百鬼夜行 葱   作:shake

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メタ発言……らしき台詞が有ります。


第十二話 「妖怪仙人」

 

 明治初期に武蔵へと渡って来た異人達は、魔法と云う異能を以ってその地に住まう人々を追いやり自分達の要塞を築き上げた。そして何とも馬鹿らしい事であるが、”マホウ”を捩った”マホラ”と云う名をその場に付けた。

 調子に乗っていたのだろう。この地は我々の物だと内外に示したかったのだろう。

 長きに渡りこの地で、この国で活動したいと考えるならば、せめて名を変えるべきではなかった。”名付け”は、最も短い呪術なのだ。

 呪いは”麻帆良”に満ち、その生態系を常識外の物へと変貌させた。大きな魔力容量を持つ者、精神操作系魔法が効き難い体質の者。それらが生まれ易い場所。そこはそう云う土地に成った。

 これは、魔法使い達にとっては嬉しい誤算だったのだろう。ここに魔法使い用の教育機関を作ろう、いやいっそ大規模な学園都市として発展させよう。議論は白熱した。そして、その地に在る巨木を用いた大規模な認識阻害魔法を掛け続ける事で魔法の存在を隠蔽する”麻帆良学園都市構想”が本決まりとなった。

 しかし、それが実現する事はなかった。呪いは、先の事象を引き起こしただけには留まらなかったのである。彼等が想定し得なかったもう一つの誤算。それは『妖怪が非常に生まれ易く過ごし易く成長し易い環境になった』と云う事だった。故にその地を求めて数多の魑魅魍魎が集まり巨木は妖怪化し。関東魔法協会は発足後十五年で妖怪達に乗っ取られる事になった。

 麻帆良学園初代学園長 白蔵主(はくぞうす)。寺の法師を食い殺し、五十年間成り代わっていたと云う実績を持つ狐の妖怪である。彼は広域認識阻害魔法に拠る魔法の秘匿を邪道と断じ、『魔法は最後の手段』と云う麻帆良魔法使いの基本方針を生み出した。教育の重要性を説き、麻帆良から多くの技術者教育者を輩出した事でも有名である。

 二代目杉山僧正(すぎやまそうしょう)、三代目鉄鼠とその方針を踏襲し、そして第一次世界大戦を経た後の四代目、酒呑童子(しゅてんどうじ)が『魔法なんざ、詠唱前に潰してしまえ。魔法障壁?割れるだろ簡単に』と体術関連の授業を取り入れた。これは当時の国体にも合致し、『麻帆良の体術は軍を精強ならしめん』と全国的にも広められた。

 ここで今度は酒呑童子が調子に乗った。彼には毒酒により弱った処を討ち取られたと云う過去がある。故に”正道で自分を打ち破れるだけの力を持つ人間を育てる”と云う妄執に取り憑かれたのだ。京都に赴き神鳴流剣士を教師として招聘したり、大陸に渡って自ら拳法の修行に励んだりもした(彼が抜けたので、五代目は茨木童子(いばらきどうじ)が任されている)。表の一般人に彼の指導を受けさせる訳にはいかなかったが故、標的とされた魔法生徒は堪ったモノではなかった様だ。直弟子の内数名は、死後鬼と化して彼の眷属と成っている。

 それでも日米間の戦力差を覆すには至らず、第二次では手痛い被害を受けた。麻帆良が日本の舵取りを任せられるだけの力・頭脳を持った官僚政治家の教育に力を入れ出したのはその頃からである。

 六代目文車妖妃(ふぐるまようび)は初の女性学園長であり、戦後の女権拡張に於いて大いに活躍した。七代目は芝右衛門狸が鞭を執り、芸術活動の発展に寄与している。八代目雲外鏡(うんがいきょう)には表向き大した功績は無いが、MMに対する交渉に於いては絶大な力を振るった。

 そして九代目ぬらりひょん。一九七八年から麻帆良大学の学長を勤めており、人間世界の戦争に於いて数々の作戦を指揮した。その功績を以って、一九八七年からは学園長を勤めている。

 彼は杉山僧正と同じく仙人であり、また日本妖怪を統べる首魁でもある。今迄何名もの弟子を取り、そして育ててきた経験が有った。凡才も天才も分け隔て無く教え、数々のトラブルを乗り越えてきた自信と力が有った。

