まさか物理的に?)ので、かなり複雑な感情を抱いていると思われる。態々訊くのも躊躇われるので推測するしか無い訳だが。
「対応出来そうなヒト達が、皆出払っているってのが痛いわね」
四ヶ月後には麻帆良の仙道を総動員する程の一大計画が有ると云うのに、上層部は豪い騒ぎである。宇宙に出ている仙道までをも巻き込んでいるとか何とか。グージー・スプリングフィールドの所為だとの噂も有るが、真実は不明なままだ。茶々丸達下っ端には情報が規制されている。
「どっちにしろ、自分で乗り越えるしかない問題やしなぁ……まぁ、ちょっとくらいは支えられると思うけど」
この場合、日常を思い出させる友人の存在は邪魔になるか否か。電子頭脳は『五分五分』と判断しているが、実際の処はどうなのだろう。
「ま、木乃香が一晩一緒に居てあげれば、案外直ぐに治るかもよ?」
努めて明るく言うなのはの言葉は楽観的であったものの。
茶々丸としてはそうあって欲しいと思った。
それは茶々丸に芽生えた確かな感情。そこから生まれた願望であった。
”