黒絹の皇妃   作:朱緒

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第47話

「ロイエンタール王朝のオスカー一世……なんか、響きが悪い」

 リヒテンラーデ公とロイエンタール、そしてリッテンハイム侯。

 彼らには共通の目的があり、その為に手を組んでいる。その共通の目的とは、彼女を皇后にすることである ―― ロイエンタールはリヒテンラーデ公を裏切っているが、それはまた別として、手を結んだ理由は”それ”なのだ。

「たしかに響きが悪いな、フェルナー」

 

**********

 

 もともとリヒテンラーデ公は彼女を皇后にしたいと考えており ―― 皇太子妃になることはなかったが、現皇帝カザリン・ケートヘン一世よりも皇家に近い血筋であった、フレーゲル男爵を皇帝として立てようと画策していた。リヒテンラーデ公が狡猾なところは、彼女を皇帝にするのではなく、彼女の夫とその一族を使い、皇帝に仕立て上げ、皇后を彼女にして皇家の嫡流に入り込んで行こうとするところにあった。

 

 リッテンハイム侯は彼女に皇后になってもらう為に、現皇帝に対して反乱を起こすことになる。彼が盟主となり、彼女以外のゴールデンバウム王朝の血を引いている貴族に、反逆の罪を着せて権利を喪失させ、皇室の血を引いていない「地球教」に決して組みすることない男性貴族を夫に迎えてもらい、銀河帝国を維持してもらおうと ―― リッテンハイム侯はリヒテンラーデ公の元を訪れ、それについて話合っていた。

 フリードリヒ四世と皇后の間に生まれた子で、地球教と縁のない人生を送っているのは、ブラウンシュヴァイク公の妻アマーリエだけである。

 なぜ兄弟で違いがあるのか? それは乳母が信者であるかどうか ―― たまたまアマーリエの乳母だけ、地球教徒ではなかったため、関わりのない人生を送ることになった。

 乳母の身元調査は行うが、親族に共和主義者がいなければ、思想的には問題なしとされる。宗教が絶えて久しい世界では、それらの調査が行われることはない。

 クリスティーネは皇女ではあったが、帝国の後継者ではなかったので、皇太子ほどは力を入れて教義を教え込まれはしなかった。だが、ある出来事が原因で狂信者の側に転がり落ちた。

 娘のサビーネに遺伝的な障害があることが判明し、クリスティーネは自分に罪があるとは認めたくはなく(実際、誰の罪というわけでもないのだが)そこで身近にあった、宗教に逃げ込んだ。

 サビーネの障害は自分が地球教徒としての務めを果たさなかったためだと、信心を深めれば治る、寄進さえすれば良くなる ―― 宗教の常套句は、クリスティーネのひび割れた心の襞からしみこみ浸食していった。

 リッテンハイム侯は娘に障害があったことに関しては、易々と受け入れた。皇家の血が濁っていることは、誰もが知っているところなので、娘の障害が貴族女性として生きて行く分なら、隠し通せるくらい軽いものであったことに、むしろ胸を撫で下ろしたくらいであった。

 娘の障害が確定した年に、皇太子が死亡したが、この頃、リッテンハイム侯は娘を皇帝にすることは考えていなかった。

 その頃になるとフレーゲル男爵の評判がよくなり出し、彼の変化は美貌の幼妻の影響によるものであることが知られ ―― ブラウンシュヴァイク公の甥とリヒテンラーデ一族の宗主姫の組み合わせに、障害ある娘を推して勝てるとは、とても思えなかったためである。

 

 この両者の受け取り方の違いにより、事態が悪化した。

 

 娘の全てを愛していたリッテンハイム侯は、障害を認めない妻と自分の考えの違いに気付けず、それに気付いた時には、クリスティーネは地球教徒の言いなりとなり、娘を皇帝にするべきだと ―― 事態が事態故に、誰かに協力を求めることもできないでいたところに、ロイエンタールが現れた。

 

