百鬼夜行 葱   作:shake

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第十話 「半妖」

『男の子は女の子に言いました。

”大きくなったら強くなって、キョウちゃんを守れるようになる!”

 女の子はそれに笑顔で応えました。

 

 そして十年の月日が流れ。

 

 男の子は強く美しい少年に成長し、

 

 女の子は少年の予想を越えて美しく、少年よりも遥かに凶悪に強くなって、付近一帯を統べるスケバンになっていたのです』

 

 

  ――エドガー・ヴァレンタイン著”恭子さんはスケバンです”一巻冒頭より――

 

 

*****

 

 

 桜咲 刹那(せつな)は神楽坂明日菜から『暇なら読む?』と手渡された漫画をそっと閉じ、目頭を押さえた。

「え?これそんなに泣きそうになる話だった?」

 と驚いた様に言われたので、慌てて首を振る。

「い、いえ……少し日差しがキツかった様です。目が予想以上に疲れまして……」

「ああ。確かにそこだとちょっとねぇ。場所、替わる?」

「いえ、結構です。もう読み終わりましたので……」

「あら早いわね。どう?面白かった?」

 ええ、それはもう。そう答えて刹那は本を返した。

 目頭を押さえたのは泣きそうになったからで、泣きそうになったのは、男の子の境遇にシンパシーを感じたからだ。

 桜咲刹那は、妖怪・烏族の父と人間の母との間に生まれた混血種で京都の出だ。所謂”半妖”と呼ばれる存在であるが、この国では然程珍しいと云う訳ではない。ただ、”白い羽根を持つ烏族”と云う存在は、珍しかった。”珍しい”と云う事は、即瑞兆か凶兆として捉えられるのが世の常である。刹那は、二月(ふたつき)後に膨大な魔力と妖力を持つ日本妖怪総大将の孫――近衛木乃香が生まれた為、瑞兆として処理された。

 これは目出度い喜ばしい事だと、刹那は木乃香の遊び相手兼護衛として指名され、大人達の思惑を越えて親しくなった。この頃はまだ刹那の方が霊格が高かったので、彼女も親に言われた通り、『ウチがこのちゃんを守る!』と息巻いていた。

 しかし彼女達が小学校に上がろうかと云う頃。木乃香の父が長を務める”関西呪術協会”において、『木乃香の魔力を用いて関東に攻め入るべし』との声が小規模ながら上がり、これを憂慮した長、近衛 詠春(えいしゅん)が木乃香を祖父近右衛門に預けると決断した。

 刹那としては木乃香に付いて関東へ行きたかったのだが、母は呪術教会の一員である。『西を裏切って東に付く気か』『長に媚を売って後釜にでも座るつもり?』などと嫌がらせを受けては断念せざるを得ない。刹那一人で寮に住める様になる、中学までは京都で過ごす事になった。

 

『大きゅうなったらこのちゃんを守りに行くけん!待っといてっ!』

『うんっ!待っとるで、せっちゃん!』

 

 漫画の様な台詞の六年後。神鳴流と云う剣術の印可を受けた刹那は、意気揚々と麻帆良へと向かった。

 そして、『魔法の存在こそ知らないものの仙術妖術魔術を操る極上の古流剣術家妖怪』に再会した。

 ぬらりひょんと雪女と云う二大妖怪の血を引く女性と、神鳴流剣士との間に生まれたサラブレッドである。強くなるのは分かり切っていた。だからこそ刹那は努力したのだ。鉄を斬り、鋼を斬り。地を裂き、海を割り、空を斬り。心技体の全てを鍛えて免許皆伝とされた。鎌鼬にすら「美事」と感嘆させた剣技である。神鳴流歴代最強にいずれ至るであろうと期待されていた。

 確かに、剣術だけなら木乃香よりも優れているだろう。しかし彼女は仙術や妖術、魔術を実に効率的に使うのである。はっきり言って、勝ち目が無かった。否、護衛対象に勝つ必要など無い、と言うか対象を生かして且つ自分も生き延びられるだけの力が有るだけで良いのだが、護衛対象よりも弱い護衛はどうなのかと思う。

 その事を学園長に言うと、

「実を言えば、刹那君に護衛としての強さを期待しとる訳ではないんじゃ」

 と返された。

「な……それは、如何云う意味ですかッ!?」

「うむ。刹那君は十二分に強い。しかし、我等仙道は軽くその上を行く。これは分かるの?」

「は、はぁ」

 それは、認めざるを得ない。神として祀られていた存在も、この地には居る。木乃香はいずれ、彼等と肩を並べる存在となるのだ。

「じゃが木乃香も未だ修行中の身。咄嗟の事に反応出来んかも知れん。そこで必要となるのが、刹那君じゃ」

 肉の壁、と云う事か?

