黒絹の皇妃   作:朱緒

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第92話

―― 口の悪さは家系なんですね

 妹に責められている上官を見ながら、口が悪い副官は、そんなことを考えていた。

 微量の微笑ましさが感じられる、年が離れた兄と妹の喧嘩に割って入ったのは、オーベルシュタイン。

「フロイライン・ファーレンハイト。提督への叱責は後回しにしていただきたいのですが。よろしいでしょうか?」

 男性たちはオーベルシュタインの「フロイライン・ファーレンハイト」と聞いた瞬間、背筋が凍った。先ほどまで男に女装させていたので、各自、人には言えぬなにかを想像してしまったのだ。

「申し訳ございません」

 兄が大恩ある彼女の胸を触ったと聞いて、我を忘れた妹は、普段は血の気のない頬を羞恥で赤らめて詫びる。

「いいのよ、シュテファニー。用件が終わったら、がんがん責めましょう。私も協力してあげるわ」

 カタリナがファーレンハイトに攻撃を仕掛けるのは、事情はどうあれ、彼女を抱いたことが理由の一つである。

―― カタリナさま、許してあげてください。提督も単純に、後悔などという表現では表しきれない、自責の念にとらわれているのですから

 もっとも、攻撃の大半を占める理由は「なんとなく」「当然の権利でしょう」「やりたいから」「喀血させてみたい」ではあるが。

「話を進めても良いでしょうか? カタリナさま」

「いいわよ、パウル」

 オーベルシュタインの尽力により、一端は矛先を収めてもらうことに成功し、影武者についての話を進めることにした。

「まずは、カタリナさまが伴ってこられた、その四名の身元を、教えてください」

「フェルデベルト」

「はい」

 カタリナのことを「女王さま」と呼び、栄転懲罰人事を食らったフェルデベルトが、鞄から分厚い書類の束を取り出して手渡す。

 フェルデベルトが転属させられた先は近衛師団で、事務参謀という役職を与えられた。間違いなく栄転なのだが、女官長の側付きを命じられているので、カタリナのことを良く知る者たちからは”強く生きろ”と優しく見守られている。ただ誰も助ける勇気はないし、フェルデベルトも自分が同じ立場におかれたら、なにも出来ないことを分かっているので、それは望んではいない。

 ”一応”彼女が回復したら秘書官に戻してやると言われているが、そこら辺はカタリナの気分次第。それに転属先といい、与えられた役職といい、帝国ではまさに出世街道に乗った状態なので、彼女が聞いたら「せっかく栄転したのですから、私の秘書官に戻さないほうがいいでしょう」言い出しかねない恐ろしさもある。

 ここで仕事を完璧にこなさなければ、彼女の秘書官に戻れない ―― だが才能を発揮すればするほど部署で必要とされ、戻れなくなりそうな日々を過ごしていた。

 そんなフェルデベルトから彼らに渡された書類は、宮内省のもので、やや日付は古いが、信頼に値するものであった。

「フリードリヒ四世陛下の側室だった方々ですか。それでしたら、身元はしっかりとしていそうですね」

 書類に目を通したオーベルシュタインが、顔を上げて少女たちを見直した。

「口の堅さに関しては分からないけれど、みんなジークリンデのためなら死ねるって」

「本当ですか?」

 オーベルシュタインが懐疑的な声をあげる。

 彼は彼女と側室の関係にはあまり詳しくないので、当然の疑問であった。

「見て分かるとおり、この子たち、綺麗だけれど絶世の美女でもなければ、フリードリヒ四世陛下の好みからは、ちょっと外れてたのよ。だから側室としてはぱっとしない上に、平民だったものだから、西苑での生活は苦労続き。でも当時の女官長がしっかりとしていたから、命を落とすこともなく西苑解体まで無事に生き延びて、いまに至ると。側室同士の殺人って、珍しくないのよ」

「なるほど」

「そのしっかりとした当時の女官長は、知っての通りジークリンデ。あれほど側室のために心を砕いて接して、手間暇かけてくれる女官長って、ちょっといないわ。私には到底無理だわ。私って本当に至らないわ」