 ロイエンタールはというと、彼女が地球教徒に狙われていることを知ってから、独自に調査し、リッテンハイム侯の妻クリスティーネが地球教の信者であることを掴んだ。

 そしてある時期から、地球教に傾倒し始めたことも。

 いきなり現れた若い伯爵であるロイエンタールに、リッテンハイム侯は最初警戒を露わにしたが、地球教を知った経緯と、彼らの望みが彼女だと知らされ ―― リッテンハイム侯はロイエンタールを選んだ。

 リッテンハイム侯の精神がもう少し弱ければ、妻と共に宗教に逃げ込んだかもしれない。妻が皇女でなければ離婚することもできた。

 だがリッテンハイム侯は前者を選ぶことはなく、後者は選ぶことができず、ロイエンタールと手を組み、門閥貴族を巻き込み地球教の一掃をはかることにした。

 

 門閥貴族は無能 ―― ラインハルトの主観からすると、そうなのだが、それほど悪いわけでもない。

 地球教にとって、帝国と同盟とフェザーンの黄金比48:40:12が保たれる必要がある。帝国が同盟より劣っては困る ―― その為、同盟の政治家よりもましな人物に統治して貰う必要があった。

 リヒテンラーデ公は彼ら地球教の影響力が及ばない帝国の重鎮だが、帝国を維持するのに公の力が必要であったため、ある種、静観を決め込んでいた。

 リヒテンラーデ公を自分たちの陣営に引き込まなかったのは、彼はそういうものを拒否する男だと、同じ感覚を持つド・ヴィリエが嗅ぎ取ったためである。

 だがリヒテンラーデ公は彼らを滅ぼそうとし、また、彼らと同じ神を奉じる有能な男が現れたので公の暗殺計画を練ることになった。

 彼らが次に銀河帝国を維持し、地球教の拡大に協力してくれると考えた相手 ―― それがロイエンタール。

 

 暗躍している地球教徒だが、彼らにとっても、この三十年は怒涛の歳月であった。彼らはもともと、気付いたらいつのまにか……という、気の長い方法を採る。

 そんな彼らにとっても予想外であったのが、フリードリヒ四世の即位。放蕩大公が即位するなど考えておらず、父皇帝にも見捨てられた放蕩大公の妻を足がかりにして、ゆっくりと皇室に浸透して行こうとしたのだ。

 だが意外にもフリードリヒ四世が即位してしまい、急遽、帝国を乗っ取れる状況になった。

 このとき、時間をかけてゆっくりと帝国を塗り替えるべきだと唱える者と、この好機を逃がす手はない、一気に帝国を手に入れるべきだと唱える者の二派に分かれ、後者に属していたド・ヴィリエがあらゆる手段を使い、前者を駆逐し現在に至る。

 もっとも前者の方法を採られていたら、リヒテンラーデ公も尻尾を掴むのに苦労したであろう。後者の性急さには、乱雑さがあり、綻びがあり、リヒテンラーデ公は彼女を使いそれを見つけ出して、徐々に地球教に近づいていったのだ。

 

 宗教は自らの権力を手に入れるための道具でしかない、ド・ヴィリエ。権力を望む彼は、通過点として銀河帝国皇帝の座を欲した。

 彼のような、山師じみた男がどうやって皇帝の座に就くのか? そこで必要になってくるのがジークリンデ・フォン・ローエングラム。

 リッテンハイム侯が反乱を起こす際に、他のゴールデンバウム王朝の血を引くものを道連れにする。それを隠すためには、地球教徒である、クリスティーネも巻き添えにする必要がある ―― ド・ヴィリエはその計画を推した。

 計画の立案者がロイエンタール。

 地球教に傾倒しているクリスティーネを含む門閥貴族を、名誉を保ったまま処分するのが本当の目的で、ある程度力のあるゴールデンバウム王朝の血を引く貴族を巻き添えにするのは、目くらましでもあった。

 むろんリッテンハイム侯もロイエンタールも、彼女をド・ヴィリエにくれてやるつもりはない。新皇帝には決して地球教に傾倒しない男、ロイエンタールが立つことになっている。

 