「君は、『木乃香が膨大な魔力と妖力を持って生まれた』事から”瑞兆”、いや”瑞鳥”としての性質を手に入れた。詰まり、君の存在自体が木乃香に強大な”運”を喚び込むと云う訳なんじゃよ」

「そ……そうなんですか!?」

 初耳だった。そんな事、京都では誰も教えてくれなかったが。しかし妖怪の総大将がそう云うならば、そうなのだろう。

「そうなんじゃよ。じゃから、君には一般的な攻撃力よりも、どんな場合にも生き延びられるだけの”生存可能性(サバイバビリティ)”を鍛えてもらいたい。それこそが木乃香を護る事になる」

「は、はい!」

「そう云う訳で、刹那君にはこのエドガー印の特訓用ダイオラマ魔法球を渡しておこう」

「江戸川印?特訓用、ですか」

「この中で修行すれば、否が応でも生存可能性が泣きたくなる程上がると云う優れ物じゃ」

 形容詞が可怪しい。何だそれは。

「は、はぁ……」

「何。神鳴流剣士としても一皮剥けるじゃろうて。期待しとるよ?」

「は、はい!失礼します!」

 そんな経緯で、気合を入れて魔法球の中に入り。

 

 神鳴流道場以上の地獄を見た。

 

 ――”密林に潜む狙撃手百名から逃れろ!”って何?それをクリアしても届かない、仙道の強さって何ですかね?

 あれから二年。神鳴流剣士としては歴代最強であるとの自負は有るが、同時にまだまだだとも思っている。割り箸で次元を割る斬撃を繰り出せる様になろうが、結局木乃香の方が強大なのだ。偶に泣きたくなる。

 そして先日。遂に木乃香は仙人となった。同級生の、先日まで一般人だった長谷川千雨が”一日”で仙人に至った為、一念発起して師匠を鼎遊教主から渡世真君に変更してもらったのだ。結果、あっさりと麻帆良四位に位置している。

 尚、仙人と道士の差は『全人類七十二億を相手に勝利可能かどうか』である。何かもう、基準が色々と可怪しい。

 

 とまれ。そう云う太鼓判が押されて一人前と認められた木乃香は、この春休みに帰郷する運びとなった。去年の時点で『国連常任理事国相手に勝利可能ではある』と云う評価だったのだが、学園長が『仙人になるまでは駄目!』と言い張っていたのだ。爺馬鹿である。京都に行くだけでそれだけの戦力を差し向けられる訳が無かろうに。

 で、問題は、この帰郷に同行するメンバーなのだが。

「知ってる?桜咲さん。今回の京都旅行、この漫画の作者が一緒に来るんですって!」

「ええ。それは知っています。このちゃんの友達ですよ。取材旅行ですってね?」

 渡世真君エドガー・ヴァレンタイン。麻帆良第二位。

 先日封神仙君(ほうしんせんくん)ネギ・スプリングフィールド、鼎遊教主、宝玉聖母(ほうぎょくせいぼ)長谷川千雨達十数名の仙人と共に”神殺し”を成し遂げたとか云う話である。

 ……何なんだ、神殺しって。何でもこの世界、と云うか宇宙を創造した本物の”神”だとか言っていたが、そんなモノが実在したとして、それを始末しても大丈夫なものなのか?刹那の想像の範囲を軽く超越する内容だったので、その噂が事実かどうかは不明である。確認しようも無いし。ただまぁ、とんでもない力を持った生物なのは間違い無い。

 ――護衛の存在意義が……。

「あれ?知ってたの?」

「ええ。漫画を読んだ事は無かったんですが」

 一応、知り合いである。中途半端に端正な顔立ちの、眠そうな目の男だ。

「私、ファンでさ!今日はサインを貰おうと思って!」

「ああ。サインには気さくに応じてくれるらしいですね」

 そう聞いている。木乃香とネギも、サインを貰っている筈だ。

「そうらしいわ。御蔭で昨日中々眠れなくて!」

 一時鬱状態か?と言われるまで落ち込んでいたとは思えぬ程の明るさである。何が有ったのかは知らないが、二三日で復活していた。沈まれているよりは良いのだが、そのハイテンションに付き合わされるとは思っていなかった。

 木乃香と同室である明日菜は、木乃香と共に京都へと行く事になった。何でも木乃香の父である詠春とは、古い知り合いであるらしい。年齢が合わない様な気がしたが、何でも魔法世界関係のゴタゴタで、と云う事なのだとか。曖昧なのは「プライベートに関わるから、これ以降はアスナちゃん本人に訊いとくれ」と言われたからだ。