 有ったが。

 ――これは、詰んどるんじゃなかろうか。

 彼は学園内に何箇所か在る学園長室の一つで頭を抱えた。

 発端は渡良瀬瀬流彦の齎した報告書である。

 造物主(ライフ・メイカー)を名乗る”道士級”魔法使いが創り出した人造異界、魔法世界。そこで行われた戦争により名を上げた魔法使い、ナギ・スプリングフィールドの息子グージー。彼が悪魔に襲われ精神汚染を受けた可能性が有る。或いは悪魔に取って代わられた可能性が有る。そう云った報告書だった。

 この麻帆良を覆う大規模結界を許可無く通れる悪魔は理論上存在しない。なので彼が悪魔と云う事は無い。しかし幼少時の心的外傷後ストレス障害により精神に傷を負っている可能性は高い。なので、カウンセラーである妖怪サトリに彼の精神を精査させた。

 結果。

 彼が”神様転生者”であると判明した。

 自分達がとある漫画の登場人物である、と云うのはまぁ良い。エドガーと云う天然転生者が居るのでその可能性は以前から考えられていた。問題は、グージーを転生させた”神様”が、かなり気軽に世界を弄り回していると云う事実だ。彼の思考は愉快犯に近いと推察される。”魔法先生ネギま!”と云う物語が終われば、読み飽きた漫画の如く”世界”ごと消される可能性が有った。

 勿論、そのまま置いておかれる可能性も有る。有るのだが、それは楽観的な見解だと思われる。数多の人間に接見してきた妖怪の勘が告げている。彼奴はこの世界を只の玩具としか見ていないと。飽きれば、それが場所を取る物なら即座に捨てる。そう云う生物だと。

 しかし。

 ――実際、如何する?

 自分達は神仙と呼ばれている。それに相応しい力も有ると自負している。が、人造異界程度ならば兎も角宇宙一つを丸々気軽に創り出せる様な存在を相手に出来るかと言えば、甚だ心許無い。と言うか絶対負ける。そもそも宇宙外に出る方法が――。

「――有る、か」

 ボソリと呟く。

 渡世真君。この世界の外から来た男。何度も異世界を行き来した存在。

 獣化魔術。彼のコピー存在と成り得る変化の術。そして彼自身が妖怪サトリと同等に成れる技術。

 つまり彼が成長すれば、”神”と出逢いてその考えを覗けると云う可能性が有る。

 ――だが覗いて……それから先は?

 物理攻撃が可能なのか。いきなり精神攻撃をされたりはしないか。そもそも彼我の体長比は?

「やっぱり詰んどるのう」

 所謂無理ゲーと云うヤツじゃろう、これ。素人が玉単騎で名人に勝つ、否、生まれた直後の赤子が全世界を相手に戦う様なものだ。

 だが。

 それでも。

 ――足掻くくらいはせんとな。

 嘗てエドガーは自分の事を元始天尊に似ていると言ったが、絶望的な実力差が有る強者に挑むと云う状況まで似なくとも良かったのに。

 まぁ取り敢えず、嘆くのは後にして。ちょっくらエドガーに頑張ってもらおうか。

 近右衛門は、電話に手を伸ばした。

 

 

*****

 

 

 パンチラ漫画ですね。などと現役少女漫画家に言われて少し言い得て妙だなと納得してしまった。

 学園長室ではなく妖界側の自宅、それもダイオラマ魔法球内に招いての会話である。相手が神なら無駄だとは思うが、少しでも気取られる可能性を下げたかったのだ。知られた時点で全てが終わる、と云う事も有り得るのだから。

「これ読んで思い出しましたよ。あざと過ぎて、『そこまでされたら降参するしかありません』とか別の漫画家に言われてましたね確か」

 グージーの記憶を転写した漫画単行本三十八冊。視線を媒介とする暗黒魔術と分割思考処理能力により、それを読み終わるのは数分で済んだ。魔力の無駄遣い、と言える程も魔力を使っていない辺りは流石と言える。

「評判だけ聞いていたけど読んだ事が無かったから、今迄全く気付きませんでした」

 人気は有って幾つか漫画賞を受賞してたと思いますけどと続けられたが、正直な話如何でも良い。問題はそこではないのだから。

「二次創作は相当数有りましたから、”これ”も”その”類でしょうね。ご想像通り」

「矢張りお主もそう思うか……」

 片眉を少し上げて、続きを促す。

「”原作”のメイン話は魔法世界の救済。最後の敵は造物主。魔法世界の救済方法は確立出来ているし、我々が道士級に遅れを取るなど有り得ない。よって残りは完全に消化試合です……なので」