 このカザリン・ケートヘン一世に対するリッテンハイム侯の反乱は、表向きは「サビーネを即位させるため」に起こすわけだが、実際の目的は地球教徒の一掃。

 盟主であるリッテンハイム侯は、最終的にクリスティーネと共に自害する。

 娘のサビーネは、父親が反乱を起こすのだから、皇位に就くことは不可能になる。娘の身の安全に対して、リッテンハイム侯はロイエンタールをあまり信用してはいなかったが、

「俺を信用しないだけで、侯の明察さがわかるというものだ。だがジークリンデがいることを忘れるな。あの慈悲深い女神が、憐れな身の上となったみすぼらしい娘を、見捨てるとおもうか?」

 ほとんど会話を交わしたことはないが、リッテンハイム侯も彼女のことは信用できたので、この作戦が決行されることになった。

 

 この作戦はサビーネとロイエンタールの婚約が整う前に決まったことで ―― カザリン・ケートヘン一世が立つことは、彼らも予想していないことであった。

 当初の彼らの予定では、彼女の夫であるラインハルトを皇帝に立てることになっていた。

 ラインハルトが皇帝に立った時点で、過去に別の男性との既婚歴のある彼女は、皇后にはなれないので妻の座を退くことになり無傷。またラインハルトを皇帝とすれば、門閥貴族の反発は大きく、リッテンハイム侯の元に多くの貴族が集まる。

 そしてラインハルトは自ら反乱を起こした貴族を討伐しに出征し ―― 戦争の名人は、門閥貴族を必ずや討ち滅ぼす。リッテンハイム侯はラインハルトの才能を高く評価していた。

 こうして門閥貴族の名誉を守り、財産を没収して財政を潤したあと、ラインハルトには退場してもらう。

 

 ロイエンタールはリッテンハイム侯に属する門閥貴族たちを裏切り、地球教にも叛き、リヒテンラーデ公をも謀殺する ―― 全てを裏切り手にいれるのは、ただ一人、彼女である。

 

**********

 

「ロイエンタールを殺害しようと思うだが」

 定例となっている、オーベルシュタイン邸での会議の席で、邸の主であるオーベルシュタインが突然一度は手を組んだ相手だが、ロイエンタールを殺害しようと言いだした。

「どうしました? パウルさん。もちろん、同意しますが」

「どうした? パウル。基本合意だが、理由を」

 この計画はある重要な一点が蔑ろにされているため、フェルナーもファーレンハイトも、完全に同意はしていなかった。重要な一点とは彼女の意志。

「彼の矜持というものが邪魔だ」

「矜持がどうしました? たしかにプライドは高そうですけれど」

「エッシェンバッハ侯と戦って勝利し、自分の才能が侯に劣るものではないことを見せて、帝国を手に入れたいと言っている」

 リッテンハイム侯を殺害するという役割を終えたラインハルトは、毒殺で退場させる予定だったのだが、ここに来てロイエンタールが、自分を抑えられなくなってきた。

「勝ち負けの問題じゃないんだな? パウル」

「勝ち負けなどどうでもいい。問題は戦争をするということだ。彼らの戦争にかかる費用は全て国庫から出る。そんな下らないことに金を使わせるわけにはいかない。門閥貴族どもから没収した財産は、ジークリンデさまがご存命の間、帝国を維持するための費用であって、ロイエンタールごときの下らぬ矜持を満たすため、血の海に捨てて良い金ではない」

 オーベルシュタインは銀河帝国を永遠に続けさせようというわけではなく、彼女が生きている間、なんの憂いもなく幸せに過ごせるように ―― それだけを考えており、それは、周囲の人間にとっても非常に有益であった。

「あー……そういう類の矜持ですか。それは厄介ですね」

 フェルナーが、呆れ気味に納得の声を上げる。

「生活で苦労したことがない輩の言い分だな」

 ラインハルトは幼少期、貧乏ではあったが、彼が生活費を工面したことはない。

 アンネローゼが寵姫になって以来、資金面の苦労とは無縁。

 贅沢な生活とは無縁であったとしても、生活苦から解放された。

 ロイエンタールの父親は没落した伯爵家の令嬢を、買えるくらいには資産家であった。彼がいなくなっても潤沢な遺産が残り、ロイエンタールが生活に困窮することはなかった。

「侯は寵姫の姉君の援助、伯は父親の遺産。どちらも見事に、父親不在でも生活が成り立ってますね」

 ラインハルトもロイエンタールも父親を嫌い ―― 父親が父親の責務を果たさずとも、父親がなくとも生活ができていた。だが多くの兵士は、誰かの父親であり、必要な存在である。彼らにはその認識が欠如している ―― 知っていたとしても、そんなことは、彼らの矜持の前には無意味なことなのかもしれない。

