アレクシアの死を見届けてから帰途に就くまで、そして帰宅後の着替えの最中も一切言葉を発することなく早々にベッドに入った。
「天蓋を閉じて」
そこで初めて一言発し、四方の天蓋が閉じられたのを確認してから、枕に頭を乗せず潜り込み、滑らかな ―― 眠れぬ時間を過ごす。
彼女がベッドの中で、泣きたいような、笑いたいような衝動を抑えているころ、天蓋の外に控えている護衛のキスリングは、中の様子を注意深く窺っていた。
今の彼は護衛というよりは見張り。
自傷行為などをしないよう注意を払う必要がある。
天蓋が閉じられ、様子を窺うことができなくなるのは分かっていたので、事前に超小型の盗聴器をベッドの中に、天蓋の四隅に暗視カメラを設置し、キスリングの手元の端末で見られるようになっているのだが ―― カメラに映し出されている彼女が一人で眠るには大きすぎるベッドは、その大きさと彼女の細さから潜り込まれると、膨らみがほんの僅かで、非常に頼りのない映像になってしまう。
音声はイヤホンに直接届くようになっている。その音だが、泣いていてくれると位置や状況が分かりやすいのだが、ベッドの中の声はといえば、微かな呼吸だけ。たまに体を動かした時、衣擦れの音に似たものを拾うことが出来る程度。
泣くなどのこれといった感情の吐露がないあたりが、以前自殺しかけた時とよく似ている状況なので、キスリングとしては細心の注意を払っているが、できる事なら直接目視で様子を窺いたいと思うも、彼女が拒絶しているためできない。
張り詰めた静寂のなか。キスリングは彼女の呼吸が寝息に変わるのをひたすら待った。
例え悪夢を見るとしても、眠ってしまえば自傷行為に走ることはないので、ひとまずは安心できる ―― じりじりとしか進まぬ時間。眠りに落ちる気配のない彼女。
そうして大人たちも眠る頃、ベッドに潜り込んでいた彼女は身を起こした。
しどけない姿に、えも言われぬ艶を含んだ吐息。
何かを欲しているような唇 ―― 欲しいものでもあるのだろうかとキスリングは天蓋をそっと開ける。
「いかがなさいました?」
「よく分かりましたね」
声を掛けられた彼女は、自分が身を起こしたことに、キスリングがすぐに気付いたことに驚き思わずいつも通りの返事をする。
「動く気配がいたしました」
「そうですか」
相変わらず彼女は、全く彼の言葉を疑わず。
「なにかありましたら、声を掛けてください。側に控えておりますので」
悲しげな表情に、自分に対する信頼を浮かべられ ―― 単に覗いていただけの気まずさからキスリングは下がろうとしたのだが、彼女が小首を傾げ、声を出さずに語りかける。下がろうとしていた彼は、被っている帽子を脱ぎ、胸元へと持って行き礼をして彼女に近づいた。
**********
「昨晩はキスリングがついていました」
「そうか。今朝の様子は?」
「お目覚めはあまり良くないようでした」
「しばらく引きずるか」
「多分。さて、あなたへのお見舞いですが、まずはケーキをどうぞ。レモンタルトです」
昼食前のおやつにどうぞと、フェルナーが飾り気のない箱を差し出す。
「俺はいま腕の自由が利かん。開けろ」
「いいですよ。はい、どうぞ」
フェルナーにより箱から取り出された、ほんのりと焼き色のついたメレンゲと檸檬入りカスタードの黄色が鮮やかなレモンタルトがワンホール……ではなく、一箇所だけ欠けている。
「これだけか?」
このレモンタルトは今朝彼女に出されたもので、欠けている部分は彼女が食べた分。その
「それだけです」
残り物は召使いに回されるので ―― フェルナーがそれを見舞いとして持ってきた。
「せめて八分の一は食べて欲しいものだ」
「そうですよね」
副官からナイフを受け取ったフェルナーは、ケーキを切り分ける。
皿に取り分けることなく、両者ともそのまま手づかみで食べながら、
「喜んで下さい、ファーレンハイト。報告書、たくさんありますよ」
「それはそれは」
フェルナーは報告書を次々とファーレンハイトの前に広げる。