 そして悪魔の問いかけに、彼らは沈黙する。

「……(同意したら終わりだ)」

 他の者たちには絶対に口を開くなと、ファーレンハイトが色素の薄い瞳で訴えかける。

「……(はい)」

 同期の間では「女王さま」呼びが定着しつつある、キスリングがもごもごと、切れ悪く返事をする。

「……(存じております)」

 使い方によっては毒にも薬にもなるお方 ―― よく理解しているオーベルシュタインだが、あまりカタリナのことは使いたがらない。

「……(右を選んだら破滅で、左を選んだら殲滅って感じだな)」

 書類をめくり部外者を装いながら、キャゼルヌはカタリナの言葉をやり過ごす。

「命を救ってもらったら、恩義を感じるのは当然でしょう。ジークリンデのためになら死ねるって側室は、まだ大勢いたけれど、体格が影武者に向かなかったのは不採用。ほら、フリードリヒ陛下って、基本、胸が大きい女が好きだったじゃない。だからほとんどが、胸の大きさで脱落したわ。”お役に立てないなんて”って、みんな、それはそれは泣いてたわよ」

 選ばれた彼女たちが、側室として目をかけられなかったのも、豊満な乳房を持っていなかったことが大きい。人妻から少女まで好みが変わり続けたフリードリヒ四世だが、胸が大きさだけは、生涯揺るぐことはなかった。

「分かりました。では、こちらの方は?」

 身元に関する書類のない、彼女の代役を務めるわけでもない、リーゼロッテ・ボルツマンについて、オーベルシュタインは尋ねた。

 カタリナが立てた人差し指を、軽く動かす。

 変わった動かし方ではないのだが、貴族だなと、誰もが改めて感じる仕草であった。

「リーゼロッテ。自分で言いなさい」

 リーゼロッテは瞳は黒く、ダークブロンドの髪は肩に掛からない程度の長さに切りそろえられている。

 身長は彼女よりは低く、容姿は美しいが、華やかと清楚さの中間に位置しているが、両方の良いとこ取りではなく、どちらとしても足りていない、物足りさのあるものであった。

 一目で緊張していると分かるほど固く結ばれている、ベージュオレンジの口紅が塗られていた口が開く。

「はい。あの、シューマッハさん」

「なんだ?」

 新無憂宮でランズベルク伯の仕事を手伝っていたところ、同行を命じられ、理由も分からず連れてこられたシューマッハ。

 なんのために連れて来られたのかは不明だが、なにか仕事をしようと、フェルデベルトと共にアフタヌーンティースタンドを組み立てて、二段目の皿にスコーンを飾り付けていたところで、声をかけられ手を止める。

 シューマッハは話すことはないが、なにか話があるらしいと、スコーンが入っているバスケットを、白いクロスをかけたテーブルに置き、リーゼロッテのほうを見た。

「わたしのこと、覚えていますか?」

 彼女の影武者候補の四人には見覚えはないが、リーゼロッテは仕事で数日一緒に過ごしたことがあるので、覚えていた。

「覚えている。母上は息災か」

 ”わざわざ礼を言いに来たのか。義理堅いな”

 軽く考えていたシューマッハだが、

「はい……あの、シューマッハさん、わたしと結婚を前提に、付き合ってください!」

「フロイライン・ボルツマン?」

 そんな簡単な話ではなかった。

 話としては単純だが、言われた方も聞いている周囲の者たちも、話は見えてこない。

 一人ソファーに腰掛けて、女王然としているカタリナが、綺麗にカールされた睫をしばたかせ、

「ここにフェルナーがいたら説明させるところなんだけど、いないから、私が代わりに説明してあげるわ」

 聞きなさいよと、威圧的な声を上げた。

「お手数をおかけいたします。代わりに私がお詫びを」

 オーベルシュタインが「部下の不始末を謝る上司」のごとき態度で、カタリナに深々と頭を下げる。

 

 会話の内容から分かるとおり、リーゼロッテは以前、シューマッハと会っている。

 その経緯だが、リーゼロッテも元は側室で、とくに目立つような容姿でもなく、日陰者としてひっそりと生活していた。

 あるときリーゼロッテの母親が怪我で病院に運ばれ、手術が必要になる。

 母一人、子一人。

 ほかの身内は少々裕福ではあるが、年で体の自由がきかない大叔母のみ。

 リーゼロッテは病院に駆けつけたかったのだが、病院が少しばかり遠かった。リーゼロッテはオーディン生まれだが、華やかな首都ではなく、新無憂宮からは遠い軍事基地街が故郷で、帰るのにはシャトルの手続きなど、少しばかり手間がかかる。

