百鬼夜行 葱   作:shake

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第五話 「人造人間」

 茶屋町なのは、と云う名前は昔在った魔法少女モノのアニメから取ったのだと親――エドガー・ヴァレンタインは言っていた。但し内容とその主人公の名前は空覚えだとも。

 その事について特に不満が――まぁ無い訳ではなかったが、身近にもっとヒドい名前を付けられたガイノイドが居るので気にしない様にしている。ネーミングセンスが無いから他所から持って来た、と言うのならそれはそれで良いと思う。何にせよ、女の子で茶々丸(ちゃちゃまる)は無いだろう。名付け親が徹夜明けのテンションで突っ走った挙句の凶行だったらしいが、誰か『それは男の名前ですよ』と止めてあげなかったのだろうか。

 あの双子の兄弟についてもそうだ。宮司と禰宜。禰宜の役割は宮司の補佐だ。『弟は兄の補佐として生きろ』とそう云う命名か?響きだけで名付けたと云うのならば良いが、役職の意味を知っていたのであれば何とも残酷な話である。

 どちらもその名前を全く気にしていないと云うのが救いだろうか。

 ――なのはがそんな事を考えているのには理由が有った。

 

 単なる現実逃避である。

 

「ですから。こんな時代に錬金術師なんて怪し気な事をやっている輩にネギ先生を預ける必要は無いのです!」

「うん。僕もそう思うよ!」

 お前は何を言っているんだと云う気分で騒ぐ女子生徒と追従する男子生徒を見遣る。

 女子生徒の方は同級生だ。フィオナ・アイランズ。アメリカのラングレー魔法学校を卒業後に麻帆良へ来た外様組である。典型的な金髪碧眼の美少女と云った感じであるが、面は兎も角頭の中身は少々残念だ。”英雄”ナギ・スプリングフィールドのファンであるとか。

 男子生徒は確かエドガーの同級生だ。早村(はやむら)だったか。こちらはフィオナのファンである。麻帆良組だが『お医者さまでも草津の湯でも』と云う状態であるので、熱が冷めるまで放っておくしかあるまい。

 職員用の小会議室を借りてまで話をすると言うからさぞかし大事な用件かと思えば、ネギが魔法使いとしての修行を受けられないのは可愛そうだと言い出した。そこから聞き流していた会話記録(ログ)を整理すると、『上が匙を投げた彼の問題を我々がどうにかする云々』と言っている。”云々”の中に『私の愛』だとか云う発言が有ったのでちょっと退いた。委員長と同類らしい。それに同意する早村は何なのだろうか。普通に、子供に対する愛情と受け取ったのだろうか。

 自分と同じくフィオナに喚ばれれていた同級生――と言うか同類たる田上(かなで)を見ると、何の気負いも無く携帯電話を弄っていた。会話記録を残しているかどうかも怪しい。

 それを見て些か引き攣った様な顔をしているのは、麻帆良学園女子中等学校二年の佐倉――某と、芸大付属中学二年の夏目某だ。春日美空(みそら)は教会の手伝いが有るからと逃げている。要領の良い少女である。

「皆さんもそう思うでしょう?」

 同意を求めるなよ。なのはは考え込んでいる振りをして遣り過す。

「あの、アイランズさん。錬金術師は別に怪し気って訳じゃ……」

 反応したのは真面目な佐倉だけだった。

「何を言っているのですか!怪しいからこそ現在滅びの時を迎えているのですよ!」

 錬金術師の数が少ないのは設備投資と研究に莫大な金が必要だからで、怪しいからではない。あの学問を究められるのは、霊気物質化霊能力と物質組成変換魔法を得意とするエドガーくらいであろう。

「大体”最後の錬金術師”なんて呼ばれていい気になっているみたいですけど、アリアドネーの錬金術学校は未だ廃校になっていないじゃないですか!後輩が居るのに最後、なんて名乗るのはどうかと思いますわ!」

 佐倉があうぅと唸り、早村が首を縦に振る。お前は一生首を振っていろ。

 実を言えば生徒はエドガーで最後だ。但し一番”若い”教師の定年が来年度であり、その救済措置として(書類上)生徒が居る様に見せ掛けているだけなのである。名義貸しをしているのは人造妖怪である奏だが。