「早くに飽きられる、否既に飽きられている可能性が有る」

「そうですね。出落ち・主人公側強過ぎ・世界の危機があっさりと回避されている……ジャンプなら十週打ち切りレベルですから」

 原作はマガジン連載でしたけどと、最短で卒業した弟子が言う。只管に如何でも良い情報であった。

「話を聞いた感じ、オリ主チート無双とか好きそうな感じではないでしょうし」

「それは、オリジナル主人公がズルして敵を蹂躙している状態、と云う事かの?」

「あ。そう云う事です。説明不足でしたね。二次創作物関連のネットスラングです」

「ふむ。確かにそう云う展開が好きなら、グージー君に凄い能力を持たせるだけで済むからのぉ。『自分が読めない展開』など欲しはせんじゃろうよ」

 この先の展開など小学生でも分かる。魔法世界の救済方法を先に知ろうとは思っていないだろうが、それが読まれた時点で世界は消滅させられるだろう。と、云う事は、この会話もそれ程気にせず行っても良いのかも知れない。何しろ、ここで”オチ”の最終確認をしている可能性は高いのだから。暇潰しが望みならば、ここでの会話はシャットダウンしている筈だ。

「つまり、麻帆良祭りまでに神殺しを行うか。造物主側を夏休みまでにグレードアップさせて延命措置を取るかの二つに一つかと」

「いっそお主が世界中に撒いた人造人間を使って世界征服にでも乗り出してみるか?受けそうな気がするが」

 予想だにしていない場所からの、台本に無い展開。

 ……思い付きで言ってみたが、結構面白そうだ。どうじゃ?と確認してみると、暫し黙考した後エドガーは「一瞬イケそうかと思いましたけど、魔法世界の英雄クラスに力を落としてやり合った場合でも、死傷者が億単位になりませんかね?」と疑問を返してきた。

「……ああ、うん。確かにそうじゃな。適当に手を抜いても、被害が尋常じゃなくなるの」

 世界崩壊と天秤に掛ければ流石にそちらを取るが、それは最後の手段とする他無い。

「漫画だったらエロ方面の梃子入れとかで何とかなるんですけどね」

 ああお主の漫画の話かと言うと、目を逸らされた。今月号のアレで、何とかなったのか。

「……アンケート結果は割りと良かったですね」

「少女漫画雑誌でも、そう云う梃子入れは効くんじゃのう」

 話は脱線したが、そのまま闇を抜けて最果てでも目指したい気分である。

 現在二月十二日。麻帆良祭りは六月二十日から、夏休みは八月末まで。ダイオラマ魔法球を使用したとて今より四ヶ月で神殺しが可能か?と問われれば首を傾げる他有るまい。最早、座して死を待つ他無いのだろうか。

「ま、私は出来るだけ修行を行い、霊格を上げてみますよ。そして世界を渡る為の術式を構築する。正直な話、ダイオラマ魔法球を使っても何年掛かるか分かりませんが」

「うむ。頼んだぞ。儂も頑張ってはみるが、成長期は完全に過ぎとるからのう……」

 エドガーやネギと云った成長期の若者に頼らざるを得ないと云うのは心苦しいが、こればかりは如何仕様も無い。

 顎鬚を手櫛で整え、近右衛門は溜息を吐いた。

 

 

*****

 

 

 何とかなりそうですとの連絡を受けたのはその十一日後、二月二十三日の日曜日であった。最初聞いた時は何の冗談かと思ったが、どうやら本気らしい。十日間魔法球に篭もり切りだったとしても六十年。それでも目処が立つ程の成果を上げられるものだろうか。

 疑問を持ちつつもやって来た彼等を迎え入れれば、成程確かになんとかなるかも知れないと思わせる風格が感じ取れた。と言うか。中等部の一般女子生徒が一人混じっている上、その彼女が自分よりも格上になっているのは如何した訳か。

「ええと。そちらは、長谷川千雨君、じゃったかの?」

「あ、はい……」

「ちょくちょく結界を抜けてコチラ側に来ていたのは知っておるが……君、そんなに強かったかの?」

「……この馬鹿に、無理矢理修行させられて」

「責任取って結婚しよ」

 うかと思います、と続けたかったのだろうが。その途中で赤い花が咲いた。速過ぎて見えなかったが、恐らく千雨の突っ込みであろう。完全に頭部が弾け飛んだと思われるが、彼女が拳を引いた時には何も無かったかの様に修復されていた。なのでまぁ、見なかった事にする。千雨の頬が若干赤かったのは、多分返り血だろう。