「明後日ですが、アレクシアが起こした事件に関する、報告会が開かれます。軍務尚書閣下とジークリンデさまに、事件の全体像をご報告といったところなんですが、あなたも出席します? 負傷しているので欠席してもいいそうですが」
「出席する」
「ですよね。それで、報告会なんですが、悲惨な写真は前もって配り、報告会の際にはそれらは持ち込まないようにしたんですよ。なので、悲惨な写真どうぞ」
写真は怪我や損壊の激しい死体を見慣れていない者が初見で理解できないようなものばかりが並んでいる。
「あとで目を通しておく」
「続いてですが、辺境でちょっとした反乱が。ま、年中行事ですけどね」
映し出された場所は彼女が所持している領地ではなく、皇室の直轄地。これらは宇宙艦隊司令長官、もしくは副長官が部下を任命し、許可を得て制圧に向かうのだが、現在長官はまだ姉君が収められた棺の前で、独り言を呟いており、副長官は治療のため入院中。
「ジークリンデさまの領地ではないから、あちらの幕僚に任せるか」
現在正規軍を預かっているのはファーレンハイトなのだが、その彼も負傷しこうして入院している酷い有様。
「相変わらず適当ですね」
そんな三人のなかで
「じゃあ真面目に考えてやる。ワーレンに任せる」
「ワーレン提督に処理するよう伝えますから、書類にサインを」
差し出された反乱の平定を任せる旨が書かれた書類にサインをし、
「他は?」
残っているレモンタルトを口に運ぶ。
「待ってください。山ほどありますから」
フェルナーは次から次へと報告し ―― 昼食が運ばれてきたところで一旦区切る。
「グリューネワルトのところにも、報告にいってきますね」
ファーレンハイトとキルヒアイスは同じ軍病院に入院している。
階級が違うので病室のある階層が違い、またキルヒアイスは狙われていたこともあり、両者に行き来はない ―― キルヒアイスがテロの標的になっていなくとも、ファーレンハイトが足を運ぶとも思えないが。
「わざわざお前がか?」
「はい。同僚の皆さん、グリューネワルトにアンネローゼの遺体写真を見せて、致命傷がどこだとか、致命傷を負わせたものがなになのかなど、説明するの嫌なのだそうで」
ファーレンハイトは報告書を手に取り、遺体写真の致命傷部分に触れる。すると説明書きが現れ ――
「運が悪いことだ」
「どちらが?」
「どちらも」
アンネローゼの直接の死因は、腹部大動脈が切断されたことによる失血死。その大動脈を切ったのはキルヒアイスの脛骨。
「そんな訳で、これからあなたにも説明した報告会についてなどを伝えにいってきます。終わったら戻ってきますので、その間に書類にサインを済ませておいてくださいね」
「分かった」
フェルナーはファーレンハイトの病室を後にし、そのままキルヒアイスの病室に向かわず食堂へと足を伸ばし、そこから訪問の連絡を入れて、ゆっくりと昼食を取ってから足を伸ばした。
リハビリ中のキルヒアイスにフェルナーは、淡々と事実を隠さず告げる。アンネローゼの死因を聞いた時のキルヒアイスの表情は、感情を隠しきれないものであったが、彼は気にすることはなかった。
「明後日の報告会はいかがなさいますか?」
当事者であるキルヒアイスにも、体調がよろしければどうぞと ――
「ご自分で医師の許可を取って出席なさっても構いませんよ」
「出席させていただきます」
「そうですか。ではそのように伝えておきます」
フェルナーは他人が見れば人の悪い笑みだが、当人としては和やかに笑って病室を出て、これまただらだらとしながらファーレンハイトの病室に戻ったのだが ――
「なんでジークリンデさまが」
ファーレンハイトの手つかずの昼食を前にして、ため息を吐き出している場面に遭遇することになった。
彼女がファーレンハイトの元を訪れたのは、単純に見舞い。
―― 入院中って暇よね
彼女は大人しく入院しているファーレンハイトが暇だろうと考えて、お菓子と花と楽譜を持ってやって来た。もちろん事前連絡なしで。
これは驚かせようなどと思ってのことではなく、
「先触れを出していただきたい」
「入院患者に先触れ? 普通は見舞客が予定を合わせるものでしょう」