 まぁその辺の事情を彼女に話して納得させる義理は、なのはには無い。同然、奏にもである。

 彼に造られた擬似生命体ではあるが、茶屋町なのはは独立した一個の意思なのだ。彼を見捨てるのも殺すのも彼女の自由。そう言われているし、それが当然であるとも本心から思っている。

 だが、この靄々とした気分は、彼女に対する苛つきは――多分、彼女の言い分が独善的である事への反発だろう。恐らく。自分に彼に対する忠誠心は無い。茶屋町なのははそう思っている。

「――でもさ、アイランズさん。『錬金術を学びたい』って云うのはネギ先生の願いだった筈だよ?それにヴァレンタインさん預かりは学園長の決定でもある。自分達が口を出す筋合いは無いんじゃない?」

 溜息を吐きながら奏が言う。何時の間にか携帯は仕舞われている。音はしなかった筈だが、まさかそれだけの為に魔法を使ったりは――するだろうな、この子なら。

 兎も角”学園長決定”は絶対である。あの娘はそれを知らなかっただけなのだ。麻帆良でそれを覆そうとする者など――

「なら当然、学園長に直訴しますわ!我々全員の署名を――」

 その台詞の途中で、なのはと奏、早村、夏目はガタッと椅子を退いた。

「拒否します!」

「拒否するに決まってんでしょそんなもの!」

「止めてよホントそれは!」

「アアア、アイランズさん!何て事を言い出すんだ君は!?」

 麻帆良組のみの反応であった。外様組二人はキョトンとしている。

 学園長に逆らうなどととんでもない、命が幾つ有っても足りないと云うのが麻帆良組共通の認識である。決して過剰な反応ではない。関東魔法協会理事は、鼎の一番脆い脚なのだ。最近では魔術と云う脚が換わりになりそうであるし。

「――何ですかその反応は?まさか学園長は暴力で人を脅し――」

「滅多な事を言うんじゃないッ!!」

 コメツキバッタが吠えた。

「い、いいかいアイランズさん。学園長は正論しか言わない。関東魔法協会理事として、決して過ちは起こさない。それだけの重責を背負って動いている。あの人と相対すればその重さが分かる、理解出来る」

 顔を青褪めさせて早村は続ける。彼女に嫌われるのも覚悟して説得しようとしているのだ。なのははちょっとだけ見直した。

「学園長は大抵部下任せだけれど、それは部下に自由に遣らせて責任だけは自分で取るってスタンスだからだ。だから”学園長決定”が有る以上、ネギ先生の扱いはそれで決定なんだ。動かし様が無い」

「そ、そうなんですの?」

「そうなんだ」

 フィオナがこちらにも視線を向けたので、首肯しておく。

「……が、学園長の判断が正しいと言うのなら、何故皆さんはそんなに怯えているんですの?」

「……学園長は正論しか言わない。世界の情勢から日本経済、天気まで絡めて理論を構築している」

「は、はぁ……」

「それを、一から説明してくれる」

「し、親切ですわね?」

「一対一で懇切丁寧に」

「……」

「ダイオラマ魔法球を使って延々と」

「…………」

「正座で、膝を突き合わせて」

「……申し訳有りませんでした」

 ええ。二度とそんな事で喚び出すんじゃないわよと麻帆良組が目で釘を刺し、その場は解散となった。

 

 

*****

 

 

「無知って怖いわね」

 図書館前の階段横でウロチョロしている子供を眺めながら、なのはは呟いた。

「そりゃ、怖さを知らない訳ですからね。素手で火中の栗を拾おうともします」

 返したのは奏だ。彼女も子供を眺めている。

「危ないわよね……」

「ええ」

 自分達もまた無知である。未だこの世界の事を何も知らない。与えられた知識は有れど、完成してから高々二年の赤子なのだ。

 茶々丸の様に、誰かの従者として生涯の命を与えられていれば良かったのかも知れないと、偶に思う。某かの主命が有り、それを熟す過程で自我が芽生えていくと云う状況であったなら。言っても栓の無い事であるが。

 『配られたカードで勝負するしか無い。それがどう云う意味であれ』

 世界一有名な白いビーグル犬の台詞、であるらしい。与えられた知識である。エドガーはどう云う意図でこの言葉を自分達に刻んだのか。だから諦めろ?だからその札で勝負しろ?……一番可能性が高いのは『自分が好きな台詞だから入れた』と云うパターンだが。

