百鬼夜行 葱   作:shake

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一ヶ月とか言いながら一年一ヶ月放置。よくあるよくある。

……ホントすいません。


第十四話 「茶屋町なのは」

 

 結局の処自分が彼に対して抱いていた感情は、恋ではなかった。その事を自覚した時に覚えたのが虚無感ではなく安堵だった辺り、矢張り自分は恋愛から程遠いのではなかろうかと云う懸念が残る。

 彼等三名が大幅に霊格を上げたあの日、茶屋町なのはがエドガー・ヴァレンタインに抱いていた感情は掻き消えた。

 彼を支えたい、彼に褒められたい、彼と”一つに成りたい”と云う気持ち。それが、朝日に祓われる闇の様に。

 当初は如何云う事かと混乱したが、話を聞いて理由に思い至り、納得した。出来てしまった。

 つまり自分は彼の魂からそれと知らずに分割された彼の一部分であり、そうであるが故に彼と再び交わる事を欲していたのだ。彼の霊格が別人と言える程急速に成長した為、その欲望が消えた訳だ。父への思慕でも少年への恋慕でもなかった。ただ過去の自分に戻りたい、取り戻したいと云う無意識の欲求を、”恋”ではないかと勘違いしていただけだったのだ。

 否。自分の中の不可解な感情を説明する為の言葉として”恋”が選ばれたと言った方が正しいか。

 恋。

 それは鳳凰を雛に還し仔犬を天狼へと変える感情。素敵な好奇心であり精神疾患であり奇妙な執着でもあるらしい。

 只の言葉だと言ったのは誰だったか。『感じられれば力やな』と返したのが木乃香だったから、恐らく3-Aの誰かだったとは思うが。

 確かに恋は言葉である。

 そして呪である。祝でもある。

 要は、感情に付けられた名前、精神制御(マインド・セット)の為の鍵語(キー・ワード)だ。

 解釈応用発展の形は千差万別であり、時期や体調に因っても当然変わる。それに至る方程式は有史以来誰も知らず、紐解いたとしても誰からも褒められはすまい。そんな言葉だ。

 しかし誰もが経験し、失うなり叶えるなりする通過儀礼でもある。

 その貴重な経験を、未だ自分はしていない。

 剰えその機会を失した事を、悲しむでもなく寧ろ歓迎している。

 ――何か、駄目な気がする。

 こう、一人の人間としてと言うか女子中学生として。

 

 そう云った事を目の前の友人に相談したら、深々と溜息を吐かれた。

「別に女子中学生だから恋をしなければならないなんて法は無いんですから、良いんじゃないんですか?」

「いやーまぁそうなんだけどね?でもさ、こう……何か有るじゃない?」

「言いたいであろう事は何となく分かりますがね」

 放課後の夕陽差し込む教室。男女であれば良い雰囲気となるのであろうが、女同士で片方は妖怪である。しかも相談内容は恋愛と言うより人生相談の様相を呈していた。

「恋を知らない事が劣っているだとか、恋愛経験が多い事が優れているなんて事はないんです。恋をしなけりゃ美しくなれないなんて事もないし、強くなれない訳でもない。愛情は人格形成の上で重要でしょうが、恋が必要と云う事も無いでしょう?一生恋を知らずに生きる人も居れば、初恋が幼稚園の先生なんて人も居る。平均なんてものと比べ様も無いモノなんです。恋愛に憧れを抱くと云うのも分かりますがね。期待し過ぎても良い事は無いと思いますよ」

「……そうね。そうよね」

 道理だなと理性では思う。しかしそこで止まるから恋愛に至れないんじゃないかと感情は反発する。

 結局、頭を抱えて再び悩む事になる。

 そんななのはに、奏は呆れた様な声を掛けた。

「――まぁ、恋愛だったら私なんかよりも長谷川さんに相談した方が良いと思いますけどね」

「え?長谷川さん?そりゃあ確かに乙女ゲームには詳しそうだけど」

「いえ、そうではなく」

 チクリ用と表紙に書かれたメモを捲りつつ、奏は何でも無い様に割と重要な情報を吐いた。

「長谷川さん、エドガーさんと付き合い出したらしいですよ?」

 

 

*****

 

 