 故郷を出たときは、連れてきた役人が勝手に手配したので、よく分からないまま新無憂宮に。だが今回はすべて自分で行わなくてはならない。

 遠出したことのなかったリーゼロッテは、それらが良く分からず、故郷に帰るのは諦めようとしたのだが、事情を聞いた彼女が、信頼が置ける軍人を一人用意し、母親が一段落つくまで滞在できるよう手配をしてやる。

 その軍人がシューマッハであった。

「そのようなことが」

 シューマッハは普通に仕事をし、普通に接しただけのつもりだが、

「真摯な態度に、出来る男の風格に、実際に仕事ができ、頼りがいがある風貌。リーゼロッテ、なかなか男を見る目はあるわ。あなた達もそう思うでしょう」

 その誠実さに、リーゼロッテは思いを募らせた。

「はい」

「シューマッハ大佐なら当然かと」

 他人の色恋沙汰など興味皆無のオーベルシュタインだが、シューマッハはカタリナが語る通りでもあるし、なによりカタリナを楽しませるためのイベントと考えると、同意しておいて損はない。

「お前ら、他人事だからと……」

 シューマッハはぎりぎりとは言え十代の美しい娘に言い寄られ ―― 喜ぶより困惑していた。

「いいではないか」

「告白されているうちが花だと思うが」

―― 済みません、シューマッハ大佐

 事情は知っていたが、勝手に明かしたら後が怖いので口を噤んでいたフェルデベルトが、内心で詫びながら、アフタヌーンティースタンドの最上部にケーキを盛りつける。

 

 室内に誰も味方がいないことに気付いたシューマッハは、月並みな台詞をかけて、考えを改めるよう促す。

「あなたのように美しい女性なら、私などよりも、ずっと良い男性が見つかるだろう」

「具体例を挙げなさい、シューマッハ」

「それは……」

 カタリナの問いかけに、若い高官を思い浮かべたが、誰も彼も彼女のことが好きで、例として名前を挙げるのには不適切に思え、言葉を濁すしかなかった。

「シューマッハさんが軍を辞めて、農業に従事したいと聞いたので、わたし、オーディン大学の農業生命環境学部に入学しました。一緒に開拓に従事させてください」

 そんなシューマッハとは対照的に、リーゼロッテはかなり本気であった。

「なぜ、知って……」

「さっき私、言ったわよね。フェルナーがいたら、あれに説明させるって。フェルナーが全部事情を知っているのよ。だから、あんたの希望から、身辺調査まで、さっくり終わってるのよ」

 フェルナーの調査結果、それをどうしてこの栗毛の女王が知っているのか?

 

”断りきれなかったんだろうな、フェルナー”

 

 衆目の一致するところであった。

「なぜフェルナー少将が」

「大学に入学するのに、保証人とか必要なんでしょ? 私は知らなかったんだけど、ジークリンデは、そのことを知ってたの。リーゼロッテは私たちが西苑を出るよりも早くに帰されたのよ。あなた達も知っての通り、ジークリンデは側室が西苑を去る際、どんな側室であろうとも、別れを惜しむように小さなお茶会を開いてあげてたの。行く末とか、帰りのチケットの手配とかの相談にも乗ってあげてね。リーゼロッテも当然誘われて、聞かれのよね。それでこの子は”大学に行こうと思っています”と言ったわけ」

 母親も事故の後遺症もなく普通の生活に戻れたことと、大叔母の遺産を継いだことで、まとまった大学資金が手に入った。リーゼロッテもアルバイトをするので、生活費には困らず、資金面ではなんとかなるのだが、長引く戦争で親族が乏しく、保証人になってくれるような人はいなかった。