 なのは達は、生まれた瞬間から自我が在った。知識を与えられていた。二〇〇三年度の麻帆良祭で鈴原椿を補佐する、自意識無きアンドロイド・怪異の纏め役。そう云う存在として造られている。つまり今年の七月くらいからは完全にフリーなのだ。

 だが椿とエドガーに対する忠誠心は一切インプットされていない。補佐役としてそれはどうなんだと思う。『自由に生きてほしい』と云う親心は分からないでもないが、製造目的を曖昧にされるのは困る。サボりたくなってしまうではないか。反抗防止プログラムすら組まれていないので、何時でも反逆可能だと云うのも問題だ。一千体のアンドロイドの戦闘団(カンプグルッペ)で、麻帆良を燃やし尽くされても良いと言うのか。

 ……実際にやれば即座に鎮圧されて処分されるのは目に見えているにしても。安全装置は出来るだけ多く付けておくのが技術者としての良心ではなかろうか。『自由にして良い』と言われても、ある程度の規制が無ければ逆に動き難い。配られた札は多いがこれがどう云う遊戯なのかは分からない。そんな気分である。

 しかしそれでも彼を憎めないのは――エドガーが孤独だと云う事を知っているからか。

 この世界で彼が何年生きるのかは知らないが、いずれは死ぬ。そしてまた、別の世界に生まれ変わるのだ。そこに彼を知る人間は居ない。永遠に出会いと別れを繰り返す一個の存在。学園長他の仙道妖怪の様に、この世界で延々と生きる訳ではない妙な体質。

 一期一会と割り切れる粋人なら良かったのだろうが、生憎と彼は凡人である。『死んだ処で如何と云う事も無い』

 そんな台詞を吐いていたようだが、それはそう思わねば生きていけないだけだ。きっと本当に死ぬまで、本物の化物に成るまで延々と苦しみ続けるのだろう。正しく彼こそが『配られたカードで勝負するしか無い』人間なのだ。

 ――この世界に自分が居た証を残したかった。だから自分達を造った。そう思うのは贔屓だろうか。

 クラスの友人達と楽しく笑い合う度に、そんな想いが募る。

 一度死に、それっ切りならばまだ救いは有ると思う。先が無いから。チープな台詞ではあるが、死は一つの救済なのだろう。

 しかし彼にはその救済が無い。

 彼は何時か救われるのだろうか。それとも先に孤独に殺されるのだろうか。

 彼の孤独を癒やす方法。

 それを知りたい。

 茶屋町なのはの生きる目的は、そんな処に落ち着きつつあった。

 そしてそれは、隣の少女も一緒だと思う。確認した訳ではないが、図書館内に在る書物を全て読破しようとしている理由は、多分そうだ。

 こちらの視線に気付いたのか、彼女が問いを発する。

「……彼に、教えてあげた方が良いと思います?」

 しかしそれは、彼とは全く関係の無い話だった。

 当然と言えば当然だが、なのはは少し肩透かしを喰らった気分である。

 彼女の言う”彼”とは、先程二人が見ていた赤毛の少年の事だ。

 ここ暫く、放課後になるとあの少年はあそこでウロチョロ――拳法の真似事の様な事をしている。怖い物知らずで有名な報道部の少女が「何をしているのか」と尋ねると、「ここが気に入って、ここで体術の練習をしている」との答えが返ってきたらしいが、彼女は「あれは階段下から見えるだろうパンチラ狙いだね!」と断定した。どうも目付きが厭らしかった様だ。あの麻帆良のパパラッチが名も訊かずに逃げ帰ったのだから相当だろう。

 兎も角そんな理由で、グージー・スプリングフィールドには「痴漢少年」のレッテルが貼られている。名が知られていないので、我がクラスの教育実習生には飛び火していない。首の皮一枚と云う気がしないでもないが。

 グージーがそこに居座る真の理由は”重い荷物を抱えてフラつき、階段から落ちる少女を助けてフラグを建てたい!”と云う実に馬鹿げたものなのだが、まぁパンチラ狙いとは五十歩百歩だ。

 何にせよ、女子生徒は皆階段の中央を通る様になった。事故防止と云う観点から見れば役に立っていると言えなくも無いが、元々高さ1mのアクリル製転落防止柵が在るので微々たるものだろう。