連絡を入れようとしていたキスリングに「そんなことをすると、眠くても起きてまっているでしょうから」と ―― 体調回復のために眠っていたら、起きるまで待つので良いとして、やって来たのだ。
しっかりと入院していると思って ―― 心からそう思っていたかと問われると、彼女としても言葉を濁すところだが、少なくとも昼食に全く手を付けず、負傷している腕を固定されたままテーブルに書類を広げてサインをし、次々と部下に指示を出しているなどとは思ってもみなかった。
「仕事をするなと言いたいところですが……せめて食事くらい取りなさい」
―― 医者にとって、嫌な患者でしょうねえ
そしてため息を吐いているところに、フェルナーが戻ってきた。
「ジークリンデさま」
「あら、フェルナー……仕事を持ち込んでいるのはあなたですか?」
「運んでいるのは私ですが、元帥に脅されて仕方なくです」
「……そうですか。わかりました。ファーレンハイト」
―― 嘘とは言い切れませんが……
きっと両者が当たり前のように書類を運び運ばせ、決裁が済み次第あちらこちらに届けているのだろうと。
「はい」
彼女に声を掛けられたファーレンハイトは、椅子から立ち上がり姿勢を正して、彼らしく何事もなかったかのような態度で返事をする。
「休めないほど、仕事は多い? 正直に答えなさい」
鈴を転がすような声で問われたが、彼は正直には答えなかった。
「それほど忙しいわけではありません。ただ黙っているのが性に合わず、ついつい」
「そうですか。忙しいものではないのですね……統帥本部総長の任と、宇宙艦隊司令長官の代理を解いたら、もう少し忙しさから解放されるのかしら?」
「……どのような意味で?」
「この二つの任にかかる責務から解放しますから、体を休めなさいと言っているのよ」
三長官であっても、彼女が「解く」と呟けばそれで全てが終わる。
「任を解かれるのは構いませぬが、後任には誰を」
「私が務めますよ。忙しくないのでしょう?」
地位に就くのを嫌がっている彼女が、就くと言い出した。
「……」
怒らせたと視線をおよがせるファーレンハイトと、
「ジークリンデさま。そんなに怒らないでくださいよ。花の顔が台無し……にならないところが、ジークリンデさまですね。怒っていても、本当にお美しくて困ります」
機嫌を直すため、近づいて声を掛けるフェルナー。
「怒ってはいませんよ」
「本当ですか?」
「本当よ。ただ怪我人に休息を与えられないような状況は、改善するべきよ……私は統帥本部総長になれるわよね?」
「それは、ジークリンデさまがなると仰れば、そうなりますが……許してやって下さいませんか」
「何を言っているのですかフェルナー。私は心から心配しているだけです」
「あ、はい。それは分かってますけど。ジークリンデさま、一つお伺いしたいのですが」
「なんですか?」
「ファーレンハイトが忙しいと答えたら、ジークリンデさまはどうなさるおつもりで?」
「もちろん任を解くと言いましたよ」
彼女は扇子を開き、小首を傾げ口元を隠して微笑む。
「どっちを答えても、解かれるんですか」
まっすぐに切りそろえられたやや厚めの前髪が揺れ、白い額が僅かにのぞく。
「そうね…………まあ、私がその地位に就いたところで、なにも出来なくて結局あなたたち任せになるのは目に見えていますから、解任は無かったことにしましょう。フェルナー、新しい食事を持ってくるよう連絡を」
「畏まりました」
「ファーレンハイト、食べるわよね?」
「許していただけるのでしたら」
「許すも許さないも、怒っていないと言っているでしょう。全く……」
部下たちは書類を片付け、新しい食事を運んでくる。
「ああ、これはまだ下げなくていいわ」
食事を届けた兵士は、手が付けられないままになっていた料理を下げようとしたのだが、彼女はそれを止める。
「畏まりました」
兵士が下がると、彼女はおもむろに冷たくなった料理を口に運んだ。
―― これきっと捨てられるのよね。勿体ないわー
「ジークリンデさま、お止め下さい!」
「私のことは気にせず、あなたは温かい料理を食べなさいファーレンハイト」