「どぉ――云うこっちゃぁぁ――――ッ!!?」

「止めろバカ、暴れるな、うわっ」

「このちゃんっ!?ちょ、誰か学園長を、」

 今の先に聞いた情報を確認する為腕まくりしつつ寮に帰れば、既にぬらりひょんの孫が暴走していた。

「ぁタァッ!」

「ごほっ?!」

 取り敢えず後ろから近付き秘孔を突いて黙らせておく。

「あ、茶屋町さん。助かりまし――」

「秘孔、”新一”を突いた。木乃香の意志とは無関係に、語尾に『バーロー』が追加される」

「ちょっ!?」

 冗談である。”新一”は訊かれた事に対して隠し事が出来なくなる秘孔だ。決して『頭脳は大人、体は子供』になったりはしない。と言うか突いたのは単なる暴徒鎮圧用の秘孔”定神”だ。気絶させ、精神を沈静化させる効能が有る。

 そんな事を説明しつつ、長谷川千雨の部屋に居座る。ここに来る迄に抱いていた靄々とした気分は、それを発散しようとしていたであろう木乃香を見て大部分が消えていた。同じ理由で憤る人間が近くに居ると、相乗してボルテージが上がるか逆に沈静化するかの二つになる。その後者の例であった。

「……で、お前ら何でここに集まってんの?」

「それは、」

「野次馬です」

「野次馬って――」

「何でもエドガーさんとお付き合いを始めたとか」

 どう切り出そうかと悩んだなのはを尻目に、桜崎刹那はストレートに切り込んだ。麻帆良上層部、特に酒呑童子を差し置いて『麻帆良の斬り込み隊長』と呼ばれているだけはある。『鬼に逢うては鬼を斬り』ではなく『鬼を追うては斬り刻み』の精神だ。そこが痺れる憧れる。

 代償として千雨の顔は引き攣っているが。

 ここで起こさなかったら後が怖そうなので、秘孔を突いて木乃香を目覚めさせた。

「はっ!こ、ここは!」

「お早う木乃香。今刹那が千雨に追い込み掛け始めた処よ」

「ぉ……おう。流石は斬り込み隊長やな」

 斬り込み隊長云々を言い始めたのは、もしかしたら木乃香かも知れない。そんな事に思い至る。よく考えれば、彼女以外がそれを言い出せば酒呑童子はマジギレしていただろう。木乃香に甘い彼だからこそ、そんな彼女の親友だからこそ、その肩書が許されているのだろう。意外と重い渾名である。

「で、どちらが先に交際を申し込まれたのですか?」

「……何と言うか、意外だな。桜咲はそう云うのに興味無いと思ってたけど」

「がっつり有ります。少女漫画だって読んでます。『百鬼夜行抄』とか」

「あれ少女漫画って言い切って良いのかなぁ」

「『ネムキ』は少女漫画雑誌やで?」

 大半の中学生が知らなさそうな隔月雑誌は兎も角。刹那は追求を続けた。

「で、どちらが先に交際を申し込まれたのですか?」

「私からだ。アイツはちょっと戸惑っていたが、結局首を縦に振ったよ」

「……あれ?何か思ってたリアクションと違う?」

「……まぁ大体言いたいであろう事は分かるけどな。こちとら身体は十四でも頭は一万超えてんだ。今更小娘みたいな反応は出来ねぇよ」

 そう言って肩を竦める千雨は余裕だ。対する刹那はちょっと悔しそうである。

「ぬぅ……!期待していた展開と違いますね…………で、では!その、キ、キキキキスはもう?!」

「噛みまくってんなぁ……あ、そう言やキスはしていないな」

「れ、冷静やな千雨ちゃん……」

「大人!大人だわ!」

 木乃香となのはが慄く。千雨は薄く笑った。

「で?訊きたい事はそれで終わりか?終わりならとっとと出てけ」

「は……ははぁ!」

 三人共思わず時代劇風に頭を下げていた。乙女ではなく熟女の貫禄である。”お()ん”と云う単語が頭を(よぎ)るが、よく考えればなのはにとっては父の伴侶。義母と言っても間違いではなかった。

 

 兎も角全員が追い出され、三人でなのはの部屋に集まる事となった。

「く……千雨ちゃん……!あの子はもうウチらの知っとる千雨ちゃんとは違うんやな!」

「何かアレね。間違ってはないんだけど激しく間違ってる気がする台詞ね」

 そんな事を言いつつポテチを摘む。

「と言うか、恋と言えば。明日菜はどったの?焼け木杭に火が付いた」

「――あんな。何て言うか、酷いで?こう、寝台(ベッド)の壁に高畑はんの写真を貼って、夜中に息を荒げとる。トイレが長い回数も増えとるしな。記憶が戻る前より悪化しとるわ」