「まあな。エッシェンバッハ侯も、貴族を武力で討伐することを是とする男だ。受けて立つだろうな」

「地位とジークリンデさま、どちらか片方を選べといわれたら、侯は地位を選びそうではありますが」

「それはそれで腹立たしいが。ロイエンタールにエッシェンバッハ侯を暗殺しろと言った訳ではないのだから、黙ってそれを受け入れてほしいものだ」

 エッシェンバッハ侯の暗殺は、リヒテンラーデ公とオーベルシュタインが、段取りを決め、実行犯の用意も調っている。

「矜持のない男に皇帝は務まらぬが、矜持をなによりも優先していいというわけでもない。まして自己満足のために臣民を戦争に駆り立てるなど論外だ。全ての私心を捨てて、帝国を守れば良い。正々堂々だけを掲げて生きたいのであれば、皇帝になどなるべきではない」

 オーベルシュタインの言い分を聞き、

「……」

「……」

 フェルナーとファーレンハイトは顔を見合わせて、まるでタイミングを計ったかのように、同時にオーベルシュタインの肩を叩き、

「いたいた、ここに居ますよ、パウルさん。パウル・フォン・オーベルシュタインという人がいいですよ。条件にぴったりです。無駄な戦争はしないし、毒殺だって甘受できるし、ジークリンデさま最優先ですし」

「条件にあってるぞ、パウル。遠慮しなくていいんだぞ」

 ”それは卿だ”と ――

「それは、そういう意味で言ったのではなく。私以外の人を」

 最初からオーベルシュタインには、自分のことなど数に入れてしない。

「いや、いや。パウルさんしかいないですよ」

「パウル一世でいいんじゃないか。俺としてはオーベルシュタイン王朝よりなら、ローエングラム王朝を推すが。お前もそっちがいいだろう」

「やめていただきたい。ただし提督が推す、ローエングラム王朝には同意いたしますが」

 正直なところフェルナーは、こうなることを予感していた。

「では伯を排除するとして、時期はいつ頃で、方法はどうやって? それを一緒に考えろというのなら考えますが」

 ロイエンタールとオーベルシュタインは、どうにも性質が合わない。育った境遇の違いなどではなく、性質そのものが反発し合うような ―― 

「ぎりぎりまでロイエンタールの様子を見るか? 計画に従えばよし、従わない場合は……当初の予定通り、エッシェンバッハ侯を毒殺する。相手がいなくなったら振り上げた剣を鞘におさめ……るかどうかまでは、俺には分からないが」

 ファーレンハイトはラインハルトが謀殺されようが、ロイエンタールが道半ばで野垂れ死のうが、あまり興味がないので軽くそう言い、飲みかけのワイングラスを持ち、円を描くようにして玩ぶ。

 ちなみにロイエンタール即位はリヒテンラーデ公が最大に譲歩した結果 ―― 代々下級貴族のラインハルトよりならば、没落した家柄とはいえ片親だけでも伯爵令嬢であったロイエンタールのほうが、まだマシだということだ。

 

 ここで現状を整理すると ――

 

リヒテンラーデ公はカザリン・ケートヘン一世退位、エッシェンバッハ侯毒殺、ド・ヴィリエ殺害、ロイエンタール即位、皇后ジークリンデでゴールデンバウム王朝継続、地球教殲滅。

 

ロイエンタールはカザリン・ケートヘン一世退位、エッシェンバッハ侯と全面戦争、ド・ヴィリエ殺害、リヒテンラーデ公殺害、自身が即位、皇后ジークリンデで新王朝希望、地球教殲滅。

 

ド・ヴィリエはカザリン・ケートヘン一世殺害、エッシェンバッハ侯毒殺、リヒテンラーデ公殺害、自身が即位、皇后ジークリンデでゴールデンバウム王朝継続、地球教を帝国国教に。