”どこの世界に主君に残した料理を食わせて、新しい料理を食べる家臣がいるのですか” ―― キスリングは思ったが、黙っていた。
「ジークリンデさま、お腹が空かれているのなら、新しいのを手配しますから」
彼らとしては食の細い彼女が、少しでも多く食べてくれることは嬉しい。それがつまみ食いであっても。だが、自分が運ばれたばかりの料理を食べている近くで、冷え切った料理を食べられるのは耐えがたい。
「空いてはいませんよ。ただこの手つかずの料理が気になって」
「ジークリンデさまが言う、勿体ないですね! ああ、そうだ。丁度良かった! 私まだ昼食食べてなかったんですよ。これ、いただいてよろしいですか? よろしいですね! ジークリンデさま」
フェルナーが体を張って阻止しようとするのだが、
「食堂に行って温かい料理を食べてきなさい、フェルナー」
彼女は”何を言っているのですか”と、当たり前のことを指摘する。
「これで良いんです。ああ、そうだキスリング、食堂に行ってジークリンデさまのお口に合いそうな料理を見繕ってこい」
「小官には無理です。フェルナー中将が見繕ってください。こちらの料理は小官が片付けますので」
「そうか。このフェルナーが、料理を持ってきますから待っていてくださいね」
彼女の細い肩に手を置き、しっかりと見つめてそう宣言して、
「フェルナー。私は料理が食べたいわけじゃなくて……」
返事を聞く前に駆け出していった。
呆気にとられている彼女が正気に戻る前にとばかり、キスリングは急いで冷え切った料理を口に詰め込んだ。
**********
何はともあれ、報告会が行われた。
―― あなた達はヴィジフォンでいいでしょうに……無理をして退院しなくとも
議場には明日退院予定だったが、残り一日なのだから退院しても良かろうと、強硬姿勢で退院してきたファーレンハイト。ちなみに彼は本来ならば二週間の入院なのだが、無理を言って一週間に短縮させてのこと。
キルヒアイスは一時退院の許可を得て議場にいる。
他にはメルカッツと副官のシュナイダー、ラインハルトとケスラー、そして彼女と護衛のキスリングとフェルナー。報告を担当するのはオーベルシュタイン。中心に立体映像が浮かぶ円卓を囲んで三長官と彼女が座り、まだ快復しておらず車いすのキルヒアイス以外は立ったまま ――
「それでは始めさせていただきます。まずは……」
キルヒアイスの実家はごくごく有り触れた下町の民家。玄関は片開きで押し開くタイプ。
実家に入る時、扉を開けるのは家主に近い人物。
キルヒアイスが扉を押すようにして開ける。
「グリューネワルト伯が扉を開くと、ベネディクトが破裂する仕組みになっておりました」
ベネディクトはもう一つの爆発の時限装置でもあった。
家の正面に向かって右側にある蘭の温室を爆発させるための ―― 重みがなくなると作動するというもの。
そのセンサーの上に乗せられていたのがベネディクトだった。
「ベネディクト、マルクス両名の破裂を促したものは、蘭の香りに含まれる成分でした」
人体を破裂させるために使われるのは重度のアレルギー反応。
通常ではあまり発生しない物質のアレルギーを強制的に引き起こし、それにより体内に蓄積されている物質が爆発する。
「グリューネワルトの父親は、蘭の温室を持っているほど、近所でも有名なので、多少蘭の強い香りがしたところで、誰も疑いませんでした」
マルクスはアレクシアが身に纏っていた香りが原因。
あの時初めてマルクスとアレクシアは同室となった。アレクシアの香水に含まれている物質が徐々にマルクスへと届き、体調不良に陥る。
そしてマルクスが呼ばれ証言台へと立つ。
証言台のすぐ横には、破裂を誘う香りを纏ったアレクシア。更に彼がいる証言台には、先ほどまでアレクシアが立っていた。
なにより ――
「あの時、ジークリンデさまにマルクスを呼んで話を聞くよう促したのは故グンデルフィンゲン子爵夫人」
アレクシアの行動は計算され尽くしたものであった。
「アレクシアの香水が何時もと違うのには気付いていましたが……まさか、そのために変えていたとは」