 で、同室の木乃香は昨日、近右衛門の自宅に泊まったのでこの場には居ない(安定の爺馬鹿である)。集合時間は九時で、現在は八時半。明日菜と共に駅に来たのは七時十分だった。燥ぎ過ぎである。

 後は、爺馬鹿に依頼されて宝玉聖母が同行する事になっている(漫画家アシスタントとして)。その上魔法世界の英雄ナギ・スプリングフィールドの財産相続に関連して、との名目で、ネギとグージー、高畑・T・タカミチが先行している。

 ――護衛の存在意義が……。と云うか、誰かに何かが有った場合、京都が壊滅する……。

 何か、関西呪術協会の一部が『これを機にお嬢様を西に取り返して東に攻め入る云々』とか何とか言っているらしい。言っている意味は分からないが、兎に角凄い自信だ。

 ――自殺志願か?京都を巻き込んで?

 これはもう、学園長が言っていた瑞鳥としての能力に頼るしかあるまい。運頼みだ。

 などと思っていつつ明日菜の言葉に相槌を打っている内に、千雨とエドガー、木乃香が来た。

「あ。早いなぁ二人共。って言うか、明日菜。昨日、一緒に出ようって言うたやん!」

「ごめーん!私、有名人に会うのって初めてだから緊張しちゃって!」

 学校でよく会ってますよ。有名人。と言うか有名な妖怪ぬらりひょんに。緊張して下さいね。

「初めまして。君が神楽坂さん?エドガー・ヴァレンタインです」

「は、初めまして!神楽坂明日菜です!…………もしかして昨日、締め切りで徹夜ですか?」

「いえ、この顔がデフォルトです」

 そんな事を言い合いながら、和気藹々と。

 超絶的な過剰戦力は古都へと向かう。

 

 

*****

 

 

 運が良かったのか情報がガゼだったのか。一行はのんびりと京都旅行を楽しみ、木乃香の実家である関西呪術協会総本山に足を踏み入れた。

「千本鳥居?木乃香の実家って、神社だったの?」

「ん~?……そう言われたら、そうなんかな。六歳から麻帆良やから、よう分からんわ~。ああでも、巫女さんとかよう見掛けたから、神社なんかな?せっちゃん、どうなん?」

「このちゃん……いえ。六歳なら仕方無いですよね。近衛家は陰陽道の一派として台頭し、神道系列の技術を多く取り入れた為に、明治以降は神社として登録されています」

 実家が如何云う場所かくらい説明しとけや関西呪術協会会長――ッ。

 とは叫ばない。

「あれ?でも参拝客とか見た事ないえ?」

「京都の神社の組合を統括する場所みたいなものですから。あ、エドガーさん。写真撮影はご遠慮下さい」

「あ、はい。すいません」

 永遠に続くかと錯覚する様な、長い鳥居の隧道。その中を歩いていると、ふと違和感を覚えたので腕を振るう。直感に任せて、二度。それが何だったのかまでは分からないが、兎も角”何か”を斬った。

 それから暫く進み、そろそろ出口に差し掛かると云う所で人の気配を感じた。二人居る。

「何者だ!」

 この場で護るべきは当然木乃香ではあるが、視線で『明日菜を頼む』と指示された為に彼女を護る位置に動く。

「――こんにちは、木乃香お嬢様」

 こちらの誰何に応じて現れたのは、西洋人形の様な可愛らしい格好をした少女と、

「!?痴女です皆さん!警察に連絡をッ!」

「ちょぉっと待ったらんかいッ!」

 刹那の警告に相手方から突っ込みが入る。

「あ、ごめん。圏外」

「せやから待て言うとるやろっ」

 悔しそうに呟く千雨にも。

「これが、本場関西人の突っ込みなのね……」

「渡良瀬先生も、中々のモンだったけどな」

 明日菜とエドガーには突っ込みが入らなかった。まぁボケていないからだが。

「で、痴女さんはウチに何の用なん?」

「そこ固定ですかい――ッ!?」

「――千草(ちぐさ)さん。話が進まんから……」

 西洋人形の少女が、ついついと彼女の袖を引いた。痴女の名前は千草と云うらしい。どうせ偽名だろうが。

 とまれ彼女は仕切り直しと咳払いをした。

「――お初に御目文字致します。私、関西呪術教会の天ヶ崎(あまがさき) 千草と申す者です。以後、お見知り置きを」

「関西、呪術協会?」

 何言っちゃってんのこの人――ッ!?秘匿義務は如何した――ッ!?

「何やそれ?マイナーなオカルト組織かいな」

 小馬鹿にした様に言わないでっ!貴女のお父上が会長やってる組織ですお嬢様!