 

 各自の希望はこのようになる。唯一の共通項は彼女を皇后にすることだが、手足となって動く計画実行者たちオーベルシュタインやフェルナー、ファーレンハイトやキスリングにとっては、彼女の意志が最優先されるため「ラインハルトを本当に殺害してもいいのか?」確認が取れていない現時点では、この計画は保留状態であった。

 ラインハルトの妻のままで、皇后にもなるというのなら、それに全面的に協力する。

 皇后などになりたくはないというのであれば、それを遂行するまで ―― だが地球教徒によるテロを隠して真意を聞き出すのは、オーベルシュタインの技術を持ってしても難しい……オーベルシュタインも彼女の前では正直になってしまうので、普段通りに会話を進められないということもあるのだが。

 ロイエンタール案だが、彼女が皇后になりたくはない場合を考えて採用したまでのこと。

 彼女がゴールデンバウム王朝を倒すことを希望しているので ―― ロイエンタールはそれについては知らないが、この三者の提案の中では、ロイエンタールがもっとも彼女の希望に近かったので、ロイエンタールが黙って国を受け取るならば「皇后ジークリンデ」以外は彼の希望通りになる。

 皇后ジークリンデに関しては、ラインハルトの即位がなかったため、門閥貴族の集まりが当初より見込めないこともあり、計画通りに進めても、ロイエンタールは現在即位しているカザリン・ケートヘン一世の夫に収まるしかない状況となっている。

 ロイエンタールもそれに気付いており ―― そこで武力行使に出ようとしていた。

 

 彼女が無用な流血を嫌う性格であることを鑑みて。

 

「明日にでもジークリンデさまのご意志を確認するか」

 ロイエンタールが立案した計画に、当然ながらオーベルシュタインは含まれていなかったので ―― 謀略をもって自分を排除しにくる男がいるかもしれないくらいは予想しているが、その謀略が自分を凌ぐとは、なかなか考えられないものである。

「皇后になりたいですか? なんて聞いたら、ジークリンデさま辺境に引きこもりそうですよね」

 フェルナーの後半の言葉は彼女にとって理想なのだが、その理想を叶えるためには、無数の障害がある。

「辺境に引きこもるというのなら、お供させてもらおう。ジークリンデさまに艦隊ごと俺を養ってもらうことにするか」

 彼女の財産と収入があれば、上級大将が率いる艦隊ですら余裕で養うことができる。護衛を兼ねて、ファーレンハイトが艦隊ごと彼女の住居がある惑星に駐留するのは可能。

「それがいいかも知れませんね、ファーレンハイト。完全にヒモ提督呼ばわれされるでしょうが」

「俺は愛人といわれようが、ヒモといわれようが、構いはしないが……だが二十そこそこで、隠遁生活をさせるのも、どうかと」

「流刑みたいなものですよね」

 できれば彼女には幸せになって欲しいと考えると ―― 

「ジークリンデさまにお好きな方がいらっしゃるのならば、それを皇帝にするのだが……」

 彼女に好きな相手がいるならば、平民であろうが、亡命者であろうが、逆亡命者であろうが皇帝にする策をオーベルシュタインは持っているのだが、

「それはもう、無理ですからね」

「死にやがったからな……まったく」

 今の所、彼女に好きな相手はいなかった。

「レオンハルト三世であれば、何一つ問題はなかったのだが」

 フレーゲル男爵が即位するとなったら、彼女は嫌々ながらも ―― 断頭台の露に消える覚悟はできました。短い間ですが頑張ります。最期の皇后ですか……格好いいような、悪いような ―― 最期まで付き従った。だがロイエンタールやラインハルトに付き合う気にはなれない。

 二人のほうが見た目も才能も、比べるのも馬鹿らしいほどに優れているのだが、彼女にとってはそれは無意味。三人のうち、誰を選ぶかと言われたら、華々しさもなにもないが、九年来の良人のほうを選ぶ。効率良く、割り切って生きるのが、彼女は少々苦手 ―― そんな自分に彼女は最近気付き、彼女の周囲にいるものは、とうの昔に気付いていた。

 


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