彼女も人間爆弾までは、過去の知識込みで知っていたが、人間そのものを爆弾化するような技術が二百年以上前に開発されていたことに、かなり驚いていた。また彼女はアレクシアの纏っている香りが、普段とは違うことには気付いていたが、そんな理由があったなどとは思ってもいなかった。
香水を頻繁に変える女性もいれば、変えない女性もいる。前者はカタリナで、後者は彼女やアレクシア。
アレクシアはブライトクロイツの家紋に使われているフルール・ド・リスのモチーフであるアヤメをベースとした香りを好んで使っていた。
「ジークリンデさまの香りはほぼラベンダーですから、誤ってスイッチが入るようなことは避けられると考えたのでしょう」
アレクシアが本気で彼女を殺そうとしているのなら、ラベンダーでスイッチが入るようにしておけば良かったのだが、アレクシアはそうしなかった。
「フェルナー。それは言ってはいけませんよ」
それは取りも直さず、アレクシアは彼女を本気で殺害しようとはしていなかった証拠となるのだが ―― 認めてはいけないことである。
「失言でした」
彼女が気付くべきであったとの軽い後悔と、どうすることもできなかった現実をすりあわせている間にも、オーベルシュタインの報告は続けられる。
玄関扉を開けたキルヒアイス、左斜め前で起こった破裂に彼は見事に反応し、アンネローゼを庇うような体勢を取るのだが、その直後に蘭の温室が爆発し、彼の体を凶器へと変えた。
「直接の死因は、グリューネワルトの脛骨により腹部大動脈が切断されたことによる、失血死です」
オーベルシュタインは被害者家族と図らずも加害者となった男を前にして、彼の最大の特徴とも言える、抑揚のない淡々とした口調で、事実を説明する。
―― 自分の片足がアンネローゼの命を奪っていたとか……ショックが大きいでしょう
キルヒアイスは爆発に巻き込まれ両足を失い、現在は両足とも義足となっている。
最新の治療器であっても、無くなってしまったものは再構築しようがない。
―― 義手になる人がいなくて良かったと思っていたら、これですよ。義足も開発させていたから、それほど不自由はないと思うのですが……以前のようには戦えないでしょうね。そこまで性能がいいとは聞いていませんから
白兵戦を専門とする兵士たちが、義手や義足となった場合、やはり相当能力が劣るため、後方に回されている。それを考えると、キルヒアイスがラインハルトを守るのは無理である。
「よろしいかな」
重苦しい空気のなか、メルカッツが疑問点を尋ねる。
「どうぞ」
「どのようにベネディクト卿を狙い通りに破裂させることができたのだ?」
メルカッツもこの爆弾については知識があるので、完璧なタイミングで爆発したところが非常に気になっていた。
到着するまでの時間からスイッチを入れる時間を逆算する ――
「グリューネワルト伯爵夫人の召使いが、情報を流しておりました」
正確な時刻を知らなければ無理であり、内通者がいないことには上手く運ばない。
「買収か」
「買収ではありません。宗教による洗脳。二名の召使いが、地球教の信徒でした。召使いになってから、地球教側が接近した模様です」
―― 見事なものだなと思いました。私の周囲にもいるんでしょうね……きっと
いつの間にか身近に潜む彼ら。
それを考えると、彼女の背中に悪寒に似たものが走る。
「なるほど。では報告を続けてくれ」
「はい」
様々な報告がなされ ―― 報告会が解散した後、
「閣下」
シュナイダーは疑問を口にした。
「なんだ?」
「大公妃殿下が子爵夫人になんと言ったのかは、聞かれなくてよかったのですか?」
ほんの一瞬、彼女がアレクシアの耳元で何かを囁いただけで、この事件はすぐに終わった。その台詞がなんなのか? シュナイダーは気になっていた。
もちろん彼だけではない。
その場にいたロイエンタールなども、知りたいとは思っているのだが ――
「聞く必要はない」
だが、その状況を聞いたメルカッツは、何を言ったのかは分からないが、
「ですが」
「大公妃殿下は決して答えては下さらぬよ」
彼女が自分たちには決して教えないことは、分かっていた。