「うわぁ」

「下手したらストーカー化しそうな感じやな」

「うへぇ」

 頑張れ高畑・T・タカミチ。光源氏計画の失敗は自らの命で償うしかないのだ。仮令本人にその気が無くとも。

「まぁそこら辺は大人に責任を取ってもらうとして……せっちゃんは何やっとるん?」

 刹那は胡座をかいて、頭をふらふらと揺らしていた。よく分からない動きである。

 と。

 急に彼女は右手を振り上げた。途端、何かが畳の上を転がる様な音が聞こえる。

「?何や?」

「ふむ。成功した様ですね」

 ヒョコリと刹那は起き上がり、椅子に座った。

「先程の長谷川さんの態度に若干の違和感を覚えたので、彼女の部屋の音だけ聞こえる様、空間を斬ってみました」

「ごめん。空間を斬るって、何?向こうの音声が聞こえるって、こっちの音は?」

「空間って、こう、ほら、こんな感じになってるじゃないですか。それをこう、斜めに斬り上げる事によって、あっち側の音声だけを聞いてこっちの音声を流さないと云う風にですね」

 言いながら彼女が中空に複雑な図形を描くが、サッパリ意味不明であった。思わず木乃香を見ると、首を横に振っていた。

「せっちゃんは感覚で生きとるから」

「さよけ」

 仙人に理解出来ない事が、自分に分かる訳が無い。なのはは理解を諦めた。

「まぁ魔術や妖術で覗く訳やないから、結構隠密性は高いで?」

「え、妖術じゃないの?!」

「恐るべき事に剣術や。しかも気も魔力も使(つこ)うとらん、純粋な、な」

「何それ怖い」

 桜咲刹那、恐ろしい女である。と言うか剣術の奥が深いのか。何時の間にか、映像まで中空に浮かんでいるし。

「……実は刹那って仙人並?」

「仙術が使えん()うだけで、一対一なら爺ちゃんでも危ういからなぁ」

「そんな、恐れ多い!私なんてまだまだですよ」

 顔を赤くしてブンブンと首を振る刹那だが、木乃香がボソリと呟いた「せっちゃんの基準はエドガー師匠とネギ君やからなぁ」との言葉に思わず凝視した。神殺しを基準にしたら駄目だろ。見た目は子供、中身は史上最強なのに。

 けどまぁその辺の事を掘り下げると大変な事になりそうなので、取り敢えず千雨の行動に目を遣る事にした。

「――て言うかこれ、盗聴……撮影はしてないから……盗視?じゃない?」

「出歯亀でええんちゃう?あと裏切り者の秘密を暴くくらいは乙女の権限やと思うわ」

 そんな権限は無い筈だが。

「しっ!長谷川さんが何か言い始めました!」

『くぁぁぁっ!恥ずかしっ』

 クッションに顔を埋めて千雨は呻く。どうやら先程のアレは無理して取り繕っていたらしい。耳まで真っ赤である。

『キスとか出来る訳無いだろ!恥ずかし過ぎるわ刹那のアホッ』

「これだっ!このリアクションが見たかった!」

「正直過ぎるわせっちゃん……」

「流石感覚で生きてるだけはあるなぁ」

 二人して刹那の態度に呆れつつも、千雨の言動には注目している。顔は、クッションに包まれ未だ見えない。

『キ、キスなんて……エドガーと…………!』

 身悶え、畳の上を転がる千雨。先程の音の正体が判明した。首筋まで赤くなっている上両足バタバタ付きである。

「はふぅ……可っ愛らしいな千雨ちゃん」

「素晴らしい反応です!これです!これでこそ長谷川さん!これでこそ序列四位!」

「序列関係無いよね?でも可愛い」

 刹那の台詞ではないが、確かにこれこそが期待される乙女の反応だろう。胸がキュンとする。そして自分も何時かこんな風に誰かを想いたい。

 三人が息を吐いた。

 と。

 ピンポーンと呼び鈴が鳴る。

「ん?来客?」

「ああ、長谷川さんの方ですね」

 成る程、千雨が髪型と服装を整え玄関に向かう様が見えた。迎え入れられたのは――奏であった。何となく、何となく嫌な予感がする。

『どうしたんだ?田上が私の部屋に来るのは珍しいじゃないか?』

『そうでしたかね?まぁそれよりご報告しなければならない件が』

『何だ?学園祭の件か?』

『いえ。先程なのはに”恋愛相談なら長谷川さんにしろ”と言った際、あの子は”長谷川さんは乙女ゲームに精通してそう”だと』

『――ほう』

 チクリやがった――ッ!?嫌な予感の正体はこれかッ?!