「保証人が見つからなかった場合は連絡しなさい……と、ジークリンデがフェルナーの連絡先を教えたのよ」

 彼女は保証人にはなれるが、欄に門閥貴族の名があると、良いこともあるが悪いこともあるだろうと考え、フェルナーから名前だけを借りることにした。

 保証人ともなれば、授業料未払いの際に、代わって支払いなどをしなくてはならない。

 ”そうなった場合は私が支払いますから。だからお願い”と頼まれて、フェルナーは引き受けた。

 ”ジークリンデさま、お人好しだな”と、引き受けたフェルナーは、彼女に滞納した学費を精算させるわけにはいかないし、自分が支払ってやる義理もないので、リーゼロッテと会って、学費が支払えるかどうかを確認し、前もって全学費の分の遺産を預かり保証人となった。

 リーゼロッテがフェルナーに遺産を預けたのは、側室だった頃に見たフェルナーの彼女に対する忠実さから、リーゼロッテを裏切っても彼女を裏切るようなことはしないと、確信していたので恐れはなかった。

「フェルナーよ、フェルナー。この子の恋心なんか、簡単に見破るじゃない。その上、ジークリンデ以外には、容赦なく切り込むわ、踏み込むわ、言葉を濁すことはない。平地に乱を起こすの大好きなのに、何故か信頼されてしまうのが、あの図太い男の特性よね」

 リーゼロッテはもともと、向学心に溢れているような娘ではない。

 郷里から新無憂宮につれてこられて、そこで思考が止まってしまい、帰宅方法もろくに分からず途方に暮れているような娘であった。

 西苑で生活していて、学問の必要性を感じることはまずない。

 むしろ美しさを武器に、元側室であったことを売りにし、金持ちの男の後妻にでも収まろうと考えるほうが多い。

 自らの美しさを知り、性で金を稼げることを自身で体験したものは、それらの職業に対する敷居が低くなり ―― 西苑を出て、金に困っていなくとも娼婦になる者は珍しくはない。

 そんな中でリーゼロッテが勉強に目覚めたのは、シューマッハに釣り合う人間になるため。士官学校を出ている賢い男と釣り合うために、リーゼロッテは大学を目指した。

「それでフェルナーは、この子にシューマッハが軍を早期退職して、開拓に従事したいと言っていることを教えてあげたのよ。この子、最初は漠然と商学部を目指してたんだけど、一転して農業関係の学部に。猛勉強して入学したのよ。褒めてあげなさい」

 入学の動機を聞き、シューマッハが他の誰かと結婚してしまったら、モチベーションが落ち、ひいては留年しそうだなと思ったことと、あの生来の性格が首をもたげて、シューマッハの将来の希望と、それに適した学部があることを教えてやった。

 善意はもちろんあるが、それを上回る「おもしろさ優先」があったのは否めない。

 

「それはもう、結婚するしかないだろう、シューマッハ」

「責任を取るべきですよ、大佐」

「付き合ってなくても、これは、もはや責任問題です」

「ここで逃げたら、やるだけやって、子供ができたら認知しないで逃げる男以下だ」

 妻に聞かれたら”あなた、覚えがあるの”と、地獄を見るような台詞を吐いたのはキャゼルヌ。

「いや、あの」

「お付き合いしている方……いないと聞いたのですけれど。わたしでは駄目ですか?」

 潤んだ黒目がちな瞳で、シューマッハを見上げる。

「付き合っている相手はいないが、そんなこと、誰に聞いたのだ」

「フェルナーさんに」

 居もしない彼女を作って言い逃れするほどシューマッハも愚かではない。

 外堀を埋められているという言葉が、これほどしっくりする場面もないであろう ――

「嫌ならば嫌と、はっきり言うべきだ」

 そこにオーベルシュタインがたたみかける。

「さすがパウル、はっきりしているわね。でも私はパウルほど優しくないわ。シューマッハ、リーゼロッテ・ボルツマンと交際しないなら、私の婿にするわよ。平民だからとかいって、逃げようとしたら、いまここに典礼省の役人呼び寄せて、あなたを貴族にするわよ」

 少女の初恋か二度目か三度目か、とにかく少女の片思い話をしていたはずなのに、一瞬で凍てつくカプチェランカで、防寒着も着用せず、オフレッサーと殴り合いをしているような状況に。