「……何て教えるの?」

「…………『痴漢少年扱いされている』とは言えないですよね」

 例えどれだけ科学や魔法が発達しようが、知識を貯めて知恵を養おうが。世の中には如何仕様も無い事が有る。

 無力さを噛み締め、なのは達はその場を後にした。

 

 

*****

 

 

 鼎遊教主の持つ技術は多い。二千年近く存在していると言うのだから当然とも言えるが。

 兎も角それらの技は数多の弟子に受け継がれている訳だが、中には使用条件の都合で継承者が居ないモノも有った。対人用暗殺術と咸掛法と霊気の組み合わせによる個人固有技能の開発である。

 妖怪は近接格闘術など使わない。大抵の妖が物理攻撃無効化能力を持っている上、必要以上に頑丈だからだ。人間の知覚外からの攻撃が主でありヒット・アンド・アウェイで一方的に攻撃される事も先ず無いと言って良い。妖術も有るので『効率良く相手の攻撃を避けて打撃を加える』技術など無用の長物と言える。

 魔法使いは基本理念として『世の為人の為』を叩き込むので暗殺術とか論外である。特に『外部からの破壊より寧ろ内部からの破壊を極意とする一撃必殺の暗殺拳』とか見た目グロテスクなモノは。

 咸掛法についてであるが、妖怪は人間よりも習得が容易である。但しエネルギーの増幅量は人間の半分以下となる。そして妖気と霊気がほぼイコールである為”気””魔力””霊気”を混ぜ合わせても大きなパワーアップは望めない。個人固有技能の開発など妖怪の特性と同じになるので無意味であるし。

 そして人間にとって咸掛法は、究極技法とまで呼ばれる程に習得が困難である。そもそも気(=人間の持つ肉体の力)と魔力(=天然自然中に遍在するエネルギー=外気)が反発するのは、”個”に拘る人と云う種が外界からの異物を拒絶する為だ。『自分と云う個は自然の一部』『我亡くして世界は無く、世界亡くして我は無し』等の悟りを経れば外気を自由に扱う(=仙気)事が可能だが、そうすると内気と外気は反発しないので咸掛法とは呼べない(但し咸掛法の出力<越えられない壁<仙気。ネギは咸掛法=仙気と勘違いしていた)。妖怪は天然自然から発生する者が殆どであるので、妖気≒外気、とまではいかないものの、人間よりも遥かに混じり易いと云う状態である。

 したがって『近接格闘術の延長として暗殺拳を習っても犯罪に走らない高いモラルを持った人間』且つ『咸掛法が使い熟せるけれども仙道にはなれない人間』のみが先の技術を扱える訳だ。茶屋町なのははその条件を満たす数少ない例であった。

 尚この技術を見聞したエドガーは、『北斗神拳と念能力かよ』と呟いている。『元始天尊かと思ったらネテロ会長+リュウケンだったでござる』とも。

 まぁそんな理由で、なのはは北斗神拳(正式名称”経絡破甲術”)と念能力(正式名称”三合拳”)を習っている訳である。

 そして老人マッチョに相対する度に思う。

 これは明らかに女子中学生として間違っていると。天を割り地を裂く技術はか弱い乙女には不要だろうと。

「じゃあ今日は、この漫画のこの技、”天地魔闘の構え”を試してみようかの」

「……学園長も漫画とか読むんですね」

「エドガー推薦じゃな。確かに面白いわ」

 創造主の推挙する技ともなれば是非も無い。

 自分は無知だ。何が必要で何が不必要かも判断出来ない程。

 今は未だ、与えられる知識を全て吸収する時期だ。

 そしてその全ての知識を活かし。

 いずれは己の個を確立して――。

 

 あの人に認められたい。

 あの人を支えたい。

 

 これはきっと、子供が親に認めてもらいたいと思う気持ち。

 自分が彼に褒められたいと思うのは、生まれて二年の子供だから。甘えたい年頃だからだ。

 私が欲しいのは、親子の情であって異性としての愛情ではない。

 

 ……筈だ。

 

 

 

 魔法少女茶屋町なのはは人造人間である。

 彼女を開発させた日本妖怪連合は、世界平和を願う正義の秘密結社であった。

 魔法少女は人類の自由と、あと何だかよく分からない靄々の正体を理解する為、日夜修行を続けるのだ。


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