 否、この程度ならばあんな、生命の危険を感じる様な事は有るまい。平身低頭すれば今月のお小遣いを上納する程度で収まるし、あの二人が逃亡する事も無い。

 ……あの二人が居ない?

 背中を這う死の予覚は田上奏の妖怪としての能力を思い出させ、空間転移の術式構成を編み始める。

 ――彼女は”空間”を操る結界自在妖……

『それと、桜咲刹那が空間を斬って貴女を出歯亀していたみたいですね。繋がった先は』

 彼女の言葉を最後まで聞く余裕は無かった。

「我は踊る――」

『茶屋町の部屋』

「天の楼閣ッ!!」

 呪文により空間転移は完成した。破壊音は聞こえなかったが、死神の鎌は未だ自分に纏わり付いていた。

 

 

*****

 

 

 闇を友とせよ。それは恐れるものではない。見えぬ事を恐れるな。夜に紛れ気配を殺せ。自然と一体化せよ。周囲に溶け込むのだ――。

 一子相伝の暗殺術。その教えは追跡者から逃れる為に生きていた。

 せめて三日は間を置かねば確実に殺される。炭酸飲料を飲んだらゲップをするくらいに確実である。地に伏せ泥水を啜って生きねばなるまい。

 溜息を吐きたい気分ではあるが、今紛れている闇から出る訳にはいかない。弱音を吐くのは三日後であるべきだ。

「はぁ……」

 ん?と思う。今の溜息は……。

 誰が吐いた吐息かと探せば、自分が隠れる樹の向かい側に元教育実習生の少年が座っていた。

 ネギ・スプリングフィールドである。麻帆良序列第一位、と言うか最強の少年だった。

 ――チャンス!

「どったのネギ君?」

「うわっ!?」

 隠形は完璧だったので、ネギは大層驚いた様である。

「な、何だ、茶屋町さんでしたか…………そんな所で何やってるんですか?」

「夜のかくれんぼ」

「星新一ですか?」

「違うけど」

 そう言えばそんなタイトルの掌編集が有ったなと思い出す。

 まぁそれは兎も角ここで彼に恩を売る……か彼の庇護下に入るかすれば、生き延びられる目算は出て来る。三日間彼女から逃れ果せるよりは確率が高かろう。

「で、何で溜息吐いてたのよ。おねーさんに話してみ?」

「いえ、茶屋町さんには関係無い事ですので……」

「そりゃそうでしょうよ。でも話す事で気が楽になるって事も有るわよ?モノは試しって事で」

「……弱味握ろうとか考えてません?」

「ちょっとは」

 第一位に嘘を吐いた処でバレるのがオチである。なので正直に話す事にした。

「実はネギ君の力を借りたいのよね。だから相談に乗るわ」

「……ま、良いでしょう。でも相談料以上の手助けはしませんからね?」

 深々と息を吐く十歳児。行動と雰囲気は、迚も十歳児には見えないが。

「オケーイ。じゃあ話してみんしゃい」

「……実はですね。最近失恋しまして」

 予想以上にヘビーだった。つうか、あれ?これって十歳児に恋愛経験で負けてんじゃね?いや待て私は実質未だ二歳児だ。負けて当然だ落ち着け落ち着くんだ。人造人間は狼狽えない!