「それで。如何やったんじゃ?」

「まぁ切っ掛けは、人造人間ですね。彼等彼女等を造る時、その魂は何処から来ているのか?答えはなんか、自分の魂魄を分割して与えていたみたいでして」

「要するに?」

「影分身で修行チートだってばよ」

「成程のう」

「あ、それで分かるんですね学園長……」

 千雨が冷や汗を垂らして少し煤けているので、一応フォローしておく。

「生徒とコミニュケーションを取ろうとするなら、漫画やゲームはかなり有効なツールじゃよ」

「ああ成程」

「チャンピオン読者が少ないのが悲しいがの」

「趣味で読んでますね?」

 否定はしない。

 まぁそれはさて置き。近右衛門は霊格が”異常に”上がっているネギを見る。

「で、ネギ君も同じ修行を?」

「はい」

「……この霊格差は?」

「潜在能力の差です。若しくは公式チート主人公とパンピーの差」

 エドガーの言葉にふむ、と顎鬚を弄る。一般人(パンピー)、などと嘯いているが、エドガーの霊格も相当なモノである。ドラゴンボールで例えるならば、一般人が戦闘力5、近右衛門がフリーザ最終形態、千雨がセル最終形態、エドガーが超サイヤ人3の悟空、ネギが超サイヤ人4のゴジータくらいと言える。超一星龍(スーパーイーシンロン)相手なら余裕で勝てる陣容だ。

 ……”神”が、そのレベルであれば良いのだが、こればかりは相対してみなければ分からない。

「――ネギ君。長谷川君。既にエドガー君から聞いていると思うが、今度の相手は一筋縄ではいかない存在じゃ。君達の力、是非とも我々に貸してもらいたい」

「ええ。勿論です!」

「はぁ……私のキャラじゃないんだけどなぁ……まぁ何の抵抗もせずに殺されるってのは癪に障るから、手伝いますよ。学園長」

「うむ。有難う二人共」

 若者達の瞳を見、近右衛門は相好を崩した。強大な敵と立ち向かい、成長する少年少女。王道じゃのうと悦に浸る。

 これで問題は片付くだろう。残っているのは、あのちょっと歳を食ったタカミチ少年の問題だけか、さてどうやって更生させようかとそんな事を思案する。

 が、その思考はエドガーにより中断させられた。

「学園長?当然貴方も修行に加わってもらいますよ?」

「え?儂、成長期を過ぎとるからこれ以上の戦力強化は……」

「始める前から無理だと決め付けるなどと、学園長らしくもないですよ。大人しく僕等と一緒に地獄の特訓を味わって下さい」

「まさか学園長ともあろう者が、子供に全てを任せて一人高みの見物などと……まさか、ねぇ?」

 若者達の瞳を見、近右衛門は若干の恐怖を覚えた。地獄の様な特訓を経、成長した少年少女。王道じゃが、その地獄への道連れに爺を求めるのは間違っとるよ?

「さあ。どんどんダイオラマ魔法球に仕舞っちゃいましょうね」

「わ、儂はまだ学園の仕事が――」

「私が影分身(魂魄分割)変化の術(獣化魔術)で片付けときますんで安心して下さい」

「ほ、他の妖怪仙人はっ」

「歴代学園長は既に皆招待していますんで寂しくないですよ」

 安心して下さいと微笑む長谷川千雨とネギ・スプリングフィールドの顔が、大鎌を振るう死神に見え。

 近右衛門は若者達の成長に涙した。

 

 

*****

 

 

 死なないお化けが死にそうになるって如何云う事よ?と云った感じの修行と神の討伐を経た三月八日。近右衛門は久しぶりに娑婆の空気を味わっていた。とっくに成長限界を迎えていると思っていたこの体も、実はまだまだ成長の余地が有ったらしい。苦しかったあの修行に思いを馳せ――る事はせず目を逸らした。だって涙が出ちゃう。化物でも。

「……何で生きとるんじゃろう、儂」

 心底不思議だった。実際には幽世(かくりよ)現世(うつしよ)を何度も行き来しているので、死んでいないとは言い切れないのだが。

 兎も角現在は愛しの娑婆だ。

 彼の精神を”固定”していた神を斃したので、グージーはこれから成長するだろう。高畑を浦島式魔法球に閉じ込め麻帆良(こちら)に引き込む算段もついた。順風満帆と言える。

 近右衛門は源教諭の淹れた茶を啜り、我知らず微笑んだ。

 

 その笑みが驚愕に染まり、この世界からの消滅を迫られるのは約三ヶ月後の事である。


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