「ほほほ。矢張り親御さんやそこのお友達からは何も聞かされとらん様ですなぁ」

「……如何云う事や?せっちゃん?」

 木乃香に言われて、彼女と目を合わせようと振り向いた。『ここでボケて!』と云うカンペを持ったエドガーと、それを殴り飛ばす千雨が見えたがそれは無視する。

「木乃香お嬢様。実は――」

 一度木乃香を見、そして再度痴女に向き直って警戒態勢を執る。お嬢様への魔法の秘匿は――まぁ今更如何でもいいんじゃないですかね?どの道お嬢様に魔法は使えないのだし、でも代わりに魔術とか使えるのだし。危険と言っても彼女を脅かせる様な力は宇宙とかにしか無いのだろうし。でも詠春様への義理がなぁ。

「実は、貴方のお父様はマイナーオカルトのマニアでして」

 刹那は義理を優先してボケた。

「彼女は恐らくその噂を聞きつけた団体から派遣されたハニートラップです!」

「ちょっと待ったらんかいッ!」

 彼女の突っ込みが再び炸裂した瞬間。

 細く、甲高い、石に木杭を叩き付ける様な音が響いた。

 ゾッとする程の悪寒を感じた刹那は懐から万年筆を抜き出し縦に振るう。

 神鳴流奥義・斬魔剣 参の太刀。

 次元を斬り裂くその”太刀”筋は、刹那達を突然の衝撃から”斬り離した”。

「ななな、何なの――ッ!?」

 一人一般人(?)の、明日菜の声が響く。目前はもうもうと土煙が立ち込め、1m先も見えない状態だった。

 ――気配が三つ増えて、更に三つが消えた!?残った二つの内一つは……!

「高畑、先生?」

「え?」

 刹那が更に腕を振るうと一陣の風が吹き、視界をクリアーにした。

 そこには血反吐を吐き、銃剣(バヨネット)に両手両足を縫い止められた年若い男と。

 それを睥睨する男が居た。

「――プリームム?アーウェルンクス!?」

 明日菜の驚いた様な声。視線の先は、倒れた男だ。知り合いと言うよりは、仇敵に再会した様な声だった。

「……まさか貴様程度に、敗れるとは、な」

「君達意思無き人形とは違い、我々は成長するのさ」

 振り返らないので分からないが、これは高畑の声だろう。気配もそうだ。が。

 ――最後に会った時よりも、霊格と気が格段に上がっている?

「土は土に。灰は灰に。塵は塵に。人形にしか過ぎない君は、人形に還れ」

 それは、葬儀の際の祈祷だった。高畑の手から銃剣が放たれ、伏した男の体を抉る。

 男から悲鳴は上がらなかった。喉を刺されたからだ。そしてそのまま一瞬で燃え上がって、灰になったからだ。

 明日菜から悲鳴が上がらなかったのは、剰りの事態に理解が追いつかないからか?それともエドガーあたりが彼女の視界を遮ったからか。

 何にせよ。

「――我が復讐の一つは成れり。今度こそ、全ての仇を僕の手で」

 彼はそう言いこちらを向いた。

 新担任を紹介した時よりも、老けている様に見える。だが老いている訳ではない。あの時よりも、強くなっている。それが分かる。

「エドガーさん。長谷川君。木乃香君。手出しは無用でお願いしますよ」

「ん」

「勿論」

「何や分からんけど分かったえ」

 それ、分かってないでしょ!

 神鳴流剣士の突っ込みは最速だったが、口から漏れる事は無かった。

「――アスナ姫。全てが終わったら、報告に来ます。その時は、一緒にガトウさんの墓へ行きましょう」

「……ええ。待っているわ、タカミチ」

 ………………あれー?何でこの人恋する乙女の瞳になってんの?駄目男っぷりに幻滅したんじゃなかったっけ?

 ――何かハードボイルド風になって人相変わったから、焼け木杭に火が着いたんだな

 念話での解説ありがとう御座います千雨さん。でも人の心を読まないで下さい。

 兎も角、高畑はそこで背を向けた。

「……タカミチ!」

 明日菜の言葉に高畑は振り返らなかったが、動きは止めた。

「私、待ってるから。待ってるから、絶対に生きて帰って来てね!」

 彼は振り返らずに手を上げ、光を発して消えた。

 ――空間転移魔術……否、獣化魔術で己を光に変えたのか。

 何時の間にか、彼も麻帆良組に入っていた様だ。と言うか、先程エドガーをさん付けだった事から考えれば、エドガーかネギの弟子なのだろう。そりゃあ戦闘力も上がろう。

 まぁそれはそれとして。

「……タカミチ……」

 何か、この桃色空間に心を焼かれそうなんですけど。




(グージーを転生させた)神は死んだ。スイーツ(笑)。
高畑先生とアンデルセン神父って、髪型と髭と眼鏡が似てますよね?

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