「あ、相手は?」

「長谷川さんです」

「――ああ、火付盗賊改方の」

「いや宣以(のぶため)さんじゃないです。千雨さんですよ」

 いつの世にも悪は絶えない。エドガー幕府は凶悪な賊の群れを容赦なく取り締まる為、恋の火付盗賊改方と云う独自の機動性を与えた特別警察を設けていた。その長官こそが長谷川千雨。人呼んで鬼の血雨である。

 あ、適当に現実逃避してたらぴったりな誤変換がががが。

「ままままマジで!?」

「――そんな驚く程の事ですか?」

「そりゃ驚くわよ!私の脳内内場勝則が『さぁ皆さんご一緒に!』って言ってるわよ!!」

「いやそれちょっと訳分かんないですね。誰です?」

 吉本新喜劇の座長である。衝撃の事実が判明した際、『い、いぃ――――!?』と驚くギャグが有名な人物である。多分関西限定だが、有名なのだ。

「そこは気にしないで驚いたと云う事実だけを汲み取って頂戴!え、て言うか、何!?何で千雨ちゃん!?」

「え、だって一緒に修行した身ですし」

「あ、そっか」

 そう言えばそう云う繋がりが有った。エドガーと千雨、ネギは共に地獄で地獄の修行をしたのだった。ちょっと聞き意味が分からないが。

「――それで、好きになったの?」

「ええ。修行中、僕に優しく接してくれて。何かと世話を焼いてくれて……。最初は、お母さんみたいだなって思って。でも、それから段々と惹かれていって」

「ほ、ほう」

 あ、これ恋愛偏差値完全に負けてるわ。

 なのはの心を敗北感が満たす。不思議と、悔しさは無かったが。

「……けど、徐々に綺麗になっていく彼女は、師匠に恋してたんですよね。彼女にとって、僕は弟みたいなもので」

 ネギは、泣きながら笑っていた。涙は無い。けれど泣いていた。

「ネギ君……」

 少年の顔を見ていると、胸の奥が痛む。初めての感情だった。

「今日、長谷川さんが師匠と付き合い出したって聞いて……何か、悔しさと切なさと、相手が師匠ならって云う諦観と祝福しなきゃって感情がごちゃ混ぜになって……!」

 何時の間にか、なのははネギを抱き締めていた。そうしたい、そうしなければならないと思ったのだ。

「ネギ君。貴方は今、泣いていいのよ。声を上げて。涙を流して」

 そう言うと、彼は声を殺して涙を流し、その内声を上げて泣き出した。なのははただ彼を抱き締め、背中を擦るだけだった。

 彼が泣き止み己を取り戻したのは二十分後。それだけで、その時間だけで彼は立ち直っていた。

 ――男子三日会わざれば、って言うけど……。

 二十分。一度泣いただけで、彼はもう、先程までの彼とは違っていた。彼は最早少年ではない。

「――ありがとうございました、茶屋町さん」

「なのは、で良いわよ。ネギ君」

 そして自分も、何かが決定的に変わっているのを自覚する。

「もう、大丈夫そうね」

「ええ」

 頬を赤く染めて、ネギが頷く。

「よし。じゃ、行こうか」

「?何処へです?」

「そりゃあ勿論、長谷川さんの所よ」

「はへ?」

 ぽかんと口を開けたその表情は子供のそれで。なのはは少し笑ってしまった。

 

 

*****

 

 

「……お前の好意には気付いてたさ。でも、家族愛だと思ってた。すまん」

「それは、まぁ、当然ですよね」

「ま、なんだ。お前が私を好きになってくれた様に、私もエドガーを好きになったんだ……お前の気持ちに応える事は出来ない」

「はい!」

 ネギ・スプリングフィールドは長谷川千雨に自分の気持ちを伝えた。振られる事は分かっていた。それでもちゃんと自分の気持ちを伝えておくべきだとなのはが主張し、ネギもその意を汲んだのだ。結果、彼は清々しい気持ちでその失恋を誇る事が出来た。

 あの場で溜息を吐いたままで、泣きもせずにいたならば得られなかった気概である。

「……良い顔だな、ネギ」

「ありがとうございます」

 千雨の微笑みに、それでも少しは未練を感じつつ、ネギはその場を辞した。

「――良い顔になったわね、ネギ君」

 部屋の外ではなのはが待っていた。

「ありがとうございます、なのはさん」

 そのはにかんだ笑顔に、なのはの心臓は小さく跳ねた。

 ああ。これか。

 これが、恋か。

 なのはは少年の手を握って一緒に歩き出そうとし、

 

「で、お前は只で帰れると思ってんのか?」

 死神に魅入られた。




恋愛について自分なりに考えてた結果、スランプに陥り一年放置。恋愛経験に乏しい作者ですいません。
まぁ言葉や文章で語るのには限界があり、物語並の文量が必要だと云うのは分かりました。
と云う訳で次回は来年以降。二年放置されたらエタったと思って下さい。

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