「できないとでも、思ってる?」

 形の良い眉をつり上げ、平民ごときの意見は聞くつもりはないと、せせら笑うような声で命じる。

「ここにいる一同、可能だと確信しております」

 オーベルシュタインの言葉は、いつだって正しい。救いにならないことも多いが。

「さあ、早く決めなさい。私はこの子たちと、シュテファニーと一緒にお茶を楽しみたいんだから」

 リーゼロッテが悪い娘ではないことは、一時帰宅に付き添ったこともあるので分かっているが、だからこそ……という思いもある。

 だが、カタリナの夫になるのは、もっと避けなくてはならない。

「かしこまりました。あの……卑怯なようだが、まだ時期ではないと言ってもいいだろうか」

「どういうことでしょう?」

「いまは、あなたからの告白に答える余裕はない」

「ジークリンデさまが、大変だからですね?」

「そうだ。分かってもらえて嬉しい。私が軍を辞めるとしたら、ジークリンデさまの周囲のもめごとがなくなってからだ。だから、何時になるか分からないから……」

「待ちます」

 ”彼女の周囲のもめごと”

 詰まるところラインハルトと離婚し、別の安心できる男と結婚してもらい、あらたな生活基盤を手に入れてもらう ―― 離婚も大事だが覇道の妨げになると言えば、諦める可能性はある。

 だが安心できる男性というものが、一番の問題であった。

 彼女がラインハルトと離婚したら、次に来るのはロイエンタールなのだが、彼ほど女性関係で、他者に安心感を与えない男もいない。

「……いや、本当にいつになるか」

 彼女は寡婦としてひっそりと生きていくのを望んでいるのだが、求婚しているのはそれを聞き入れてくれるような男でもなければ、黙って引き下がるような男でもない。

 だから、何時になるか分からないので、あなたの期待に応えるのは難しい、フロイライン・ボルツマン……そう言いたかったのだが、

「ジークリンデさまの安全を確保せず、軍を辞めるといわないところに、ますます……」

 リーゼロッテ・ボルツマンは、レオポルド・シューマッハに恋するよりも以前から、立派な彼女の信者であった。

 むしろシューマッハに惚れたきっかけは、彼女の信頼が篤いこと。

 シューマッハは諦めてもらうつもりだったが、逆にますます心を引き寄せる発言をしただけであった。

「よく考えなさいよ、シューマッハ。フェルナーが、ジークリンデに近いあんたの妻を選ぶのに、なにを条件にするかってことを。容姿とか頭脳とかじゃなくて、ジークリンデをいかに大事にするか? に決まってるでしょう。その合格ライン越えてきたんだから、そう言うに決まってるじゃない」

 勝ち誇った表情のカタリナを前に、

「御意にございます、ノイエ=シュタウフェン公爵夫人」

 シューマッハが深々と頭を下げている脇を、すり抜けて、少女たちを呼んで白いテーブルクロスが掛けられ、シンプルなサンドイッチに、無骨な形のプレーンなスコーン、そして贅をこらしたケーキが盛りつけられたスタンドが置かれたテーブルへと近づき、少女たちを手招きする。

「用意できたようね。さあ、いらっしゃい」

 カタリナの号令に従い、少女たちがテーブルへと近づき、同時にオーベルシュタインも近づき、カタリナの椅子を引く。

「どうぞ」

「気が利くわね、パウル。ファーレンハイト、お茶を淹れなさい」

「かしこまりました」

―― 罵られると分かっていても、やらなければならないんですね……あれ?

 淹れた茶の味を彼女と比べられ、責められるであろう上官を気遣っていたザンデルスは、あることに気付く。

「キスリング、ちょっと」

「なんだ?」

 キスリングを手招きをして、部屋にいるはずの人物がどこに行ったかを尋ねた。

「リュッケは?」

 ザンデルスに言われて、キスリングは事務室と応接室を兼ねる広い部屋をぐるりと見回す。

「いつの間にいなくなったんだ? ……着替えに行ったのかもしれんな」

「そうだな」

 

 彼らは”あの”見られない女装を解きに戻ったのだろうと、当たり前の解釈をしたのだが ――

 

「ジークリンデさま、俺の女装で笑って下さいました!」

 迷子は良い笑顔で帰ってきた。むろん、女装したままで。

 


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